ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年1月30日木曜日

「現代都市理論講義」 今村創平 オーム社 2013 ★

IFCモスクワで大きな都市計画のコンペを手がけている。オフィスで進行中の美術館やオペラハウス、高層マンションなどのプロジェクトと違って、何十年もかけて人々が生活し、仕事をし、人生の中の一ページを刻んでいく都市を作る計画である。

世界中に生まれてきた様々な都市。ローマや京都、ロンドン、NY、パリ、北京、シンガポール、東京などと様々な都市が歴史の中で生み出され、多くの建築家がまた都市の可能性を想像し多くのアイデアを描いてきた都市計画。

人々を惹きつけ、寄せ付け、低密度の田舎では享受し得ない高密度の都市の魅力。老いも若きも男も女も、誰もが自分の胸に夢や想いを秘めて都市へと足を運び、様々な出会いを繰り返し、嬉しいことも悲しいことも、故郷では見ることの無かった都市の風景の中で経験していく。

もちろん都市という巨大な生命体の様に、行政から経済、交通から環境まで様々な要因が複雑に絡み合って生み出され、そして使われる中で再度予測不可能に変化成長していくものであるだけに、FAR、密度、プログラム配置、都市交通、道路、都市軸、環境、熱、風、コミュニティなどなど、様々なことを想定して設計を進めていくことになる。

それらの全ては、どんな都市を理想とするかによってバランスが変わってくる。そこに都市の理論が生まれる。コンペの開始から提出までの4ヶ月。その間に歴史上に現われた様々な都市論を学び、その成功も失敗も学び、それを踏まえてネットの出現によって多くの前提が覆りつつある現代の都市にどのように新しい在り方を提示できるのか。一日一日、多くのことを学び取り、多くのことを試してみる時間が続く。

そんなタイミングで見つけたこの一冊。いい機会だからと手にとってみる。あまりに多くの議論が出され、試された60-70年代。世に存在する様々な職業の中でも恐らく最も真剣に都市がどうあるべきかを考えている建築家達が、一体に何を問題と考え、どういう手段を講じて、どのような都市の風景を求めてきたのか。それをざっくり復習するのには非常に適した一冊であろう。

特に日本の建築文脈においては、なかなか目にすることの無い「シチュアシオニスト」に1章を割いているのはロンドンのAAスクールにて建築を学んだ著者らしい視点であろう。

しかしどうしてもこれだけの内容を一冊で網羅しようとしたら、必然的に各項目に対する密度も薄くなり、都市理論の入門書、もしくはあとがきでも言うように、大学の低学年向けの講義の様な内容に留まるのはしょうがないことだろうと思わずにいられない。

講義であるからこそ、著者の都市に対する提案や理論は提示されず、徹底して20世紀後半に起きた都市に対する建築界での動きを紹介するのにとどめる。

コンペで自分達の信じる都市の在り方をデザインする数ヶ月の時間は、とてつもなく濃密に、そして真剣に都市の理論を理解し、自分達の考えを構築させてくれる。ARUPという世界トップのエンジニアとの議論の中で、自分達の計画の持つ弱さも理解しつつ、それでもどんな都市空間を求めるのかを明確にしてデザインを進めていく。

是非ともコンペが終わった暁には、このコンペで学んだことや集めた資料を整理しておけば、この本よりもより現代によった世界の都市計画の進行形を伝えられることが出来るのではと思わずにいられない。
----------------------------------------------------------
序 都市の時代と都市の思想

第1章 近代都市計画とその限界
1-1近代都市
/1-2「田園都市」
/1-3「田園都市」の広がり
/1-4ル・コルビュジエと「輝く都市」
/1-5CIAMとアテネ憲章
/1-6近代都市整備の試み
/ほか

第2章 メタボリズム
2-1「メタボリズム」グループの結成とその背景
/2-2 「メタボリズム」の父としての丹下健三
/2-3 「メタボリズム」の結成
/2-4 菊竹清訓
/2-5 黒川紀章
/2-6 槇文彦
/ほか

