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2016年2月5日金曜日

明石城 1618 ★★


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所在地  兵庫県明石市明石公園
城郭構造 連郭梯郭混合式平山城
天守   なし
築城主  小笠原忠真
別名   喜春城(きはるじょう)、錦江城(きんこうじょう)
築城   1618
機能   城郭
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日本100名城
Discover Japan「いま、見ておくべき城 100」
日本さくら名所100選
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せっかくだからと神戸までの帰り道沿いの明石にも立ち寄ることにする。ここでの最大の目的は、100名城にも数えられる明石城。城跡なのか、城が残っているのか、それとも再建されているのか、いまいち把握せずにナビに導かれるままにたどり着いたのは、どうやら明石城を中心として整備された広大な明石公園の裏側。城に一番近い駐車場を探している時間ももったいないので、車を停めて、やや駆け足で公園内へ。

如何にも古いタイプの文化施設という建物の脇を通り、いまだに視界にその姿を見せない明石城に「これは無いタイプかも・・・」と焦りながら、野球場や陸上競技場が整備されているだけに相当な広さの公園をぐるりと回って何とか明石駅に面する南側までやってくる。

そうすると地形にそって石垣が詰まれ、その上に立派な櫓(やぐら)が見えてくる。ほっとして地形をなぞる様に設置された石段をあがってより櫓へと近づく。しかし、周囲を見渡してもどうも天守閣はない様子。城巡りで事前調査をしていないと、この部分で時間を取られる事になるが、どうも案内板なども周囲には無い様なので、近くを歩いている人に声をかけてみると、「確か、天守閣は建てられなかったと思いますけど・・・」とのこと。

裏手より自然のままの地形にそっており、ほぼ獣道の様な細い道を抜けて先ほどやってきた図書館前の道へと抜け出る。せっかくなので図書館も見ていこうとすると、どうやら右と左に県立と市立の図書館が並列している。「うわぁ、二重行政そのまんまじゃない・・・」と思って中に入ってみるが、やはり内部でもつながっている訳ではなく、非常に不思議なつくりとなっている。調べてみると、

兵庫県立図書館 1974 設計・兵庫県建築部営繕課
明石市立図書館 1974 設計・安井建築設計事務所

まさに同じ時期に建設され、やはり建物も独立して相互の空間的関係性はつくられていない模様。こういうものを見ると、大阪で橋下徹が叫んだように、地方分権で二重行政を解消し、よりスリム化して地方のニーズに応えていくフレキシブルな政治の在り方が求められるのも当然のことだと思いながら、明石焼きに後ろ髪を引かれつつ次の目的地へと向かうことにする。























2013年7月20日土曜日

新宮城(しんぐうじょう) 1618 ★★


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所在地 和歌山県新宮市新宮字丹鶴
城郭構造  平山城
別名  丹鶴城(たんかくじょう)
築城主 浅野忠吉
築城  1618
機能  城郭
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熊野速玉大社に参拝し終え、順番的には新宮城、阿須賀神社、神倉神社だなと思いながらナビに指示されるままに走っていく。この新宮城(しんぐうじょう)跡、現在は丹鶴城公園として整備されている。

近くに車を停めて、入口に向かうと早速急な石階段。随分平坦な住宅地に、よくこれほどの丘が残っていたなと思いながら、吹き出る汗をタオルで拭きながら一歩一歩前へと足を進める。

観光地として整備されているわけでもなく、石階段は当時の面影を残すかのようにかなり粗く造られているので、その一段一段もかなり厳しい。階段が地形がそのまま階段化された過程を感じながら先を進む。

炎天下のなか、更に噴出す汗を感じていると、ポッと風景が開けて平坦な場所にでる。ここが城跡だというのも分かるような広さの空白。奥には石垣の跡らしきものが見えている。

端に近づくと、新宮市の街並みが下に広がる素晴らしい景色。なんでもこの新宮城丹鶴山と呼ばれる小高い丘に築かれた城であるのだが、その名の由来はここに源為義と熊野別当の娘の子である丹鶴(たんかく)姫の住まいがあったからという。

海があり、城があり、歴史を感じさせる聖域があり、清き川が流れる。良い町の条件のすべがこの場所にはあるんだと思いながら、険しい石段を降りることにする。