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2014年2月2日日曜日

須佐神社(すさじんじゃ) 不詳 ★★★

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所在地 島根県出雲市佐田町須佐
主祭神 須佐之男命
様式  大社造
社格  式内社、国幣小社
創建  不詳
別名  須佐大宮
機能  寺社
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近代、現代建築を立て続けに見た後は、再度内陸方面に戻り山間に位置する寺社を巡る。出雲市内から30分ほど車を走らせたのどかな住宅地の真ん中に鎮座する須佐神社(すさじんじゃ)。

明日の節分の為に境内には既に多くの出店が用意をしている。その雰囲気からも、この神社が地域で愛され、重要な「ハレ」の場になっていることが伝わってくる。

この須佐の地はその名称から推測できるように、「須佐之男命(スサノオ)の御終焉の地」とされている。ちなみにまたまたややこしいので整理しておくと『日本書紀』では素戔男尊、素戔嗚尊等、『古事記』では須佐之男命と表記される。

そんな訳でもちろん主祭神は須佐之男命。そして、妻の稲田比売命(クシナダヒメ)とその稲田比売命の両親である足摩槌命・手摩槌命を配祀している。

神社や穏やかに流れる素鵝川(そががわ)の脇に位置するが、面白いことに鳥居の向かいになんだかもう一本の参道が逆側に向かって延びていき、その突き当たりにもこじんまりとした社殿が鎮座している。

とりあえずそちらを先に参拝することにするが、こちらは「上の御前さん」と称されている天照社だという。御祭神は、天照大神で伊弉諾尊と伊弉冉尊の間に生まれた三人の子である天照大神(アマテラス)、月夜見尊(ツクヨミ)と須佐之男命(スサノオ)であるので、須佐神社の主祭神である須佐之男命のお姉さんを祭っていることになる。

参拝を終えて再度今来た道を戻り、今度は鳥居をくぐり祭りの雰囲気をかもし始めだした境内を進んでいく。もうすっかりお馴染みになってしまった大社造。ここの神社は先ほどの天照社の配置からも分かるように、一直線上の軸線が強調されている。

そんな訳で本殿の裏に回ってみるとうっそうとした杉の社叢(しゃそう)。その先に鎮座するのが三穂社。何と言っても上空で光を遮られ、ひんやりした鎮守の森(ちんじゅのもり)にひっそりと佇む社の姿が何とも聖域感を高めてくれる。

参拝を終えて本殿側に戻ってくると目に飛び込んでくるのが巨大な神木。大人3人でやっと抱えられるくらいの幹の太さ。お決まりのごとく上を見上げてフクロウがいないかと確認し、手を触れてエネルギーを感じる。

川があり、森があり、程よく人の手が入り整えられている心地の良い聖域。明日の節分では多くの人がこの場で春の訪れを祝うのかと思うと、こういう場所を日常の中に抱えて生きる人々は幸せだろうと改めて思う。














2014年2月1日土曜日

八重垣神社(やえがきじんじゃ) 不詳 ★★


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所在地 島根県松江市佐草町
主祭神 素盞嗚尊(スサノオノミコト)、櫛稲田姫(クシナダヒメ)、大己貴命
様式  大社造
社格  式内小社、県社、意宇六社
創建  不詳
機能  寺社
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真名井神社があまりに観光地化されていないにも関わらず、とてもすばらしい聖域と境内空間を保っていたので、これは「意宇六社」は相当期待できるのでは?と思いながら向かったのはこの八重垣神社。

真名井神社から車で5分ほどの位置に鎮座し、比較的大きな駐車場も整備されており、車で近づいている段階で「これは相当に観光地として整備されている神社だな・・・」と感じることが出来る。

この八重垣神社も意宇六社の一つに数えられ、この地で長く崇拝を集めてきた神社である。旧称は佐久佐神社(さくさじんじゃ)といい、伝説によれば、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した後、稲田姫命(クシナダヒメ)と住居を構えたのが須賀(現在の雲南市大東町須賀)の地(須我神社)であり、後に現在の地に遷座したという。