第3章 アーキグラム
3-1《アーキグラム》誌
/3-2「プラグイン・シティ」
/3-3「ウォーキング・シティ」と「インスタント・シティ」
/3-4「アーキグラム」の成り立ち
/3-5 ロンドンの文脈
/3-6 レイナー・バンハム/ほか

第4章 クリストファー・アレグザンダー
4-1論考「都市はツリーではない」
/4-2「初めに都市ありき」との共鳴
/4-3ウィトゲンシュタインに見る理論と実践の関係
/4-4他の分野への応用
/4-5『パタン・ランゲージ』
/ほか

第5章 アルド・ロッシ
5-1アルド・ロッシの出自と実作
/5-2ロッシのドローイング
/5-3『都市の建築』
/5-4「都市的創成物」と「類型」
/5-5素朴機能主義批判としての「都市的創成物」
/5-6「場」の持つ重要性
/ほか

第6章 シチュアシオニストとニュー・バビロン
6-1「シチュアシオニスト」の成立
/6-2ギー・ドゥボールと『スペクタクルの社会』
/6-3「シチュアシオニスト」が提示した概念
/6-4「断片」
/6-5コンスタントの「ニュー・バビロン」
/6-6ヨナ・フリードマンの「空中都市」
/ほか

第7章 ロバート・ヴェンチューリとデニス・スコット・ブラウン
7-1ヴェンチューリとスコット・ブラウンの出自
/7-2『ラスベガスから学ぶこと』
/7-3テーマパーク都市ラスベガス
/7-4ラスベガスでのリサーチ
/7-5「ダックと装飾された小屋」
/7-6フィールド・ワークと記述の方法
/7-7商業施設の発見
/ほか

第8章 マンフレッド・タフーリ
8-1マンフレッド・タフーリの出自
/8-2建築史に専念した建築史家
/8-3マンフレッド・タフーリの論考
/8-4アメリカにおける都市計画
/8-5ロシア革命後のソヴィエト
/ほか

第9章 コーリン・ロウ
9-1コーリン・ロウの出自/9-2「理想的ヴィラの数学」/9-3コーリン・ロウの師:ルドルフ・ウィットコウアー/9-4「透明性」/ほか

第10章 デリリアス・グローバル・シティ:レム・コールハースと現代都市
10-1レム・コールハースの出自とAAスクール
/10-2「OMA」の設立
/10-3『錯乱のニューヨーク』
/10-4『S,M, L,XL』とシンクタンク組織「AMO」
/10-5『プロジェクト・ジャパン』
/10-6プロジェクトと都市の関わり
/ほか
----------------------------------------------------------

2013年8月25日日曜日

「オリンピックの身代金 上・下」 奥田英朗 2011 ★★

----------------------------------------------------------
第43回(2009年) 吉川英治文学賞受賞
----------------------------------------------------------
夜、家に帰ろうと駐車場から自転車に乗り込んでオフィスの前を曲がって胡同に入っていく。東京の様に夜も昼間の様な明るさを持つ街ではない北京の更に毛細血管の様な胡同の中は夜になればすっかり闇に包まれる。

そして最初の角を曲がるところで、暗闇の中にうずくまり、道に面した扉を開けばすぐにベッドが置いてあるという、なんともシンプルな家の中から伸ばされたホースの口を側溝のグレーチングに向けて、流れ出る水を使って気持ち良さそうに豪快に歯を磨いているおじさんがいる。もちろん上半身は裸。

周りを気にする様子も無く、あかたもここで歯を磨くのが、朝に太陽が昇ってくるのと同じくらい当たり前かの様にゴシゴシと音が聞こえてくるくらいに磨いている。恐らく日が昇るのと同じくして目を覚まし、この胡同内部なのか外なのかは分からないが、肉体労働と呼ばれる仕事場で身体を動かし、家に戻って夕食を食べ、日が沈んだこの時間には当たり前の様に一日を終えようとしているのだろうと勝手に想像する。

