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2015年12月19日土曜日

小國神社(小国神社、おくにじんじゃ) 遠江国一宮 555年 ★★★


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所在地 静岡県周智郡森町一宮
主祭神 大己貴命 (おおなむちのみこと)
社格   式内社(小),遠江国一宮
本殿の様式 大社造
創建  (伝)欽明天皇16年,555年
機能  寺社
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遠江国の一宮として長く崇拝を集めてきたのがこの小國神社(小国神社、おくにじんじゃ)。伝承ではその創建は555年と相当に長い歴史を持つとされる。

航空写真からも分かるように、本宮山の山麓に南側に向かって森の中にポツリと境内が開けており、まさに森に埋もれるようにして鎮座している。より海側の平地に整備された近代の鉄道網などの交通ネットワークからかなり離れていることで、より手付かずのまま古代の信仰の雰囲気を色濃く残すこととなっている。

その「小国(おくに)」という名は、西に位置する出雲大社の「大国(おおくに)」に対しており、本殿の形式として採用されている大社造からも、出雲から伊勢を越えて遠江へと引かれた線とその勢力の広がりが見てとれる。

深い森の中で自然信仰から生まれ始めた八百万神(やおよろずのかみ)の存在を感じられそうなこの神社こそ、朝一番の参拝地として相応しいだろうと、一時間ほど山道の中を車を走らせやっと到着。

木々の隙間から零れ落ちる日の光や、山の中でもしっかりと整えられた風景から感じられるこの場を保つ人の存在など、なんとも絶妙な自然と人との関わり方が感じられ、とても心地の良い境内。

優雅に曲線を描く大社造の屋根に向かって手を合わせ、境内脇に流れる透明度の高い美しい川の流れを眺めながら、良い一日になる予感を感じて次の目的地へと向かうことにする。








御神木の大杉





遠江国(とおとうみのくに) ★★ 東海道


母と妻を車に乗せて、三河の国から東に向かい、現在の静岡のほぼ真ん中を縦に流れる大井川の西側をカバーしていた遠江国(とおとうみのくに)へと向かうことにする。

現在の磐田市周辺に国府や国分寺を持ち、一宮とされるのは遠江国の東の果てに位置する現在の掛川市の事任八幡宮と、遠江国の領域で見たら中心に位置する、現在の周智郡森町の小國神社と二つ神社が言われている。

遠江(とおとうみ)という名の由来は現在の浜名湖を、都のあった大和国から遠くにある湖ということで、近くにあった湖の琵琶湖のある近淡海(ちかつあはうみ)から近江国(おうみのくに)とペアで覚えると分かりやすい。

戦国時代には幼少の徳川家康を人質としてとっていた今川氏の領地として栄え、その後東側から勢力を伸ばしてきた甲斐国の武田氏によって滅ぼされ、更に西を伺う武田の軍勢を、徳川・織田の連合軍が跳ね返すことでその後の戦国の動きが一気に加速する。

現在の静岡県の市町村の中で、静岡市と浜松市の巨大さが際立っているが、戦国時代にはこの遠江国には浜松藩と掛川藩が設置され、更に明治になり廃藩置県において遠江国は浜松県とされ、その後に静岡県として合併されて現在にいたるという訳で、浜松と静岡の突出した存在感は駿河国(するがのくに)の中心であった駿府藩の流れを汲む静岡市と、この遠江国の中心であった浜松藩の流れを汲む浜松市が現在の世においても存在感を示していることとなる。