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2017年10月20日金曜日

オペラ 「エフゲニー・オネーギン (Eugene Onegin)」 Wuzhen Operahouse 2017 ★


烏鎮演劇祭(乌镇戏剧节,Wuzhen Theatre Festival)の目玉公演として、主催者側から「ぜひ観ていってください」とチケットを用意してもらったため、夜のオペラハウスへ足を運ぶことに。

「どこかで聞いたことのある題目だな・・・」と思っていたが、やはりかつて北京で観たことがあるロシアオペラ。ロシアの作家、アレクサンドル・プーシキン(Alexander Pushkin)の原作で、プロダクションはモスクワに拠点を置くヴァフタンゴフ劇場(The Vakhtangov Theatre)。演出を手がけたのはリトアニア出身の演出家リマス・ トゥミナス(Rimas Tuminas)。

19;30の開演に合わせて、ほぼ満席となって観客のそのほとんどは20代前半だろうと思われる若者ばかり。この烏鎮でロシアオペラにこれだけの若者が観に来るとは・・・と少々驚きつつも、3時間半に渡る長編オペラのために、アルファ波に誘われるようにしてチャイコフスキーの音楽に身をあずける事にする。












2015年1月24日土曜日

オペラ 「アイーダ」 NCPA 2014 ★★★★★

久々に足を運ぶオペラハウス。今日は朝からオフィスに出て作業を進め、夕方から一緒にオペラを観に行くメンターご夫妻の家で早めの夕食をご馳走になり、彼らの中国語の先生と4人で車でオペラハウスへと向かう。

「アイーダ」はオペラ初心者の自分でも知っているくらいメジャーなオペラの演目。ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)による作曲で、1871年に初演された140年以上もの歴史をもつオペラである。

メンターによれば、人間の根源的な悩みを描いているから非常に分かりやすいし、また入り込みやすい演目だという。その話の通り、古代エジプト時代のエジプトとエチオピアの争いの間で、恋に落ちながらも祖国を思う男女の姿を描きだす。

いつもどおり第1幕は努力の甲斐なく、あっさりとアルファ波にやられて完全に眠りに落ちながら薄めで舞台を追う形となり、幕間の15分の休憩でなんとか眠気を吹き飛ばし、そこからが勝負とばかりに集中する。

何でもこのオペラのために、ズービン・メータ(Zubin Mehta)というインド出身の世界的な指揮者を招待し、イタリアからセットと衣装のスペシャリストを呼び寄せ、膨大な費用を投入して容易されたこの北京での「アイーダ」。壮大な物語と音楽と反響しあうように、素晴らしいオペラ体験となったのは間違いない。恐らく自分の今まで観たオペラの中で、一番の舞台であったと言えるであろう。

エジプトに奴隷として拘束されているエチオピアの王女であるアイーダ(Aida)役には、現在世界でアイーダを演じされえたら3本の指に入るといわれている、フイ・ハ(Hui He、和慧)。その恋人である若きエジプトの将軍であるラダメス(Radames)にはスペイン人のJorge de Leon。アイーダの恋敵でありエジプトの王女であるアムネリス(Amneris)にはロシア人のMarina Prudenskaya。

壮大なコーラスで歌われる有名なの「凱旋行進曲」など、ところどころに「あ、この曲、アイーダの曲だったんだ」と思われる曲も盛りだくさんで、今後チャンピオンズリーグを観るときにはアイーダを思い出さずにいられないと思いながら観劇を楽しむ。


ズービン・メータ(Zubin Mehta)
フイ・ハ(Hui He、和慧)
Jorge de Leon
Marina Prudenskaya
ヴェルディ

2014年5月8日木曜日

オペラの負担


今日もまた、仕事が長引き買っていたオペラのチケットを無駄にすることになった。誘ってくれていたメンター夫妻は、「もう始まってますよー」「もう終わっちゃいますよー」と実況中継してくれるが、残念ながら仕事は終わらない。

今日行く予定のオペラはNCPAでの「Shanghai Opera House Attila」。ちなみに先々週の4月27日にもチケットを買っていたが行けなかったのが、NCPAでの「Verdi´s Opera Nabucco」

