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2026年2月4日水曜日

立春(りっしゅん, 二十四節気の1番目)

 

昨年の立春は例年より一日早く、2月3日だったことを思い出す。 やはり3日の節分を経て、4日に立春を迎えるほうが、暦の流れがしっくりと体になじむ気がする。

節分の前夜には、澄んだ空に満月を見上げることができた。 あの月が少しずつ欠け、次に新月を迎える頃には春節がやってくる。 そう思うと、この15日間は一年の中でもどこか特別な時間に感じられる。

「今年の寒さは厳しい」と身を縮めて過ごしてきたけれど、 ふと届く日差しの中に、そこはかとない春の温かみを感じるようになってきた。

地面から顔を出す新芽のように。 これからは少しずつ、上を向いて過ごす季節にしていきたい。

 



2024年11月1日金曜日

2024年9月16日月曜日

2021年7月21日水曜日

「GA Document 157 International 2021」 GA

 


発売中の「GA Document 157 International 2021」にMADの Jiaxing Train Station が掲載されています。

2016年11月10日木曜日

コート・ハウス(Paris Courthouse) レンゾ・ピアノ(Renzo Piano) 2017 パリ



我々MAD Architectsがパリの北部バティニョール(Batignolles)で進めている高層住宅UNICはパリ市が中心となって進める、環境に配慮した新しい大規模都市開発の一部。我々の建物は来年に基礎の建設が始まる予定となっているが、開発のあちこちでは様々な建築家の設計による建物がすでに多く立ち上がっている。


この計画の中心となるのが、パリの中心で現代アートの殿堂として建築の歴史にポンピドゥー・センターのコンペにおいて名を刻んだイタリア人建築家レンゾ・ピアノが再度、このパリの街のランドマークとなる建物の設計を手がけることになったとして注目を浴びているプロジェクトである、Paris Courthouse。つまり現在シテ島に位置するパレ・ド・ジュスティス(Palais de Justice, House of Justic)に入る司法関係の施設が入ることになる高層ビルである。

位置するのはパリの北西を占める17区で、RERの通るポン・カルディネ駅(Pont Cardinet)と地下鉄のブロシャン駅(Brochant)の間。南北に伸びるマルティン・ルーサー・キング公園に沿って、東側の建物はほぼ完成しており、駅との間の西側の建設が急ピッチで進んでいる。

出勤ラッシュの朝のパリ。先日結果が発表され、トランプの次期大統領就任が決定的となった2016年アメリカ合衆国大統領選挙の結果を受け、「パリでメトロはできれば避けたい時期だな・・・」と思いながら、通勤の為に市中心に向かう人の流れに逆らって、郊外の雰囲気を感じられる17区にでる。

まだまだ開発の途中ということで、周辺の道路には大型のトラックが行きかい、様々なところで歩行者の通行禁止となっており、なかなか自由に動き回れないが、それでもマルティン・ルーサー・キング公園の中を、散歩やランニングをする地元の人々とすれ違いながら、小雨の降る寒い中とぼとぼと北に向かいながら、見え方を変える西側の敷地に、来年に立ち上がってくる建物の姿を想像しながら、足を進める。

公園を北に抜けきると、その前方には、三段のブロックがセットバックするようにして相当な高さまで立ち上がっている目的の建物を見つける。これがレンゾ・ピアノのコート・ハウス(Paris Courthouse)。敷地周辺は完全に建設現場として封鎖されており、諦めて線路の逆側にでようと西側に向かって歩くが、線路の真下まで来たところで、きりが無いのでは・・・と少々嫌な予感を感じて、来た道を帰り公園を横切り、ポン・カルディネ駅まで到着し、今度は駅のプラットフォームで電車を待ちながら開発風景を眺めることにする。





パリ17区









2016年10月27日木曜日

Lucas Museum Proposals for Los Angeles and San Francisco

長らく進めてきたシカゴでのジョージ・ルーカス美術館の計画が敷地の変更を迫られ、その後様々な友人からも「どうなっているの?」と聞かれてもなかなか応えることができなかったが、その間に進めていた別の都市での計画がやっと日の目を見ることになった。

といっても最終的にどこに立つのかはまだ未定であるが、二つの候補に絞りながら、サンフランシスコとロサンジェルスの敷地にて同時に二つの案の設計を進めている状況である。


