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2015年12月29日火曜日

「大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち」 池上正樹 2014 ★★★


現在の日本であれば、恐らくどこの地方都市にいっても当たり前の様に見られるようになった光景。家の周りを見渡しても、親と同居する中高年のひきこもりを抱える家庭があちこちに散らばり、親の仕事を手伝ったり、親の年金で生活をしたりと、なんとか生活を繋ぎとめている状態。

迫り来る親世代の死というタイムリミットを誰もが理解しながらも、外に出て社会の中で仕事を得て、糧を得るということがなかなか難しくなるのは、ひきこもりの時間が長引けば長引くほど。

誰もが分かっているけれど、誰もが解決策を見つけられず、放置することで問題を先延ばしにしつつ、更に状況を深刻化する。「家庭の恥」と隠すことによって問題は外から見えず楽なり、濃密な関係の家族間のみでも互いの軋轢はより激しくなるばかり。

そんな閉じられた関係性の中で互いを傷つけあい、時にどうしようもなく、親が子を、子が親を殺してしまう事件が起こる。そういうニュースを元に、世間に隠されていた実態が知れ渡る。

その当事者である「子」が、10代や20代でなく、40代や50代の立派な「大人」と言われる年齢であることに当初は驚きをもって受け止めていたのもすでに昔のこととなり、今では当たり前のニュースとして頻繁に繰り返される。

「家庭」というものが、社会や世間からのストレスを和らげ、個人のプライドを守り生きていく為のシェルターとして機能するのは当然であるが、同時に一人の社会人としてどうしても社会と向き合いながら様々な思いや重圧を折衷しながら関係性を構築し、自らの居場所を確保していく、そういう厳しさや辛さを人は誰でも受け入れなければ行けないのもまた事実。

家庭の形が変わり、社会との関わり方が多様化した中で、どうすればいいのかは決してひとつではなくなった時代に、家族のメンバーがそれぞれに社会との関係性を健康的に構築できる、それはとても難しくなった時代。

社会のあちこちで、ポツポツと沸点に達した水のようにチラホラと見えてきたこの問題であるが、それでも臨界点に達するのは、親世代が動けなくなったり、介護が必要になったり、亡くなっていくであろう数年から10年後。

少なくとも状況をこれ以上難しくしないためには、家族以外との縁をできるだけ切らないようにすること。地域との縁。友人との縁。社会との縁。声を上げられない家族に代わって、周りから「大丈夫か。こうしたらどうだろうか?」と声と手を差し伸べられるように、縁を切らないためにも、同窓会などが果たせる役割もきっと多いのだろうと想像する。

以下本文より。
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電車に乗ると、腹や頭などが痛くなって、家に引き返してしまう

「ひきこもり」該当者のうち、半数近くの約45%は40歳以上の中高年

こういう問題は家の恥として表にでてこない

/7割が男性、10年以上が3割
ほとんどが家族と同居 不登校 失業

/「自分の将来を見るようで怖い」
2011年2月3日 クローズアップ現代 「働くのがこわい、新たなひきこもり」
実は自分の身にも起こりうる

/他人に頼るべきではないという風潮
「ひきこもり」の人たちが社会復帰を望んでも、ひきこもっていた期間により生まれる履歴書の空白や社会経験の不足が、自立への道をそばむ
気力がなくても、実家にいれば何もしなくても生きていける

/行過ぎた成果主義が社員のつながりを寸断
東北地方の支店から本社に転勤
成果主義の流れがこれまでの個々のつながりを寸断し、同僚や部下を気遣うサポート体制も崩れてしまった
労働の流動化時代が到来

3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」
/出口のないトンネルを抜け出せない
どうして働いている若者のほうが、働いていない高齢者の方よりも収入が少ないのか?
どうして真面目に働いてきた自営業者のほうが、生活保護受給者の方より収入が少ないのか?

