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2017年6月22日木曜日

Western Concourse at King's Cross ジョン・マカスラン(John McAslan) 2012 ★★



London Holocaust Memorial Competitionにも参加しているスコットランドのグラスゴー生まれの建築家ジョン・マカスラン(John McAslan)  設計によるキングス・クロス駅の改修。

ロンドンから北に向かうだけでなく、ユーロスターがかつての始発駅であったウォータールー駅から、このキングス・クロス・セント・パンクラス駅へと延長・変更されたことで、ヨーロッパ大陸への玄関口として機能することで、以前よりも頻繁に足を運ぶようになったこのキングス・クロス駅。今回は明日から向かうヨーク行きの電車のチケットを受け取りに立ち寄ったのだが、やはりハリーポッターのワンシーンを思わせる19世紀のイギリスのターミナル駅の雰囲気と、柔らかな構造をもった未来的な巨大屋根との対比は、現在のロンドンを象徴する都市空間となっているのは間違いないだろう。








2015年3月6日金曜日

シュトゥットガルト空港(Stuttgart Airport Terminal 3) GMP Architects 2004 ★★


夜の便で次の目的地のパリに向かうために帰宅の車で込み合う街中を抜けて山の南に位置するシュトゥットガルト空港(Stuttgart Airport Terminal 3)へと向かう。

北京空港などの自分がどこにいるか分からなくなるような巨大な空港ではなく、街の規模にあった程よいサイズのターミナルに入ると、視界に飛び込んでくるのはなんとも特徴的な樹木の様に枝分かれして屋根を支える構造体。

他は過剰なデザインなどなく、非常に機能的に配置されたチェックインカウンターが並び如何にもドイツの交通施設だと思われるが、どこを見てもその特徴的な構造が目に入ってくる。

後で調べてみるとやはりドイツの組織事務所のGMP Architectsによるものだという。「やはりな・・・」と思いながら調べると、どうやらこのシュトゥットガルト空港はターミナル1からGMPによって設計されており、その当時からこの特徴的な枝別れする柱は採用されていたという。

グローバル化後、空港で過ごす時間がどんどんと増える現代人にとっては、空港空間の意味も激しく変化していく。その中で世界の拠点都市に置かれる巨大空港ではなくて、このような地域の拠点都市に置かれる中規模の空港がどのような空間であるべきかは今後とても重要なポイントになりそうだと想像を膨らませながら、遅れていたがやっと到着した飛行機に乗り込むことにする。






2015年2月22日日曜日

西表島(いりおもてじま) ★★


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昨年の夏に「サウスバウンド」を読んでからやたらと行きたくなった西表島。沖縄ですらなかなか行く機会などないものだから、離島なんでなおさらであるが、今回は思い切って妻と一緒に休暇を利用して足を伸ばしてみることにする。

2013年に開港した石垣新空港からフェリーターミナルまでバスで移動し、フェリーに揺られ約一時間。到着するのは沖縄で本島についで大きいと言われる八重山諸島最大の島・西表島(いりおもてじま)。

大きく分けて西地区と東地区に分かれるこの島であるが、この時期はほとんど予定通りフェリーが動くことは無いという東地区の港について、そのままバスにてホテルへと直行する。

イリオモテヤマネコで知られるように、日本では珍しく亜熱帯海洋性気候に属し、また外部との交流を絶たれ独自の生態系を発展させたこの島は、全体の90%を亜熱帯の森で覆われ日本の秘境100選にも選ばれている自然豊かな地域である。

島の中をうねるように走る川には日本で見られるすべての種のマングローブが見れ、島の特殊な地形であちこちでかなりの高低差の滝を見ることができる。ホテル近くの浜辺で八重山諸島らしい青い海辺を散策していると、亜熱帯地方らしく空の様子が変わりだしあっという間に激しいスコールに見舞われる。

予定していたアクティビティも中止となり、部屋で外の雨の音を聞きながら読書をしながら午後を過ごす。夕方には雨があがり、ホテルが主催するこの島の生態系に関する簡単なレクチャーを聞いて、「イリオモテヤマネコは進化から遅れており、高いところから落ちても猫の様に尻尾でバランスを取れないので頭から落ちることがある」という説明を聞く。

それを聞きながら、外から入ってきた人間が、勝手に外の世界にいる猫という動物と自分を同一視して、それで「進化から遅れている」と決め付けてくるが、こっちはこっちで自分のペースで生きているし進化してるんだから余計なお世話だ。

