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2015年3月7日土曜日

「空き家問題 - 1000万戸の衝撃」 牧野知弘 2014 ★★★

昨今、テレビでも取り上げられるキーワードの一つとしてあげられる「空き家」。結局これも大きな、「日本」という国の形が変わろうとしている移行期に膿の様に出てくる様々な現象の一つでしかなく、国や社会という非常に複雑な事象が様々な要因によって絡み合って作り上げられている限り、各専門分野からの視点のみで、一つの現象を分析し、語らっても、その言葉はむなしく宙を舞うだけで、決して物事の本質を突くことは無い。

縮小社会、極点社会、限界集落、地域格差、貧困、非正規労働、少子高齢化、貧困の世代間連鎖、グローバリゼーション、消滅可能性都市、デフレ、利権、規制緩和、機会不平等、日雇い、ネットカフェ難民、

これらのキーワードはすべてが連動し、誰もが何が原因で、どんな結果が起こるのか分かることなく、それでも自分の専門範囲の限りにおいてできるだけ枠組みを整え、できる限りの知恵と知識を振り絞って、現状に対して何か良い作用をどうやって及ぼすことができるのか、それぞれの分野で様々な人が躍起になっているという状況が現在である。

日常の中、誰もがうっすらと感じていた問題意識。元気な親の姿でなかなか現実として見えてこない将来の姿が、実は少し生まれる時間が早かった世代の家庭にはすでに起こっていることだという認識。

その想像力というフィルターを通してみると、自分の生まれ育った街は全く違った様相を見せてくる。それが当たり前のように思い、地方から都市へと進学し、そのまま機会を求めて地方に戻ることなく就職し、そこで同じく地方から出てきた妻と結婚し家庭を持つ。

その中でどれだけの人口が都市間で移動し、決して平衡を取ることの無い一方的な流れになっているかということは、自分をどれだけズームアウトして俯瞰してこの国の形を見れるかに拠って、その風景はある種恐怖を感じることになる。

「建築家」という都市や社会を扱う職業についていると、日常として向き合う事象として毎日向き合うことになる。自分と言う手がかりのある実例を通して社会を見るが、その圧倒的な国の形の変容は、自分が生まれ育ったこの国の在り方さえも変えてしまう流れだとあまりに容易に想像がつく。

交通技術のイノベーションとともに、違った速度を手にしてきた人間。その速度は同時に、今までと違った距離を日常の中に与えてくれる。その距離を半径とした円の中、人はよりよい機会を求め彷徨う狩猟本能を目覚めさす。大企業による転勤と言う人口再配置が意味を成さなくなったグローバル世界には、世界の舞台で競争を勝ち抜くために、拠点都市への資本と人材の集中投下へと繋がることになる。

それが我々が生きる「都市の時代」。

自分の問題として、遠くない将来に空き家となるであろう親が住まう地元の家。
日本人として、様々な地方から大都市へと引かれる人の移動の線。

そんなジリジリと自分に擦り寄ってくる二つのスケールでの社会問題。それを不動産を専門とする作者が、その専門分野から分かりやすくこの「空き家」の現象を分析し、その背後にある大きな問題の一部を垣間見せる。

どう考えても、もう隠し切れないこの国の形の変容。できることなら、次に見えてくるこの国の新しい形が、誰かの利権を守るためでなく、本当に国が住みよい場所として見えてくることを祈るばかり。

下記、本書よりいくつか抜粋する。
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■目次
/はじめに 地方に残された親の不動産
地方に残された親の家が家族の大問題 「貸せない」「売れない」家

第1章 増加し続ける日本の空き家
/空き家1000万戸時代への突入
現在の東京都23区の人口は約907万人
この15年の間に東京23区の人口に匹敵する人々が丸ごとこの国から消滅する
「働き手」が、今後日本からどんどんいなくなってしまう

/首都圏で進む高速高齢化現象
子供たちが卒業、就職で家から離れていく時代 夫婦二人だけ 子供部屋はただの物置へ

第2章 空き家がもたらす社会問題
/なぜ空き家は放置されているのか
空き家数の増大は、不動産価値の変革と密接に結びついている
/ある税理士の述懐
不動産の価値がこれからは上がらない
/厳しい状況に陥る市町村
全体収入の87%を
固定資産税に限って言えば、地方税収入の約4割を占める貴重な財源
/地方都市で進むコンパクトシティ構想
もうほとんど住む人のいなくなった地域ではわずかに残った住民のためだけに一定の行政サービスの水準を保つのはきわめて非効率であり、現実的ではなくなっている
地域への行政サービスを放棄する代わりに、住民を都市部に集め集中的にサービスを行うとしたのがコンパクトシティ

第3章 日本の不動産の構造変革
/都心マンションが売れる裏側で
マンションが大人気
土地代に加えて建設費がとんでもないことになっている
大きなゼネコンはまずマンション建設の仕事は請け負ってはくれません。公共工事の受注だけでおなかがいっぱいなのです。無理栗提案をいただいてもびっくりするくらいの高値の見積もりを平気で出してきます
マンションの建設費は2,3年前と比べて30%程度上昇
/建設費が高騰する理由 
建設費は坪当たりおおむね80,3万円くらいのグレードの建物の見積もり
坪当たり130-140万円
「ひと」の問題 現場で作業する職人が極端に不足しています
鉄筋工、型枠工など高度な技能が必要となる部分で、「ひと」が集められない
わずか15年の間に建設業就業者は3分の2
小泉潤一郎内閣 公共事業の削減
地方の多くの若者は現在では親の家に住み、結婚と言う選択肢を選ばなければ何も建設現場でつらい仕事をしなくても、そこそこ食べていける状況にあるからです。いまさらキツイ仕事についてまであくせく働く必要性を感じていない彼らにとって
「えっ、いいっす、おれは関係ないし」
/「ひと」だけではない建設費高騰の要因
資材費 円安
工事用車両=トラックが極端に不足
運転する大型車両免許を持つ人の人口が減少
長距離運転をする運転手は、今や大変な人材難 昔「族」やってました
いまどきの地方の若者 トラック運転手のような体にきつい仕事はまっぴらごめん アルバイトが宅配便の配達 毎日家に帰れる
苦労して報酬をたくさん得ようと言うインセンティブにかける社会になっているのです
日本の構造的な問題
建設費は「高値」を維持していく可能性が大きいと言わざるを得ません
しょせんは「東京五輪」まで
「道具」もなく、「道具」を操る「運転手」もいなくなっているのが今の建設現場
/団塊世代が舞台を降りる時
なんでも群れたがる 山へ海へ高原へ彼らは元気にグループを作りながら活動します
行動派会社でも40代前半のもっとも油が乗った時代にバブルを体験し、会社の黄金期を謳歌して、十分に満足できる退職金をもらい、もう二度と出ないほどの多額の年金をもらう、日本でもっとも裕福な世代ともいえます。膨らんだお財布であちらこちらにお出かけになるのですから、旅行業界にとっては大変な上客
不動産マーケットがこの先大きな変容を遂げていくのは、ひょっとすると東京五輪という宴が終了した直後から
/まったく足りなくなる病院と介護施設
首都圏が世界で最速のスピードで高齢化 医療崩壊
/都心オフィスビルオーナーの悩み
立替計画 採算が合いません 建設費 賃料
経済はどんどんグローバル化の道
東京にオフィスを構える必要性すら感じなくなってきている企業が増えている
東京は評価されていない

