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2018年5月27日日曜日

「「ラクして速い」が一番すごい 」 松本利明 2018 ★★

松本利明 

「生産性と効率化だけを求めると、人はいつか燃え尽きます。」

この本の中でも言われるように、いかに効率を上げて仕事をこなそうとしても、現代のような情報社会の中で、生身の身体で向かっていけば、おのずとそこには限界があり、行き着く先は身体を壊すか、精神をやられるかのどちらかになるのは間違いない。

それが頭で分かっていても、一日に処理しなけばいけない事象は加速度的に増えていき、行わなければいけない判断と、それに伴う指示というコミュニケーションも数年前とは比べ物にならないほどに多くなってきている。

「限界」が訪れるのはそう遠くない未来だなと思うからこそ、根本的に仕事への取り組み方を考え直さなければと考え始めてこの数年。その一環としてふと手にした一冊。

まずは、物事の整理整頓をしっかりし、必要ないものを抱え込まず、残ったものに優先順位をつけて、どうにかなるさと小さな失敗に捉われることなく前に向かうこと、それを繰り返すのみということのようである。
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目次
1章 一発で決める
2章 スパッと割り切る
3章 抱え込まない
4章 組織の「壁」を利用する
5章 自分で「できる」ようになる
おわりに
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2017年4月23日日曜日

「フリーライダー あなたの隣のただのり社員」 河合太介 渡部幹 2010 ★★


河合太介
なんで自分はこんなにまじめに、こんなに沢山仕事をして、こんなに長時間働いているのに報われず、それに対してあの人はまともに仕事などせず、就業時間でも遊んでいて、上司の前だけいい面して、それで仕事をがんばっている、成果をあげたと評価され、昇進していてき、給料もあがっていく。なんて不公平なんだ。

どうせ報われないのなら、自分だってがんばって仕事をする必要は無い。できるだけうまくやって、サボって時間を過ごせばいい。


仕事をせずに周囲の人に「ただのり」する社員を「フリーライダー」と呼び、なぜそういう人が発生するのか、そこにはどんなタイプがいるのか、そしてその対処法は?などを描くもの。

恐らくこういう人は規模がある一定レベルを超えた大きな会社においては、いつの時代でも必ず一定割合存在したのであろうが、かつてはもう少し社会全体、会社全体がおおらかで、そういう人にも存在理由があるんだと、「働かないアリに意義がある」のように許容する余裕があったのが、競争主義が導入され、会社全体に効率化が求められ市場で勝ち抜いていかなければならない現代においては、一人一人がフルで働かなければいけない状況が続く中、余計に「フリーライダー」が目に付くようになったのもまた事実であろう。

ただ組織側としては、どうやって「フリーライダー」の意識を発生させないか、そしてそれが伝染しないようにするのかは非常に重要な生命線であり、やはり最後は給料を得る場所としてではなく、一職業人として自分の将来にとってどのような有益なスキルを身につけることができるか。またその手段が多種多様あると思える場所にすることが、一番の解決法なのだろうと読み終えて改めて思うことになる。

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目次
第1章 ただのり社員に苛立つ職場
第2章 フリーライダーの分類―日本の職場にいる四種類のフリーライダー
第3章 なぜフリーライダーが生まれるのか
第4章 組織としての問題解決―勤勉な社員が夢を見られる会社づくり
第5章 個人として取るべき行動
第6章 新たな課題
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2016年10月27日木曜日

Lucas Museum Proposals for Los Angeles and San Francisco

長らく進めてきたシカゴでのジョージ・ルーカス美術館の計画が敷地の変更を迫られ、その後様々な友人からも「どうなっているの?」と聞かれてもなかなか応えることができなかったが、その間に進めていた別の都市での計画がやっと日の目を見ることになった。

といっても最終的にどこに立つのかはまだ未定であるが、二つの候補に絞りながら、サンフランシスコとロサンジェルスの敷地にて同時に二つの案の設計を進めている状況である。


当然のように敷地が変われば、様々な条件も変わり、一品モノである建築はほぼ一から設計を練り直さなければいけなくなり、それが二つともなれば、相当なエネルギーと時間を費やしてプロジェクトが進められることになる。

そのために、こうしてデザインの進行状況を世間の人々に見てもらえるということは、ここまでプロジェクトが進行してきたことの大きな通過点であり、と同時に様々な意見を聞くとても良い機会になることと祈りながら、実現までにまだまだ長い道のりを何とか完走するようにと気を引き締めることにする。

2016年2月17日水曜日

どうせ日常に溺れるならば

どんな仕事をしていても、日々の業務に終われ、目の前の仕事を片付けることだけに視界が狭まくなる。長いスパンで、職業人として、社会に向けて、他にも様々なことに目を向け学ばなければいけないかは理解しつつも、歳をとるにつれて、徐々に時間も余裕もエネルギーもなくなり、仕事以外でのプロフェッショナルとしての能力を伸ばすことまで余裕が無くなるものである。

そうであるからこそ、否が応でも時間を過ごす日常の環境が大きくものを言うことになる。

20代で身につけた知識でその後もずっとやりくりできてしまうところなのか、それとも30代、40代と知識と共に経験も身につけながら、10年前の自分とは確実にスキルアップしていると思えるようなところなのか。

建築という幅広い世界に身をおいていれば、その日常業務もまた驚くほど幅広くなる。その中で異なった業務で関わる部分において、プロフェッショナルといえるだけの能力を深めていくことも大切であるが、と同時に、専門職としてカバーすべき能力の範囲を視界に捉えていくことも重要であろう。

どうしても、日常の仕事の内容によって、職業人としての職能が深まる程度が決まってしまうのなら、自分が常に向上し続けることができる業務に関われる日常に身をおくこともまた必要になるのであろう。