と自分がヤマネコだったら言うだろうなと思いながら、夜はこんなに暗かったのかと思い出させてくれるような漆黒の闇の中、ホテルで薦められた近くのレストランへと足を運ぶ。

二日目は相変わらず変わりやすい空模様の合間を縫うように予定していた通りにマングローブを楽しみながら川を上るツアーに参加し、自転車で意外に起伏の激しい道を車を気にすることなくこいで、「サウスバウンド」でもモデルにされたとされるヤギの横を駆け抜け、午後には亜熱帯の森の中を歩き滝の上から午前にいったマングローブの川を見下ろし、ガイドの人から「この地が世界遺産に登録されたらここにも人が入ることはできなくなるでしょうね」という言葉を聞きながら、利便さとともに距離を手に入れた人間が、こうしてどんどん自然に入り込み、勝手に手を入れた生態系に途中からそれを人間の視点で保護しようとする身勝手さは、どんな時代にも行われるのだろうと思いながら山を降りる。

独自の生態系を壊さないように、保護はするけど決して人間の手で個体数を増やしたりはしないというこの島の自然への対峙の仕方。そして本で描かれるような純化された離島の生活や風景はやはり同じように残されている訳ではなく、この島なりに利便さとの丁度いい距離を保ちながらもいいものは取り入れ、そして生活もまったく時代にそぐわない姿が保存されているわけではなくやはり21世紀の日本の一部分であるのだと、勝手に自分の想像力の中で膨らんだ妄想を萎ませながらまた島を離れることにする。






















2014年4月8日火曜日

レニングラードホテル セブンシスターズ 1952 ★


昨晩、朝方までかかって準備しただけあって、思ったよりも英語表記の無いモスクワの街で公共交通を乗り継ぎしながら目的地を回るのも意外をスムースに進み、予定通りに午前の目的地を見終えて、一足先に今日の夜の便で北京に戻るという同行者がそろそろホテルに戻るかな?と思って聞いてみると、「次の目的地を見たらホテルに戻る」と言う。

という訳で、iPadの自作PDF地図を眺めながら駅名や道路名を確認しながら先を行く自分の後ろに、のんびりと周囲の風景を楽しみながらついてくる同行人というスタイルで午後もスタートすることに。

そして向かったのはモスクワ市の東側にあるセブンシスターズの一つ・レニングラードホテル。午前に訪れたウクライナホテル同様に、セブンシスターズの中に二つだけあるホテルのうちの一つである。

その名前の由来は目の前に鎮座するターミナル駅・レニングラーツキー駅。市内に9つあるターミナル駅の一つであり、北のサンクトペテルブルク(旧称・レニングラード)へ向かう列車が発着する駅である。

東の玄関口にあたるこのエリアは、いくつかのターミナル駅が並び立つ。レニングラーツキー駅の東には、ヤロスラフスキー駅。これはウラジオストクや途中から南下してモンゴルのウランバートルを経由して北京まで延びているシベリア鉄道が発着する駅である。その南にはカザン行きのカザン駅。

それらのターミナルに到着した人々が駅舎から外にでてモスクワの街で始めて目にするのがこのレニングラード・ホテルの壮大なファサードということになる。しかし先ほどまでのシスターズと比べて見ると良く分かるように、高さがやや低く136メートル(26階)。加えて両脇の建物も塔がなく、ボタッとした印象。そして全体的に装飾が少なく凹凸のないノッペリした表情。

なんとか正面からカメラに収めようと歩き回るが、周囲を大きな車道が走ってしまい、どうも正面からは見上げられず、やはり駅舎から出てくる人向けにファサードが向けられているようである。そのためにこのシスターズは市の中心部から見てもそれほど認識されないのではと勝手に想像する。

現在は、ヒルトン系列のホテルとして運営されており、300室以上の客室数を誇るという。ここに車での道すがら、そろそろ一人で帰るためには地下鉄の乗換えなどを把握しないといけないということで、少々焦りながらも路線名を駅名に注意を払い始めていた同行者が、「帰り道に迷うかも知れないからそろそろ帰るよ。内容の濃いツアーに参加させてくれてありがとう」と言い残して帰っていく。

それを見送って、後ろに見えるこの地のもう一つのシスターズ目指して歩き始めることにする。






ヤロスラフスキー駅
レニングラーツキー駅