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2014年4月7日月曜日

グム百貨店 GUM Department ウラジーミル・シューホフ 1893 ★★★★


モスクワの中心地、赤の広場。ロシア正教会の歴史を表す教会建築や、クレムリンの城壁など厳かな雰囲気を醸し出す他の面と対照的に、何とも温かな光を広場に投げかけるのがこのグム百貨店(GUM)。

建築に携わるものとしたら、この赤の広場で一番体験してみたいものがこのグム。建築家・鈴木恂の著書「光の街路」でも紹介されるその百貨店は、モスクワという厳しい気候の元、なおかつ帝政ロシアの首都としての世界に誇る商業施設を作らなければいけないという使命を帯びて、巨大なスケールを併せ持つことで可能になった内部の巨大なアーケード空間。まさに建築内都市空間が実現している。

様々な条件がこの場所で重なり合うことで可能になった、非常に稀な建築空間。いつかその巨大でたくさんの光が注ぐアーケードを体験してみたいと、学生時代から思い描いていた場所である。

パリやロンドン、ミラノの都市内に張り巡らされたパッサージュ空間とは違い、建築の中に閉じ込められたガラスの天蓋。凍てつく冬を持ち合わせるモスクワだからこそ出現した空間だといってよいのだろう。

そのグム百貨店(GUM)。帝政ロシア時代の1893年に完成しており、すでに120年の歴史を持つことになる。中に入る店舗数は200以上となり、現在はロシア有数の高級百貨店として営業されている。ソビエト時代には国営化されたために、品切れを起こさない商店として国民から重宝されたという。

建物自体は200mを超える正面のファサード。そこに3つの入り口が取られ、内部に入ると、長手方向に延びるギャラリーに面して商店が並ぶ形になっている。内部には3列のギャラリーが並んでおり、そのギャラリーの上空にはガラスのアーケードがかけられている。ここから光が降り注ぎ、買い物客は思い思いのところに腰を掛けては、有名なGUMのアイスを味わっている。

ギャラリーの上空には2階、3階と徐々にセットバックし、それぞれはブリッジにて繋がれている。ブリッジ付近は床が緩くアーチを描いているためにフラットではなく、現代の百貨店にはない場所性を作り出してくれる。

このグムを設計したのが、1853年生まれのウラジーミル・シューホフ(Vladimir Shukhov)。今のように建築家や構造家として明確な区分がなかった時代で、技術者でもあり、構造家でもあり、建築家でもあったシューホフは鉄線を格子状に組んで双曲面構造の外観をもつ塔も作り出した逸材である。

同年代に活躍したフランスのギュスターヴ・エッフェル同様、やはり技術者として鉄道や塔などを手掛けることになるシューホフは、鉄の不足を克服し、同時に工期を短縮する工夫を重ねていく。その中で大規模建築の屋根の加工方法の考案も行っており、その結果としてこのグム百貨店のアーケード屋根が鉄とガラスの組み合わせたヴォールト屋根として実現した。

シューホフが生涯かけて取り組んだのが、双曲面構造。これは鉄線を格子型につなぎ合わせていく方法で、鉄の使用量を削減し、かつ強度を維持しながら、全体として括れた曲面を描く美しい構造体を完成させる。この構造は最初給水塔に採用され、その後様々なラジオ塔などにも広まっていく。

ロシア革命後、革命政府からモスクワに建つシャーボロフスカヤのラジオ塔の設計を命じられたシューホフは、1922年に高さ150mの塔を双曲面構造を使って完成させる。その軽やかな形状はソヴィエトという新時代の幕開けを告げる象徴とされたという。

この双曲面構造(そうきょくめんこうぞう)。その構造的合理性の為に、同時代に多くの技術者、構造家、建築家がその実用に向けて様々な試行錯誤を繰り返していた。線材を面として使うことで、双曲面状の構造の強靭さを兼ね備えながらも、材としてはかなり少ない量でできるという経済性を兼ね備える方式、さらに軽やかさを表現することができる。

その利点を理解し、一番最初に実現化したのがこのシューホフであるが、アントニ・ガウディも同じように双曲面の研究をつづけ、サグラダ・ファミリアの一部分にも採用されている。

他にも、スペインのエドゥアルド・トロハ (Eduardo Torroja) や、ル・コルビュジエ、メキシコのフェリックス・キャンデラ(Félix Candela)も、好んで双曲面構造を用いて設計をした。

