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2016年3月4日金曜日

「隠された貧困 生活保護で救われる人たち」 大山典宏 2014 ★★

2008年に起きたリーマンショック。その影響によって顕在化してきた社会の中の格差。その結果年越し派遣村など様々な形で日常を過ごすことが困難な経済状況にいる人たちが世の中に認知されるようになると、大きな格差という括りの中で、「非正規労働者」、「子供の格差」、「女性の格差」、「漂流老人」などと毎年の様に新たなるカテゴリーが登場して世の不安を煽るかのようである。

その流れの中でこの数年特にスポットが当てられているのはシングルマザーなどの女性の貧困と、高齢者の貧困。結局それらは現在の日本が構造的に抱える問題が断片的に光を当てられ、世間に分かりやすいように、「決して人事ではなくあなたもそうなる可能性のある、すぐ横にある問題ですよ」と報じられているだけに過ぎず、それでも決して報道で取り上げられることのない貧困の在り方は別にある。

そんな普段の生活からは見えにくい貧困の在り方に真摯に向き合い光を当てようとするこの一冊。児童養護施設出身者、高齢犯罪者、薬物依存者、外国人貧困者、ホームレス・高齢孤立者、生活保護受給者と、様々な場所で槍玉に挙げられがちな人々をその背景から現状まで詳しく描き、その根本にある原因を描き出そうとする。

まるで受けやすいネーミングをつけて「○○格差」や「○○の貧困」と世間の注目を浴びてそれにより何かを得ようとするある一定の報道のされ方よりは、よっぽど好感の持てる内容だし、問題の在り処もよく分かる内容である。全体的に客観的に物事を伝えようとするために、インタビューを大量に使用しているのが読み物としてやや気になるが、それは真摯な著者の態度の現れであるのだと思われる。

以下本文より。

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メディアで伝えるのは、多くの人が共感する、わかりやすい生活保護者です。

第一章 児童養護施設出身者 
/児童養護施設の現状
約4万7千人

/自立援助ホームとは
義務教育を終えた15歳から20歳までの子供たちが働きながら自立に向けて生活をする場所
基本的には生活のすべてを自分の手で賄わなければなりません

第二章 高齢犯罪者 
/高齢犯罪者大国・日本
諸外国が3%前後 日本だけが10%を超えている

/孤立と貧困が犯罪を生む
犯罪を繰返すことで、家族や仕事、住いを失い、孤立していく高齢者の姿

第三章 薬物依存者
/「ダメ、ゼッタイ。」では防げない
自傷経験のない9割の生徒の多くは、薬物乱用防止講演など聴かなくとも、そもそも薬物には縁のない生活を送り続けるのではないか。そして1割のハイリスク群の生徒は、その様な公園を聴いても結局薬物に手を出す時には手を出すのではないか。

/居場所がない寂しさ
「ヒマだったから」
「淋しさ」や「誰からも必要とされていない感覚」

第四章 外国人貧困者 
約203万人
/同胞のきずな
多くは日本人の男性と結婚をした女性とその子供
母親は「日本人の子の母」として在留資格を取得し、生活保護を利用している

/何が問題なのか
日本人男性と結婚したフィリピンの女性が離婚して生活保護を利用する例が、近年の外国人の生活保護では最も大きな問題


第五章 ホームレス・孤立高齢者
漂流高齢者
/ホームレス地域生活以降事業
緊急一次保護センターと自立支援センター
ホームレスが付き三千円の家賃で入居しながら自立に向けて職を探す

/アウトリーチとハウジング・ファースト
アウトリーチ 職員が困っている人のところに足を運び、サービスを提案するところからかかわりが始まる

第六章 生活保護から見えるもの
/激増する生活保護
2008年 起きたリーマンショック
日比谷公園 年越し派遣村

/求められる自立支援
若い利用者の急増
就職活動に疲れて自宅に引きこもる若者、精神疾患の増加とそれに伴う自殺、崎の見えない中高年男性の再就職活動、アルコールやギャンブルへの依存・・・。中卒、高校中退などの低学歴者 四角や経験もなく、身体のあちこちに不調を抱え、コミュニケーション能力 
生活全体を立て直すところから始めないといけない

三つの対策
生活保護に至る前のセーフティネットを手厚くする
早期に脱却できる体制を整える
貧困の再生産を防ぐための手立てをする

/モノ扱いされる人たち
人をモノとして扱う
冷凍食品に農薬のマラチオンが混入

/承認を巡る闘争
承認という概念「愛・法・連帯」の三つの次元
人から愛されること
認められる経験
役割を与えられる
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■目次  
はじめに

第一章 児童養護施設出身者 「私のことを必要としてくれた」
/ドキュメント=隠された貧困① 児童養護施設出身者
>私のことを必要としてくれた
/家族に黙って家を出る
/乳児院、児童養護施設、そして里親へ
/親権の壁
/自立援助ホームへ
/生活保護は受けたくない
/私のことを必要としてくれた
/実家との和解
/繰返される虐待死
/厳罰化で歯止めを
/児童養護施設の現状
/不十分なケア体制
/施設出身者の厳しい状況
/施設出身者の追跡調査
/自立援助ホームとは
/重なり合う不利
/自立援助ホームと生活保護
/大人のことは信用しないぞ
/共依存の女の子
/死ななきゃいい

第二章 高齢犯罪者 「息子たちに手紙を書いています」
ドキュメント=隠された貧困②  高齢犯罪者
>息子たちに手紙を書いています
/元気をもらいたくて
/病気は大丈夫?
/入院患者に四人の刑務官
/夫と二人で工場を切り盛り
/なぜ刑務所に
/今は天国のようです
/高齢犯罪者大国・日本
/高齢者のモラルが低下した?
/無銭飲食や放置自転車を盗んで刑務所に
/孤立と貧困が犯罪を生む
/困ったら刑務所へ
/累犯障害者
/地域生活定着支援センター
/昔からやっていた
/他に行け
/男物の使用済みトレーニングウェアを盗む男性
/実刑はやむを得ないと考えていた

第三章 薬物依存者 「認めてもらえる場所がある」
ドキュメント=隠された貧困③ 薬物依存者
>認めてもらえる場所がある
/シンナーがあんパンと呼ばれていた時代
/たいしたことじゃない
/逃げ癖がつく
/逮捕されてもやめられない
/あなたが決めなさい
/「分かるよ」と笑われた
/三度目の再使用
/またカネか!
/八王子にもダルクを
/「ダメ、ゼッタイ。」では防げない
/居場所がない寂しさ
/厳罰化で覚せい剤を止められるか
/薬物依存の治療
/ダルク設立のきっかけ
/たった一つのルール
/ダルクの現状
/八王子ダルク
/窓口には自分の足で
/ダルクのこれから
/日本にもドラッグ・コートを

第四章 外国人貧困者 「なぜ、外国人なのに保護が受けられるんですか」
ドキュメント=隠された貧困④ 外国人貧困者
>なぜ、外国人なのに保護が受けられるんですか
/外国人が生活保護をもらえるのはおかしい
/外国人の誰もが受けられる訳じゃない
/同胞のきずな
/ヘルパー資格を取る
/夢は子供のこと
/あなた生活保護でしょ
/日本に根を張る外国人労働者
/リーマンショック後の就労・生活相談の増加
/外国人と生活保護
/何が問題なのか
/ふじみの国際交流センターの活躍
/多岐に渡る生活支援
/二人三脚の相談体制
/変わる外国人支援
/働かせるために呼び寄せる
/ようやく手に入れた普通の生活

第五章 ホームレス・孤立高齢者 「続かないんだよね」
ドキュメント=隠された貧困⑤ ホームレス・孤立高齢者
>元ホームレス
/三千円アパート
/ホームレス地域生活以降事業
/アウトリーチとハウジング・ファースト
/10万円で売れたロレックス
/保護申請はスムーズだった
/落ち着かなくてね
/人間関係はどこにでもある
/静養ホームたまゆらの悲劇
/構造的に生み出される漂流高齢者
/福祉施設からも締め出される
/施設増設は解決の切り札になるのか
/今ある住いを「支援付き」に
/ホームレス支援から始まった
/ケア付き就労とコミュニティビジネス

第六章 生活保護から見えるもの
/忘れ去られた生活保護
/激増する生活保護
/求められる自立支援
/制度の設計では解決できない者
/見えない人間
/モノ扱いされる人たち
/承認を巡る闘争
/インタビューを振り返る
/誰でも生きやすい社会に
/最後のセーフティネットの価値

あとがき
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2016年2月17日水曜日

「格付けしあう女たち: 「女子カースト」の実態」 白河桃子 2013 ★★


白河桃子
柳原可奈子のネタを見ていると、「女同士のマウンティング」がいかにして行われているのかとてもよく分かる。

かつては、大人になって付き合うのは、出身大学や勤め先、住んでいる街や子供を通わせている学校などで緩やかに色分けされていた「階級」とまではいかずとも、ある種の生活レベルを反映した所属クラスの中で、似たような家庭環境、育ち方をし、似たような考え方をもった人と付き合っていれば良かった。

