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2014年4月8日火曜日

モスクワ大学 セブンシスターズ 1953 ★★★★


セブンシスターズも残りは長女一人を残すのみ。予定では、芸術家アパートの後にニコラーエフ設計のテキスタイル学校の寮や、シューホフ塔などを見歩いてから向かう予定だった最後のモスクワ大学だが、あまりにも疲労が蓄積してきたので、それらは明日に回してセブンシスターズだけでも今日中にコンプリートしようということでルートを変更して向かうことにする。

慣れない街で、英語が通用せず、高額請求を避けるためにローミングを切っているために地図アプリが使用できない状態では、事前に用意した地図とルートに沿って行かなければいけない。そこで目的地をスキップし、ルートを変えるというのはかなり命取り。

しかしここまで随分モスクワを回りながら、地下鉄やバスなどにも慣れてきたという自信から、きっと問題ないだろうということで向かう最寄り駅。本来ならここからバスで大学まで行くのだが、駅を出たら目の前に明からにセブンシスターズというタワーが見えているので、この距離感なら徒歩でもいけるだろうと判断し歩き始める。

見えているのでそんなに遠くは無いだろうとたかをくくっていたが、歩いても歩いても建物は近づいてこない。目の前に伸びるまっすぐな一本道。かなり多くの学生も駅に向かって歩いてくるので、徒歩圏内かと思うが、やはり一日歩き続けた脚にはかなりの負担。まるで遠近法を無視するかのような目の前のタワー。

それもそのはず。この最後のセブンシスターズであるモスクワ大学は、セブンシスターズの中でも一番の高さを誇る、235メートル(36階)。1775年に設立されたロシア最古の大学であり、もちろん国内最高学府。

その敷地も市内の南西部に位置し、モスクワ市内でもっとも高い場所であるァラヴィョーヴィ丘の上にある。中央に一段と高く聳えているのは大学本館。1988年まではヨーロッパ随一の高さを誇っていたという。

その建物の大きさも尋常ではない。廊下の総距離は33キロにもおよび、エレベーターも計100基以上あるという。その大きさの為に、世界最大の大学としてギネスにも載っているらしい。とにかく巨大。そして威圧的。その巨大さを思い知りながらヘロヘロになりながらやっと本館前に到着。

内部に入ろうとするが入り口で学生証のチェックをしていて入れない。しょうがないので周囲を散策し、とっとと退散することにする。さすがに歩いては帰れないということで、正門前のバス停に行き、目的の地下鉄の駅行きのバスを探す。

どう考えても行きたい地下鉄の駅名が行き先として書いてあるバスを見つけ、それが地図上の目的の駅まで行くのかを確認するためにバスを待っている学生に英語で聞いてみる。しかし数人試したが誰もが英語をしゃべれないし、意思疎通しようという意思すら持ち合わせていない。ロシア最高学府のモスクワ大学の学生にしてこのレベル。

そこにロシアのプライドと、世界の中での位置づけを感じて「ままよ」とあたりをつけたバスに乗り込む。目的の駅は先ほど到着した駅とは路線が違い、更に東に1ブロック行った先にある。願うようにしてまっすぐいけよと思っていたが、先ほど降りた駅の交差点で右折するバス・・・

焦って隣に乗り合わせた如何にも知的なビジネスマン風の男性に地図を見せながら、「このバスはこの駅に行くのか?」と聞くが、やはり英語を理解しないがなんとか意味は分かったようで、バスの中の路線図を確認して「行く」らしきことをロシア語で返してくれる。せめて「Yes」くらい話せればいいのに・・・と思いながら、彼の言葉を信じて願い続ける。

一度右折してしまったので、頭の中で想定している位置に行くためには、「再度左・左と繰り返し元の道にでてから右に曲がって目的地かも?」と希望的観測を持ちながら観察していると、早速左に曲がるバス。「これは当たりかも」と思っていたら、次の交差点であっさり右に曲がっていく。「左じゃないのか!」と思いながらも焦って次のバス停で飛び降りる。