2 「迷惑をかけたくない」という美徳
/「迷惑をかけるな」という風潮
力のある人に都合がいい、弱い人には厳しい社会

3 「家の恥」という意識
/貧困・引きこもり・孤独死
ひきこもる当事者を抱える家族は「家の恥だから」と、本人の存在を長年にわたりかくして続けていることが多い

/「いちばんの家並みはお金がないこと」
Uさん一家の収入は現在、母親の年金のみで、月に8万円ほど
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■目次  
第1章 ひきこもりにまつわる誤解と偏見を解く
1 データが物語る「高齢化」
/「ひきこもり」と「ニート」は違う
/情報が無いからキッカケもないし何も変わらない
/新たなひきこもり層が明らかに
/支援するほうも「どうすればいいか、わからない」
/「40歳以上」が半数
/7割が男性、10年以上が3割
/認知されていない厚労省の支援事業
/暴力や変化を恐れる親たち

2 ひきこもりの「潜在化」
/「自分の将来を見るようで怖い」
/他人に頼るべきではないという風潮
/ずっと孤独だった
/どこに助けを求めればいいかわからない
/会社を辞めれば追跡されることもない
/行過ぎた成果主義が社員のつながりを寸断
/”追い出し部屋”がきっかけ
/こうしたひきこもりは大量生産され続ける

3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」
/息子の就活失敗を機に母が「買い物にも行けない」
/出口のないトンネルを抜け出せない
/長男とひきこもる元エリート母
/セクハラがエスカレートして
/「老後破産」激増の危機

第2章 ひきこもりの背景を探る
1 「立ち直り」を阻害するもの
/ハローワークの「怪しい求人」と「神様スペック」
/足元を見られる中高年応募者
/仕事を選ばなくても雇ってもらえるとは限らない
/代表戸締役社長
/300戦全敗
/資格はまるで役立たず
/玉石混交の人材紹介会社
/辞めさせないブラック企業

2 「迷惑をかけたくない」という美徳
/まさか30代の娘が同居していたとは
/「迷惑をかけるな」という風潮
/傷つけられ、封じ込められて消えてゆく
/働けず生活保護も受けられず
/侮辱的屈辱的な答えが戻ってくるだけ
/「常に世の中からはじまれてきた」という疎外感
/精神的なさせとなるものが少ない

3 「家の恥」という意識
/貧困・引きこもり・孤独氏
/都会の会社を辞めて実家に帰ったものの
/「いちばんの家並みはお金がないこと」
/家族ごと地域の中に埋没していく
/70歳の父親が息子の将来を悲観して殺害
/「消えた高齢者」とひきこもりの共通点

4 医学的見地からの原因分析
/トラウマとひきこもり
/内海の水位が上がっている次代
/生命力を取り戻すカギ
/ADHDとひきこもり
/診断基準
/強迫症状と依存症
/一緒にできることを考える
/自閉症とひきこもり
/特効薬が誕生する可能性
/薬物治療の意義
/慢性疲労症候群とひきこもり
/かかりやすいタイプ
/緘黙症とひきこもり
/「大人になれば治る」はずが
/年齢によって緘黙の質は変わる
/自分自身を変える大きなチャンス

第3章 ひきこもる人々は「外に出る理由」を探している
1 訪問治療と「藤里方式」という新たな模索
/共感を呼んだ活動
/拒絶されるのは当たり前
/一人暮らしをサポート
/18ー55歳の10人に一人がひきこもる町で
/ひきこもりの自覚が無い人もいる
/いろんな人が出入りするための工夫
/試行錯誤を行うほどに希望が湧いてくる

2 親子の相互不信を解消させたフューチャーセッション
/縦割り組織を乗り越えるための取り組み
/親には自分を信じてほしい
/自己満足な支援になっていないか?
/家族会にFSを取り入れてみると
/対決ムードが一変
/親子が一致した瞬間
/対話の大切さ

3 ひきこもり大学の開校
/化学反応が次々と
/「ひきこもり2.0」の始動
/美人すぎるひきこもりを売り出す
/ひきこもり大学解説の経緯
/「空白の履歴」が価値を生み出す
/地方でも開催
/ひきこもり当事者ならではのアイデアとニーズ
/ひきこもる人たちが駆け込める場所
/きっかけがあれば外に出ていける