第5章 日本の骨組みを変える
空き家問題をもう少し大きなフレームで捉えています
賃借人がつかない、売却しようにも買い手がいない、そんな物件が山のように出てくる
空き家一軒一軒と真正面から向き合いあっても解決への道は遠く、これらの空き家を不動産として今後どのように取り扱っていくのかを、不動産価値の創出と言う観点からとらまえる必要性があります
地域全体、あるいは国家全体として構造を変える、枠組みを変えていく作業が必要
/国土の再編を考える
国土の絵図を変えるのです、
日本人が一番苦手な、政策の大転換、価値観を変える、このことにどうやって挑戦するのかが問われます
既存の権益に対する挑戦
/都市計画の常識を考える
平成の大合併 自治体同士の合併が急増 現在1700程度
市街地化地域を大胆に縮小する。公共施設の配置を見直す。交通体系を再編する。地域として何が必要で何が不要なものか、街の中心をどこに設置し、人々をどのように集めるか
/「廃藩置州」の必要性
企業で言うところの会社が目指すべき戦略の立案は、本社の中枢がおこなわなければどうにもなりません。
/私権への挑戦
/多数決が正しくないと言う発想
生きるか死ぬか、方向をきめることによって運命が定まるような重大な結論を出さなければならない場合、多くの人は自分自身の決定には自信が無く、難しい物事を判断し、決断をしてくれるリーダーを求める傾向にある
多数決をとると言う行為は、一方では、「誰も責任を取らない」という行為にも繋がる
日本社会を構成する国民の多くが高齢者になっている
選挙で落選する政治家が日本国のために大胆な政策を実行できるか
/「ひと」の配置を考える
日本の国内における「ひと」の再配置が必要
地方は高齢者がいなくなるのを逆手にとって、新たに首都圏などであふれた高齢者を招き入れるのがもっとも手っ取り早い人口回復策なのです。高齢者から高齢者へ

おわりに 認知症が進む日本の未来
   豊かだからと言って、思考停止して問題をひたすら先送りしているのが今の日本
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■目次
/はじめに 地方に残された親の不動産

第1章 増加し続ける日本の空き家
/空き家1000万戸時代への突入
/人口が急減し、日本から働き手がいなくなる 
/個人宅の空き家は激増
/世帯数増加の理由
/首都圏こそが空き家先進地域
/首都圏で進む高速高齢化現象
/東京における空き家の実態
/地方都市の悲鳴、賃貸住宅は空室の嵐


第2章 空き家がもたらす社会問題
/「買い替え」がきかない!郊外住宅の悩み
/空き家所有者の本音
/なぜ空き家は放置されているのか
/住宅放置状態の行き着く先
/2040年には空家率40%時代に?
/不安し続ける固定資産税の意味合い
/更地にして問題は解決するのか
/相続されたくない不動産
/ある税理士の述懐
/空き家と相続税、固定資産税のいびつな関係
/不動産の価値評価とは
/厳しい状況に陥る市町村
/地方都市で進むコンパクトシティ構想

第3章 日本の不動産の構造変革
/都心マンションが売れる裏側で
/建設費が高騰する理由 
/「ひと」だけではない建設費高騰の要因
/建設費高騰で不動産マーケットはどうなるか
/進む不動産のコモディティ化
/団塊世代が舞台を降りる時
/まったく足りなくなる病院と介護施設
/立替ができない築古マンション
/都心オフィスビルオーナーの悩み
/進む不動産二極化問題
/「本郷もかねやすまでは江戸のうち」

第4章 空き家問題解決への処方箋
/空き家条例の実態
/無理やりの流動化促進策
/空き家バンクの限界
/市街地再開発手法の応用
/シェアハウスへの転用
/減築という考え方
/介護施設への転用をどうするか
/在宅看護と空き家の融合
/お隣さんとの合体
/3世代コミュニケーションの実現
/地方百貨店の有効活用

第5章 日本の骨組みを変える
/空き家から空き自治体へ、自治体の消滅
/極点社会=東京の行きつく先 
/国土の再編を考える
/都市計画の常識を考える
/「廃藩置州」の必要性
/私権への挑戦
/多数決が正しくないと言う発送
/「ひと」の配置を考える
/「知恵」を売る次代へ
/日本の輝き方

おわりに 認知症が進む日本の未来
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2015年2月20日金曜日

違和感 車産業の飽和点

先日富士山周辺の神社を見て回るために訪れた三島沼津。そしての高知市内。

地方都市と呼ばれる都市の中でつかまったのは偶発的な事故などの理由ではなく、明らかに構造的な問題に起因する慢性的な渋滞。一日のある時間帯には完全に都市が機能不全に陥ったかの様に車がまともに進めない時間が発生する。

その都市に住んでいれば、「この時間のこの道は混むから避けよう」という対象になるのだろうが、外から来た人間でナビによって誘導される人間は迷うことなく街一番の幹線道路を進むことになる。そして出くわすどこも同じような渋滞の風景。

始めは街のつくりの問題。つまり人々が目的地とするスポット、会社などが密集する場所や、新しいショッピングセンターやスーパーがある場所と、人々が多く住む場所からのアクセス。そのバランスが崩れているのだろうと分析する。

恐らく一つの原因としてこの分析は間違っていないであろう。

数十年前に比べ車が日常の移動手段として「当たり前」に各家庭に入り込み、各家庭から距離を問題にせずにアクセスすることができることを前提に郊外にやってきた大規模マーケット。街の中の車の流れを一気に変えた出来事で、その変化に道路が対応できるはずもなく、これが新しい渋滞の原因。

現代においては、これだけ街の交通に大きな影響を与える店舗が出店される時には、街の中でどのように交通の流れが変化し、どこに新たなる渋滞が発生し、その規模と影響がどれほどが、それが人々の日常に与える影響が許容できるものかそうでないのか、対策を講じるべきなのかそうでないのか、また考えうる対策はどのようなものか。

ということを総合的に分析できる専門家が必要になってきているように思われる。恐らく交通分析のコンサルタントと都市計画を手がける建築家と、マーケティングの専門家などがチームとしてふさわしいのだろう。

しかし、渋滞があまりに永いので少し思考を先に進めてみると、原因はその様な表層的な部分で留まらずさらに深い場所に根を張っていると思われてくる。

バックミラーに見える後ろの車を運転しているのは20歳前後と思われる若い女性。右の車を見てみると、子供を後部座席に乗せた若いお母さん。左には70歳近いと思われる高齢者夫婦。

現在の都市の中で、我々が使っている道路が施設されたのはいつごろだろうか?

それをおよそ30年前だと考えてみる。その時代に車を運転していたのはどのような人々だろうか?恐らく今あげた様な人々は車を運転する側にはいなかったのではないかと想像する。恐らく各家庭に一台の車で、父親が仕事と家庭で使用するのが一般的な想定であったはず。

それは社会が変わり、家庭の在り方が変わり、車の所有がより一般的になり、より個人ベースに変わり、男女に関わらず、若年層から高齢層まで広がり車を必要な足として、かつては考えられなかった距離まで日常の中に取り込む時代になったことを意味する。

そう考えると、現行の大部分の道路が計画された時点に想定されていた日常的に車に乗る人の数と、それから爆発的に伸びた現在の車の乗る人の数。その偏差をどう分析するか。そして都市が機能する一定数の車に対しての道路面積。それがいったいどのようなバランスになっているのかの分析がどうなされているのか。

そう思うとぞっとしつつ、そういう自分もまた他の場所からやってきてレンタカーの使用者として、都市内を走る車の数を増やす新しい一つの要因であるレンタカーの数も無視できないと思いを馳せる。

本来ならある一定面積の都市においては、その都市の経済規模、住民構成、そして現在のそして将来的に予定されている道路面積とそのネットワークのあり方から、どれだけの数の車がこの都市にあることが適切か、現在すでにある車の数と比較し規制することが必要であろう。

