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2016年4月20日水曜日

メキシコ・シティ(Mexico City) ★★


「Node Forum」というイベントに参加するために、7年ぶりにメキシコ・シティへ。AADRLで一年後輩にあたるtheverymanyを主宰するMarc Fornes、Snøhetta(スノヘッタ)のパートナーのMichelle Delk、Diller Scofidio + RenfroからCharles Renfroとともに、二日間に渡り「Progressive Architecture」というテーマでレクチャーなどで議論を交わす。

同年代の現地の建築家と交流を深め、かつバラガンやキャンデラの建築に加え、最近完成した建築なども、地元の建築家の案内で見れることに期待を込めながら、深夜の空港へと降り立つことにする。





2015年12月5日土曜日

龍亭公園(龙亭公园,lóng tíng gōng yuán,りゅうていこうえん) 1692 ★★★



宋都御街を北に抜けると大きな湖が広がる風景に出くわす。これがこの開封の北側を形作る二つの湖、杨家湖と潘家湖という二つの湖である、その真ん中の橋でつながれ、北側に位置するのがこの地に居をおいた歴代王朝の宮殿があった場所であり、その歴代王朝は?と眺めていくと最初は明代の1378年にこの地に周王府が建てられ、その後清の時代の1692年にここに万寿亭が作られ後に名称も「龍亭」と改められたという。

南から二つの湖にはさまれた南北に伸びる直線の橋である玉帯橋を渡り切ると見えてくるのがこの龍亭。そしてその前に聳える巨大な石階段。なんでも高さが13mで全部で72段の階段だという。これだけ長い直線の階段を見るとやはり東京の愛宕神社の「出世の石段」を思い出してしまう。あちらは86段だというから、この龍亭のほうがやや短いということだが、山を頂上に位置する愛宕神社に対してこちらは純粋な人工の建造物。周囲に視界を防ぐものが無いだけにその姿はむしろマヤの神殿を思い出させる。

1日移動を続け、歩き続けた挙句にこの長い直線の石畳を歩いてきたのこの気の遠くなるような石階段。せめて夕陽を浴びて輝くこの開封の街の姿を上から眺めおろし、かつて「東京」と呼ばれたこの街に想いを馳せようと心に鞭打って階段を一段一段と上っていくことにする。

頂上に立ち南を振り返ると眼下には汗をかきながら上った石階段とその先にまっすぐと伸びる橋。穏やかな水面の向こうにかすむ街並みの景色はこの石階段を登ってくる価値があるものだと納得。手すりで切り取られた空の風景は恐らく東京と呼ばれた首都として君臨した北宋時代の開封の風景とそれほど変わるものでは無いだろうと想像力をたくましくし、そろそろ日が落ちてきたのを確認して階段を降り宿に向かうことにする。

橋を渡る途中東の空に落ちる太陽が空をなんともいえない美しい色に染め上げ始め、トワイライトの奇跡だとこの瞬間を逃さないようにカメラを構えながら刻一刻と変化するその空の表情を楽しみながら、日常の中では空を見上げる余裕すらない現代人の生活の虚しさに思いを馳せながら歩き回った1日を振り返る。





















2013年11月17日日曜日

月壇 (げつだんこうえん 月坛公园) 1530 ★


まるでドラゴンボールでも集めているかのような気分になれる北京の「壇」採集。恐らくスマホでカードゲームにはまる子供や大人も遠かれ近かれ同じような気持ちなのだと思うが、それぞれの場所で壇を体験するたびに、身体の中で何かがスポッと嵌るような気分になれる。

日壇(日坛) 別称を朝日壇(朝日坛 cháo rì tán)
月壇(月坛) 別称を夕月壇(夕月坛 xī yuè tán)
先蚕壇(先蠶壇 xiān cán tán) 北海公園内に位置する

北京を首都と定めた明王朝。皇帝がこの現世を支配するのに相応しいものとして、天と交信をしてこの世の統治の方法を授けられるようにと設けられたのは天と地を司る天壇と地壇。では、その後には「何を祀るのか?」の答えはもちろん太陽と月であった。電気もない時代に、地上を照らしてくれる空からの光はまさに神そのものであったであろう原初的な世界。その神に少しでも近づき、声を聞くために地上より少しだけ高く持ち上げられた壇。

この壇を眺めていると、マヤのジャングルの奥地に設けられた原初的なピラミッドを思い出さずにいられない。どんな段階の文明に置いても、この世を司る天と地、日と月に神聖を感じるのは理性を持つ生物として当然であり、その動きにこの世の真理を見つけようとする。その神を崇めるために、何かしら人工性を持った建築物を持って向き合おうとする。その時に選ばれるのは自然界には存在しない原初的な幾何学の代表である正方形や円形の壇。こうして見ると、この壇にも人類の建築の歴史が閉じ込められているようで面白い。

そんな訳で1530年に建設されたのがこの月壇 (月坛 yuè tán)。太陽が沈んだ後は闇に包まれた当時の北京。そこに火を灯し、闇の恐怖に立ち向かった人々が見上げた夜空に明るく煌く星々たち。その中でも極めて大きく光を放つ月。その月を神とし、夜明神(月)と空に浮かぶ星々を祭ったこの場所は又の名前を夕月壇(夕月坛 xī yuè tán)と呼ばれ、「夕」とは中国語で「夕方,日暮れ」を意味する。

