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2017年12月24日日曜日

季節の風物詩 高校駅伝


今年はクリスマスイブに重なった全国高校駅伝。京都・都大路を舞台にした高校生長距離ランナーの決戦の日。年末の風物詩となったこの大会は、「都大路」と検索するとほぼこの高校駅伝関連のサイトや画像で埋め尽くされるほど、すっかり世間に定着している。

年末年始の様々なスポーツの祭典の始まりの合図を鳴らすかのように、冬の寒空の下、仲間からの声援を背中に受けて、徐々に沁みこむ汗と思いでじっとりと重くなる襷をつなぎ、新年をすぐ目の前に迎えてた古都をマラソンと同じ42.195キロをチームとして駆け抜けていく。

高校駅伝ならではのスピード勝負。一区ごとに先頭が入れ替わる手に汗握る展開と、昨年の雪辱に燃える伝統校同士の戦いと、一年で成長した生徒たちの姿を見ながら、「あぁ、今年も一年が過ぎたのだな」と感傷に浸るのに持ってこい。

男子は下馬評通り、長野の佐久長聖が迫る岡山の倉敷を振り切り、4区間で区間賞を獲得する圧巻の勝利。昨年は3位に倉敷、4位に佐久長聖だった為に、チームの総合力が感じられるレース展開であった。昨年優勝の広島・世羅が20位に終わったこともあるが、1,2年生が多数を占めた佐久長聖は来年も間違いなく優勝候補だろうと胸を熱くする。

女子は昨年の15位から圧倒的な強さで優勝した宮城の仙台育英。こちらも昨年優勝の広島・世羅が9位に落ち込むなど、やはり高校駅伝は有力選手の卒業によって、毎年その勢力図が変化するのも魅力であるが、2位に入った長野・長野東や、男子の3位に入った宮城・仙台育英など、やはり強豪県というのはあるのだなと改めて理解する。

毎年、コースのアップダウン、中継点など徐々に詳しくなっていきながら、いつかは、いつかは、この冬の寒空の下、道の脇で選手が駆け抜けていく姿に声援を送りたいと願いつつ、そうだったら、どこで応援しようかと考えを巡らしながら年末へと突入する。





2015年12月20日日曜日

風物詩 都大路の高校駅伝

テレビで高校駅伝をやっているのを見つける。「都大路を駆け抜ける高校生たちの姿が・・・」というフレーズが耳に届くと、「ああ、今年もすぐに終わりだな・・・」と年の瀬を感じるように、京都を舞台にして行われる高校駅伝の晴れ舞台。

高校野球部員が目指すのが甲子園。
高校サッカーの聖地が国立競技場。
高校ラグビーの聖地が花園。
高校駅伝部員が目指すのがこの京都の都大路。

都道府県別での争いとなるから、画面のこちらで見ている我々も、どうしても地元愛を刺激され、「地元代表校が順位を一つ上げた」となるとやはり気持ちがいいものである。男子はフルマラソンと同じ42.195kmを7人で、女子はハーフマラソンの21.0975kmを5人でつなぎ、高校生で各地道府県からの代表ということもあり、各区で走る選手の力も時に大きく差があり、思いもしない大逆転なども起こりうる。だからこそ、ついついテレビの前から離れられず、また後でニュースで結果だけ見るのと、リアルタイムで手に汗握る争いを見るのとでは、大きな違いである。

これこそが、季節ごとに何年も費やしてきた青春をぶつける高校スポーツの祭典は思いもよらぬドラマを生み出す風物詩となりうるのだろう。

今年は男女ともに広島県の世羅高校のアベック優勝で幕を閉じたが、沿道で応援する人々の姿を見ながら、各校代表として冬の寒い時期に市内を駆け回る中学校の駅伝大会の様子を思い出して感傷に浸りつつ、やはり風物詩は見逃すべきではないと、野球、サッカー、ラグビーに駅伝と、高校スポーツの晴れ舞台が行われる時期をgoogleカレンダーに定期イベントとして入力することにする。

2015年4月5日日曜日

「鬼神伝」 川崎博嗣 2011 ★

現代に住まう中学生が、ある日謎の鬼に追われ、そこを救ってくれた僧侶に連れられ時空を超えて1200年前の平安の都である京都にタイム・トラベルし、そこで人と鬼の戦いに巻き込まれる。

