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2025年5月21日水曜日

双子座 (Gemini,ジェミニ, 双児宮,空気) 5月21日-6月21日

 

アブダビ、イスタンブール、ミラノ、ベネチア、アムステルダム、ロッテルダムと、
何かと忙しなく移動を繰り返した牡牛座の一か月を経て、
徐々に夏の気配が色濃くなる双子座の季節では、
CLリーグも決勝を迎え、全仏オープンでは誰が新しい赤土の王に名乗りを上げるのかなど、
スポーツの世界でも楽しみな対決が目白押しとなる。
生活のリズムを取り戻し、本格的な夏への体力を蓄える一か月としていきたい。






2024年5月21日火曜日

双子座 (Gemini,ジェミニ, 双児宮,空気) 5月21日-6月21日

 

一か月前にはドラゴンズの活躍に心躍らせていただかと思えば、
双子座の季節にはすでに昨年同様の順位に落ち着いてきたようだ。
様々な場所で始まった新生活も一段落し、
本格的に夏に向かっていくこの双子座の一か月。
一年前はベネチアにいたのかと記憶を手繰りながら、
ローマで過ごした10日間を振り返りながら、
今年はどんな夏が待っているのかと期待を膨らませる。


2022年5月21日土曜日

双子座 (Gemini, ジェミニ , 双児宮, 空気) 5月21日-6月21日

 

牡牛座から双子座へ。
テニスの全仏オープンに、サッカーのチャンピオンズリーグ決勝と、
見逃せないスポーツのイベント目白押しのこの季節。
東の空に見えてくる夏の大三角を探しながら、
ナダルとマドリーのスペイン勢の活躍を見守る夜が続きそうだ。

2014年8月21日木曜日

「サウスバウンド 上・下」 奥田英朗 2005 ★★★★

丁度いい本というのがある。出張や旅行に出かける時に、かならず持っていくのは、ハードカバーの建築の専門書数冊。そしてブックオフなどで買い求めた数冊の新書。それに少々難しいめの文庫数冊。そこにプラスで持っていくのが、読むのに頭を使わなくてすむ娯楽文庫。読んでいてただただ楽しいこれらの本。ほうっておけばどんどん読み進めてしまうので、自分で「今日はここまで」と決めなければいけないタイプの本である。

そんな本の一つとして最近やたらと気にいっているのがこの奥田英朗。「最悪」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「オリンピックの身代金」と最近立て続けに読んでいるが、テンポの良さと時代背景を巧く繁栄したストーリー展開、それにテーマごとに良く取材をしてあるのか、破綻をきたさない人物と物語の設定で、「あるある」と共感をしながらサクサクとページを進めてしまうので、仕事で疲れた脳の疲労回復にももってこいと重宝している。

そんな訳で通りがかった恵比寿の古本屋が閉店セールをしている為に立ち寄って手に取ったのがこの一冊。あまりタイトルを気にして読み始めなかったが、読み終えて始めて「サウスバウンド」が「South Bound」であり、つまりは「南行き」を意味していることが良く理解できる。

恐らく休暇で訪れた沖縄、しかも離島で時間を過ごす中で、驚くような忙しなさで一分一秒が進んでいく都会とはまったくかけ離れた時間が流れているこの場所の在り方、空気を物語りにしたいと思い始めたのが最初だったのではと勝手に空想してしまう。

その対極におかれるのが、東京の中でも下町でも山の手でもない場所として描かれる「中野」。ブロードウェイやサンプラザといった名所が日常の中に溶け込んで、そこで幼少時代を過ごす子供の視点で物語りは描かれる。ビルの屋上から銭湯を覗き、自転車で汗をかきながら到着する山手線の内側。そんな決して都会っ子ではないが田舎育ちでもない普通な東京の子供達の姿が描かれる。

そんな二つの風景を繋ぐのは、かつては過激派として名を馳せた父親。その父親と駆け落ちしてずっと寄り添う母親。過去のことはあまり多くを語らないが、いわゆる普通のサラリーマンのお父さんでは無い父は自分の思想に忠実に毎日を生きていく。その父が都会の中と、沖縄の地ではまったく違って子供の目に映るものまた「南行き」の成せる業であろう。

これといって物語の大きな流れが最初から提示されることも無いので、話についていくのがしんどいかと思えばそんなことはなく、ただただ面白い。「子供時代のことをよくこれだけ生き生きと書けるな」と関心してしまうほど、子供時代の気持ちの動きの描写が優れている。

