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2016年2月5日金曜日

鶴林寺(かくりんじ) 伝・589 ★


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所在地 兵庫県加古川市加古川町北在家
山号  刀田山(とたさん)
宗派  天台宗
創建  伝・589
開基  伝・聖徳太子
別称  播磨法隆寺・西の法隆寺
機能  寺社
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百寺(第六巻 関西)
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今夜の便で東京に向かう予定で、なおかつ昨日立ち寄る予定であった相楽園が閉館であったため、これを見逃してこの地を去るのも憚られるというので、そろそろ神戸に向かって移動を開始する。せっかくだからその道すがらにある百寺の一つに数えられる鶴林寺(かくりんじ) に立ち寄ることにする。

聖徳太子によって開山されたとする伝承を持つ寺で、創建については不明であるが、相当に長い歴史を持つことは確かなようである。「西の法隆寺」とも呼ばれるだけあって、境内にはいくつもの塔頭などが立ち並び、全体としては相当な規模を誇ることが見て取れる。この鶴林寺を中心として周辺が公園として整備されており、市民の憩いの場となっているようである。

「加古川、加古川・・・」と住所を確認している際に、最近何かのニュースで耳にしたなと思っていたら、2015年の末に起きた声優を目指していた若い女性がこの加古川の河川敷で遺体として見つかった事件で、行方の分からなくなった前日には100万円近い大金を下ろしてこの加古川に向かったという事件だったなと思い出し、目の前の長閑な風景からはそんな事件が起こりそうな雰囲気はまったく感じられないと思いながら境内を後にする。

神戸に戻る前に遅めの昼食をと思い、何か加古川の日常が感じられるようなお店はないかと目を凝らしていたら、幹線道路沿いにNHKの人気番組「ドキュメント72時間」でいかにも密着されそうな弁当屋を見つけ、すかさず車を滑り込ませる。

メニュー盛りだくさんで、その場で食べられるようにテーブルも完備。いかにも地元民らしい老若男女が様々な人生のドラマを感じさせるかのように惣菜を選ぶ姿に、頭の中で番組テーマソングである松崎ナオの「川べりの家」が自動再生され、妻に怒られそうな揚物主体の弁当を平らげることにする。





山門
三重塔
本堂


太子堂






2015年12月20日日曜日

自由と選択

40歳を目の前にして思う。孔子の曰う様に「四十にして惑わず」などということはやはり難しいものであると。

人にはやはり物事の向き不向きというものがあり、ある性格の人にはある一定の仕事や業種が非常に向いているということもあるだろう。また同時に、自分では気がついていなくても、周囲から見ればその人にぴったりの仕事内容ということもあるであろう。

逆もしかりで、その人がどんなに努力しても、その人の生まれ持った、また育ってくる中で育まれた性格がどうしても行っている仕事や業種に合わない、ということもあったりする筈である。

その為に人は人生で迷い苦しむのであり、いっその事自分の生活をよく理解し、自分の願う方向性をよく理解し、そしてかつ世の中の仕組みを把握したとてもできた大人が、自分の人生の時々に、方向性を整理し、仕分けをし、進むべき方向を示唆してくれる、そんなことがあったらどれだけ良いかと思うこともある。

かつての様に、社会がある種の閉鎖性を持ち、人生の枝分かれが限られていた時ならば、それほど迷うこともなく、疑問を持つこともなく、少々の不満は抱えながらも、誰もが置かれた場所で咲こうと与えられたことに全うできたであろうが、現在のどこまでもフラット化し、何でも選択可能。その代わり、どう選ぶかとそのリスクについては誰も教えてくれない。そんな世の中の自由の側面ばかりが取り上げられ、ポイッと社会の渦の中に放り込まれ漂う若者たち。

恐らく日本だけでなく、全世界が同じような思いを持った人々が現れだしているのを象徴するかのように、逆に信頼がおけるコミュニティが自らの未来を決定してくれるという未来像を描き出したのが昨年公開の「ダイバージェント」

誰もが不安で、どこにも答えがない時代。だからこそ、ドキュメント72時間「占いの館 運命の交差点」が描くように、多くの人々が未来を示してくれる占いに吸い寄せられるのであろう。

家族に仕事を辞めたことを伝えられず、毎朝会社に行く振りをして外にでても会社に行かず、近くの公園で時間を潰す人も少なく無い現代。家族や社会のために、責任ある役割を受け入れなければいけないが、それができることなら自分の性格にマッチしたものであってほしいとは、誰もが願うことである。

努力することでその差異を最小化することはできるかも知れないが、根本的に間違った場所に、間違った人が着いてしまうことの悲劇は社会で生きる人は誰でも目撃していることであろう。

「自由と選択」の次にくるのが「リスク」であることを十分に理解した現代社会。どこから良識のあるメンターが社会の中で必要とされ、存在できるだけの場所と報酬が支払われる。そのことで人々がより生きやすく生活できる社会になる。個人が守ってくれる中間領域なしに社会に晒される現代だからこそ、そんなことを願わずにいられない。