というストーリー。

最初の「鬼」の描き方が何かもやもやとして気になったので見てみたが、ことごとくつくりが浅い一作。平安の都の描き方がアニメーションだからこそできる特別な表現になっているかといえばそうでもなく、「鬼」として虐げられる部族と貴族の戦いで何が正義かを悩む主人公の姿も「どこかで見た設定・・・」と思わされるだけ。

なぜこの主人公がわざわざ時空を超えて平安から現代までやってきて呼び寄せられたかの深い設定も感じられず、平安という文献がそれほど残されていないだけにまだ不思議な世界観が通用する距離感とそこにアニメの手法を被せることでの期待感は分からなくも無いが、それがうまく融合されなかったという感じだろうか。

八百万の神々がもっと身近であったはずの日本の日常を、ぜひともアニメの力で説得力を持って描き出す。そんな作品を期待せずにいられない。
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スタッフ
監督 川崎博嗣
著者 高田崇史
脚本 荒川稔久、川崎博嗣
イラスト 村上豊
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キャスト
天童純:小野賢章
水葉:石原さとみ
源雲:中村獅童
源頼光:近藤隆
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2014年5月24日土曜日

「まひるの月を追いかけて」 恩田陸 2007 ★

出張で戻った実家で、折角だからと立ち寄ったブックオフ。そこで見つけた久々の恩田作品。紹介にあるのが、橿原神宮、藤原京跡、明日香と奈良の地名。古都と言えば京都が多いが、それ以前の奈良はなかなか取り上げられる機会は少ない。

平安以前のより古代の香りを残す奈良の都。藤原京に平城京。昨年、高野山まで奈良を縦断した際に、立ち寄り地として最後まで候補に挙がっていた橿原神宮(かしはらじんぐう)。初代天皇とされている神武天皇を祀る神社として奈良県内屈指の神社に数えられるこの神社。まさに万葉の時代の中心地である場所である。

そんな訳で、京都を舞台とした小説とはまた別に、様々な神話や歴史を重ね合わせる物語が描かれているのだろうと勝手に想像して購入した一冊。

しかし、残念ながらまったく期待とはかけ離れた物語。

古の都・奈良。京都には無い広がり、大らかさのある土地で、様々な土地を徒歩で巡り、ゆったりとした時間の中で物語が重なり合い、読み終わった後には、また奈良の足を運び、今度は車ではなく、じっくりと歩いてかつてそこに流れた時間を身体に感じたくなるのかと期待した。

恐らく作者も、奈良の地を旅し、ゆっくりと各地を巡り、東京とも京都とも違う、ゆっくりと、そしてゆったりとした時間の流れ方、風景の在り方に、なんとかそれを小説の世界の中で表現したいと筆をとったのだろうと想像する。

しかし、あまりに物語が練られていない。そして奈良の時間、風景の大きさがまったく表現されておらず、つっこみどころ満載のまま、なんどもつっかえながら読み進めることになる。恐らく一時期あまりにも短期に多くの作品を発表した時期に発表された中の一冊であるのだろうと想像する。多作な作家の作品は、やはり注意して手にとる事にしようと思わされる一冊である。

2014年5月2日金曜日

生まれた場所の特性

人は自らが生まれる場所を選ぶことは出来ない。
しかし、その場所には歴史の中で培われてきた特性と言うべきものがある。

その場所に生まれ育つことは、そのような様々な特性を帯びて育ってきた地域で時間を過ごし、その特性を身体中に吸い込みながら成長していくことである。

例えば、東海地方。

太平洋に沿って、京都から江戸への東海道は温暖な気候に恵まれ、海洋輸送や海岸線沿いの比較的安定した陸上輸送の線上に位置し、いつの時代にも流通の強みを握り、戦闘時におけるスピードを得ることと同意であった。

そしてその場所の特性、価値というのはその時代時代の社会の中心となる場所からの距離にも比例することになる。長く京都を中心として発展した日本の中世。そして江戸へと中心が移動しても、影響力を持ち続ける京都との二重中心。そのどの時代においても、二つの中心を繋ぐ中間に位置する東海地方の優位性は疑うことはできない。