その素盞嗚尊と櫛稲田姫の故事から縁結びの神社として信仰を集め、多くのカップルや女性参拝客の姿が境内のいたるところに見られた。いつの時代でも神社を支えるのは恋に悩む女性達であり、その女性の気持ちを掴むのはやはり縁結びの神々なのだと納得する。それは現在の日本全国何処でも見られる、明らかに女性参拝客が多い神社に共通することだろう。

観光地化に成功しているだけあって、境内とその付近にはいわゆる「パワースポット」と呼ばれる場所が数々見られる。まずはなんと言っても社殿の後ろに回っていくとすぐに見えてくるのが「鏡の池」。その手前では何人もの女性がしゃがんで何やらお願い事をしている様子。

というのも、この「鏡の池」は、その奥に鎮座する「奥の院」の手前に設置されており、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治している間に、稲田姫命(クシナダヒメ)がこの奥の院で身を隠している間に、鏡の代わりとして自らの姿を映したとされる池である。

その伝説から、社務所で薄い半紙を購入し、その中央に小銭を乗せて池に浮かべ、遠くまで流れていけば、遠くの人との縁があり、早く沈めば、縁も早く訪れるという占いができると言われている。どこかでも同じようなことを見かけた気がするが、やはり目の前の女性達はまさに真剣に手を合わせながら自らの紙の行方を追っているようである。

「少しでも早く・・・」という重いからか、思い100円などのほうが重石としての効果を発揮するようで、池のそこには10円や100円玉が煌いている。

境内に戻るところには、この八重垣神社に3本あるという、二股に分かれた椿、夫婦椿のうちの一本を見ることが出来る。後の二本は境内に一本と、社殿の正面、道を渡った場所に一本生えている。

事前の調査で、この神社だけ参拝時間が9:00~17:00と表記されているので、なぜだろうといぶかしんでいたが、これだけ観光地として人気を集め、社務所で半紙を買わないと鏡の池での占いが行えないとなると、恐らく過去に「聞いてないぞ」というクレームでも入ったのだろうと勝手に想像する。

恐らくこの神社を目指して多くの観光客がこの地を訪れているのだろうと思えるなんとも心地の良い境内の空間。大社造の社殿の前にかかる太く立派な注連縄の姿も含めてやはり山陰地方を代表する神社であるのは間違いないだろう。














2013年7月18日木曜日

天皇神社(てんのうじんじゃ) 鎌倉時代後期 ★

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所在地  滋賀県大津市和邇中
主祭神 素盞嗚尊 (すさのおのみこと)
社格  式内社,旧村社
創建   鎌倉時代後期
機能   寺社
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日が沈むまで後どれくらい時間があるのか?

を気にしながら琵琶湖北西部最後の目的地である天皇神社に到着。一の鳥居付近に駐車場らしきものはなく、地元民に迷惑がられながら、なんとか角に寄せて駐車する。すると同じように後ろに駐車された車から、同年代と思われる男性が降りてきてはとっとっと境内に入っていく。

「こんな時間にわざわざ車で参拝とは、珍しい人がいるもんだな・・・」と思いながら、階段も無く周囲と地続き感のある境内に「スッ」と入る。

中央に拝殿を眺めながら、ゆったりとした境内に散らばる摂末社を眺めていると、先ほどの人が本殿にお参りをした後に、左右の灯篭に火を入れている。「なるほど、神社の人が・・・」と納得し、ちょうど昼と夜の境目にいるんだと思うと、なんともゾクゾクする。

天皇神社とは、なかなか勇気のいる名前をつけたもんだと思って説明を読んでみると、もとは牛頭天王社と呼ばれ、明治になって現在の呼名に改められたと言う。天王が、天皇となったのであろう。小野天皇社とも書かれており、先ほどの小野神社の関連社だと分かる。

琵琶湖西部はこれにて終了と、日が沈むまで今度は琵琶湖の東で最後の悪あがきだと、琵琶湖大橋に向かって車を走らせることにする。