4 外に出るための第一歩――経済問題
/支援制度
/面接は必須
/第二のセーフティネット
/住宅支援給付の要件
/「お知らせしていないわけではないが」
/押し付けではないメニューを
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2015年12月5日土曜日

「コキーユ-貝殻-」 中原俊 1998 ★★★

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スタッフ
監督 中原俊
原作 山本おさむ
脚本 山本耕大
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浦山達也:小林薫
早瀬直子:風吹ジュン
谷川次郎:益岡徹
テ藤崎君枝:吉村実子
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日本中どこにでもありそうな地方都市の風景。そこで開催された中学の同窓会。集まったのは中年に差し掛かった面々。それぞれに結婚し、子供ができて、すっかりおじさん、おばさんになりつつも、かつて共に過ごした時間のままに、若かりし頃の自分に戻ったような時間を過ごす。

いかにもありそうな、地方の少しよさげな食事どころ。座敷で20人近くが一部屋で食事を取りながら、各々に一年に一度の昔話に花を咲かせ、かつては話せなかった同級生とも互いに大人になったことで片意地はることなく話ができ、つかの間の非日常を楽しむ風景。

そんな中に、少し陰のある女性の姿。余り思い出せないが、聞く所によると結婚し東京に出て行った同級生。なんでも離婚して娘と二人で地元に戻ってきて今は、「コキーユ」というスナックを待ち外れて営んでいるという。

特別な思いはなしに会社の上司を連れてそのスナックに足を運び、それをきっかけに徐々に一人でもたまに寄るようになっていく。お店の名前の「コキーユ」はフランス語で貝殻を意味し、ジャン・コクトーの詩の一節から取ったものだと教えられ、それは中学の時にプレゼント交換で自分が渡したプレゼントがそのコクトーの詩集だったことを思い出し、糸を繋ぐように記憶の室から徐々に当時の風景を思い出していく。

メーカーの地方の工場に務め、主任としてチームを纏める主人公の浦山達也に小林薫。そして「コキーユ」を営み、中学時代と変わらずに今でも浦山に思いを寄せる早瀬直子に風吹ジュン。

中学の卒業式に浦山への想いを伝えたと思っていた直子であるが、時間を経て再会した今、浦山の右耳が聞こえなく、当時耳元で伝えた告白が届いていなかったことを知ることになる。

浦山が家族揃って東京へと転勤する前に、二人揃って直子の彼岸であった里山へのハイキングを結構する。家族へ東京への出張だと嘘をついて、スーツに鞄といういでたちに、山ガールの様に気合の入った不釣合いな二人の姿。山頂での用意してきたランチを頬張り、山をおりると、帰りのバスを逃してしまったことに気がつき、近くの温泉旅館に宿泊することに。

共に湯につかり、長年の願いを果たす直子。そしてそれを静かに受け止める浦山。

東京への引越しが落ち着いた後に、他の同級生から届けられたのは、直子がトラックに轢かれ亡くなったこと。それを知り、一人故郷に戻り墓を参りに行くが、そこで出会うのは中学時代の直子そっくりな彼女の娘。そして彼女が自分のことを母が常日頃口にしていた「浦山君」だと理解する。

月日が流れ、再度開催された同窓会。そこにいない直子の姿に一人涙を流す浦山の姿で物語りは終える。なんとも切ないが、恐らく多くの人の心を掴む一作であろうと想像する。この国に生まれ育った人なら誰でも経験する同窓会。かつて多感な同じ時間を過ごした仲間が月日を隔てて互いに大人になった後に集い、また言葉を交わす。一緒に過ごしていなかった時間に、どんな変化を経ているのか。かつて好意を寄せていた異性がどんな大人になっているのか。かつてあまり言葉を交わさなかったクラスメイトと思わぬ共通点を持つようになっていたりとか。

