ラベル エッフェル塔 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル エッフェル塔 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年11月8日火曜日

モンパルナスタワー(トゥール・モンパルナス,Tour Montparnasse,Montparnasse Tower) 1972



パリの北はモンマルトルの丘。そして南はモンパルナス。そのパリの南の顔となっているのがこのモンパルナスタワー(トゥール・モンパルナス,Tour Montparnasse,Montparnasse Tower) 。かつてこの場所にあった旧モンパルナス駅跡地が敷地となっているが、新しいモンパルナス駅はやや南に位置をずらし、駅はフランス西部と首都パリをつなぐ重要な終着駅として多くの人々をパリへと繋いでいる。

その敷地にパリの新たなる顔として計画された超高層ビル。1969年から1972年に建設されたということは60年代初頭から計画が進んでいたということであろう。用途は主にオフィス。59階建てで高さは210m。建築としては現在もフランスでもっとも高いビルである。というのは最頂部324mであるエッフェル塔は常時人が滞在する建築物ではなく、あくまでも工作物とう扱いなので、建築物として最も高いのはやはりこのモンパルナスタワーということである。

その設計はEugène Beaudouin, Urbain Cassan, Louis Hoym de Marienという3名の建築家が関わったとされており、その遠くから見ると黒い塔に見えるが、実際近寄ってみるとその色はチョコレート色というか、少々茶色を帯びており、恐らく向き合うことになるエッフェル塔の色を意識したチョイスであったのだろうと思われる。足元に寄り添うよそうように建つ商業施設と低層のオフィスはのちに建設され、別の建築家による設計ということであるが、その色合いは引き継がれ全体として一つの開発としての表情を見せている。

56階には展望台が設置されており、チケットを買うとエレベーターで一気に56階に上がることでき、室内の展望台からパリを見下ろすことができる。高層ビルの少ないパリ市内なだけに、その眺望はなかなかのものである。ぐるりと後ろ側に回ると目の前にはすぐそこの距離にエッフェル塔を見ることができる。この56階のエッフェル塔に面した部分はレストランともなっており、エッフェル塔を眺める贅沢な雰囲気が味わえる。

展望台から小さな階段を上がっていくと、途中で外部に出てさらに階段を上り、屋上にある露天展望デッキにでることができる。風を感じながら360度のパノラマを楽しみながら、「やはりパリにはパノラマだろう」とかつてあったパサージュ・パノラマに思いを馳せることになる。

この建物を有名にしたのは、その建設後、激しい景観論争を巻き起こし、美しいパリの街にふさわしくないデザインだということで、様々な非難を受けることになったこと。その為にこの建物の建設後、パリ市内では高層ビルを建設することはできない条例が作られることになる。

そのお陰で逆にパリ中心部はロンドン、NY、東京などの国際的大都市に比べたら中心部に高層ビルの無い、低層の街並みが保たれることとなっている。そしてそれはこのモンパルナスタワーにも逆のメリットを与え、パリをこれだけの高い場所から見下ろす展望台を備えているのはエッフェル塔と自らのみという状況を生み出し、さらに周囲になんら視界を遮る建物が無いという稀有な状況も助け、不名誉な評判を他所に多くの観光客がこの展望台を目指してモンパルナスにやってくるということらしい。

、「トゥール・モンパルナス最上階からの眺めはパリで一番美しい。なぜからパリで唯一トゥール・モンパルナスが見えない場所だからだ」

とまで言われるこのタワー。街中をあるいていても、まるでSF映画のようにスケール感と時代感の違った巨大なボリュームがいきなり現れるその姿を見ると、これも間違いなくパリの一つのシンボルであるのだろうと納得しながら展望台を後にする。