しかし恐らく車産業という、国の根底を支える巨大産業になっているだけに、あまりに多くの人がその産業に依拠して生活を営んでいることと、国家産業として国の財政にも大きく関わることから、販売する車の数を規制するという方向にはどうしてもも持っていけないのだろうと想像できる。

新車を販売し続けるという以外に別の産業の発展を見つけられていない現在の車産業。そのツケが飽和に達しつつある都市の側に大きなしわ寄せを発現しだしている。

多くの人がこの違和感を抱えながらも、恐らくテレビや新聞など主要メディアでこの問題を提言するのは、あまりにもスポンサーとして必ず入ってくる世界企業となった車メーカーの意向に沿わないのも想像に難くない。

大都市、地方都市、郊外、農村部と場所によって車と社会のあり方を早急に再検討し、無理のない共存の仕方、地下の大部分を駐車場したり、空き地に中層の駐車場ビルを建設するなど走っていない時の車の居場所の問題も含めて、本気で検討しなければいけないときに来ているのは間違いない。

技術を公開するという会社規模での先進的な行動ももちろんであるが、産業として誰かが一歩先に出て、産業にとって短いスパンでは痛手になるが、社会と産業の長い目で見た関係性の中でより構築的な提案をしなければ行けない時期にさしかかっているのだろうと思いながら、やっと流れ出した渋滞を抜ける。

2015年1月3日土曜日

ピンとこない西湖十景 

「杭州に行く」と決めてから、色々なサイトで「杭州で何を見るべきか」を調べてみる。そうすると必ず中心となるのがこの西湖。そしてその西湖を語るときに必ずセットして紹介されるのがこの「西湖十景(さいこじゅっけい、Xī Hú Shí Jǐng)」。つまり「西湖周辺の素晴らしき10の風景」ということなのだが、ネットで見ている限りどうもピンと来なかった。

通常ではどこの街に行っても、中心となる歴史地区があり、それを象徴する建物が建っており、そこから幾つかの主要道路が走っていて・・・と街の構成とスケールが何となく理解できるのだか、この西湖十景に関してはどうも掴めないまま現地に到着してしまった。

その理由が、こうして2日間西湖周辺を巡り、実際にそれらの西湖十景を訪れてみて分かった気がする。

それは、「風景」というものの難しさ。

文化の中でも一番高位におかれるという「風景」というものの伝え方の問題である。目に映る世界の中からフレームを美しい絵として切り取る「風景」。それには自分の立ち位置に近いものを見る「近景」から、徐々に距離を持ち出し、建物などを視界に捕らえる「中景」、そしてずっと距離を離して自然の世界を全面に捉える「遠景」から構成される。

「近・中・遠」という距離の問題と、それぞれのスケールに合わせた見るべき対象の問題。この二つが複雑に組み合わされて風景が出来上がる。

そしてその風景を構成するための道具、背景となる自然の山などの起伏、その前にポイントとなる人工物、そして風景の焦点となる建築物など、それらが上手く視界の中に配置されることで美しいバランスを作り出す。

それらを上手く整理しない限り、サイトで簡単に「西湖十景」を説明することは不可能で、それがネットで見ていてもどうも「ピンとこない」ことの正体だと理解し、これを簡易に説明するためには都市的な視点と建築的な視点が同時に必要なのだと妻に熱弁を振るう。

せっかくなので、これから西湖に行く方の参考になればと少し自分なりに纏めてみることにしてみる。

まずは背景となるもともとの西湖周辺の風景を想像してみる。平らに開けた東側は古来より住宅地として利用されていたのが想像される。北、西、東には湖畔まで迫るように美しい山が地形に高さを与える。湖の内部には北側に大きな自然の島である孤山が浮かぶ。

そこに西湖の西で湖を東西に分断する強烈な直線としての蘇堤。
西湖の北に湖をさらに南北に分断する短い直線としての白堤



そして風景の焦点となるタワー。
北の「宝石山」の頂上にそびえる「保俶塔(ほしゅくとう)」
南の「夕照山」の頂上にそびえる「雷峰塔(れいふぉんた)」
南東の「呉山(吴山、ごさん、wú shān)」の頂上にそびえる「城隍閣(じょうこうびょう、chéng huáng miào)」



湖の中心に人口の島である小瀛洲・湖心亭・阮公墩が平面の中に点を作り出す。


直線の蘇堤・白堤にも、船の行き来を可能にするために、石橋がかけられ、植えられた柳の切れ目と少し高く持ち上げられた橋が視線の受け場所として作用する。



これらを踏まえて、再度「西湖十景」を、どこから、何を、「近・中・遠」のどの距離感で切り取る風景なのかを図にしてみると、黄色の遠景、白色の中景、赤色の近景と分類できる。

これらの壮大な風景の創作が、時代を超えて様々な人間の手を経て受け継がれてきたこと、そしてそれを現代も多くの人間が感じ取り、感動する対象としていることに、「風景」の持つ大きな力を感じずにいられない。

2014年10月28日火曜日

違和感と枠組み

日本の自動車業界の売り上げ実績が好調の様である。世界規模で展開する現代のグローバル経済にとっては、円安などの為替や各国の経済状況を踏まえ、それぞれの場所でのベストな対応を選びながら、全体としてどうプラスを生み出すかが求められる。その舵取りをする経営陣はまさにかつての戦国の舞台で活躍した軍師の様な役割とダブらずにいられない。 



もちろん、企業としてその製品である車の性能と価格が競合する他社と比べて優れているからこそ、各地の消費者に受け入れられているのだろうし、恐らく環境への負荷や燃費なども、他国製品に比べてとてつもない企業努力によって大きな先進性を手にしているのだろうと想像に難くない。

しかし、こういうニュースを耳にする度に、頭の中に浮かぶかすかな違和感。これだけ一企業が巨大化し、産業だけでなく、世界規模での経済や環境に与える影響が大きくなったグローバル社会。

その中で

モノが売れれば、
会社に利益が上がれば、
消費者に受け入れられれば、

それでいいということに感じる違和感。移動が活性化し、より多くの人間が都市を選び、都市に流れ込み、同時に地方の意味も変化した現代においては、時間と距離の概念自体も変化している。

その中において、広がりに限りのある一つの都市に対してどれだけの車があれば、同時に一つの国、そして我々が住む世界に一体総数としてどれだけの車があれば、人類として、都市居住者として、適正な生活がおくれるのか。

毎年毎年、前年比プラスの販売台数を掲げることは、積み重なり世界に溢れる車の数は右肩上がりに増えるだけ。徒歩から馬車、汽車から車へと移動の速度を変えては来たが、その構成自体は変わることの無かった歴史都市においては、これだけの数の車を都市の中に抱え込むのは限界に近づいているのが、路肩を埋め尽くす路面駐車の姿が示すモスクワや北京の現在の姿。

車が増えるのと同時に、道路や駐車場、そして環境への負荷低減装置が比例して都市に施設される訳も無く、ただただ、前年比で、上半期で、この四半期での売り上げを伸ばすためにより良い車を開発し、より良い販売ルートで客の手元に届ける。その在り方は既に限界に来ているのではないのだろうかと言う違和感。

自動車産業という環境に与え、そして人々の生活や都市の在り方に大きな影響を与える分野だありながら、同時に世界でも数少ない巨大企業が主たるプレイヤーとして市場を独占する状況だからこそ、その違和感はより強化される。世界企業として、自らの産業内部からの視線において競争を勝ち抜くことと同時に、トッププライヤー同士において、産業の外へと視線を投げかけて、一体どこが飽和点で、その数字の中においての競争へとどうシフトしていくのか、そして新しい世界の在り方とその中での車という移動手段の共存の仕方をビジョンとして描き出すこと。それこそが今後の世界の主役となる世界企業に求められる本当の能力なのだろうと思わずにいられない。

