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2015年12月5日土曜日

大相国寺(大相国寺,dà xiāng guó sì,だいしょうこくじ) 555 ★★


開封府の出口は北側に位置する。正面玄関の如何にも観光地として整備された感とは裏腹に、こちらの出口は如何にも「裏」という感じで、この街の現実を見せるかのように、如何にも地方都市の生活という風景を見ることが出来る。

そんな風景のなか少し歩くと、如何にもこの街の大衆生活の中心という雰囲気の場所にでる。その中心は大きな市場。道の反対側には、「拆」という張り紙の貼られた取り壊しの決まっている建物が並び、その横には既に取り壊された建物の瓦礫が散乱し、様々な紙の色と混じり、解像度の小さな雑多な景色を作り出している。

その市場の横に位置するのが次の目的地である仏教寺院の大相国寺(大相国寺,dà xiāng guó sì,だいしょうこくじ)。その正面の広場で子供達がバドミントンに興じているのが如何にも古刹的な雰囲気と、そしてこの街でどれだけ当たり前のものとして風景に溶け込んでいるかと教えてくれるようである。

大相国寺と聞くと、京都の臨済宗の寺院である相国寺を思い出すが、もちろんこちらの大相国寺が歴史が古く、その由来の基にもなっているという。京都の相国寺が室町時代の1382年に創建されたのに対して、こちらの大相国寺は555年に創建され既に1500年の歴史を有するという。とにかく中国の仏教の歴史の中でも非常に重要な意味を持つ寺院であり、「十大名寺」の一つにも数えられている。

ちなみのその「十大名寺」であるが、諸説は色々あるようであるが、とりあえずは白马寺、灵隐寺、少林寺、寒山寺、隆兴寺、清净寺、大昭寺、卧佛寺、塔尔寺、金山寺となるという。


そんな訳で宋代においても首都開封(抃京)一の寺であったこの寺院であるが、それに先立つ唐の時代においてももちろんその重要性は変わらず、遣唐使として日本から長安を目指した空海が、途中にこの寺に立ち寄ったことでもよく知られているという。

その空海像があるのは日本人としても参拝をより楽しくしてくれば、この寺院を有名にしているものとしてはもう一つ、中央の羅漢堂(八角琉璃殿)に納められている7mもの高さを持ち、金箔で塗られた千手千眼観音像だというので下から見上げて「なるほど」と思いながら参拝を済ませる。

全体として非常に縦長の敷地に建物が配置されており、残念なことに入口は南側のみ。という訳で、北の端まで行っては戻ってくるのだが、入口付近でやたらとスピーカーを通して流されているのは、北京のラマ寺院の中心施設である雍和宮付近に行くといつも流れている例の音楽。恐らく何かのお経であるのは分かるのだが、やたらとキャッチーなそのメロディーをついつい妻と一緒に口ずさんでいたので、せっかくなのでとお土産屋に入り、お坊さんの定員に「この音楽のmp3はあるか?」と聞くと、「六字真言颂」というお経だというのでそのCDを土産として買っていくことにして寺を後にする。


















2013年7月24日水曜日

東寺・教王護国寺(とうじ・きょうおうごこくじ) 796 ★★★


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所在地 京都府京都市南区九条町
別称  左大寺(さだいじ)
山号  八幡山
宗派  東寺真言宗
寺格  総本山
創建  796
開基  桓武天皇
機能  寺社
文化財 金堂、五重塔、御影堂(国宝)
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百寺
世界遺産
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「タラタ、タラタ、タラタタン♪ タラタタラタター♪」

と、JR東海のCM、「そうだ 京都、行こう。」キャンペーンのテーマ曲を口ずさんでいると、横で妻がにやりと笑い、「ハモらなくても、主旋律を歌っていいんだよ」と如何にも悪意のある言葉を投げかけてくる。

音痴を自覚していてもどうしても口ずさみたくなってしまうのがこの東寺(とうじ)。京都と言えばまず出てくるこの寺の境内の風景。上記の「そうだ 京都、行こう。」キャンペーンでも既に4度も取り上げられているほどのメジャークラスの名所。荘厳ささえ感じられるあのしだれ桜越しの五重塔の風景は、日本人なら誰でも一度は眼にしたことがある風景であるはずだ。

そんな訳で、妻の嘲笑に耐えながら、逸る気持ちで境内へ。この東寺。正式には教王護国寺(きょうおうごこくじ)と呼ばれ、その名前から分かるように、王と国を護る為のお寺である。そしてその任を任されるのは日本の仏教界のスーパースター・空海。

