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2013年2月10日日曜日

池上本門寺 (いけがみほんもんじ)1282 ★★★


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所在地  東京都大田区池上1
宗派   日蓮宗
寺格   大本山
創建   1282
開山   日蓮
機能   寺社
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東京に住んでいると、何とはなしに耳にすることがあるこのお寺。恐らく東京出身の人にとっては、増上寺、浅草寺などと同じくらいな意味を持つものだと薄っすらと理解していた。

裏覚えだけに、池上という場所にある一番重要なお寺ということで、池上本願寺だと記憶してしまっていたが、まったくの間違いだったようだ。

久遠寺のある身延山(みのぶさん)を出て、病気療養の為に生まれ故郷の常陸(現在の茨城県)へと戻る日蓮。常陸に辿り着くことなく、この武蔵野国池上郷で生涯の最後の幾日かを過ごしたということで、日蓮が没した地として起源を持つらしい。

日蓮の没した10月13日はお会式(おえしき)と呼ばれて、宗祖等の命日にあわせて行われる大法会(祭り)が行われるという。その祭りのイメージが重なってか、東京の東は浅草寺、北は西新井大師、真ん中は増上寺で南は池上本門寺という刷り込みが脳の中に出来上がっていたようである。

トップクラスの寺社であるはずが、大田区という土地柄、なかなか足を運ぶ機会がなかったといういい訳で済ませてしまっていたが、いい機会だからとおにぎりを広げる目的地として設定して、最寄り駅から起伏の激しい坂道をトコトコ歩いていくことにする。

歴史の古い古刹らしく、土地の起伏を利用して、小高い丘の上に鎮座する境内。そしてほぼ南にふられた参道には、96段の石階段とその下までのびやかに続き、丘の上の山門を眺めながらアプローチする時の気持ちを想像すると、今でも地元に愛される理由も分かると言うものだ。

7万坪近いという、これほど巨大な敷地を現代の大都市東京の中で確保するという巨大な権力を持ち、それを支える経済的基盤を保持するような寺社となると、どうしても近代的な立替を行い、より巨大な本殿を・・・となるのを良く見てきたが、久遠寺同様、日蓮宗の寺はあまり華美にならず、何よりも境内での建物の配置が非常におおらかでゆったりしている印象を受ける。

地域の人がこの境内を日常的に憩いの場として利用するのほほんとした雰囲気もも、お会式の時に沢山の出店と人がごった返す熱気に満ちた雰囲気も、両方想像がつくような空間の大らかさ。こういう空間は現代ではどうやっても作り出すことが難しいので、これこそこのような古刹を訪れるメリットというものだろう。

そんなことを考えながら、日蓮聖人像の足元で、「我 日本の柱とならん。我 日本の眼目とならん。 我 日本の大船とならん。」という言葉を見ながら、道元はじめさまざまな同年代の先輩に仏教の真髄とはなんぞやを問い歩き、激しく生きた日蓮の一生に思いを馳せる。





















2012年3月3日土曜日

於岩稲荷陽運寺(おいわいなりよううんじ) ★


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所在地 東京都新宿区左門町
山号  長照山
宗派  日蓮宗
開基  蓮牙院日建上人
機能  寺社
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東京を離れる前に、久々に東京をぐるりと巡ってみようということで、朝から自転車にまたがりひたすら北を目指す事にする。

麻布十番から外苑東を北上していくと某学会の街として有名な信濃町に出るが、警備が多い辺りを過ぎると右手に広がるのは今でも雰囲気の良い路地空間が残る須賀町。アトリエワンの事務所もあり、東京らしい狭小住宅も立ち並び、彼らの作品もポツポツと見つけだすことができる。

そんな街並みの中に忘れられたようにあるのが、路地を挟んで合う寺と神社。寺が於岩稲荷陽運寺(おいわいなりよううんじ)であり、神社が田宮神社。両者共に於岩稲荷を名乗る事から分かるように、会談で知られるお岩さんを祀ることで知られている。

恐らく怪談と言われたまず初めに思いつくのは四谷怪談。そのお岩さんの寺と言えば分かりやすいく向かいに建つ於岩稲荷田宮神社とセットで語られ、路地にはためく赤い旗の助けもありまず見落とすことはない。

寺社建築としてどうの、という訳ではないが、せっかく機動力がある時ならばと立ち寄るには悪くない須賀町界隈。もれなく近くに某電力会社の会長邸宅が警察によって警備されているので、その御殿の様子もちらりと眺めさっさと次の目的地へと自転車を走らせる。




2011年6月23日木曜日

身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ) 日蓮宗 1281 ★★★★★

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所在地  山梨県南巨摩郡身延町身延七面山参道
宗派   日蓮宗
寺格   総本山
創建   1281
開山   日蓮
機能   寺社
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「百寺巡礼 第五巻 関東・信州」 五木 寛之
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病気療養の為に生まれ故郷の常陸の国に戻る途中、立ち寄った武蔵野国の池上にて亡くなった日蓮聖人。それまで過ごし、法華経が仏教最上の教えであるという信念の基に築き上げ、晩年を過ごしたこの地にに、「どこで死のうとも墓は建ててくれ」という日蓮自身の遺言に沿って遺骨を祀ったという身延山。日蓮宗にとっては唯一の聖地である場所である。

有名な樹齢400年を超えるしだれ桜を見ながらアプローチから左に折れると、大らかに広がる空間が広がる。山麓に配置された幾つかの建物が揃って南に正面を向け、その前に市街地では考えられないような広い空間が水平に伸びていく。これを見ただけで今回の旅の意味があったというものだ。

本堂から日本三大門の一つに数えられる三門まで伸びる長い長い階段を見下ろし、その下に広がる寺町を眺める。その後ロープウェーを使って、山頂に位置する奥之院間であがると、周囲はすっかり霧に覆われ、いかにも日蓮が毎日登ってきてはお経を上げていたといわれる当時の風景が思わず浮かんできそうな、幻想的な雰囲気に呑み込まれる。

山麓部よりも数度低いと思われる温度を感じ、時代が流れても、この地を包む空間の質というものが今でも変化していないんだと理解し、このような豊かな空間構成をできるだけ身体に取り込むことが、日本人の建築家が世界で闘う大きな武器になるのは間違いないと確信する。