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2015年11月28日土曜日

「オデッセイ」 リドリー・スコット 2015 ★★

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スタッフ
監督 リドリー・スコット
原作 アンディ・ウィアー『火星の人』
脚本 ドリュー・ゴダード
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マーク・ワトニー飛行士:マット・デイモン
メリッサ・ルイス准将:ジェシカ・チャステイン
アニー・モントローズNASA広報:クリステン・ウィグ - アニー
テディ・サンダース NASA長官:ジェフ・ダニエルズ
クリス・ベック博士 ミッションドクター - セバスチャン・スタン
ヴェンカト・カプール 火星探査統括責任者 - キウェテル・イジョフォー
ショーン・ビーン フライトディレクター:ミッチ・ヘンダーソン 
ケイト・マーラ システムオペレーター 原子炉技術者:ベス・ヨハンセン
キウェテル・イジョフォー 火星探査統括責任者:ヴェンカト・カプール 
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昨年は随分とSF映画の当たり年であり、今まで見たことの無かった映像、想像もしなかった世界観などに出会うことが出来た一年であったが、「それに比べるとどうやら2015年はSFは不作か?」と思われた中、随分と広告を展開していたのがこの作品。

ここ数年、NASAはじめやたらと押してくる火星もの。そろそろ火星に生物がいる可能性が発表されるのでは?という噂が出るのもしょうがない気がする中でのこの作品。主役はマット・デイモンで監督はリドリー・スコットとなればハズレはないと確信して映画館へ。

火星への有人探査隊のクルーが、火星調査中にアクシデントによって急遽退去することになるのだが、その途中に一人のクルーが風に飛ばされ死んでしまったと判断され、他のクルーは地球に向かって火星を離れるが、そのクルーがなんと生きており、しかも残された物資を使い残り少ない食料が尽きた後の為に、自給自足を始めて生き延びるという話。

火星や宇宙というトンでもない世界で、ふと自分の居る世界とは全くかけ離れた極限状態だと思考停止に陥りそうになるところを、それでも人は食べて排泄して生きていかなければいけないという身体をもった人間を中心にして宇宙を描くことでは、確かに今まで無かったタイプのSFなのかと思いながらみることになる。

どんな状況に陥っても諦めず、希望を失わず、なんとしても生き延びようとする。そんな人の物語を描くために、火星という風景がメインではなく、あくまでも背景に押し留められているところはやはり監督の手腕なのだろうと、そんなことを思いながら映画館を後にする。



















2015年10月5日月曜日

「使える読書」 齋藤孝 2006 ★★

ネットと携帯の普及により、身の回りでも本を読む人とそうでない人の差がかなり極端に出始めて久しい。

「しっかりしているな」と思っていた人でも、「一年に本当に数冊」というぐらいしか読んでない人もいるように見受けられる。

「ネットで活字には触れているから、総量としては変わっていない」とか「知識を得る窓口が変わっただけだ」などと言う人もいるが、それでも今後は読書が日常の一部として、身体の一行為として身についている人と、そうでない人の差があらゆるところで出てくるのだろうと想像する。

大人になればなるほど、自分に許される自由な時間というのは限られてきて、その貴重な時間を共に過ごす相手というものやはりそれなりに慎重に選ぶことになる。そんな時間を過ごす相手とは、ぜひとも歳相応の対話を楽しみたいもので、そのためにはやはりその人の読書量がモノをいってくるだろう。

本を読み終え、「この本を読んだ」という行為だけを積み重ねていく人よりも、やはりその本から何か人生にとって、自分の日常にとって意味を抽出し、自分なりにそれを消化し、そして身体と知識の一部として吸収していくそんな人との対話の方が、より受け取る刺激も大きいのは重ねてきた時間の中で皆学んでくるものである。