しかし、これだけSNSがインフラ化し、今までは考えもしなかったような形で人と知り合い、そして交流を持つようになった現代。それが多様な人間関係をもたらすのと同時に、今までなら付き合う必要のなかったタイプの人間とも向き合っていかなければいけないことになる。

かつては、限られた人間関係の中で、教養の多寡や地域の中での人望など、時間をかけて養われてきた暗黙の了解で互いの関係性やポジションなどが理解でき、それをやんわりと保持しながら関係性を守っていたが、今は西部劇のように撃つか撃たれるか、もしくは江戸時代の果し合いのように、背景の分からない人とひょんなことで付き合うことになり、しかもその中でどうにか上下関係をはっきりさせるために作り出された様々なルール。

男性のように社会の中でどんな職業に就いているか、また会社の中でどのようなポジションについているのかが明確に分かるのく対して、女性はまたそれで様々なコミュニティの中で様々な人間関係の中でこの格付けが発生し「ルールを作ったもの勝ち」というゲーム理論同様に、様々なルールが決められていく。

そのなんとも生きにくい空気が完全に日本を埋め尽くした現代。学歴や仕事という自分の能力によって決定される要素ではなく、「結婚」という選んだ相手の社会的ステイタスによっていきなり「リボーン」と呼ばれる逆転現象が起こりうるのが女性の性。それによって得られるもの、自分が人生の中で一つずつ得てきたものでないからこそ、相対的に自らの立ち位置を確認し、周囲からの承認によって欲求を満たしていく。

SNSに頻繁にアップする子供の写真。
素敵なレストランで美味しそうな料理を旦那と楽しむ様子。
優雅な海外旅行の写真。
ママ友といくランチの値段。
子供を乗せるベビーカーのブランド。

様々なところで、少しだけ満足感を得ながら日常を生きるなかで生み出されていく多様な「女子カースト」。そんなのは昔からあったことで、ネットのお陰でより外に見えやすくなっただけとも思えるし、ネットの出現によって今までの限られた交友関係から開放され、エゴとうまく付き合えない人間が迷惑を撒き散らしている、とも思える現状。

「生きにくさ」を感じるのは間違いなく、それはネットの出現で今までになかった「便利さ」を得た人類の宿命なのかと受け入れるのか、それともこれはネットの出現によって開拓された新たなる人間の社会的行動であり、あくまでもそれは一過性のものであり、徐々に「生きにくさ」を軽減する方向に収束していく何かしらの方策があり、既に社会の中にその発芽が見えているのかどうか。

そんなことを知ることを期待して手にした一冊であるが、どうも社会に起こる現象を紹介するにとどもあり、言葉にはしないが、誰もが感じていたもやもやした感じを、「ああ、こういうことか」と言葉にしてくれて、納得するための「共感」を世の中にもたらしているのだろうと理解する。


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■目次  
はじめに 

第1章 なぜ女性は格付けをしたがるのか?
/見えない線が引かれる時
/「女子カースト」とは何か
/「女子カースト」のものさし
1-恋愛カースト/彼氏がいる、いない。また、どんな彼氏か。
2ー外見カースト/どれだけ自分に手をかけているか
3-社会的ステータス/自分だけでなく夫や子供
/女同士のマウンティング
/「女子カースト」が生まれる四つの原因
1-ヒマがある集団
2-狭くてぬるい均質な集団
3-逃れられない集団(会社、ママ友など)
4-「悪の種」が集団に紛れ込んだ場合
/外資金融で経験した悪の種

 第2章 「女子カースト」の実態
/ママカースト
・同じような年収・同じような家庭で集まる「ママ友」
・「子供が人質」の交友関係
・夫から生まれるカースト
・ママ達の苦しさの根本にあるものは自分の武器で戦えないこと
・評価されづらい専業主婦の仕事
・独身女性との比較
・「VERY」見て焦る
・ママカーストとは別の世界がある
・いずれは滅びる専業主婦というカースト

/恋愛・婚活カースト
・早く結婚する人、遅く結婚する人
・待ちうけ20代男子と恋愛しない女子大生
・決めきれない40代「センミツ女」
・40代はミスマッチゾーン
・年上女性X年下君の「格差婚」は普及するか
・理想のタイプと現実の相手のギャップ
・100対100のお見合いの婚活カースト
・年齢で振り分けられるお見合いサイト
・婚活カーストにおけるカーストは女子同士じゃない!?
・本当のミスマッチの原因
・女子会は恋愛カーストの確認の場?

/女子大生カースト
・女子大生カーストを決めるのは「コミュ力」
・周囲から浮かないファッションが第一
・SNSの振る舞いもチェックされる
・恋愛経験の有無
・女子会でのカースト
・金銭感覚の違いによる序列
・ブランドによる女子大間カースト
・SNSの利用法
・女子大生カーストは就活の「勝ち負け」につながる
・高学歴女子大生はなぜカーストを感じないのか?
・今の女子大生はいじめとスクールカースト経験世代
・女子高から共学へ「男子に重いモノを持ってもらえない」
・世間に出た後の同窓会の息苦しさ
・女子たちの分岐点

/オフィスカースト
・ワーキングマザーが作る、新しい働き方
・時短で広がる様々な働き方
・働くママでも、スタイルに差が出る
・ダメなのはママではなく上司
・仕事の評価とは違うところにあるオフィスカースト
・立場を守るための威嚇行為
・業務でマウンティングするな!
・男性社員のヒエラルキーとはどう違う?
・従来の上下関係に「男性からの目線」が絡む
・美人が出生すると必ず出る陰口は?
・働く女性は二重の土俵に乗せられている
・カーストに苦しむのは、女性自身に罪がある!?

第3章 今の日本は多様性社会への過渡期
/人を許せない国
/多様化の作法 
・すでに多様性は始まっている
・女子のカーストをサバイバルするための三つの技術
1-複数の足場を持つこと
2-問題解決能力を持つこと
ー集団の居心地に敏感になる
3-自分を肯定すること
ー自分を嫌いな人とは仕事できない

第4章 「女子カースト」のその先に
/なぜ女同士はつながれないのか?
/自分の子育て観を否定されると傷つく
/女性は自分の生き方を否定できない
/たとえば、女子と言う可能性
/鍵は多様性と未来志向
/生きやすい社会とは何か?

おわりに 
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2016年1月1日金曜日

「つくし世代 「新しい若者」の価値観を読む」 藤本耕平 2015 ★★



数年に一度、如何にも現在社会を短いキーワードで言い表していますよという言葉が出現するようになって随分久しい。

ゆとり世代 さとり世代 つくし世代 負け犬 婚活 マウンティング スクールカースト・・・

結局どんな世界でも短いキーワードでキャッチーなコピーを持つことはマーケット的にも非常に有効なのだろうし、キーワードが定着してそれがじわじわと世間で当たり前なこととして認識を広めていくのだろう。

それにしても結局こうして、新しい言葉をある種強引に生み出すことによって、社会の中に、若者文化のマーケットの中で、何かしら新しいことが起きており、その最前線に自分はいますと世間に対してのアピールであり、その問題の第一人者としてコメンテーターとしてテレビに、講演として企業に、そして何より著書が世間に売れるようにと、仕事につなげようとするなんとも胡散臭い意図を感じずにいられないが、それでも毎日何時間もかけて現在の若者がどういう生態を持っているのか向き合っていることは事実だろうし、自分が同じように時間をかけられる訳もないので、現代の若者の動向を理解し、その彼らが主役となる社会の形をするうえでもやはり目は通しておかなければいけない一冊となろう。

「ゆとり」の次に「さとり」が来て、その後だと著者が定義する「つくし」とは、「自分たちのフィーリングで、コスパを徹底しながら、つくし、つくされ、みんなでハッピーになろうとする」だとする。

「努力が自分のためになるとは限らないし、まじめに頑張れば頑張るほど馬鹿を見ることもあるため、ほどほどに頑張って、ほどほどの生活ができればいい」という空気に覆われた世代だという。

なので「さとり世代」との定義の差異化をどう図ろうとしているかというと、コスパにとことんこだわりながら、欲望を収縮させながらも自分らしさを求めつつ、何よりも常に身近な誰かへの意識が幸福度や行動原理に組み込まれている若者たちということらしい。

その思考経路を決定付けているのは、物心ついたときから当たり前に身近にあったネット環境であり、常に誰かとつながっているという意識ありきの行動を行っているためだということか。