日が沈んで暗くなったら寝る。21世紀のメトロポリスとなった北京のど真ん中に置いてもその当たり前は変わらない。とてもシンプル。恐らくそういう生活なのだろう。起きて、働き、食べて、身体を動かし、一日を終えるために寝る。まさに人夫(にんぷ)と呼ばれる力仕事に従事する労働者。

プロレタリアと呼ばれることも意識せずに、不満はありながらもそれなりに楽しく一日を終えていくのだろうと勝手に想像する。マルクス主義に煽られるようなブルジョワジーとの争いを経ることなく開催された2008年の北京オリンピック。恐らく東京の時とは比べ物にならないほどの人海戦術で整備が進められ、遅れてきた大国はここぞとばかりに近代化を一気に進め国際社会の表舞台へと進み出る。

スポットライトが強烈であればあるほど、床に描かれる影もまた漆黒の闇の様に深く、多くの人夫達の献身の上にその虚構が積み上げられたのだろうというのは想像に難くない。オリンピックと言う舞台が、その時の主人公である国が何を目標に掲げているのかを照らし出す。国民が同じ夢を持つことがまだ可能かの様に「同一个世界同一个梦想」と掲げられたスローガン。

「一つの世界、一つの夢」

2020年のオリンピックが二回目の東京に決まりそうなそんな時期に、東京中が埃にまみれながらも、戦時中とは違った意味での「お国の為に」という国民共通の夢の中で時間が進んでいた時期の話を読む。

50年前の1964年の東京オリンピックは、戦後から復興を遂げ、国際社会に復帰する宣言の様に行われ、持てる才能を適材適所に登用しながら、東京を世界の大都市へと変貌させた国家事業。

オリンピックという、国家が大手を振って税金を湯水の様に投下できる大義名分。その流れ落ちる金の先には、数多の利権に群がる企業群。オリンピックと言う一ヶ月の祭典の為に、それまでの何年にも渡って麻薬の様にある種の思考停止に陥りながら、近代以前には決して行われることの無かった都市改造を可能にする。

その光のど真ん中に立つ東京。それは同時に、東京と地方との格差を拡大する。と同時に、東京の中でも上部構造に所属する人間が享受する利益に対し、それを支える下部構造に所属する労働者との格差を助長することにもなる。

そんな成長する国家の中での摩擦に、労働階級の兄の死を契機に葛藤しだす主人公。その怒りの矛先は、シンボルとなるオリンピック開会式。

犯人も分かっていて、手口も明らかにされている。その為に最初は「何を読まされているのだろう?」と訝しみながら読みすすむ。時間が前後するので、筋を掴みながらついて行きのに苦労するが、「もう犯人は分かってるんだろう?どうやって最終的な犯行に及ぶかをドキドキさせながら引っ張るのか?」なんて心配してしまうが、そこはさすがベストセラー作家の腕の見せ所。結局飽きることなく、その上犯罪者である主人公に感情移入までさせられながら最後まで読みきってしまう一冊。

さぁ、次のオリンピックに向けて、東京にはどんな光と影が現れるのだろうか楽しみだ。

2013年5月15日水曜日

「さよならドビュッシー」 中山七里 2010 ★★★★


このミステリーがすごい大賞受賞作の中では圧倒的な作品だと思わずにいられない、圧倒的な言葉と内容。そしてピアノという世界の疾走感とリズム感。読み終えた後に、久々にショパンとドビュッシーでも聞くような週末を過ごしたくなるような一作。

ミステリーとしての伏線のしき方。楽譜の上に置かれた音符が連なることで音楽を奏でるかのように、前半から散りばめられた伏線たちが一つ一つ絡み合いながら、徐々に一つのメロディをつむぎだす。時に強く、時に速く、時に優しくとリズムを変えながら。

「楽器を奏でるのはもっと楽しいはずなのに、何でこんなに苦痛なのだろう?音楽ってこんなに気まずい思いをしなきゃいけないモノだろうか?」

バレエでもピアノで、どの世界でも上を目指そうと決めたときから開始する痛みを伴うような苦痛の日々。ピアノという10代の時間の過ごし方がその後のキャリアに直結するような世界。

