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2019年9月14日土曜日

「プラハを歩く」 田中充子 2001 ★★


チェコのプラハで行われるreSITEという都市・建築のシンポジウムに参加するために、初めてプラハに出向くことになった。そんなことは話していたら、ちょうど夏休みにプラハとウィーンを回ったという友人から、「戻ってきてから存在を知って、手にしたら結構面白かったので、プラハに行く前に読めばよかった」と言われて借りた一冊。

著者は建築史を専攻し、京都精華大学で建築を教えていらっしゃる田中充子さん。どっぷりプラハにハマった様子が伝わってきて、実際にその街で時間を過ごした人らしい視点と、そして歴史を学んだ専門家の二つの視線を交えてプラハという一つの都市をじっくり解説している。

プラハといえば、世代的に浦沢直樹の漫画「モンスター」の舞台としてのイメージが強いが、本で紹介された様々な時代の建築を廻り、「建築博物館」や「百塔の街」と呼ばれるその歴史を少しでも感じてこれればと想いを馳せながら、あわよくばとミュラー邸やトゥーゲントハット邸に足を運べることを祈ることにする。

2017年10月19日木曜日

「演劇入門」 千田是也 1966 ★★



烏鎮演劇祭(乌镇戏剧节,Wuzhen Theatre Festival)で、「建築と演劇」について話をしなければいけないということで、本棚に眠っている演劇関係の本を引っ張り出し、その中で「入門」という訳で手にしたが、今から50年以上も前に出されて本ということもあり、行きの飛行機だけではとても読破することができずに、帰りの飛行機と合わせて読みきった一冊。

著者である千田是也(せんだこれや)という日本の舞台芸術の歴史を語る上で欠かせない演出家の存在も、恥ずかしながらこの本を手にするまで知らなかったが、書かれている内容もまた昭和の知識人に相応しい濃密なもので、本棚に眠っている同名タイトルの平田オリザの一冊もまた読み比べしてみようかと思わせてくれる一冊である。

2015年4月18日土曜日

「「悩み」の正体」 香山リカ 2007 ★★

大人になるほど、
仕事の責任が大きくなるほど、
家庭を持ち、家族が増えるほど、
日々の「悩み」は右肩上がりに増えていく。

人と接するから摩擦は起こり、仕事を頑張るからできないことで悩み、そんなことならいっそ、社会から離れ、上昇志向を待たず、できるだけ人との関係を絶って生きていく。そんな日常のほうがどれほど楽か。

なんて考えることも少ない無いが、それでもこの世の中で生きていくためにはどうしても、社会の中でストレスに晒されながらも生きるために、生活するために働いてお金を得ていかなければいけない。

自分一人がこの社会の中で生きていくだけでも、相当なお金がかかるのに、ましてや家族を養っていくとなるとどれだけ頑張って外で働かなければいけなくなるのかは想像に難くない。

そんな社会と、自分の感情との葛藤で生まれるのが悩み。複雑に絡み合い、様々な人たちの参加によって運営される社会であるからこそ、自分一人の思いのままに物事は運ばず、嫌な思いをしながら、不条理なことだと思いながらも、ぐっと心の中に溜め込み顔は笑顔を保たなければいけない。

そんな「悩み」だらけの現代社会。余裕があれば、それを「悩み」と取れることなく、うまく消化できるのかもしれないが、そんな時間的余裕を与えられるわけでもなく、ひたすら「悩み」に負けそうになりながらも、なんとか心を定常状態に保って今日も生きていく。

現代に生きるものとしてその状況から逃げ出すことができないならば、せめてその「悩み」に立ち向かい、分析し理解して消化を良くすること。そんな思いで手に取るが、中には出るわ出るわ、身の回りにもなんだか会ったことがありそうな人たちが。それぞれがそれぞれの「悩み」を抱えて生きている今、どこかの暗い路地裏で喪黒福造に「ドーン!」とされて悩みをリセットしたいと悶々としていそうな同志達。

これを読んでも悩みは解決しないのは、そのタイトルを見れば分かるけど、それよりも他の皆が自分と同じように悩み、もがいている姿を第三者の視点で眺めることで、結局は世阿弥の 「離見の見」 の様に自分を距離を置いて捉えることができる。

以下、本文より一部抜粋
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その「悩み」は悩みとして正当なのだろうか
そもそも、「世話になった祖父が恒例になったことに伴う介護」が、個人だけが抱える、「悩み」にならなければならないと言うこと自体が、おかしいのではないか

本書で取り上げる「悩み」の多くは、恐らく10年前、20年前だったら、「悩み」にならなかったようなもの、あるいは「悩み」になったとしても、ちょっとした生活の知恵や工夫、まわりの人の手助けで重症にならずにクリアできたようなもの

嫌われるのがこわい――人間関係編
/場の空気を読めなかったらどうしよう
優先されるのは、自分の意見や考えを主張することではなく、周囲の空気を読み取り、自分に期待されている役割をこなすことなのだ
自分の気持ちよりもまわりの秩序を大切にする

/他人の失敗が許せない
「いじめ」に加担する子供たちは、「次は自分が標的になるのではないか」という不安やおびえを抱え、「とりあえずこの子をいじめているうちは、自分はいじめられることはない」と目の前の「いけにえ」を激しく攻撃することで、その不安などを隠蔽している場合が多い

/若い人の要領のよさについていけない
自分自身が何かに真剣に取り組み、はっきり評価を下されるのを恐れている場合が多い

/暴力にどう対処したらよいか
日本社会が全体的に他人への寛容な気持ちが薄れ、他者への攻撃的あるいは暴力的態度を強める方向に向かいつつある

「自分がやられるかもしれない」とうい不安にかられ、プライドも恥も捨てて、生き残るために「社内いじめ」に象徴されるような他者への攻撃、さらには暴力に走る人が増え続ければ、この先、社会はどうなるのだろうか

/家族どうしなのに気持ちが通じない
子供にとって、人生の早い時期に一度は、「親は自分の命よりも僕を大切だと思ってくれているんだ」などと実感することが大切だ

/働いても生活できない
廃棄処分になる「無料バーガー」を求めて、夜のファストフード店の前に集合する若者たち
自分も富裕層の一部かもしれないと錯覚するようになる
自己イメージはセレブ、実質下流

/効率がすべてなのか
素直で優秀な人材が見つかるまで、何度でも交換することができます
モノ以下 堂々と「何度でも交換可能」などとうたう
効率や生産性がすべて

/地方にいても展望がない
「どこでもできる」はずのIT産業が振興すればするほど東京への一極集中が進む、という皮肉な現象
/恋愛したいけれど出会いがない
失望されたり軽蔑されたりして傷つくよりも、何も起こらないほうがまだいい。そういう無自覚の計算が、彼の心の中で働いているのだと思う。
恋愛もまた、心の境界を超えて相手が侵入してくる体験に他ならない