数週間や数ヶ月で身につくことから、数年単位で経験となっていくこと。そんな異なった時間スケールをもった専門知識を複層的に学ばなければいけなくなるような、そんな緊張感のある日常。そんな場所を手に入れることができ、そこに身をおき続けることができるのは容易なことではなく、常に外部の専門家とやり取りをしつつ、最先端の知識に触れる機会を持ちつつも、過去の前例から学びながら職業として未来につなげるような日常。

世界的に人材の流動化する現代においては、その様な場所を手に入れるためには激しい競争に常に晒されなければいけなく、気を緩めることはできない。それでも、「ここでいいや」とふと気を抜くよりも、どうせ日常の中に溺れるならば、溺れた先に手を伸ばすのが、プロフェッショナルとして自ら納得できる立ち位置であったほしいと願うばかりである。

2016年2月8日月曜日

洞察力とフィードバック

建築家という職業は、たとえば素晴らしいホテルや旅館に泊まること、そこで空間を体験すること、どのようなサービスや空間で人は快不快を感じるのかと理解することが、ただの楽しみではなく、日常の業務に直結する経験や知識として蓄積され、それが次の仕事へとフィードバックを与えることができる、非常に稀有な職業だとつくづく思う。

定年退職をして、時間と経済的に余裕があるからと高級ホテルに宿泊する高齢者の過ごし方ではなく、現役の時にこそ、そういう場所に訪れて豊かな空間体験と、高級なサービスや空間とは何かを身をもって理解する。そしてそれを次の糧にしていくのが大切なのだということ。

そんなにいくつも宿泊することはやはり経済的に難しいが、だからこそ前もっとリサーチをし、今年はぜひここに泊まってみたいと目的を持って訪れる。宿泊することは何よりもその宿を理解する上で一番であるが、それが叶わないのであれば、食事やドリンクだけでも、一人のゲストとしてその場所に訪れる、そういうことを比較しながら意識を持って積み重ねていく。

そういうことがいつか素晴らしいホテルを設計する強い土台になるのだろうと思うながら、これはホテルなどの宿泊施設だけでなく、レストランや映画館、図書館や病院、すべての場所が生きた教科書であり、いいところ、悪いところを身をもって体験し、観察し、そして吸収する。そういう態度こそが、職業人として求められるものなのだと、改めて感じる年齢になってきたのだと痛感する。

2015年12月20日日曜日

自由と選択

40歳を目の前にして思う。孔子の曰う様に「四十にして惑わず」などということはやはり難しいものであると。

人にはやはり物事の向き不向きというものがあり、ある性格の人にはある一定の仕事や業種が非常に向いているということもあるだろう。また同時に、自分では気がついていなくても、周囲から見ればその人にぴったりの仕事内容ということもあるであろう。

逆もしかりで、その人がどんなに努力しても、その人の生まれ持った、また育ってくる中で育まれた性格がどうしても行っている仕事や業種に合わない、ということもあったりする筈である。

その為に人は人生で迷い苦しむのであり、いっその事自分の生活をよく理解し、自分の願う方向性をよく理解し、そしてかつ世の中の仕組みを把握したとてもできた大人が、自分の人生の時々に、方向性を整理し、仕分けをし、進むべき方向を示唆してくれる、そんなことがあったらどれだけ良いかと思うこともある。

かつての様に、社会がある種の閉鎖性を持ち、人生の枝分かれが限られていた時ならば、それほど迷うこともなく、疑問を持つこともなく、少々の不満は抱えながらも、誰もが置かれた場所で咲こうと与えられたことに全うできたであろうが、現在のどこまでもフラット化し、何でも選択可能。その代わり、どう選ぶかとそのリスクについては誰も教えてくれない。そんな世の中の自由の側面ばかりが取り上げられ、ポイッと社会の渦の中に放り込まれ漂う若者たち。

恐らく日本だけでなく、全世界が同じような思いを持った人々が現れだしているのを象徴するかのように、逆に信頼がおけるコミュニティが自らの未来を決定してくれるという未来像を描き出したのが昨年公開の「ダイバージェント」

誰もが不安で、どこにも答えがない時代。だからこそ、ドキュメント72時間「占いの館 運命の交差点」が描くように、多くの人々が未来を示してくれる占いに吸い寄せられるのであろう。

家族に仕事を辞めたことを伝えられず、毎朝会社に行く振りをして外にでても会社に行かず、近くの公園で時間を潰す人も少なく無い現代。家族や社会のために、責任ある役割を受け入れなければいけないが、それができることなら自分の性格にマッチしたものであってほしいとは、誰もが願うことである。

努力することでその差異を最小化することはできるかも知れないが、根本的に間違った場所に、間違った人が着いてしまうことの悲劇は社会で生きる人は誰でも目撃していることであろう。

「自由と選択」の次にくるのが「リスク」であることを十分に理解した現代社会。どこから良識のあるメンターが社会の中で必要とされ、存在できるだけの場所と報酬が支払われる。そのことで人々がより生きやすく生活できる社会になる。個人が守ってくれる中間領域なしに社会に晒される現代だからこそ、そんなことを願わずにいられない。

2015年5月2日土曜日

ひたすら繰返される締切

アメリカで進めている美術館のプロジェクト。大きな建築プロジェクトではプロジェクト・マネージメントが非常に厳しくスケジュールを管理するアメリカ方式にそって、基本設計の締切が近づいている。

その為に毎日毎日、多くの締切がのしかかって来る。建築という仕事の性質柄、図面を描き始めるまでの調整作業は恐ろしいほどの手間と時間を奪っていく。クライアント側の要望、現地組織事務所との調整、ランドスケープとの調整、構造、設備、消防、行政、周辺施設、交通、雨や雪対策、安全、管理、等々。

そしてそれらの調整を踏まえた上で平面図、断面図等々の図面の調整と、3次元模型の修正となり、議論された部分すべてのポイントに対してその意図を反映した図面の変更が行われているかどうかのチェックをすることとなる。