電通、博報堂に告ぐ大手広告代理店であるADKのマーケティングを行う著者だけに、自らの企業が行った「1本満足バー」のCMを画期的なものだと自らの著書で紹介する場合はせめてそれを手がけたのが自社だと宣言しておくほうがいいのではと思わせるところがあったり、様々な意図が隠されているのはしょうがないと思いながら、ビッグデータを活用できる巨大企業だからこそ見える様々な若者の現在進行形を知るために一読しておいて損はない一冊かと思われる。
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■目次
【序章】さとっているだけじゃない 今時の若者は何を考えている?
/広告で若者を動かすことが難しい時代
/流行や文化の作られ方が変わっている
/「チョベリバ」と「激おこぷんぷん丸」
/若者研究のスタンス
/若者たちと一緒に行う若者研究
/1992年というターニングポイント
/若者たちの「波及力」をどう活かすか?
/「ゆとり」「さとり¥だけではない、若者たちの特徴
/本書の構成

【第1章】チョイスする価値観
/若者関連事象からの分析
/なぜきゃりーぱみゅぱみゅなのか?
/「下着コーデ」「メギンス」-常識にとらわれず生み出す新しい流行
/ユニクロ+ユザワヤ
/「自分ものさし」で世の中をはかる
/お酒の飲み方も常識にとらわれない
/「個性尊重教育の第一号世代」
/クリスマスより二人の記念日
/自分らしさを「強調」よりも「協調」したい
/「世界に一つだけの花」と「ありのままで」
/ブランド感の押し付けを嫌う若者たち
/「スキマづくり」の成功事例
/一人一人に「ブランド・ベネフィット」を表現してもらう広告

【第2章】つながり願望ー支え合いが当たり前じゃないからつながりたい
/若者にとっての「宅飲み」
/スーパー銭湯とバーベキューの復権ー手軽な非日常感
/「カラーラン」「エレクトリックラン」-フォトジェニックという要素
/恋愛よりも義理よりも「つながり感」
/「街コン」と「狩りコン」の盛況
/「つながり」に関する意識の変化
/「リア充」と「ぼっち」の二極化
/「一人カラオケ」と「ぼっち席」-つながりからの開放と孤独感の解消
/つながりをサポートする「いじられ役」
/シェアしたくなる動画「バイラルムービー」という手法
/「SNSにアップしたくなる商品」という発想

【第3章】ケチ美学ー「消費しない」ことで高まる満足感
/お金をかけたいものがないから貯金になる
/「レンタル高級品」ー買わずに借りる
/「カーシェアリング」「相乗り」「シェアハウス」-見栄のための消費を嫌う
/「ハイボール」「ストロング缶」「センベロ酒場」-同じ酔うなら安く酔いたい
/「イエナカ消費」「弁当男子」「水筒男子」-外でお金をかけたくない
/消費意欲が芽生える中学時代からデフレ
/納得してお金を払う「イイワケ」が要る

【第4章】ノット・ハングリーー失われた三つの飢餓感
/物質的にもっとも満たされた時代に生まれた世代
/出会いがありすぎて「一期一会」にならない
/「ときメモ」と「ラブプラス」の違い
/「ウィル派」「三平女子」「女子会男子」-ドキドキよりも安心がほしい
/なぜ不良が減ったのか?
/「何でもあった世代」でも見たことがない新しさ
/情報過多の時代に存在感を示す工夫

【第5章】せつな主義ー不確かな将来よりも今の充実
/社会の恩恵を享受したことがない世代
/「若者ボランティア」の流行が意味するもの
/尋常ではない「若者の献血離れ」
/「即レス願望」をマーケティングに活かす手法

【第6章】新世代の「友達」感覚ーリムる、ファボる、クラスター分ける
/日本における「デジタルネイティブ世代」
/大学の入学式前から学生同士が知り合っている
/友達をクラスター分けする意識
/「リムる」「ファボる」-つながりの最小化
/「リツイート」か「リプライ」か
/なぜツイッターを連絡ツールとして使うのか?
/「つらたん」「やばたん」-タイムライン上を汚さない配慮
/つながりから解放されるための切り替え術

【第7章】なぜシェアするのかー「はずさないコーデ」と「サプライズ」
/「複数の自分のチャンネル」を持っている
/「はずさないコーデ」-自分らしさを消す方法
/「コミュ障」「自己満」「リア充撮り」-空気を読みあう意識
/テレビ番組の話題は「それ見てない」で終わってしまう
/「サプライズ」ーつながり感を高められる最高のネタ
/「チュープリクラ」「双子コーデ」「○○会」-つながりの確認作業
/若者たちが「シェアしたくなる」仕掛けを作る
/「推し面メーカー」はなぜ若者たちに受けたのか?
/「制服ディズニー」「コスプレディズニー」-非日常体験をする口実づくり

【第8章】誰もが「ぬるオタ」ー妄想するリア充たち
/8割近くが「オタク要素を持っている」と自覚
/サブアカ、趣味アカが生み出した新しいオタク像
/熱気が生じやすい「趣味コミュ」
/「初音ミク」「カゲプロ」とのコラボで成功した事例
/クリエイター心を刺激した「1本満足バー」のCM
/商品を「擬人化」させるキャンペーン
/バーチャルで妄想させる仕掛け
/「みんなはどう思っているんだろう?」を視覚化し、共有する

【第9章】コスパ至上主義ー若者たちを動かす「誰トク」精神
/使えるお金の減少=満足感の減少ではない
/「い・ろ・は・す」が若者に受けている理由
/ネットワークを活かして情報を駆使する
/「お得な情報」をシェアして感謝されたい
/「2ちゃんまとめ」「Naverまとめ」-情報収集も効率重視
/iPhoneが若者たちに普及したきっかけ
/なぜ、「読モ」の彼氏・彼女まで紹介するのか
/グルメガイドの変遷ー「顔が見えるユーザーの情報」が求められている
/「雪マジ!19」のヒット要因ー明確な「誰トク」を提示する
/年齢でセグメントする広告が効果的なもう一つの理由
/サンプリングも若者ほどシェアされやすい
/若者たちを動かす「友トク」精神

【第10章】つくし世代ー自分ひとりではなく「誰かのために」
/「自分以外の誰か」が意識されている
/「自分ごと」の範囲が広がっている
/「つくし世代」とは何か?
/冷たく合理的な時代だから「GIVE」が感動を生む

【終 章】若者たちはなぜ松岡修造が好きなのか
/「ボスとリーダー」の違い
/若者たちに共感を伝える「それな」マインド
/若者にもっとアウトプットの機会を!

あとがき
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2015年12月29日火曜日

「大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち」 池上正樹 2014 ★★★


現在の日本であれば、恐らくどこの地方都市にいっても当たり前の様に見られるようになった光景。家の周りを見渡しても、親と同居する中高年のひきこもりを抱える家庭があちこちに散らばり、親の仕事を手伝ったり、親の年金で生活をしたりと、なんとか生活を繋ぎとめている状態。

迫り来る親世代の死というタイムリミットを誰もが理解しながらも、外に出て社会の中で仕事を得て、糧を得るということがなかなか難しくなるのは、ひきこもりの時間が長引けば長引くほど。

誰もが分かっているけれど、誰もが解決策を見つけられず、放置することで問題を先延ばしにしつつ、更に状況を深刻化する。「家庭の恥」と隠すことによって問題は外から見えず楽なり、濃密な関係の家族間のみでも互いの軋轢はより激しくなるばかり。

そんな閉じられた関係性の中で互いを傷つけあい、時にどうしようもなく、親が子を、子が親を殺してしまう事件が起こる。そういうニュースを元に、世間に隠されていた実態が知れ渡る。

その当事者である「子」が、10代や20代でなく、40代や50代の立派な「大人」と言われる年齢であることに当初は驚きをもって受け止めていたのもすでに昔のこととなり、今では当たり前のニュースとして頻繁に繰り返される。

「家庭」というものが、社会や世間からのストレスを和らげ、個人のプライドを守り生きていく為のシェルターとして機能するのは当然であるが、同時に一人の社会人としてどうしても社会と向き合いながら様々な思いや重圧を折衷しながら関係性を構築し、自らの居場所を確保していく、そういう厳しさや辛さを人は誰でも受け入れなければ行けないのもまた事実。

家庭の形が変わり、社会との関わり方が多様化した中で、どうすればいいのかは決してひとつではなくなった時代に、家族のメンバーがそれぞれに社会との関係性を健康的に構築できる、それはとても難しくなった時代。

社会のあちこちで、ポツポツと沸点に達した水のようにチラホラと見えてきたこの問題であるが、それでも臨界点に達するのは、親世代が動けなくなったり、介護が必要になったり、亡くなっていくであろう数年から10年後。

少なくとも状況をこれ以上難しくしないためには、家族以外との縁をできるだけ切らないようにすること。地域との縁。友人との縁。社会との縁。声を上げられない家族に代わって、周りから「大丈夫か。こうしたらどうだろうか?」と声と手を差し伸べられるように、縁を切らないためにも、同窓会などが果たせる役割もきっと多いのだろうと想像する。

以下本文より。
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電車に乗ると、腹や頭などが痛くなって、家に引き返してしまう

「ひきこもり」該当者のうち、半数近くの約45%は40歳以上の中高年

こういう問題は家の恥として表にでてこない

/7割が男性、10年以上が3割
ほとんどが家族と同居 不登校 失業

/「自分の将来を見るようで怖い」
2011年2月3日 クローズアップ現代 「働くのがこわい、新たなひきこもり」
実は自分の身にも起こりうる

/他人に頼るべきではないという風潮
「ひきこもり」の人たちが社会復帰を望んでも、ひきこもっていた期間により生まれる履歴書の空白や社会経験の不足が、自立への道をそばむ
気力がなくても、実家にいれば何もしなくても生きていける

/行過ぎた成果主義が社員のつながりを寸断
東北地方の支店から本社に転勤
成果主義の流れがこれまでの個々のつながりを寸断し、同僚や部下を気遣うサポート体制も崩れてしまった
労働の流動化時代が到来

3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」
/出口のないトンネルを抜け出せない
どうして働いている若者のほうが、働いていない高齢者の方よりも収入が少ないのか?
どうして真面目に働いてきた自営業者のほうが、生活保護受給者の方より収入が少ないのか?

