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2012年6月10日日曜日

「眠れぬ夜の殺人」 岡嶋二人 ★


バスに乗っていたら欧米風の男性に「日本人ですか?」と流暢に話しかけられる。

その彼はスペイン人で7年間日本に住んでいたといい、かなり流暢な日本語を話し、読んでいた小説の表紙の文字を見て話しかけてきたという。日本の後に今度は中国に来て、今は中国語を学びながら仕事を探しているという。

元々、測量技師で地下鉄や建築の現場での測量を仕事としていて、今度は太陽光エネルギーの会社の面接を受けに行くという。

その内容を中国語で話すとなると、かなりしんどいことになるな・・・と思いながら、彼の日本語能力に感心しながら、話は今夜のユーロカップ、スペイン対イタリアへ。

今、スペインがサッカーで負けたら、我々には何も残っていない。

なかなか風刺の効いたコメントを言うなと思いながら、そろそろ降りなきゃいけないのでまた今度、と挨拶しながらバスを降り、せめてもう少し洒落たタイトルの小説を読んでいればとやや悔やむ。

日本から届いた大量の本からまずはリラックスにと選んだのは好きな岡嶋二人だが、気が利いていないのはタイトルだけでなくトリックもいまいちな様で、今夜のスペイン選までには終えてしまおうと二宮尊徳状態で歩く日曜の夕暮れ時。



2010年6月16日水曜日

「タイトルマッチ」 岡嶋二人 講談社文庫 1993 ★★★















ボクシングの階級はこのようになっている。

ジュニア・フライ級      48,9Kg以下
フライ級            50.8以下
バンタム級          53.5以下
ジュニア・フェザー級    57.1以下
ジュニア・ライト級      61.2以下
ジュニア・ウェルター級   63.5以下
ウェルター級         66.6以下
ジュニア・ミドル級      69.8以下
ミドル級            72.5以下
ライト・ヘビー級        79.3以下
ヘビー級            79.3以上

自分がライト・ヘビー級に属すると思うと、ダイエットの必要性を感じる・・・

元・世界王者の息子が誘拐される。その対戦相手に、同じジム所属で、義弟である琴川が世界戦に挑む。
犯人からの要求はその世界戦で、相手をノックアウトで倒せというもの。

華やかに見えるボクシングの世界の裏にある、ジム同士の政治パワーバランス。
そしてそれに翻弄される、実力だけでは世界に挑戦できないボクサー達の思い。
前日の会見、当日の軽量と刻一刻と試合開始が近づいてくる中、なかなか見えない犯人像。

本人と特定できないまま鳴らされる、試合開始のゴング。
そんな中繰り広げられる名試合。

3分という時間で刻まれるリズム。
全編に渡ってそのリズムがもたらす緊張感の感じられるテンポの良いミステリー。

2009年5月30日土曜日

「クラインの壺」 岡嶋二人 1993 ★★★ 

1989年に刊行された本とはとても思えない内容である。

幾何学と日常的に向き合っている建築家という職業についているものなら、題名である「クラインの壺」は「メビウスの輪」と同じくらい馴染みの深いものであり、そこに新しい空間の可能性を一度ならずとも思い描いた対象でもある。

「メビウスの輪」がわっか状にに繋げられたリボンの一部を切り取り、それをひねって再度くっつけることによって、わっかの外をなぞっていたらいつの間にか内側をなぞることになるという幾何学の不思議を表すものであるが、それに対して「クラインの壺」はより複雑で、如雨露のような内と外を持った立体の一部が伸び、曲がり、もともとの立体に貫入していきもともとの立体の内壁とくっついて幾何学を閉じるというもの。つまり「面」の「表と裏」の操作ではなく、立体の「内と外」が捩れるという一次元高い幾何学の不思議を表すものである。

そのタイトルから分かるように、空間の捩れを指し、コンピューターの発達によって様々なところで問われている「リアルとバーチャルの世界」の線引きとその相互貫入の問題を主題においている。

イプシロン・プロジェクトと呼ばれるバーチャルリアリティを利用した新たなゲームであるブレイン・シンドローム開発。それは人間自体がカプセルに入り、液体につかることで視覚や触覚だけでなく、それぞれの感覚を同時に仮想現実の世界に入り込ませるという設定であり、その先に訪れるのは現実とバーチャルの世界の曖昧化。

それにしても、やっとVR(バーチャルリアリティ、Virtual Reality)やのAR(Artificial Reality)が現実の世界での利用が始まった昨今から考えて、20年前にすでにここまでこの技術が発展し、その後に人類が向き合うことにある根源的な問題を主題におくとは、著者の考察の深さに頭が下がるばかりである。

小説内の象徴的な一節

「はじめのところから始めて、終わりにきたらやめればいい 」

それが示すのはまさにタイトルの「クラウンの壷」のように、一体どこかがはじめでどこまが終わりなのか?という問題。

著者の岡嶋二人は徳山諄一と井上夢人の二人の共著での著者名であるが、この一作を最後にコンビを解散してしまうことになるのが、これほどの作品を残すのは相当な関係性があってのことだろうと想像するだけに、非常にもったいないと思いながらも彼らのその後の作品も追っていかないと思わせる名作である。
クラインの壺
メビウスの輪