何人もがそれぞれの担当パートの図面を描き、それぞれに相違の無いように綿密な内部でのコミュニケーションを図り、各自が主観的に理解した修正内容を図面という客観的なメディアに反映する作業で発生する認識の齟齬を潰していき、内部にて意思統一のできた図面に仕上げるためにはそれだけでもものすごい時間と労力が必要となる。そしてその為に最も必要なのは繰返すチェック作業。

それを各協力会社に送り、今度は外部との齟齬をなくしていく作業。もちろんその調整作業の中で、前日決めた内容が変更になるなんてことはざらであり、何の惜しげもなく再度の修正が必要となる。先ずは修正をしない限りこの更なる問題点は浮かび上がってこず、その為に無駄をなくすために図面の修正を減らすことはどうしてもできないという訳である。

そんな訳で、CD、SD、DDと呼ばれる各設計ステージ毎にどうしても避けられないこの永遠に続くと思われる修正の繰り返し、チェックの繰り返しの時期が訪れる。体力も疲弊し、精神も磨耗するこの期間。必要なのは一つのミスも見逃さない注意深さ。できるだけ心を落ち着かせ、嵐が去るのを待つように日常を過ごすようにと心がける。

2015年4月18日土曜日

「「悩み」の正体」 香山リカ 2007 ★★

大人になるほど、
仕事の責任が大きくなるほど、
家庭を持ち、家族が増えるほど、
日々の「悩み」は右肩上がりに増えていく。

人と接するから摩擦は起こり、仕事を頑張るからできないことで悩み、そんなことならいっそ、社会から離れ、上昇志向を待たず、できるだけ人との関係を絶って生きていく。そんな日常のほうがどれほど楽か。

なんて考えることも少ない無いが、それでもこの世の中で生きていくためにはどうしても、社会の中でストレスに晒されながらも生きるために、生活するために働いてお金を得ていかなければいけない。

自分一人がこの社会の中で生きていくだけでも、相当なお金がかかるのに、ましてや家族を養っていくとなるとどれだけ頑張って外で働かなければいけなくなるのかは想像に難くない。

そんな社会と、自分の感情との葛藤で生まれるのが悩み。複雑に絡み合い、様々な人たちの参加によって運営される社会であるからこそ、自分一人の思いのままに物事は運ばず、嫌な思いをしながら、不条理なことだと思いながらも、ぐっと心の中に溜め込み顔は笑顔を保たなければいけない。

そんな「悩み」だらけの現代社会。余裕があれば、それを「悩み」と取れることなく、うまく消化できるのかもしれないが、そんな時間的余裕を与えられるわけでもなく、ひたすら「悩み」に負けそうになりながらも、なんとか心を定常状態に保って今日も生きていく。

現代に生きるものとしてその状況から逃げ出すことができないならば、せめてその「悩み」に立ち向かい、分析し理解して消化を良くすること。そんな思いで手に取るが、中には出るわ出るわ、身の回りにもなんだか会ったことがありそうな人たちが。それぞれがそれぞれの「悩み」を抱えて生きている今、どこかの暗い路地裏で喪黒福造に「ドーン!」とされて悩みをリセットしたいと悶々としていそうな同志達。

これを読んでも悩みは解決しないのは、そのタイトルを見れば分かるけど、それよりも他の皆が自分と同じように悩み、もがいている姿を第三者の視点で眺めることで、結局は世阿弥の 「離見の見」 の様に自分を距離を置いて捉えることができる。

以下、本文より一部抜粋
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その「悩み」は悩みとして正当なのだろうか
そもそも、「世話になった祖父が恒例になったことに伴う介護」が、個人だけが抱える、「悩み」にならなければならないと言うこと自体が、おかしいのではないか

本書で取り上げる「悩み」の多くは、恐らく10年前、20年前だったら、「悩み」にならなかったようなもの、あるいは「悩み」になったとしても、ちょっとした生活の知恵や工夫、まわりの人の手助けで重症にならずにクリアできたようなもの

嫌われるのがこわい――人間関係編
/場の空気を読めなかったらどうしよう
優先されるのは、自分の意見や考えを主張することではなく、周囲の空気を読み取り、自分に期待されている役割をこなすことなのだ
自分の気持ちよりもまわりの秩序を大切にする

/他人の失敗が許せない
「いじめ」に加担する子供たちは、「次は自分が標的になるのではないか」という不安やおびえを抱え、「とりあえずこの子をいじめているうちは、自分はいじめられることはない」と目の前の「いけにえ」を激しく攻撃することで、その不安などを隠蔽している場合が多い

/若い人の要領のよさについていけない
自分自身が何かに真剣に取り組み、はっきり評価を下されるのを恐れている場合が多い

/暴力にどう対処したらよいか
日本社会が全体的に他人への寛容な気持ちが薄れ、他者への攻撃的あるいは暴力的態度を強める方向に向かいつつある

「自分がやられるかもしれない」とうい不安にかられ、プライドも恥も捨てて、生き残るために「社内いじめ」に象徴されるような他者への攻撃、さらには暴力に走る人が増え続ければ、この先、社会はどうなるのだろうか

/家族どうしなのに気持ちが通じない
子供にとって、人生の早い時期に一度は、「親は自分の命よりも僕を大切だと思ってくれているんだ」などと実感することが大切だ

/働いても生活できない
廃棄処分になる「無料バーガー」を求めて、夜のファストフード店の前に集合する若者たち
自分も富裕層の一部かもしれないと錯覚するようになる
自己イメージはセレブ、実質下流