そんな現代建築の発芽を感じることのできる奥の深い空間がこのグム百貨店。ギャラリーがあまりに長いので、下手にあちこち歩くと相当疲労するために、自分もアイスを買いこんで、ベンチで上空を見ながら味わうことにする。












2014年4月6日日曜日

赤の広場 Red Square イヴァン3世 1493 ★★★


夕食を取りながら明日のプレゼンの詰めを行って、「せっかくだからというのでモスクワ川を北に渡った赤の広場まで足を延ばしてみる」というと、ランドスケープ・アーキテクトも「一緒についていくよ」というので、かなり冷え込んできたモスクワの夕暮れの街を散歩にでることにする。

ホテルが位置するのはクレムリンからモスクワ川を渡ったすぐの場所。行こうと思っていた「トレチャコフ美術館」の脇を抜けながら、主要道路は片側6車線ほどで、とてもじゃないが横断も、向こう側の雰囲気も分かるようなヒューマン・スケールを持ち合わせていないモスクワの街のスケール。

キックオフ・ミーティングに行ってきたパートナーが「モスクワの後には北京のスケールが小さく見える」と言っていたのはこのことかと理解し、そのスケール感にビュンビュンとスピードを出して走っていく車の流れ。それに寒さも手伝い、なんとも寒々しい街だなと思っていたが、一歩街区の中に入ってみると、そこにはやはりヒューマン・スケールの歩きやすい道が走っているのを発見する。

とはいうものの、街の街区の割り時代はやはり巨大。地図を見ていてその街区の割り方から自然と頭がこれくらいの距離感と判断するのだが、それがことごとく外れている。1街区がとにかく巨大。そのため歩く距離も長くなる。

そのお蔭で思ったよりも披露しながらたどり着くモスクワ川。その橋の上から右手に見えるのがセブンシスターズの一つのタワー。逆を眺めるとクレムリンの後ろにも別のタワーがちらりと顔を見せる。この段階ではセブンシスターズの詳しい内容も、その配置も調べていないので、なんとも特徴的な「塔のある風景」を楽しみながらクレムリンを眺め、その東に位置する巨大な都市広場である赤の広場へと足を進める。

この赤の広場、長さは695m、平均道幅は130m、面積は7万3,000㎡という巨大な広場で、世界一の巨大さを誇る北京の天安門広場の南北880m・東西500mに勝るとも劣らない都市広場である。

「赤」というのはロシア語で「美しい」という意味もあり、「美しい広場」として広まった名称だという。南北に長い形をしたその広場の南の端には、玉ねぎ型の屋根がいくつもあるので特徴的な聖ワシリイ大聖堂(St. Basil's Cathedral)が立ち、逆に北側には赤い煉瓦の国立歴史博物館とヴァスクレセンスキー門が立ちともにアイ・キャッチとして機能する。

長い面を持つ東面には建築家・鈴木恂の『建築巡礼 光の街路』でも取り上げられているグム百貨店(GUM Department)が端正なファサードを見せてくれ、その向かいの西側にはクレムリンの城壁に沿いながら、レーニンの遺体が保存展示されているレーニン廟などが設置されている。

この広場は1493年にモスクワ大公国の統治者イヴァン3世が、自らの居城であるクレムリンの前の市街地を広場として整理させたのが起源とされるという。ロシア革命後のソ連の成立により、再度首都に返り咲いたこのモスクワでは、最高指導者がクレムリンに居住したためさらにこの赤の広場の重要性が増したという。

建築家としてはなんといっても「GUM」が見たく、建築の中に都市空間を呑み込んだと表現されるその内分アーケード空間を市民がどのように利用しているのか、ぜひとも夜の空間も見てみようと訪れる。

赤の広場でその配置の象徴性に圧倒されながらも、明るい光を投げかけるグム百貨店に吸い寄せられるように中に入り、立体交差路のようになって、心地の良い身体スケールを持っている内部空間を上に行ったりあっちに行ったりと歩き回る。

帰りは北側をぐるりと回り、思った以上に市民が散歩や憩いの場として利用しているなんともリラックスした雰囲気に、ロシアの首都・モスクワのイメージを大きく修正させながら、次第に明日のプレゼンへと意識を変えていくことにする。