そんなことを思いながら、自らが身をおく建築という世界も同様に、資本主義を最も体現する産業の一つであり、その波は開発と言う名を纏いあっという間に世界の隅々までその触手を伸ばそうとしていく。今年訪れただけでもロシアから南アフリカまで、自然を切り刻み、「儲かるから」と作り出される建築物。資本主義にかけているのは、そのシステム自体を持続可能にしようとする全体への眼差し。局所での資本バランスのみに流され、人類が快適に住まう環境とはどのようなもので、その為にはどれだけの開発が必要なのかという総合的な判断と制御はされることなく、ただただ「市場の原理」と言うもてる者にとって都合のよいフレーズばかりが繰り返される。

自動車産業の様に、目立つトッププレイヤーと名指しすることの難しい業界であるからこそ、一体どんな枠組みが効果的なのかは難しいところであるが、アフリカの荒野に無尽蔵に作り出される新しい街の姿や、モスクワ郊外の巨大なオフィスビルの群れを目にすれば、誰もがこのまま負荷を地球に与え続ければ、この世界がいつかは悲鳴を上げて壊れ始めることは理解しているこの現代。一刻も環境との平衡状態を保つ有効な術を世界が共有する日が来ること、窓の外のスモッグに覆われた街の姿を見つめながら思わずにいられない。

2014年5月2日金曜日

生まれた場所の特性

人は自らが生まれる場所を選ぶことは出来ない。
しかし、その場所には歴史の中で培われてきた特性と言うべきものがある。

その場所に生まれ育つことは、そのような様々な特性を帯びて育ってきた地域で時間を過ごし、その特性を身体中に吸い込みながら成長していくことである。

例えば、東海地方。

太平洋に沿って、京都から江戸への東海道は温暖な気候に恵まれ、海洋輸送や海岸線沿いの比較的安定した陸上輸送の線上に位置し、いつの時代にも流通の強みを握り、戦闘時におけるスピードを得ることと同意であった。

そしてその場所の特性、価値というのはその時代時代の社会の中心となる場所からの距離にも比例することになる。長く京都を中心として発展した日本の中世。そして江戸へと中心が移動しても、影響力を持ち続ける京都との二重中心。そのどの時代においても、二つの中心を繋ぐ中間に位置する東海地方の優位性は疑うことはできない。

その地の利から直接的に得られる交通の便。交通がもとらす人の流れ、モノの流れ、金の流れ、そして力の流れ。

そこの地に天下を統一する下地を作った信長が、
その後を受けて天下を統一した秀吉が、
そしてその後の安定政権を築き上げた家康が生まれたのは歴史の必然であったのだろう。

信玄があと少し遅く生まれていたら。
正宗があと少し早く生まれていたら。

そんな「もし」が語られる歴史のドラマ。
しかし信州から天下に手が届いただろうか。
奥州から京都への距離をどう縮小できたか。
山陰から天下を窺うことが可能であったか。

そう考えると、歴史には必然が隠れており、それは地形と時間の中で偶然の様に見えながら数々の必然が重なり織り成した土地の力が隠れている。

それはその時に足を運び、その土地を見て、身体で感じ、地図を眺めて意味を読み取ろうとしなければ決して目の前に現われては来ない。

そこに行かなければいけない。

そうして今の世界を眺めてみる。
今の世界はどこが中心で、一体どんな価値を生み出しているのか。
そしてその価値が自らの人生においてどんな意味を持つのだろうか。
そして今自らの住まう場所は、何処に繋がっているのだろうか。

生まれた場所の特性を理解し、自らの身体の中に蓄えられたモノ語らぬ土地の力を把握し、そして今自らの住まう都市の特性を理解して生きること。

それがこれからの時代に必要になってくる能力なのだと思わずにいられない。

2014年3月28日金曜日

蓄積

次から次へと押し寄せる日常の忙しなさの中で時間を過ごしていると、ついつい近視眼的になってしまい、自分がどの方向に向かっているのか、また今の時間が成長につながっているのかすら見落としがちになってしまう。

そんな時に昨年のこの時期に、何に対して悩み、どんなことを思っていて、何を書き綴っていたのかを見返すことは、そこから現在までに歩んだ道のりを再確認し、そしてその距離の大きさを振り替えさせてくれる。

ただただ、日常の困難をなんとか局所的に解決しようと過ごしていても、その緊張感のある時間、常に今まで向き合ったことのない新しい困難に立ち向かっている時間の積み重ねは、やはり一年も過ぎるとかなり大きな蓄積になっているようである。

現在から振り返ってみる昨年の今の自分。打合せや、プロジェクトの打合せ、社外のコンサルタントやクライアントの接し方、他のパートナーとのやり取り、チームごとのリーダーシップ等々、どれだけできること、やれることが増えているかを改めて感じることになる。

日々の筋トレがすぐに見える形の結果として見えてこないように、このような経験という蓄積は、見えずらいだけに、気が付いた時には大きな差となってしまう。一日の少しの気のゆるみが、一年では大きな距離となるように、来年の今頃、今日の日からの成長に少なくない満足を感じられるようにとまた厳しい時間を過ごしていくことにする。

2014年2月22日土曜日

「東京家族」山田洋次 2012 ★

小津安二郎の「東京物語」(1953)へのオマージュとして、設定のほとんどは踏襲し、舞台を震災後の現代に置き換えて撮影されたこの山田洋次による「東京家族」。

ネットでもさんざん叩かれているようであるが、確かに何の為にリメイクしたのか良く分からない。田舎の離島に住まう老夫婦が成人して田舎を離れ東京で生活を送る3人の子供達に会いに来るが、既に家庭を持ち、東京での生活も長くなった長男と長女は、東京に住まうものとしての価値観で少々の煩わしさを感じながら両親に良かれと思う事をしてもてなす。

開業医を営む長男は、両親を東京観光に連れて行こうとする早朝に緊急の患者が入る為に出かけられなくなり、案内をキャンセルしなければいけない。美容院を営む長女は狭い家に両親を泊めて息苦しい思いをするくらいなら、少々高くても高級ホテルに泊まってもらって、美味しいご飯でも食べてもらおうと両親に勧める。昔からの旧友は息子が出生し大きな家に住んでいるといっていたが、それが見栄であり実は全然うだつの上がらない息子を情けなく思いながら、逆に田舎から出てきた男に「お前はいいな。息子が立派になって」と愚痴を言う。

ホテルの高級な料理が田舎から出てきた両親にとっては東京で望んで来た物ではなく、子供達が自分達との間に感情のズレを感じる両親だが、どうしてもそのズレは埋まる事が無い。そこに訪れる母親の急死。家族にとっての一大事においても、長女と長男にとってはあくまでも東京での自分の生活が基本にあり、そこから年老いた父親をどう助けるかの視点のみ。

それに対して父親と馬の合わなかった次男が彼女を連れて帰省をし、父親の身の回りのことを手伝うのだが、そこで少しだけ父親が子供に対する気持ちを語る。

つまりは、現代社会における家族がいかにバラバラになり、それぞれの生活、それぞれの住まう場所が基本として物事を捉え、家族を思う気持ちはあってもそれはあくまでも一方的な捉え方であり、それが如何に相手側にとっては痛みを伴うかを描こうとしているのだろうと想像する。

形を変えても、恐らく日本中のどこの家庭でもあるようなこと。成長する子供をいつまでも子供として、親の考え方から捉える両親。自分も家庭を持ち立派に都会で生活を持つものとして親を分かってあげようとする子供達。そして東京と地方という距離の問題。

はたから見れば十分に幸せな家族のはずが、それぞれのメンバーは不幸だと思わないにしても、恐らく外から見えてるような感情を持ってはいない。大家族が減り、忙しない日常を生きる現代人。同じ場所で同じ時間を過ごさない限り必ず起こるギャップ。家族よりも、日常を共有するもの同士の価値観が影響しあうのが人間である限り、家族といえばとも感情のすれ違いは当然ながら起こってくる。