当然のように敷地が変われば、様々な条件も変わり、一品モノである建築はほぼ一から設計を練り直さなければいけなくなり、それが二つともなれば、相当なエネルギーと時間を費やしてプロジェクトが進められることになる。

そのために、こうしてデザインの進行状況を世間の人々に見てもらえるということは、ここまでプロジェクトが進行してきたことの大きな通過点であり、と同時に様々な意見を聞くとても良い機会になることと祈りながら、実現までにまだまだ長い道のりを何とか完走するようにと気を引き締めることにする。

2016年10月17日月曜日

パリの顔

パリといえばエッフェル塔。そのエッフェル塔も建設当時は多くの市民から批判の声を浴びた。しかし長い時を経て今ではすっかりパリの顔をなっている。

パリは塔の少ない、平べったい都市である。その為に少し高い場所に上ると北からモンマルトルの丘にそびえるサクレクール聖堂から市の中心部に位置するサン・トゥスタッシュ教会。そして遠くには凱旋門の遥かかなたにラ・デファンスの高層ビル群が見えて、視線を南に振っていくとスクッと立つエッフェル塔。更に視線をすすめると、パリの街並みとは相容れない黒い高層ビルが見えてくる。

これがパリの南、モンパルナス地区の顔となっているモンパルナスタワー(Tour Montparnasse)であり、現在フランスでもっとも背の高い建物(210m)であり、建設された1972年にパリの街並みにふさわしくないと激しい景観論争を巻き起こしたことで有名となった建物であり、この建物以降パリ市内では高層ビルが建てられない条例が制定され、皮肉なことにこのモンパルナスタワーの最上部にある展望デッキからの眺めが、このモンパルナスタワーを視界に捉えることなくパリを一望できるからということで、パリでもっとも美しい夜景スポットとして知られるようになったという曰くつきの建物である。

そんなタワーもすでに40年の試用期間を過ぎ、アスベストの問題や様々な面において現在の社会要請に見合わなくなり、長く取り壊して新しく建てるか、それとも大規模の改修をするかの議論が交わされてきたが、この度その改修の為に大々的な国際コンペが行われることになり、世界中から多くの応募があった中で、MAD Architectsも参加設計事務所の一つとして選ばれた。


パリという都市だけでなく、エッフェル塔がそうであったように、パリに住まう人々にとって大変重要な意味を持つこの建物をどう更新していくかもさることながら、こうして社会劣化を起こした高層ビルがどのようにして新しい活力を取り戻していくことが出来るか。これもこれからの社会全体が向き合う大きな問題になることは間違いないので、このコンペをきっかけにパリの都市を深く理解することと共に、新しい高層ビルの更新のあり方について深く学んでいければと思わずにいられない。

2016年5月20日金曜日

UNIC by MAD Architects

世界の大都市と呼ばれる、NY、ロンドン、東京、北京、上海などがその存在価値を新たなる世界市場の中で高めるために、官民一体となって様々な都市内部における再開発を加速させている。そしてフランスの首都・パリもまた都市の在り方を新たなる時代に適応すべき様々な動きを見せている。

特に環境に配慮した都市へと変貌すべく、パリ市の策定した計画によれば2020年を目標に、再生エネルギーの利用率の大幅な上昇、そしてCO2などの温室効果ガスの削減などを掲げ、既存の建物の改修や新たなる建物の建設にはかなり高いハードルが課せられることとなった。

そのモデルケースとして、パリ市が中心となって環境に配慮した計画に基づいた大規模な再開発がパリの北部、17区に含まれるバティニョール(Batignolles)と呼ばれるエリアにて2010年より開始された。

この地は、パリの外側に隣接するクリシー市との境目に位置し、フランス北部へと伸びる鉄道の拠点駅が位置し、非常に多くの線路が入り込み、その隣接地は鉄道用地として確保されていたが、パリ市が2012年のオリンピック招致に手を上げた際に、この地を選手村予定地として買い上げたが、結局周知の通り2012年は長年のライバルでお隣のロンドンに破れたため、その土地を一部民間に払い下げるとともに、パリ市が主導する形でこの地を使って未来に向けての新たなる開発がスタートしたという訳である。