呪いに呪われた長岡京から逃げるようにして遷都してきたこの平安京。なんとしてでもこの遷都は成功させたいと願う時の桓武天皇。頼りになるならどんな力でも縋りたかったその時に、候補にあがったのは、旧来仏教勢力である奈良仏教ではなく、当時の最先端の国際国家である唐から、新しい仏教である密教たるやを持ち帰ってきたという空海。

新しい仏教をもって、新しい都を護ろうと、東寺は平安京鎮護のための官寺として建立され、嵯峨天皇より空海に下賜され、東寺真言宗の総本山として真言密教の根本道場として栄えた。

「東」があれば、「西」もあるのが当然で、平安京の都市計画としては、京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」の2つの寺院が建立された。それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院とされた。

と言うわけで中心軸となるのは羅生門だが、ここよりやや西に羅城門跡が在り現在は碑のみが存在する。中心軸をはさんで対象位置には西寺が在った訳だが、今は西寺公園として整備されている。1200年も前のこの場所の記憶をとどめるとても貴重な歴史的遺産である。

ちなみにこの左京と右京であるが、街を歩いていると気がつかないが、地図を見てみるとおかしなことに気がつく。北を上にして地図を広げると、左にあるのが右京区。右にあるのが左京区。このカラクリは御所で南を向いて座られる天皇から見て右にあるか左にあるかで決まっており、北を上にして物事を見るという現代の視点からは離れたところから決められているのもまた京都の都市計画の面白さであろう。

中世以後の東寺は後醍醐天皇や足利尊氏など、多くの歴史的人物からの庇護を受け栄えてきたという。南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)が南から北へ向けて一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままという非常に貴重な寺である。

この寺の見所は不二桜と呼ばれる美しいしだれ桜とその奥に見える五重塔。この塔は高さ54.8メートルを誇り、木造塔としては日本一の高さとなっている。現在の塔は5代目で、1644年に徳川家光の寄進で建てられたものだという。

そしてもう一つ見逃すことが出来ないのが、真言宗の根本道場として空海がどうしても作りだそうとした立体曼荼羅。講堂の中に入ると、中央の大日如来を中心に五如来、右手に金剛波羅蜜多菩薩を中心に五菩薩、左手に不動明王を中心に五大明王、東西に梵天と帝釈天、四隅に四天王像。5+5+5+2+4で計21体の彫像によって表現されるのは羯磨曼荼羅。密教世界の真理を描く曼荼羅を、立体的に表現したものである。

「これこれ」と意気揚々と中に入るとして後ろを振り向くと、炎天下の気候に既にグロッキーな妻の姿。先ほど音痴をバカにしていた様子は微塵も見られない。このままでは午後の旅程に影響が出るなということで、出来るだけ日差しを避けて木々の陰を通りながら境内を回り、手短に参拝を済ませることにする。

思った以上に大きな京都のスケールに、相当早いペースで写真を撮ってきたために既にカメラの充電が残り一メモリ。午後の名庭園で電池切れは悔やんでも悔やみきれないということで、ホテルに置いてきてしまった予備の電池を取りに行くために急遽予定を変更。妻の体力回復も期待して、ホテル近くの老舗の蕎麦屋に向かう提案をし、少々回復した妻のテンションにややホッとしながら境内を後にする。










2013年7月20日土曜日

高野山 奥の院 816 ★★★★


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所在地 和歌山県伊都郡高野町高野山
山号  高野山
宗派  高野山真言宗
寺格 総本山
創建  816
開基  空海
機能  寺社
文化財 不動堂、仏涅槃図ほか(国宝)
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高野山の最大の聖域、奥の院へ向かうために、一の橋の駐車場へ。

料金は一時間で600円で30分毎にプラス200円というので、係りのおばさんに「どれくらいで戻ってこれるか?」と聞いてみると、「ここからだと2キロだから、往復になると4キロになので1時間だと厳しい」とのこと。奥の院近くに無料駐車場もあるというが、昨晩泊まった宿の主人からも薦められた様に、せっかくだからここから歩くかと参道へ。

ここから奥の院までは歴史上の人物から有名企業まで多くの人物のお墓が並ぶ。中でも有名なのはやはり有名武将の墓。織田信長、石田光成から豊臣秀吉まで。とにかく多い。「彼らは全員生前から真言宗だったのか?」と思いながら、外よりも数度下がった感じのする杉木立の中先へと進む。

大きな杉の間を抜けて30分ほど歩くと道の脇になにやら小さな看板があり、おじさんがなにやら手を突っ込んで奮闘している様子。どうやら中に石が入っていて、それを段差になっている奥の部分まで持ち上げられれば幸せになれるという弥勒石らしい。高齢にも関わらずなんとか持ち上げることができ、杖で再度下に石を落としてくれたおじさん。「結構重いですよ・・・」というので、折角なのでチャレンジしてみることに。