そんな一つのモデルケースである著者が、自らがどんな本から何を吸収してきたかを包み隠さずさらけ出す一冊。

本書の中で語られる著者の読書に対する姿勢には、ほとほと頭が下がるばかり。
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それをなにかに応用できる形で自分に刻んでおく
日常生活の他の事象と連結することが、読書の大きな喜び
それを読んで「書く」ためにある、「話す」ためにある
一度、他の人(本の著者)の脳の動きに自分を寄り添わせる。寄り添わせてもらって、加速する
読む前と読んだ後であなたが変わったことは?
読書にもフォーマットが必要
世界や人生を知る手立てとして、読書ほど適しているものは無い
精度の高い「要約力」と「コメント力」が磨かれる
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この歳になっても読めない漢字に出くわして、それを調べて少しでも知識量を増やすのもまた読書の与えてくれることだと思いながら、「橡殻(とちがら)」や「鈍麻(どんま)」の読みを調べながら、挙げられた51冊の中で一体何冊読んだことがあるのだろうかと、情けなくなりながら次回ブックオフで見つけるタイトルが増えたことを少々喜ぶことにする。

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3 ブロー 黒衣の下の欲望
意思決定は苦痛だ。レストランに入ってオーダーを決めるのだってストレスだ。仕事とは高度な意思決定の連続だ。従うだけで良いという場を生活のどこかに持つことでバランスをとる。

9 山折哲雄 涙と日本人
そもそも人間の想像力の根っこは悲しみであると考えている
悲しみは、他者を理解して始めて生まれる感情だからである

12 畑村洋太郎 『直観でわかる数学』
微分というのは、「部分を見れば、全体が分かる」

13 夏木マリ カッコいい女!
インテリジェンスは身体への気づきと共にある。体に気づいていることがインテリジェンス。

16 山田昌弘 『希望格差社会』
日本社会は、将来に希望が持てる人と将来に絶望している人に分裂していくプロセスに入っているのではないか

20 西原理恵子 上京ものがたり
上京力。これがかつての日本を支えた。東京で生まれ育った人間が増えすぎちゃったのが問題。
いつまで都会にいられるか分からないから時間も大切。徹底的に勉強する。
勝負する緊張感が都会の活力
おかしなことに、実家に帰ると一冊も本が読めなくなる

21 我妻ひでお 失踪日記
失踪した先でなにをやるかというと、まずは見るはずの無かった景色が広がっているのを見る。会うはずの無かった人に会う。話すはずの無かった会話

22 藤原正彦/小川洋子 世にも美しい数学入門
知的と上機嫌の融合が軌跡のようなきらめきを見せている
「うまい言葉を発見しましたですな。僕は今日からストーカーになりました」

29 羽生善治 『決断力』
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
空也上人の和歌で「山川の末(さき)に流るる橡殻(とちがら)も 身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ」

命を捨てる覚悟ができれば急流でも身体が浮かぶものだという意味で、一身を犠牲にする覚悟があって初めて、活路を見出し、ものごとを成し遂げることが出来る。 

32 テグジュペリ 倉橋由美子訳 新訳 星の王子さま
「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」

36 岡田尊司 脳内汚染
でも退屈を過ごすことができない人は自主的に自分を支えることができなくなるんです。
「新たな刺激を際限なく求め続けることは、長期的にみれば、心をどんどん鈍麻させ、幸せを感じさえにくい心をつくりだしてしまう」
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2015年4月16日木曜日

「百万円と苦虫女」 タナダユキ 2008 ★★★

ハッピーエンドではないが、非常にラストシーンが心に残る映画である。

普通の家庭に育ち、団地に住まい、クラスでも決して目立つことの無い、これと言って取りえの無い女の子。まさに主演の蒼井優の為のような役柄。

目立つ派手な綺麗さではないが、顔が小さくスタイルが良く、よく見るととても可愛く見える。クラスで皆の共通認識となるモテかたは決してしないが、良く考えると気になる存在。そんなどこの学校でもいるような存在。その微妙なポジションを描く素晴らしい演技。

ひょんなことから生まれ育った街にいることが難しくなり、自分のことを誰も知らない街に行き、そこで次の引越し代と生活を始めるための準備金として100万円を貯めるまで滞在する。それが貯まったらまたそこで貯められた自分という記憶を断ち切るかのように次の街へと姿を消す。

