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2016年5月20日金曜日

UNIC by MAD Architects

世界の大都市と呼ばれる、NY、ロンドン、東京、北京、上海などがその存在価値を新たなる世界市場の中で高めるために、官民一体となって様々な都市内部における再開発を加速させている。そしてフランスの首都・パリもまた都市の在り方を新たなる時代に適応すべき様々な動きを見せている。

特に環境に配慮した都市へと変貌すべく、パリ市の策定した計画によれば2020年を目標に、再生エネルギーの利用率の大幅な上昇、そしてCO2などの温室効果ガスの削減などを掲げ、既存の建物の改修や新たなる建物の建設にはかなり高いハードルが課せられることとなった。

そのモデルケースとして、パリ市が中心となって環境に配慮した計画に基づいた大規模な再開発がパリの北部、17区に含まれるバティニョール(Batignolles)と呼ばれるエリアにて2010年より開始された。

この地は、パリの外側に隣接するクリシー市との境目に位置し、フランス北部へと伸びる鉄道の拠点駅が位置し、非常に多くの線路が入り込み、その隣接地は鉄道用地として確保されていたが、パリ市が2012年のオリンピック招致に手を上げた際に、この地を選手村予定地として買い上げたが、結局周知の通り2012年は長年のライバルでお隣のロンドンに破れたため、その土地を一部民間に払い下げるとともに、パリ市が主導する形でこの地を使って未来に向けての新たなる開発がスタートしたという訳である。


スケールメリットを利用した環境への配慮だけではなく、このように新たに都市の中で大規模開発が行われると、投資目的や収入の高い層だけが住まう、偏った街区ができないように、プロジェクトのもう一つの肝は社会的多様性を確保するために、相当数のソーシャル・ハウジングを併設するということ。これはぜひとも日本でも同様な動きが出てきてほしいが、やはり民間のディベロッパー単体の開発ではどうしても資金回収が主な目的となり、このように政府の介入が無いとなかなか実現しないのだろうと思わずにいられない。

まだまだ日本語で詳しい情報が手に入るサイトは無いようであるが、パリの様な大都市において、これだけ大規模な計画がスタートするのは建築業界においては非常に注目されるプロジェクトとなり、フランスらしくその中のいくつかの住宅プロジェクトも国際コンペによって設計事務所が選定されることとなり、一つの高層アパートメントの設計を我々MAD Architectsが手がけることとなり、3年もの長い年月をかけて進めていたが、この度やっと公式な形でニュースを流せることとなった。


西側に線路網が走り、住宅郡を挟んで東側にはマルティン・ルーサー・キング公園と呼ばれる広大な都市公園があり、近くにはパリ中心へと繋がるメトロの駅が二つと、住環境としては非常に恵まれている。現在シテ島の中心施設として機能しているパレ・ド・ジュスティス(Palais de Justice, House of Justic)、つまり司法関係の建物がが2017年にはこのバティニョールへと引越しをすることもあり、行政施設も併せて中心から離れて都市の中に新たなる人の流れを作り出そうとする野心的な計画である。

完成まではまだまだ長いが、ぜひとも21世紀のパリの顔となるプロジェクトを通して、長いパリの歴史を深く理解する機会を大切にして、パリを実体として身体にとりこめるようにと思いを馳せる。

2016年2月16日火曜日

みんなの森 ぎふメディアコスモス 伊東豊雄 2015


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所在地  岐阜県岐阜市司町
設計   伊東豊雄 
構造   arup
家具   藤江和子
竣工   2015
機能   図書館・公益複合施設
規模   地下1階、地上2階
建築面積 7,363m²
延床面積 15,295m²
構造   RC造・S造・木造
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今日の岐阜行きの最終目的地は昨年オープンしたばかりのこのみんなの森 ぎふメディアコスモス。伊東豊雄が「環境に力を入れていく」と設計に当たった地域図書館である。「つかさのまち夢プロジェクト」という岐阜市中心部の再開発プロジェクトの一環で、かつてここにあった岐阜大学医学部とその附属病院の跡地を利用して地域の拠点となる施設をというプロジェクトである。