「夢を見る夢、お前が追っているのは起きて見る夢。そいつが現実の中でどれだけ足掻いておるか」

自我が芽生え始めた時代に、これだけストイックに自分を追い詰め、楽譜に向き合いながら、それでも努力した誰でもが評価される訳ではなく、そこには厳しい優劣が決められ、勝敗が決定される。そして勝ち残ったものだけが次のステージに上がっていける厳しい世界。

「ピアノ弾きとピアニストという言葉があって、この二つは似ているけど全く違うものなんだ。ピアノ弾きは譜面通りに鍵盤を叩くだけ。しかしピアニストは作曲家の精神を受け継ぎ、演奏に自らの生命を吹き込む。もちろん、そのためには血の滲むような努力が必要だ。」

好きで足を踏み入れた世界。気がつかないうちに目を送ることになった上の世界。限られた席を目指す数多のライバル。より高いところからの風景が見たければ、他の誰にも負けない実力を身につけるしかない。

「重要なのはその人物が何者かじゃなくて、何を成し遂げたか」

誰もが口には出さないが、一日でも早く「勝負」で優劣が決まる、勝敗が決まる日々から解放され、自分の立場、自分のポジション、安定した生活が保障されてほしいと願うものである。それは楽だから。常に自分を追い込み、ストイックに時間を過ごし、周りが楽しそうに過ごす姿を横目に見ながらも、それでもまた自分自身に向き合うことになる。

「称賛と興奮は一瞬で治まるが、嫉妬と冷笑はいつまでも持続する」

ネット社会に突入し、無制限の刺激に晒された人類は、その欲望の消費活動も加速させ、一つの刺激に飽きてはすぐに次の刺激をさ迷い歩く。

「我が身を不幸と信じる人間が嘆き悲しんだ後に思いつくことは、自分以上に不幸な人間を見つけ、その不幸度合いを確認することだ」

人生はいい時もあれば、悪いときもある。良い時は上を見て歩けるが、悪いときは必ず下を向くことになる。その時にどういう風に時間を過ごすかがその人の人格を決定させる。

「その職業を選択した時点でその道のプロになろうと努力するのは最低限に義務だと僕は思います」

生きる糧なのか、それともプロフェッショナルとして二本の足で立ち、社会に対して正々堂々と生きていくのか。

「皆と違う道を歩いているのは、皆と一緒に歩くことが怖いからじゃないか。表現者だとかクリエイターだとか、自分は一般大衆とは違うんだと気取っても、結局は闘うことから逃げている只の臆病者じゃないかと思ったんだ。他人と違う道を歩けば、確かに違う景色を見られる。しかし、その道は未舗装の曲がりくねった道だ。泥沼もあって足を取られる。どこに到達するのか道標もない。自分のことは棚にあげておいて卑怯なようだけど・・・自分だけが特別な存在だというのは傲慢で、そして臆病な者の虚勢に過ぎない。」

人が社会的存在であるならば、その存在意義もまた社会なくしては成り立たない。自分の本来の姿を見ることを恐れ、また見られることを恐れるあまり、「競争」や「勝負」から避けているうちに、社会からどんどん距離を置くことになる。

「大事なのはどんな道を歩くかではなく、どう歩くかである。」

「逃げるのは確かに楽だ。でも、それだけだ。楽をして得られるものは怠惰と死にゆくまでの時間しかない。」

「すべての闘いはつまるところ自分との闘いだ。そして逃げることを覚えると余計に闘うのが怖くなる。」

とことんストイックな言葉達。中高生の部活動の先生が読んだらよっぽど意味があるだろうと思わずにいられない。

「技術は必要だけど聴衆はそんなものを聴きたいわけでない。聴衆はどんな超絶技巧をみせられても、感心はしても感動はしてくれない。人が感動するのはいつだって人の想いだからね。その想いを形にしたものが芸術性だ。」

建築の世界でも陥りやすいこの穴。技術という積み重ねが聞く分野に足を踏み入れ、費やした時間の長さで評価を得ようとするのに対して、いつまでも潔く、自らの信念と感性によって負けるのも厭わずに勝負し続けること。その中でしか、見えてこない本当の自らの想い。それを見つめられるまで時間を費やせるかどうか。