パリ15区



























2016年10月17日月曜日

パリの顔

パリといえばエッフェル塔。そのエッフェル塔も建設当時は多くの市民から批判の声を浴びた。しかし長い時を経て今ではすっかりパリの顔をなっている。

パリは塔の少ない、平べったい都市である。その為に少し高い場所に上ると北からモンマルトルの丘にそびえるサクレクール聖堂から市の中心部に位置するサン・トゥスタッシュ教会。そして遠くには凱旋門の遥かかなたにラ・デファンスの高層ビル群が見えて、視線を南に振っていくとスクッと立つエッフェル塔。更に視線をすすめると、パリの街並みとは相容れない黒い高層ビルが見えてくる。

これがパリの南、モンパルナス地区の顔となっているモンパルナスタワー(Tour Montparnasse)であり、現在フランスでもっとも背の高い建物(210m)であり、建設された1972年にパリの街並みにふさわしくないと激しい景観論争を巻き起こしたことで有名となった建物であり、この建物以降パリ市内では高層ビルが建てられない条例が制定され、皮肉なことにこのモンパルナスタワーの最上部にある展望デッキからの眺めが、このモンパルナスタワーを視界に捉えることなくパリを一望できるからということで、パリでもっとも美しい夜景スポットとして知られるようになったという曰くつきの建物である。

そんなタワーもすでに40年の試用期間を過ぎ、アスベストの問題や様々な面において現在の社会要請に見合わなくなり、長く取り壊して新しく建てるか、それとも大規模の改修をするかの議論が交わされてきたが、この度その改修の為に大々的な国際コンペが行われることになり、世界中から多くの応募があった中で、MAD Architectsも参加設計事務所の一つとして選ばれた。


パリという都市だけでなく、エッフェル塔がそうであったように、パリに住まう人々にとって大変重要な意味を持つこの建物をどう更新していくかもさることながら、こうして社会劣化を起こした高層ビルがどのようにして新しい活力を取り戻していくことが出来るか。これもこれからの社会全体が向き合う大きな問題になることは間違いないので、このコンペをきっかけにパリの都市を深く理解することと共に、新しい高層ビルの更新のあり方について深く学んでいければと思わずにいられない。

2015年3月7日土曜日

身体を通しての認知

写真やインターネットでエッフェル塔を見ても、「あ、エッフェル塔だ」としか感じないが、しかし実際そこに身を置き見上げる時に感じる「おおっ」というあの感覚は一体何なのかと不思議に思う。

同じ様に、Google Mapで航空写真として見下ろすパリの街並み。それを見ても何とも感じないが、しかし着陸寸前の飛行機の窓から見下し、流れていく街の光としてパリの街並みを見るときに湧き上がる「おおっ」という感情は何なのだろう。

百科事典が限られた人の特権だった時代から時間は流れ、今では無料で無限の情報に触れることが出来るようになった。情報が限られていれば限られているほど、その情報に触れたときの感動は大きいはずであり、それが動画でも画像でもましてや活字であっても、その価値は相対的に決まっていたはずである。

それに対し現代では、世の中に存在するほとんどのものや景色はインターネットで検索すればほぼ目にすることが出来る。実際に自分が決していけないような場所や、顕微鏡の様にスケールの違う世界の様子も簡単に目にすることが出来る。

その「目にすることが出来る」ということを、実際に体験した、理解したと同様に感じてしまうこと。

そこに人の愚かさがあり、そこにこそ、例の「おおっ」という驚きが隠されているはずである。

人間がものを感じ、理解するのは決して視覚だけの問題ではなく、自分の身体や周囲の建物と比較して大きさを体感したり、その場に差し込む光の微妙な変化や、吹き抜けていく風のぬるさを感じること。そんな身体を使って感じることが本来の体感することである。

視覚に偏重した現代社会だからこそ、できるだけ身体を使って物事を感じること、物事を体感することの価値が高まり、同時にそうして身体を通して世界を認識することができるかどうか、その訓練を重ねてきたかどうかが、その人の感情の豊かさや想像力に比例していくのだろうと思わずにいられない。