/効率がすべてなのか
素直で優秀な人材が見つかるまで、何度でも交換することができます
モノ以下 堂々と「何度でも交換可能」などとうたう
効率や生産性がすべて

/地方にいても展望がない
「どこでもできる」はずのIT産業が振興すればするほど東京への一極集中が進む、という皮肉な現象
/恋愛したいけれど出会いがない
失望されたり軽蔑されたりして傷つくよりも、何も起こらないほうがまだいい。そういう無自覚の計算が、彼の心の中で働いているのだと思う。
恋愛もまた、心の境界を超えて相手が侵入してくる体験に他ならない

/結婚は失敗だったのだろうか
いったん結婚してしまうと、シングル時代に「どんな人でもいいから、誰か私を選んでくれないだろうか」と思ったことなどはすっかり忘れてしまい、「こんな人と結婚するんじゃなかった」と今の状況の不遇にばかり目が行く

人間には、いったんある状況に置かれると、比較する対象が同じ状況の中の人ーそれも自分より幸福そうな人ーだけに限れれ、自分が前にいた状況、他の状況の人たちのことはきれいさっぱり忘れてしまう

/病気になっても医者に診てもらえない
なぜ医学部が人気なのか
「医師免許」と言う資格を取れるから
医学部を卒業することが必須 医学部さえ卒業していれば、合格率は約9割と高い
意思志望者が増加しているのに、地方の医療は衰退し、小児科医や産婦人科医のなり手がいない
小児かも産婦人科 重労働の割りに収入が低い
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■目次  
まえがき
嫌われるのがこわい――人間関係編
/場の空気を読めなかったらどうしよう
/他人の失敗が許せない
/若い人の要領のよさについていけない
/暴力にどう対処したらよいか
/家族どうしなのに気持ちが通じない

無駄が許せない――仕事・経済編  
/忙しく働いていないと不安だ
/働いても生活できない
/効率がすべてなのか
/やりがいを感じられない
/地方にいても展望がない

このままで幸せなのだろうか――恋愛・結婚・子育て編  
/恋愛したいけれど出会いがない
/結婚できないかもしれない
/子どもがいないと不幸せなのか
/親になったが自信がない
/結婚は失敗だったのだろうか

老いたくない、きれいでいたい――身体・健康編  
/自分の顔、からだを変えたい
/健康のために何かしないと不安だ
/老いたくない、病気になりたくない
/病気になっても医者に診てもらえない
/現代の医療に信頼がもてない
 
いつも不安が消えない――こころ編
/自信が持てない
/前向きな気持ちになれない
/気分に浮き沈みがある
/「ありがとう」が息苦しい
/自分は誰にも大切にされていない

 
まじめに生きてきたのに――社会・人生編  
/まじめに生きて損をした
/「便利な世の中」についていけない
/自分は何の役にも立っていない
/おとなになりたくない
/この先、楽しいことはない
 
/あとがき
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2015年4月14日火曜日

仕事量と仕事の質

世に氾濫する「仕事ができる」とはどういうことなのかと、日々のほとんどの時間を費やす仕事に向き合う上で考えなければならない。

一つはその人がある一定の時間に処理できる「仕事量」の問題。一日に一つしか物事を処理できない人間と、一日に5つの事柄を処理する人間では明らかに後者のほうが優秀となる。

そこに今度は質の問題が加わる。5つ処理しても、4つに問題があり、明日やり直しをするのなら、1日に一つ処理しても完璧に仕上げ、次の日にまた別の一つを処理する人間のほうがある一定の時間の枠内にては優秀となる。さらに後者が正確さを失わずに徐々に手際を高め、処理速度を上げていくことができればなお素晴らしいとなる。

つまりは、量と質を同時に高めていける人間が優秀といえる。
ミスによって重複を起こすのではなく、5つを確実に処理していく。

また仕事内容によっては、質と速度の求められるバランスが違う。できるだけ早く対応すべき内容。それともじっくり確実にミスの無いように対応すべき内容。今自分が向き合う事柄がどちらに属するのか理解して物事に当たる。

そこまでのベースが出来た上で次に向かうのは、一つの時間に何重もの意味を重ねること。つまり複数の事柄を同時進行していくこと。

時間には限界がある。一人の人間が一日に仕事に費やせる時間は、プライベートを犠牲にしてもせいぜい15時間前後。それ以上は持続することが困難となる。ならその時間をフル
につかっていくのだが、それでもたどり着ける限界がある。

では、それ以上を目指すとなると今度は一つの時間の中で何個も仕事を平行してこなしていくしかなくなる。メールを打ちながら次の段取りを考える。会議をしながらSNSで指示をする。移動の時間に資料をチェックする。

量と質を高め、時間を複層化する。

そういう風にどうすれば「効率化」をはかり「プロフェッショナル」として如何に自分の職業人としての技能を高めるかを考えながら日々に向かうものがいる一方、ただただ就労時間が終わるのを待つ人間がいるのも否めない。

効率や自分の能力を高め、少しでも目の前の作業を早く終え次に向かう、と言う意欲は無く、ただただ就業時間を苦痛の時間として捉え、なんとか仕事をしている様に見せかけ、注意を受けないようにやり過ごす。そういう労働者がいることもまた確か。

そういう人間を管理して、ちゃんと仕事をさせていくのは非常に手間と時間がかかり非効率である。なぜなら根本的な意欲と見据える先が違うため。職業人としての人生を生きる訳ではなく、あくまでも給与をもらう為に働いている。これは恐らくどの時代、どの社会においても起こること。

そこでも一番の不幸は、誰かれ構わず、同じ意欲と意識にて仕事に向き合うだろうという前提で人と仕事に向き合うこと。これが不幸を拡大させ、交わることなき平行線にて自らがさらに苦しむことになるだけである。