その微妙なすれ違いを表現するためには、崩壊しきっている家族でも、逆に近すぎる家族でもダメで、仲はいいのだが、それでも各人が望むような完璧な関係にはなっていないそこそこの家庭が舞台である必要があったという訳だろう。

自分が望むと望まないに関わらず、両親と過ごせる時間には限りがある訳で、できることは少しでも共に時間を過ごし、それを自らが楽しむ事でしかないのだろうと思わずにいられない。

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スタッフ
監督 山田洋次
脚本 山田洋次
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キャスト
橋爪功 平山周吉
吉行和子 平山とみこ
西村雅彦 平山幸一
夏川結衣 平山文子
中嶋朋子 金井滋子
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作品データ
製作年 2012年
製作国 日本
配給 松竹
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2014年2月11日火曜日

少々の不自由さ

北京に戻り、冷蔵庫を開けるが暫く家を空けていたのでこれといった飲み物が無い。そんな時思うのは、深夜にも関わらず、すぐに外にでて近くのコンビニで何十種類の中から好きな飲料を選ぶ。そんな日本の便利さはここにはない。夜には閉まるスーパーが朝に開くのを待つしかない。

こんな些細な事だけと、日本にいると当たり前のことがどれだけ過剰に便利であり、心地よい環境かということを思い知る。

これを企業努力というのだろうが、人は少しでも便利だと思う事、快適だと思う事にお金を払う。それが企業にとって少しでも儲けに繋がる、利益になれば、様々な手段を使って開発される。競合他社よりも一時間遅くまで営業していれば、利益がどれだけ上がる。ほかよりもより近く、高密度で店を展開すればどれだけ売り上げが上がる。

高度なマーケティングのシュミレーションと組み合わされ、住まう人はデータを作り出すパラメーターとして把握される。そこには、快適な調整された環境で育てられた動物が、いきなり厳しい野生の中に放り込まれたら自分を守ることもできずに死に絶えてしまうような、「人はどこまで快適さを与えられたら、厳しい現代社会で生きていくうえでの力を無意識のうちに失っていくか」などという要因は加味されない。

確かに便利になったり、快適さを感じたりすることに流れるのは止める事ができない。ただ、それが世界の他の国と比較して、どれだけ差異化されているのか?多様である他の国では、どれほど日本から見たら低いといわざるを得ないスタンダードで多くの人がそれを当たり前として暮らしているのか。

それを認識せずに、ただただ全てを与えられ、すべてを経済性から捉え、対価を支払う事で進歩したサービス産業の恩恵を受けるんだと開き直ることで、どんどんと楽に慣れた堕落した人間を作り出してしまうのではと思わずにいられない。

コンビニの例だけではなく、様々な場面において一つの事をこなそうとする時のハードルが過度のサービスの発展の為に、非常に低くなっている現代の日本。しかし提供されるサービスが向上するのは、それはあくまでもビジネスの一環であるから。そこに利益があがるというシュミレーションが働くから。

もし、そこが限界集落、極点社会へと針が振れ、利益の見込みがなくなった時には、恐ろしいくらいにあっさりと撤退していくのが競争に晒された企業の本質。日本が人口を失い、国の枠組みが少し外に開き始めれば、外部のスタンダードが大量に流入するのは眼に見ていてる。

そんな時代を見据えると、至れり尽くせりのサービスにどっぷりと精神を浸して過ごすのではなくて、人が健康的に生きていくのに一体どの程度が適切か、自ら判断しながら、世界の標準と距離を測りつつ、しっかりとサービスの中から意識的に選択して付き合っていく必要があるのだろう。

少々の不自由さの中で生きたほうが、人は困難を克服しようとする力が養われる。特に小さな子供には、できるだそんな環境で育っていくのがいいのではと思いながら冷蔵庫を閉めることにする。

2014年2月2日日曜日

出雲大社庁の舎 菊竹清訓 1963 ★★★

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所在地  島根県出雲市大社町杵築東
設計   菊竹清訓(きくたけきよのり)
竣工   1963
機能   社務所
構造   鉄筋コンクリート造
規模   平屋建(一部中2階)
延床面積 631m²
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1963年(昭和38年) 第15回日本建築学会賞 
1964年(14回) 芸術選奨文部大臣賞
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神楽殿から出雲大社の境内に足を踏み入れると、右手のうっそうとした木々の中に周囲の環境とカモフラージュするかのように、表面に深さと太さを変えられたコンクリートの凹凸をもった壁面が現われる。

神々の国の首都の中心地に立つ出雲大社。その境内に現代の社会的機能を果たすべく計画されたこの出雲大社庁の舎。神々の時間の長さに対してどのような建築が対抗できるかを必死に考え抜いて答えを出した若き建築家の姿を想像させてくれる作品である。

日本有数の神域空間。今後も今まで同様に、何百年と繰り返すことで今を更新し、時間を重ねていくこの出雲大社の空間で、現代に造られる建築物として残っていく宿命をどのような考え方と形態でもって応えるのか。その重責に挑戦できるのは、この日本の国に生まれた中でも数人の建築家のみ。

1958年のスカイハウスから5年後。35歳という建築家という職業としては過分に若い時期において、日本人として、建築家として、二重のプレッシャーを引き受けなければいけない大きな挑戦に挑み、そして自分なりの答えを提示した菊竹清訓(きくたけきよのり)氏。

1969年に出版される『建築代謝論 か・かた・かたち』にて発表される設計理論である「か・かた・かたち」論を構築していく過程で手がけることになった1963年の出雲大社庁の舎。そしてそれに続く1965年の東光園と徳雲寺納骨堂という現代建築を代表する作品を通して確実に理論と実践を前に進め、その後のキャリアに大きな意味をもたらした重要な時代の作品。

出雲というあまりにも大きな相手に挑む為に建築家が拠り所としたのは、現代の「技術」と、この地域を風景を作り出してきた「農耕」の二つ。

まずは「農耕」。社務所というのは、寺社における現代的な機能を提供する空間である。様々な祈祷やお払いなどの申し込みやその手続きなど、一般の方に供される寺社の公共空間であるといってもよいであろう。

その建築に与えられたのは、出雲大社が農耕の神であること、またこの出雲の地が豊かな稲作文化に支えられて発展してきたことを象徴し、出雲地方の「稲架(はで)」をモチーフにした山形を採用されたという。「稲架(はで)」というのは、「稲掛け(いなかけ)」とも呼ばれ、収穫を終えた田圃において、稲を乾燥させる為に、木材や竹などで柱を作り、そこに横材を掛け渡しそこから稲をかけて干すことを指すと言う。そうすると下が膨らみ、緩やかな山形を形成することになる。

しかしそのまま「稲架」をモチーフにしたのなら、出雲大社の本殿の大社造同様、地面から持ち上げられ、地面との間に「距離」を与える必要があるが、それは採用されず、むしろ地面から直接山形が立ち上がるようにして形態を与えられている。

それは、その形態を実現させる二つの目の武器である「技術」に拠るところが大きいのであろう。木造建築である寺社空間に、融和するように木造建築を採用するのではなく、あくまでも現代の時間を挿入する為に、現代の素材である「コンクリート」を採用し、現代の発展した技術によって、その素材を神域空間に耐えうる前の強度をもたらすことに挑戦する。

コンクリートは「土と砂利と水」という自然素材から生れる素材。それだけに古代ローマでも多く採用されてきた人類にとって馴染みの深い建築素材である。水を多く含ませ液状となったものを、器となる型枠に入れて十分にかき混ぜ、その後乾燥をさせて固形化するという、独特の生成方法を持つために、その過程の精度を高める高い技術が要求される素材である。

