2017年11月18日土曜日
2017年9月16日土曜日
2017年8月20日日曜日
月の絵 8月 ブドウ
馴染みのギャラリーでプレゼントにといただいたオーバルタイプのフォトフレーム。以前購入した円形のものには季節の花の絵を描いて一年の環をつなげたので、それとは少し違った、季節ごとの旬が感じられるものを入れていこうと頭を巡らせていたら、あっという間に一年も半分以上が過ぎてしまい、焦るようにして取り掛かったのは、瑞々しいブドウ。
絵を描くことのよいところは、描いている間は他の事を何も考えなくなること。ストレスに囲まれる現代社会における、相当有効な事項防衛策ではと思っている。
流石に円形の時よりは上達している様子で、同色の色鉛筆でも濃さを変えて濃淡をつけて一人悦にはいり、早速壁にかけて、今日の夕飯のおやつにとブドウを買出しに向かうことにする。
2016年2月5日金曜日
亀山本徳寺(かめやまほんとくじ) 1515 ★★★
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所在地 兵庫県姫路市亀山
山号 霊亀山
宗派 浄土真宗本願寺派
寺格 由緒寺
創建 1515
開基 蓮如
別称 亀山御坊・亀山御堂
機能 寺社
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姫路を離れる間に、中心地から少し南に下って一つこの地域の重要な寺院に立ち寄っていくことにする。播磨国における本願寺派の根本道場として発展し、江戸時代には傘下に400近い寺院を要するまでに勢力を伸ばしたのがこの亀山本徳寺(かめやまほんとくじ) 。江戸末期には新撰組が屯所として占拠したこともあり、本堂の柱の一部にはその時の刀の痕が残る場所でもある。
やはり市街地から離れたことで、街並みもかなりゆったりとした雰囲気になってくる。駐車場に車を停めて正面の参道からアプローチするが、足元の舗装やその視線を受け止める築地塀、そして道の脇を流れる掘割に使われている素材に、この寺院の歴史と格の高さ、そして地域の中での重要性を読み解くことができるようでとても整った風景の中を通り境内へ。
大門をくぐるとその先には視線を遮るかのように目隠壁が訪問者の動線を左右に誘う。ここらへんも、ちょっとそこらの寺院ではなかなか見ることのできない品の良さを感じさせる。左に流れると屋根の曲線が美しく待ち受ける本堂。これは妻入りのために、その曲線を存分に堪能できる訳である。
整えられた砂利の左右に視線を遮らない程度に植栽が丁寧に整えられており、足元もほとんど落ち葉などの自然の乱れが感じられないくらい、しかしやり過ぎではない程度にしっかりと手を入れ整えられている。本堂への広い階段の脇にはちょこんと花が生けてあり、気持ちよく下足を脱ぐことができる。そこに誰もいないのに、この場の主人と気持ちの良いコミュニケーションを取れている、そんな心地のよさ。
風景を切り取る広縁の先にはこれも綺麗に張られた障子が待ち受けるのだが、少し手をかけてみるがなかなか開かないために、「閉まっているのでは・・・」と心配になり、渡り廊下を渡って母屋に向かう。その途中、渡り廊下を一度曲がったところで、ちょうど昼に差し掛かってきた太陽に光が心地よく時間の経過を感じさえてくれる床にさし込み、しばし一人その場に佇み贅沢な風景を堪能する。
母屋に向かうと待ち受けるのが大玄関。その正面に絶妙なバランスをもって生けられている立派な生け花。背景の余白と相まって、非常に美しい一枚の絵を作り出している。そしてその先の事務所に声をかけると、恐らく住職さんの奥さんであろうか、とても品のよい雰囲気で「どうぞ、開いておりますので、ご自由に見ていってください」と。「ここまで至る所に感じられた品の良さの源泉はこの方か・・・」と何だか納得して先ほど来た渡り廊下を戻って本堂へ。そして今度は両手で障子を開けるとスルスルと開き、南から差し込む光が障子のスクリーンを真っ白に飛ばすなんとも言えない室内空間へ。
最後に、境内の片隅に芽吹き始めた梅のつぼみを見つけても、「これもひょっとしておもてなしの心遣いなのでは・・・?」と思ってしまうほど、細部まで目の届いた本当に素晴らしく整った空間に感謝して境内を後にする。
2015年11月8日日曜日
月の花 一年の環
日々終われるだけの時間の過ごし方ではなく、もっと長い時間のスケールを持ちながら日常を生きようと、一ヶ月の時間を意識しながら、その時々の季節の花の姿を咲き誇る風景を想像しながら、昨年末から描き始め、それがやっと一年、12ヶ月を終えて、一年という一つの時間の環が閉じることになった。
1月の梅、2月のシクラメン、3月の沈丁花
4月の桜、5月の薔薇、6月の紫陽花
7月の向日葵、8月のコスモス、9月の彼岸花
10月の金木犀、11月の菊、12月の水仙
