ラベル 古都 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 古都 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年4月1日土曜日

宏村(こうそん,ホンツン,Hongcun) 安徽省 ★★★★


--------------------------------------------------------
世界遺産
--------------------------------------------------------
せっかく安徽省まで来たのだから、この機会にと足を伸ばしたのは宏村(こうそん,ホンツン,Hongcun)。黄山市中心から山道を飛ばすこと1時間、出迎えてくれるのは一面を黄色に染める菜の花畑。その中に浮かぶようにして白い壁にレンガ屋根の美しい集落が見えてくる。これが2000年に付近の西逓村と共に世界遺産に登録された宏村。

この地域の象徴でもある山・黄山。その麓にひっそりと隠れるようにして存在していた小さな集落。隣接する川から引き込まれた水路が集落の端々まで張り巡らされ、その水路が流れ込む二つの大きな水面に投影される美しい村の風景はまさに桃源郷。

周囲の開発の影響を受けることなく、明清代の建物がとても良い状態で保存されており、身体スケールで作られた村に張り巡らされた様々な路地の中では、水路に下りて野菜を洗ったり、洗濯物をしたりと、時空を飛び越えるような不思議な感覚に陥ることになる。

集落の中心に設けられた水盤の周辺には、村の重要な建築物が配置され、逆に集落の南に設けられた幅200mにもなる水面には中央に石橋が設けられ、一日の終わりを告げるように西日が美しい反射光が刻一刻とその表情を変えていく。


























2016年12月29日木曜日

台北(臺北,Taipei,Tái běi)★★★

行ってそうだが今まで縁がなかった台湾。年末年始、正月感もなく、地獄のような大気汚染に覆われた北京からしばしでも逃げ出そうと、年末年始を過ごすために向かった台北(臺北,Taipei,Tái běi)。

昨日までの気の滅入るような酷い大気汚染のせいで、数多くのフライトがキャンセルになったと聞いて、「せめて飛んでくれれば・・・」と願いながら迎えた朝は、拍子抜けするくらい普通の空模様。定刻に飛び立った飛行機は3時間ほどで台北西部の空港に到着。

海の向こうの次期大統領が例のツイッターで好き放題やるように、世の中の誰もが思うとおりに発言することができるほど世の中は寛容ではなく、様々な気遣いをしながらネット空間でも生きていかなければならないようで、「一つ」か「二つ」かと揺さぶられるこの台湾でどんな年越しを過ごせるのか楽しみにしながら入国審査へと向かう。

驚いたことに、入国審査も外国人用に多くのゲートを用意し、できるだけ長く待たないようにするという心遣いが感じられ、どんなに長く列が出来ていようとも、お構い無しに数人のゲートで作業を続ける大陸のやり方とはまったく違うやり方のお陰で、ストレスを感じることなくあっさり入国。

「これはひょっとしてかなり違うんじゃないか・・・」と思いながら、非常にスムースに荷物を受け取り、とても丁寧な説明を英語で行ってくれるwifiルーターの貸し出しを受け、列に並んで市内までのバスのチケットを買い、周囲の迷惑を考えず大声で話す人々も、そこらじゅうで痰を吐く人もいなく、皆整然と乗り口でバスを待ち、定刻にやってくるバスに乗り込み市内へと。

「ひょっとして・・・」との思いはますます強くなり、古き良き東洋の雰囲気を味わうことを楽しみに、市内までバスで揺られることにする。



2015年12月6日日曜日

河南博物院 1927 ★★



「商」と呼ばれる「殷」王朝の遺跡が出土したとされるこの鄭州。その遺跡が見れる場所があると言うので、鄭州商代遺址(郑州商城遗址,Zhèng zhōu guǎngchǎng)と呼ばれる場所にむかってみるがどうもおかしい。市民がのんびり憩いの場として使っているだけで、悠久の歴史を感じさせる遺跡らしさは感じられない。

座っている人に「鄭州商代遺址はここか?」と尋ねるが、「たしかにそうだ」との返事。どうももやもやして帰宅後調べてみると、やはり自分がいったのは「商城公园」と呼ばれる場所で、本来の目的地はもっと市の東側に行ったところで、もう少しちゃんとした城壁らしきものが残っているという。google mapに頼る身としては、それが指し示した場所が違うとは流石に疑うこともできず、なんとも残念であるが、その場ではもやもやした気持ちで次の目的地である河南博物院に向かうことしかできない。

時間もあることだからとバスで移動しようと地図を見ながら歩いていくが、どうやらこの都市、とても交通渋滞が酷いようである。また示された乗車駅までもかなり遠く、目的の駅までそれほど直線距離は無いにもかかわらず、渋滞の為に無駄な時間を車中で過ごすことに。

最寄のバス停から目的の河南博物院までも相当な距離を歩いていかなければならず、ついてみるとメインの建物は改修工事のために中には入れず、脇にある別館だけ見学することに。

見学終えて、疲れきったので高速鉄道の駅に向かおうと思っても、どうやら一度先ほどいた二七広場まで戻ってそこから地下鉄に乗らないといけないようである。その為には先ほど下車したバス停までを戻り、更に渋滞が激しくなった道を1時間近くかけて戻っていく。

人とモノと車であふれ、文化的にみるべきものもそれほどない街。中国人がこの街をそれほど良く言わないのも納得しつつ、やっと到着した高速鉄道からまた3時間近く電車に揺られて夜の北京西駅に到着する。








鄭州(郑州,Zhèng zhōu,ていしゅう) 河南省省都 八大古都 河南省 ★★


--------------------------------------------------------
八大古都
--------------------------------------------------------
さて、巡ってきた八大古都も最後の都市となるとさすがに感慨も深くなる。いかにも古都らしき開封から向かったのは、1億近い人口を抱える中国最大の省である河南省の省都として君臨する鄭州(郑州,kāi fēng,ていしゅう) 。中原と呼ばれる中華の中心でも地政学的に見ても中心に位置するその地理的利点を生かし、人とモノの流れの中継地として現在の中国の中核都市として機能している。

歴史を紐解くと、安阳同様、「商」とも呼ばれる「殷」王朝の時代においてすでに街があったとされ、時代が下って春秋時代にはこの地の名前にもなっている古代国家である「鄭」の領地であり、宮城他に宮城谷昌光にも描かれた大夫・子産の領地として栄えた。車のナンバープレートに使われる略称は豫(豫,yù,ゆ) であり、これは古代にこの地が豫州と呼ばれたためである。

東に開封、東北に安阳,西に西安という中華の歴史の中で重要な舞台となってきたこの都市に、古都の最後の風景として何が残っているのか楽しみにしながら、30分あまりでった電車の到着をまって如何にも巨大都市だという高速駅へと降り立つことにする。