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2015年3月6日金曜日

Nordpark Cable Railway Zaha Hadid 2007 ★★★


恐らく二度とこの街を訪れることはないだろうから、ということで、折角だから見ておこうと、山の中腹にあるザハ・ハディド(Zaha Hadid)によるケーブルカーの駅舎(Nordpark Cable Railway)を見ていくことにする。

イン川を北に渡り、急な斜面の為に十分は道路幅を確保するのが難しかったと想像できる時に一車線のみになる非常に狭い峠道をおどおどしながらあがっていく。上にあがっていけば、どんどん周辺に残る雪の量も多くなり、ゆっくりと走りながら進むこと20分この先はスキーリゾートという感じの場所へと到着する。

その目の前には、スキー客用のリフトがあり、多くの地元民が平日だというのにスノボーやスキーを手にリフトへと吸い込まれていく。その先に見えるのが、麓に位置する街からこの中腹のリフトステーションまで運んでくれる急斜面を走るケーブルカー。

白く染まった山の背景に完全にスムースな曲面を持った軽やかなその構造体はまさに風景を異化させるのに十分なインパクトを持つ。近寄ってみると、曲面でぐしゃりと歪んだように反射する周囲の風景が写りこみ、その滑らかな建築はまるで宇宙から送り込まれ生物のような今まで見たことのない風景を作り出している。

コンピューター上で作り出された滑らかな曲面を人間が作り出す施工という条件のもとに落とし込むと、どうしても何枚かのパネルに分割しなければいけない。そしてパネルとすることによって、そこに生まれる分割線。Landhausplatzでもあったように、人間が立体を理解する時にその助けとなるのが表面上の分割線。この分割線をどのように「デザイン」するかが現代の曲面建築を手がける多くの設計事務所における大きなチャレンジとなっている。

捩れたサーフェイスは、その幅が常に一定ではなく、その為に分割する線分の幅もどうしても変化することになる。2本の線が一点に収束するとそれはパネルと三角形にすることになり、逆に収束せずにある線と交差する部分で線が消えれば不正形な台形となり、なにより全体を覆う線のダイナミズムがそこで止まってしまうことになる。

サーフェイスのコンセプトを踏襲しつつ、かつ施工的、制作条件に沿った適した分割線を見つけることができるか。その試行錯誤の後をこの表面にも感じる。

なんと言ってもこの作品は、大学院時代を共に過ごしたチームメイトと、ザハ事務所時代によく一緒にプロジェクトを手がけていた友人が中心になって完成させた作品でもあるので、よく話しに聞いていただけあって自身としてもなんとも思い入れのある建築である。

ネットで見ていたよりも、実際にこうして3次元に滑らかに曲げられたガラスパネルがこれだけスムーズに接合されて全体を構成している姿を見ると、ある種の感動を感じる。それが装飾としてではなく、しっかりと構造と一体となり、緩やかに内部と外部を隔てており、ケーブルカーの駅舎としての機能も満足しているようである。

頭痛の種であったであろう雪の処理もその形態からなんとか処理仕切れているようであるし、何より完成からすでに5年たってこのクオリティーを保っているのならそれは素晴らしいことだと思わずにいられない。

そして何より、その駅舎の向かいに設けられたビュー・ポイント。恐らくこれもこの駅舎のデザインに合わせて共に設計されたのであろうが、滑らかに外に張り出すようにして眼下に広がるインスブルックの街を見下ろしながら、その先に広がるアルプスの山々の風景は圧巻である。

その風景の中にもう一つこの駅舎と向き合うようにして建つザハ設計のジャンプ台を見つけるのもまたこの場所の楽しみになのかと思いながら、次の街へ向かうことにする。




























2014年4月7日月曜日

グム百貨店 GUM Department ウラジーミル・シューホフ 1893 ★★★★


モスクワの中心地、赤の広場。ロシア正教会の歴史を表す教会建築や、クレムリンの城壁など厳かな雰囲気を醸し出す他の面と対照的に、何とも温かな光を広場に投げかけるのがこのグム百貨店(GUM)。