敷地のすぐ北には長良川が東西に流れ、それに沿って少し東に移動すると、頂上に岐阜城をいただく金華山。その南には伊奈波神社。そして南には岐阜駅と、まさに市の中心地。この中心地を現在の社会にあったコンパクトで市民に開かれた街にしていくための再開発が「つかさのまち夢プロジェクト」。

その第一期が岐阜大学医学部跡地に市の中央図書館の立替と、市民の交流センターや展示ギャラリーなどの文化施設が入る複合施設であるメディアコスモス。それで中心部へ人の流れを作り出し、第2期ではメディアコスモスの南に取られている駐車場に岐阜市役所新庁舎を建設し、それで空き地となる現在の庁舎跡地に第3期として市民文化ホールを建設し、全体として岐阜駅から長良川河川敷までを緑の回廊でつなぐという壮大な計画である。

ポロポーザルとして行われた設計コンペでは、70人が応募し最終候補として伊東豊雄、槇文彦、藤本壮介というそうそうたる面々が選ばれ、その中で伊東豊雄案が圧倒的に支持されて選らばという。


他の二人の提出案が見れないのが残念であるが、最優秀案である伊東豊雄案を詳しく見てみると、環境に配慮した多面的な自然エネルギー利用を積極的に設計に反映されており、全体としては年間の消費エネルギーを「1990 年の同規模建物」と比べて1/2 まで軽減しているという。

具体的にその方式を見ていくと、安定した温度を保ち豊富な地下水源を熱源とし、床面から輻射させる冷暖房システムを採用。日照時間が長い特性を活かし、照明をできるだけ使わず自然採光を最大限取り入れ消費電力を低減。「グローブ」と呼ばれる小さな囲いの頂部に自動で開閉する開口部を設け、夏季と冬季の異なる熱環境においても効率的な自然喚起を内部にもたらす。内部およびうねる屋根に全面的に採用された木材は、地元岐阜産の「東濃ひのき」を利用。

などなど、環境系の教科書に書いてあるようなポイントが見事に網羅されている。問題はそれらが実際に一つの建物、そして心地よい空間としてどう設計の中に融合されているか。と思って足を運んだのであるが、確かに外部は非常にシンプルな矩形の箱であり、なんら面白みを語りかけるそぶりも無いが、中に入ると非常に開放的で、かつ明るい。そして上記のことを情報を知ってしまっているからかもしれないが、確かに温度や湿気もうまくコントロールされていて心地よい気がしてくる。

残念ながら2階部で、この建物の肝であるグローブに覆われている図書館が、本棚の移動ということで臨時休業・・・。「そりゃないだろう・・・」と思いながら、吹き抜け部分からなんとか二階とその上を覆ううねる屋根をチラチラと覗く。

1階の床には視線をさえぎることなく、どこになにがあるのかが非常に分かりやすくデザインされたサインが埋め込まれており、至る所に家具の設計を担当したという藤江和子の椅子に座る多くの市民が寛いでいるのが見渡せる。その一角には、こうした公共施設に当たり前のように入っていると思っているが、公共図書館としては全国でも3番目の出展となるというスタバがあり、こちらも多くの若者が利用しているようである。

「大きな家と小さな家を組み合わせることで、にぎわいのある「まち」のような建築をつくります」

というように、大きな箱の中に、都市における様々な活動があり、そのために様々な年齢層の人々が共存し、新しい賑わいを作り出すことに成功しているのであろう。まるで地方都市におけるイオンのように、郊外の巨大なショッピングセンターに来たかのように、隣接する広大な駐車場から、なんの空間的操作もなく内部に入っていくアプローチのあり方に対し、非常に疑問を持っていたが、家に戻って調べて、「つかさのまち夢プロジェクト」の全体計画を理解すると、また別の見え方ができるようになり、それよりもこうして驚異的な速度で来場者数が増えており、間違いなく新しい市の中心の風景となりつつあるということは、これこそ現代の地方都市が必要としている建築の在り方であるのだろうと理解しつつ、この建物を理解する為に再度訪れないといけないと心に決めて岐阜を後にする。