そんなふわふわとした存在の姉を地元につなぎ止めるのは弟の存在。そしてその弟は不条理ないじめを受け、これもまた日本中どこでもあるような、ただただターゲットとなってしまったために出口が無く、エスカレートするだけのいじめを永遠と受け続け、どうすればいいのか全く分からない日々を送る少年。

戦うのか、逃げるのか。

そんな部分を切り取れば、日本中に溢れかえっている物語。
将来に希望を描けない姉と弟。そんな何とも無い物語。

そんな漂う姉をその場所に留めるための理由となる希望としての存在として現れる森山未来。

これがまた秀逸。何ともダメ男の演技が上手いと思わされていたら、どっこい。

お互いが投げかけた視線が、交差したものと思わされたいたら、まさか交わることなく過ぎ去っていくとは。日常とは映画の様にドラマチックではないと現実と突きつけてくる、まさに映画的なラストシーン。悪くない。

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スタッフ
監督 タナダユキ
脚本 タナダユキ
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キャスト
佐藤鈴子:蒼井優
中島亮平:森山未來
鈴子の弟(佐藤拓也):齋藤隆成
海の家の主人(黒澤祐三):斎藤歩
海の家のおかみさん(黒澤広美):安藤玉恵
海の家でナンパする男・ユウキ:竹財輝之助
桃農家の絹さん(藤井絹):佐々木すみ江
桃農家の長男(藤井春夫):ピエール瀧
喫茶店のマスター・白石:笹野高史
仕事先の小暮主任:堀部圭亮
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2014年2月5日水曜日

鬱になりそうな天気

昨日から降り始めた雪。朝らから時折青空が見えながら、「このまま晴れ上がるのか?」と淡い期待を持たせてすぐにまたどんより空に。

今日は日本中で大雪と言えども、こちら山陰の空模様は、降ってはやんで、やんでは降って。青空が見えたすぐ次ぐに嵐のような激しさになる雪模様。

気持ちも空模様に左右されるのか、晴れて上向いたら、また雪で希望を打ち砕くのを繰り返していると、「これはすぐに鬱になるな・・・」と思わずにいられない。そう思っていると今度はさっと日が雲の合間から差してきて、今までの苦労への褒美のような神々しい光が見えたりする。

一日雪なら雪で降り続け、晴れなら晴れで決まってくれればいいものの、こうして一日の中で刻一刻と気持ちも揺さぶられてしまったら、雪国の自殺率が高いというのをなんとなく理解できるなと思わずにいられない。

2013年12月16日月曜日

ジャンプはできない


一年の終わりのこの季節。

一年を振り返ると同時に、「来年の今頃はどうなっているだろうか?」と思いを馳せる。

たった一年で仕事内容や、家庭の状況、生活レベルなどがドラマティックに変化するはずも無く、やはり結局は「今」の積み重ねが来年の「今」となって現れてくるのだろうと思う。「今」の延長線上にあるその先の「今」という訳か。

ホップ・ステップ・ジャンプ

と言うように、なんだか分からないがいきなり今までやってきた事が実り、大きく生活スタイルが変化する。大きな仕事のチャンスを手に入れて、望むように日常を過ごせる。そんな漠然とした夢のような変化が起こるのではと思っていた若かりし頃から、さすがにそんなジャンプはできないものだと理解する30代。できる事はひたひたと「今」を確実に前に進めること。

その先の「今」を見る為に、かつて歩いた「今」を見る。一年前、何を考えていたか。何を行っていたか。その時点よりも、現時点の自分がどれだけ進歩していると感じられるか?成長したと思えるか?何かが変わったか?

