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2017年1月14日土曜日

展覧会 「美林の世界・韓美林八十歳大展」 国家博物館 2017 ★★★ 



妻が「ぜひ行きたい」と見つけてきた展覧会。中国国家博物館には一度も足を運んだことが無かったので、久々に青空の見える土曜の午後に訪れてみることにした。

韓美林(Han Meilin ハン・メイリン)は1936年生まれの中国で最も名の知れたデザイナー。グラフィックから、彫刻まで手がける作品は多岐に渡り、その規模もオリンピックのマスコットや中国国際航空のロゴなど国家レベルのものから、昨年日本でも話題に上った世界最大の関羽像の彫刻など、日本では考えられないスケールのものをつくりだしている人である。

その80歳を記念しての大々的な個展が行われているのが、中国で最も権威のある中国国家博物館。故宮博物館の前に人民大会堂と向き合う形で建っているこの博物館。その規模もそうであるが、そのセキュリティレベルも国家級。建物にアクセスするまでに長い列に並び安全検査を受けて、建物に入るために更に長い列に並んで入場までにおよそ一時間。天気が良い日だから良いものの、それでもお腹に貼ったカイロが無ければ相当身体が冷えてしまうだろうと思いながら、パスポートなどの身分証明書を見せれば入場が無料という点は非常に素晴らしいと感じながら中へ。

中は相当に巨大だと思っていたが、後に調べてみると国家博物館の総面積は65,000㎡。パリのルーブル美術館が総面積60,600㎡というから納得。とても一日で全部見ようと出来るものではないので、受付でなんとも見づらい地図を貰い、見に行く場所にあたりをつける。

今年は是非学ぼうと思っている書の展示と、目的の「美林的世界——韩美林八十大展」の場所を見つけ、鄧小平の巨大な像の前を通り抜けて上階の展示室へ。まずは韓美林からで、4つの展示室を使用し、書や水墨の要素を取り込んだ様々なポスターやグラフィックデザインは、その作品の数も手伝い圧倒的。部屋ごとに椅子などの家具や、巨大な彫刻など別のテーマの展示が見れつつ、80歳という長いキャリアが俯瞰的に感じられる展示になっており、充分楽しめる内容となっている。

書道の勉強の励みになるだろうと、2007年に出版された画集「天書」をショップで買い込み、最上階に位置する書の展示を一通り目を通し、一階の茶館で茶器を物色しながらウーロン茶で一息入れて、その脇に付属する書店で書道と漢字の歴史に関する本を購入し、「今年こそは再度中国語学習を・・・」と気合を入れてそろそろ暗くなりだした外へ向かうことにする。





2013年12月20日金曜日

ストレス発散

北京生活の長いグラフィック・デザイナーの友人と久々に食事にでかける。

ストレスと過労から最近体調を崩されたと言う話から、「どうやってストレス発散をしているか?」という話に。

なんでもその方は、バブル絶頂時にグラフィック・デザイナーとして活躍し始めたので、忙しくて使う時間がなく、気がつくと相当な額の貯金が出来ていたという。ストレス発散の為に、通常1冊2万円などする洋書などの専門書を値段を見ることなく次から次へと購入する。服も好きなだけ買うなどし、ストレスを発散していたという。もちろんお酒もその一つだという。

「なにでストレスを発散してるんですか?」

と聞かれて、いろいろ考えてみるが、とてもじゃないがその方のような潤沢な収入が望める職業でもなく、一般書店で好きなだけ専門書を買うなんてもってのほか。文庫本ですら気が引けて、気になったものはメモを取り、アマゾンと近くのブックオフで調べてから購入するというなんともさもしい購買行動を取っていると説明すると、

「倹約家なんですね」

と言われるが、そうでもない。

こちらでは初乗りが200円ほどのタクシーも、できるだけ乗ることなくいつも電動スクーターで移動するのは、確かに節約と言う面もあるし、日本よりも高額なスターバックスのコーヒーなどは絶対に自分からは買おうと思わないのは、それが節約に繋がると言うよりもむしろ自分から見て、原価率などを考慮してそのものやサービスがその価格に合っているかどうかがより重要でありと思われる。

直に社会に向き合い、自分の行うサービスに対して報酬をいただくという生き方を長く続けていると、どれくらいの費用がかかり、どのくらいの労力がかかり、どれだけの報酬を得る事ができるかにとても敏感にならざるを得ない。

そんな中でできることは、必死に自らの職能を高め、そのサービスに意味と付加価値をつけて報酬をいただくことである。その額に納得してもらえるようになんとか自分の能力とサービスを向上させ続ける事でしか、この競争社会の中では生き残れない。それほど、競争社会の中で自分の職能で一万円でも対価を支払ってもらえるようになるのは大変なことである。

そういう風に時間を過ごすと、世の中の大抵のものの適正価格はなんとなく分かる様になってくる。どこで生産され、どういう風に運ばれてきて、どのような流通経路を経て、どれくらいの手間がかかりこの場所にあるのか。

そうして自ら想定する金額と、提供されている商品の金額が明らかに開きがあるのはやはりおかしいことである。それはどこかの段階で、誰かが多くのマージンを得ているとしか考えられない。

利益を上げるにに一番安易で楽なのは、マージンを多くかけて、原価率を低く抑えて利益を上げること。何かしらの付加価値をつけて価格を上げるならまだしも、競争原理の働かないような市場において、同じ商品に対して適正でない価格をつけること。

できるだけそういうものにはお金を払うことなく生きていきたいと願う。それは決して贅沢ではなく、ただただ適正ではない価格だから。その様に物事を見ていかないと、100円、1000円単位の施工会社からの見積もりに対して、シビアに要求を返せなくなってしまう。

だからタクシーに乗らないのは、タクシーを待つ時間の無駄も、つかまらないストレスも感じずに、自宅で充電をしておけば、後は少々寒いのさえ我慢すればタダで市内を行き来できる電動スクーターは現在のところ最上の移動手段だと思うからそうしているということをよく理解してもらえた。

これは適正価格に対する価値観の問題。

もう一つはバブル時代を生きた人に比べ、やはり我々世代は厳しい収入の世界で生きているし、どんなに頑張っても好きなだけ書店で本を選べる金銭感覚には到底ならないと思われる。しかも現在の様にアマゾン、ブックオフと様々な手段で同じ商品を手に出来る方法があり、ただただそれには手間がかかるだけであるなら、喜んで手間をかけ、より安く手に入れ、その代りより多くの良質な本に出会いたいものである。

これもよくよく理解してもらえたようである。で、戻ってくるのが「ストレス発散の方法」。お酒はたまに気持ちよく飲めればいい程度だし、服も靴も気に入ったものがあれば数年ずっと同じような格好でもかまわないし、夜のお店にはまるような性分でもないし、では何かと考える。

振り返るとやはりブックオフの100円コーナーで欲しかった本を見つけたときにはやはりある種ストレスが発散されているし、アマゾンで欲しい本を安く見つけ、うまい事組み合わせて発送料も安くやりくりすると喜びを感じている。そう考えると「本を買う事」と、「自分の思う適正価格でそれを手に入れること」が両方揃うと自分はストレスを発散するようである。


納得顔で聞いている横の妻に「何がストレス発散方法?」と聞いてみると、「旦那と話をすること」と楽しげに答えてくるが、普通は「倹約家の妻に浪費家の夫」という家庭が多いのに、我が家はどちらかといえば逆だな・・・と思いながらそのまま会話を続ける事にする。