2015年12月30日水曜日

ラマ島(Lamma Island,南丫島) ★★



普段から仲良くしている香港人の旦那さんと韓国人の奥さんが経営している韓国料理のレストラン。そこに勤めるアメリカ人の若い女の子が先日香港に行った際に、中心部を観光したがあまりピンと来ないとそのオーナーにメールを送ったところ、「それなら足を伸ばしていってみたほうが良い」とアドバイスしたのがこのラマ島(Lamma Island,南丫島) 。

群島である香港の、最大の島がいわゆる香港島。地図を見ても分かるように、その周辺にはいくつもの島が存在し、セントラルからフェリーで30分などでいけてしまい、香港に住む人も休みにビーチで憩いの時間をすごしたりする場所だという。

「中心部より断然良かった」というそのスタッフの女の子の声に推され、せっかくだからと自然の残る香港の風景も見ておこうと足を伸ばすことにする。朝早く出発し、セントラル駅周辺の有名なお粥屋さんでいかにも広東というおいしいお粥で腹を満たし、セントラルからフェリーに揺られ、ウツラウツラとしているうちに到着したのは島の北西部の溶樹湾(ヨンシーワン)と呼ばれるフェリー乗り場。

このラマ島には二つのフェリー乗り場があり、この溶樹湾と島の南東部に位置する索罟湾(ソッグワン)。それぞれの乗り場から歩いて40分くらいで南西に位置するビーチに辿り着き、そこからまた30分ほど歩くとそれぞれのフェリー乗り場に到着し、その周辺には港町が開けており、海鮮料理が食べられるレストランや土産屋が軒を並べるという訳である。

このハイキング道、なんと言っても特徴的なのは島の西側に位置する巨大な火力発電所に立つ3本の巨大な煙突。それが大体どの場所からも良く見えて、さすがに「場所によっては2本に見える」なんてことはないが、徐々に遠くなるその姿は香港の夜景を支えるエネルギー供給地としての姿はなんともシュールである。

それほど高低差はないといっても、さすがにところどころでは汗が噴出すような坂道があり、その代わりではないが、中心部と打って変わってほとんどすれ違う人もいなく、自然と海の眺めをゆっくり楽しめる。

途中で名物だという豆腐花で糖分を補給し、ゆっくりと約1時間半、長い間変わらず昔のままの風景を残しているこの島の景色を楽しむことにする。
















2014年5月18日日曜日

「希望の国」園子温 2012 ★★

「ヒトラー 〜最期の12日間〜」という映画がある。如何に追い詰められたヒトラーが最後の時間を過ごしていくのか。最後の拠点であるベルリンまで攻め込まれたナチの幹部達がどのような行動を取っていたのか。

こういう映画をドイツ自らが作ることが出来る。それにただただ凄いなと感じていたのを鮮烈に覚えている。自国の負の歴史。それを適切な距離をとりながら冷静にそして公正に描きだす。その難しさ。様々なしがらみ。それらを超えて、これだけの作品を世に送り出すことが出来るドイツという国のあり方。そしてその対極に位置する日本という国。

2011年3月11日に発生した東日本大震災。それに伴う福島の原発事故。その後に見えてきた、様々な面でのこの国の問題点。利権を守る為に本来的に行われなければいけない決断や政策がまったく違う視点を持って進行して行く。

その後分かったのは、如何に電力会社が日本の社会の中に深く、広く入り込んでおり、関係会社も含め、どれだけ多くの人がその恩恵を受けて生活をしているのか、それがある種この国のインフラとして変更が効かない強力な構造となってしまっている事実。

原子力に対して世界基準で考えたら全うな意見を発しても、原子力が巨大な電力会社という日本を支えるインフラともいえる権力の中の属している為に、常識的な正義が通用せず、当たり前の意見が消されていく。世間が感じたのはその違和感。そして虚無感。

本質を曖昧化する為に、何が本当か分からなくする為にテレビに登場する御用学者。政府の都合の良い見解を提示することで、そこには様々な意見が存在するという形に持っていき、本質的な問題である、正確で正しい情報が公開されてないという問題から世間の目を逸らすことになる。