スケールメリットを利用した環境への配慮だけではなく、このように新たに都市の中で大規模開発が行われると、投資目的や収入の高い層だけが住まう、偏った街区ができないように、プロジェクトのもう一つの肝は社会的多様性を確保するために、相当数のソーシャル・ハウジングを併設するということ。これはぜひとも日本でも同様な動きが出てきてほしいが、やはり民間のディベロッパー単体の開発ではどうしても資金回収が主な目的となり、このように政府の介入が無いとなかなか実現しないのだろうと思わずにいられない。

まだまだ日本語で詳しい情報が手に入るサイトは無いようであるが、パリの様な大都市において、これだけ大規模な計画がスタートするのは建築業界においては非常に注目されるプロジェクトとなり、フランスらしくその中のいくつかの住宅プロジェクトも国際コンペによって設計事務所が選定されることとなり、一つの高層アパートメントの設計を我々MAD Architectsが手がけることとなり、3年もの長い年月をかけて進めていたが、この度やっと公式な形でニュースを流せることとなった。


西側に線路網が走り、住宅郡を挟んで東側にはマルティン・ルーサー・キング公園と呼ばれる広大な都市公園があり、近くにはパリ中心へと繋がるメトロの駅が二つと、住環境としては非常に恵まれている。現在シテ島の中心施設として機能しているパレ・ド・ジュスティス(Palais de Justice, House of Justic)、つまり司法関係の建物がが2017年にはこのバティニョールへと引越しをすることもあり、行政施設も併せて中心から離れて都市の中に新たなる人の流れを作り出そうとする野心的な計画である。

完成まではまだまだ長いが、ぜひとも21世紀のパリの顔となるプロジェクトを通して、長いパリの歴史を深く理解する機会を大切にして、パリを実体として身体にとりこめるようにと思いを馳せる。

2016年1月13日水曜日

「GA Japan 138」寄稿

現在発売中の「GA Japan 138」の特集:[今日のデザイン輸出事情 ~Bye Bye Nippon !] のなかで、現在の日本と世界の建築業界についてインタビュー形式で寄稿しております。

GA Japan 138

[今日のデザイン輸出事情 ~Bye Bye Nippon !]
01 早野洋介/MADアーキテクツ
[アジアから文化的境界を変換、そして実現する]

ページ数も十分にいただいて、現在行っているプロジェクトや、外から見る日本の建築業界についての思いなど述べております。もし書店に足を運ばれることがありましたら、ぜひご一読いただければ大変嬉しく思います。

2015年12月13日日曜日

ハルビン・オペラハウス「GA Document 134」掲載


我々MAD Architectsが設計を手がけました、中国・ハルビン市のハルビン・オペラハウス(Harbin Operahouse)が現在発売中の「GA DOCUMENT 134」に掲載されております。


MADアーキテクツ
ハルビン・オペラハウス
中国,ハルビン

GA編集者の二川さんとの対談形式で、私がプロジェクトの概要を説明するという内容になっています。5年以上に渡る大規模のプロジェクトで、オペラハウスという非常に特殊で複雑な機能に対して、新しい都市の風景としてどのようにアプローチできるか、様々なことに挑戦しながら完成を迎えたプロジェクトです。ぜひ書店に足を運ばれる際には手にとって見ていただければ幸いです。

2015年1月14日水曜日

Japanese Junction 「Emerging Trajectories」

海外に出て建築を学び、その後海外若しくは日本国内にて建築の実務を積み、独自の建築活動をしている若手建築家の活動内容を紹介するという展覧会が開催され、その一環として開催されるイベントにゲストとして招待していただいた。

「軌跡(Trajectories)」というキーワードを元に、留学前の日本での時間、留学中の海外での時間、そして留学後のその後の時間と「軌跡」を辿ることで、建築に関する考え方だどのように変化し現在に至るのかを、4名の展示参加者にスライドを使って説明してもらうという主旨のイベントである。

そこに私も招待され、同じテーマに沿って話をして欲しいとのことでお誘いをいただき、少しでも今までの自分の経験が若い人や学生にとって何かしらの意味を持てば本望だと、スケジュールを調整して弾丸ツアーで東京に向かうことにした。

イベント当日に、トーク会場とは別に用意された展示会場に足を運び、4名の展示者から事前に展示作品について説明を受け夜のイベントに備え、その後会場のSHIBAURA HOUSEへと移動し、打ち合わせなどをしながら夜のイベント開始を待つことに。