その地の利から直接的に得られる交通の便。交通がもとらす人の流れ、モノの流れ、金の流れ、そして力の流れ。

そこの地に天下を統一する下地を作った信長が、
その後を受けて天下を統一した秀吉が、
そしてその後の安定政権を築き上げた家康が生まれたのは歴史の必然であったのだろう。

信玄があと少し遅く生まれていたら。
正宗があと少し早く生まれていたら。

そんな「もし」が語られる歴史のドラマ。
しかし信州から天下に手が届いただろうか。
奥州から京都への距離をどう縮小できたか。
山陰から天下を窺うことが可能であったか。

そう考えると、歴史には必然が隠れており、それは地形と時間の中で偶然の様に見えながら数々の必然が重なり織り成した土地の力が隠れている。

それはその時に足を運び、その土地を見て、身体で感じ、地図を眺めて意味を読み取ろうとしなければ決して目の前に現われては来ない。

そこに行かなければいけない。

そうして今の世界を眺めてみる。
今の世界はどこが中心で、一体どんな価値を生み出しているのか。
そしてその価値が自らの人生においてどんな意味を持つのだろうか。
そして今自らの住まう場所は、何処に繋がっているのだろうか。

生まれた場所の特性を理解し、自らの身体の中に蓄えられたモノ語らぬ土地の力を把握し、そして今自らの住まう都市の特性を理解して生きること。

それがこれからの時代に必要になってくる能力なのだと思わずにいられない。

2013年10月20日日曜日

「夜は短し歩けよ乙女」 森見登美彦 角川文庫 2008 ★★

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第20回(2007年)山本周五郎賞受賞・2007年本屋大賞2位
第137回(2007年上期)直木賞候補
第3回(2010)大学読書人大賞
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「命短し恋せよ乙女 紅き唇 褪せぬ間に 
赤き血潮の冷えぬ間に 明日の月日の無ひものを」

黒沢明の「生きる」の中で、主人公が歌うシーンが印象的なこの歌。
佐川満男の「ゴンドラの唄」の一節である。

何ともゴロの良いその歌にインスピレーションの源泉があるのがいやがおうにも感じられるタイトルから、如何にも昭和の匂いが漂ってくるような物語を想像する。

その中心にあるのは、「乙女」と「夜」。

太陽の光に晒されて、見せたくないものまでも見えてしまう昼間の世界。その世界が反転し、闇の中に潜り始め、艶かしい月の光に照らされて、全てを見ることができなくなる事で、想像力をより刺激しだす夜の世界。その世界では「乙女」がより妖艶に映りだす。

そんな「夜」をいまでに持ち合わせている街が、蛍光灯で隅の隅まで照らされた現代日本の中で一体どこに存在するだろう?

その答えは恐らく片手の指で折れるくらいの数になるだろう。そしてその筆頭に挙げられるのが「京都」。高瀬川の流れに沿った石畳の街路はかつての古都のスケール感は、まるで行きかう女性を平安の世からタイムスリップしてきたかのように照らし出す。狭い街路の上を見上げれば、怨霊達が飛び交い、その後ろからは陰陽師たちが印を切りながら飛んでいく。幕末の志士が走り去り、叡山から坊主達で駆け下りてくる。毎晩夜の闇に紛れて、街のあちこちで歴史の亡霊が顔を出す。そんな夜の街。

京大出身というだけあって、非常に細やかさ街の描写がされている。恐らく長らく京都に居を構えた人間でなければなかなか出来ないような断片的な街の描写。決して俯瞰的で、地図を上から眺めたような描写ではなく、スポットごとの断片をつなげていく事で街を浮かび上がらせようとする。

夜の闇にファンタジーを織り交ぜようとする為に、その舞台となる街はより正確であるべきだということなのだろうが、たまにグルグル巻き上げられたり、プカプカ浮かび上がっていく視線から街をどうとらえるのか?そこにも一つ何か欲しかった気がしてならない。

どうもその語り口調と断片化の手法、そしてファンタジーの織り交ぜ方が「パプリカ」を思い起こしてしまうなと、最後までその思いを払拭できずに読み終えてしまい、なんとも消化不良となった一冊。