2015年3月7日土曜日

「日本を降りる若者たち」 下川裕治 2007 ★

大学時代に旅行で訪れたタイ。様々な国からのバックパッカーが集まるカオサン・ストリートの安宿に泊まり、これといった予定も無しに好きなだけ眠り、起きたらカフェで冷たいシェイクを飲みながら今日は何をしようかと考える。そして夜になれば、顔なじみになった友人と踊りに繰り出し、また新しい外国人の顔なじみを増やす。

そんな少しだけデカダンスの気分を味あわせてくれる非日常の時間で、日本とは全く違った生き方があることを知り、そしてその軽やかな空気をまとって大人として生きていく人々の姿を見ることで、世の中とその価値観の多様さを学ぶ。

でも、それがあくまでも日本と言う社会の外側で、こんな自由な生活が許容されるような寛容さは現代の日本には無いということ、そして如何にそれが心地よかったとしても、現実逃避の口実として価値観の多様性を持ち出すのは筋が違うと言うこともまた学ぶのが若者が大人になる過程の時間。

それでも、うだるような湿気の中で、服と皮膚の間に風を通すような軽やかな服装同様に、ストレスを感じさせず、軽やかに生きているこの街の人と、この街に集まる世界の人々の姿が、東京の風景にはいないキラキラして見えることは間違いない。


そんなかつての記憶を思い出しながら、先日放送されていたNHKのドキュメント72時間の「工場閉鎖の街で」という番組。岐阜県の美濃加茂工場が閉鎖されることになり、その場所を生活の礎としていた様々な人々の最後の3日間を追う内容だったが、その中でかつての従業員だった中年女性が、

「派遣を転々としてたどり着いたこの場所でリストラされ、いまさら実家のある故郷にも戻れないために、今後はタイのバンコクでコールセンターに勤める。そこでの給料は日本円にすると10万円ほどであるが、向こうでの暮らしならやっていける。もう日本に帰ってくるつもりはないです」

という言葉によって、タイという国のまったく違う側面を見せられた気がする。

派遣や貧困がメディアの中に定着したこの10年の影響で、日本の社会になじめずに、もっとのんびりとし、厳しい競争社会の無く、何より日本よりも生活費の安くすむ東南アジアへと渡る若者の数が増えているという報道がちらほら見られるようになった。

そんな状況を専門的に分析し、系統立てて俯瞰するのにちょうどよいかと思って手にした一冊。様々な理由で日本で生きるのが苦しくなった若者が、誰からも干渉されず、せかされず、ストレスの無いタイでの生活を求め、日本で短期間に派遣などでお金を稼ぎ、それが尽きるまでタイに滞在するという例をいくつか挙げていく。

期待していたのはこういう若者はどの時代にもいたのだが、それが交通革命と情報革命を経た現代において、タイという外国が住まう場所としての選択肢として距離の中に入ってきたことと、ネットなどの手助けによって、かつては非常にハードルの高かった海外への渡航や移住が、コストも労力もかからずに様々なサイトの情報を調べることで可能になったこと。

そして、その距離の感覚の近さはありながらも、やはり海外と言うことで日本の社会の日常から外にはみ出ることで、日本からの心理的距離を保てること。そんなことがかつてにはなかった大量の若者がこのようなライフスタイルを持ち出したということの基礎になること。

また、昔だったら苦しみながらも社会の中でなんとかバランスをとりながら、居場所を見つけていたのだろうが、なぜ現代においてはこれほどの多くの若者が、自分の居場所を見つけられないと思ってしまうのか。その社会側の問題や変化と若者側の変化の分析。

そういう多角的な分析を踏まえて、結局は世界が変わり、社会が変わり、人が変わった現代のある一点における現象から、現代という時代をどう炙り出すか?そのようなことを期待していたが、内容としては形は違うが根っこは同じような若者の例をあげるのに終始して、非常に消化不良な印象は否めない。

「深呼吸の必要」の中で、「あんたも結局東京から逃げただけじゃないんですか!」と詰め寄る若者の言葉に、そこにいる誰もが自分のことを言われたのではという表情をするシーンを思い出すように、誰もが生きにくい社会を生きながら、それでもそこで生きなければいけなく、そこから外に出ることは逃げたことだと思ってしまう今の日本の一つの描き方なのだと思いながら頁を閉じることにする。

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■目次  
序章   旅から外こもりへ
第一章  東京は二度と行きたくない
第二章  人と出会える街
第三章  ワーキングホリデーの果てに
第四章  留学リベンジ組
第五章  なんとかなるさ
第六章  これでいいんだと思える場所
第七章  死ぬつもりでやってきた
第八章  こもるのに最適な環境
第九章  帰るのが怖い
第十章  ここだったら老後を生きていける
第十一章 沖縄にて
付章   ラングナム通りの日本人たち
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