/結婚は失敗だったのだろうか
いったん結婚してしまうと、シングル時代に「どんな人でもいいから、誰か私を選んでくれないだろうか」と思ったことなどはすっかり忘れてしまい、「こんな人と結婚するんじゃなかった」と今の状況の不遇にばかり目が行く

人間には、いったんある状況に置かれると、比較する対象が同じ状況の中の人ーそれも自分より幸福そうな人ーだけに限れれ、自分が前にいた状況、他の状況の人たちのことはきれいさっぱり忘れてしまう

/病気になっても医者に診てもらえない
なぜ医学部が人気なのか
「医師免許」と言う資格を取れるから
医学部を卒業することが必須 医学部さえ卒業していれば、合格率は約9割と高い
意思志望者が増加しているのに、地方の医療は衰退し、小児科医や産婦人科医のなり手がいない
小児かも産婦人科 重労働の割りに収入が低い
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■目次  
まえがき
嫌われるのがこわい――人間関係編
/場の空気を読めなかったらどうしよう
/他人の失敗が許せない
/若い人の要領のよさについていけない
/暴力にどう対処したらよいか
/家族どうしなのに気持ちが通じない

無駄が許せない――仕事・経済編  
/忙しく働いていないと不安だ
/働いても生活できない
/効率がすべてなのか
/やりがいを感じられない
/地方にいても展望がない

このままで幸せなのだろうか――恋愛・結婚・子育て編  
/恋愛したいけれど出会いがない
/結婚できないかもしれない
/子どもがいないと不幸せなのか
/親になったが自信がない
/結婚は失敗だったのだろうか

老いたくない、きれいでいたい――身体・健康編  
/自分の顔、からだを変えたい
/健康のために何かしないと不安だ
/老いたくない、病気になりたくない
/病気になっても医者に診てもらえない
/現代の医療に信頼がもてない
 
いつも不安が消えない――こころ編
/自信が持てない
/前向きな気持ちになれない
/気分に浮き沈みがある
/「ありがとう」が息苦しい
/自分は誰にも大切にされていない

 
まじめに生きてきたのに――社会・人生編  
/まじめに生きて損をした
/「便利な世の中」についていけない
/自分は何の役にも立っていない
/おとなになりたくない
/この先、楽しいことはない
 
/あとがき
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2013年11月30日土曜日

「反貧困―「すべり台社会」からの脱出」 湯浅誠 2008 ★★

現行の報道などを見ていると、不正受給や若くて健康なのに働こうとしない人など生活保護の問題を刷り込まれ、精神的に弱い人間が甘いシステムに依存して、楽をして生活していることで真面目に働いている人間に皺寄せが来ている。なんて風に考えてしまいがちだが、それの考えがミクロな視点であり、本質的には貧困というマクロな視点を持って眺めないと近視眼的になってしまうとよくよく理解できる一冊。

それにしても、派遣村の村長で、労働問題を主に取り扱っている社会活動家であり、近頃は政府に請われて参与などをやっている人という認識だったが、改めて東大で博士課程まで進んだエリートなのだと知ると、その活動内容もまた違って見えてくる。

本書でも出てくるように、貧困を自己責任だとして攻めてしまう奥谷禮子の「弱い人が増えています。まさに自己管理の問題」という発言の様に、確かに様々な能力が足りなかったり、努力が足りなかったりするために貧困に陥っている人がいることは確かであろう。

しかしそれが同時に、こちら側にいる自分の幸福の再確認作業になってしまったり、ましてや自分は努力したから当然だと思ってしまうことも多々あるだろう。しかしその正当性を改めて考えてみる必要があるのだと思わずにいられない。

本書の中に出てくるように、大学受験に合格した人が、「それができたのは、高い教育費をかけてくれた親がいたからだ」と考えることは少ないだろう。という言葉の様に、自分の努力で手に入れたと思っている今の居場所は、実は親を始め多くの援助のもとで可能になった選択肢があったからだと思う必要があるのだと実感する。

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」でも描かれるように、外からの視点を手に入れるには、外にでるチケットを手に入れる必要があるし、外から冷静に自分がいた場所を見返せるようになるには、心に余裕を持って時間が過ごせるような生活を得る必要がある。

そこに辿りつく為には、学を修め、職業的にもキャリアを積んでいく必要があるが、そのためには自分の努力ももちろんであるが、そこにチャレンジする様々な援助が必要となり、それは家族を始め育っていく中で多くの人から与えられてきたことになる。

それが如何に恵まれていることか。当たり前だと思ってきた時間が、どれだけ恵まれていたのかを良く知ることができる一冊であり、「オリンピックの身代金」で描かれたような人夫の様な日常を送る人々が今の現代でも多くいるんだと理解する。

親の貧困のせいで十分な教育と愛情を得ることが出来ない幼少時代を過ごし、精神も健康も蝕むようなネットカフェ難民に陥り、何とか手にした仕事で日雇い派遣会社に経済的にも精神的にも搾取されていく。ダメだと思いながらも止めることができない負の連鎖。

雇用のセーフティネットからも、社会保険のセーフティネットからも、公的扶助のセーフティネットからも抜け落ち、作者が「五重の排除」と言うように教育過程、企業福祉、廉価な社員寮・住宅手当・住宅ローン等々、家族福祉、公的福祉、そして自分自身からの排除を受けてたどり着くのは唯一頼ることができる生活保護の制度。

外界からの衝撃を吸収してくれるクッションの役割である、「溜め」であるお金や頼れる家族を持たない人間は、なんら防護服を着ることなく厳しい野生の世界に放り込まれる。そんな人々が「できることなら自立したいがどうしようもなく・・・」と最後にたどり着くのが生活保護。

それを悪用したり不正受給するものたちのせいで、まったく違う側面ばかりが注目されてしまう現行の生活保護。「需給規定を厳しくすればいい!」「現物支給にすればいい!」などという声が高まれば高まるほど、本来そのシステムを必要とする人たちの姿はより見えなくなっていく。

そういう人たちを「弱い人間だ。自堕落な人間だ」と切り捨てるのは簡単だが、それでは根本的な解決には至らず、根本的に解決していなければ、社会自体がより負担を被り、じわじわと傷を広げていくばかりである。

そこにたどり着いているような人たちが、もっと早くに何かしらの手を打てるような社会にすること。そういう人が貧困に陥ることなく生きることが出来る社会に変えていくこと。親の貧困が連鎖することで子供も同じく貧困に陥るのではなく、どんな状況下でも同等の教育が受けられるようなシステム、努力すれば同じ機会が得られるような社会にしていくこと。

格差だと叫びながらも、他の国の様に貧しければ貧しいなりに楽しい生活ができるような、生活費にもっと幅を持たせることができる多様性を受け入れた社会に変えていくこと。持つものだけが更に富んでいく社会ではなく、月々10万円でも十分に満ち足りた生活ができるような場所を持つ社会にしていくこと。

「下には下がいる」「やりたいヤツはいくらでもいる」「おまえの代わりはいくらでもいる」と現在の地位を維持するためにも高い労働付加価値が要求されるようになり、労務管理・人事考査が厳しくなって、全体の労働条件が切り刻まれた現在の社会を少しでも変え、低収入の人たちも人間らしく生活の営める幅の広い社会の在り方を模索していく必要がある。