建築技術の発展により、コンクリートを自由に扱えるようになった現代の建築家。一般的な素材であるコンクリートを、技術の粋を結集させることにより、特殊な素材として昇華させる。それが試されたのがこの出雲大社庁の舎。

ではどんな「技術」を持ってコンクリートに形が与えられたのか?
そこには二つの挑戦がある。

まずはこの建築の大きな特徴の一つである、そのスパン。階段室などを中に含んだ周囲16mにもなる巨大な2本の柱。そしてその間に架けられたのは47mものスパンをもつ2本の梁。この梁はI型をし、コンクリートの予め圧縮力がかかった状態(プレストレス:PS)としておくプレストレス・コンクリート(PSコンクリート)を採用したという。

なぜ予め圧縮力をかけておくと良いのか?となると、建築士の試験勉強の様になるが、力には押す力である圧縮力と、引っ張る力である引張力があり、コンクリートというのは圧縮力には強いが引張力にはそれほど強くないという特性がある。そんな訳で引張に強い鉄筋を中にいれて、互いに補強しあうという鉄筋コンクリートが使われることになるのだが、鉄筋の代わりに高強度のPC鋼材を利用し、荷重が作用する前にコンクリート部材に圧縮力がかかった状態(プレストレス)とし、荷重を受けた時にコンクリートに引張応力が発生しないようにするものである。そうにより鉄筋コンクリートに比べ、引張応力によるひび割れを防ぐことができるが、同時にコストも上がるという代物がプレストレス・コンクリート(PSコンクリート)である。

PC(プレストレストコンクリート)はどうやってつくるの?|株式会社ピーエス三菱

PCって何?   株式会社富士ピー・エス

プレストレスト・コンクリートにおけるプレストレスの働き

2-11.実務上の構造力学


こんなややこしいことをして何のメリットがあるのかというと、上記の様に一般の鉄筋コンクリートよりも強度の高く、耐久力も良いコンクリートが作れるので、絶対に壊れてはいけない橋梁などの土木施設や、防災施設などに使用されるのが一般的である。

では、どうやってストレスを与えるかなのだが、コンクリート打設前に PC 鋼材を緊張する方法である、プレテンション方式と、コンクリート打設後に PC 鋼材を緊張する方法である、ポストテンション方式の二つがある。

そんな訳で、寺社空間という長い時間軸に対抗する為に耐久性の高く、そして現代の技術をもってでしかなし得ない建築空間とする為に巨大なスパンを飛ばすために採用されたのが、ポストテンション式のPSコンクリートによる巨大な梁。そのサイズは梁成(せい)が1.8mで、幅は0.4m。

もう一つの挑戦は、側面の長い壁面に現われる特徴的なパターン。通常コンクリートというのは、液状のものを器に入れてかき混ぜた後に何日もかけて乾燥させ、水分を蒸発することによって固形化し、器を外してやるものである。そのため通常は使用される現場にて木製の型枠を準備し、そこへコンクリートを作る工場からミキサー車というグリングリン回っている筒のようなものを乗っけた作業車で届けられ、ホースを使って準備してあった型枠の中に流し込まれる。

その流し込み作業である打設時には、水分に関して繊細な作業であるので、雨を始めとした天候に大きく左右されてしまう作業であるが、打設が終わった後は、コンクリートが一体となって、大地と一体になった表情を見せてくれる素材である。

現場での作業ということで、常に作業台の上でやりやすいように作業が行える訳ではなく、上を向いたり、横を向いたりと作業の姿勢も不安定になったり、また周囲の環境によって大きく影響を受けたりと、その施工精度に少なからず差がでてしまう。それを埋めるのが熟練された職人の腕になるわけだが、それでもやはりその場その場の状況によって完成品の質が変わるのは否めない。

それに対して、工場で常に同じ体勢を保ち、機械などを利用し、精度を高め、品質を一定に保つ事ができれば、天候にも職人の能力にも左右されない工業品として高い品質のコンクリートが作る事ができる。そういうコンセプトで作られたのが、プレキャスト・コンクリート(PCコンクリート)。先に打って作っておくコンクリートという訳である。

その代り、工場で打設し、現場に持ってきて設置する訳だから、輸送と施工が可能なサイズに分割しないといけない訳になる。なので一枚一枚のパネルに分けられ、それを組み合わせて全体を構築する。

それは同時に、部分が劣化した時にその部分だけ取り替えることができるという「更新して持続」することは、まさに式年遷宮の概念に繋がるということで、1960年に発表された「新陳代謝」を掲げたメタボリズムの概念をここでも取り入れた形となっている。

鏃(やじり)をモチーフにした妻側外壁のPCコンクリート版。凹凸の深さを帰ることにより、異なる陰影を描き出す。それに対して側面には細長いPCコンクリート版がセパ穴にセパレーターを残されたまま段上に設置され、その間の細い溝にはガラスがはめ込まれ内部に繊細な線の光を落としている。内部に光が通るということは、逆に夜には内部の光がこの細い溝を通り外に透過することを意図されている。

そんな緻密なコンクリートの造詣は、まさにPCコンクリート版を採用したからこそ可能になった表現である。現場うちされたと思われるコンクリート部分の型枠は全て杉板が採用されている。そしてそれらはもちろん焼き杉を利用し表面的ではないパターンが付けられている。それは建物後部に位置するトイレでも徹底されている。

大地を縁を切る大社造に対して、あくまでも大地に根ざし、大地から生えてきた建築を意識するかのように、その「足元」の造詣には相当に注意が払われている。正面側は薄い階段状に手前に拡張して境界線を曖昧化し、後部では荒々しくコンクリートの斜めの壁が地面に突き刺さり、その緊張を視覚化するために溝が掘られ水が境界を決定している。

施工後既に50年を経過したこの建築。出雲大社の式年遷宮のサイクルである60年を意識して採用された様々な技術と素材。それが功を奏してか、そのサイクルを終了しようというほど時間が経過したにも関わらず、まったく劣化を感じさせない面持ち。

内藤廣も言うように、時代の技術を理解し、社会に対して受け入れてもらえるように技術を翻訳し、見事な形態と空間を生み出した作品に違いない。それには、寺社建築が持つように、ある一定の機能に追随するのではなく、数十年で更新する機能を覆いこむような大らかな建築を目指した建築家の視線が大きく寄与しているのだと勝手に理解し、向かいに位置するこれまた菊竹清訓設計による神祜殿へと足を運ぶ事にする。
























2013年12月29日日曜日

「新世界より 上・中・下」 貴志祐介 2008 ★★★

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第29回(2008年) 日本SF大賞受賞
PLAYBOYミステリー大賞2008年 第1位
2009年本屋大賞 6位
第30回(2008年度)吉川英治文学新人賞 候補 
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目次
I.若葉の季節
II.夏闇
III.深秋
IV.冬の遠雷
V.劫火
VI.闇に燃えし篝火は
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まぁ書店の店頭でも良く見かけた本であるし、様々なメディアでも持ち上げられ、著者の次回作に当たる「悪の教典」が「サイコパス」を題材に映画化までされる大ヒットのお陰もあり、その下地になっている本作にも改めてスポットライトが当たったということだろう。

日常を生きていれば、むかつくこともそれはそれは多々あるのが人間である。誰でも頭の中では、「こんな奴死んでしまえばいいのに」と思う事くらいあるだろう。「こいつがいなくなればどれだけせいせいするか」そんなことを思いながらも、しかし多くの人間がそれを実行はしない。

何故か?