春、夏、秋、冬。それぞれの季節の美しい風景。その中に美しい色彩を添えてくれるこの花々。
色だけではなく、その付近を通りがかるたびに、ふわっと身体を包むかのように漂うその香りに嗅覚も刺激されることで、記憶の奥に強く定着する。街の中で不意に襲われる思いもよらぬそんな体験は一日をなんとも豊かなものにしてくれる。
それと同時に、季節ごとの大地の力を感じるために、「この花を見に行く」という明確な目的をもって足を運ぶ様々な名所も12ヶ月ごとに自らのマップの中に入れておくこと。これがどれだけ一年という時間を豊かに過ごさせてくれるのか。
そんなことを思いながら、一ヵ月後と、リビングの一角で異なる色を見せてくれる様々な花の絵を視覚の端に捕らえて日常を送ることを楽しみにまた、別の時間のスケールを自らの人生の中に取り込むようにと次に向かうことにする。
1月 梅 / 水仙
2月 梅 / 椿 / シクラメン
3月 桃 / 沈丁花 / 白木蓮
4月 桜
5月 バラ
6月 紫陽花 / 花菖蒲
7月 向日葵 / 朝顔 / 蓮
8月 コスモス / 向日葵
9月 彼岸花 / 金木犀
10月 シクラメン / 山茶花 / 金木犀
11月 菊
12月 水仙
1月-3月
4月-6月
7月-9月
10月-12月
2015年10月24日土曜日
月の花 11月 菊
日本人にとって菊(きく)と言えば、さまざまな側面があげられる。
まずはお墓参りや葬式などでお供えする花として親しまれているのがこの花。その理由としてはさまざまあるようであるが、花が長持ちし、枯れる際も花びらがあまり散らばらず、周囲を汚さないためお供えに適していると選ばれるようになったという。また古くから漢方の世界でも薬草として使用されていたのも手伝ったようである。そのために病院などに見舞いの花として持っていくのはタブーとされている。
そして次に「菊の紋章」、天皇家の家紋である「菊花紋章(きくかもんしょう)」。これは鎌倉時代には、後鳥羽上皇が菊を好み、自らの印として身の回りのものに愛用したことから、その後皇室の紋として定着したという。
次は9月9日の重陽の節句。菊が咲く季節であるために、またの名を菊の節句といい、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝ったりとしていた節句である。そんな菊の花言葉は「高貴」「高尚」「高潔」。これらは気高く気品に満ちたキクの花姿に由来するとされている。また異なった色の花が咲くことで、赤い菊は「あなたを愛してます」、白い菊は「真実」、黄色い菊は「破れた恋」となんとも詩的なものばかり。
東京周辺であれば、やはり湯島天神や新宿御苑が菊の名所として知られているらしいので、これらのしゃれた花言葉を意識して、深まる秋を想いに鑑賞しに行きたいものである。
1月 梅 / 水仙
2月 梅 / 椿 / シクラメン
3月 桃 / 沈丁花 / 白木蓮
4月 桜
5月 バラ
6月 紫陽花 / 花菖蒲
7月 向日葵 / 朝顔 / 蓮
8月 コスモス / 向日葵
9月 彼岸花 / 金木犀
10月 シクラメン / 山茶花 / 金木犀
11月 菊
12月 水仙
2015年10月17日土曜日
月の花 10月 金木犀 キンモクセイ
間に合った。なんとかこの金木犀(キンモクセイ)の香りが街中を満たす前に、家のフォトフレームにその花を絵が飾るために、なんとしても描きあげなければと思っていたが、なんとか間に合った。
小さいころにはその名前からなんとなく天体を想像させ、宇宙的な広がりを感じさせてくれたこの樹木は、どこにでも咲いているがその花のイメージは決して思い浮かばないような地味な木であるにもかかわらず、秋が始まるこの季節、いきなりその強烈な匂いを持って存在感を前面に出してくる。
その匂いの強さのために、汲み取り便所が主流であった時代にはその近くに匂い消しとして植えられたことも多かったという流れより、現代でもトイレの芳香剤として広く親しまれているのもこの金木犀。
その名前の由来は樹皮の様子が犀(サイ)の皮膚に似ていて、金色の花を咲かせるから「金の木の犀」つまり金木犀と呼ばれたという。その花言葉は「謙虚、謙遜、真実、真実の愛、初恋、陶酔」。いくつかは「ぜんぜん違うじゃないか・・・」と突っ込みたくなるが、ほとんど納得できるものばかり。
そんな金木犀の陶酔させるような匂いが不意に襲ってくる嗅覚の体験を楽しみに、秋の街歩きを心待ちにすることにする。
1月 梅 / 水仙
2月 梅 / 椿 / シクラメン
3月 桃 / 沈丁花 / 白木蓮
4月 桜
5月 バラ
6月 紫陽花 / 花菖蒲
7月 向日葵 / 朝顔 / 蓮
8月 コスモス / 向日葵
9月 彼岸花 / 金木犀
10月 シクラメン / 山茶花 / 金木犀
11月 菊
12月 水仙
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