アメリカやヨーロッパの大学や大学院に渡り、その後現地の建築事務所に就職したり、また第三国に渡り建築に携わったり、帰国して日本の設計事務所に勤めたり、また日本国内で自分のオフィスを始めたりと、4名のまったく違う辿ってきた軌跡を聞いたのち、「何を話せば彼らにとって一番意味のある時間になるだろうか」とこの数週間仕事の合間に頭を巡らせては話の主題を考えてきたプレゼンを開始する。

開始時間が遅れたために少し時間がおしていたが、45分間も時間をもらっていたので十分終わるだろうと思いながら話を進めるが、気がついたときには既に1時間を超えるほど話してしまい、スピードを上げて切り上げることに。

その為に出展者とのディスカッションの時間が十分に取れなくなってしまって大変申し訳ない思いをしてしまったが、それよりも少し上の世代で、同じような時間と苦悩を経験してきた建築家として彼らが今必要であろうと思われるメッセージはプレゼンテーションの中で十分に伝えられたかと思うので、それで相殺してもらうことにする。

トークの中でも何度も繰り返したが、海外に出て建築を学ぶことの一番の利点は、「もし海外に行かなかったら過ごしていたであろう日本での時間。その時間の間に建築家として成長したかもしれない自分の姿」を常に意識することであり、向き合う建築の実務の内容が違い、自分の思い描いていた建築家像と現在の自分の姿とのギャップが徐々に偏差していく中、その「いたかもしれない自分の姿」との競争に負けることなく、緊張感を持ちながら現在を過ごし、そして成長していく明確な指標を持って日常を生きることであろうと思う。

日本ではできないようなプロジェクトを海外で経験したとしても、日本で経験すべき建築の実務が抜けてしまっているのではという恐怖。

外から見る日本の現状は良く分かるようになったとしても、日本の深いところからプロフェッショナルとして建築に向き合う能力が備わったかという自問自答。

そんな「仮の自分」の姿をより正確に描き出すためには、日本に留まりブレることなく真摯に建築に向き合い、建築家としての職業的能力を高めている尊敬する友人がいい基準となってくれるはず。

そんな「仮の自分」の姿にプレッシャーを与えられながら、内からと外からの二つの視線を合わせ持ちながら成長していくこと、それこそが海外に出て建築に向き合う本質なのだと改めてのこのイベントを通して理解する。

ぜひとも、今夜の時間が、この場に居合わせた誰かの軌跡にとって重要な意味を持つ「磁場」となることを期待して、その「磁場」の影響を何年後かに目の当たりにすることを楽しみにしておく。

2014年12月25日木曜日

Japanese Junction

年末が近づくと「Japanese Junction」という海外で建築を学ぶ学生の作品を紹介する展覧会がここ数年続いて開催されているなと思っていたら、今年はある縁からそのイベントにゲストとして参加する機会を頂いた。

イベントは二部から構成され、クリスマスの本日に行われるのが「Japanese Junction」といい、現在進行形で海外の大学などで学ぶ日本人の学生の作品を展示する展覧会に合わせて、既に独立をし海外を活躍の場としている上の世代の建築家を招いての講評会。

そして私が参加するのは年明けに開催される「Emerging Trajectories」という、かつて海外の大学で建築を学び、その後日本に戻り実務を積んだ後に事務所を立ち上げ、建築家として活躍を始めている4人の若い建築家の作品を紹介する展覧会。

その展覧会に合わせて、各展示者が留学前、留学中、留学後という流れに沿って各自の建築活動を発表し、それについてゲストの私がコメントをするのと同時に、我々MAD Architectsの活動についてもレクチャーを行うというもの。

日本で建築を学び始め、世界に出て建築に揉まれ、そして建築を生業として自らの足で前に踏み出そうとしている若い建築家の方々に、少しでも我々の経験から何か伝えられる機会になればと思いながら、レクチャー資料を作成することにする。


開催概要

Japanese Junction
会場:SHIBAURA HOUSE
住所:東京都港区 芝浦3-15-4
会期:2014年12月19日 - 26日 2015年1月13日 - 17日(日曜祝日休館)
開場時間:11:00 - 17:00 
[関連イベント Project Review]
日時:2014年12月25日 18:00 - 21:00
会場:SHIBAURA HOUSE
ゲスト:重松象平(OMA)、吉良森子(moriko kira architect)、豊田啓介(noiz)