そんな訳で少なくとも自分の中で一つの結論に達し、次の事柄へと頭を切り替えることにする。

2015年1月29日木曜日

MAD Annual Dinner (年会) 2014

遅い中華新年もやっとあと少しとなり、前回の長期休暇から長い長い月日ずっと働いてきたオフィスも、今年を総括する時期になり、通年どおり忘年会にあたる年会(niánhuì)を開催することになり、昨年は星座ごとにチームを分けたが今回は出身地ごと、ヨーロッパ、アメリカ、日本と韓国の東アジア、シンガポールやタイなどの南アジア、そして中国国内は北京、広東、山西+山東などに地域ごとに分類し全部で9チームに別れ、それぞれに何かしらの出し物をするということで準備を進める。

その出し物と、一年を通してオフィスの中で特に目立った活躍をしたメンバーなどの表彰、そして事前に行っていたオフィス内部でのアンケートの結果発表を交互に進めながら、皆思い思いに食事とお酒を楽しんでいる。

特に2014年はアメリカのシカゴでジョージ・ルーカス氏の為の美術館のコンペを勝ち取るという大変大きな進歩を成し遂げ、そのチームをコンペ段階から纏め上げてきたプロジェクト・アーキテクトの表彰や、デザインの分野で特に目立った活躍を見せた3人の表彰、そして技術的な分野で大きな影響を与えてくれたスタッフの表彰。

それらの各部門で名前を呼ばれ、人によっては恥ずかしげに、人によっては誇らしげに前にでて表彰を受けている姿を見ると、やはりこうして仕事場において、仕事を認識され、そして認められているということを示す機会というのはやはりいいことなのだと思う。

というのも、シカゴの美術館のプロジェクトのワークショップのために、ローカル設計事務所として協同しているシカゴのVOA Associatesから二人の担当者が来ていたので、いい機会だとこの会にゲストとして参加してもらい、感想を聞いたら、「アメリカで同じ様に表彰などしたら、表彰されなかったスタッフから訴えられるから無理だよ」という言葉を聞かされたためである。

恐らく今の日本でも、ある企業においては同じような空気になってしまうことだと思う。認められなかった人間が、何かしらのクレームを言う姿が容易に想像つく。重要なのはなぜ彼らが認められ、どんな仕事内容が評価されたのか、それをしっかりと示すこと。それが彼らにとっても、そして他の人にとっても励みになること。そんなプラスの循環があることが仕事をする場として重要なのだと改めて思う一日になる。





2015年1月14日水曜日

Japanese Junction 「Emerging Trajectories」

海外に出て建築を学び、その後海外若しくは日本国内にて建築の実務を積み、独自の建築活動をしている若手建築家の活動内容を紹介するという展覧会が開催され、その一環として開催されるイベントにゲストとして招待していただいた。

「軌跡(Trajectories)」というキーワードを元に、留学前の日本での時間、留学中の海外での時間、そして留学後のその後の時間と「軌跡」を辿ることで、建築に関する考え方だどのように変化し現在に至るのかを、4名の展示参加者にスライドを使って説明してもらうという主旨のイベントである。

そこに私も招待され、同じテーマに沿って話をして欲しいとのことでお誘いをいただき、少しでも今までの自分の経験が若い人や学生にとって何かしらの意味を持てば本望だと、スケジュールを調整して弾丸ツアーで東京に向かうことにした。

イベント当日に、トーク会場とは別に用意された展示会場に足を運び、4名の展示者から事前に展示作品について説明を受け夜のイベントに備え、その後会場のSHIBAURA HOUSEへと移動し、打ち合わせなどをしながら夜のイベント開始を待つことに。

アメリカやヨーロッパの大学や大学院に渡り、その後現地の建築事務所に就職したり、また第三国に渡り建築に携わったり、帰国して日本の設計事務所に勤めたり、また日本国内で自分のオフィスを始めたりと、4名のまったく違う辿ってきた軌跡を聞いたのち、「何を話せば彼らにとって一番意味のある時間になるだろうか」とこの数週間仕事の合間に頭を巡らせては話の主題を考えてきたプレゼンを開始する。

開始時間が遅れたために少し時間がおしていたが、45分間も時間をもらっていたので十分終わるだろうと思いながら話を進めるが、気がついたときには既に1時間を超えるほど話してしまい、スピードを上げて切り上げることに。

その為に出展者とのディスカッションの時間が十分に取れなくなってしまって大変申し訳ない思いをしてしまったが、それよりも少し上の世代で、同じような時間と苦悩を経験してきた建築家として彼らが今必要であろうと思われるメッセージはプレゼンテーションの中で十分に伝えられたかと思うので、それで相殺してもらうことにする。

トークの中でも何度も繰り返したが、海外に出て建築を学ぶことの一番の利点は、「もし海外に行かなかったら過ごしていたであろう日本での時間。その時間の間に建築家として成長したかもしれない自分の姿」を常に意識することであり、向き合う建築の実務の内容が違い、自分の思い描いていた建築家像と現在の自分の姿とのギャップが徐々に偏差していく中、その「いたかもしれない自分の姿」との競争に負けることなく、緊張感を持ちながら現在を過ごし、そして成長していく明確な指標を持って日常を生きることであろうと思う。

日本ではできないようなプロジェクトを海外で経験したとしても、日本で経験すべき建築の実務が抜けてしまっているのではという恐怖。

外から見る日本の現状は良く分かるようになったとしても、日本の深いところからプロフェッショナルとして建築に向き合う能力が備わったかという自問自答。

そんな「仮の自分」の姿をより正確に描き出すためには、日本に留まりブレることなく真摯に建築に向き合い、建築家としての職業的能力を高めている尊敬する友人がいい基準となってくれるはず。

そんな「仮の自分」の姿にプレッシャーを与えられながら、内からと外からの二つの視線を合わせ持ちながら成長していくこと、それこそが海外に出て建築に向き合う本質なのだと改めてのこのイベントを通して理解する。

ぜひとも、今夜の時間が、この場に居合わせた誰かの軌跡にとって重要な意味を持つ「磁場」となることを期待して、その「磁場」の影響を何年後かに目の当たりにすることを楽しみにしておく。