一年前の「今」に比べて少しでも心も生活も豊かになったと思えているのなら、少しでも職能人として成長していると思えているのなら、それは積み重ねた「今」を肯定してあげて、その先の「今」に希望を抱くことにして今年を終えることにする。

2013年6月17日月曜日

「プラナリア」 山本文緒 2002 ★★★★★


家の本棚にいつからだろうか居続けた一冊。そのタイトルや口コミから面白いのは分かっていたが、どうにも手を伸ばすタイミングを逸してしまっていた一冊。

「共喰い」を読んで芥川賞がやはり面白いと思い、それならば直木賞も一緒にと再評価してついに手に取った一冊。当時はやりだした「ニート」をテーマにした社会読み物的な一冊だとばっかり思っていたが、とてもとても、そんな浅いものではない。

読み始めると「働かない」を主題に描かれる5人の女性の姿に人間の根源的な姿を見せ付けられる。一章を読んだ段階で直木賞受賞が納得の凄い一冊。

これが「無職・男性」ならばこの話は成立しない。それが「女性」であるからこその様々な大義名分と言い訳。

/プラナリア  
/ネイキッド  
/どこかではないここ   
/囚われ人のジレンマ   
/あいあるあした   

それぞれの章で描かれる、何かしらの事情を抱えて現在定職についていない女性達。

「プラナリア」の春香は若くして乳がんになり、完治してはいるが、薬の副作用などで襲ってくる吐き気などを理由に未だに仕事に復帰することなく、実家にパラサイトをし、乳がんになったのは小さなときから食生活を配慮しなかった両親のせいだと、とんでもない理論をぶつけ、無職でいることへの免罪符を得ようとする。そうして自分自身を納得させる。

付き合っている恋人と一緒に友人と飲みに出かけると、「どうして働かないのか?」という質問に、「乳がんだから」とその場の空気を壊すのも分かっていながら、同情を得るのが目的でもなく、なんとなくその一言で自分がアンタッチャブルな存在になること、自分が無職であることが正当化されるような、とんでもないウルトラC。

「ネイキッド」の泉水は36歳。バリバリ働いていたが、二年前に夫から離婚を切り出される。「さもしいのは嫌なんだ」という言葉と共に。今までの自分の生き方を否定されて一人になるが、貯金も2000万円以上あり、マンションも自分名義で持っているために、生活自体は困らない。経済的に自立していれば、誰かに負担をかけているわけではないのでそれはそれで問題ないのかもしれないが、人間が社会の中で生きる生き物である以上、社会の中で社会に属さないでいることがどういうことかを描き出す。つまり「暇」をもてあます彼女の姿。

「どこかではないここ」では43歳の主婦・真穂。これが一番ゾッする。何の変哲も無い凡庸な家族。夫と息子と娘の4人での生活。しかし夫がリストラされて、給料が以前の半分になったことで人生設計の修正が必要になり、ローンも払うのが厳しくなり、自分は夜の10時から午前2時までレジ打ちのパートにでる。

高校生の娘は外泊を繰り返し、「お母さんのようになりたくないの。この家から出て行きたいの」と自立を目指す。雨にぬれて朝に帰ってきても、当たり前のように朝食が用意されると思って何もしない夫。「無理しなくてもいい」といいながら、話し相手として必要としてくる自らの母親。そして入院を続ける夫の父親の見舞い。

誰かに評価されるでもなく、誰かに感謝されるでもなく、それでも淡々と繰り返さなければいけない日常。どんなに負担が多くなっても、自分は止まる事ができない。自分の母親も含めて、今までの日本ではこういう主婦がほとんどだったと思う。その人たちが、「自分の人生ってなんなんだろう」と疑問を持ち始め、足を止めてしまったら、いきなり社会全体が回らなくなり、いろんなところで亀裂が入り始める。

「囚われ人のジレンマ」の美都は大学で心理学を学び、その当時から付き合っている同じ専攻で今は博士課程に進んだ恋人と関係を続けながら、自分は大手メーカーに勤めている。自分よりも頭が良くて、尊敬できる存在だったその彼から結婚を申し込まれ、正直に喜べない自分を見つけて葛藤し始める。