2 「迷惑をかけたくない」という美徳
/「迷惑をかけるな」という風潮
力のある人に都合がいい、弱い人には厳しい社会

3 「家の恥」という意識
/貧困・引きこもり・孤独死
ひきこもる当事者を抱える家族は「家の恥だから」と、本人の存在を長年にわたりかくして続けていることが多い

/「いちばんの家並みはお金がないこと」
Uさん一家の収入は現在、母親の年金のみで、月に8万円ほど
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■目次  
第1章 ひきこもりにまつわる誤解と偏見を解く
1 データが物語る「高齢化」
/「ひきこもり」と「ニート」は違う
/情報が無いからキッカケもないし何も変わらない
/新たなひきこもり層が明らかに
/支援するほうも「どうすればいいか、わからない」
/「40歳以上」が半数
/7割が男性、10年以上が3割
/認知されていない厚労省の支援事業
/暴力や変化を恐れる親たち

2 ひきこもりの「潜在化」
/「自分の将来を見るようで怖い」
/他人に頼るべきではないという風潮
/ずっと孤独だった
/どこに助けを求めればいいかわからない
/会社を辞めれば追跡されることもない
/行過ぎた成果主義が社員のつながりを寸断
/”追い出し部屋”がきっかけ
/こうしたひきこもりは大量生産され続ける

3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」
/息子の就活失敗を機に母が「買い物にも行けない」
/出口のないトンネルを抜け出せない
/長男とひきこもる元エリート母
/セクハラがエスカレートして
/「老後破産」激増の危機

第2章 ひきこもりの背景を探る
1 「立ち直り」を阻害するもの
/ハローワークの「怪しい求人」と「神様スペック」
/足元を見られる中高年応募者
/仕事を選ばなくても雇ってもらえるとは限らない
/代表戸締役社長
/300戦全敗
/資格はまるで役立たず
/玉石混交の人材紹介会社
/辞めさせないブラック企業

2 「迷惑をかけたくない」という美徳
/まさか30代の娘が同居していたとは
/「迷惑をかけるな」という風潮
/傷つけられ、封じ込められて消えてゆく
/働けず生活保護も受けられず
/侮辱的屈辱的な答えが戻ってくるだけ
/「常に世の中からはじまれてきた」という疎外感
/精神的なさせとなるものが少ない

3 「家の恥」という意識
/貧困・引きこもり・孤独氏
/都会の会社を辞めて実家に帰ったものの
/「いちばんの家並みはお金がないこと」
/家族ごと地域の中に埋没していく
/70歳の父親が息子の将来を悲観して殺害
/「消えた高齢者」とひきこもりの共通点

4 医学的見地からの原因分析
/トラウマとひきこもり
/内海の水位が上がっている次代
/生命力を取り戻すカギ
/ADHDとひきこもり
/診断基準
/強迫症状と依存症
/一緒にできることを考える
/自閉症とひきこもり
/特効薬が誕生する可能性
/薬物治療の意義
/慢性疲労症候群とひきこもり
/かかりやすいタイプ
/緘黙症とひきこもり
/「大人になれば治る」はずが
/年齢によって緘黙の質は変わる
/自分自身を変える大きなチャンス

第3章 ひきこもる人々は「外に出る理由」を探している
1 訪問治療と「藤里方式」という新たな模索
/共感を呼んだ活動
/拒絶されるのは当たり前
/一人暮らしをサポート
/18ー55歳の10人に一人がひきこもる町で
/ひきこもりの自覚が無い人もいる
/いろんな人が出入りするための工夫
/試行錯誤を行うほどに希望が湧いてくる

2 親子の相互不信を解消させたフューチャーセッション
/縦割り組織を乗り越えるための取り組み
/親には自分を信じてほしい
/自己満足な支援になっていないか?
/家族会にFSを取り入れてみると
/対決ムードが一変
/親子が一致した瞬間
/対話の大切さ

3 ひきこもり大学の開校
/化学反応が次々と
/「ひきこもり2.0」の始動
/美人すぎるひきこもりを売り出す
/ひきこもり大学解説の経緯
/「空白の履歴」が価値を生み出す
/地方でも開催
/ひきこもり当事者ならではのアイデアとニーズ
/ひきこもる人たちが駆け込める場所
/きっかけがあれば外に出ていける

4 外に出るための第一歩――経済問題
/支援制度
/面接は必須
/第二のセーフティネット
/住宅支援給付の要件
/「お知らせしていないわけではないが」
/押し付けではないメニューを
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2015年11月15日日曜日

「ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性」 荻上チキ ちくま新書 2007 ★★


ここ数年、数日に一度は目にするようになった言葉がこの「炎上」。燃え上がっているのは古い住宅がびっしりと建ち並ぶ木密地域ではなく、広大なネットの世界。誰かが何かを言えば叩かれ、鬼女達に追い詰められる。「いつまで続くのだろうか」と思いながら眺めていると、次の標的が現れたらあっという間にそちらに移っていく、まるでイナゴの様な現象。

確かにこれは誰でも、どこでも、即座に、タダで情報を得られ、と同時に、誰でも同じように発言者になれる土壌が整備されたネット時代特有の現象であるのは間違いなく、それを冷静に分析して、そのメカニズムを理解しておくのは、これからネット世界無しでは生きていけない現代人にとってはある種の基礎講座となっていくのだろうと思いながら手を伸ばした一冊。

「ウェブ」や「インターネット」を「怪物」と称する著者のセンスは、現代に生きる人がそこはかとなく共有しているなんとも掴みきれない思いを代弁しているのであろう。問題は、ネットが不可避の存在として生活に入り込んだことによって、我々現代に生きる人間は、無意識のうちに社会的振舞いを変化させられてしまっているのではないか。そうであれば、ネットによってトリガーされた人間の持つ新たなる側面とはいったい何なのか?とあくまで「人」を知ろうとするその態度には、非常に強い共感を感じることになる。

以下本文より抜粋。
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/「怪物」としてのインターネット
「ウェブ進化論」 ウェブはすべての情報を接続し、データベース化していきます

ウェブは、「みんなの意見」をデータベースに取り込み、履歴を積み重ねていくことで、より上質のサービスを個人に向けて提供してくれる
その動きは止まることなく、より正確に、より貪欲に、より膨大に、より高速に、より俊敏に、より多くの人を巻き込んでいきます。ウェブは、あたかも独自の生態を持った生物のようなものだ。

/「メディアはメッセージである」
メディアはそのあり方によって、欲望自体を欲望させるというようなことを生じさせます。
私たちの社会はインターネットという「怪物」によってこねくり回され、生成変化さえられています
「ウェブ以前」と「ウェブ以後」の社会では、どの様に異なるのか

/「可視化」と「つながり」
「可視化」と「つながり」という二つの概念を用いて考察する
インターネットは限りない数の情報を目に見えるように「可視化」情報と情報をどんどんつなげていきます「つながり」
総表現社会

/「ロングテール」という期待の地平
マジョリティ(主流派・多数派)ではない欲望でさえも技術の発展によって肯定され、その欲望が経済市場に貢献する

二章 サイバーカスケードを分析する
ウェブ 自分に入ってくる情報を予め自分用にカスタマイズできるメディアであり、と同時に誰もが情報の発信者になれるメディア

情報フィルタリング 
ウェブ上で人は、自分が知りたいと思う情報を収集します
個人の先入観に基づいて他者を観察し、もともと持っていた考え方や偏見にとって都合のいい情報だけを集め、それにより自分の先入観を補強することを確証バイアスと
印象深い記憶のみが強調されることをセレクティブメモリ

/エコーチェンバーがもたらす分極化
人はより自分に適した集団を求め合う
強調フィルタリング

/集団分極化とサイバーカスケード
人は誰しも自分の見たいものを見たがるし、自分の見たくないものは見たがらない。見たいものを見たら喜ぶし、見たくないものを見たら不快な気持ちになる。