2014年12月25日木曜日

Japanese Junction

年末が近づくと「Japanese Junction」という海外で建築を学ぶ学生の作品を紹介する展覧会がここ数年続いて開催されているなと思っていたら、今年はある縁からそのイベントにゲストとして参加する機会を頂いた。

イベントは二部から構成され、クリスマスの本日に行われるのが「Japanese Junction」といい、現在進行形で海外の大学などで学ぶ日本人の学生の作品を展示する展覧会に合わせて、既に独立をし海外を活躍の場としている上の世代の建築家を招いての講評会。

そして私が参加するのは年明けに開催される「Emerging Trajectories」という、かつて海外の大学で建築を学び、その後日本に戻り実務を積んだ後に事務所を立ち上げ、建築家として活躍を始めている4人の若い建築家の作品を紹介する展覧会。

その展覧会に合わせて、各展示者が留学前、留学中、留学後という流れに沿って各自の建築活動を発表し、それについてゲストの私がコメントをするのと同時に、我々MAD Architectsの活動についてもレクチャーを行うというもの。

日本で建築を学び始め、世界に出て建築に揉まれ、そして建築を生業として自らの足で前に踏み出そうとしている若い建築家の方々に、少しでも我々の経験から何か伝えられる機会になればと思いながら、レクチャー資料を作成することにする。


開催概要

Japanese Junction
会場:SHIBAURA HOUSE
住所:東京都港区 芝浦3-15-4
会期:2014年12月19日 - 26日 2015年1月13日 - 17日(日曜祝日休館)
開場時間:11:00 - 17:00 
[関連イベント Project Review]
日時:2014年12月25日 18:00 - 21:00
会場:SHIBAURA HOUSE
ゲスト:重松象平(OMA)、吉良森子(moriko kira architect)、豊田啓介(noiz)

Japanese Junction Emerging Trajectories
会場:ミーレ・センター表参道
住所:東京都港区南青山 4-23-8 
会期:2014年12月19日 - 26日 2015年1月6日 - 17日(月曜休館)
開場時間:11:00 - 17:30
[関連イベント Emerging Trajectories]
日時:2015年1月14日 18:00 - 21:00
会場:SHIBAURA HOUSE
ゲスト:早野洋介(MAD Architects)

2014年12月24日水曜日

2014年10月29日水曜日

韓国からのCD


韓国人のスタッフが「韓国に戻ったときに見つけたから」とCDをプレゼントしてくれた。

「以前に、バイオリニストのチョン・キョンファ(Kyung Wha Chung 鄭京和) のコンサートが良かったって言ってたから」とその弟に当たるチョン・ミョンフン (Chung Myung-Whun 鄭明勳) のピアノのCDを買ってきてくれたようである。

今年の初夏に指揮者でもあるチョン・ミョンフンのコンサートに行ったこともあり、「ピアニストだという彼の演奏がどんなものか気になっていたんだ」と喜びを伝える。

こうして身近にいる人が、自分が何を好むのかを知っていてくれて、さらにその世界に広がりを持たせようとしてくれることは、なんとも表現しがたい喜びだと痛感する。

国籍も会社での立場も関係なく、一個人としてどんなものを好み、それを共有することができること。SNSで「いいね」と押し合う関係よりも、決して多くは無くとも、こうして深いところで感性を共有してくれる人間とどれだけ付き合っていけるのかが、人生の豊かさに繋がるのだと信じながら、朝の出勤時に車の中で静かなピアノの音に耳を傾けることにする。

2014年10月28日火曜日

学ぶことが目的の時間の価値

フランクフルトにてポルシェ・デザインのためのタワーを設計する国際コンペが始まる。世界各国からいくつかの設計事務所が招待され、数ヶ月に渡って案を練って提出することになる。

Porsche Design  Frankfurt

プロジェクトの数だけクライアントがいて、同じ数だけプロジェクトの要綱がある。どんな場所の敷地に、どのような規模の、どんな機能を持った建物が要求されて、どんな条件の中、何が求められ、何ができないのか。そして最終的にどんな提出資料を求められるのか。

クライアントが何を評価し、何を求めているのか。複雑な事象を平衡しながら進めていく建築設計の作業の中で、それぞれの与件を理解し、その間の関係性を見つけ出し、優先事項を自分達の中で整理していく。

と同時に、敷地固有の条件である方位や眺望、環境条件や周囲の開発状況などの経済による影響を読み解いていく。

そんな細かい情報を見落とさないようにと、英語で書かれた要綱に目を通すことが一番最初の作業となるのだが、英語を母国語としない我々にとっては、毎回のことであるが、この要綱の読み込みもまたかなりの作業となってしまう。

毎回必ず意味が不安な単語にぶつかり、その度にネットにて意味を調べる、文脈と確認していくことになる。その時に文脈だけ理解するレベルで流してしまうと、次に出会ったときに再度同じ作業を繰り返さなければいけないために、面倒でもメモを残して、後に見直し、記憶に焼き付けるようにしていく。

colloquiumやvicinityといった、何度か見かけたことがあるはずの単語は二度と調べる手間を取らせないようになんとか覚えようとするが、やはりこの歳での暗記はそれほど効率的にいかないこともあり、少なくとも数度見直して海馬に引っかかるように努力をする。

そんなことを繰り返している折に、英単語を覚えるために時間が費やせた学生時代が、どれだけ贅沢な時間であったかとふと思う。こうして仕事を進めなければいけない中で、同時に英単語も覚えなければいけない社会人には、覚えることが目的となる時間が過ごせることがどれだけ得がたいモノか。

そんなことを考えながら、少なくとも何年後かに同じ単語を調べるという無駄を犯さないように、少なくともこの中の幾つかは確実に記憶に取り込んでしまおうと気を奮わすことにする。