どんな人達でも安心して老後を迎えられるような現代に適応した新しい年金制度への移行を進めるなど、縮小社会に向かう今後の日本においては、国が担う役割が非常に大きいと思うが、それと同時に貧困が個人の問題ではなく、社会の問題であり、それは結局のところ自分の問題であるという認識の変換も迫られているのだと実感する一冊。
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目次
/まえがき

第I部
/貧困問題の現場から

第1章
/ある夫婦の暮らし  
/ゲストハウスの新田夫妻
/貧困の中で
/工場派遣で働く
/ネットカフェ暮らし
/生活相談に<もやい>へ
/貧困は自己責任なのか

第2章
/すべり台社会・日本
/1 三層のセーフティネット
/雇用のセーフティネット
/社会保険のセーフティネット
/公的扶助のセーフティネット
/滑り台社会
/日本社会に広がる貧困

/2 皺寄せを受ける人々 
/食うための犯罪
/「愛する母をあやめた」理由
/実家に住みながら飢える
/児童虐待の原因
/親と引き離される子・子と引き離される親
/貧困の世代間連鎖

第3章
/貧困は自己責任なのか
/1 五重の排除
/五重の排除とは
/自分に地震からの排除と自殺
/「福祉が人を殺す時」

/2 自己責任論批判
/奥谷禮子発言
/自己責任論の前庭
/センの貧困論
/「溜め」とは何か
/貧困は自己責任ではない

/3 見えない“溜め”を見る
/見えない貧困
/「今のままでいいんスよ」
/見えない「溜め」を見る
/「溜め」を見ようとしない人たち

/4 貧困問題のスタートラインに
/日本に絶対的貧困はあるか
/品kのんを認めたがらない政府
/貧困問題をスタートラインに

第II部
/「反貧困」の現場から

第4章
/「すべり台社会」に歯止めを

1 「市民活動」「社会領域」の復権を目指す
/セーフティネットの「修繕屋」になる
/最初の「ネットカフェ難民」相談
/大作が打たれるまで
/ホームレスはホームレスではない?
/生活保護制度の下方修正?
/「反貧困」の活動分類

/2 起点としての〈もやい〉 
/「パンドラの箱」を開ける
/人間関係の貧困
/自己責任の内面化
/申請同行と「水際作戦」
/居場所作り
/居場所と「反貧困」
 
第5章
/つながり始めた「反貧困」
1 「貧困ビジネス」に抗して―エム・クルーユニオン
/日雇い派遣で働く
/低賃金・偽装天引き
/貧困から脱却させない「貧困ビジネス」
/労働運動と「反貧困」
/日雇い派遣の構造

2 互助のしくみを作る―反貧困たすけあいネットワーク
/労働と貧困
/自助努力の過剰
/社会保険のセーフティネットに対応する試み

3 動き出した法律家たち
/北九州市への告発状
/大阪・浜松・貝塚
/法律家と「反貧困」
/日弁連人権擁護大会
/個別対応と社会的問題提起

4 ナショナル・ミニマムはどこに?―最低生活費と最低賃金 
/「生活保護基準に関する検討会」
/最低賃金と最低生活費
/最低生活費としての生活保護基準
/知らない・知らされない最低生活費
/検討会と「もう一つの検討会」
/「一年先送り」と今後の課題

終 章
強い社会を目指して
/新田さんの願い
/炭鉱のカナリヤ
/強い社会を
/人々と社会の免疫力
/反貧困のネットワークを
/貧困問題をスタートラインに

/あとがき
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2013年10月9日水曜日

「いまどきの「常識」」 香山リカ 2005 ★


2005年に書かれているということは、こんな事をもう既に10年近く日本は繰り返しているのだろうとゾッとする。目次を見ただけでも、誰もが「あるある」とうなずきながら、何人もの顔を思い浮かべる事ができそうな内容。

その行動原理は社会を良くするためなどの大きな物語を背景にしているようことは期待できず、せめて自らの生きがいや、職能の向上に繋がるようなものであればまだ納得はできそうだが、読み進めていくうちに見えてくるのは限りない個のエゴ。自らのプライドのみを満足させる刹那的な行動原理。読むだけでも鬱々と心に滓が溜まる気分に陥る。

著者の書物を何冊か読み終え、再度今回手にしてふと思う。

それにしても全ての事象に、「こういっている人がいるが、ちょっと待てよ。それはおかしいんじゃないか?あまりにも盲目的になっているが、そういってしまうのはこういうことを考慮にいれてないのではん?」というパターンで書かれていく各章を見ていると、それが精神科医のものの見方なのかも知れないが、やや揚げ足を取るだけに聞こえてしまう。

それならば自分なりに議論に枠組みを一度与え、その中で自らの論点を明確にし、何かしらの前向きな提案をしていけばいいと思うのだが、決して構築的な結論は与えられず、それならば書物という形で世に問う必要があるのかどうかと思わずにいられない。それならブログでいいのでは?とも思ってしまうが、やはり書物という紙媒体にすることが重要なのだろう。

それにしてもこうして自らの専門分野を大きく超えて、知識人という立場で時事問題を横断的に意見を述べていくという、テレビの分かりやすいコメンテーター的な振る舞いはまだ分かるが、どうも同じようなテイストの本を数冊繰り返すと、今度こそ最後の一冊にしようと思わずにいられない。

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目次
まえがき


自分の周りはバカばかり――人間関係・コミュニケーション篇
/ 「あの人はバカ」と言う自分はバカじゃない
/世界の中心は自分
/悪いのは私ではない
/涙が切り札
/少年事件には厳罰を


お金は万能――仕事・経済篇
/結局、お金がものをいう
/現実には従うしかない
/自分らしい仕事をしよう
/ゆっくりした、ラクしたい


男女平等が国を滅ぼす――男女・家族篇
/男は男らしく、女は女らしく
/結婚しないと幸せになれない
/三世代家族が子どもを守る
/不倫は文化だ
/ゆとり教育は失敗だった


痛い目にあうのは「自己責任」――社会篇
/ すべては「自己責任」の結果
/「偉い人」には逆らうな
/競争には勝たなければいけない
/病気も障害も「負け組」
/インフォームド・コンセントは患者を救う


テレビで言っていたから正しい
/ノーテレビデーで子どもを守れ
/B型人間は自己中心的
/人は死んでも生き返る
/外国人は危険


国を愛さなければ国民にあらず――国家・政治篇
/「平和」や「反戦」にとらわれるのは頭が古い証拠
/ナショナリズムは普通で健全で自然
/何よりも「国益」優先
/過去にこだわるな
/軍隊を持ってこそ「普通の国」だ
/テロに屈するな
/平和のためなら死んでもいい