「現代は不寛容の時代だ。誰もが自分以外の人間を許そうとしない。咎人には極刑を、穢れた者、五体満足でない者は陰に隠れよ。周囲に染まらぬ異分子は抹殺せよ。今の日本はきっとそういう国なんだろう。いつころからか社会も個人も希望を失って皆が不安がっている。不安が閉塞感を生み、その閉塞感が人を保身に走らせる。保身は卑屈さの元凶だ。卑屈さは人の内部を腐食させ、そのうち鬱屈した感情が自分と毛色の違う者や少数派に向けられる。彼らを攻撃し排斥しようとする。そうしているうちは自分の卑屈さを感じなくて済むからだ。立場の弱いものを虐めたり差別するのもたぶんにそういう理由だろう。不正を糾弾された人間に問答無用で罵声を浴びせる、頂上を極めて者の転落を悦ぶ・・・全部同じ構造だ。」

日本全国を覆う閉塞感。誰もが感じるその圧迫感。いつからこんな国になってしまったのか。その「空気」を代弁する作者。

「逃げることを覚えるな。闘いをやめたいと思う自分に負けるな」

なんともかんとも、ミステリーという形を借りた作者の人生論が散りばめられた言葉達。それらがどれもストイックで、そしてまっすぐ。啓蒙本のように借りてきた言葉ではなく、自分で見つけた言葉だからこそ物語の中で彩りを放つ。恐らくとてつもなく物事を考えながら、密度の濃い時間を過ごしているのに違いないと思わずにいられない。


--------------------------------------------------------
『このミステリーがすごい!』大賞第8回(2010年)大賞受賞作
--------------------------------------------------------

2013年4月24日水曜日

「完全なる首長竜の日」 乾緑郎 2012 ★

あまりにも前評判が良さ過ぎたので期待値が上がりきってしまったというのは否めない。

相当な前半で敷かせる最も大きな布石「胡蝶の夢」。

人が蝶になった夢なのか?それとも蝶が人になった夢を見ているのか?

現実と夢。
あるいは二つの現実。
意識と無意識。
自分の意識と他人の意識。
その二つの時間を行き来する。

そんなテーマは様々な人物の想像力を刺激し、色んな物語としてこの世に生み出された。

「インセプション」
「パプリカ」
「エクサバイト」
「シックスセンス」
「千年女優」
・・・

「胡蝶の夢」でも扱われた、
そんな人類に取って恒久のテーマである意識を扱うだけあって、
物語の途中部分でそのネタは大よそ分かってしまう。

「ひょっとして、これは主人公自身が寝たきりなのでは?」と。

それが分かった後で、どうやって引っ張るか?
その先に行くもう一つの仕掛けがあるか?

といえば、上記の物語を超えては行かなかったようで、
わざに溺れたように、ダラダラと惰性で進む後半部分はかなりしんどい。

意識の問題に対して我々人類は「胡蝶の夢」のからどれだけ先に進んだのだろうと想いをめぐらさずにいられない。


--------------------------------------------------------
第9回(2010年) このミステリーがすごい!大賞受賞
--------------------------------------------------------

2013年4月13日土曜日

「雲のむこう、約束の場所」新海誠 2004 ★



「ほしのこえ」の新海誠が挑んだ長編アニメ。

個人製作から大きなチームでの製作に移行し、その規模も世界観も作画の緻密さもより一層向上した様である。

一見なんのこともない青森の風景だが、実は戦後に津軽海峡を南北にして国が分断され、青森から見える北の風景にはすっくりと聳え立つ一本の巨大な「塔」。その直線が自然を背景にした中でどう人工性を描き出すかは言わんまでもないが、また同時に様々な人にとって目的地や思い出など、様々な意味を持つ「塔」の効用を良く描いている。