同級生という根っこが一緒という安心感があるからこそ話せることもある。日常に追われ、新しい人間関係の中で生きていようとも、だからこそこのような同窓会と同級生の存在は貴重であり、何もしなければすぐに断ててしまう地縁をかろうじて繋ぎ止めるそんな役割を果たしてくれる。

こうして深い人間のドラマ、一人の人間が過ごしてきた濃密な人生にひと時でも触れることが出来るそんな素敵な時間。それを期待してまた次の自分達の同窓会の準備に取り掛かることにする。


2014年8月31日日曜日

「黒と茶の幻想 上・下」 恩田陸 2001 ★★★★★

高校の卒業15周年を記念しての発足させて高校の同窓会。5年に一度と決めた全体同窓会が来年の夏に迫ってきたために、各クラスの世話人に「そろそろ始動し、役割分担をしていきます」とのメールを送る準備をする。

そんな時に手にしたこの一冊。地方の公立新学校の卒業生が東京の大学に進学し、そこで出会ったもう一人の友人とともに、大学を卒業後、就職、結婚、出産などを経験し、40歳を目前にした時期に、思い切って4人の同窓生での小旅行を決行する。そのテーマは「非日常」。

ドンピシャで今の自分の年齢に当てはまることと、登場人物達の背景などもかなり感情移入できる部分もあり、久々に恩田作品で一気読みしてしまった作品である。恐らく相当部分が、著者自身の人生に重なる部分もあるのだろうと思うが、逆に言えば、地方出身で東京に大学に進学する多くの人がどこかしらに自分の人生と重ね合わせることができる物語であるという点においては、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」と同じ分類ができる作品である。

最近はあまり当たりの作品に出会わなかった恩田作品であるが、やはり日常のすぐ横の非日常に入り込み、その中を「歩きながら」物語が進んでいくというゆっくりした動作の中での物語りは、読書以上の身体体験をもたらし、非常にスムースに物語の同化させてくれる。

「上と外」でも見られてようなうっそうとした森の中で流れる時間と空間は、日常を過ごす都会の中のそれとはまったく違ったものになり、今まで見えなかったものを見えるようにし、聞こえなかったものを聞こえるようにしてくれる不思議なデバイスとして扱われる。

日本に暮らしていると山に上ることは多々あれど、森の中を歩くということは非常に少なくなってしまう。その森を歩きながら、前と後ろに歩いている同行人に語りかけながらも、その実自分に向けて発している言葉が森の中に漂うのを感じるのは心にとって計り知れない効用をもたらすのであろう。

多感な高校時代から20年近い年月を過ごし、その間に進学、就職、結婚、出産などの様々な人生ゲームの一ページをクリアしてきてはいるが、かつて思ったほど自分の中では当時思い描いていた未来の自分の姿にはなっていないと理解しながら今を生きる主人公達。

自分で選ぶことができず、生まれた場所で振り分けられる人生の第一部。社会に出ていき、仕事上の関係性で付き合うことになる人生の第二部で出会う人は、どうしても根底のところで共感をもてないのは、マイルドヤンキーだけに限られて事ではなく、こうしてたまに同級生であつまるまともな大人たちもまたしかり。

自分にとっての人生の根っこがどこにあり、その根っこを共有している人々が人生にとってどれだけの意味をもたらしてくれるかをしっかりと描くのが「夜のピクニック」しかり、著者の一番の強みであろう。

歩きながら話す。そして、旅の中で非日常に出会い、自らの過去に会いに行く。

そんな旅を重ねることができること。
そんあ旅を共有する仲間がいること。

それが人生の豊かさなのだろうと思わずにいられない。


2014年2月11日火曜日

分厚い最低保障

日本に戻っている間に、高校の同窓会の世話人が集まって、次回の同窓会の打合せと称した集まりを開いた。そこに国会議員となった同級生も来たので、「日本はこれからどうなっていくのだろうか?」について話をする。

彼が言うには、「多くの人が貧困だ、貧しいとか言うが、今の日本で餓死者がでているか?世界でこれだけ豊かで、死の心配をしなくて良い国は他にはない。それは政府が努力をしてきた結果に違いない」という。