展覧会「城南计划前门东区2014群展」

夏から準備していた展覧会が開幕した。

北京の中心地、天安門の前にそびえる前門。その西側は大栅栏(Dashila)としてここ近年に様々な再開発が展開され、もともとの生活を残しつつも、アート・ギャラリーやアーティストのアトリエ、こじゃれたカフェなどが入り活性化に繋がっているが、逆の東側に位置する鲜鱼口(Xian Yu Kou)エリアを今後どのように開発していくべきなのか?という問いを世界中から9社の設計事務所に投げかけ、それぞれの回答としての案を展示するという主旨である。


胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの低層住宅が立ち並び、樹齢が数十年から数百年という大きな樹木がところどころに残りながら、各時代ごとの建築様式をまとった重要な邸宅や長い年月この場所に鎮座する寺院などがちりばめられ、非常に心地よいヒューマン・スケールの街区を作り出している。

しかし周辺地域の開発伴い、現行の低い容積率はあまりにも経済効率が悪いということで、現代社会の経済性に見合いながらも、それでも歴史を体現してきた重要地域にどのようにこれからの都市生活を投影できるかという設問である。

そんな訳で参加したのは下記の設計事務所

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BIAD Art Center
Jiakun Architects 家琨
KKAA 隈研吾
K/R
MVRDV
Position 有方
MAD Architects
Neri & Hu 如思设计研究室
URBANUS  
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夕方からのオープニングに行くと、普段は比較的オフィスで作業を進めることの多い自分でも、既に顔見知りとなっている建築家の顔もあり、非常に多くの人で賑わっていた。北京オリンピックの開幕式で舞を疲労したというダンサーで振付も行う人が立ち上げたダンス・カンパニーが会場の中で舞を踊りながら各展示作品の周辺を巡っていくというパフォーマンスがあり、その後関係者一同で前門が良く見えるレストランに移動して食事となる。

その中でもオペラハウスでのコンサートでよく顔を見かけるURBANUSの代表の一人である王辉(ワン・フイ)を見つけ、年明けに開催されるオペラ「アイーダ」のチケットを買ったことや、今年後半の注目演目などについて盛り上がる。

こうして仕事とはまったく関係ない好きなことを共有し、互いに情報を交換し合えることは、都市に生きる大きな喜びであるこだと理解しながらレストランを後にする。









2014年6月4日水曜日

選択肢に入ること

ファイドンのパーティーを後にして、夕食の会場であるレストランを目指して海岸沿いを歩いていると、前方から明らかに遠近法を無視した船が近づいてくる。

昨日イタリア人のスタッフが興奮気味に、「数日前に凄い大きな船を見たんだ」と言っていたのを思い出す。確かにこれはちょっと想像を超えているサイズである。甲板の上には旅行客がこっちを向いて手を振っている。「なんて俗世的なんだ・・・」と思いながらも、ついつい手を振り替えしてしまう自分達。

イタリア人に聞くと、こうしてカナル・グランデを行き交う大きなフェリーに規制をかける動きが起こっているという。かつての海洋都市といっても、流石にこれだけのサイズまで船が巨大化するとはその時代の誰もが想像しなかっただろうと思いながら、「これだけ資本主義に押されて海を行き交う船が増えれば、環境負荷や燃料消費も相当増加しているのでは?」とイタリア人に聞いてみると、既に規制が敷かれ、かなり限られた船しか運航していないという。

そういうところは流石イタリア・・・と思いながら、ヨーロッパでの仕事の機会を広げる為に様々な人を紹介してくれているフランス人がセッティングしてくれた今夜のディナーの会場が、やや入り組んだところにあるというので、水上タクシーで向かうことにする。

20分ほどで陸に上がり、到着したのはなかなか雰囲気のあるレストラン。既知のフランス人とその古くからの友人だというパリを拠点に活躍する都市計画事務所の3人のパートナー。互いに簡単な紹介を済ませ、どの様な仕事をしているのかを話し合う。

さっぱりした白ワインを味わいながら、こうして「何かの機会があれば、その選択肢に入っている」という状態を増やしていくことが、チャンスをつかむことの下地になっていくのだと再認識せずにいられない。







2014年6月3日火曜日

不安症

本日から少々長い出張で家を空けることになる。朝早い便の為に夜が明けきらないうちにタクシーを呼んで、大きなトランクとともに出発することになる。

空港までの道すがら、ふと思う。

「あれ、日本の携帯電話入れたかな?」

トランクに入れたバックの中に入れたはずなのだが、車を止めてもらってトランクを開けるのはかなりの手間だが、空港に到着して万が一入れ忘れているのが発覚したらもう取りに戻る時間は無い。どうしよう・・・

などと少々不安になる。確実に先日読んだ奥田英朗の「イン・ザ・プール」の影響が見て取れる。「いつまでたっても」で描かれる、家のガスを止めたか不安でしょうがなくなる主人公。不安症に悩まされて何もできなくなってしまう。

出る前にリストを元に確認作業をしたから持ってきているに間違いないと自分を言い聞かせ、もう一つはたとえもって無くても誰も死ぬことは無いと開き直る。過剰な確認行為の先にまっているのは、更なる不安症に間違いない。ならばいっそ開き直って生きるしかないと自分を言い聞かせて目をつぶることにする。

2014年5月22日木曜日

担当者と同化する

良い建築に足を運び、必死に建築を見ることは、設計に時間を費やし、自分の情熱も時間も全て捧げてきたその事務所の担当者と同化することと同じである。

建築ではどんなに小さな建物でも、通常一年以上かかる設計を経て、行政からの許可を得てから工事を開始し、様々なことが起こり、それを解決することが求められる現場の監理。そんな訳で少なくとも2年ほどはかかる行程の中で、事務所の中で進行する全てのプロジェクトを統括しなければいけない代表に代わって、最前線でプロジェクトに向き合い、全ての関係者との間に入り調整をし、やりたいこととやれることの中で自分の経験を総動員しながら、足りない知識や経験は学びながら全身全霊を傾けるのはその担当者。

