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2014年4月19日土曜日

高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ) 不詳 ★★


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所在地 愛知県名古屋市熱田区高蔵町
主祭神 高倉下命 (たかくらじのみこと)
社格  式内社(名神大)、熱田神宮境外摂社
創建  不詳
様式  尾張造
別名 高座さま
機能  寺社
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白川庭園を出て、庭園の北側に広がる白川公園を堀川沿いに北に進む。すると川の先からボートの脇に「堀川の水質を回復せよ!」という垂れ幕を掲げたボートが進んでくる。改めて見て見ると、確かにかなりどす黒い川である。

橋を渡って入り込むのは緑に覆われるような熱田公園。この中には有名な熱田球場もあり、どうやら社会人野球の試合が行われているようである。公園の方にある球場では子供達の少年野球の試合が行われており、フェンス越しに覗いてみたらちょうど一人の子がホームランを打ってベースをかけてくる。

そういえば、小さなころはスタンドインというのが無いので、全部ランニング・ホームランになるんだなとなんだか納得しながらその様子を眺める。後ろでは、それを見ていて保護者が「○○さん、これは今日は焼肉ごちそうさんですね!」となんだか楽しそう。地元に残っていたら、こういう日常があってもおかしくなかったのかと改めて思わされる。

歩くこと更に30分。かなり疲れてきた頃に到着するのが高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)。漢字を見ただけではその読みが想像できないことからかなり由緒の古い神社だろうと想像する。

この神社、熱田神宮の祭神と同じく尾張の祖神であり、今では熱田神宮摂社とされている。織田信長が造営し、蜂須賀氏が修造したとされる尾張造の本殿があったが、戦災で焼失し、現在の社殿は1963年に造営されたという。

ちなみに尾張造(おわりづくり)とは、本殿(後)、祭文殿(中)、拝殿(前)を回廊で繋いだ左右対称の建築様式で、尾張地方独特の建築様式という。

そしてこの神社豊臣秀吉が幼少の頃、母に連れられて参拝したために「太閤出世稲荷」とも呼ばれているという。境内にある多くの案内でからも良く知れるように、「子育ての神」として信仰が篤く、境内末社の御井社(みいしゃ)で「高座の井戸のぞき」と呼ばれる井戸を除く習慣があり、子供に井戸をのぞかせると「疳(かん)の虫封じ」になると言われている。

境内はうっそうとした森の中にあり、境内奥にさらに木々に囲まれた場所があり、その奥にご神木が待ち受けている。そんな境内であるが、週末の夕方ということもあり、人の姿は見かけられない。一人でゆっくりと参拝し、信長と秀吉の姿に思いを馳せながら歩いて熱田神宮方面に向かうことにする。

たどり着く熱田神宮の駅前商店街はすっかりと寂れてしまった姿をさらし、それでも全国的に有名な熱田神社があるということは、街として消滅することは考えられず、そして年に何度か訪れる観光客のお陰で、生活を支えることができている商店主もいるのだろうと想像する。

















2013年7月20日土曜日

阿須賀神社(あすかじんじゃ) 不詳 ★


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所在地 和歌山県新宮市阿須賀
主祭神 事解男命(ことさかのおのみこと)
社格  村社
創建  不詳
機能  寺社
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阿須賀と書いて「あすか」。

「確かにそう読めるけど・・・」と思いつつ、さては相当な由来がある神社に違いないと期待を膨らませながら街中を走る狭い道をナビに誘導されながら走っていく。

行きかう車とすれ違うのがやっとのその道に、「本当にあっているのか?」と思い始めたと思ったら急に出てくるこの神社。規模もとても小さく、街のはずれ、川の辺に静かに鎮座する印象。この新宮と言う街にとても似つかわしい存在感である。

整備された参道を歩いていくと、すぐに二の鳥居が見え、その先に拝殿が見えるのだが、意識が向かうのはその拝殿の後ろに控える山。山というよりは小高い森と言ったほうが正しい緑は熊野川の中洲のこの平坦な町では一際目を引く場所である。その山の名前は蓬莱山(ほうらいさん)といい、如何にも神様が宿っている山らしい名前を持っている。

熊野速玉大社の摂社という位置づけにされたこの阿須賀神社。現在の社殿は、戦時中に米軍の空襲によって焼失した旧社殿の代わりに、1952年に再建されたものという。熊野速玉大社同様に、朱色が背後の緑を背景にして心地よい境内空間を作り出している。




2013年7月18日木曜日

建部大社(たけべたいしゃ) 不詳 ★★


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所在地  滋賀県大津市神領
主祭神 日本武尊(やまとたけるのみこと)
社格  式内社・近江国一宮・旧官幣大社
創建   不詳
本殿の様式 一間社流造
機能   寺社
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神社に足を運ぶと、境内に本殿とは別にやや規模が小さな神社があることがある。一つの時もあれば、いくつか並列して祀られていることもある。それらは摂末社(せつまつしゃ)と呼ばれ、その神社の管理下にある小規模な神社のことだという。

摂社(せっしゃ)はその神社の祭神と縁故の深い神を祀った神社、末社(まっしゃ)はそれ以外のものと区別され、格式は本社>摂社>末社の順とされるらしい。

さらに本社の境内にあるものを境内摂社(けいだいせっしゃ)または境内社、境外に独立の敷地を持つものを境外摂社(けいがいせっしゃ)または境外社というらしい。

そしてこの建部大社。境内には御社殿をはさんで左右に4つずつそれらの摂末社が綺麗に並んでいる。

ちなみに神社ではなく大社と呼んでいるのは、戦後、旧官幣大社や旧国幣大社など大社格の神社で大社を名乗ったところが多いという。つまりは諏訪大社や日吉大社などに代表されるようにその地で相当な由緒がある神社で、この建部大社も伝承上では116年に始まりを持ち、675年に現在地に移転されたという長い歴史のある神社である。

その長い歴史を物語るように、現在の滋賀県の旧国名称である近江国(おうみのくに)の一宮でもあり、境内は白い砂利が敷かれ、「ジャ、ジャ」という自らの足音を聞きながら、境内右手奥の庭園には祀られている4つの境内社まで参拝に回る。

そこから拝殿を振り返ると、この空間に多くの神様が存在していると言うのが良く分かる、とても整った空間。住宅地の中にあり、森の中のひっそりした神域感はないが、程よく乾き空気がピリッと引き締まったような気持ちのよい空気が流れている。

そんなことを思いながら、「チリンチリン」と良い音を響かせる風鈴の姿を神門の下に認めながら、次の目的地へと向かうことにする。