理由の一つは、あらゆる面で多くのコストを払わずに済むから
メディアに触れることで、特定の欲望を喚起させられることがある 

/アーキテクチャという思想
アメリカの憲法学者 ローレンス・レッシグ [Code]人の行為を制約する力には4種類 法、規範、市場、アーキテクチャ
現代社会で働き続ける限り、ほとんどの人が、時間や場所、場合を問わずあなたを媒介しようとする「仕事コミュニケーション」へと接続しなければなりません。
そこから「降りる」ことはよほどの場合でないと難しいようです。

/可視化とつながりによる「誤配」の増大
「これまでつながっていなかったものがつなげられる」ということは、「ウェブ以前」であれば時間的、空間的条件などによって隔てられていたはずのコミュニケーションが遭遇すると言うことを意味します

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■目次  
はじめに(公開中)
一章 ウェブ炎上とは何か
日常化したインターネット
/注目をあつめる「web2.0」
/盛り上がるマーケティング言説
/「怪物」としてのインターネット
/「メディアはメッセージである」
/「可視化」と「つながり」
/「ロングテール」という期待の地平
/集合知は信用できるか
/サイバーカスケードという言葉
/ブログへのコメントスクラム
/個人情報をめぐる騒動
/企業と「祭り」
/商品をめぐる「祭り」
/盛り上がる「投票ゲーム」
/流行語をめぐる騒動
/「怪物」の二面性

二章 サイバーカスケードを分析する
デイリー・ミーとエコーチェンバー
/エコーチェンバーがもたらす分極化
/「デリート・ユー」の誘惑
/集団分極化とサイバーカスケード
/インターネットの起源
/のび太くんに見る道具と欲望の関係
/メディアの不透明性
/アーキテクチャという思想
/議論を左右するアーキテクチャ
/自走するコミュニケーション空間
/ブロガーとして、ニュースサイト管理人として
/複数のコミュニケーションへの常時接続
/可視化とつながりによる「誤配」の増大
/記号流通回路の変容

三章 ウェブ社会の新たな問題
イラク人質事件へのバッシング
/「自作自演説」というハイパーリアリティ
/流言飛語はなぜ生まれるのか
/デマの出現とリアリティの構築
/「分かりやすさ」へのカスケード
/立ち位置のカスケード、争点のカスケード
/「浅田彰の戯言」という流言飛語
/潜在的カスケードと顕在的カスケード
/「ジェンダーフリー」をめぐる騒動
/まとめサイトと抵抗カスケード
/アンチサイトの揺るがなさ
/「福島瑞穂の迷言」をめぐって
/リアリティと「ソース」をめぐる困難
/自走するハイパーリアリティ
/言説空間の不可避的困難とは?

四章 ウェブ社会はどこへ行く?
サイバーカスケードの功罪
/ネットがもたらす過剰性
/道徳の過剰
/ウェブにおける行動と予期の変化
/ウェブと政治の不幸な結婚?
/批判の語彙
/「2ちゃんねらー=右傾化した若者」という間違い
/シニシズムの回路と向き合うこと
/監視の過剰
/討議を豊かにするアーキテクチャへ
/ハブサイトの役目
/「鮫島事件」と自走への自覚
/合意によるリアリティ
/悲観論と楽観論を超えて

あとがき
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2015年10月12日月曜日

「ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか」 香山リカ 2014 ★

一時期の盛り上がりはなりを潜め、Facebookに定期的にアクセスしている人は仕事で使っている人か、それとも食べた物や子供の写真などをアップしリア充アピールに余念が無い人たちばかり。

SNSの枝分かれはまるで生物の進化の過程を見るかのように分化を早め、Twitter、Instagram,Facebook,Google+にLineとメジャーどころの面子がほぼ決まりつつあり、Twitterで呟いて、Facebookで「いいね」を押して、そしてInstagramに画像を上げる。なんてことをしている人はよっぽどのスーパーマンか暇人かというところであろう。

このタイトルが多くの人の目を惹きつけるのは、世にあふれるこれらのSNSは自分が望まなくてもどうしても自分の日常に他の人の様子が目に入ってきてしまう。目の前で実在として存在する人間として発せられるのではなく、パソコンのモニターを前に、他の人がどう思うか十分に考えを巡らせた末に自らのイメージのプロモーションとしてアップされる様々な言葉や画像たち。

「他者」の様に、自分は皆よりも賢いんだと覚めた考察を語ってみたり、毎日いろんなところへ出かけては様々な人に囲まれる幸せな日常を語ったりと、それが視界に入るこちらとしては、「身の回りで承認欲求が満たされるなら、わざわざそれをこうしたパブリックな場に向けて発しなくてもいいのに・・・」と誰もが思ってしまう。その気持ち悪さに完全に覆われた現代の社会。

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「つながり」のメディアが生まれれば生まれるほど、他者の気持ちをいっさい慮らず、「私がこういったり行動したりしたら、他の人たちはどう思うか」という想像ができない人たちが増えている

SNS上にはいつも無数の意見、批判、見解などが渦巻いているので、探そうと思えば必ず自分の考えに近いもの、あるいは自分から見て言語道断だと思うものが見つかる。
サイバーカスケード

人間には本質的に多重な感情や欲望があると主張する。地理的・身体的・社会的制約により抑制されていた多重化への欲望が、コンピュータやネットの出現でその分陰を解かれた。ネット上の多重人格者たちは、テクノロジーの力を借りてその欲望を実現した人たちと言うことだ。

「私のことが問題。他の人がどうなろうと、知ったことではない」というウルトラ個人主義

大学生の4割が一日の読書時間ゼロ、平均27分 本は全く読まずに、スマホを一日5,6時間いじっている

「感動した」「いいね!」が感染症の様に広がる社会。文章はどんどん圧縮されて短くなり、さらには言葉ではなく、スタンプや画像でやり取りをする。果たしてSNSでつながることで、コミュニケーションが深まっていると言えるのか?それとも私たちは何かをなくしつつあるのか?
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人は現在の自分を肯定しなければ生きていけない。自らを否定し絶望の中で生きることは相当に辛い作業である。その為にどうにかして、「自分は幸せである」と思い込ませる必要があり、その為には自分の中である基準を設けて幸せを感じる絶対的なものと、それとは別に周囲の人や他人と比べることによって相対的に自分が幸せだと判断すること。

後者にとっては楽しげな写真をアップし、周囲から「いつも充実してていいね」、「毎日楽しそうだね」と言われ、思われることが何よりも自らの幸せを実感させてくれる承認作業となる。

そして薬やお酒と同じように、一度得た承認欲求はより強いものへ、より多くのものへと増加するのみ。「もっと褒めてほしい」、「もっと認めてほしい」と。

人が誰でもその心のうちに秘めていた様々な欲望。それらがネットという世界の出現により、様々なうちに背中を押され、加速され、増殖されていった。100年後くらいには「ネットが出現し、社会インフラとなった30年で、それ以前には見られなかった犯罪や社会現象が何だったのか」ような分析が、しっかりと統計立ててされるのだろうと想像できるくらい、恐らく今までとは全く違った質の欲望が身体の外、社会の中に渦巻きだしているのだろうと思わずにいられない。

そんな時代に自分を見失わずに生きるには、欲望としっかり向き合い、退屈とうまく付き合って日常を生きるしかほかにない。

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■目次
序章 ソーシャルメディアへの違和感
・不思議な「新型うつ」
・「本音を隠さなくなった人たち」のうつ病?
・「つながり」がはらむカン違い
・不自由なツイッター
・東日本大震災とSNS

1章 「SNS疲れ」という新たなストレス
・「スケスケ下着」に「分娩台」なう」
・SNSでぜんそくの発作が! ?
・心のエネルギーの大量消費
・24時間自分をさらけ出し続ける、『トゥルーマン・ショー』の世界
・「出会い系」のサクラは男!
・会えないほど、純愛度数が高まる法則
・出会い系の驚愕のシステム
・増加する「ネタ消費」
・木嶋佳苗に見る「ウソ」と「盛る」の境目

2章 ネットで人はなぜ傷つけあうのか
(1)非抑制性と匿名性という“魔法"
・広島LINE殺人事件
・「社会的手がかり」の伝わりにくさ
・なぜ「ネット世論」は極端に走るのか
・サイバーカスケードでよく起こる二者択一
(2)自分で自分をだます人たち――ネット多重人格の出現とひとり歩き
・「女装の精神科医」の顛末
・大阪の「子ども放置」事件
・ネットのなかの「こうであってほしいもうひとつの現実」
・ブログに書いた内容に、自分でも心あたりがない
・ネットで「悪意」が解放される理由