建築に携わるものとしたら、この赤の広場で一番体験してみたいものがこのグム。建築家・鈴木恂の著書「光の街路」でも紹介されるその百貨店は、モスクワという厳しい気候の元、なおかつ帝政ロシアの首都としての世界に誇る商業施設を作らなければいけないという使命を帯びて、巨大なスケールを併せ持つことで可能になった内部の巨大なアーケード空間。まさに建築内都市空間が実現している。

様々な条件がこの場所で重なり合うことで可能になった、非常に稀な建築空間。いつかその巨大でたくさんの光が注ぐアーケードを体験してみたいと、学生時代から思い描いていた場所である。

パリやロンドン、ミラノの都市内に張り巡らされたパッサージュ空間とは違い、建築の中に閉じ込められたガラスの天蓋。凍てつく冬を持ち合わせるモスクワだからこそ出現した空間だといってよいのだろう。

そのグム百貨店(GUM)。帝政ロシア時代の1893年に完成しており、すでに120年の歴史を持つことになる。中に入る店舗数は200以上となり、現在はロシア有数の高級百貨店として営業されている。ソビエト時代には国営化されたために、品切れを起こさない商店として国民から重宝されたという。

建物自体は200mを超える正面のファサード。そこに3つの入り口が取られ、内部に入ると、長手方向に延びるギャラリーに面して商店が並ぶ形になっている。内部には3列のギャラリーが並んでおり、そのギャラリーの上空にはガラスのアーケードがかけられている。ここから光が降り注ぎ、買い物客は思い思いのところに腰を掛けては、有名なGUMのアイスを味わっている。

ギャラリーの上空には2階、3階と徐々にセットバックし、それぞれはブリッジにて繋がれている。ブリッジ付近は床が緩くアーチを描いているためにフラットではなく、現代の百貨店にはない場所性を作り出してくれる。

このグムを設計したのが、1853年生まれのウラジーミル・シューホフ(Vladimir Shukhov)。今のように建築家や構造家として明確な区分がなかった時代で、技術者でもあり、構造家でもあり、建築家でもあったシューホフは鉄線を格子状に組んで双曲面構造の外観をもつ塔も作り出した逸材である。

同年代に活躍したフランスのギュスターヴ・エッフェル同様、やはり技術者として鉄道や塔などを手掛けることになるシューホフは、鉄の不足を克服し、同時に工期を短縮する工夫を重ねていく。その中で大規模建築の屋根の加工方法の考案も行っており、その結果としてこのグム百貨店のアーケード屋根が鉄とガラスの組み合わせたヴォールト屋根として実現した。

シューホフが生涯かけて取り組んだのが、双曲面構造。これは鉄線を格子型につなぎ合わせていく方法で、鉄の使用量を削減し、かつ強度を維持しながら、全体として括れた曲面を描く美しい構造体を完成させる。この構造は最初給水塔に採用され、その後様々なラジオ塔などにも広まっていく。

ロシア革命後、革命政府からモスクワに建つシャーボロフスカヤのラジオ塔の設計を命じられたシューホフは、1922年に高さ150mの塔を双曲面構造を使って完成させる。その軽やかな形状はソヴィエトという新時代の幕開けを告げる象徴とされたという。

この双曲面構造(そうきょくめんこうぞう)。その構造的合理性の為に、同時代に多くの技術者、構造家、建築家がその実用に向けて様々な試行錯誤を繰り返していた。線材を面として使うことで、双曲面状の構造の強靭さを兼ね備えながらも、材としてはかなり少ない量でできるという経済性を兼ね備える方式、さらに軽やかさを表現することができる。

その利点を理解し、一番最初に実現化したのがこのシューホフであるが、アントニ・ガウディも同じように双曲面の研究をつづけ、サグラダ・ファミリアの一部分にも採用されている。

他にも、スペインのエドゥアルド・トロハ (Eduardo Torroja) や、ル・コルビュジエ、メキシコのフェリックス・キャンデラ(Félix Candela)も、好んで双曲面構造を用いて設計をした。

そんな現代建築の発芽を感じることのできる奥の深い空間がこのグム百貨店。ギャラリーがあまりに長いので、下手にあちこち歩くと相当疲労するために、自分もアイスを買いこんで、ベンチで上空を見ながら味わうことにする。