 あとがき
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2011年3月17日木曜日

「千利休―無言の前衛」 赤瀬川原平 ★★

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日本アカデミー賞脚本賞受賞
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赤瀬川原平といえば、藤森照信と一緒になって「路上観察学会」を主宰し、東京中の風景を容赦なしに叩き切り、斜に構えながら現代に生きるインテリ酔狂の在り方を良くも悪くも体言している人だとばかり思っていた。

そんなイメージだったので、「日本と言えばお茶。お茶と言えば利休」と言えるほどの人物を映像化する作品の脚本をとことんストイックに書き上げていたとは少なからぬ驚きを持ちながら読みきった一冊。

「路上観察学会」同様に、掴みどころ無く、困難な作業も面白おかしく書き進めてくれるので、非常に作者がどう利休という人物に近づいていったかが良くわかる。そのまま捉えるわけには行かないが、まったく歴史の背景が理解できてないので、まずは参考資料として学研のカラー版学習読物「少年少女・日本の歴史」 から読み始めたというのもなんだか作者らしいといえばらしいが。

「茶と言えば利休」だが、もちろんいきなり利休がその才能で何も無かったところから茶道というものを作り上げたはずは無く、その前にはしっかりと先達がいて道を整えていてくれた。それが村田珠光(むらたじゅこう)であり、次に武野紹鴎(たけのじょうおう)が受け継いで、成熟されつつあった茶の道を、利休が完成させたという。

茶の湯と切っても切れない関係を築いてきた大徳寺。応仁の乱以来荒れ果てていたこの寺を復興させたのは名高い一休和尚。その一休を師とする珠光にことを学ぶ利休。この寺の禅の精神を受け継ぎ、当代の古渓和尚( こけい)と深い友人関係を保っていた利休。

利休の寄付によって上層が完成したこの寺の三門。その恩に報いようと親友の古渓が自らの発案で、利休の木像を依頼し、その木像に雪駄をはかせて上層を安置した為に、この門を通るものは全て利休の足元をくぐることになってしまい、それが豊臣秀吉の怒りを買い利休の切腹の要因となっていく曰くつきの禅寺。

茶道は、無口な芸術。「見えない物を見える形で説明しようとするから面白い」とし、秀吉の怒りを買い、利休が妻のりきと謹慎中に作り始めた最後の茶室を、著者は自らの想像力によって、楕円の茶室として描き出す。一つの中心ではなく二つの中心からくる不均等な均等性。茶道とは日常のなんでもない、普段は目に見えないものを見えるようにする儀式であるとする。

どんどん、どんどん狭い空間に全ての意識を集中して作り出す極小の空間。その縮小への流れ。その不思議な引力が向かうのはディテールへの視線。朝顔が見たいと言う秀吉の為に、庭に咲いている花を全て切り落とし、一輪だけを茶室に飾ることで咲き乱れる朝顔の美しさをたった一輪に絞り込む。それに感服する秀吉。原広司が言うように、「砂漠の文化と木の文化の違いとは、木の文化では態度をはっきりさせない。常に木が生えている輪郭を曖昧化する」というが、その自然の不整合の中に美を見つけ出す。

国宝として今も残る茶室・待庵。それは信長の茶頭であった利休から、新しき時代の主となる秀吉への明智討ちの戦勝を祝っての贈り物。明智討ちのその翌年、利休は秀吉の茶頭へと引き立てられる。

敵を破りその陣地を勝ち取り、褒美として味方に分け与えることでのし上がってきた秀吉。信長や家康のように、生まれ持っての殿様で、決して利害関係での結びつきではなく、裏切る事のない家臣というものを持ってなかった秀吉にとっては、戦い続け、与え続ける事がそのもろい天下を保持する唯一の方法であったに違いない。

天下統一を為し、国内に敵がいなくなった事で、秀吉の視線が向けられたのは隣国・唐。その本質を見抜いているからこそ、誰かが言わなければいけないことだからこそ口にした唐御陣批判。全国の武将の鬱憤が徐々に利休の下で結託し始める。

茶室という外の世界とはまったくヒエラルキーを異にした世界。利休が始めたにじり口をくぐるには、武士なら刀を外さなければ入れなく、頭もぐっと下げねばならない。その結界で、外の世界の力関係から解き放たれ、茶の湯と言う美学の世界での優越が支配する。

「侘びたるは良し、侘びしたるは悪し」

という利休の言葉通り、利休の美意識の中には偶然という要素が大きく入り込む。偶然を待ち、偶然を愉しむ。無作為を意識し、それゆえに歪んでしまったものを美として取り上げる。

その利休が行き着いた縮小の極点である茶室。その先にあるのは一体何かに思いを馳せた末に著者がたどり着く重心がずれ。空間の中に見えない重心があること。ずれるということは、もう一方に何か見えないモノを作り出している。歪み、ズレ、非対称。そこから生まれた楕円の茶室。

人真似で無い創造力を持ちえた利休。常にオリジナリティこそ大切なものだと説き、常に新しい感性を信じたその生涯を十分に描く脚本になっているのだろうと想像する。一刻も早くその映像を見てみたいものだと思わずにいられない。


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目次
0 お茶の入り口
/日本人とお茶
/利休と茶の湯
/アンチ利休ファン
/無口な芸術

1 楕円の茶室
①利休へのルート
/日常への力
/前衛の消失点に見たトマソン
/利休とバッタリ出会う
/家元からの電話

②縮小の芸術
/歴史の勉強
/ディテールへの愛
/縮小のベクトル
/ビートたけしとマーロン・ブランド
/黄金の魔力
/桃山時代のアンデパンダン

③楕円の茶室
/利休・秀吉、位置の逆転
/バランサー秀長の死
/茶の湯攻めの恐怖
/楕円の茶室

2 利休の足跡
①堺から韓国へ
/トレンドの町・堺
/堺港跡の巨石郡
/待庵の秘密

②両班村から京都へ
/両班村で見たにじり口
/紙張りの合理性
/うねる植物
/時の魔術
/醍醐寺の花見
/金の茶碗の感触

3 利休の沈黙
①お茶の心
/生きていることの不安
/古新聞の安らぎ
/手洗いの蛇口荒い
/財布の中の儀式
/リベラ物件の発見
/間を抱えたゲーム
/受け皿の形をした日本列島

②利休の沈黙
/意味の沸点
/そして沈黙が生まれる
/不肖の弟子

③「私が死ぬと茶は廃れる」
/和服の行列
/形式の抜け殻
/パウル・クレーの落とし穴
/織部の歪む力
/前衛の民主化というパラドクス

結び 他力の思想
/現場の作用
/自然に身を預けて

あとがき
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2010年5月29日土曜日

「都市の政治学」 多木浩二 1994 ★★★★

「都市論」に関する書物の中で現代的問題を具体的視点を持ってこれだけ分かりやすく批評している本は久々に手にしたように思われる。

何といっても、「第一章 都市の現在 ー ゼロをめぐるゲーム」における「2 あたらしき悪しきもの」と「3 コンビニ繁盛記」。「第三章 都市の世界化ー外部化される都市」の「2 エアポートの経験」はまさしく現代を表象する現象であり、建築と社会が向き合っていくべき課題であろう。