人は分からないことに恐怖を覚える。

もしその恐ろしさが分かれば、何が原因かを知ることができ。そうすることで対策をとることができる。しかし一番怖いのは見えないこと、情報を得られないこと。

その時には、ただただ恐怖のみが増殖していく。

結局はその状況を維持することで、権力を握る側にとって都合のよい仕組みを維持する形でなし崩しに決定がされていく。

東日本大震災と福島の原発事故を見て多くの日本人が唯一期待したことは、この悲劇を契機にして、膠着した日本の社会構造が少しでもまともに、少しでも国民の為に働く国へと形を変えていくこと。既得権益を守ることよりも、正しい情報が手に入れれ、国の今よりも将来に向けた政策が取られていく国へと、たとえ痛みを伴おうが変化をし、前へと進む国の姿。

しかし現実に目の前に広がるのは、震災以前となんら変わらない国の姿。

そんな現状の中に世に送り出されたのがこの作品。恐らく映画という様々な人を巻き込んで作り出される産業なだけに、これが完成するということがどれだけのエネルギーが必要したのかと思わずにいられない。まずは監督のその実現力に敬意を感じずにいられない。

原発事故は全ての人を当事者にしてしまい、その立ち位置や、手にする情報によって、様々な価値観、対応を示してしまう。極度に放射能汚染を恐れる為に、宇宙防護服で身を纏い日常を過ごす妊婦。その姿を冷ややかな目で見る周囲の人。その狭間に揺れる夫。

ネットと言う情報が氾濫する時代に起きたこの事故は、その後の社会における人々の対応が多種多様になるという人類史上初めての経験を現代日本は経験しているということでもある。

物語としての完成度などの問題はもちろんあるのだろうが、現在の状況下の中で、少なくとも日本人が正面から原発事故に向き合い、一般市民がどのような視線を持って生きているのかを描き出した映画が生まれたということは、日本人として喜びを感じることなのだと思わずにいられない一作である。

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スタッフ
監督 園子温
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キャスト
夏八木勲 小野泰彦
大谷直子 小野智恵子
村上淳 小野洋一
神楽坂恵 小野いずみ
清水優 鈴木ミツル
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作品データ
製作年 2012年
製作国 日本・イギリス・台湾合作
配給 ビターズ・エンド
上映時間 133分
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2014年5月3日土曜日

国家(ネーション)の時代が終わり、都市の時代がはじまった

なかなかタイムリーな記事を発見する。

~国家(ネーション)の時代が終わり、都市の時代がはじまった~

都市を考えていると、全てを飲み込んで成長していくようなある種の怪物的な制御不能さを覚えずにいられない。ある種の生命体としてそこでどんなことをしようとしている個々の人間の意図など軽がると超えて、自ら最適化を繰り返しながら更に巨大化し、人知の及ばないところまでいってしまっているのではと思わずにいられない。

そんな現代の都市。

人類史上誰もが経験したことのない巨大都市が世界中のあちこちに現われている。地球環境にとてつもない負担をかけながらも、何処で止まっていいのか誰も分からず、ただただ経済という終わりなきエネルギー源に後押しされて誰が制御し切れているのかも分からないまま成長を続ける都市達。

その姿にある種の恐ろしさを感じるのは人として極めて当然の反応だと思わずにいられない。

情報革命、交通革命を経た現代においては一体どんな都市が理想的なのだろうかと頭を悩ませずにいられない。

2014年4月25日金曜日

「風立ちぬ」宮崎駿 2013 ★

衝撃的な引退発表の場で発せられた、「創造的人生の持ち時間は10年だ。自分の場合、そのピークの10年間はずいぶん前に終わったんだ」という宮崎駿の言葉。

本当にそうだったんだと思わずにいられない一作。

毎回新しいものを作る時に、歴史の中で誰もやってこなかった、それでいて面白くワクワクして価値のあるものと作り出そうと必死に考えて、突き詰めて、壊して、それでも作っていくのは本当に辛い作業である。

一度世間から評価を得たとしても、世間は「もっと、もっと」と貪欲である。自らももっと違う世界を、もっと違う価値観をと自分を追い詰めていく。世界中の様々な場所からインスピレーションの元となるものを探し、それを何とか昇華させ自分の言語としていく作業。