まさに「nowehere」なモスクワ郊外で、疲労困憊した身体と相談しながら身の振り方を考える。「とにかくバスは信用ならない」ということで、これ以上不確定要素を増やすよりは、一番確実な徒歩で地下鉄の駅へと向かうことにする。

方向は分かっているので、それが一番確実なのは分かっているが、いかんせん、とにかく疲労が蓄積している。しかも郊外になればなるほど、地図の比例が変わるのか、どうやら1ブロックが極端に大きくなっており、頭で想定していた距離感よりも何倍もの距離を歩くことになる。

途中にまた発見するバス停。そこで待っている高校生らしき若者。あまりの疲労のために、行き先を確認し、その若者に「ここに行きたいのだけど、このバスは行くのか?」と聞いて見るが、案の定まったく意思疎通できず・・・ギャンブルはこりごりということで、再度足を進めることにする。

その途中で今オフィスで手がけている南京で進めているプロジェクトにやや似ている建設中の建築を見つけ、少々気分を回復して先を進む。

覚悟を決めて歩く。ひたすら歩く。疲労のために、何倍もの距離に感じながらも歩く。おそらくここだけで1時間以上歩いたと思われるが、知らない街でほとんど外国人の姿も見かけることの無いのどかな道を一人トボトボと進みやっと到着した地下鉄の駅。不慣れな街での公共交通を利用することを恐怖を痛感し地下鉄の階段を下りていく。















ロシア連邦運輸機関建設省 セブンシスターズ 1953 ★★


レニングラード・ホテルから地下鉄一駅分を西に歩くと見えてくるのが次なるシスターズである、ロシア連邦運輸機関建設省(ソビエト連邦運輸建設国家委員会)。こちらも高さが午前中のものほど高くなく、110メートル(18階)。先ほどのレニングラード・ホテルよりも更に低くなっている。

目の前にそのデザインがロシア構成主義で作られている有名なメトロ・クラースヌィエ・ヴァロータ駅があるが、片側7車線くらいありそうなモスクワの道では、道を挟んであちら側は日本のように雰囲気が伝わる距離感ではなく、とてもじゃないが簡単に渡ってみるという訳にはいかない。

さすがに7本あるうちの5本目ということで、最初のころに感じた高揚感は無くなり、シスターズにもかなり慣れてきてしまった感は否めない。政府の建物ということだけあって、最初のロシア外務所のシスターズに雰囲気は似ているが、あちらほど豪華な装飾は施されてはいない。

全身を覆うようになった疲労感と、夜までにこなさなければいけない残りの目的地の数を考えて、とっとと次の目的地へと向かうために地下鉄の駅に向かうことにする。


メトロ・クラースヌィエ・ヴァロータ駅



ロシア外務省 セブンシスターズ ★★★ 1953




昨日の夜に、再度中心繁華街まで地下鉄で出て行って街を少し歩いてみるが、やはりこのモスクワ。観光客が地図を片手に歩くのはそうそう簡単ではないようである。

そうなると明日の建築巡礼も予定通りにスムースに巡れるという訳でははなさそうなので、食事をとってからさっさとホテルに戻り、グーグル・マップとIndesignを開いて、それぞれの出発地から目的地までどのように歩き、どのような交通手段を利用して、何個目のなんという頭文字の駅で降りて、それからどうやって歩いていけば到着できるかを地図に表示して項目ごとにまとめていく。

こちらで地図アプリが使えればいいが、ローミングに気を使いながら切ったり接続したりするのも忙しないので、朝から晩までの予定をびっしりPDFにして、それをiPadに入れてナビとすることにする。そんな訳でその作業に時間を取られ、就寝するのは午前3時。「明日も迷惑でなければ着いていこうかな」というオーストラリア人との予定も合わせなければいけないので、朝早くおきて一つ目のセブンシスターズポイントだけでも終わらせてしまおうと思っていたが、やはりそんなに早くは目覚めることができず、9時過ぎからモスクワ建築めぐりを開始する。