東へと発展する現代の北京。西にはかつてより軍隊の敷地が多く残るので、開発の手が入るのが遅れているという事情はあるにしても、目的がないとなかなか足を伸ばす事がない北京の西。さすがに電動スクーターでたどり着ける距離ではないので、自宅近くからバスに乗り込み、乗客の乗り心地など関係無しに思いっきりブレーキを踏み込むバスの運転の為に、グラグラ揺られて吐き気を覚えながら、とてもじゃないが読書などできずに棒に捕まりながらなんとか耐える1時間。

到着したのは月壇公園駅だが、北京に4か所ある壇のうちで最も小さい公園だけあって、それほど観光地化している訳でもなく、案内板も出ておらず、携帯で地図を見ながら北に位置するチケット売り場へ。地域の住民の憩いの場になっていると言うだけに入場料も1元。ここにくるまで1時間揺られてきたバスも1元。これは都市の流動化を促す大きな要素であると思うので、ぜひ東京も移動にかかる費用を抑える対策を取ってもらいたいものである。

さて、門を抜けて中に入ると、なんとも仄々した雰囲気。バスケットボールで遊んでいる親子の後ろには、如何にもそれらしき門があるが堅く閉ざされている。上を見上げると門の中に聳えている電波塔が威容を誇って見下ろしてくる。「さては・・・」と悪い予感を感じながらも更に南に下って壇探し。

どこまでいっても、整備された庭園が広がるばかりで、否が応でも手元のチケットの裏に示された園内地図と見上げると視界に入ってくる電波塔の関係が気になるばかり。諦めきれずに先ほどの門を北側に回ると明らかに壇のあとだという階段があるが、こちらも堅く閉ざされているので係員と思われるおじさんに聞いてみると、「入れないよ」と言うので、「中の壇は壊されたのか?」と聞くと「知らない」と。

言葉を失いチケット売り場に戻って聞いてみると、随分昔になくなって今は電波塔が建てられて中には入れなくしているという。「それでは、風水都市北京が完結しないじゃないか・・・」とがっくり肩を落として丁度やってきたバスに飛び乗りオフィスに戻る事にする。

東から西は混んでいるが、西から東は空いているようで、椅子に座れるとすっかり冷えた身体に車内の暖房が丁度良く、ウトウトとしているうちにオフィス近くのバス停を乗り過ごしてしまい、ワンブロック歩かなければいけないので、折角ならばと胡同の中に入っていって肉まんとゆで卵を頬張りながらオフィスに戻ることにする。
















2011年11月21日月曜日

「上と外 上・下」 恩田陸 2003 ★★★★★



「フリーダム」と「リバティ」の違いを学んだ中学生時代に読んでいた漫画の舞台は南米で、インカやマヤといった南米大陸の奥に忘れ去られたかのような古代文明を通して繰り広げられた物語は、若い自分に南米を十分すぎるほど冒険の舞台としての印象を与えた。

大人になってもまだまだ異国としての響きを失わない、遠い国としての南米を舞台として、中学生を主人公としてマヤ文明を描く物語となれば、何故もっと早く読まなかったのかと悔やまれずにはいられない。

「科学の進歩は必ずしも人間を幸福にするわけではない」

自然との共存のイメージとして現代文明に対して対比の位置づけで使われ古されたマヤとはまったく違った切り口で描く下の世界。

「後悔ってのは一番くだらない。人生は無為に過ごすには長すぎ、何かをしようと思えば短すぎ」

地球の裏の南米と、職人が油にまみれる日本の工場を繋げる現代のグローバル世界の描き方。

「いいか、いつも自分の手を動かしておけ。いつも動かしておけば手はお前を裏切らない。楽しようとしたり、誰かに押し付けようと思ったりして動かさなくなったら、その瞬間にお前の手はお前を裏切るようになる。自分の手を動かさなくなった奴に限って偉そうなことを言う。キチンと自分の手を動かして、なおかつそれに見合うだけのことを言っているのは相当立派な人物だと思っていい。」

アマゾンの熱帯雨林にヘリコプターから落っこちて、もの凄いスピード感で展開される新世界。生命に恵みを与える森が、獰猛な姿を見せだす夜に感じる不安を主人公と共有しながらめくるページ。

「料理というのはじっくり作るのも大切だが、時には何よりスピードが優先される時があるんだ。今にも死にそうな人がいて、一刻も早く病院に運ばなければいけない時に救急車を作り始めるバカはいない。リヤカー 担いででも運んでいかないといけない。質は悪くなってもどうしても速さを優先し、期限に間に合わせることが一番大事な時がある。何かをする時、それがどういう仕事か考えるんだ。質が大事か、速さが大事か。今やらなければならないのか、長い時間をかけてやった方がいいのか。それを常に考えていないと時間は無駄にどんどん過ぎて行く。」

こういう話を読んでいると、学校の教室で学ぶことよりも一日の冒険が与えることが如何に多いかを痛感し、冒険を可能にする舞台がどれだけ残されているのかに想いを馳せる。

「面倒がらずに自分の知っていることを説明してくれる」

描かれるとても魅力的な男たち。

「心配も喜びのうち。怒ったり、嫌になったり、そういう相手がいるっていうのも喜びの中に含まれる」

同じくらい魅力的に描かれる女たち。

「不安というのは膨れるのが速い。恐れや恐怖を吸い込み、目の前のものを何も見えなくする。」

そして何よりも中学生という最も多感で、不安定で、そして向う見ずなことが可能であった「あの時」の気持ちを見事に描き、引き込む作者。息子を持つことになったら、ぜひ中学生になるくらいに読ませたいと思える一冊。