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2016年2月9日火曜日

小野神社(おのじんじゃ、武蔵国一宮) (伝)安寧天皇18年 ★


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所在地  東京都多摩市一ノ宮
主祭神  天下春命・瀬織津比咩命・伊弉諾尊・素盞嗚尊・大己貴大神・瓊々杵尊・彦火火出見尊・倉稲魂命
社格   式内社(小)論社・武蔵国一宮
別名  一宮大明神
本殿の様式 三間社流造
創建  (伝)安寧天皇18年
機能  寺社
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武蔵国巡りのなかでどうしても外せないのが一宮。旧国時代にもっとも重要な神域として崇められていた場所が現代の社会においてどのような姿を見せているのかと思っても、武蔵国一宮といってもなかなかピンとこない。調べてみると、多摩市にある小野神社(おのじんじゃ)だというので、立ち寄ることにする。

武蔵国では三宮であるさいたま市の氷川神社が近代において、非常に人気をはくし、全国規模の神社として認識されているのに対して、一宮であるこの小野神社はほとんどその存在を知られていない。これは鉄道網という新しいインフラによって地勢図が書き換えられ、人々の地理の認識が変わってしまった中で、古代から中世にかけての人の流れと、現代では大きく場所の持つ意味が変わった一つの現れであろう。

最寄り駅は京王線の聖蹟桜ヶ丘駅。駅前ロータリーから少し脇の細い道を入っていくと、住宅街の一角にいきなり現れる鳥居。恐らくこの駅を利用する多くの人も、この神社の存在に気がついていないのではないかと思う。

広域で見てみると多摩川がすぐ北側に流れており、古代においては重要な交通の要であったのかと想像するが、境内も拝殿も非常にシンプルで、各地で見てきた様々な一宮の中でも得意なポジションであるのが見て取れる。

それでもしっかりと整えられた境内の中の空間を一人拝殿に向かい、ゆっくりと手を合わせてお参りを済ませてこの武蔵国巡りも残すところあといくつかの目的地だと境内を後にする。







武蔵国(むさしのくに) ★★ 東海道

今日はレンタカーを借りて、所沢の奥から狭山湖を巡り、そのまま東村山へとおりて小平、国立、日野、多摩、府中、調布、狛江と三多摩エリアをぐるっと巡り、最後に杉並区を経由して戻ることで、23区を中心とした東よりで理解しがちな東京への自分の理解の重心を、グッと西に傾けることにする。 

基本的に三多摩とは23区と島などを除いた地域にある32市町村の総称で、東京出身の人にはなじみのある言葉のようである。そのほとんどのエリアが旧国でいう武蔵国(むさしのくに)にかかるというので、国木田独歩によって描かれたような関東の原風景を求めに武蔵国の平野を巡ってみることにする。

国府は現在の府中市に存在し、国分寺はその名の通り国分寺市におかれていたようであり、一宮は多摩市の小野神社とさいたま市の氷川神社。所属は東海道で、武蔵の国ということで武州(ぶしゅう)とも呼ばれていたようである。

新撰組の近藤勇や土方歳三もこの武蔵野の地を駆け回っていた少年時代があるのだと想像を含ませながら、やはり23区とは違った風景に期待を膨らませながら車を西へと走らせる。





2013年7月18日木曜日

天皇神社(てんのうじんじゃ) 鎌倉時代後期 ★

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所在地  滋賀県大津市和邇中
主祭神 素盞嗚尊 (すさのおのみこと)
社格  式内社,旧村社
創建   鎌倉時代後期
機能   寺社
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日が沈むまで後どれくらい時間があるのか?

を気にしながら琵琶湖北西部最後の目的地である天皇神社に到着。一の鳥居付近に駐車場らしきものはなく、地元民に迷惑がられながら、なんとか角に寄せて駐車する。すると同じように後ろに駐車された車から、同年代と思われる男性が降りてきてはとっとっと境内に入っていく。

「こんな時間にわざわざ車で参拝とは、珍しい人がいるもんだな・・・」と思いながら、階段も無く周囲と地続き感のある境内に「スッ」と入る。

中央に拝殿を眺めながら、ゆったりとした境内に散らばる摂末社を眺めていると、先ほどの人が本殿にお参りをした後に、左右の灯篭に火を入れている。「なるほど、神社の人が・・・」と納得し、ちょうど昼と夜の境目にいるんだと思うと、なんともゾクゾクする。