高齢者の孤独死や、若年貧困層が生活保護を受給できずに貧困生活から抜け出せない問題などもちろんまだまだ個別ケースで貧困に関わる事は多くあるのだろうが、確かにそれも一理あると思いながら聞いていた。

普段から、日本人は朝から晩まで、大多数の人がドロップオフすることなく、全うなサラリーマンとして会社勤めをし、その真面目さでそれなりの知識を得て、しっかりとした社会人のマナーを身につけて仕事をし、社内や社外での人間関係に神経をすり減らしながら一生懸命働いている。朝の地下鉄や、終電で乗り合わせる人を見ると、誰もが疲れ果てているようにしか見えない。

それだけ真面目に働いているにも関わらず、ヨーロッパのどこかの国の様に、「経済危機だ」といいながら、夏には皆バケーションとして南の島に大移動する、なんという豊かさ。

一方日本ではあんなに一生懸命、真面目にあれだけ長い事働いているのに、家賃、健康保険、国民年金、光熱費、住民税等々、生きる事の必要経費でほとんど手元に残らない。その中でもできる楽しみを見つけて、文句も言わずに今日も電車に乗って通勤する。

そんな中で生きていると、やはり家賃や健康保険などが本当に適正な金額から外れ、必要以上に吸い上げられてしまっているのではと思いたくなるのが人の常。土地や建物を持つ者だけが、システムとして下部層からできるだけ多くのお金を奪っていく。そんな一面もあるのだが、彼の言ったことを考えると恐らく違った一面も見えてくる。

日本人が日本で生きていくうえで保障されている生活の基礎部分が世界に比べてどれだけ手厚いかという問題。しっかりと手続きさえ踏まえれば受けられる行政サービスは多様に渡り、生活保護もしっかりと需給条件さえ満たせれば、生活するのに十分な額が支給されるようになっている。

医療や高齢者介護、障害者や教育。それらの制度と維持すべき施設。そしてその分野で働いている人々への賃金。保障する最低基準の生活が、世界基準で見れば相当に豊かな生活になってしまっている事実。それほど手厚い保障が施される国。それを維持する為にどれだけ多くの税金が投入されていくことか。

もちろん本当に精査していき、現在の社会に適した内容に変更していく必要もあったりし、かかる費用を落としていける部分もあるのだろうが、もう一つの側面は、成長期に合わせて、人口が増えていく想定の中で様々な制度が作られてきた中、その前提がガラッと変わり、制度を維持するだけの力が国になくなってきてしまった以上、「今までのような手厚い保障を続けていく事はできません。それに健康的に生きていくには今よりも低い水準でも現代日本では十分可能なはずです」と政府は正直に言う時期に入ってきているのだろうと思う。

それに合わせて大幅に制度を変えて、教育や住まう場所は提供し多様性をもった保障の形を作りだし、これからの日本の国の規模に適した、多様な生き方を許容でき、かつての良き時代の利権を維持するだけの搾取構造から脱却し、適正価格を社会で見つけていけるような時代が訪れて欲しいと願わずにいられない。

2012年11月5日月曜日

「田村はまだか」 朝倉かすみ★★


小学校のメンバーに外から誰も加わることなく、また誰も抜けることなく、私立の中学にお受験する1人を抜かして99%が同じ面子でまた3年間を過ごすのだから、人間関係もまったく引継ぎ、中学から人間関係を一身して新しい自分に!なんてことが無理な田舎の幼少期。

そんな訳で小中の同窓会は一つで兼ねることができるのはとても便利。近しい友人が今も地元に残って根を生やし、なかなか世話好きが集まっているので同窓会も結構盛大に集まって行っている。

高校も卒業15年を超えたこともあり、そろそろということで音頭をとり、世話人を各クラスで指名して定期的に100人以上集まる同窓会を運営し、次の総会にはなんとか卒業生全員に連絡だけでも届けられるようにと世話人全体で日々連絡網の拡充に努めている。