「男に生まれたばかりに、仕事先でも家庭でも強者であることを要求される。小さい方のケーキでいいと言うわけにはいかないのだ。」

という言葉でまだまだ日本に蔓延するジェンダーの問題を提示する。平等を求めながらも、それでも男性には自分よりも多く稼いでいてほしいし、自分と過程を養っていける力を持っていてほしい。そんな女性の矛盾し、いやらしいが本音の気持ちをさらけ出す。

そして最後の「あいあるあした」のすみ江。最初はこの章だけ男性が主役か?と思いきや、彼を動かし行動させているのは、不思議な魅力をもったすみ江の姿。真島の居酒屋で手相を観ることによって飲み代を捻出し、色んな男に依存しながら生きるすみ江の姿は、多くを望まなければそこそこ生きていける現代の日本を描き出す。何か達成したいことがあるわけでなく、何か手に入れたいと望むものがあるわけでもなければ、将来への負担からくる貯えなどを考えなければ、それなりに今を生きられる。それならば何のために生きるのか?

兎にも角にも良くこれだけ、人間が抱える嫌な感情、嫌な考え方、できることなら人に知られたくない、見られたくない負の部分を余すことなく、そしてそれが相応しい形の人物を使って描き出した力作。重ねて言うが、これが「無職・男性」ならばこの小説は成立しない。それはそのまま社会不適合者、ニート、格差社会の負け犬と分類されて、情弱の本人が悪いとレッテルを貼られて終わってしまう。それが「女性」であるからこその様々な大義名分と言い訳によって物語が成立する。その着眼点。すばらしい。

それにしても、それでも生きていける現代の日本。働かないことがそのまま死を意味する他の多くの国ではなく、飽和しつつ希望も持たない現代の日本の一面をとても新しい切り口で見せてくれる良作である。


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第124回(平成12年度下半期) 直木賞受賞
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2012年8月20日月曜日

「ベイジン 上・下」 真山仁 ★★


比較的長くに渡ってはまっている作家・真山仁。毎回違う分野において、世界のトップで闘う男の肌がヒリヒリするような生き様を描いてくれる。

原発と中国というタイムリーなトピックに誘われて、帰国したときにブックオフで一冊350円にも関わらず購入する。

あとがきを読んで納得だったが、えらく北京の詳しい街並みや、生活事情に精通しているな、と思っていたら、加藤喜一氏が取材の手伝いをしたということらしい。

それにしても、これほどこの国の表も裏も深く描けるには相当な知識と理解が必要になるだろうととにかく関心してしまう。

毎夜それは生まれ、毎夜それは消えるのの  
それは希望
歌劇『トゥーランドット』より

ロンドン・オリンピックが終わったばかりだが、オリンピックの開幕式と言う、世界的な戦争が無くなった現代社会において、唯一国家が大手を振って国家予算をつぎ込める4年に一度のハレのイベント。

一点の収束点に向かって加速する狂気的な熱狂の中に一体何が含まれているのか?

先進国に名を連ねるターニング・ポイントだった2008/8/8日の北京。そこに先進国として虚も実も必要とされる世界最大級の原発の開発および運転という試金石。そこに技術責任者として日本から赴く主人公。

「能力もなく努力もせずにヌクヌクと生きている連中が生理的に許せない」

と、コンプレックスをもてあまし、激しいまでの正義感に燃えるもう一人の主人公。


「希望とは、人が生きる原動力だ。どんな酷い目に遭っても、どんなに貧しくても、希望を失ってはならない。そして、人々から希望を奪う者がいれば、我々は勇気を持って闘わなければならない。」

という全体と通してのメッセージ。

序章 開幕一時間前
第1章 ミッション
第2章 郷に入っては
第3章 嵐の中で
第4章 柳絮は風に
第5章 鉄飯椀
第6章 カウントダウン
第7章 ブラックアウト

というなかなかよろしい章題に沿ってテンションもピークに達していくのだが、どう描いてもいろんな問題を起こすか消化不良におちいるか、という悩みを抱えて挙句、そこまで描かないと決断したかのような断絶のような終わり方だけは納得いかないというところか。