この春はヴェルディ特集ということで、かなり楽しみにチケットをメンターに薦められるままに買っていたのだが、ここ最近2連続で無駄にしている。

しかし、こうしてチケットを無駄にしても、それでもチケットを購入することで、都市の中にオペラハウスを維持する負担を少しだけでも負担しているのだと思えることで、なんとか気持ちを盛り立てる。

多くの都市論でも語られるように、膨大な維持・運営費のかかる巨大な文化施設はその費用をチケット代として分担負担することができる多くの市民の存在が必須となり、これだけ良質なプログラムを「あーだこーだ」いいながらたまにでも鑑賞できるのは、それは文化施設を持つことができる規模の都市に住んでいる恩恵である。

そんな風に考えながら、徐々に行けなかった悔しさを自分の中で消化して次のコンサートこそはいければと淡い期待を膨らませる。

2014年3月16日日曜日

オペラ 「エフゲニー・オネーギン (Eugene Onegin)」 NCPA 2014 ★★

「オネーギン、オネーゲン、オネーギン、オネーゲン」

なんとも響きが気持ちいいので、妻と二人で互いに「オネーギン」と言い合っては笑いあう。いつもの通りメンター夫妻に勧められて購入したオペラ。「コンサートよりも視覚的にも楽しめるオペラのほうがいい」という妻の要望もあり、久々に足を運んだ大きなオペラ用のホール。

この「エフゲニー・オネーギン (Eugene Onegin)」。チャイコフスキーの代表的オペラだという。チャイコフスキーといえば、「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」という3大バレエかと思っていたが、オペラも手がけていたとは知らなかった。

ではその「エフゲニー・オネーギン」の原作はというと、ロシアの作家、アレクサンドル・プーシキンの韻文小説であるという。モスクワ生まれのプーシキン。19世紀初頭のロシア近代文学を支える大作家という。なんでもロシアでは最も人々に愛されている詩人であり、「我々のすべて」と言われているという。

そしてプロダクションはもちろんロシアはサンクトペテルブルクを拠点とするマリインスキー劇場(Mariinsky Theatre)。そしてオーケストラを指揮するのは現代ロシアの英雄、ワレリー・ゲルギエフ。例の小さな爪楊枝のような指揮棒の指揮者で、先日の措置・オリンピックの開会式に、オリンピックの旗を持って更新した最後の6人の一人。

そんな小さな指揮棒に導かれるように響き渡るアルファ波。その後ろから押し寄せるような睡魔と闘いながら、「一体どうしたらそんな風に遊んで暮らせるのだろうか?」とついつい疑問に思ってしまうイケメンのオネーギンの一生を見ていく。

やはり貴族が貴族として存在していた時代には、必然的にその生活を支える下部組織が存在していたことも事実であり、友人を撃ち殺してしまった事に傷つきヨーロッパを放浪したといっても、綺麗な格好で先々でパーティーに参加したりと、その放浪のイメージがまったく違う様子に、村上春樹の言葉を思い出さずにいられない。

昨年秋からどっぷりと身体と脳と浸してきたロシア文化。進めているコンペの為ではあったが、それが少しずつ点から線へと繋がってきた感じがする。次はモスクワでその線を面へと広げてできるだけ身体の中へと吸収する事にする。




マリインスキー劇場
チャイコフスキー
アレクサンドル・プーシキン
ワレリー・ゲルギエフ


2013年12月1日日曜日

オペラ 「アルジェのイタリア女」 NCPA 2013 ★★★

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Production: National Centre for the Performing Arts 
Composer: Gioachino Antonio Rossini 
Libretto: Angelo Anelli, Luigi Mosca 
Conductor: Gianluca Martinenghi 
Director: Giancarlo Del Monaco 
Set Design: William Orlandi
Costume Design: William Orlandi
Lighting Design: Vinicio Cheli 
Chorus: NCPA Chorus 
Orchestra: NCPA Orchestra 
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今年最後のオペラ。

という言葉を発するようになった状況に驚きを感じると共に、来年も引き続き舞台芸術を日常の中で接するようにしていくだろうと確信して過ごす師走。

日本から戻ってきたばかりの週末。少しゆっくりした時間の最後を締めくくる為に電動スクーターで肌の切れそうなくらい寒くなってきた夜の北京の街を抜けて妻を後ろに乗せて向かうオペラハウス。