2014年2月2日日曜日

仁摩町ふれあい交流館 高松伸 1993 ★

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所在地  島根県大田市仁摩町天河内
設計   高松伸
竣工   1993
機能   工房
規模   地下1階、地上1階
敷地面積 63,423㎡
建築面積 258㎡
延床面積 413㎡
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開館当初は予定を上回る来館者を誇ったという仁摩サンドミュージアム。その成功を後ろ盾に、今度は訪れる人に、より積極的に体験してもらえるような施設も併設し、地域コミュニティの中核施設に発展させようという町長の旗振りのもと、仁摩サンドミュージアム竣工から3年の後に、すぐ脇の敷地に建設されることになったのが、この仁摩町ふれあい交流館。

一体何をする施設かというと、ガラス工房を設置し、そこで訪問者が実際にガラスの制作を体験できるというもの。配置もミュージアムが埋められている丘の、アプローチとなる階段脇の断面に馬蹄形の建築を挿入し、丘の上からは馬蹄形をした水面の上を歩いて中心の螺旋階段から建物内部に入っていくというなんとも月9のトレンディドラマの撮影地になりそうな仕掛けである。

二階吹き抜けの空間には階毎に工房とショップが入っているが、螺旋階段で下りてくると、流石に背の高いガラス張りの吹き抜け空間ということもあり、完全に暖房された暖気が上に上がってきてしまい、上手く換気が行われていないようで上階では少々息苦しさを感じる。

訪れる前にはまったく違う敷地に二つの施設が建っているとばかり思っていたが、同一敷地の違う場所に同じ建築家による作品が3年という短い期間の中で二つも建てられたとても稀有な例であろう。それはいうなれば、発注側である町および町長からの建築家への厚い信頼の証でもあろうし、最初の建築の設計に対して、発注側がどれだけ満足したかの証左でもあるだろう。

時代によって求められるものも変わっていくのが社会と密接な関係を持つ建築の宿命。それでもその時々に敏感に時代の流れを感じ、施主の満足する設計を提供する建築家の手腕を評価するべきだろうと思いつつも、世代を超えて残っていく建築の持つ時間の長さから、見つめるべき時間のスパンもまたどれだけ延ばさなければいけないのかを思わずにいられない。







2013年7月20日土曜日

熊野古道なかへち美術館 SANAA 1997 ★


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所在地 和歌山県田辺市中辺路町近露
設計  SANAA
竣工  1997
機能  美術館
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南に下ってそこから東に向かうこちらのルートを選択した理由は、一つは道が整備されていて距離は遠いが時間的に早いことともう一つは龍神温泉で汗を流すこと。そしてもう一つがこのプリツカー賞受賞建築家の作品が見れること。

龍神温泉から走ること数十分。本宮まで続く道から脇に入ってのどかな集落を見ながら走ると、すぐに左手に見えてくるのが、この町立の美術館。この地ゆかりの日本画家作品を展示している施設だという。

一体どういう経緯で、この国にとって大きな意味を持つ熊野の地でのプロジェクトを手がけることになったのかと興味が湧く。


建築家本人が言うように、これだけのどかな風景の中の敷地に建物を建てるときに、如何にその風景に溶け込めるようなものを作れるかと考えたら、「なんでもないようなものを敷地に置くというような方法をとりました」という方法にたどり着くのも納得。

前年ながら次の展示の準備ということで中には入れなかったが、閉まって様があまり関係なく内部が体験できるのもまたこの建物のコンセプトが体現されているということだろう。横に広い風景のなか、半透明なガラスで曖昧に境界付けられた空間が、曲線を使われ自然の一部としてそこに置かれているような建物。

軽い軽い境界線を持った建築が、ふと敷地に自然に置かれている。プリツカー賞を受賞するまでになった建築家のずっと追い求めている空間が、何となく雰囲気として感じられる場所になっている。

しかし「それがどういいのか?」となるとまた難しい。ただしやり続けることが強さにつながるのだろうとまた納得して、再度本宮に向かうことにする。