ローカル線を待つほのぼのとした風景や、木造校舎の中学校などのレトロな雰囲気と、位相変換を行い異宇宙との接合を行うような科学的発展の異種勾配がつくりだす異様な世界観は前作同様で、そこに中学生であった主人公達の揺れ動く感情が重ねられる。

乗り物のデザインや建物のデザインなど、前作よりも独自性が見えてきているように感じられるが、つっこみどころ満載のストーリーはあまり作りこまないという作者の意図も感じられるが、同時にその感傷的でナイーブな世界観もまたより一層加速されているようである。


--------------------------------------------------------
スタッフ
監督 新海誠
原作 新海誠
脚本 新海誠
キャラクターデザイン 田澤潮
絵コンテ 新海誠

キャスト
吉岡秀隆 藤沢浩紀
萩原聖人 白川拓也
南里侑香 沢渡佐由理
石塚運昇 岡部
井上和彦 富澤
--------------------------------------------------------
作品データ
製作年2004年
製作国日本
配給コミックス・ウェーブ
上映時間91分
--------------------------------------------------------

2013年3月7日木曜日

「Perfect Blue」今敏 1998 ★★


今の日本ではどこにでもありそうな、アイドルから女優へと転進を遂げていく主人公とその周りに蠢く様々な人の想い。

ふわり、ふわりと浮遊していく姿や、夢がいつの間にか現実へと浸食していく感覚はまさに後の「パプリカ」への発展を暗示する。

ネットとバーチャルの世界で個人としてつながることが可能になったアイドルとオタク。目覚めたと思ったら、また夢の中。その入れ子構造の中で、どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが自分なのか次第におぼろげになる境界線。

底の無い沼に引き込まれるような、「ネット」という匿名世界によって解放されら人々の「欲望」。曖昧になった境界線は、自分の好きなように解釈され、引き直される。どこまでも自分の意識の世界だと。

現実の世界ではそれこそ起こりそうなサイコ・スリラー物。それがアニメの世界になることでその異常性がより強調される一作。

--------------------------------------------------------
スタッフ
監督 今敏
原作 竹内義和

キャスト
岩男潤子 霧越未麻
松本梨香 ルミ
辻新八 田所
大倉正章 内田
秋元洋介 手嶋
--------------------------------------------------------

2013年1月28日月曜日

「パプリカ」 今敏 2006 ★★★★


アニメにしかできないこと。アニメにしか描けない世界観。それよって様々なクリエイターやデザイナーに刺激を与える。その価値観を意識的かそれとも無意識的にかは別にしてしっかりと見据えていたからこそ、現在の日本のアニメ文化、ジャパニメーションがこれだけ世界中で文化として認知されているのだろう。

バイオハザードのようにCGが如何に実写に近づくかではなく、アニメというヴァーチャルな世界の中だからこそできり映画の撮り方。そのコマ割り。世界観の構築。未来の在り方。

そういう視点から見ていくと、歴史上評価されてきた、もしくは偉大な映画監督に影響を与えた作品というのはやはり限られてくるであろう。

映像作品として歴史に名を残すにはその世界観、ストーリー性、撮影方法などすべてにおいて高いレベルを要求されるが、その全ての点で高得点を獲得し「名作」として名があがってくるのはいつでも「アキラ」、「攻殻機動隊」、「宮崎駿の一連の作品」とお決まりになっていたところに、21世紀になってサマーウォーズなどの作品が新しい風として名乗りを上げてきているというのが現状である。

建築の世界で生きていると、このように未来を描く想像力豊かな映像作品はいつでも様々なところで引用され、「知っておくべきこと」として頭の中にインプットされている。そして知らず知らずの上でその動向にアンテナを張っていることが常となるのだが、ついついのサボり癖で、0年代初頭までしかキャッチアップしてなかった。

しかし10年代に突入し、その世界でもほぼプレイヤーが固まってきた感のある最近。重い腰を挙げてこの十年のアニメ事情を勉強するかと調べ出すと、上記の名作を超える評価を得たと、いろんなところで取り上げられているのがこのパプリカ。