2013年9月15日日曜日

「日本庭園・鑑賞ガイド 庭がよくわかる本 庭に隠された約束ごと」 野村勘治 1994 ★★

建築家。

という職業をしているだけで、京都にいって寺院や庭園を廻るのが、安易にも何故かその仕事の糧となり、OLさんが3人くらいでキャッキャッいいながら内容の薄いガイドブック片手に廻る二泊三日旅行とは意味が違うように聞こえてしまうがそんなことはない。

見るものにテーマを持ち、意識を持って参観し、見たものを改めて整理し、自分の中で消化する。その中から見えてきた新しい意味を自分の日常の中へと持ち帰る。そうしていつか、何十年か先かもしれないが、どこかでそれが本当の意味での糧となって設計に反映される。それほど簡単に理解できたり、習得できるものではないのが京都の空間。

興味があるから訪れるのはもちろんだが、どんなに興味があっても事前に細かく調べることはできやしない。実際に足を運んでみて、そこで感じたものが何だったのかに興味が湧き、帰ってから時間をかけて理解しようとする。興味に奥行きを与えていく。

そんな訳でこの夏に様々なところで訪れた庭園。建築を職業とし30代も中ごろに差し掛かれば作庭の基本くらいは身についていてもよさそうだが、それはどっぷりと日本建築に関わる仕事に関わってこなかったからと言い訳をし、興味を持ったが始まりということで、いろいろと調べる手始めに、自宅の本棚から見つけ出したこの一冊。

やはりその時に読まなくても、とにかく本棚にコレクションとして残しておくことの意味に改めて気がつきながら、めくるページには、少なからず今回訪れた名庭園が紹介されている。

体系だてた説明というものではなく、非常に簡単な導入本ではあるが、それでもズブの素人の今の自分にはうってつけの一冊。何よりも巻末に名庭園リストとして掲載されている写真の全国の庭園がなんと84も載っている。

これはぜひとも自分のマップにマッピングしなければいけない・・・ということで、ネット上でそのリストを探そうとするがどうにも見つからず、しょうがないので、自分で打ち込むことにする。この作業が結構時間を要する。寺や神社に付属するものが多いので、必然的に読み方も複雑で簡単な変換では出てこない名称のものが多くなる。

しょうがないので、ひらがなで打ち込み、所属件名と一緒にネットで調べていく作業。「これでまた行かないといけない所が増えてしまうじゃないか・・・」などと思いながら、抑えることの出来ない嬉しさがニヤニヤと口元に出てしまいながらリストを完成させていく。

その姿を見た妻が、「なんだか楽しそうだけど、何してるの?」と聞いてくるので、「こういう手間を超えることで効率という近代のベールで見えなくなったもの探す地図をつくっているんだ」と、如何にもかっこよさげに答えると、「良く分からないが楽しいならいいや」と返される。