プロジェクトの規模にも拠るだろうが、大学を出て何年か実務を経験し、一人でプロジェクトを統括できるようになってきた時代にまかせられるのが担当者。その担当者がどれだけの情熱や思いを持って向き合うか。そしてその過程でその担当者が何に悩み、何を苦しみ、何を学び、何を決定してきたか。その全ての時間と全ての苦難の結晶が、目の前に建っている建築である。

一つ一つのディテール、素材、照明、目地、サッシ周り、足元のデザイン、アプローチ等々、全てがその担当者がこの世の中で一番時間をかけてこの建物に向き合い、彼が一番良いと判断して事務所の代表のOKを取ってきたものの積み重ねがその建築である。

予算、法規、施行可能性、施主の要望、機能性、事務所の方向性等々、様々な要因がありながらも、やはり担当者の好みや個性が必ず出てくるのが建築。その必死に過ごした時間の結晶からは多くのことが学び取れる。

どうしてこの納まりはこうなっているのだろうか?
なにがその決定を後押ししたのだろうか?
そんなことを考えながら一つ一つその背景を読み解いていく。
建築を見ることは、ある種その設計過程を読み解くミステリーの様なものである。

しかも、その設計者の手を離れ、実際に使われるようになってから分かってきた様々な不具合。つまり設計者が想定しきれていなかった自然との折衝。それが生のものとしての、人間を相手にする建築の宿命。そのような「設計以後」の状態も見ることが出来る。

恐らく多くの設計者が、そして担当者が竣工後に月日を重ねて見えてくる現象に、不具合ではないが使われていく中で「ああ、あそこはああしていれば良かったな・・・」などと思うことがある。実際に使われている建築を見て、その「ああ・・・」という担当者の思いまで想像することで、更に設計能力を向上することが出来る。そうした未来に繋がる発見こそ、一番学ぶことが出来る部分である。

そんな担当者が血の滲むようにして過ごした何ヶ月、何年の月日を余すことなく出来るだけ吸収してしまうこと。掻っ攫ってしまうこと。一生の中で実際に設計に携われる物件の数は必然的に限られてしまう。しかしこういう見方を持って訪れることが出来る建築の数は、交通の便が向上した現代においては人類史上最も建築体験をすることが出来る時代に入っている。

つまり、古代から現代に至るまで、様々な人々が設計してきた建築を体験し、そこに蓄積された人類の英知を全て吸収してしまうことが可能なわけである。

その為にはその建築の前で、自分ならこの敷地条件においてどう設計を始めるか。どうボリュームを置いて、どう機能を解いていくか。どう動線を配置し、どんな素材を採用し、設備はどうしたか、その設計過程を想像してみることが必要になる。

設計の中で何処が難しかったのか。担当者としてどこがチャレンジをしている部分か、どこで悩み、苦しみ、先輩に聞いたのか、それに思いを馳せることが必要である。

いくら若いスタッフといえども、建築という道で学び、そして自分の人生をかけている人物が一年以上もの時間を必死に向き合ってきた設計。その力は凄いものがあるはずである。それを全部吸収してしまうことは一体どれだけの価値になるのだろうかと思わずにいられない。

その担当者が犯してしまったミスから学ぶこと。
人のミスを自分のミスとして悔しがること。
なぜ設計の過程でその要因を見ることが出来なかったのか。
今の自分は見えないなにを今見なければいけないのか。

そうして過ごす時間が建築家としての職業的能力の向上を加速させる。

コルビュジェから学ぶこと。
雪舟の視線を奪うこと。

彼らが感じた「しまったなぁ・・・」ということを感じること。

離見の見(りけんのけん)から更に先へ。
歴史の先達の視線を借りて、その先に何を見ていたのか、
その境地の先にあった更なる世界を見ること。

建築巡礼の旅に出て、数多の歴史上の建築家の視線と同化し、多くの担当者の時間を垣間見る。そうして戻ってきた時には何倍もの経験値を身体の中に蓄えるような旅を建築家は人生の中で何度も繰り返すべきである。

2014年5月13日火曜日

コラボレーションの誘い

昨年のこの時期、シンポジウムに参加する為に訪れたオーストラリア。その時に挨拶に伺ったシドニーの組織設計事務所より、コンペでのコラボレーションのお誘いのメールが届く。詳しく聞くと、幾つかポテンシャルのあるコンペがあって、ぜひ一緒にチームを組んでやってみないかということ。

なんともありがたい話である。

もちろんどういう形でチームを組むのかなど、ビジネスとしてシビアな話は詰めていくことになるのであるが、ふと考える。

何かの機会があったとする。その時に自分達だけよりもどこかの会社とコラボレーションすることによりよりチャンスが広がると判断する。その時に誰とチームを組むのか?

その時に条件に合うような事務所をネットで探して、それからアプローチをして・・・と言うことよりも、やはりすでに誰かに紹介されていたり、互いに知っている中の事務所に話を持っていくことのほうが多いはずである。なぜならばそこには既に知っている、つまり知り合う為の土壌があるというある種の信頼が横たわっているからである。

恐らく彼らがコラボレーションを考えた時にもちろん幾つかの事務所の名前が挙がったはずである。その候補の中に我々がいること。つまり選択される可能性の中に入っていることがまず重要である。

そして彼らがその候補の中から最終的に選ぶだけの理由を事務所としてもっていること。それは何かに特化していることが一番の近道であろう。

今後どういう方向に進むか分からないこのコラボレーションの話。しかし昨年オーストラリアに行って、直接顔を向き合わせて互いにやっているプロジェクトを紹介し合い、どんな事務所かを理解したからこその一年後のお誘い。

世界がフラットになろうとも、結局は誰が何をやっているか、誰とどうやって繋がるかがこの世の中を動かしているのだと改めて実感する一日である。