読めば読むほど、「都市」というものが多様な要素にて構成され、それぞれの要素が複雑に絡み合いながらバランスを変え、一瞬一蹴姿を変える、なんとも捉えにくい対象であるのが再認識される。

欲望、消費、ネットワーク、スケール、イベント、文化、ゲーム、空港、開発

本書で語られる側面だけでも非常に複雑なバランスで都市が成立しており、何をどう操作すればどんな変化が生まれるのかを予想するのは非常に難しい作業だということを理解する。

それでも、都市無き現代社会が成立しない以上、どんなに困難でもそれを理解しようとする作業を諦める訳にはいかず、どれだけ表皮が重なっているのか分からなくとも、こうして一枚一枚丁寧に都市という表皮を剥いていくことをやめてはいけないのだと改めて理解する。

以下、本文より抜粋する。
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序章 都市を考えるために 
都市を巻き込み、世界が変わりつつある 
パスポートという一枚で検閲保証 他のエアポートとのネットワークに依存 世界都市 
交通手段の変化による世界の変質 

第一章 都市の現在 ー ゼロをめぐるゲーム
1 欲望のかたち
都市とは欲望を住処にして人間が夢と覚醒のあいだの日々を送る場所

愛を基礎にした結婚と資本主義との関係 核家族 個人の愛を基礎にした結婚 個人を成立させた資本主義文化のひとつ 
資本主義以前 部族全体や家族の関係できまる 
医療の進歩 子供の死亡率の減少 子供が社会に認識 
郊外ニュータウン 核家族の一大集団 

2 あたらしき悪しきもの
消費のスタイルー商業が都市を揺るがす  商品が溢れる都市 
ベンヤミン 19世紀パリ パサージュ  商業 当時は悪しきもの 全天候型の都市出現 全時間型 夜が変わる 商店街と交通路の分離 都市と商業施設 建築家長く低くみてた 
パサージュからデパート スーパーマーケット 
資本主義都市で買い物のパターンがどう変化 
パサージュ 1870年代のデパートで意味失う  
買い物パターンが変化する デパートからスーパーマーケットへ 

3 コンビニ繁盛記
コンビニー新しいエコノミーの誕生 
便利さの追求 買い物の極小化 
コンビニ 複合施設 ショッピング・センター   

コンテナーのネットワークがひろがる    
プラグ・イン 規格化されたコンテナ 誰も客を誘惑しない 商品の貧困さ 情報社会の申し子 単身者を主な対象 冷蔵庫の延長 

都市の最小スケールである私的生活の一部に都市を組み込み、あるいは最大スケールである都市の仕組みに私的な空間が組み込まれる 

消費社会が基盤とした差異化 
浪費という概念成り立たない 欲望の変質 貧困化 コンビニは想像力を刺激しない 

情報社会がコンビニの成立条件 都市を均質体験 どこにいっても見たことがあるコンテナ コンビニの成立 コンピューターのネットワークができてから コンビニのレジは本社のコンピューターの端末

4 ユートピアなき文化
カーニヴァルからイベントへ 
いろんな活動があつまって総体として現れる かつて形式が先行 形式を背景に活動が意味を持つ 
地域性を無視するメディアの支配 
東京オリンピック 改造する為 イベントは文化的でなけてばいけない 
テーマ・パークというモデル ゲームの都市化 
地方性の消失 擬似イベント 

第二章 都市の政治学ーネーション・ステートの首都からの変貌
死の場所 もうひとつのユートピア 強制収容所 アウシェヴィッツ ビルケナウ 絶滅都市 消費は無 効率的焼却炉 

第三章 都市の世界化ー外部化される都市
1 都市が混じり合う
都市より大きな単位が現れる

2 エアポートの経験
都市をつなぐ旅
旅の持つ意味 都市は出発点 目的地 鉄道 自動車 飛行機 
鉄道の発達 空間の経験の様相 機械的速度 カントの空間概念 地理的認識 軍隊輸送 国境の経験 フィクション 世界は異質性 船舶へ接続 世界を一体化 ジョール・ヴェルヌ「80日間世界一周」 
19世紀ブルジョアジーの歴史意識 鉄道 都市に駅 
日本 通過駅 
ネーション・ステートの首都の駅 終着駅 
鉄骨とガラス 古典的様式のファサード 

エアポートー主体と他者
都市からはみでた場 
飛行機の旅 
地球の経験を変えた 
都市と都市をつなぐ旅の印象を希薄化 
エアポートぁらエアポートへ旅 
飛行機のなか 無能な身体 拘束される 
国境を経験しない 孤立した場
 現代という時代に顔を与えるのは空港ではないか 

空港での二つの経験 
主体と他者の関係 権力空港 
普段感じない国籍 パスポート 政治空港の経験 管理下 
都市を超えた都市 空港が都市と遠い 

3 巨大開発が進むとき
世界の都市が似てきた
似たような再開発計画 同時性 
よく似た風景 1960丹下 東京計画 
建築がつくる原風景の喪失 原風景 世界になんらかの根拠を残す 

ロンドンのドックランド
19世紀の港湾開発 風景としての都市の貧困化 
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目次
第1章 都市の現在
1 欲望のかたち
2 あたらしき悪しきもの
3 コンビニ繁盛記
4 ユートピアなき文化
5 物の世界
6 危ない都市

第2章 都市の政治学
1 ネーション・ステートの首都
2 ユートピアが可能であったとき
3 力の政治学

第3章 都市の世界化
1 都市が混じり合う
2 エアポートの経験
3 巨大開発が進むとき
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2009年10月26日月曜日

「教育力」 齋藤孝 2007 ★★★

学生相手に建築を教えることが日常として時間を過ごすようになると、出来るだけ多くのことを伝えようと良い本を探し、自分なりに理解した内容や、今まで自ら経験してきた様々なことをできるだけ分かりやすく、それでいて彼らの知的好奇心を刺激できるようにと毎週緊張感を持って生徒に対峙することになる。

しかしある時にそれが、自分がいろんなところで吸収してきた栄養素を大きな巨木が吸い上げていくように、「はい、次は何?」と自分が枯れ果てるまで無限にしゃぶりつくされれてしまうのではないだろうかという恐怖にかられる。

そんな時に「人に何かを教える」とは一体どんなことなのか?と真剣に悩んで手にした一冊。そして読み終えたときに、目から鱗の様な思いを持ち、なんて恥ずかしい考えをしてしまっていたのだろうと猛省させられた。

そんな思いを持つ人間はすぐさま教壇から降りるべきで、教師であるならば、永遠にエネルギーを大地に向かって降り注ぐ太陽の様な明るい存在であるべきで、そこには何からの見返りなどを求めたりはしてはならないということ。エネルギーを取ってくれという人間しか教えるなという。

膝から崩れ落ちるほどのショック。

先生曰く、「教育の根底には憧れを伝染させる力があり、何ものかを目指して飛ぶ、何々がしたい、という願望から学ぶ意欲を掻き立てること」だという。それには教師自身が常に学び続けることが必要であり、学びとはある種の祝祭的瞬間 だという。