マッピングされていく目的地でいつか、その妻から「まだ次があるの?」と文句を言われる日も遠くは無さそうだと想像を膨らませながらまた一つ目的地を追加する。

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名庭リスト
青森
・瑞楽園(ずいらくえん)
・盛美園(せいびえん)
・ 藤田記念庭園(ふじたきねんていえん)
岩手
・毛越寺(もうつうじ)
栃木
・古峯神社(ふるみね)
東京
・小石川後楽園
・東京天理教館
・明治神宮
・六義園
神奈川
・三溪園(さんけいえん)
・箱根美術館
石川
・兼六園(けんろくえん)
静岡
・龍潭寺(りゅうたんじ)
愛知
・名古屋城旧二の丸
三重県
・北畠神社(きたばたけじんじゃ)
滋賀
・居初氏庭園天然図画亭 (いそめしていえん てんねんずえてい)
・旧秀隣寺庭園(きゅうしゅうりんじ)
・玄宮園(げんきゅうえん)
・大池寺(だいちじ)
・福田寺(ふくでんじ)
・楽々園(らくらくえん)
・蘆花浅水荘(ろかせんすいそう)
京都
・京都府立総合資料館 
・銀閣寺
・金地院(こんちいん)
・三千院有清園(ゆうせいえん)
・橋本関雪記念館(はしもとかんせつ)
・平安神宮神苑(へいあんじんぐうしんえん)
・法然院(ほうねんいん)
・曼殊院(まんしゅいん)
・無鄰菴(むりあん)
・金閣寺
・孤篷庵(こほうあん)
・正伝寺(しょうでんじ)
・真珠庵(しんじゅあん)
・大仙院(だいせんいん)
・大徳寺
・龍源院(りゅうげんいん)
・京都御所
・仙洞御所(せんとうごしょ)
・本法寺(ほんぽうじ)
・青蓮院門跡(しょうれんにんもんぜき)
・東福寺
・普門院(ふもんいん)
・二条城二の丸
・旧嵯峨御所(きゅうさが) 大覚寺大沢池
・退蔵院(たいぞういん)
・天竜寺
・東海庵
・法金剛院(ほうこんごういん)
・龍安寺(りょうあんじ)
・真如院(しんにょいん)
・西本願寺対面所庭園(にしほんがんじたいめんしょていえん)
・桂離宮
・西芳寺(さいほうじ)
・醍醐寺三宝院(だいごじさんぽういん)
・酬恩庵(しゅうおんなん)
・浄瑠璃寺(じょうるりじ)
・慶沢園(けいたくえん)
・正覚寺(しょうかくじ)
奈良
・依水園(いすいえん)
・平城京左京三条二坊宮跡庭園(にぼうきゅうせき)
・大和文華館(やまとぶんかかん)
島根
・足立美術館
・出雲千家(いづもせんけ)
・櫻井邸(さくらいてい) 櫻井家・日本庭園
・万福寺(まんぷくじ)
岡山
・岡山後楽園
・頼久寺(らいきゅうじ)
広島
・縮景園(しゅっけいえん)
山口
・桂氏庭園(かつらし)月の桂の庭
・漢陽寺(かんようじ)
・常栄寺(じょうえいじ)
・宗隣寺(そうりんじ)
徳島
・観音寺(かんのんじ)
・千秋閣(せんしゅうかく)旧徳島城表御殿庭園(きゅうとくしまじょうおもてごてんていえん)
香川
・栗林公園(りつりんこうえん)
福岡
・木曽路博多駅南店
・旧立花家御花(おはな)松濤園(しょうとうえん)
熊本
・水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)
鹿児島
・磯庭園(いそていえん)
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[目次]
・庭―四季の彩り
・まずアプローチから始まる
・水の造形を楽しむ
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広がる水景 池泉庭園
/舟遊式庭園ー水上に浮かぶ
/廻遊式庭園ー景の中を巡る
/座視鑑賞式庭園ー枠鳥が産む立体絵画
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走る水景色 流水庭園
/造形としての流水
/流れの発展と、その効果
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究極の水景 滝
/滝への篤い思い
/滝の種類と、その効果
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水景の演出 島と汀
/島ー奥行きと広がりを演出
/汀ー海を写す造形美
/橋ー水景の小道具

・石と砂の造形を楽しむ
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心で観る山岳と大海 枯山水庭園
/枯山水庭園の始まりー平安から鎌倉
/写景庭園ー景観を写す枯山水
/写意庭園ー寓話を造形する枯山水
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現代の枯山水庭園
/脈々とつくり続けられる枯山水
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白いキャンパス、白い造形
/白砂と砂紋と盛砂

・究極の庭園美、石組
/枯滝石組ー流れ落ちる水を表現
/枯流れー清流・大河を表現
/橋石組ー景の中に導く表現
/石島石組ー水面を鮮やかに演出
/護岸石組ー汀を立体的に演出
/須弥山・三尊・七五三・の石組
/蓬莱石組・鶴亀石組ー伝説の島
/舟石・夜泊石ー蓬莱島へ渡る

・廻遊より生まれた用と景の世界
/飛石ー用と景が織り成すリズムとメロディー
/敷石ー文様のハーモニー
/灯篭・層塔ー誘う灯、景の要

・庭の外にも庭が見える
/塀・生垣ー囲障で切り取る
/植栽で整える
/建築でとる・背景と共につくる
/調和と対比
/枠取りで見る

・庭の彩り―植栽の美
/植栽がつくる空間構成
/刈込がつくる造形的空間
/下草ー庭のたたずまいをつくる
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2013年7月26日金曜日

虎屋京都店 内藤廣 2009 ★★★


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所在地 京都市上京区一条通り烏丸西入る
設計  内藤廣
竣工  2009
機能  レストラン
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現代京都の中心と言えば御所。京都に住まう人の多くが、「江戸に出かけてらっしゃるから」とその留守を強調する。帰るべき場所としての家。