Japanese Junction Emerging Trajectories
会場:ミーレ・センター表参道
住所:東京都港区南青山 4-23-8 
会期:2014年12月19日 - 26日 2015年1月6日 - 17日(月曜休館)
開場時間:11:00 - 17:30
[関連イベント Emerging Trajectories]
日時:2015年1月14日 18:00 - 21:00
会場:SHIBAURA HOUSE
ゲスト:早野洋介(MAD Architects)

2014年12月24日水曜日

2014年10月28日火曜日

展覧会「城南计划前门东区2014群展」

夏から準備していた展覧会が開幕した。

北京の中心地、天安門の前にそびえる前門。その西側は大栅栏(Dashila)としてここ近年に様々な再開発が展開され、もともとの生活を残しつつも、アート・ギャラリーやアーティストのアトリエ、こじゃれたカフェなどが入り活性化に繋がっているが、逆の東側に位置する鲜鱼口(Xian Yu Kou)エリアを今後どのように開発していくべきなのか?という問いを世界中から9社の設計事務所に投げかけ、それぞれの回答としての案を展示するという主旨である。


胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの低層住宅が立ち並び、樹齢が数十年から数百年という大きな樹木がところどころに残りながら、各時代ごとの建築様式をまとった重要な邸宅や長い年月この場所に鎮座する寺院などがちりばめられ、非常に心地よいヒューマン・スケールの街区を作り出している。

しかし周辺地域の開発伴い、現行の低い容積率はあまりにも経済効率が悪いということで、現代社会の経済性に見合いながらも、それでも歴史を体現してきた重要地域にどのようにこれからの都市生活を投影できるかという設問である。

そんな訳で参加したのは下記の設計事務所

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BIAD Art Center
Jiakun Architects 家琨
KKAA 隈研吾
K/R
MVRDV
Position 有方
MAD Architects
Neri & Hu 如思设计研究室
URBANUS  
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夕方からのオープニングに行くと、普段は比較的オフィスで作業を進めることの多い自分でも、既に顔見知りとなっている建築家の顔もあり、非常に多くの人で賑わっていた。北京オリンピックの開幕式で舞を疲労したというダンサーで振付も行う人が立ち上げたダンス・カンパニーが会場の中で舞を踊りながら各展示作品の周辺を巡っていくというパフォーマンスがあり、その後関係者一同で前門が良く見えるレストランに移動して食事となる。

その中でもオペラハウスでのコンサートでよく顔を見かけるURBANUSの代表の一人である王辉(ワン・フイ)を見つけ、年明けに開催されるオペラ「アイーダ」のチケットを買ったことや、今年後半の注目演目などについて盛り上がる。

こうして仕事とはまったく関係ない好きなことを共有し、互いに情報を交換し合えることは、都市に生きる大きな喜びであるこだと理解しながらレストランを後にする。









2014年6月4日水曜日

ファイドン(Phaidon) Party


オシャレなモデル・ルームやカフェなどに行くと、大体ソファー・テーブルの上に置いてあるのが分厚いインテリアか建築の洋書。恐らくそのほとんどを出版しているのがイギリスの出版会社であるファイドン(Phaidon) 。

これだけ多くの建築家が一堂に集うベニス・ビエンナーレに合わせて様々なイベントが開催されるが、このファイドン(Phaidon)もまたイギリス館にてトーク・イベントを開催するのと同時に、様々なゲストを招待しオープニングの一日前にベニスの海に浮かんだ船の上でパーティーをするという。

我々MAD Architectsも招待されたので各国パヴィリオンを見て回った後に会場近くの船を目指してとぼとぼ歩いていると、横にあるいているのは藤本壮介さん。同じくファイドンのパーティーに行くというので話しながら船にむかうことにする。

ポツポツ振り出した雨を避けるかのように、徐々にゲストも集まりだしてきているようで、担当者と挨拶をして如何にも上質と思われるシャンパンをいただきながら周囲を見てみると、ローマに現代美術館を設計したフランスのオディル・デック(Odile Decq)の姿を見つける。パートナーのマーとも既に既知の仲のようで、彼女の知り合いの建築家がマーがアメリカでアイゼンマンの事務所でインターンをしていた時の直属の上司だったらしく、話が盛り上がっている様子。