今回もメンターの薦めによってチケットを購入してやってきたのだが、このオペラ。イタリア人作曲家のジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Antonio Rossini, 1792年1868年)の代表作だという。

「ロッシーニ、ロッシーニ・・・」とオペラ素人の自分でもなんだか聞いたことがある名前だと思えるくらいの有名人。これはぜひとも海馬に覚えこませようと画像も一緒に検索してみる。ちなみに次の日にオフィスでイタリア人を捕まえて、「先日見てきたよムッソーニ」と間違いを犯し、「ムッソリーニ?」と言われてしまい、まだまだ海馬への定着率が低い事を認識する。

とにかく数多くの人気オペラを作曲した天才らしく、「セビリアの理髪師」や「ウィリアム・テル」などのどこかで耳にした事のある演目もまたロッシーニ作だという。「セビリアの理髪師」といえば、「フィガロの結婚」と並び、フィガロの生涯を描いた3部作の一つであり、これもいつかぜひ観劇してみたいものである。

そして演目である「アルジェのイタリア女」。英語では「The Italian Girl in Algiers」であり、イタリア語では「L'Italiana in Algeri」。「幕間が一度しかないな?」と思っていたが、2幕からなるオペラということを知り納得。

調べてみるとこれは「オペラ・ブッファ」と呼ばれる形態のオペラだという。「オペラ・ブッファ?」と調べてみると、世俗的な内容の喜劇オペラであり、庶民が主人公となる事が多く、その代表作としてもやはり「セビリアの理髪師」などが挙げられるという。

その内容は?というと、どのオペラも基本的にはエロの権力者が若くて綺麗な女性を追い回すが、あれやこれやでうまくいかないという流れなのかと思ってしまう。今回の舞台はイタリアの南に位置するアフリカ大陸の国・アルジェリアの首都アルジェ。そしてエロ権力者の役はそのアルジェの太守であるムスタファ。自分の妻をなんとか追い出し、若くてセクシーなイタリア女を手に入れようとする強欲ぶり。

そんなところに本来なら地中海で船が難破して囚われることになるイタリア女のイザベラやその連れであるタッデオ。そしてなぜか先にアルジェで奴隷の身に落ちているイザベラの恋人であるリンドーロなどがあれやこれやの手を尽くしてムスタフォの手から逃げ仰せ、無事にイタリアの地へと戻っていくというお話。

オペラの大ホールではなく、小さなホールでの上演で、3階席でも十分に近い距離で演者とオーケストラを感じる事ができる。しかもオーケストラの周りをキャットウォークがぐるりと取り囲み、オーケストラピットに演者が下りていったり、観客席から登場したりとなんともミュージカル的な演出も見られて飽きる事は無い。

素人でもこれが随分現代的にアレンジがされているプロダクションだと分かるように、難破する船ではなく墜落する飛行機の設定で、かなり時代設定がめちゃめちゃのようである。ベースボールキャップを被りダンベルで男らしさを演出するムスタファ。

イザベラはイタリア女を強調するかのように、腰に手をあて、いたるところでポーズを決めて格好つけるが、どうもその姿が片桐はいりを思い出せ、心の中で「まめぶ・・・」とつぶやいてしまって、どうも美人という設定に入り込めないまま演目は進む。

とにかく舞台の様々な場所で、様々な人が同時に色んなことをする。黒子役が仮面舞踏会のマスクを被り、なんとも可愛らしい衣装に身を包みながら舞台のあちこちでポーズを決めていたりと、何とも楽しげなオペラである。

音楽と服飾と踊りと歌が一体になって、独自では描けない壮大な芸術作品を作り上げているのが良く分かり、「これがオペラの醍醐味か・・・」と納得するのに十分なスペクタクル。これらの同時進行する複雑な芸術をいったいどうやって作曲し、作り上げていったのかとても想像できないが、とにかく眠りに落ちることなく幕間を迎える。