元々は内裏の外に位置する邸宅であった里内裏(さとだいり)の一つである現在の御所。内裏の焼失に伴い最終的に現在の場所に落ち着くことになるのだが、かつては御所を中心に広大な森が広がっていたであろう風景を思わせるように、現代の御所は巨大な木々で覆われる。

江戸に居を移された後の近代化に伴う開発によって、徐々にその森も切り取られ、最後には図と地を反転させたかのように、浮かび上がる矩形の自然としての人工性を象徴する御所の森。

かつては平安京のメインストリートであった朱雀大路。羅生門から大内裏正門朱雀門に至ったその道を平安の時代から一体どれだけの人間が行き来したことだろうか。その人を中心と考えられたかつてのメインストリートから、「車の時代」の京都を支えるために整備されたのが京都駅を南北に貫く烏丸通。

日常的にここを走る人間には、ある程度の緊張感を与えるだろうなと想像する道幅や車線数を変え、車線ラインがほとんど見えないこの烏丸通。そしてその烏丸通は御所の西側に接することになる。京都駅から北上するといきなり右手に現れる巨大な森に長い歴史の中で護られてきたこの国の中心を感じることになる。

その御所西側の烏丸通から更に西側に入ったところに位置するのが内藤廣設計による虎屋京都店。今回の巡礼の中で訪れた数少ない現代建築。その中にこの建築家の作品を二つも体験することになったのは、移ろいやすい現代においてなお、日本の神域に代表されるスパンの長い時間を見据えながら設計を行っている建築家の思考が他の建築家とはかなり違ったところを捕らえているからなのだろうと想像する。

その内藤廣の建築を、何の事前知識も無く、「気持ち良さそうだから」と妻がお茶をしに行く場所として選んだのも、環境を非常に繊細に建築要素として取り込み、五感で感じるものとして建築を作り続ける建築家の能力を、現代の女性たちはまた繊細に感知しているのだろうとこれまた勝手に想像する。

いくら近代の開発により整備されたといっても元々は徒歩や馬での移動を基本に想定された碁盤の目状の平安京。その上に新しい時代を更新していこうともやはりスケールの問題はクリアできず、目抜き通り以外は今でも残る交通概念が違ったかつての時代のスケール感。

つまりは一方通行が多くしかも道幅も非常に狭いので、慣れていないと非常に運転しづらいということ。ナビに導かれるままに烏丸通から西に折れると右手に確かに虎屋は見えてくるが、駐車場に行くためには、再度左折を繰り返し烏丸通までもどって北上し、先の道を左折していかないといけないという。行きかう子供にぶつけないようにと緊張感を高めながらなんとか駐車場まで車をいれて一息つく。

北京に居を構えていると、否が応でも中心を意識して日常を過ごすことになる。そしてその中心はもちろん故宮。紫禁城である。完全なる風水都市。その中心には皇帝が南に向かって座り、その北には大地の気を流しこむべく湖を掘った土が盛られた景山公園。

その公園の上から見下ろすことが出来るのは、人類史上でも稀に見る壮麗な故宮の建築群。金色に輝く連なる屋根の波。他の場所では決して見ることの出来ないこの大きな風景。こういう大きなスケール好きの妻の要望に応え、天気が良い日は二人で電動スクーターにまたがり、一人2元の入園料を支払い山に登る。

その帰りに寄る故宮・東門である东华门前に広がる通り。小さな商店やレストランが軒を連ねるのだが、故宮が故宮として機能していた明や清の時代にはまさに一等地であるはずで、こんな庶民の生活が権力と並列されていることは恐らく不可能だったに違いないと想像する。その雑多な風景。それと重なる現代の虎屋周辺の風景。

御所と言う日本最大の中心のすぐ横に、凡庸たる住宅地がだらっと広がるその姿。日本全国何処にでもあるようななんともない住宅地の風景か、と言えば、自動車スケールで決められていない街路のスケールがやはり京都の特異さを示すなんとも不思議な風景。

そんな特別な場所において500年以上にも渡って銘菓を作り続けてきた虎屋。御殿場や、東京のミッドタウンなどで既に3店舗、虎屋のプロジェクトを手がけ、クライアント側との信頼関係も十分でき、仕事の流れも十分に理解した上で取り組むこの本丸・京都店舗。その建築家が意識しないわけが無かったこの御所周辺と言うコンテクスト。