ということは、小・中・高と過ごした学校教育のすべての時期の同窓会がしっかり運営されており、いつでも同級生に会うことができる。それは非常に幸運なことだと思うが、その中でのフェイスブックの役割は大きく、近づいて来た年末に向けて今年もまた、「30日に集まるから会えるのを楽しみにしてる!」との書き込み。

そして何年ぶりに集まる面々。当時と変わらない面影に驚き、青臭い当時の話に花を咲かせ、日常から遠くに連れて行かれたような不思議な時間はあっという間に過ぎていく。

当たり前の用に盛り上がる一次会から、流れ流れてバーで数人でクダをまき、それぞれ違う道で過ごした人生の年月を感じられる大人な色気とかつて過ごした一緒の時間とのギャップを他の染みながら酒を傾ける。そんな小学校の同窓会の3次会の様子をひたすら描くお話。

「田村はまだか」
開かないドアに向かっては叫びながら、また一口酒を流し込む。肴はもちろん当時の思い出。

その一言で、待ち人がその場の誰もからも好かれ、誰もがそれぞの想いを胸に彼の到着を待っているのがすぐに伝わってくる。

決して、誰も帰らない。
そして、誰も愚痴らない。
ただひたすらに待っている。

そんな待たれる彼が羨ましいではないか。
そして自分はそんな待たれる人間になっているのだろうかと、自問せずにいられない。

ドアを開けたときに遅れてきた田村が何を言うのか?
その時に待っていたみんなはどんな顔をしているのか?
想像する自分の頭の中に浮かぶのはどの同窓生の顔か?

今年の年末は参加できないが、この先いくらでも「まだか?」と待たれる可能性があるというのはとても楽しみなことだと理解させてくれる一冊。

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2009年吉川英治文学新人賞受賞作
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2012年11月3日土曜日

地元

「地元」

と言ったら、何を思い浮かべるのだろうか。

自分の育った場所はある小学校の学区に属し、それは同時により広域な中学校の学区に属し、さらに言えばより広域な高校の学区にも属する。高校は選択があるので、同じ地域でも幾つかの高校が円をオーバーラップさせながら班目模様を描くそんなイメージ。その全体は恐らく市という形を描き出す。

高校以降に大学進学などで生まれ育った場所を離れたりすれば、恐らくその全体としての市を地元として意識することが多くなるのだと思う。しかしそれは小・中学校のより小さい単位の「地元」のよって構成されているということを忘れる事はできない。

それは極めて同時に自らの人格構成の寄る場所としても同じことが言える。

自らの意思による選択と受験の結果によって通うことになり、似たり寄ったりの学習能力の生徒が集まることになる高校時代。それに対して、生まれ落ちた場所とダイレクトに結びつき、選択の余地なく放り込まれた多様性のある様々な家庭環境をもった人間の集まる小・中学校の地元。

小さな単位であるから逆にいるメンバーによって集団はどのようにも変化する。

そんなことを思う帰省。今年始めに逝った小・中の同級生の訃報をきっかけにSNS助けを借りて繋がりが広がった小・中同級生の輪。夏にあった同窓会に顔を出せず、前回の帰省で別途墓に手を合わせにおくために逝った彼の親友であった同級生と取り合う連絡。

そんな繋がりから仕事へと発展し再度の帰省で、その彼が声がけして集めてくれた懐かしい面々。地元で根をおろし新しい世代を形成する彼ら。JAという地元の横の繋がりが助けを借りながらも、着実に自分達の世代を形成し、力を蓄えているその姿に何ともいえない羨望を感じる。

そこに来てくれた別の同級生。恐らく年内になるだろうという総選挙に出る予定をしている今は政治家として活動する彼の登場で、現状の活動を聞きながらも「そりゃ、大変だな」などと言いながら、あーだこーだと話に花を咲かせる。そんな間にすっかり2時をまわり、「そろそろ」と代行に電話する姿を見ると、皆それぞれいいおっさんになったもんだと思いながらも、そんな「地元」に感謝を感じる秋の夜。