その作業を何年も、何十年も繰り返していくのは本当につらい仕事であるし、誰でも右肩上がりでいける訳ではない。何か新しい価値を作り出そうという職種についている人間であれば、誰でも必ず自覚していることである、「クリエイティブにはピークがある」という事実。そしてそれが自分にとってそのピークがいつくるかという恐怖。

誰もがそのピークをできるだけキャリアの後ろにもってこようと、様々なものを読み、様々な知識を手に入れ、様々な角度からのものの見方を習得していく。しかし一番恐ろしいのはそのピークが自分にとってすでに過ぎてしまったということ。つまり自分はすでに降りていく坂道に差し掛かっているということを認めること。

それを認めるのは恐怖以外の何者でもない。プロフェッショナルとして、クリテイターとして過去の自分にすでに適わないと理解すること。

それを避けるために一番楽なのは作らないこと。創作に向き合わないこと。

そしてかつての栄光にすがること。かつて作ったものの焼きまわしや小手先の勝負でやりくりし、地位や名誉に胡坐をかいてその地位を確保し続ける。

または別の価値観にすがりだす。アカデミックを採用し、「これが分からないからお前らにはこの価値が分からないんだ」という態度により、高みに自分を置いてしまうこと。つまり世間との距離を置くことで自らを神格化して批判が起こる可能性を削除する。

こんな風に大体の人が途中でやめる。途中で戦うことから降りる。そして高みに上がってし誰も責めてこないし批判もしない場所で地位を確保しながら時間を過ごす。自らは気がついていながらも。

昔は怖くなかったはずである。新しい企画、新しいアイデアを考える時に用意した真っ白な紙。目の前のその白紙を目にして、今は何をしていいのか分からない。手が動かない。下手なものを書いてかつての栄光を失ってしまうのではという恐怖に駆られる。

建築家もそうである。若い時代、建築を学んで学んで、寝る間も惜しんで修行して、その時間の中で次第に考えを纏めていく自分なりの建築の在り方。それをやっと自分の好きに形にできる独立したての若い頃の小さな作品。すべて自分の手で、オフィスの経営や自分の生活などの経済性を度外視してまでつぎ込んだエネルギーと情熱。

だからこそ熱い思いが込められた不器用でも何か人に伝わるものをもった建築が生まれる。それを見た人に何か伝わるものが作れる時代である。そんな表現したいと思う内容が溢れるように出てくる時期というのは確かにある。

そして繰り返すうちに、徐々に技能もあがり、様々な状況にも対応できるようになり、向き合う内容もより大きな社会へと視界を広げ、クリエイティブの活動はより活発となる。これもやりたい、これもこうやってたら面白くなるのでは、そんなことを考えながら毎日の一分一秒を過ごしていく。それがピークであろう。

アイデアを実現していくにはものすごいエネルギーが必要となる。クライアントや関係者を説得することは、情熱だけではねじ伏せることができない。経済性や機能性など様々な要因をカバーしていく必要が求められる。

どんなに時間や手間を使ってでもなんとかアイデアを実現させたいと駆り立てるエネルギーと情熱。しかしいつの間にか、それを続けていけなくなる時がくる。いつからか出来なくなる時がくる。楽をしているわけではないがそうして一つ一つに全力を傾けるよりも、全体を眺めてやれることを増やしていくことの方が大切だと思うターニングポイント。

時間とともに知識や経験は増えていく。技能で見たらそれで設計がうまくなるだろう。設計なんてまさにその通りである。熱くガリガリやっていても、それよりも大きなスケールでの決定に影響を及ぼす方がよっぽど意味があるだろう。

しかしそれではプロジェクトをスムースに進めることになるが、プロジェクトを良くすることと同意ではない。これが難しい。知識や経験がある人が作った作品が良いとは限らないと同じように、そりゃ機能的だったり、毎日使うのに適していて、世の中の主婦は喜ぶとしても、しかしそれだけでは評価できないことがあるのが建築である。

建築家のエゴだといわれるのかも知れないが、ゴツゴツして不器用であるが、何か新しい可能性、新しい思いを感じられる建築空間。その手触りがプロジェクトの中から感じられなくなった時に恐らくピークが過ぎた時なのだろうと思わずにいれれない。