このプレゼン出張の前に、ロシア人のスタッフにモスクワで見ておいたほうが良い建築を教えてもらい、それを地図上で示してもらい、どのように巡ったほうがいいかを教えてもらうが、その後自分で調べるとやはりロシア構成主義の建築がかなり残っているらしく、それを見逃す手はないとグーグル・マップにマッピング。それをもとに、昨晩新たなるルートを作成したという訳である。

市内をぐるりと時計回りに巡っていくルートの最初の目的地は、セブンシスターズと呼ばれるスターリン・ゴシックの7つの建物の一つ、ロシア外務省。「青色から茶色へ・・・」、「乗り換えたら最後がEみたいな頭文字の方向へ・・・」となんとも原始的なナビゲーションをしながら、途中途中で進められていた地下鉄の駅の内装を写真に収めつつ目的地の駅へ到着。

地上に出たところで、今度は地図を眺めながら東西南北を確認して進む方向を決めていくのだが、こういうときにアイコンとなる建物や広場がある都市計画はありがたい。この時も駅をでたらすぐに明らかに異様な高さを誇る建物が見えて、それが目的地だと把握でき、その建物の位置関係から地図の方位を確認することができた。

このロシア外務所の建物。昨晩夜の赤の広場から周囲を見渡し、頭一つでている各地のセブンシスターズの中でも、シンデレラ城のように上に向かって上昇しながらも、次第に細くなっていく繊細な姿が一番印象的だった建物である。

建築家はゲルフレイクとミンクスで、1953年に完成している。27階建てで170mというその高さ。戦後すぐに立てられたというその時期を考えると、当時のソ連の国力を思わずにいられない。建物のに近づくと余りに高すぎその姿を十分に視界に納めるためには恐らく数百メートルは引きをとらないといけないが、都市の中にそれだけの引き空間をとることはできるはずもなく、全体像を感じることなく、面を捉えることになる。

ロシア外務省ということで、☆のモチーフがあちらこちらに掲げられている。ソビエト時代にはこの赤い星(レッドスター、 five-pointed red star)のモチーフは共産主義や社会主義などのシンボルとして使われ、五つの頂点は、労働者の手の五本の指また世界の五大陸を表すとされる。または五つの頂点がそれぞれ共産主義を指導する五つの社会集団(青年、兵士、産業労働者、農業労働者、インテリゲンチャ)を表すとも言われるという。

中国では同じ星でも「黄金の星」(ゴールドスター、Gold Star)と呼ばれる黄色の星をシンボルとして使っており、今回のロシアのコンペでも星型を採用したいたのだが、当初は5角の星型を採用していたのだが、中国人が「五角の星は社会主義国家において余りにも象徴性が強いので避けたほうがいいのでは・・・」ということで最終的に六角の星型に変えた経緯があったが、やはりこういうところで国の成り立ちが感じられるというものである。

その赤い星が掲げられた重厚な扉を入っていくと、床にも星がかたどられているのが見られる。上部に上昇するゴシックの教会建築の様な縦長の空間が見られるのかと期待していたが、どうやらロビーはせいぜい2層吹き抜け程度の空間のようである。セキュリティチェックがあり、パスを持っていないと入れないようなので、諦めて外へ。

横に回ってみてみるが、やはりここまでくると「塔」としての認識よりも、都市の中の量塊、マッスとしての認識に変わってしまうようである。そんなことを思いながら近くに位置する「プーシキンの家博物館」へと向かっていく。そこまでの通りは、なかなか活気がありつつ落ち着いていて、モスクワに到着して始めて歩いていて心地の良い道だと感じることができた。

案内が出ていないので少々苦労しながらやっと見つけたプーシキンの家博物館。ロシアで最も愛されるという詩人・作家であるアレクサンドル・プーシキンは、先日観に行ったオペラ「エフゲニー・オネーギン (Eugene Onegin)」 の作者でもある。

やっと自分の中でのロシア文学へのつながりが少しずつ出始めたので期待していたのだが、なんと今日は休館日。「ネットではそんなことは書いてなかったのに・・・」とジェスチャーで係のおじさんに伝えるが、「明日戻って来い」と言われ、ガックリ肩を落としながら、次の目的地である「メルニコフの自邸」へと歩を進めることにする。















アレクサンドル・プーシキン