どうやっても片手しか入らない入口から手を突っ込んでみると、結構な大きさの石が。おじさんでもできたんだから・・・と思っていたらこれが結構な重さ・・・。なんとか気合を入れて持ち上げ、上の段に乗せることができたが、後で調べると出来なかった場合は不幸になったり、よくないことが起きるとされているという。

後ろに並んでいた女性に、「結構重いですよ・・・」と忠告をしながら石を落とし更に先に進むと、見えてくるのが奥の院。高野山が聖地である所以は、この奥の院が空海の御廟でありからである。

結界を張るように流れる川にかかるのは、この世とあの世を繋ぐかのような御廟橋。この先は写真撮影は一切禁止。まさに聖域への入口。脱帽し一礼。橋を渡ると燈籠堂にたどり着く。手を合わせ、左に回って裏にたどり着くと弘法大師御廟が見えてくる。

その前には無数のロウソクの灯が焚かれている。手を合わせ静かにお祈りをし、再度お堂を回って正面に戻ってくる手前に、地下に下りていける階段が。下りていくと暗順応するまえの目に入ってくるのは、天井から吊るされた提燈と壁面いっぱいに広がる小さな光。それらが、暗い空間の中でぼうぅっと浮かぶように光る姿は、まさに幻想的。

その壁面の光に近づいて、それらが小さな仏像だと気がつくと「ブワッ」と風が吹き抜けていったような気分になる。やはりここが聖域で、何かがこの空間にいるんだと思える場所。暗闇で再度手を合わせ、ぐるりと回って地上に上がる。

懐かしい気分のする光の元、橋を渡り振り返って頭を下げる。

先ほど来たときとは何かが違ったような気分を感じながら参道を帰っていく。











高野山 壇上伽藍(だんじょうがらん) 816 ★★★


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所在地 和歌山県伊都郡高野町高野山
山号  高野山
宗派  高野山真言宗
寺格 総本山
創建  816
開基  空海
機能  寺社
文化財 不動堂、仏涅槃図ほか(国宝)
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かなり広い高野山エリア。西から高野山の正門にあたる大門。その次に高野山信仰の中心となる壇上伽藍(だんじょうがらん)。有名な根本大塔 など幾つもの伽藍が集まるエリア。そして総本山金剛峯寺。そして一の橋から奥の院まで伸びる2キロの道沿いには無数の石塔が立ち並び、有名武将の墓なども並ぶ。

そんなざっくりした高野山のエリア分けの西の最大の見所である壇上伽藍。寺院が幾つか並んでいるのだろうというのと、朱色の根本大塔のイメージだけを持ってやってくる。中門の工事中のシートの横を通り境内にでると、ドンと待ち受けるのが大きな金堂。根本大塔と共にこの壇上伽藍の中心となる建物。1926年に焼失し、現在の金堂は1932年に再建された鉄筋コンクリート造の建築である。

金堂の奥に見えるのは根本大塔。1階平面が方形、2階平面が円形の多宝塔。1937年に空海入定1,100年を記念し再建された、これまた鉄筋コンクリート造の建物。金堂200円、根本大塔200円を支払い内部見学。

スケール感がぶっ飛ぶようなこの二つの建物を見学した後は、まずは東に足を向け、1197年建立の国宝・不動堂や、東の端に建つ1984年再建の東塔まで足を伸ばし、振り返っては東塔、根本大塔、金堂を視界に捕らえる。青い空に朱色がなんとも清清しい。

再度根本大塔と金堂の間を抜け、御影堂を横目に今度は西の端まで歩を進める。東エリアとは対照的に森の中にひっそりと現れる西塔。887年に初代の塔が建立され、現在の塔は5代目で1834年の再建という。200年近くなる建物だけあり、なかなか雰囲気のある色合いとなっている。

(だんじょうがらん)
http://www.geocities.co.jp/kmaz2215/Fusion/garanf.htm

山王院を回って再度金堂の前にでて境内を後にするのだが、やはり印象に残るのはその巨大さ。その効用。まるで宇宙の広さを見せ付けられるかのような大きさの前に、人は自らの悩みの、存在の小ささに向き合えと言われるかのような思いになるのだろうと思わずにいられない。

境内に行きかうお坊さんの姿に、ここが今でも生きた仏教都市であることを再認識し、せっかくだからと西の一番端に位置する大門を見学しに行くことにする。