前回ビエンナーレに参加したときのメイン・キュレーターであったアーロン・ベッキー(Aaron Betsky)の姿も見つけ、久しぶりに挨拶をしているところ、藤元さんと一緒にファイドン(Phaidon)のカメラに納まることに。


藤本さんから貴重な話を聞くことができたのも楽しかったが、周囲から話しかけられる度に温和に耳を傾けながら、広がる話をしっかり受け止めている姿を見ると、こうして一人で色々なイベントに足を運び、様々な人に会い、チャンスを広げていきながら、しっかりと設計も進めていくのは相当に大変なことに違いないのに、それを一切見せずに飄々としている姿が何よりも印象的に感じながら、次の場所へ向かう為にパーティーを後にすることにする。










2014年6月3日火曜日

ベニス・ビエンナーレ

2年に一度、この都市で開催される「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」。

第14回となる今回は総合ディレクターにオランダの建築事務所OMAを率いるレム・コールハース(Rem Koolhaas)が指名され、綜合テーマを「ファンダメンタルズ(Fundamentals)」として、細分化が進む建築世界の現状を踏まえ、建築の、そして建築家の職能の原理原則とは何か?と疑問を投げかける。そしてクールハースが直接急レーションを行い、メインのパヴィリオンでは床、壁、天井、屋根、戸、窓、ファサード、バルコニー、廊下など、建築の基礎的な要素がどのように歴史の中で発展してきてその意味を変容させてきたのかを展示する。

各国パヴィリオンの統一テーマは「近代化の吸収:1914-2014(Absorbing Modernity)」として、IT革命と交通革命を背景にしたグローバリゼーションが世界を覆った現代において、グローバルとローカルの中で、均質化世界の中でもそれでも地域的な「ナショナル」なものが存在しうるのか?そしてそれはどのような発現を伴うのかと投げかける。

そしてこちらもクールハースが直接キュレーションを担当するアーセナーレ(Arsenale)会場の長い展示空間を使って展開されるのは「モンディタリア (Monditalia、イタリア世界)」と名づけたイタリアという国の現状についての展示が行われる。

全体的に見れば、やはり「ファンダメンタルズ(Fundamentals)」という大きな投げかけがあり、それに対して各国が「ファンダメンタルズ(Fundamentals)」を頭の中に入れながら、それぞれの国の「近代化の吸収:1914-2014(Absorbing Modernity)」について2年近い時間を費やし辿り着いた答えが展示として回答されるという大きな図式となっている。

ビエンナーレの醍醐味は、世界の一線で建築世界を引っ張っている建築家やキュレーターが、この舞台を使って一体どんなことを投げかけるのか?何を考えているのかに対し、各国を代表する建築家やキュレーターが、共通の投げかけに対し、各国独自の返答を展示という形で帰すダイナミズムにあるであろう。

それと同時に、世界で活躍する建築家や、これからより活躍の場を広げていくであろう有望な若手建築家達が、各国パヴィリオンに関わることもあれば、各国パヴィリオンでない他の展示に直接に関わることもあり、世界で一体どの様な動きが起こっているのかを肌で感じることができる期間でもある。

日本で建築を学び、建築実務に関わっていても、その名前と知名度は知っているが、夏のこの時期に休みとかねてわざわざベニスまで足を運んで、展示を見学する。もしくは日本館の展示に関わる建築家となるというのは、あまりにハードルが高いことである、実際にビエンナーレの展示を見ることはなかなか叶わないのが実情であろう。それに比例するように、そこで何が行われ、何が話し合われ、何が繋がっていくのか。それも知ることがないのは非常にもったいないと思わざるを得ない。

アート関係の友人などと話していると、「今年のビエンナーレは行くの?」と皆さん、なかなか軽い感じで足を運んでいるようであるが、世界の兆候を知ることがその仕事でもあるアートの世界と、数少ない枠に択ばれなければ参加することが叶わず、仕事以外でわざわざ展覧会に足を運ぶことは厳しい建築の世界ではやはりその距離は大きいと言わざるを得ない。

そんな訳で、ロンドンという比較的移動距離の少ない場所で大学院を過ごしていた折に、学生という今から考えたら馬鹿の様に時間がある身分の為に、機会があって訪れたベニスでたまたまこのビエンナーレの開催時期に重なったため、会場に足を運んだのが自身にとっての始めてのビエンナーレ体験。