3章 ネトウヨが生まれる理由
・「ネットde真実」の女性たち
・何をもって「真実」を判断するのか?
・『アンネの日記』破損事件についてのネトウヨの反応
・「陰謀論」の生成プロセス
・陰謀論に陥った家族を救う方法
・「大きな物語」が終わったがゆえの「自分さがし」
・グローバル化と「新型うつ」の関係
・東日本大震災が復活させた「大きな物語」
・安倍総理の頭のなか

4章 SNSとプチ正義感
・「ゆがんだ平等主義」と「いびつな正義感」
・わかりやすく、攻撃しやすいものに向けられる怒り
・正当な抗議とクレーマーの境目
・「過剰な道徳」をめぐるふたつの問題
・他人に対してだけ道徳的な人たち
・ネット空間を逃げ出した「リベラル知識人」たち
・浅田彰氏のSNS論
・ニューアカの旗手たちに「見捨てられる」不安
・ネトウヨ暴走の責任は誰にあるか

5章 ネット・スマホ依存という病
・「ネット依存」が引き起こす事件
・治療が必要な「ネット依存」の基準
・依存を狙う、「餌付け」ビジネスモデル
・依存症治療に効果がある「動機づけ面接」

6章 SNSは日本人をどう変えるか?
・「自分らしさ」の虚しい内実
・「実は自由ではないのに自由に見せる」ことほど疲れる
・JR九州・新幹線CMのどこが「日本的」なのか?
・「感動した」の広がり方は、まるで感染症
・「いいね! 」によって、何が失われていくのか
・文章だけでなく、思考もスカスカになっていく
・「文字なしの画像」の世界
・画像は文字のおかわりになるのか?
・バイトテロ問題――悪事5分拡散の法則
・ネタ作りのために“放火"する
・「画像で自分を伝える」ことの危うさ
・主流になりつつある「一か八か型コミュニケーション」

終章 SNSがつくる「1・2の関係」の世界
・「携帯電話がなかった時代」は文化人類学の研究対象! ?
・小此木氏が予見した「1・5」の関係
・電話してくるのは困った人
・限りなく自分だけの「1・2」の関係へ
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2015年10月5日月曜日

「使える読書」 齋藤孝 2006 ★★

ネットと携帯の普及により、身の回りでも本を読む人とそうでない人の差がかなり極端に出始めて久しい。

「しっかりしているな」と思っていた人でも、「一年に本当に数冊」というぐらいしか読んでない人もいるように見受けられる。

「ネットで活字には触れているから、総量としては変わっていない」とか「知識を得る窓口が変わっただけだ」などと言う人もいるが、それでも今後は読書が日常の一部として、身体の一行為として身についている人と、そうでない人の差があらゆるところで出てくるのだろうと想像する。

大人になればなるほど、自分に許される自由な時間というのは限られてきて、その貴重な時間を共に過ごす相手というものやはりそれなりに慎重に選ぶことになる。そんな時間を過ごす相手とは、ぜひとも歳相応の対話を楽しみたいもので、そのためにはやはりその人の読書量がモノをいってくるだろう。

本を読み終え、「この本を読んだ」という行為だけを積み重ねていく人よりも、やはりその本から何か人生にとって、自分の日常にとって意味を抽出し、自分なりにそれを消化し、そして身体と知識の一部として吸収していくそんな人との対話の方が、より受け取る刺激も大きいのは重ねてきた時間の中で皆学んでくるものである。

そんな一つのモデルケースである著者が、自らがどんな本から何を吸収してきたかを包み隠さずさらけ出す一冊。

本書の中で語られる著者の読書に対する姿勢には、ほとほと頭が下がるばかり。
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それをなにかに応用できる形で自分に刻んでおく
日常生活の他の事象と連結することが、読書の大きな喜び
それを読んで「書く」ためにある、「話す」ためにある
一度、他の人(本の著者)の脳の動きに自分を寄り添わせる。寄り添わせてもらって、加速する
読む前と読んだ後であなたが変わったことは?
読書にもフォーマットが必要
世界や人生を知る手立てとして、読書ほど適しているものは無い
精度の高い「要約力」と「コメント力」が磨かれる
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この歳になっても読めない漢字に出くわして、それを調べて少しでも知識量を増やすのもまた読書の与えてくれることだと思いながら、「橡殻(とちがら)」や「鈍麻(どんま)」の読みを調べながら、挙げられた51冊の中で一体何冊読んだことがあるのだろうかと、情けなくなりながら次回ブックオフで見つけるタイトルが増えたことを少々喜ぶことにする。

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3 ブロー 黒衣の下の欲望
意思決定は苦痛だ。レストランに入ってオーダーを決めるのだってストレスだ。仕事とは高度な意思決定の連続だ。従うだけで良いという場を生活のどこかに持つことでバランスをとる。

9 山折哲雄 涙と日本人
そもそも人間の想像力の根っこは悲しみであると考えている
悲しみは、他者を理解して始めて生まれる感情だからである

12 畑村洋太郎 『直観でわかる数学』
微分というのは、「部分を見れば、全体が分かる」

13 夏木マリ カッコいい女!
インテリジェンスは身体への気づきと共にある。体に気づいていることがインテリジェンス。

16 山田昌弘 『希望格差社会』
日本社会は、将来に希望が持てる人と将来に絶望している人に分裂していくプロセスに入っているのではないか

20 西原理恵子 上京ものがたり
上京力。これがかつての日本を支えた。東京で生まれ育った人間が増えすぎちゃったのが問題。
いつまで都会にいられるか分からないから時間も大切。徹底的に勉強する。
勝負する緊張感が都会の活力
おかしなことに、実家に帰ると一冊も本が読めなくなる

21 我妻ひでお 失踪日記
失踪した先でなにをやるかというと、まずは見るはずの無かった景色が広がっているのを見る。会うはずの無かった人に会う。話すはずの無かった会話

22 藤原正彦/小川洋子 世にも美しい数学入門
知的と上機嫌の融合が軌跡のようなきらめきを見せている
「うまい言葉を発見しましたですな。僕は今日からストーカーになりました」

29 羽生善治 『決断力』
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
空也上人の和歌で「山川の末(さき)に流るる橡殻(とちがら)も 身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ」

命を捨てる覚悟ができれば急流でも身体が浮かぶものだという意味で、一身を犠牲にする覚悟があって初めて、活路を見出し、ものごとを成し遂げることが出来る。 

32 テグジュペリ 倉橋由美子訳 新訳 星の王子さま
「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」

36 岡田尊司 脳内汚染
でも退屈を過ごすことができない人は自主的に自分を支えることができなくなるんです。
「新たな刺激を際限なく求め続けることは、長期的にみれば、心をどんどん鈍麻させ、幸せを感じさえにくい心をつくりだしてしまう」
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2015年5月10日日曜日

「教師格差―ダメ教師はなぜ増えるのか」 尾木直樹 2007 ★

地方の学校で教員をしている友人の話によると、決して学業が優秀なわけでもなく、かといってスポーツや文化活動に力を入れているでもなく、「高校は出ておいてほしい」という親と「高校ぐらいは出ておかないと」という生徒の思いの受け皿となっているその学校では、事なかれ主義の教師達と、教師の対する尊敬を失い身勝手な行動を取る生徒と、学校や教師に対してクレームをつけることで自らのストレスを発散しようとする保護者とで、なんとも閉塞感に覆われた状態になっているという。



その学校が特殊な状況であるということもあるだろうし、それらの教師、保護者、生徒も全体から言えば一部に過ぎないのではあろうが、それでもいつ頃からか学校と言う場の風景がかつてのそれとは確実に変わってきている印象は拭えない。

いつ頃からか、ニュースで定期的に目にするようになったのが、どこかの学校の教師の不祥事。体罰、盗撮、セクハラ、わいせつ犯罪、いじめを見て見ぬふりなど挙げればキリが無い。

それがテレビの向こうの遠い世界での出来事ではなく、自らが生活を営む場所のすぐ隣で起きていること。想像するに、このような事件や事象はかつてもあったの違いないが、それが今の世の中の様にすぐにネットやニュースで一般の人の目に届きやすい環境が無かった為ということもあるだろう。

しかし、それ以上に本書で指摘されるような学校内での「評価主義」や「成果主義」により、教師が生徒から乖離してしまうこと、また「教員」という職業に対しての保護者や生徒が絶対的な尊敬と信頼を失い、下手をすれば「自分の方が優れている」と対抗意識を燃やしてしまう。そして裏サイトの様に、本来ならば自らを反省して行動を変えるべきところを、肥大化したエゴを抑えることができず匿名のネット環境にてその憂さを晴らす生徒たち。

これらのことはすべてネットが登場し、一般化していく過程に沿って広がったかのように見える。ネットの普及によって、今まで知りえることの無かった知識や情報に手が届き、同時に今まで自分の中に隠しこんでいた欲望が顕在化されたことも大きいであろう。