小さな頃、全ての授業が好きな本の新しい一ページをめくる様なワクワクした気持ちをもたらしてくれた記憶。夢中だったあの時間の様に生徒にどれだけの影響力をもてるか。専門的力量と人間的魅力をバランスよく運転しながら生徒に対峙する。

「これを知らないと恥ずかしい」という気持ち。それがもたらす更なる向上心と向学心。他人の視線が自己コントロールとして作用する社会性。

「学ぶ」ということをしっかり考えること。闇雲に学ぶよりも、まずは上手い人を「真似る」から始める。では、何が上手いのか?、自分に何が足りてないのか?を分析する。そしてそれらのやるべきことを整理する。その段取り力。スポーツで言う監督やコーチと選手の関係が、教師と生徒でもあるように。

仕事でもそうだが、重要なポイントはメモを取ることが基本。メモができないということは、必要だということが見えていないということ。

「天才」とは上達の達人である。それは意識できるとこまで自分を追い込む。イチロー選手が全てのヒットの理由を言えるように、その準備ができていること。自分が向上する為の段取り力が備わっていること。

全体が見えているということは安心感を与えてくれる。この部屋がどれだけ広いかを知っていると、自分がどこに居たら心地よいかが把握できる。このコースがどれだけ長いかを知らずに走り続けるのは、精神的にもとてもきつい。その為に学び続けること。それは科学的な精神を身に着けること。「失敗」ではなく、「ダメだということが分かったという成功」として次に向かう精神。

世阿弥の 「離見の見(りけんのけん)」の様に、「見所は観客席のことなので客席で見ている観客の目で自分をみよ」ということ。つまり演じる自分とそれを見る自分の二つの時間を同時に生きることの必要性。

こんなにもあっけらかんと、そして圧倒的な知性を持ってなおかつストイックに向上心を忘れない。心臓が脈打つのを終えるときまできっと学ぼうとするのだろうと思えるその姿勢。昨日までの自分の姿勢が恥ずかしくなるのと同時に、すぐにでもアマゾンで紹介された本の大量購入に走らせる一冊。

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本文中で紹介される本や映画など
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谷崎潤一郎「春琴抄」
世阿弥「風姿花伝」「花鏡」
ルース・ベネディクト「菊と刀」
宮沢賢治「学者アラムハラドに見た着物」
中島敦「名人伝」
音楽 吉田秀和
ピーター・アトキンス 「ガリレオの指」
ウェンディ・ベケット「シスター・ウェンディの名画物語―はじめて出会う西洋絵画史」
ファン・エイク「アルノルフィニ夫妻」
イグナシオ・アグェーロ『100人の子供たちが列車を待っている』
リュミエール 『列車の到着』
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■目次
まえがき
序章
教えること、学ぶこと
1教育力の基本とは
2真似る力と段取り力
3研究者性、関係の力、テキストさがし
4試験について考え直す
5見抜く力、見守る力
6文化遺産を継承する力
7応答できる体
8アイデンティティを育てる教育
9ノートの本質、プリントの役割
10呼吸、身体、学ぶ構え
あとがき
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2009年10月19日月曜日

「読書力」齋藤孝 2002 ★★★

テレビでもおなじみの、非常に優しい笑顔が印象的で如何にも「日本の良心」と呼べるような知識人。その斉藤先生が兼ねてからいい続ける「読書」の大切さ。

「読書力がある」の基準はどこかというと、「文庫本を100冊、新書を50冊読んだこと」だと言う。なおかつこの有効期間は4年とする。そうすると月2冊で年24冊。4年で96冊という計算になる。つまりは月に文庫を2冊、新書を1冊読むのが読書力と生きる生活の最低ラインと設定される。それを反復していく中で、倍の月に4冊となれば、2年で1サイクルをクリアしていくことになる。

逆にこう考えると、読書体験を始める10歳くらいから寿命と呼ばれる80歳あたりとして、70年前後の時間を4年で割ってみると17サイクルあたり。それから生涯の読書量を換算すると、文庫が1700冊に新書が850冊。びっくりするほど多くは無い。しかもそのペースからはるかに遅れて過ごしてしまった過去の30年以上は取り戻すべくもなく、できるのは今後の人生をできるだけ読書力のある生活スタイルに変えていけるかどうか。

ただし文庫とは推理小説や娯楽本を除く文学的作品ということで、ほとんどの本がこの段階でふるいにかけられる。精神の緊張を伴う読書でなければ意味が無く、司馬遼太郎あたりが境界線となるだろう。

そして「読んだ」というラインは、「要約を言えること」とする。「読みっぱなし」ではもちろん意味が無く、読書を通して著者と一対一での会話をし、その中で自分なりの意味をつかんでいく過程が重要である。

新書が必要なのは、「ある程度室の高い知識情報がコンパクトにまとめられているから」とする。また新書は「要約力を鍛える 」と言う。今を生きる現代人として、今何か起こっているかをある程度深く知るためには、新書は一番適切な手段というところか。

複雑さを共存させる幅広い読書は自分を作り、総合的判断の能力を養ってくれる。それと同時に他者を受け入れる柔軟さを培うことにつながる。 また読書というのはスポーツ同様で身体的な行為であるとする。つまりはある一定の身体的苦痛を耐えて、同じ姿勢を保つ筋力が必要で、内容を追っていく精神的な持続力が必要。その為には部活同様に練習が必要だという。

読書をする生活というのは、時間の管理を能動的にすること。自分と向き合う厳しさとしての自ら自分に読書を課す。その中で新しい言葉を知っていく。

そして自分の本棚を持つ喜び。日常の風景の中に複数の優れた他者を持つ喜び。それぞれの著者と繋がりながら、それを糧にして自らズレていく。本は背表紙が大事とし、日常の中でそれを目にする度にその読書を思い出すことが重要だとする。その為に、本は借りるものではなく買うもの。一生に一度の出会い。

三色ボールペンで線を引き、数冊の本を並行して読むことで脳のギアチェンジを行う。読書は会話を受け止め、応答する力を養う。会話に脈絡を見つけ、要点を掴み、自分の角度からの言い換え力を培う。

兎にも角にも、小さな頃のイメージしていた正しい先生の言葉。頭がよく優しくそして強い先生は、そのままそういう大人になりたいという憧れの存在でもあった。これだけ物事を知っていて、広い視点から物事を判断し、どの時代になってもストイックに学び続け、絶対的に信頼できる大人。