それは法が許さないから。
社会が許さないから。
それをした後の自分の人生がどんなものか想像できるから。

なんとか我慢し、気持ちと折り合いをつけながら、周囲と調和して生きていく。それが社会で生きる人間の日常。

つまり理性が恐ろしい欲望を制御している。
では、それを制御する必要が無かったらどうなるか?
もしくは制御する理性を持ち合わせずに、思いのままに殺戮を繰り返しても何も感じないどころか、それを快感と感じるようであれば、どうだろうか?

本能のままの殺戮や殺害を実現させる為に、圧倒的な能力や技能が必要となる。「ハスミン」は高い知性と専門知識に高い身体能力も持ち合わせ、それに加えて高度な心理学の知識を使い周囲の人間を操っていった。

それに対して今回登場人物達に与えられる武器は何か?なんと念動力である。そう「ハンド・パワー」のようなものである。人間が「念」の力で自由に物理世界に影響を与える事ができるそんな魔法の様な世界が舞台。

「そんなバカな・・・」と口をあんぐりしてしまい、「ハリーポッターの世界みたいなもの?」とツッコミたくなってしまうが、それをつっこませないくらい世界観に説得力を持たせるためにどんな設定を持ってくるか、その答えが1000年後。

「恐るべし京都大学」と今度はその発想の転換を可能にした著者の出身大学につっこみたくなるが、現在の社会の痕跡を残しつつ、ハリーポッターやドラゴンボール並みの「念」の力が可能だと説得力を持つほど現在とは様変わりした社会を描くために必要な距離と時間。それが1000年。

常識が別の常識へと取って代わられるには相当な時間を必要とし、現在が古代として風化するにもそれなりの時間を要するということだろう。なによりも、人を人としてでないかのように、滅茶苦茶に殺しまくる姿に投影されたある種の心地よさや快感を現代人の良心や常識を頭の片すみに残していたら、それに共感する自分の心に一抹の罪悪感を感じずにいられないだろうが、常識的なセッティングでは甘っちょろくて、それすら白紙還元してくれるくらいな極端な舞台変換。それが1000年後。当たり前を当たり前としない未来のお話。

そんな風に著者自ら投げた時間のボール。しかし1000年というのは生半可な時間ではなく、それを物語の背景とするには、相当な作りこみが必要になるほどの時間である。

考えても見ればいい。今から1000年前、この国ではまだ鎌倉幕府すら設立しておらず、平安の都で貴族が朗らかに和歌でも詠んでいた時代に、どうやって1000年後のこの国で関東の田舎に移された首都の首長が、年の瀬に冷や汗流しながら札束に見立てた箱をバックにどう詰めれるかに四苦八苦しているなんて想像し得ただろうか?

その時間を埋めるのに引っ張り出されたのが物語のあちこちに登場する現在の我々の価値観から見ると「奇形」に映る動植物たち。様々なSF映画などでも常套句の様に使われてきたが、我々の世界とは違った進化の過程を経るか、もしくは地球という重力や環境の少しのパラメーターが変化したりすると、そこにはまったく異なった形態をした動植物が出現するはずである。

同じ重力場を持つ地球上でも、数千万年前には温熱環境の違いからあれほど巨大に成長した爬虫類である恐竜が闊歩していたという事実から、ちょっとの変化でまったく違った世界が現われるというのは誰でも小さな頃から夢想することであるが、それを1000年という進化の過程からいうと極めて短い時間で成し遂げるには何かしらのトリックが必要になる。

しかも、「奇形」を出現させつつも、人間は現在と同じ姿かたちのままに遺しておかないといけない。この二律背反を成し遂げないと、誰も感情移入して詠んでくれるような「お話」にはなりえない。なるほど難しい課題に助け舟を出すのはいつの時も終末戦争で押された核のボタン。放射能の影響を免れた人間と、影響を受けつつも進化の過程を変化させていった動物達。

兎にも角にも、今まで見たことのある生物とは明らかにかけ離れた生物の姿を見ると感じるある種の興奮をもたらし、生物の生存というより根源的な部分で直接脳に働きかけるような効果をもたらしつつ、トンでもないセッティングへのつっこみなどどうでもよくしていくその手法は流石と言える。

そして何よりも、現在の世界のように、科学を手中におさめ、弱肉強食の頂点に人間が立つ世界から、恐ろしいほど強力な「念」の力を持ちながらもそれが絶対的な優位を約束しない、人間が圧倒的に強いものではなく、人にとって危害を与えるような恐ろしい動物達が蠢きあう世界。

バケネズミ、ミノシロ、ミノシロモドキ、風船犬、ネコダマシ、フクロウシ、カヤノスヅクリ、トラバサミ、オオオニイソメ、クロゴケダニ、イッタンハエトリガミ、トラフクガビル、チスイナメクジ、スミフキ・・・

まるで荒俣宏の「世界大博物図鑑」をイメージするように、それぞれの想像上の動物にもどんな生態を持ち、どんな骨格で、どんな動きをするか。天敵が何で、どんな捕食をするのか。そしてどんな生殖活動をし、種を残していくのか。そんなことまで一つ一つ細かく詰められたのが良く分かるディテールのぶれない世界観。

それを見たことのない人に、どうやってその生き物をイメージさせるか?どうやって闇の中で目で追えないほど早く動くそれらの動物の恐ろしさを伝えるか?ヌメリとしたそれらの動物の体液をどう感じさせるか?恐怖を伝えるその描写力とそれを生み出した想像力、そしてそれを世界に定着させるディテールへのこだわりはひたすら素晴らしい。

そこまで詰めて構築していく未来の姿。そんな異様な世界の中に挿入されるのがびっくりするくらいのノスタルジー。異物の背景に恐ろしいほどの日常がかぶさった時の不思議な感覚。その並列の効用は新海誠でも多用されるようであるが、著者によって持ち出されたのは「夏祭り」「注連縄」ドヴォルザークの『新世界より』と「家路」など。

驚くほどあっけない現在のものに、束の間「あれ、これって今の時代の話なの?」と錯綜する効果もたっぷりなノスタルジーを纏わされたキーワードたち。


建築を職としていると、必ず向き合うのが「未来の姿とは何か?」の問い。その時に科学の進歩だけの安易な未来ではない未来を誰が描けるか?「アバター」で描かれたのも良き例であるが、ピカピカした冷たい未来から一気に舵を切って自然に回帰する未来。そしてそれではない、まったく違った物理ではないものが支配する未来を描いた著者。

とんでもない設定をとんでもないディテールと想像力でその未来をとりあえず成立させて豪腕。


物語の最初に語られる「悪鬼」と「業魔」の物語。あまりにも示唆的でいろんなことを暗示するその物語が、著者が発するメッセージであるようであるが、「社会というものは本当はギリギリのバランスで成り立っており、何かの拍子にとてつもなくそのバランスが崩れ、人間の欲望が物凄い世界を描いてしまうかもしれない」という危うさを伝えているようにしか聞こえない。

それが「サイコパス」となるのか、「悪鬼」や「業魔」となるのか。

そして同時に、「人は誰でもその心の中に、悪鬼や業魔を飼っている」という著者の思いがこの長編を最後まで書き終わらせるエネルギーとなったのだろうと勝手に想像する。

2013年12月2日月曜日

吸い上げる都市


地縁について思いを馳せる事とともに始まった今年の師走。

地縁というのが脈々の日本の各地で続いてきた時代というのは、明治以前の様に都市間での移動が非常に難しい時代をベースにしていた。時代は流れ大正、昭和になっても、各家庭には複数の子供がいて、長男は家を地元に残り家を継ぎ、次男や三男は都市に出て仕事を見つけるというスタイルが成立していた。

