ラベル テロ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル テロ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年6月18日日曜日

One Blackfriars SimpsonHaugh 2018



せっかくの日曜日だからと、昨年も足を運んだコロンビアロード・フラワーマーケット(Columbia Road Flower Market)沿いにある、友人の飛び切りのおすすめだという素敵な雰囲気の隠れ家的なレストランで友人達とゆったりしたランチを取り、ロンドンっ子が両手に抱えきれないくらいの花を買い込んで帰っていく姿を見ながら食後のコーヒーをいただき、せっかくだからとテムズ以南の新しい建築を見ていこうと友人が車で案内してくれることに。

テロ対策で市内は30kmとスピード制限がかけられるその道すがら、テムズの袂に独特な姿を見せ始めている建設中の建物が。急いで写真に納め調べてみると、SimpsonHaughというイギリス人建築家の設計事務所による、One Blackfriarsという高級アパートメントとホテルが入る高層ビルのようである。

50階建てで170Mの高さとなるその建物は中央部が膨らみ登頂部に向けてセットバックしていく特徴的な形で、ロンドンのスカイラインに新しい表情をすでに与え始めている様子である。

ザ・シャード(The Shard)やウォーキートーキー(Walkie-talkie)に続く、ロンドンの都市改造の新しいメンバーとして、テムズ川沿いの一等地に立つこの建物が来年の今頃には完成しており、どのような表情としてロンドンの都市に現れるのか、高層ビルに関わる建築家としてぜひとも見てみたいものである。






2016年11月7日月曜日

パリ



一年半ぶりにやってきたパリ。今回の目的は始まったばかりの大きなコンペの打ち合わせのため。第一回のクライアントとの打ち合わせと、地元パリの協力会社となる設計事務所、構造、設備、ファサード、音響、防犯等々、様々な現地のチームメンバーと顔合わせをしてどうプロジェクトを進めていくかの打ち合わせ。

そしてそれと同じくらいに重要なのが、モンパルナスタワーがパリという都市の中でどのような位置づけをされ、人々に捉えられており、街並みの中でどの場所からどのようにして浮かび上がってくるのかを身体を通して理解すること。

それと同じように、昨年発生したテロ事件以来、その雰囲気をガラッと変えたであろうパリの日常の生活風景。テロが発生した場所を自らの地図にマッピングしながら、ネットや写真では見ることの出来ないその都市のリズムをできるだけ身体に叩き込むためにも自分の足を使ってできるだけパリのあちこちを歩いていくことを目的とする。

「あぁ、港区住んでるのね・・・」とか、「へぇー、杉並なんだー」などと、東京であれば23区がかなりそれぞれ特徴のある地域性を作りだすのと同様に、このパリも「中心から渦を巻くようにしてぐるっと・・・」と言われるように、中心部を20区によって構成され、それぞれにある特徴があるようであるので、今回はその中のいくつかの区でもその雰囲気を掴み取るために俯瞰した地図を意識に入れながら、都市を理解していくことにしようと思いながら、やたらオシャレなエアーフランスの機内安全ビデオを見ながら、可愛さは美しさではなくて、オシャレ具合とスタイルだと改めて納得する。





2009年10月11日日曜日

「グリズリー」 笹本稜平 2004 ★★★

非常に壮大なハードボイルド小説。ただただストイックに自分の信念に正直に、誰にも分かられることなくとも、その孤独の日々の中で自分を刃物の様に研ぎ澄ましていく。そんな男達が山を通してつながっていく。

アメリカを相手にたった一人で戦いを挑む元エリート自衛官である折本敬一。テロリスト「グリズリー」と名付けられながらも、自分の信念に従いアメリカ合衆国副大統領の姪であるフィービ・クロフォードに近づいていく。

そしてもう一人の主人公は元北海道警SAT狙撃班で将来有望なスナイパーだった城戸口道彦 。その時代に札幌市の消費者金融を襲った二人組みの一人を射殺するが、その事件の影響で一線から身を引き、今では地元の山で山岳救助隊員を務める。

そんな二人が雪山の中で出会う。そして折本がかつての事件の生き残りの一人であったことを知る。

その折本が今でも一人で実行に移そうとしているある計画。それはこの国の安全を根底から覆すことになる真実を表の世界にあぶりだすこと。

相変わらずにあまりも不器用で、それでいてかっこいい男の姿を書く作者。一人で何ができるのかを嘆くのではなく、たった一人でも真剣に世界を相手に立ち向かおうとする姿。そこに国境などは存在しないのだろうとは思いながらも、それでも現実には、同じ苦しみを理解する為には、 言葉を理解しなければ本当に同じ想像力を共有することは難しいのだろうと、母国語ではない言語を使い生活する日常の中で思いながらページを閉じることにする。