ちょっとしたことが面白かった毎日。執拗に絡んでくる不良など、どうしようもなく不条理なことがあったこと。決して逃げられなず、自分が生きることのできる世界には範囲があったこと。そしてそれは成長と共に、徒歩から自転車、そしてバスや電車と徐々に広がっていったこと。その中でも大人の存在と言うのは圧倒的であったこと。

子供には大人からは決して見えない世界のルールがあり、その中で嫉妬や羨望が絡まりあり、様々な感情に振り回される。暴力という不条理に物を言わせ、無茶な要求を迫る不良。そこからはどうやっても逃げられない無力さ。年上に助けたもらったとしても、「チクッた」として更に執拗な不条理が襲ってくる。そんな終わりの無い世界。

主人公が住んでいるのは、東京の中にポツンと浮かぶ島。それがたまたま中野周辺にあっただけである。あるきっかけで母親の実家があるという四谷に足を運ぶが、そこは自分達とはまったく違ったお金持ちの生活が待っている。距離だけではない心理的な差も含め、そこはまた別の島が漂っている訳である。

そんな主観的な島が幾つも浮かんでいるので現在の東京であり、それを縦断的、横断的に理解し、使いこなし、楽しむのは、この都市に何十年も住みながら、常に色々なところへと足を運ばない限り無理であろうと思えるほどの規模まで成長したのが現代の東京である。

そんな東京に浮かぶ中野の島から、今度は物理的にも島だと実感できる沖縄の西表へと移住する主人公家族。結局子供は親の決断に巻き込まれる形で人生のスタートを切ることになるという、現代の「貧困の連鎖」を思わせるような展開であるが、そこに待っていたのは広大な自然と、助け合い、支えあうことで生活が成り立つ、資本主義が支配する都会の生活とはまったく違った風景。

そんな島に吹き抜ける風や、真っ白なビーチ、好きなことを好きなだけ喋ることができるゆったりとした生活のリズムが十分に伝わってくる文章を読んだ後には、妻に「来年には沖縄の島に行こう」と提案せずにいられなくなる。

それにしても、これだけふり幅のある人生を体験することは、子供の人生にとって大きな財産になるのだろうと想像する。知っているものからしか判断を下せない人間の宿命。ならば当たり前が少しの角度を変えたら当たり前にならないということをどれだけ体験として蓄積しているのか。それを多く持っている人間のほうが恐らく変化の激しいこれからの世の中で強く逞しく生きていくことが出来るのだろうと想像する。

来年に、そんな沖縄のゆったりとした時間と空間を経験していることを願って本を閉じることにする。

2013年12月8日日曜日

日本人の優秀さ


日本の外で日常を過ごし、日常で接する大多数の人間が日本人以外でいると考えさせられる事の一つに「日本人の優秀さ」がある。

世界で何かを成し遂げるタイプの人間というのは、とにかく自分で物事を決めていく人間であり、朝令暮改になろうとも常に自分で決断を重ね、その以前に行った決断よりもよいベターな選択肢があると判断した時には、周りが困ろうとも、プロジェクトが遅れようとも、より仕事が増えようとも、そんなことはお構い無しに決断をできるタイプの人間である。

ただしその決断には誰よりも責任を持ち、誰よりも深く考え、どんな反論を受けようとも論理的に論破できるだけのロジックを用意する。それでいながらも外からみると「なぜ?」と思うくらい鮮やかに、かつ迅速に決断を下していく。その積み重ねによってより感性が研ぎ澄まされ、リーダーとしての風格をまとっていく。

それに対して日本人で優秀だといわれるタイプは、とにかく空気を読める事。誰が何を欲し、何を望んでいるのかを瞬時に察して、うまく振舞う事ができるタイプ。その空気を読んだ上で決断を下していける人間。

いわゆる優等生といわれるタイプの人間で、常に決定の力の及ぼす枠組みを視点に捕らえ、マジョリティとして生き残るように決断を下していく。小さな頃から教師や親からそのようにすることで「偉いね」と褒められて、その結果同級生からもある程度の尊敬を集めて調整役としてのリーダーの経験を積んでいく。

