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2014年1月31日金曜日

展覧会 「アンディ・ウォーホル展:永遠の15分」 森美術館 2014 ★★★

久々の帰国時に、こういう素敵なイベントが重なるのは友人達に合う機会をもたらしてくれるのでなんとも嬉しいものである。

毎回送って頂いている招待券を見てみると丁度東京にいる間にオープニング・レセプションが行われると言うことで、妻ともども仲良くしてもらっているアート関係の友人に連絡を取って、レセプションで落ち合ってその後久々の夕食にでもと約束を取り付ける。

急な熊本行きが入った為に、押し出されるように日付を変えられた妻の希望のディズニーシーの為に、一日歩きっぱなしで棒の様になった足を引きずりながら到着する六本木ヒルズ。せっかくだからと買い込んだお土産のディズニーのビニール袋をやや恥ずかしげにクロークに預け、「良くぞこれほど集めたな・・・」という数のウォーホル作品を駆け足で眺めていく。

思い起こせば建築を始めて一年ちょっとで行った学校の課題のテーマが、「好きなアーティストの為の美術館を設計せよ」ということで、アートのことも建築のこともまったくわかっていなかった二十歳そこそこの時代に、たっぷり悩んで選んだのがこのアンディ・ウォーホルだったのを思い出す。

バスキアを選んだ親友と、若いなりにやれやこれやと本を読んで、建築を通して様々な世界を知ることが出来る喜びを感じ始めていた青春時代を思い出しながら、その設計した美術館での展示作品とした選んだ作品達の視界に捉えながら早足でレセプション会場へと向かうことにする。

毎年新年会にご招待してくださるアート業界の友人と、ギャラリストの友人も駆けつけてくれ、「近場で・・・」ということで、六本木ヒルズの中に新しく入ったというイタリアンで乾杯し、たまたま電話をくれた高校時代の友人も合流してくれて、やっと久々の帰国で、リラックスして東京での楽しい夕食を楽しむことができた。

「会期中にぜひもう一度、今度はゆっくりと」と招待券をくれる友人だが、「あいにく自分は明日から山陰への巡礼の旅に出てしまうので・・・」ということで、その高校の友人にチケットを渡していかにも東京らしく、せまった終電に乗り込む為に地下鉄の階段を駆け下りることにする。

2014年1月28日火曜日

文具調達

帰国の際にすることの定番となったのが、文具屋に行って普段欲しいと願う文具を好きなだけ調達する事。その為に新宿の世界堂と東急ハンズに行く日を必ず確保する事になる。

西新宿の狭い世界堂の店内を行き来し、自分の手にしっくりあうボールペンのペン先の細さを確認し、スケッチ用に黒、赤、青を数本ずつ手に入れる。中国産のシャープペンシルの芯は、どうも微妙に太さが違い繊細な日本の製図用シャープペンシルでは詰まってしまってダメにしてしまうらしく、帰国の際に繊細な日本のシャープペンシルの芯を購入していく。

次にフロアを変えて、同じくスケッチ用に決まった色の色鉛筆を物色し、手頃な大きさの鉛筆削りも合わせて購入。また1階に戻り今度は手頃な太さのマジックを探し出し、違った機能を描き分けられるだけの色を揃えていく。

そんなこんなをしていると、なんだか楽しくすぐに30分ほど過ごしてしまう。日常の中でこんな店に足を運べる東京の当たり前が羨ましいが、こうして偶にしか来れないというのもまた楽しいものだと再認識してレジへと向かう。

2012年11月3日土曜日

帰ってくると

4ヶ月ぶりの日本に戻る。中国のスタッフにはホリデーで戻るかのように見えているようだけど、土曜日に東京に戻って、次の日曜日に北京に戻るまでに会計士さんやら進行中のクライアントさんやら、これから始まりそうなクライアントと敷地を見に行ったりやらで、計15近くの打ち合わせをこなさなければいけず、一つでも段取りにミスがあれば、ドミノ倒しの様に次の打ち合わせに影響ができるので、毎日かなりの緊張感を以って過ごすことになり、決して心休まるホリデーなどではなくなるのが常。

土曜日を最大利用するために、朝の4時に起きて手足の凍えそうな真っ暗な大気の下でタクシーを拾い、すでに活気の出始めている空港を通り抜けゲート前にたどり着いて妻と一緒にややホッとして、登場と共に眠りに着く。壊れていない荷物にホッとし、アクセス特急で都内の事務所に戻る。打ち合わせをしてその後一人だけ直接実家に戻らなければいけないということで、妻のご両親と弟さんが車で来てくれており、妻と一シィに荷物を以って行ってくださった。

事務所で月曜からの打ち合わせに向けて打ち合わせをし、会計士との打ち合わせに必要な資料を整理して鞄に詰めて品川に向かってひかりに乗り換え。こんな時ばかりはと持ってきていた小説を着々と消化しつつ豊橋経由で岡崎へ。

タクシーで実家につくころには19時を回り周囲はすっかり暗くなり、久々の母親の手料理を味わって人心地ついた21時に予定していた通りにプレ・スクールを経営している同級生が迎えに来てくれ、依頼をしてくれている新しい保育所のプロジェクトの概要を聞くために居酒屋へと向かう。

詳しい概要をヒアリングしていると、地元で幼稚園を長いこと経営し、政治家としても活動し、目前に迫る衆議院選へ出馬を予定している別の同級生も急がしい間を縫ってやって来る。忙しい選挙活動の動向を聞きながらしばらくお酒を飲みながら一緒になってプロジェクトの概要を聞いてくれたり、経験者ならではのアドバイスをくれたりする。

地元の様な中規模の地方都市では、JTや商工会議所などの集まりでかなり同年代の横の繋がりができるようで、このプロジェクトの賃貸部門を担当してくれる不動産を手がけているクライアントの友人も合流し、話がつきることなくすでに深夜を回る。

代行を呼ぶ間にもう一見とお店を変えて、「明日は7時から敷地を回れればと思っているので」と渡されたスケジュールは一時間後とにびっちりと打ち合わせが入っており、いくら時間が厳しいといってもすでに2時近いし・・・ということで、8時集合に変更して、代行にて実家に送ってもらう。

まだ起きて待っていてくれた母親と一緒に、妻から頼まれていた引越しで消えてしまったティファールを探すために段ボール箱を開けては閉めてを繰り返し、やっと見つかり寝床に着いたのはほぼ3時。移動距離に比例するくらいに密度の濃い日本初日。