天皇神社とは、なかなか勇気のいる名前をつけたもんだと思って説明を読んでみると、もとは牛頭天王社と呼ばれ、明治になって現在の呼名に改められたと言う。天王が、天皇となったのであろう。小野天皇社とも書かれており、先ほどの小野神社の関連社だと分かる。

琵琶湖西部はこれにて終了と、日が沈むまで今度は琵琶湖の東で最後の悪あがきだと、琵琶湖大橋に向かって車を走らせることにする。













小野神社(おのじんじゃ) 不詳 ★★

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所在地  滋賀県大津市小野
主祭神 天足彦国押人命,米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみ)
社格  式内社,旧郷社
創建   不詳
機能   寺社
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いくらキラキラネームが増えようとも、どうにも変えられないのが氏名。そして地元愛知でもクラスメートの中でかなりの割合でいたのを覚えている「小野」姓。そしてこの小野神社はそれらの小野の氏族の発生地、祖神でもあるという。

もう一つ「小野」と言えば出てくるのが、「小野妹子」。

「いもうとこ」と書いて「いもこ」と読む。しかも女性を思いきや男性。

そんな相当インパクトを持つ彼は小学校時代に強く多くの子供の海馬に記憶として残っていることだろう。その小野妹子ももちろんこの小野氏の出。

この小野氏。なんでも、大和朝廷成立以前この地において、今の大阪府、京都府、奈良県、三重県、愛知県、滋賀県の広い地域を統治されていた王族であるという。

ナビで表示される「小野神社」に向かうと、間違って永豊稲荷大明神に向かってしまったらしく、その道はトンでもなく狭く、切り返すこともできずに、恐る恐るバックで戻る。同じ過ちは犯さないと、次の角で駐車をし歩いて参道に向かうことにする。

この小野神社。祭神は米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみ)であり、応神天皇の頃に日本で初めて餅つきをしたと伝えられ、日本の餅作りの祖と言われていることから、例祭のシトギ祭には、全国の菓子業界からの参拝を受けているという。そして我が国初の遣随使小野妹子の祖先といわれているらしい。

境内の左奥にあるのが、小野神社。そして参道の軸を受ける形で鎮座するのが摂社である小野篁神社(たかむらじんじゃ)。この二社共に先ほどの道風神社同様、切妻造の本殿となっており、全国的にも珍しいと言う。

創建年は不詳というが、如何にもこの地で長い時間に渡り重要な位置を占めてきたというのが十分伝わるとても整った境内の空間。上空で響く蜩の鳴き声を聞きながら一人静かに参拝をする。
















小野道風神社(とうふう) 1341 ★

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所在地  滋賀県大津市小野
主祭神 小野道風
社格  式内社
創建   1341
機能   寺社
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17時を回り、寺院は既に参拝時間を終え門を閉めた後のこの時間。ここからはどんな時間でも決して門を閉めることのない、自然の中で生きる神社めぐりへとシフトする。

日の入りが19時過ぎ。なんとか建物を見れるのは19時半までだとすると、あと2時間半をどう有効活用できるかを考えながら、比叡山ドライブウェイを下り通行料金2,320円をしっかりと徴収される。

琵琶湖沿いを更に北に向かい、小さな集落に入っていくとそろそろナビも怪しくなる。対向通行にはかなり厳しい道幅を、軽でビュンビュン減速することなく走り抜けていく地元民の車を避けるようにして、横道を上がっていくと右手に鳥居を確認する。

この小野道風神社は、もう少し北に位置する小野神社の境外社にあたる。この辺りは古代氏族である小野氏の居住区域で、小野神社、その境内に小野篁神社、川を越えて小野天皇社、そしてこの小野道風神社など、関係神社が多く見られ、小野氏の勢力が如何に大きかったを見受けられる。

階段を上がって、境内のやや左奥に見えるのが社殿。説明によると切妻造に向拝(こうはい)を設けた本殿の形式は珍しいとのこと。「向拝って何だ?」となるが、社殿(本殿や拝殿)の入り口に屋根(庇 )が張り出した部分のこと。つまり現代のキャノピーで、その下で参拝客がお参りをする場所である。

つまり良く見られる流造(ながれづくり)と言われる、切妻造・平入で側面から見た屋根形状は対称形ではなく、正面側の屋根を長く伸ばしてそこが向拝となるタイプと違って、切妻造・平入ではあるが、側面から見ると左右対称になっており、向拝の奥行が狭くなっているということである。恐らくこの説明であっているかと思うが・・・

静かな境内に良く響く拍手を鳴り響かせ、お願い事をして次の小野神社へと向かうことにする。