「クラスの全員が反対しても、俺はこれが正しいと思うからこれだ。」

というような小学生の学級委員が日本中どこを探してもいないのは、この国を覆う空気がなせる業であろう。

典型的な日本人としてその様な時間が身体の中に浸み込んでいる自分にとっては、いまさらながら周囲をバッタバッタと一刀両断するようなリーダーにいきなり変われる訳も無く、どんなに外国人に囲まれる日常でもそれでもやはり空気を読んで調整をしてしまう。

その横で、「お前、この前全然違う事言ってたじゃないか・・・」と思うような決断を下していくパートナーの姿を見ると、「これはどうあがいても日本で育った日本人には無理だし、敢えてそれをやる必要もないから、自分は自分のやり方でボチボチやっていくしかないかな・・・」と目の前に続く厳しい道のりに思いを馳せる事になる。

2012年12月18日火曜日

「情報病――なぜ若者は欲望を喪失したのか? 」 三浦展 原田曜平 2009 ★


戦後に生まれた世代を4つに分類すると、

第一世代 団塊世代 1947-49生まれ その数の多さによって、その後の日本の社会構造はこの世代を中心に形作られるようになる
第二世代 新人類世代 1965-69生まれ  消費文化を作り出す 
第三世代 団塊ジュニア 1971-74生まれ 景気や雇用に翻弄されたロスト・ジェネレーション
第四世代 今の若者

上の世代に比べ、第四世代の根底にあるのは「情報」であるという。
そして、第四世代にとっての希望とは、「人間関係」なのだ。

目次をパラパラみると、いかにも今の「空気」を描き出し、現代日本の閉塞感を打破する言論を見つけることができるのか?という期待感に苛まれるが、これほど読みながら線を引く回数の少ない新書も珍しく、いかにも「広告代理店」的な内容で終わってしまった感は否めない。

過剰に発達したコミュニケーション・ツールと過度に自己実現と煽るマス・メディアのせいで、本来なら自分の背丈に見合った生き方を選択すべき層の若者も、なんだか勘違いという「空気」に乗せられて、努力や犠牲に後押しされることのない、「根拠無き」欲望ばかりが肥大化し、横を見ながら「あいつよりは・・・」と相対的な自己評価しかできない状態に陥りる現代。

横を見ながら一緒に進んできてしまったものだから、自分で考える能力が発達せずに、とにかく、「みんなと一緒よりやや上」ばかりにしがみつく。それがいかにつまらない生き方か、価値観のコペルニクス的な大転回が必要なのは誰もが分かっているのだが、マスに敵視されるのだけは避けたい立場からは、そんな一刀両断的な言葉は期待できるはずも無いと、また一つ諦めを重ねる。

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第一章 性欲が薄れて見えるのは情報化のせい 
/草食系VS肉食系
/年上女性でもOK
/デジタルな女しか抱けない
/耐えている男性
/ジェンダーフリーとレディファーストを使い分ける女子
/草食男子が増えたんで、女子がおいでおいでする
/女子の恋愛
/年上の男性とつきあいたい女子
/メール監視社会・友達村社会
/「合コン」じゃなくて「飲み会」と言う使いわけは?
/「リア充」はマイナスの意味
/奥さんは専業主婦がいい
/負け犬にはなりたくない
/女性には仕事とは違う幸せがあるんじゃないの?と思う
/別にパートとかでもいいです
/同い年の女の子とつきあうと疲れる

第二章 空気を読むから物欲が縮小してしまう
/クルマに憧れた世代、クルマを知らない世代
/バイトをして物を買ったことはない
/モノが消えて、うんちくもいらなくなった
/みんなが持っている物は持っておかないと
/「外交消費」で忙しく、一人になる時間がない
/低価格化時代に育ったから安い物を探しちゃう
/すべてがブランドになってストレスが生まれた
/常時接続でみんな共通の話題をつくりたがる
/まずいと思ったのに、まずいと書けないのは言論統制でしょ

第三章 論じたり語ったりするのはオカルト
/上司には、うまく言ってほしい
/子どもを何人つくるかで盛り上がる
/だよねコミュニケーション
/小林よしのり? 全然知らないです
/思想って崇拝ですよね?
/一生懸命書いたり、語ったりしちゃいけない
/足りないのはコミュニケーション力じゃなくて礼儀
/大学が女子化している
/20人友達がいると20通りのコミュニケーション
/みんな自由だよって教育しているのに、おとなになったら動けない
/自由だけど、それには努力が必要だよと教えてくれなきゃダメ
/仕事を考えさせるテレビが増えた
/自己肯定感を持ちにくい世代
/社会はよくなっているんですか

あとがき