さぁ、日本の中心の磁場の中で現代を代表する稀代の建築家が何を見据えて設計したのか、そんな思いを持って踏み入れた切妻平入りの店内。入口の視線を柔らかく遮るように吊らされた白のスクリーン。その吊り元へと誘われる視線の先には、海の博物館を思わせるような半円状の天井。幅細の木を曲げられ作られるその無柱空間は非常に柔らかい空間を作り出す。ふむふむと思いながらも品のいいお店内で怪しまれないように気をつけながら妻を捜す。

窓際の席でお茶を飲んでいる妻を見つけ席に着くが、その品の良い店内の雰囲気に、流れ落ちる汗を抑えるために帽子と首にタオルを巻いていたが、入ってくる前に鞄の中にしまっておいてよかったと胸をなでおろす。それにしても、平日のこの時間にこれだけの数の女性客が、決してお安くはないこのお店でお茶を楽しみながらおしゃべりを楽しんでいる姿を目にし、世の中には裕福な人がいるものだと改めて驚く。

お水だけもらうわけにもいかないので、メニューを見せてもらい手が届きそうな宇治金時を注文し一息をつく。出された氷の品の良さとおいしさにびっくりし、流石は老舗・・・とため息をつく。

やっと落ち着きを取り戻し、店内に目を移すと、入口の道路側にも切妻の庇の下に縁側空間が置かれスクリーンとして作用し、店舗の内側には中心に水盤がおかれ環境調整装置としてと同時にそちら側にも雰囲気を変えられた縁側空間が置かれており、道路側から、何層にもなるレイヤーが重ねられ、ちょっとした距離だが十分な奥を作り出す。

御所と言う大きな中心に対し、この場所でも水の力を借りて小さな中心を作ることで挑んだその設計をしかと見届けようとその水盤を見学しに行く。まるで厚みを持った一枚の黒い石の様な表情とされたその水盤は店内から中心の緑の見切りとなって心地よい緊張感を伴う境界を作っている。

ところどころに京都らしき線の細さと、天然素材の力強さが加味されて、ついつい手で触れてみたくなる欲求にかられるディテールたち。ギャラリーの外壁に使われた45mm角タイルは白ともいえない微妙な色合いと、半マスに加工されたタイルを加えられ縦目地が通るのか通らないのかなんとも不思議な感覚にとらわれ、職人の手仕事の柔らかさを見せてくれる。誰かがこのタイル割の図面を描いたんだと想像すると少々ぞっとするが・・・

そんな考え抜かれたディテールや選定と仕様を考えられた素材の使い方を見ていると、一見凡庸に見えてしまうこの住宅街には、やはり他の地域とは一線を画す強い京の磁場が張っているのだと思わずにいられない。

この場で設計に挑む建築家が、自ら設定するそのハードルをどれだけ高くできるか?それがこの街の風景の奥行きを作り続けてきて、そして今後もまた新しいが確実に京都の街並みに溶け込んでいく風景を更新していくのだろうと思わせてくれる上質の建築だと思われる。

自分なら一体何を武器にこの場所に挑むだろうかと想像を含ませ、できることならこのプロジェクトの坪単価だけでも知ってみたいと思いつつ、カキ氷を平らげ店を後にし、旅を終わらせるためにレンタカーを返しに桂に向かう。

JRで京都駅に向かい、3日前よりも少しだけこの街の風景の奥行きを身体に入れこみ、次に訪れるときはどこから始めるかと頭の中のマップを歩き回りながら、濃密な旅を閉じることにする。
























金地院(こんちいん) 1394 ★★★


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所在地 京都府京都市左京区南禅寺福地町
宗派  臨済宗南禅寺派
寺格 南禅寺塔頭
創建  1394
開基  足利義持
機能  寺社
文化財 庭園
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すっかり寺社めぐりに満腹になってしまった妻が、家で待つ両親にお土産を買いたいということで、せっかくだから京都名物をと阿闍梨餅を買いに満月へと向かう。

自分一人だったらとてもじゃないが足を踏み入れられないなんとも京らしい品の良い店舗。いろいろ物色した挙句、やはり定番がいいんじゃないかということで阿闍梨餅のセットを購入して、少々機嫌がよくなった様子。

