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2013年4月4日木曜日

「ツナグ」 辻村深月 2012 ★★★★


読み終えて妻に聞く。

「もし、生きているうちに一度だけ死者に会えるとしたら、誰に会う?」

よくよく考えてみても、なるほどよくできた設定だ。「一度だけ」だと分かっているから、「この人にその機会をつかってしまって大丈夫だろうか?」なんて悩むことが無意識の中で想像されて、その葛藤を踏まえての決断をしてきた登場人物達の話だということが前提になる。さすがは2012年の直木賞作家というところか。

その絶妙な設定もさることながら、誰にでもある些細な、しかし絶妙な心情の描写が素晴らしい。

高校生の小さな嫉妬 。若いからこそのプライドと、その為に陥る自己嫌悪。絶対に誰にも言えない様な自分の「嫌な感情達」。それを小説というメディアを通して、非常に正直に描かれている。

ドラマチックなこともない、どこにでもいそうな、なんてことはない人達。その人たちをなんて活き活きと描くのだろうか。

「死んだらどうなるのか?」

という誰もの考える問題から一歩進んで、

「死者は誰の為にあるのか?」

という設問に昇華させる。


「人間ってのは、身近なものの死しか感じることも悲しむこともできないんだよ。」

「今、思い出した。目を閉じると、懐かしい匂いがした。音も匂いも、それが身近にあるときには一度だって意識したことが無いのに、間を空けて戻ってくると、こんなにも一気に記憶が巻き戻されていくものなのか。」

「御園のためじゃない。自分が楽になりたいだけだ、と気づいてしまう。」

「病気を変化と捉え期待してさっきまでの自分を思い出し、恥ずかしくなる。」

「会ったことで忘れられてもかまわないから、それでも会いたい。」

死者という「あっち側」の人に触れるということは、自分の中にこっそりと仕舞いこんでいた感情の蓋を開けることのメタファーに違いない。その時に発せられる言葉に見える、その人たちの生きてきた時間。


「記憶を攫むみたい。曖昧なところから連れ出してくるんだなって言う印象。あの世から呼び出すっていうよりも、この世に残っているその人の欠片や記憶をいろんな場所からかき集めて、どうにか一人分の形にするように、見えた。」


死者と使者。同じ読みだがその意味はまったく変わってしまう。しかし両者とも生者を「ツナグ」存在であるのは変わらない。とてもよい一冊である。

2012年11月5日月曜日

「田村はまだか」 朝倉かすみ★★


小学校のメンバーに外から誰も加わることなく、また誰も抜けることなく、私立の中学にお受験する1人を抜かして99%が同じ面子でまた3年間を過ごすのだから、人間関係もまったく引継ぎ、中学から人間関係を一身して新しい自分に!なんてことが無理な田舎の幼少期。

そんな訳で小中の同窓会は一つで兼ねることができるのはとても便利。近しい友人が今も地元に残って根を生やし、なかなか世話好きが集まっているので同窓会も結構盛大に集まって行っている。

高校も卒業15年を超えたこともあり、そろそろということで音頭をとり、世話人を各クラスで指名して定期的に100人以上集まる同窓会を運営し、次の総会にはなんとか卒業生全員に連絡だけでも届けられるようにと世話人全体で日々連絡網の拡充に努めている。

ということは、小・中・高と過ごした学校教育のすべての時期の同窓会がしっかり運営されており、いつでも同級生に会うことができる。それは非常に幸運なことだと思うが、その中でのフェイスブックの役割は大きく、近づいて来た年末に向けて今年もまた、「30日に集まるから会えるのを楽しみにしてる!」との書き込み。

そして何年ぶりに集まる面々。当時と変わらない面影に驚き、青臭い当時の話に花を咲かせ、日常から遠くに連れて行かれたような不思議な時間はあっという間に過ぎていく。

当たり前の用に盛り上がる一次会から、流れ流れてバーで数人でクダをまき、それぞれ違う道で過ごした人生の年月を感じられる大人な色気とかつて過ごした一緒の時間とのギャップを他の染みながら酒を傾ける。そんな小学校の同窓会の3次会の様子をひたすら描くお話。

「田村はまだか」
開かないドアに向かっては叫びながら、また一口酒を流し込む。肴はもちろん当時の思い出。

その一言で、待ち人がその場の誰もからも好かれ、誰もがそれぞの想いを胸に彼の到着を待っているのがすぐに伝わってくる。

決して、誰も帰らない。
そして、誰も愚痴らない。
ただひたすらに待っている。

そんな待たれる彼が羨ましいではないか。
そして自分はそんな待たれる人間になっているのだろうかと、自問せずにいられない。

ドアを開けたときに遅れてきた田村が何を言うのか?
その時に待っていたみんなはどんな顔をしているのか?
想像する自分の頭の中に浮かぶのはどの同窓生の顔か?

今年の年末は参加できないが、この先いくらでも「まだか?」と待たれる可能性があるというのはとても楽しみなことだと理解させてくれる一冊。

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2009年吉川英治文学新人賞受賞作
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2012年9月23日日曜日

「天地明察 上・下」 冲方丁 ★★★



「暦は約束。明日も生きているという約束。明日もこの世はあるという約束。」
あまりにも当たり前すぎて、誰もが疑問に思うことすら忘れてしまう時間の流れ。今日が終われば、当たり前のように明日がやってくる。この世を営む超前提のルール。

「今日何日だっけ?」
何気ない会話だが、よくよく考えるとこの会話がなされるようになるまでには、恐ろしいほどの努力と常人からかけ離れた人類の英知が結晶が重なる膨大な時間が費やされたということを思わされる。

ホームボタンを押せば、デジタルの時間が当たり前のように毎秒を刻む。何もかもが生まれる前からあった当たり前の前提の様に感じるが、その前提を人類が理解できる形に翻訳する為に費やされた果てしない苦労を想像する。

「記憶力が本当に優れている者は、忘れる能力にも優れている。」
何かを生み出す為には、多くのものを吸収すると共に、自分なりの理解に沿いながら頭の中を整理して、新たなる体系を作っていくこと。忘れることは整理すること。

「一生が終わる前に今生きているこの心が死に絶える。」
退屈でない勝負を望んだ男と、その言葉を発することができた時代と努力。

「頼みなしたよ」 「頼まれました」
人生の長さと自分の役割、そして社会の為のなすべき目的をはっきり理解し、しっかりと次世代にバトンを渡すことのできるシニア層。

「なぜ凶作になると飢餓となって人は飢える?」
現象を見るのではなく、根源を探る問い。

「会津に飢人なし」
疑問する才能に溢れ、戦国から泰平へと世が移り変わる上での思想の変転を体現するように自らも役割を変えてった為政者たち。

「勝ってなお負けてなお残心の姿勢を残す」
一体どこまでが自分の果たすべき勝負なのか?そのフレームを見据えた振る舞いこそが一人の男の品位となって現れる。

第31回吉川英治文学新人賞受賞・第7回本屋大賞受賞が頷ける良作。次回の帰国で向かうべき先は会津以外に無いなと心に秘める。

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第31回吉川英治文学新人賞受賞
第7回本屋大賞受賞
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