同時に、本来なら教師と生徒、教師と保護者、学校と家庭というある種の信頼関係と尊敬によって成り立っていた関係が、ネットを探せばそれこそ数多もの悪い情報が見つかり、自分の鬱憤を晴らすこと、そしてその方法が目に留まり、本来なら留まっていたはずの心が「ふっ」と背中を押されてしまう。「あ、他にもやっている人がいるんだ」から、「ほら見ろ、やっぱり自分が正しいじゃないか」となるには時間はかからない。

教師側も、保護者側も、学校も生徒も、皆身勝手な考えと行動が少しづつ助長され、いつからか自分のプライドを守るために相手を傷つけて関係性を壊しても問題ないというところまで到着してしまう。始めは一点だった綻びも押し寄せる水圧に屈する様に、いつの間にか当たり前の風景になってしまう。

その場での自分のプライドを守るという短期的な満足感よりも、人生という長期的なスパンでどんな人間として成長し、どの様に周囲と関係性を構築していくのか、その重要性を学校と家庭で共有して子供に教えていく、そんなことが必要なのであろうと改めて思わずにいられない。
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■目次  
序章 病める教師―教育の現場から 
①「心の病」と教師
/壊れる教師
/「聖職者」は死んだのか
/東京都教育委員会による”いい加減のすすめ”
/確実に広がっている”教師格差”
②教師が病んでしまう理由
/押し付けられる「枠の中の教育」「型の教育」
/教師を教師でなくする「評価主義」「成果主義」
/教師間のいじめ
/現場を”無視”した教育課程と教育論議
/「過労死」も危ぶまれる劣悪な労働環境
/教師は悲鳴を上げている
/一日の残業が7時間42分

第一章 教師力は落ちたのか 
①「問題教師」はどこにでもいる
/生徒におびえる教師
/「わいせつ教師」も身近な問題
/自覚なき無責任
②「学校の常識」は非常識か
/「敬語を使えない」教師
/「身内に敬語」外部の人に隠語の使用
/互いに「先生」と呼び合う不自然な習慣
/当たり前の「気遣い」ができない
/本を読まず、言葉を知らない教師
/教師に「人間力」を
③ダメ教師の現実
/「生活科」「総合学習」に戸惑う教師
/失われた「板書」と、頼られる「マニュアル」
/流行で方向転換する「指導方針」
/「塾講師」に教え方を学ぶ教師
/子供を叱れない教師と「体罰の基準」
/「教師」を名乗れない教師
/絶対的存在ではなくなった
④教師格差拡大
/学校現場と「2007年問題」
/教員採用試験の競争率低下の意味

第二章 「逆風」にさらされる教師 
①教師と親の終わりなき闘い
/教師は「聖職」ではなくなった!?
/「困った親」の困った要求
/”ダブルモンスター化”する親
/「給食費」を払わない親が激増!
/教師をバカにする親
②時間との闘い!教育委員会との闘い!
/「セブンイレブン」と呼ばれる教頭職
/”調査漬け”にされる教師
/”いじめ隠し”報道が生み出す悲劇
/教育委員会は学校の見方か、敵か
/授業意外にも教師たちには仕事が一杯
/教師の人間関係を壊す「評価システム」
/学校の「組織改革」が教師と子供に与える影響
/現場教師の「切実な声」
/それでも、教師はやめられない
③子供を教師から奪う改正教育基本法
/教師は”法令執行人”か
/求められるのは、子供の”調教力”か
/”新たな足枷”はもういらない

第三章 教師の条件 
①教師と言う仕事
/「学校教師」と「塾講師」の違い
/「校務分掌」の大きな役割
/見直すべき「学校力」
②教師像の現実と理想
/「いじめ自殺」と教師の姿
/教師がいじめを招く
/親たちが教師に期待すること
/好きな先生の条件
/緊張感あふれる関係
/「同僚性」「共同性」崩す、目標管理型評価
/「企業ごっこ」の学校現場
/”現場離れ”の不任期評価システム
/学校現場は「教師の大学院」
③何が教師に求められているのか
/理想の教師像
/子供の目線
/こんな先生が好きだった!
/こんな先生は嫌いだ
/子供が認定する「不適切教員」
/今、学校と教師の役割を捉えなおす時

第四章 「教育再生論議」に見る、教師の未来 
①動き始めてしまった!教育再生会議
/誕生と共に見えてきた、教育再生会議の方向性
/教育再生会議が示す「提言」と「緊急対応法」
/世論とのギャップ?
/教育再生会議の方向性
②「教員免許更新制」の問題点
/早急に必要な「問題教師の排除」
/教員免許の更新性への疑問
/「問題教師」=「指導力不足教師」とはならない
/莫大な税金投入への「見返り」とは
③「いじめ問題」への処方箋
/教師同士がいじめ解決の相談をしない理由
/成果主義は「教育現場の財産」を奪う
/いじめの「第三次ピーク期」
/いじめの「隠蔽体質」を育てた元凶
/「いじめ問題への緊急提言」とは
/教育再生会議の「緊急提言」に対する筆者の緊急提言
/国家レベルの会議から説教、注文
/後退する「国民の教育権」
④「学級崩壊」「ゆとり教育」への誤解を解く鍵
/教職員団体と”同僚性”の相関関係
/「学級崩壊」を防ぐために必要な”同僚性”
/「授業時数アップ」に関する誤解
/「子供抜き」で語られてきた教育論
/教育現場の「絶望的状況」を救うもの

第五章 「教育再生」への提言
①ビジョンが見えない「教育改革」の扉
/教育再生に「対症療法」はない
/「失われたビジョン」を求めて
/国よりも明確な「親の子育てビジョン」
/「競争」ではなく”共創”を
/現場教師による「子供の学寮」の受け止め方
/作られた?「親たちの不安」
/「学力向上」という大目的
②現実に押し寄せる「教育格差」
/「家の経済状態」と「学力」の関係
/”上流層”の教育観
/「習熟度別学習」の問題点
/習熟度別学習は「差別」と「指導力低下」をもたらすか
/「学校選択制」への疑問
③「教育再生」は必ずできる
/「教育改革」に求められるものは
/教員志望者がいなくなる?
/「現場のパワー」を活かす条件整備を
/国と教育と予算の関係
/教育は「商品」ではない

おわりに
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2014年8月30日土曜日

「他人を見下す若者たち」 速水敏彦 2006 ★★★

書店やネットで随分見かけた本なので、時代を体現している内容なのだと思っていたが、なかなか手にする機会がないままに時間をすごしてしまい、気がつけば出版からすでに10年近く時間が経ったことになる。

匿名のネット世界だけでなく、自分の身の回りにも「自分のことは棚に上げ、すぐに誰か別の人を悪く言ったり、見下したりする」人たちが多くなっていると感じるのは、恐らく現代に生きる人の総体としての実感であろう。

ネットで見られる誰かをターゲットにした集団のたたき。世間を賑わすようなニュースにかこつけて、とことん個人情報をさらし、その家族や周辺の人たちにまで攻撃を与え、正義の番人になったかのように徹底的に痛めつける。

その流れが過ぎると、すぐに次の目標へと向かい、ただただ終わることのない他人叩きが繰り返される。そんな殺伐とした雰囲気を誰もが感じているはずである。

ネットが登場するまでは、情報というのは受けとるばかりであった一般大衆。メディアに登場し情報を発信するのは、リアルな世界において何かを成し遂げたり、名声を得ている専門家や芸能人。それがネットの登場により、誰でも情報を発信できる力を得ると、通常世間から評価されて決まるべき経験や名声というものを抜きにして、自分で勝手に判断し、あたかもひとかどの人物かの様に発信する機会を得てしまう。

機会を得たら、それを実行に移したくなる欲望の生物である人間。本来なら長い時間をかけて、一つのことに真摯に向き合い、ストイックな競争の中で徐々に周囲から認められ、周囲の人も耳を傾けるようになる実社会の時間の積み重ねはしない割りに、すぐにできるだけ多くの人からの承認や賞賛を得るために、一番手っ取り早いのは、いかにも弱者と思われたり、悪者と思われる人間に対して攻撃すること。

その姿に、これまた匿名のネット民が「よくやった!」という言葉が、あたかも自分の存在の肯定かのように捉え、そこに実社会では得にくい承認という快感を感じていく。快感はすぐに慣れてしまうものなので、前よりももっと大きな快感を、前よりももっと多くの日とからの承認をとその攻撃性は止まることができない。

そんなネットの特性によって新たに見つけられた人間社会のある一面性。そのネット社会の雰囲気が、実社会の中まで持ち込まれ始めたところから感じるこの殺伐とした感じ。そうしてみると、恐らくこれは「他人を見下す」という部分と「若者」という部分で分けられて、本来的には若者だけでなく、すべての国民においてこの傾向はネットから助長されて広がっている現象であると思われる。そしてそれは日本という国に関わらず、世界同時進行の現象なのだろうと想像される。