「これだけ本を読んだんだから」という自信を持って日常を生きること。手当たり次第ではなく、大きな時間の流れを理解したうえで、毎日の中で本に向き合うこと。その意味。

ゲーテの言葉通り、「人は努力する限り迷うものだ」ならば、深いところまで悩みつくした先達達の言葉に耳を傾け、少しでも道しるべを見つけながら生きていく。「若いときに読んでいれば・・・」ではなくて、今から読んでも遅くはない。そう思って今日もまたページをめくる。
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本文中で紹介される本
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E.H.カー「歴史とは何か」
島崎敏樹「感情の世界」
霜山徳繭「人間の限界」
丸山真男「日本の思想」
朝永振一郎「物理学とは何だろうか」
アドルフ・ポルトマン「人間はどこまで動物か」
内田義彦「社会認識の歩み」
浅田彰「構造と力」
塩野七生「ローマ人の物語」
武者小路実篤「友情」
山本周五郎「さぶ」
ヘッセ「車輪の下」
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
芥川龍之介「地獄編・」
辺見庸「もの食う人々」
めじめ正一「高円寺純情商店街」
山田詠美「ぼくは勉強ができない」
太宰治「パンドラの箱」
倉田百三「出家とその弟子」
椎名誠「麦の道」
遠藤周作「沈黙」
宮本輝「春の夢」
島崎藤村「破戒」
夏目漱石「坊ちゃん」
サリンジャー「フラニーとゾーイ」
三島由紀夫「金閣寺」
内田義彦「読書と社会科学」
シェイクスピア「ハムレット」
ドストエフスキー「罪と罰」
加藤秀俊「取材学」
ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」
アンドレ・ジッド「狭き門」
阿部次郎「三太郎の日記」
倉田百三「出家とその弟子」
和辻哲郎「古寺巡礼」
倉田百三「愛と認識との出発」
西田幾太郎「善の研究」
藤原新也「印度放浪」
高史明「生きることの意味」
フランクル「夜と霧」
「ギルガメッシュ」三部作
江戸川乱歩「怪人20面相」
宮沢賢治「よだかの星」
唐木順三「現代史の試み」
オング「声の文化と文字の文化」
九鬼周造 「いきの構造」
梅原猛「隠された十字架」
井上靖「天平の甍」
岡潔「春宵十話」

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巻末「文庫百選」
1 まずは気楽に本に慣れてみる
 ① 北杜夫『どくとるマンボウ青春記』新潮文庫
 ② 町田康『くっすん大黒』文春文庫
 ③ 椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』新潮文庫
 ④ 『O・ヘンリ短編集』新潮文庫(大久保康雄訳)
 ⑤ 内田百閒『百鬼園随筆』新潮文庫
 ⑥ 『古典落語』講談社文庫(興津要編)
 ⑦ 森鴎外『山椒大夫・高瀬舟』新潮文庫
 ⑧ 菊池寛『恩讐の彼方に/忠直卿行状記』岩波文庫
2 この関係性は,ほれぼれする
 ① 山本周五郎『さぶ』新潮文庫
 ② スタインベック『ハツカネズミと人間』新潮文庫(大浦暁生訳)
 ③ スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』新潮文庫(山田順子訳)
 ④ 幸田文『父・こんなこと』新潮文庫
 ⑤ サローヤン『パパ・ユーア クレイジー』新潮文庫(伊丹十三訳)
 ⑥ 大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』講談社文庫
 ⑦ 下村湖人『論語物語』講談社学術文庫
 ⑧ ドルトン・トランボ『ジョニーは戦場へ行った』角川文庫(信太英男訳)
3 味のある人の話を聞く
 ① 宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫
 ② 宇野千代『生きて行く私』角川文庫
 ③ 白洲正子『白洲正子自伝』新潮文庫
 ④ 野口晴哉『整体入門』ちくま文庫
 ⑤ エッカーマン『ゲーテとの対話』岩波文庫(山下肇訳)
 ⑥ 小林秀雄『考えるヒント』文春文庫
 ⑦ 福沢諭吉『福翁自伝』岩波文庫
4 道を極める熱い心
 ① 吉川英治『宮本武蔵』講談社文庫
 ② 志村ふくみ『色を奏でる』ちくま文庫
 ③ ロマン・ロラン『べートーヴェンの生涯』岩波文庫(片山敏彦訳)
 ④ 棟方志功『板極道』中公文庫
 ⑤ 『ゴッホの手紙』岩波文庫(硲伊之助訳)
 ⑥ 司馬遼太郎『世に棲む日日』文春文庫
 ⑦ 『宮沢賢治詩集』岩波文庫
 ⑧ 栗田勇『道元の読み方』祥伝社黄金文庫
5 ういういしい青春・向上心があるのは美しきことかな
 ① 藤原正彦『若き数学者のアメリカ』新潮文庫
 ② アラン・シリトー『長距離走者の孤独』新潮文庫(丸谷才一・河野一郎訳)
 ③ 浮谷東次郎『俺様の宝石さ』ちくま文庫
 ④ 藤沢周平『蝉しぐれ』文春文庫
 ⑤ トーマス・マン『魔の山』新潮文庫(高橋義孝訳)
 ⑥ 井上靖『天平の甍』新潮文庫
 ⑦ ヘッセ『デミアン』新潮文庫(高橋健二訳)
6 つい声に出して読みたくなる歯ごたえのある名文
 ① 中島敦『山月記/李陵』岩波文庫
 ② 幸田露伴『五重塔』岩波文庫
 ③ 樋口一葉『にごりえ/たけくらべ』岩波文庫
 ④ 泉鏡花『高野聖/眉かくしの霊』岩波文庫
 ⑤ 『歎異抄』岩波文庫
 ⑥ ニーチェ『ツァラトゥストラ』中公文庫(手塚富雄訳)
 ⑦ 川端康成『山の音』岩波文庫
7 厳しい現実と向き合う強さ
 ① 辺見庸『もの食う人びと』角川文庫
 ② 島崎藤村『破戒』岩波文庫
 ③ 井伏鱒二『黒い雨』新潮文庫
 ④ 石牟礼道子『苦海浄土』講談社文庫
 ⑤ ジョージ・オーウェル『1984年』ハヤカワ文庫(新庄哲夫訳)
 ⑥ 梁石日『タクシー狂操曲』ちくま文庫
 ⑦ 大岡昇平『野火』新潮文庫
8 死を前にして信じるものとは
 ① 三浦綾子『塩狩峠』新潮文庫
 ② 深沢七郎『楢山節考』新潮文庫
 ③ 柳田邦男『犠牲(サクリファイス)』文春文庫
 ④ 遠藤周作『沈黙』新潮文庫
 ⑤ プラトン『ソクラテスの弁明/クリトン』岩波文庫(久保勉訳)
9 不思議な話
 ① 安部公房『砂の女』新潮文庫
 ② 芥川竜之介『地獄変/邪宗門/好色/藪の中』岩波文庫
 ③ 夏目漱石『夢十夜』岩波文庫
 ④ 蒲松齢『聊斎志異』岩波文庫(立間祥介編訳)
 ⑤ ソポクレス『オイディプス王・アンティゴネ』新潮文庫(福田恆存訳)
10 学識があるのも楽しい
 ① 和辻哲郎『風土』岩波文庫
 ② ルース・ベネディクト『菊と刀』現代教養文庫(長谷川松治訳)
 ③ 大野晋『日本語の年輪』新潮文庫
 ④ 柳田國男『明治大正史 世相篇』講談社学術文庫
 ⑤ コンラート・ローレンツ『ソロモンの指環』ハヤカワ文庫(日高敏隆訳)
 ⑥ 『ジンメル・コレクション』ちくま学芸文庫(北川東子編訳、鈴木直訳)
 ⑦ 山崎正和『不機嫌の時代』講談社学術文庫
11 強烈な個性に出会って器量を大きくする
 ① シェイクスピア『マクベス』新潮文庫(福田恆存訳)
 ② 坂口安吾『坂口安吾全集4 「風と光と二十の私と」ほか』ちくま文庫
 ③ パール・バック『大地』新潮文庫(新居格訳・中野好夫補訳)
 ④ シュテファン・ツワイク『ジョセフ・フーシェ』岩波文庫(高橋禎二・秋山英夫訳)
 ⑤ ゲーテ『ファウスト』中公文庫(手塚富雄訳)
 ⑥ ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』新潮文庫(原卓也訳)
 ⑦ アゴタ・クリストフ『悪童日記』ハヤカワepi文庫(堀茂樹訳)
 ⑧ 塩野七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』新潮文庫
12 生き方の美学・スタイル
 ① 向田邦子『父の詫び状』文春文庫
 ② リチャード・バック『かもめのジョナサン』新潮文庫(五木寛之訳)
 ③ 藤原新也『印度放浪』朝日文庫
 ④ 村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』中公文庫
 ⑤ マックス・ヴェーバー『職業としての政治』岩波文庫(脇圭平訳)
 ⑥ 九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫
 ⑦ 石原吉郎『望郷と海』ちくま学芸文庫
 ⑧ サン・テクジュペリ『人間の土地』新潮文庫(堀口大學訳)
 ⑨ 須賀敦子『ヴェネツィアの宿』文春文庫
 ⑩ 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』中公文庫
13 はかないものには心が惹きつけられる
 ① 中勘助『銀の匙』岩波文庫
 ② デュマ・フィス『椿姫』新潮文庫(新庄嘉章訳)
 ③ チェーホフ『かもめ・ワーニャ伯父さん』新潮文庫(神西清訳)
 ④ 太宰治『斜陽』新潮文庫
 ⑤ ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社文庫(千野栄一訳)
 ⑥ トルストイ『アンナ・カレーニナ』新潮文庫(木村浩訳)
14 こんな私でも泣けました・感涙は人を強くする
 ① 高史明『生きることの意味 ある少年のおいたち』ちくま文庫
 ② 宮本輝『泥の河・螢川・道頓堀川』ちくま文庫
 ③ 灰谷健次郎『太陽の子』角川文庫
 ④ 藤原てい『流れる星は生きている』中公文庫
 ⑤ 井村和清『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』祥伝社黄金文庫
 ⑥ 竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』ちくま文庫
 ⑦ 林尹夫『わがいのち月明に燃ゆ』ちくま文庫
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目次
序 読書力とは何か