同じく楽しんだ様子の妻と一緒に階下のカフェに向かうとメンター夫妻も出てきた感想を伝えると、「とにかく過剰。酷い。オリジナルの設定もあったもんじゃない」と少々お怒りの様子。「過剰かもしれないけど、我々には十分楽しめたけどね」というと、なんともにこやかな笑顔を返してくれる。

その過剰感が徐々に分かるようになってきた後半ではあるが、それでも飽きることなく、かつアルファ波にやられることなく最後まで終えて外にでると、メンターが「分かった、ダイレクターがゲイに違いない。セーラーの格好でぴんと来た」となんだか嬉しそう。

兎にも角にも我々夫婦の知的レベルの低さのお陰か、十分に感覚的に楽しめたオペラ。オリジナルからは随分離れてしまっているかも知れないが、これはこれでいいと思える内容。いつか別のプロダクションを見て、その時に違いを感じればいいと思いながら来週の期待大のオーケストラでの会いましょうと挨拶をして、極寒の街を飛ばして家路に着くことにする。









2013年8月18日日曜日

オペラ 「フィガロの結婚」 ボーマルシェ NCPA 2013 ★★


前回「ホフマン物語」を見に行った時同様に、仲良くさせてもらっているご夫婦に誘われて卵型のオペラハウスへ足を運ぶ。

何でも随分人気があるのか、通常販売のチケットは売り切れだが、どうにかならないかと売り場に足を運んだら、外にいるダフ屋らしき人物からチケットを買えたから一緒に行こうということ。

ただしそのチケットが正規のものかどうか怪しいので、当日正面玄関で待ち合わせて、チケットを渡した後、自分一人が先に入場できるか試すから、それを遠目から見ていて、問題がなかったら入ってきてくれればいいと、本気なのか冗談なのか良くわからない調子で誘ってくれる。

問題なく入場できることができ、いつもどおりに18:30分開幕なので世話しなくサンドイッチを平らげて、一番大きなオペラハウスではなく、小さい方のシアターの上階席へと駆け足で向かう。

今回の題目はボーマルシェが1784年に書き下ろした「フィガロの結婚」 。モーツァルトも作曲でもおなじみのこのオペラだが、「ピーピピ、ピピピ、ピーピピ・・・」というとても伸びやかな曲に気分も高揚する。

付け焼刃で前日に妻が予習した内容を掻い摘んで教えてもらうと、なんでもフィガロ三部作と呼ばれ、主人公のフィガロの生涯を描いた三つのオペラの第二部に当たるという。第一部が『セビリアの理髪師』。第三部が『罪ある母』。そして第二部がこの『フィガロの結婚。つまり前作のお話の続きという訳らしい。

舞台は18世紀半ばのスペイン・セビリア近郊のある伯爵邸。前作「セビリアの理髪師」で、床屋としてこの伯爵とその妻となるロジーナの仲を取り持ったのが主人公フィガロ。そのご伯爵の家来となっているが、今回は伯爵夫人、つまりロジーナに使えているスザンナと結婚をしようという場面。

問題はその伯爵がどうにも好色で、スザンナをどうにかしてやろうと思っていること。対して伯爵夫人は旦那の浮気性に困っているが、同時に伯爵の小姓でイケメンのケルビーノに迫られてもいる。

フィガロといえば、年上の女性であるマルチェリーナに思いを持たれ、以前貸した金が返せないなら結婚しろと迫られている。そのマルチェリーナと共謀するのが医者のドン・バルトロで、男爵夫人のロジーナと結婚したかったがフィガロの活躍で男爵に取られてしまったので、フィガロに復讐心を燃やしている。

などなど、兎に角複雑な人間関係が織り成す喜劇。一緒に観劇した博識のスコットランド人によれば、フランス革命前夜のフランスで、多分に貴族階級への風刺を込めたオペラとなっているという。奥深い・・・

その説明を聞きながら、「しかし初夜権(しょやけん)とは凄いことを考えるな貴族達は・・・」と思いながら、第一幕の開幕。妻に耳打ちされながら、誰が誰かを少しずつ把握していく、と同時にのびやかな音楽にアルファ波も解放され次第に睡魔に誘われていく・・・