「気になるカフェがある」というので、言われたとおりに車を走らせると到着するのが虎屋京都店。内藤廣設計の白いカフェ。「ここでお茶してるから、好きなところを見て来なよ」と言う妻を残し参拝終了時間までの残り数時間を振る活用すべく再度左京区へと車を進ませる。

一昨日にギリギリのところで閉まってしまっていた知恩院(ちおんいん)。浄土宗の総本山であるからやはり是非境内を体験しておきたいと車を走らせるが、山門近くをぐるぐる回ってもどうも一般向けの駐車場が見当たらない。「おかしいな・・・」と思いよく見ると、小さな看板に、「この道先を左折したところにあるコインパーキングを利用してください」とのこと。後で調べると、平成31年まで御影堂の大修理を行っており、その影響で駐車場が十分に確保できないとのこと。

言われるままに道を進み、左折して小さなコインパーキングを見つけるが、ここから歩いたら山門までの往復で軽く30分はかかってしまうということで、非常に残念だが知恩院参拝は諦めることにする。

それにしてもこれほどの規模の寺院にも関わらず、車でしか来れない個人参拝者にここまで優しくないとは・・・と思いながら向かうのは、これまた一昨日にギリギリで入れなかった金地院(こんちいん)。何といっても目的はこれまた小堀遠州による作庭の庭園。

金地院(こんちいん)は臨済宗南禅寺派の大本山である南禅寺の塔頭の1つであり、必然的に南禅寺の駐車場に車を停める必要がある。そしてその駐車場代がなんとの1000円。地団駄を踏みながら脇の金地院の門へ。ここでも参拝料の400円を別途で払い、結婚式帰りなのか、羽織袴姿のカップルが写真撮影をしている脇を通り抜け境内へ。

徳川家康から格別の信頼を受けていた江戸時代の臨済宗の僧・以心崇伝(いしんすうでん)によって1605年この地へ移された金地院。家康隠居後の駿府城内にも1610年に駿府金地院が置かれ、1619年には江戸城北ノ丸付近に江戸金地院が開かれ、「黒衣の宰相」と呼ばれた崇伝の活動拠点とされたという。

家康との縁の深さから境内には崇伝が徳川家康の遺言により、家康の遺髪と念持仏とを祀って1628年に造営された東照宮が建っている。徐々に下がってくる太陽の西日が眩しくてという訳ではないが、進む道が分からずにいると、庭師の方が右の置くから庭園へと進めますよと教えてくれる。

苔のカーペットに敷かれた石畳の上を暫く歩いていくと、如何に広大な敷地を持った寺院かが理解できる。そうしてパッと視界が開けて見えてくるのは左手の方丈とその前の庭園。この方丈庭園こそが、徳川家光が上洛した際に見てもらおうと、崇伝が小堀遠州に依頼し、5年の歳月を費やして作庭した鶴亀の庭。

贅沢に奥行きをとった敷地のほとんどが白砂によって覆われ大海原を表現し、その奥に鶴島、亀島の石組みが組まれている。左の亀島の松は葉が無く、海にもぐる亀を表し、右の鶴島の松は見事に繁った葉をもち、飛び立つ鶴を表現する。

そしてその鶴島と亀島の間には、仙人が住む蓬莱山を表した石組みが配され、仏教の理想世界を描き出す。その規模と世界観は江戸初期の代表的枯山水庭園と呼ぶのに相応しい雰囲気を醸し出している。

南禅寺ほど有名な観光スポットでないからか、境内にはほとんど観光客の姿は見れないが、唯一広い方丈の片すみでガイドの人から説明を受ける浴衣を着た女性二人の姿を見つける。遠州の庭の前で現代の艶やかな浴衣姿。なんとも美しい組み合わせだと思いながらその脇を通り抜けもう一つの見所である八窓席を探す。

この八窓席(はっそうせき)もやはり小堀遠州の設計であり、大徳寺孤篷庵、曼殊院の茶室と共に京都三名席の1つに数えられる。できることなら中に入ってその空間を体験したいものだと思いながら、やはり感想を言い合える相手が居ない参拝は自由ではあるが、何か物足りないなとそろそろ妻の待つ虎屋へ向けて帰ることにする。