その時は圧倒的に先進的な議論が行われ、深いリサーチと、それを伝えるための圧倒的なプレゼンテーションの技術に圧倒されるとともに、この場に参加することが建築家としてどれだけの立ち位置であるのか、そしてそのハードルを越すことがどれだけ親密なネットワークを作り出すのか、そしてその時の自分との距離の差に少なからずショックを感じて帰ってきたのを今でも思い出す。

歴代の建築家や建築の世界においても思考実験としてその先の建築の方向性がその中から浮かび上がってくるような舞台でもあるビエンナーレ。

特にオープニング前後の時期には、街中がこのビエンナーレに侵食される。二つのメインの会場に入りきらない小さなパヴィリオンは街中のいたるところに散らばるようにして展開し、また様々な場所でシンポジウムや各国や各展示のオープニング・パーティーが開催される。

新進気鋭と言われる若手建築家から、スターキテクトと呼ばれる大御所まで。様々な建築家が何を考え、何を語るのかを目の前で体験し、様々な場所で実際に言葉を交わす機会も与えてくれるのがビエンナーレ。まさに街中がその舞台となる数日間。

我々MAD Architectsにとっては3回目のベニス・ビエンナーレ。一度目はいろんな手を使ってもどうにも公式の展覧会には含めてもらえないので、自分達で手を打って会場を確保し、同じ時期に展示を行うというかなりゲリラ的な参加から、2008年に晴れてオフィシャルな展示の一部として参加でき、6年ぶりとなる今回の参加。

その間に自分達が過ごした時間がどのような意味を持ち、自分達がどれだけ建築家として成長をしたのか、自分達の立ち位置と世界への距離感を確かめるためにもとても良い機会。数日間の滞在からまた次の2年への宿題をできるだけ多く持ち帰ろうと思いながら、今回のビエンナーレを楽しむことにする。

2014年4月29日火曜日

Chaoyang Park Plaza MAD Architects

北京の朝阳公園の南門の向かいの敷地を使って、オフィス、住居、商業の複合開発となるプロジェクトを進めていたが、その現場が動き出した。

chaoyang park plaza by MAD architects breaks ground in beijing

水が流れ落ちるような滑らかな形態で統一された大小さまざまなボリュームが都市スケールでの庭園空間を作り出すコンセプトとなっている。

複雑なファサードを持つために、フランスのファサード・コンサルタントと一緒になってラショナライゼーションを繰り返して設計を進めているが、自らが住まう都市に数年後にはエネルギーを傾けた建築が立ち上がっていくのもまた都市の魅力であるのだろうと感じずにいられない。

2014年4月20日日曜日

オルドス博物館 in あなたの感性を刺激する世界の絶景美術館7選

ネットを見ていたら、珍しく日本語のサイトで、協同主宰するMAD Architectsが手がけた中国・オルドス市にできた「オルドス博物館」が掲載されていた。

あなたの感性を刺激する世界の絶景美術館7選

因みに二番目に乗っている「Zayed national museum」はフォスター事務所のプロジェクト。

今年の暮れにはハルビン・オペラハウスも完成予定なので、また世間の人に見てもらえるプロジェクトが一つ増えることを楽しみに日々を過ごすことにする。

2014年4月8日火曜日

Narkomfin building モイセイ・ギンズブルグ 1932 ★★★


メルニコフ自邸から北に向かい再度西に向かって有名なスラブ状の巨大スケールの集合住宅が落とす影の中に吸い込まれながらさらに北に向かって目指すのは、次なるセブンシスターズである文化人アパートエリア。その手前にあるのはロシア構成主義の傑作である集合住宅。しかしここらへんになるとかなり専門的になってきてしまう。

共同主宰する建築オフィスMAD Architectsでは、オフィス内でリサーチに特化したグループを立ち上げ、進行するプロジェクトとは別にテーマを持って様々なリサーチをし、それぞれのテーマごとにオフィスとしての結論をだし、そしてプロジェクトという形で答えるという活動を始めている。

それぞれのテーマが今後は進行する各プロジェクトにフィードバックとして与えられ、オフィスの方向性を強化する目的がある。ほとんどのオフィスはやはり日常業務に追われ、どうしても体系立てたリサーチを行いたいと思っていても、どうしても後回し後回しで結局手つかずになってしいがちであるが、やっとそれを体系立てて専属のメンバーを数人確保してリサーチを進めている。