うつらうつらしながらも、断片的に物語を追っていき、連続で演じられた第二幕が終わったところで15分の休憩。既に一時間半も経っているのに驚きながら、外の通路で先ほどの食べかけだったサンドイッチを頬張り、中に戻ろうとすると事務所のスタッフとバッタリ会ってしまう。「オペラ好きなの?」と聞くと、たまに来るらしい。

こうした場所で思いもよらない人に会うのは、なんだかまったく知らない一面を見るようでなんだか嬉しくなる。オペラ観劇なんていうのは、まさに大都会の特権。文化的娯楽が享受できるだけの規模を住んでいる都市が持っていることは何とも有り難い事である。

そんなことを思いながら気合をいれて残りの二幕に集中する。喜劇らしいドタバタの展開で、会場から笑いが起こる場面も何度もあり、誰でも楽しめるような内容になっている。押し寄せるアルファ波に流されそうになりながら、なんとか足を踏ん張り最後まで耐えて外に出ると既に10時前。

「今回のチケットは宝くじみたいなものだからお金はもらえない」と頑なに拒む友人に、何とか正規料金だけでもとお金を渡し、次は9月のヴェルディの仮面舞踏会(A Masked Ball)のチケット入手を頑張ろうと約束し家路につく。

2013年2月3日日曜日

オペラ「ホフマン物語」オッフェンバック ★★


先日のプラハ・フィルハーモニーに引き続き、仲良くしてもらっているご夫婦と今度はオペラハウスの真骨頂とも言えるオペラを観劇しに行ってきた。

不思議なことに、オペラハウスを設計しているからなのか、オペラや音楽が好きな友人に出会い、誘い出してくれるようになるというのは、無意識にその様な機会を求めているのかそれとも、たまたまなのか?などと考えながら、オフィスを逃げるように抜け出して、開演ギリギリに会場に滑り込み、3時間を越える大作ということもあり、駆け込むようにサンドイッチを平らげる。

今回足を運んだのは、オッフェンバックの「ホフマン物語」。

フランスオペラということもあり、中国人の劇団員がフランス語で台詞を歌い、両脇のスクリーンには中国語の字幕が表示され、プロセニアムの上部には英語の字幕。妻がしっかりと予習をしてきてくれて、詳しいストーリーと主要登場人物をレクチャーしてくれたために問題なく展開についていけるが、プロローグと第1幕は久々の生ものから発せられるアルファ波ですっかり夢の中へ。

詳しい内容は下記含め様々なサイトで紹介されているが、



舞台に出演中の歌手である恋人ステラを酒場で待っている主人公である詩人ホフマンが、親友のニクラウスに扮したミューズの化身に付き添われて、過去の様々な失恋話を酒場の男達に聞かせていくという内容。

第1幕の機械仕掛けのオリンピア。
第2幕の歌って命を失ってしまうアントニア。
第3幕のホフマンの「影」を奪ってしまう娼婦ジュリエッタ。

あーだこーだと失恋話を自慢げに話していると舞台を終えたステラが戻ってくるが、彼女も恋敵のリンドルフに連れ去られてしまうという、なんとも悲しいく明るい失恋話。

友人のご夫婦は昨日行われた外国人劇団員によるバージョンも見比べの為にと見に来たらしく、「昨日のジュリエッタはもっとセクシーだったよ」などと、楽しそうにプチ情報をくれるオペラ通。

2度の幕間を挟んで、終えたときは既に11時近く。

できるだけ安くと手に入れた3階席の急勾配に位置する席での音響がいかがなものか。幕間に観客がどのような動きをするか?高齢の観客にとって、座る場所がどれだけ重要か。急な階段での歩行に安心感を与えてくれる手すりの存在など、目に映るものすべてのものが、オペラという一回きりの劇を成り立たせるために存在している特殊空間。

自分達の進めているオペラハウスの設計図の中で、何が抜けているのか?どうやったらより良く、より機能的になるのか?一人の観客の立場からこれからやらなければいけない設計変更に想いを馳せる。

しかし2年後には自分達で設計したオペラハウスで、劇に目を輝かせる多くの観客に紛れてオペラを観劇することが叶うということに、改めて心を躍らせながら家路につく。