/「本を読む読まないは自由」か
/読書してきた人間が「本は読まなくてもいい」というのはファウル
/「読書力がある」の基準は?
/精神の緊張を伴う読書
/文庫のスタイルに慣れる
/新書五十冊
/本は高いか
/要約を言えることが読んだということ
/新書は要約力を鍛える
/読書力検定がもしあったら
/社会で求められる実践的読書力
/なぜ百冊なのか
/有効期限は四年
/本は「知能指数」で読むものではない
/「小学校時代は本を読んだけど」の謎
/定期試験に読書問題を入れる
/顎を鍛える食らうべき書
/歯が生え替わった本
/「私はこの本で永久歯に生え替わりました」
/日本は読書立国
/総ルビ文化・世界文学の威力
/読書力は日本の含み資産
/the Book がないから Booksが必要だった

(1) 自分をつくる――自己形成としての読書
 1 複雑さを共存させる幅広い読書
 2 ビルドゥング(自己形成としての教養)
 3 「一人になる」時間の楽しさを知る
 4 自分と向き合う厳しさとしての読書
 5 単独者として門を叩く
 6 言葉を知る
 7 自分の本棚を持つ喜び
 8 繋がりながらずれていく読書
 9 本は背表紙が大事
 10 本は並べ方が大事
 11 図書館はマップづくりの場所
 12 経験を確認する
 13 辛い経験を乗り越える
 14 人間劇場
 15 読書自体が体験となる読書
 16 伝記の効用
 17 ためらう=溜めること
 18 「満足できるわからなさ」を味わう

(2) 自分を鍛える――読書はスポーツだ
 1 技としての読書
 2 読み聞かせの効用【ステップ1】
 3 宮沢賢治の作品が持つイメージ喚起力
 4 自分で声に出して読む【ステップ2】
 5 音読の技化
 6 音読で読書力をチェックする
 7 読書は身体的行為である
 8 線を引きながら読む【ステップ3】
 9 三色ボールペンで線を引く
 10 読書のギアチェンジ【ステップ4】
 11 脳のギアチェンジ

(3) 自分を広げる――読書はコミュニケーション力の基礎だ
 1 会話を受けとめ、応答する
 2 書き言葉で話す
 3 漢語と言葉を絡ませる
 4 口語体と文語体を絡み合わせる
 5 ピンポンと卓球
 6 本を引用する会話
 7 読書会文化の復権
 8 マッピング・コミュニケーション
 9 みんなで読書クイズをつくる
 10 本を読んだら人に話す
 11 好きな文章を書き写して作文につなげる
 12 読書トレーナー
 13 本のプレゼント
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2009年10月10日土曜日

「ODA 援助の現実」 鷲見一夫 1989 ★



人の為に何か出来ないかと真剣に考える人が、別の何かを犠牲にしなくても良い、それが援助の本当の形ではないかと思う。

人体が多様性のバランスによって成り立つように、都市や国家、そして世界自体も様々な力のバランスによって成り立つ。

パワー・オブ・テンの様に異なるスケールで異なる世界が広がる様に、この世を成立させる力にも異なるスケールで異なる欲望が支配する。

一つのスケールの欲望は異なるスケールにおいては、時に暴力として現れる。しかも見えない力として。

同じ時間に生まれたにも関わらず、国を追われて、祖国を思い、今日一日を必死に生きる人々。その人たちの為に「微力ながらも自分にも何かできないか?」と想いを持って援助の世界に飛び込んでくる若者。

その反面、国家予算から捻出される巨大な予算に群がる様々な思惑。そしてできるだけ自国の自分達の利益へと繋がるように仕組まれたそのシステム。

世の中は決して綺麗事では回らないが、それでも援助を冠された税金であるからこそ思い描く、貧しい国の人々が少しでも良い暮らしを得られるようになるイメージ。そんな生ぬるい世界で無いと分かるからこそ、いっそ今はやりの仕分事業にODAも入れてほしいと願わずにはいられない。

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1 援助―その多面的な顔
2 霞のなかのODA
3 何が行われているのか
4 受け入れ国側の事情
5 誰のための援助か
6 新しい発想、多様な試み
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