その最初のテーマが「Social House」。日本語にすると公営住宅、つまり団地ということになる。都市部への人口集中が止まらない現代の社会において、新しい都市環境に適し、現代のライフスタイルを反映し、最新の技術を採用した新しいタイプの「Social House」とはどんなものかを考えるために、歴史の中で集合住宅や団地がどのような社会的問題を背景して計画され、どのような問題点を建築がターゲットとしたか、そしてどんな建築的言語、そして技術を背景として、どんな解決策を建築家が提案してきたのか。

もちろん社会的背景は時代と国によって違ってくる。幸いながら、それだけの多様性をカバーするだけの国際性に富んだスタッフがいるので、台湾とロシアの女性スタッフが中心となり、ジョン・ウッドのクレセントから産業革命を経たロンドン。スラムと疫病が蔓延する劣悪な住環境を解消し、管理の行き届く快適な労働者の住環境を整えることがより効率的な生産性につながるとされたルドゥーによるショーの製塩工場の発展形である様々な形のロンドンの「Social House」。

人類史上初となる世界大戦を終えた各国が、復員兵士たちへの住居を短期に大量に作り出さなければいけなかった全世界的な背景から作り出した機能的で標準性を持った住宅。その中でもマルクスに率いられた新たなる社会革命を目指したソビエトで掲げられた新たなる社会への新たなる建築のあり方を目指したロシアン・アヴァンギャルド。そしてその後再度訪れた第二次世界大戦とその後の住宅ブーム。

そんな流れをほとんど各国出身のスタッフにリサーチをしてもらい、それを説明して一つの資料としてまとめていくと、今まで理解していた流れとはかなり違った視点を得ることができる。

数日ごとに厚みを増していくリサーチ。フランス、イギリス、ドイツ、ロシア、スペイン、アメリカ、ブラジル、日本、中国、等々。各国で各時代にどのような問題を抱え、どのような技術的革新を背景に、どのような解法が取られたのか、多国籍のスタッフがいる環境だからできる深みのあるリサーチ。これはどんな大学の授業よりも面白いのではと思いながらリサーチのレビューをしていく。

基本的には日本で出版されている集合住宅関係の歴史、資料を基にリサーチを開始するのだが、各国での事情やさらに細かいプロジェクト例など今まで自分が知らなかったことやプロジェクトを目にすることになる。それは建築家にとって非常に楽しい作業である。それらの資料をさらにそれを編集していく。

その中でも際立つのがやはりソビエトでの新しい建築への探求を行ったロシアン・アヴァンギャルド達の激しさ。これらを詳しく見て、しかもかなり早い段階でコルビュジェもロシアを訪れてこれらの実験的な住宅作品を見て、その可能性を理解していたと知ると、その後のユニテにつながるコルビュジェの作品もかなり違って見えてくる。

建築に関するオリジナリティはかなり怪しいもので、全世界の建築家による集団知の蓄積によって徐々に次世代へのブレイクスルーが準備されるものであるが、それにしてもこの時代にソビエトで積み上げられた蓄積の厚さにはほとほと舌を巻くことになる。その後の流れはほとんどこの時期のソビエトでやられていたんじゃないか。しかもそれぞれの内容がまさにアヴァンギャルド。なんでもやってみる。

その後のチーム・テン、CIAM、メタボリズムさえここに発芽があったのではと思えるほど多様な建築言語。そして社会的提案。ピロティ、スキップフロア、機能別ゾーニング、分離棟、等々。

そんな訳でモスクワに足を運んでこれを見逃す手はないという建物がこの「Narkomfin building」。ロシア構成主義の指導者でもあったモイセイ・ギンズブルグ(Moisei Ginzburg)の意欲作。大地から持ち上げられたピロティ、機能別に分けられたアクセス棟、1階と4階に設けられたアクセスフロア、ロフトを持った内部空間、等々とにかく意欲的。

という訳で、この今ではボロボロの建物は建築家にとってはかなりの記念碑である訳である。ランドスケープを専攻するオーストラリア人にはやはりちょっと分かりずらいようであるので、簡単に説明するが、どうもピンとこないようである。しかしこの内容を英語で説明するのはやはりかなりしんどいので、軽く切り上げて100年近い時間を経たこの記念碑を写真に収めることにする。