原作含め全くの勉強不足・・・。映画の制作プロダクションをしているフランス人の友人と食事をしている時にこのパプリカの話になるとやはり知っている様子。このフランス人の友人は日本オタクでとにかく物知りな上におしゃべり好きなので、何か話をふってあげるとずっと喋っているので、その間に出てきた食事を食べ進めるという作戦が有効である。

それはさておき、パプリカ。人の夢に入り込むというインセプション的な内容にも関わらず、その世界観は科学の進化した未来という感じからは程遠く、あくまでもアキハバラ的なオタク世界の延長線上に位置し、その映像もまた見事。各コマの中で、ここまでディテールで破綻することなく映像を作り上げるには相当な想像力を要するだろうとゾッとする。オリエンタルな雰囲気も併せ持ってアメリカでの上々な興行収益というのも納得。

ストーリーは原作の筒井康隆に依るのだろうが、それに目をつけ、キャラクターに真の命を吹き込み、行の間に見える360度の世界を構築していくそのクリエイティビティティー。監督の今氏が脳裏に見たであろう毒々しい世界がとても新鮮。とにかく音楽含めて素晴らしい。デジタルの刺激に慣れすぎて何も新しくない世界において、それでも圧倒的な刺激を与えてくれて、アニメのあるべき姿を見せてくれる必見の一作。


--------------------------------------------------------
スタッフ
監督 今敏
プロデューサー 丸田順悟
制作 プロデューサー 豊田智紀
企画 丸山正雄
原作 筒井康隆
脚本 水上清資・今敏

キャスト
林原めぐみ パプリカ/千葉敦子
江守徹   乾精次郎
堀勝之祐  島寅太朗
古谷徹   時田浩作
大塚明夫  粉川利美
山寺宏一  小山内守雄
田中秀幸  あいつ


2012年3月11日日曜日

「鉄の骨」 池井戸潤 ★★★★



東京のスカイラインを作り出す高層ビルが立ち並ぶ景色。その景色に圧倒され自分もその景色作りを担いたいと希望を胸にゼネコンへの就職を希望するが、最終面接で担当役員から言われるのは、

「うちのような中堅ゼネコンに都庁の様な建物が建てられると思うか?うちが建てるのはそこらへんに建っているなんの変哲もないビルだけだ。それでも夢があると思うか?」と。

それでも答えるのは、

「なんの変哲もないマンションにも、そこに生きる人の夢が詰まっている」と。

このやり取りが心の琴線に触れない建築関係者はいないのではと思うほど、建築に関わる人たちのリアルを描いている。大学で名作と言われる歴史を彩る建築があたかも最上のものとして教育にそまって社会にでてぶち当たらる葛藤。

しかしそこで配属された部署で、いかに今まで教えてこられた、自分が知ってる建築の世界が実は建築のほんの一部分でしかないと学ぶことで、妥協ではなく、さらに上位の視点をもって建築に携わることの充実感。と割り切ることができるかの更なる葛藤のループ。

高度成長を支えてきたのは、間違いなく全国に待ちきらされた公共事業であって、それを束ねるゼネコンとその下にあまたぶら下がる下請け業者。その何百万という人への待遇を厚くすることでなりたってきた社会構造をたった一つの「談合」という象徴で表し、社会の変化から「脱談合」へと体制を変えなければいけない大きな転換点に立つ人々が、「悪か必要悪か」という視点だけでなく、会社の中で生きる一人の人間としての葛藤と、それを外から見る純粋な視点の暗喩として使われる彼女の葛藤も重なり、綺麗ごとだけでは決して物事を前に進めることができないと突きつける良書。

建築を学ぶ学生にもぜひ読んでもらいたい一冊。
----------------------------------------------------------
「鉄の骨」  池井戸潤 講談社文庫 2009 ★★★★

目次
第一章 談合課; 
第二章 入札; 
第三章 地下鉄工事; 
第四章 アクアマリン; 
第五章 特捜; 
第六章 調整; 
第七章 駆け引き; 
最終章
----------------------------------------------------------
第31回(2010年) 吉川英治文学新人賞受賞
----------------------------------------------------------