2012年7月16日月曜日

墓参り

今年の初めに闘病生活の末に逝った小・中の同級生。その葬儀には地元に残るメンバーが中心となり声かけをし、同級生の半数が参加することができ、盛大に送ることができたという。

北京への引越しの準備も重なり葬儀に参加することができずにいたのが心残りだったが、葬儀以来SNSなどを使っては、仲の良かった同窓生が月々の命日に合わせて小さな同窓会を開いている様で、卒業以来疎遠になっていたメンバーも帰省の度にみんなと会うことができているという。小学校のメンバーそのままに中学校に上がるという、田舎の小さな学校だからこそできるコミュニティというところだろうか。

良い機会ということで、今回の帰省に合わせて妻と一緒にお墓参りをさせてもらえればと、中心で動いているメンバーと連絡を取り合って、わざわざ車で迎えに来てもらって一緒にお墓に花を沿え、手を合わせることができた。

お墓参りの後に近くのコメダ珈琲でお茶をしていると、たまたま時間が空いたという他の同級生も来てくれて、妻を紹介したり、懐かしい話に花を咲かせたりとしているうちに、せっかくだから他のメンバーにも声をかけて夜に軽く飲みに行こうか、ということになり、何本か電話をかけてくれて、また21時に車で迎えにいくよ、ということに。なんともありがたい。

久々に両親と一緒に夕飯を取り、少し休憩をしているとあっという間に21時。少々のダルさはあるものの、久々に会える顔を想像しながら、妻に今夜の登場人物の概要を説明しながら出発。

恰幅ばかり良くなった男ばかりのところに、妻と一緒に参加する形になったのだが、何人かは7-8年ぶりにも関わらず何の違和感も無く、逝った友人の最後の話を聞かせてもらったり、懐かしい小学校時代の話で盛り上がる。それと同じくらい、すんなりと話に入っている横の妻の適応力に驚くと同時に、こんな場所でも嫌がらずに楽しみながら馴染んでくれることに感謝する。

チョイスは限られるのかも知れないが、こうしていつでも会いたい仲間がいて、会える場所がある田舎があるというのは、何にも変えがたいものだと再認識し、

「これもあいつが最後にくれた縁なんだな」

なんていう言葉に、確かにこういう機会がなければ、こうしてまた集まることも無かったのかと思うと、いつもワイワイと明るく人気者だった友人にもまた感謝せずにいられない。

2012年3月16日金曜日

知合いや友人は増やせるが、同窓生は増やせない


年を重ねて初めて気づくことだが、生きる時間が増えれば増えるほど、出会う人も多くなり、必然的に友人や知り合いも増えていく。しかし同窓生は決して増えることはないということ。

増えることはない替わりに、在籍時代には言葉を交わすことがなくても、卒業後何十年という時間を同窓生として過ごすことができ、その時間の中で願えば何度でもまた出会うことができるということ。

そんな根っこが一緒の多くの人間が、実はすぐ近くに存在しているという事実。

そういうことを想いながら地元の高校の卒業15周年を記念して、一昨年のお盆に全体の同窓会を開催した。東京や別の地方に出ていった人もいるにもかかわらず、100名を超す卒業生が集まる会となり皆懐かしい顔に笑顔の溢れる会になった。

それから早2年が経ち、その後の同窓会の運営を組織化する為に世話人代表として、各世話人に発破をかけて、会の主旨の明文化から世話人の人員増強や各会の開催頻度をシステム化し、東京と地元で毎年行う個別会の第一回としての同窓会をなんとしても北京に行く前に開催すべく、地元の世話人代表をしてくれている青山周平氏も駆けつけ、少人数ではあるけれど、とても内容の濃い集まりが開催された。

高校時代に一言も交わすことがなかったけれど、15年以上たった今に交わす言葉に違和感を感じることがなく、おそらく参加したみんなが来てよかったと思えるような時間になり、次は必ず人数が増えていると思えること、それが同窓の持つ力なんだと実感し家路につく。