ラベル プラネタリウム の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル プラネタリウム の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年2月5日金曜日

柿本神社(かきのもとじんじゃ) 不詳 ★


--------------------------------------------------------
所在地  兵庫県明石市人丸町
主祭神  柿本人麻呂朝臣
社格  旧県社
本殿の様式  一間社流造銅板葺
別名  人丸さん・人丸神社
創建  伝・仁和3年(887年)
機能  寺社
--------------------------------------------------------
明石公園からすぐの人丸山の頂上に鎮座しているのが、歌聖と仰がれる柿本人麻呂を祭神として祀る柿本神社(かきのもとじんじゃ) 。高台となっている境内からは目の前に広がる明石海峡とそこにかかる明石海峡大橋が美しく見渡せる。

その視界を遮るかのようにそそり立つ塔は一体何だろうかと思って調べると、明石市立天文科学館ということで、左手に見えたのはプラネタリウムの丸い屋根の様である。





2014年4月19日土曜日

大栄ビルヂング ポール・ルドルフ 1973 ★


--------------------------------------------------------
所在地  愛知県名古屋市中区栄
設計   ポール・ルドルフ(Paul Rudolph)
竣工   1973
機能   オフィス
--------------------------------------------------------

建築を学ぶものであれば、学生時代にヒーローと呼べるような建築家がいるものである。一枚のスケッチや平面図、パースなどから圧倒的に心を奪われる建築作品。自分にとっては、それがポール・ルドルフ(Paul Rudolph)であった。

20世紀とともに生きたアメリカ人建築家。微妙な高低差によって建築の中に豊かさ空間を作り出し、それを独特の断面パースによってそこで起こるであろう豊かな人々の活動を描き出す。そして全体はブルータルでいながら、人の手が入ったと思わせる絶妙なプロポーションを描き出す。

そんな訳で横に彼の断面パースを置きながら、夜な夜な製図版に向かっていた頃のことを思い出す。そしてかつて訪れたアメリカのイェール大学の建築学部の建物もやはりその後学長となるルドルフによる設計で、そこで大学院時代を過ごしたパートナーに説明してもらいながら建物のあちこちを回っては現役の学生の作業を見て回った。

そしてシンガポールでのルドルフの傑作である「The Concourse」。シンガポールの気候に合わせ、構造体にボックスとスラブが突き刺さるようにし多様な開口部をもうけることで、豊かな外部空間と自然喚起をもたらす美しい高層ビル。

そんなルドルフ体験を思い出しながら足を向けたのは、彼にとって日本初となるプロジェクト。それがなぜこの名古屋にあるのかは謎であるが、それが40年以上たった今も現存しているのはありがたいことである。

それにしてもこの建物。なかなか情報が無く正確な場所が分からず、なんども周辺をぐるぐるしながらやっと見つけることができた。世界的な建築家が日本の込み入った都市条件の中でいったいどんな解法を見せてくれるのか?そんなことを期待していたが、やはり日本の資本主義の力は強力で、周辺の建物同様に、敷地いっぱいに建築面積をとり、斜線制限にそって外形が決められて、後は入り口と表層の勝負という感じ。

敷地を見ればやれることは限られていたのだろうと納得してしまうが、内部には何か特別な空間でもあるのだろうかと少々の期待を残して敷地を後にすると、渡る道の先に先ほど寄ってきた名古屋市科学館のプラネタリウムがデカデカと宙に浮いている姿を目にし、これこそ都市の美しさだなと納得して先を進むことにする。








2014年4月8日火曜日

文化人アパート セブンシスターズ 1954 ★★


二つ目となるセブンシスターズは西側に流れるモスクワ川の近くで動物園を中心とした豊かな緑が広がるエリアに建つ、文化人アパート。ロシア外務省から北上して到着するこの文化人アパートまでにはアメリカ大使館があり、その前には大きな植栽用と思われるコンクリートのプランターが並べられている。

「かなりごっついもの作るんだな」と眺めていると、そういえば少し前まではバリバリの戦争状態にあった大国の首都。その憎き敵国であるアメリカの拠点であるこの地には、良からぬことを考えて突っ込んできたりする強硬派もいるだろうから、その防御の為でもあるのでは?と頭に浮かび、そんなことをオーストラリア人と話しながら先を進む。

この文化人アパート。先ほどのロシア外務省のように、上へ上へと細く伸びるゴシック刊は少々弱まり、なんともボックス感が強い気がするがその前方に公園が整備されており、かなり引いたところから建物を眺めることができるようになっている。

設計は建築家のパソーヒンとムンダヤンツで、高さは156mと言われている。その名の通り、かつては文化人と呼ばれる人たちが住んでいたという。今では文化人と聞くとかなり怪しい感じがするが、第二次大戦後のソビエトの文化人と言えば、さぞや華々しい面々が住んでいたに違いないと想像しながら建物を見上げる。

そして次に向かうのは、事務所のロシア人スタッフが進めてくれたモスクワ・プラネタリウム(Moscow planetarium)。なんでも最近リノベーションを施され、かなり綺麗になった観光名所であるという。



しかし残念ながら本日は休館のようで、銃を携えた警備員に「明日は開いているか?」と英語で尋ねるが、全く理解されず断念して先を進む。

次に寄ったのは、モスクワ動物園(Moscow Zoo)。1864年に開業したロシア最古の動物園であり、入り口からも内部の豊かな緑が見て取れる。オーストラリア人がまったく興味を示さないので、動物園好きとしては後ろ髪をひかれる思いをしながら、中に入ることは諦めて入口向かいにある地下鉄の駅へと向かう。

モスクワの地下鉄でも古い時代に整備された数本のラインは見事な装飾を施され、各駅ごとに特徴のある雰囲気を醸し出している。一日の乗降者数が世界有数で、電車を降りてからエレベーターにたどり着くまではかなり時間を要するが、その時間にふと上を向くと、博物館張りに豪華な装飾と照明を持った駅のインテリアを眺めると少しは気分も張れるものであろう。

そんな素晴らしい駅舎の中でも有名なのがこのMetro クラスノプレスネンスカヤ。昨日乗り換えで立ち寄った駅であるが、こうして目的を持ってくるとやっと場所感覚が得られるために、電車には乗らないが内部を見学するために中に入っていき、ピークを過ぎてまばらになった人の中で内部の写真を収めることにする。

東京でこんな風に地下鉄の駅で写真を撮っていたらさぞや嫌な顔をする人も多いのではと思いながらエレベーターで再度地上に上がってくると、壁に貼られているポスターの中にX JapanのYoshikiのコンサートのものを見つける。こんなところでも根強い人気を博しているとはと驚きながら次のシスターを目指して南に向かうことにする。