エッフェル塔(Tour Eiffel) ギュスターヴ・エッフェル 1889 ★★★★★


せっかくパリに来たのだから、少しの時間でもやはり立ち寄りたいのはこのエッフェル塔。東京タワーの様にまっすぐとエレベーターを下ろして足元の透過性が失われるのではなく、そこはやはり粋なフランス人。近代のエレベーターをつける段階になっても、オリジナルのデザインを守るために、足元では4本の脚に沿わせて斜めのエレベーターを採用することによって、タワーの足元がすっぽりと抜けて向こう側が見えるという透過性と、何よりもタワーの下にもぐりこみ、そこから上を見上げるという近代技術の作り上げた新たなる都市の風景を体験できることであろう。

斜めのエレベーターがどれだけコストがかかろうとも、そこはやはりオリジナルのデザインを尊重する判断をするあたり、やはり文化への尊重とプライドを感じずにいられない。

ロラン・バルトの「エッフェル塔」で、「下から見られる存在としての塔」と、「上から見下ろすための視点」という二重性を都市に生み出したとして槍玉に挙げられ、飯島洋一の「光のドラマトゥルギー―20世紀の建築」 では、その建設現場にて空中に浮かぶプラットフォームから打ち上げられた花火によってその完成図を確認されたというエピソードから、それを「火の時代」から「電気の時代」への幕開けを象徴する建築であるとされたこのタワー。

ロマンチックなものから、何やらキナ臭いものまで、様々な物語の舞台となり、そしてそれを見下ろしてきたエッフェル塔は何よりもそれが画面に映りこむことでそれが「パリの風景」へと記号を与えてしまう、フランスの首都パリの象徴的建築物であることは間違いない。

1889年にパリで開催された第4回万国博物館。その目玉として企画され、コンペによって技師であるギュスターヴ・エッフェルの案が選定されて、万博にあわせるためにたった2年二ヶ月という短い建設期間によって完成をした塔である。これを聞くと、万博やオリンピックという国威を世界に示すためのイベントでは、どうしても予算や建設期間という問題が付きまとうのはどの時代も同じなのだと思わずにいられない。

その高さは312mで当時世界最高高さの建造物であり、下から3層、57m、115m、275mのところでそれぞれに展望台が設置されている。その展望台に設置されている建物が最近改修されて、非常にエレガントなガラスのファサードを持った建物となっており、先ほどルイ・ヴィトン・ファンデーションを案内してくれたRFRがそのファサードを手がけたということで、ぜひとも上までのぼりディテールを確認したかったのだが、夜も遅い時間といっても展望台に向かうエレベータには長蛇の列・・・

長い1日だったのでさすがに上にのぼるのは諦めてその代わりにタワーの足元からまっすぐ伸びる都市軸と、そして上に向かって一点に収束する技術の描く曲線を眺め、4本の脚で描かれた境界のなかで思い思いの時間を過ごす世界中から集まった人々の姿を見ながら、これも最も美しい都市の広場に違いないと再認識してホテルへと戻ることにする。















コンコルド広場(Place de la Concorde) アンジュ=ジャック・ガブリエル 1755 ★★


折角パリに来たのだから、朝のランニングで昼間に回ることのできない市内の建物を巡ってこようと、朝7時前に起きだし外へ出る。「ミュンヘンよりはあったかいのでは・・・」と甘い期待を裏切るように半袖半ズボンのランナーにはあまりに厳しい寒さ。

「日がのぼれば暖かくなるはずだと」気合を入れて、まず向かったのはコンコルド広場(Place de la Concorde)。南西にエッフェル塔が良く見え、振り返るとセーヌ川の向こうに太陽が空を赤く染めながら上ってくる。

フランス革命中にはマリー・アントワネットの処刑が行われたりと、この街の歴史を作る舞台となってきた広場。朝早いというのに、メトロポリスの一日の始まりを告げる様に行き交う車や人々の姿を眺めながら川を渡って南へと渡ることにする。