宮崎駿が言った言葉の意味もそうだったに違いないと想像する。

映画も同じ。ゼロ戦に生涯をかけたとかそういうことではなく、何かこの人で無ければ作り出すことのできない世界観というのが画面上に現れたかどうか。それが映画のゴツゴツ感であろう。そしてこの映画からはそれが一切感じられなかった。

誰もが見たことの無い絵を思い描き、それが他の誰かにとっても美しかったり 感動を呼び起こすものだと信じ、情熱に突き動かされ、頼まれても無いのに何枚も絵コンテを描き続け、オフィス内で何度も激しいやり取りを繰り返しながら徐々に生まれてくる特別な世界観。

ナウシカやラピュタが持っていたあまりに新鮮な世界観。それがファンタジーであるかどうかではなく、そこにその人が介在したからこそこの世の中に生み出された新しい価値があるということ。

そんなことを思いながら、自らの建築家のピークを感じることなくいつまでもゴツゴツ感のある建築を作り続けていけるようにと机のスケッチに向き合うことにする。
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スタッフ
監督 宮崎駿 
プロデューサー 鈴木敏夫
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キャスト
庵野秀明 堀越二郎
瀧本美織 里見菜穂子
西島秀俊 本庄
西村雅彦 黒川
スティーブン・アルパート カストルプ
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作品データ
製作年 2013年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 126分
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2014年4月19日土曜日

名古屋市美術館 黒川紀章 1987 ★


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所在地  愛知県名古屋市中区栄
設計   黒川紀章
竣工   1987
機能   美術館
構造   RC造(一部SRC造)
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名古屋城方面を目指して北上していくと東海屈指の繁華街である錦3丁目の手前にこんもりと広がる白鳥公園が見えてくる。そこにあるのは名古屋市美術館と名古屋市科学館。

特徴的な名古屋市科学館のファサードを見ていると、ふと子供時代の記憶が蘇る。通っていたソロバン教室から参加した市内の大会で優勝し、市の代表として参加する県大会。それに向けて練習を重ねて望んだが、思ったような結果が出ずに落ち込んでいた時に、付き添ってくれていたソロバン教室の先生が帰りに連れて行ってくれたのがここ。

「懐かしいな・・・」と思いながら豊かな緑に囲まれて、思い思いに週末の時間を過ごしている人々の姿を眺めながら目的の美術館へを足を向ける。

今でこそ建築家といえば「安藤忠雄」という名前が出てくるが、恐らくその前の世代にとって建築家としてイメージされる名前は「黒川紀章」だったに違いない。丹下健三に憧れて京都大学から東京大学の大学院へと進み、少し年代の上の槙文彦や菊竹清訓らとともに、メタボリズムとしてアジアから初となる世界的な建築ムーブメントを起こす中心人物となる。

圧倒的なアイデアと、圧倒的な思想力、そして行動力。それは何度も挑戦した東京都知事選での行動でも多く世間の人に知られるようになる。とにかく建築に関わる人間であれば、その圧倒的なエネルギーと行動力、そして日本中に散らばる多くの黒川作品の数にその影響力の大きさを感じずにいられない。

その黒川紀章の出身地がこの愛知県。そして通ったのは名古屋にある仏教系の高校。生涯にわたるルーツとなる場所に、バルブの真っ只中に設計されたのがこの名古屋市美術館。

モダニズム時代より、そのシステムを構築する能力にはずば抜けていた黒川紀章。そのシステムが作り出す造詣の美しさは大阪万博東芝IHI館の印象的な造詣からも伺える。しかし単体の建築物としてとなると、どうもとっかりにかけるのか、どうしても師の丹下健三や他のメタボリズム達の建築とは距離を置いて、どうして装飾的なボックスに単純幾何学を挿入したというようなポストモダン的な操作の印象がどうしても強くなってしまう。

それは、時代に乗り、恐らく日本で一番多くの公共建築を手がけた建築家ということもあるのだろうが、問題は個々の建築よりもそれらの事務所の作品として仕上げていくプロセスがある種のシステムであったということであろうか。

そんなことを考えながら、ステンレス仕上げの鳥居にびっくりしながら、そそくさと白鳥公園を後にする。