更に時代は流れ少子化と核家族化が進み、それが社会の多数を占めるようになった時に、既に地縁というものが消えていく傾向は始まっていたはずである。極めて限られた大学進学率を誇っていた時代には、地元から選抜されたエリートがより大きな地域や国の為に仕事をする為に、都会の大学へと進み、そのまま都市に残って生活を営んでいく。そういう時代は生まれ育った都市から出て行くことのハードルがまだ高かったと想像に難くない。

しかし大学全入時代を決定付けた2007年に代表されるまでも無く、少子化の果てに誰でも経済的余裕があれば大学に入れる時代になってしまい、それに伴い18歳になった子供の多くが親元を離れ都市部や他の都市へと移動する。

既に核家族化した多くの家族にとっては、長男も次男も差が無く、よりよい将来の為に少しでも良質な大学へと地元を離れ学をおさめ、更に能力次第によって別の都市、更に巨大な都市へと移動し力を発揮していく。

機会を求め、待遇を求め、仕事を求め、優秀であればあるほど、都市に吸い上げられていき、その吸引力は一生に渡り発揮される事になる。

地元回帰意識が強く働く時代であり、都市間にまだ距離と移動の困難さがあった時代というのは、地方が地方の存在意義を持ちえたが、移動が容易になり都市間競争が大都市の圧勝として決定付けられた現代においては、各地方に根を張ることよりも、大都市がそのフィールドを広げていく事の方がコスト的にもビジネス的にも強さを増してしまった。

その時に地方の意義といものを強烈に再定義しえた都市以外は、移動が容易になって簡単に流出していく人材に対して引きとめる引力として作用を持ち得ないことになってしまう。その地に残るのは「ここが住みやすいから」というポジティブな理由なのか、それとも「別に出て行く理由がないから」というネガティブな理由なのが不明瞭になっていく。

大家族的経営が行われていた高度経済成長時代。誰もが右肩上がりで、大きな傘の中で身内を守りながら成長するモデルは、社員の家族までもその傘に入れる事ができ、転勤という巨大な人口再シャッフルによって、地元回帰を成して地縁を維持することが何とか可能であった。

その時代はかつてのこととなり、世界的な競争に常に晒され、効率化を日常的に行い、無駄なものは全てそぎ落とし、限られた身内を守ることで精一杯となった日本の企業。各家庭もメンバーが少なくなり、依存できるのは一等親までの極めて近しい身内のみという状況で、家族を守る為に少しでも良い条件を求め、過酷な労働条件でも、とても上等とは言えない生活環境でも甘んじて受け入れ、歯を食いしばるように手に入れた仕事にしがみつき、多くの人間を都市へと吸着する。

自分を振り返っても、恐らく10年前後の間には両親もこの世を去り、既に地元を離れて生活を持っている兄弟と共に、住居を処分し、墓の処理を話し合い、地元とは違った場所で生活を持つことになり、更に地元との縁は薄くなる。

何年かに一度行われる高校などの同窓会にもやってきてはホテルに宿泊するのかと思うと悲しくなるが、それが現代に突きつけられた事実。多くの人がそうして場所を変えながら生きていく時代。

そこには加速度的に増加する大都市と地方との格差であり、特権化する都市の引力。と同時にそのシステムは都市がどんどんと小さな地方を崩壊させていく姿に他ならない。何が地方を疲弊させるのかといえば、人材がいなくなることであることは間違いない。

中心と周縁というテーマに再度向き合いながら、新しい局所的な多中心を作っていかなければ本当にこの国の未来の風景はまったく変わってしまうものだと思わずにいられない。その為にも、抵抗する事ができない現代の資本主義に支えられたこの都市の引力を前提として、新しい地縁のあり方、離れてもそれでも切れる事のないネットワークとしての地縁を想像していかないといけないと心から思う今日この頃である。

2013年3月17日日曜日

始点はまた終点でもあり得る


1と言うのはいつも良いとは限らない

一番最初はあっという拍子に一番最後になってしまう。

それなら、いっそ一番なんかに望まずに真ん中辺りの人生の方が、心への負担も少なくよっぽどいいかと言えば、やはりそういう訳にはいかない。

そんなことを思いつつも、また末端神経の先にあてがわれたゲートを目指して早朝の空港を歩く。



2012年12月17日月曜日

末端神経としての日本

日本に出張のためにまだ人気の少ない早朝の空港内を歩きながら思う。

建築にとって、空港というのは駅舎という次に現れた公共交通空間であるにも関わらず、20世紀に駅舎が作り出した出会いと別れのシーンを飲み込む巨大な舞台空間のインパクト同様な新たなる建築空間を提示するには至っていない。

多木浩二が「都市の政治学」で述べる様に、都市の郊外に置かれ点としての都市と都市をつなぐ航路という線に乗る、拘束された身体に貶められる前の数時間を過ごす場としての空港は、ドラマを作り出すよりも、個人として過ごす空間に留まり、その現代都市での建築空間としての可能性をいまだ発揮することは無い。

機能性を追及し一つの入口から安全という監理の経路を通過する。ゲートという出来るだけ多くの飛行機が接地できるような構成は、メイン建物の壁面を多くすることが現在のところの最適解のようで、自然における最適解が同様な形状を示す端的な例に違わず、人の神経構造のように枝分かれする構造となる。

先にいえば行くほど入口からの距離は伸び、荷物を抱えた旅行者への負担は増大し、カフェやトイレなどのインフラも出来るだけ多くの人に触れるようにと、枝分かれの少ない中心に配置されるから、神経の先は寂れた温泉街の様に、暗く寒く人気もなくなる。

つまりは現代の巨大都市におけるハブ空港は、もはや一つの街としての空間性を持ちえてしまっている事実。

ではその距離を誰に強いるのか?そのゲートに配置されるのは何処かの航空会社である、何処かの国にいく便が必ず毛細血管の先に接地することとなる。

その国とはどこか?

それが空港の位置する国がその行き先の国をどう位置付けるかであり、どれだけの重要視するかの現れであるはず。

その国の人間がビジネスか観光で訪れる。
その国に住まうかの国の人間が休暇や仕事で帰国する。
かの国から観光や仕事で来ていた人間が帰国する。

それらの人の肩にのる重しの様に負わされる距離。その距離に秘められた様々な事情を感じながら辿り着く最奥のゲート。

まさに末端。

それが今のこの国での日本の位置なんだと実感しながらやっと椅子に腰を下ろす。

2009年11月5日木曜日

「THE ハプスブルク」 国立新美術館 ★★★

写真の誕生までの人類史において、ビジュアル・メディアとして圧倒的地位を確立してきた絵画・肖像画。

娘の叔父で許嫁でもあるオーストリア・レオポルド公へ、マルガリータ・テレサの成長の様子をディエゴ・ベラスケスに描かせ、送り届けさせたスペイン国王フェリペ4世。

産業革命以前の時代、最速の移動手段であった馬車ですら、当時のスペインからオーストリアまでは何日間もかかったであろう。一枚の絵が描かれ、旅し、最後に届けるのは想像力。時間と距離と空間にしっかりと人が介在し、描かれる人物の視線、それを見つめる画家の視点、そしてそれを贈られ受け取るものが絵の中の少女に向ける視線。もの語らぬ一枚の絵が、様々な想いと想像力を身に纏い、何百年もの時間の中で、多様な意味を発し続ける。

インターネットによってもたらされた時間と距離と空間の零への収束。多木浩二が『都市の政治学』で言うように、現代を表象するのは拘束された無能な身体によって行程を切り落とされた飛行機による旅。その目的地は都市のリズムが変速される駅ではなく、どこでもない場所としての空港。

そんな零近辺の時間と距離と空間の感覚を身につけた現代に訪れるのは、ライフスタイルや美的意識の変容ではなくて、零をとなりに見つめる肖像画のもたらす新たなる想像力なのだろうか。