そして「若者」ということは、また別の側面で、思春期の多感な時期にすでに見方によれば無法地帯を思われるネット社会と当たり前のように接しながら育ち、核家族の中で両親という限られた大人しか触れることなく、多様性の無い社会の中で幅の広い価値観を見ることなく、十分に子供としつける能力も足りていない親に育てられたり、子供に向き合う時間を取れずに自分優先で物事を判断する親の影響を受けたりと、地域の中で子供を育てていて世代から、一気に家族、それも核家族という小さな家族という親の資質によって教育が大きく差が出てしまう状況の中、ネット言う自分の望む情報だけを得ることができるツールの使いこなし方も教わることなく育ったのが、この「若者」という言葉に託されている像であると思われる。

忍耐力もなく、ただし根拠無き自分へのプライドはやたらと高く、ギャーギャー泣き喚けばすぐに自分の思うままに買い与えてくれたりする芯の無い親からは、社会で生きるための規律や共同の役割の大切さを教わることなく育ち、実質10歳も満たない子供の様な精神レベルで社会の中を漂い、増大するエゴを抱えながら、自分には分かっている自身の能力の無さに不安を覚え、それでいながら、メディアに翻弄されて自己に期待するイメージばかりを保とうとする。

本文を読んでいても、「あれ、この部分てあの人のこと・・・」と、身の回りの人の行動に見事に当てはまる部分が何度も見られる。それは恐らく個別的な現象というよりも、時代的、社会的現象なことであるのだろう。

分析や個別例を客観的に示しながら、心理学の面から現象を捉え、感情的にならずに、ちゃんと現実的な提案まで行っているので、そのタイトルから想像される内容に対して、自分が考えていること以上の情報を得ることができ、さらに今後の展望を与えてくれる新書としては非常に良い一冊となっている。それだけに、読みながら引いた線の多さと、その後にタイピングする文字の多さがそれを物語る。

以下本文よりいくつか抜粋。
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学びも働きもしないし、職業訓練も受けようとしないニートが増加している
人間の感情や「やる気」のあり方が今、大きく変わろうとしているのではないか

人は自分の立場ばかりを見て、他人の立場をみなくなる

誰もが体面を保ち、個を主張して生きていくことが求められている。少子化の影響で小さい頃から大切に育てられ、苦労をせず、楽しいこと、面白いことに浸ってきた若者にとって、見知らぬ社会を一人だけで歩いていくことは恐怖でもある。欲しいものを何でも買い与えられ、、有り余る時間を自分のためだけに使ってきた人たちが、厳しい現実の競争社会の中でまともに生きていくことは難しい課題である。

自分は他人に比べてエライ、有能だ という閉鎖的な感覚
一時的にせよ、自分に対する誇りを味わうことができる
特に負け組になりうるような人々が生き抜くためには必須の所持品
他人の能力を低く見るほど自分の能力の自己評価がつりあがることになる。

常に自己中心でありたい
我慢ができない セルフコントロールができない 忍耐力がない 机や壁をける 物にあたる

怒りは自然に出てくるものだが、悲しみは生活体験、想像力がないと持てない

知的好奇心を感じるのは、限られた子、知識のある子であり、その割合が少なくなってきた
喜びを感じやすい人は悲しみも感じやすい

子供たちが欲求不満でぐずっているときに、親がその場を早く乗り切りたくて、お金で帰るものならすぐに買い与えてしまうことが多くなっているから
子供が欲求不満に陥る前に、親が何でも買い与えるためではなかろうか
欲求不満にならなければ、我慢も、悲しみも生じない

直接自分だけに関わるのではなく、社会全体に関わる不条理なことに関しては、怒りをあらわにすることは減少しているように見える

現代の日本で「悲しみの希薄化」が進んでいることを嘆いている
悲しみの文化から怒りの文化に移行している

ここ数年のヒット曲の特徴として「根拠なき自己肯定」
努力や経験という代償なしに誇りを得たいという、現代の青年たちの欲求がある

すでに何年か前から現代人は「悲しみ」よりも「怒り」を感じる時代に突入している
特に若者にあっては、「キレる」とか「むかつく」という言葉が氾濫し、怒りをあらわにするような事件が、頻繁に起きていることからも推測できる
人から注意を受けることに対して、自分が下に見られたという認識が強く働いたため

別れも 物質的に豊かになった今、距離的にはなれたところに移動したとしても、いざとなれば短時間のうちに帰れる交通手段があるし、電話やメールでたえず連絡できる。別れの意味は、まったく異なってきている。物質的豊かさは悲しみの感情を抱く経験を減少させてきた

葛藤が起きると、即座に怒りの感情として爆発したり
個人主義社会では攻撃性が高まり、暴力が日常的に発生する

学習の動機付けが低下してきている
大人の勤労意欲も、戦後豊かさが広まる連れて変化

現代の日本社会 さらに高い水準の生活は現実的には求めようもなく、物質的に充足した今の若者たちは、人生の目標や夢を失ったように見える
自分自身の価値を意識して生きることは、難しいことかもしれない。若者が社会に貢献できているという感覚や、社旗に必要とされているという感覚を持ちにくい時代である。

打たれ強いとか、我慢強い 少しのことで傷つきやすい

自分以外はバカの時代
高度専業社会 誰もが何かの専門を学んで、各人がプロ意識を持つため
相対的に他者をバカにすることに繋がっているのかもしれない
同情したり共感したりすることもない殺伐とした社会が到来する
国際競争力をつけるために日本人はもっと自分を主張せよ
人の欠点をはっきり言う人のほうが有能 先に指摘したほうが勝ち

親たちが先生や学校をバカにする
自分の子供を高く評価してくれた先生=良い先生

一定の年齢になれば、自分を監視する目を自分自身の中に強く意識するようになるため
現代の若者に社会的迷惑行為が多いのは、自分自身を監視する注意力が発達していないからであろう

大衆は下品で無教養で、自分とは異なる人種のようである
そう断定することで自分の価値を吊り上げようとしたのだろうか
弱者であるホームレスの人たちを襲う事件

素直に謝ろうとしない 
弱者とみなされやすい「叱られる立場」になることをひどく恐れて 
親が率先して学校に謝罪をすることを強く拒否する

近年はあらゆるものの選択の幅が広がり、一様に比較することが難しくなった
誰もが「オンリーワン」の気分を持ちやすい
自分の価値を上積みして、自己価値を吊り上げることが可能になる

自己愛的な若者が増えている
赤ちゃんのときの誇大自己を手放せないまま大人になったのが、自己愛人格の人たちである
幼児期、児童期での大人の甘いしつけが、自己愛形成の確立を高めてしまう

他社軽視を通して生じる偽りのプライドがある
過去の実績や経験に基づくことなく、他社の能力を低く見積もることに伴って生じる本物でない有能感
彼らに共通しているのは他者との親密な人間関係が形成されておらず他者を軽視していること
人は誰も常に優れた存在でいたい、人から認められる存在でありたいと思っているため
現代の人々は自由な社会の中で自我を膨張させている面がある
他方では産業構造の変化や厳しい現実から、結果としての夢の喪失、自信の喪失がある
自分の有能さを確信している人が、他者の能力を低く見ることはありうることである
有能感とはあくまで主観的なものだからである

他者軽視的内潜的言動が生じたときに、ほぼ自動的に誇らしい開館を瞬時に感じる、それが仮想的有能感の正体と言える
自分が負け組みであることを意識しないように、先手を打って他者を見下げることで生じた有能感やプライドなどと、自ら意識的分析的に解釈しようとはしない

人間は本来常に自分を高く評価していたい動物である
社会的比較論では、人は自分より低い位置にある人を比較の対象と考えることにより、自己高揚が生じることがすでに指摘されている。つまり、人は自分よりも優れた人物について知りたがっているというよりも、自分よりも劣っているものに関する情報を求めたがっている。このような傾向を、下方比較と呼ぶ
下方比較することで心理的安寧を得ようとするものの様である

希薄化する人間関係
人は親しい人間関係を喪失し、孤立すればするほど、外面的には傍若無人な他者軽視的行動をとるようになる
なぜ彼らは真の自己肯定感はもてないのだろうか
人の自信というのはつまるところ、親しい人間関係になる周りの人たちから、承認され賞賛される経験を通して形成されることが多いからである
ただし親密な人といっても、親や兄弟というよりは、それ以外の親しい人の承認や賞賛が大きいように思われる 先生 友人

私の意見が聞き入れてもらえなかったとき、相手の理解力が足りないと感じる
他者と違って自分は知識や教養があり、それなりの地位についている
他者の意見に比べて自分の意見は優れている

成功者が落ち目になってり、失敗したりすると、ここぞとばかりに袋叩きにする
ジェラシー方嫉妬よりもむしろエンビー型嫉妬

新しい電子機器に対する適応の問題
自分の操作のうまさによるものではなく、機械の性能のよさに起因するものだが、それを多くの若者は自分の力であるかのように誤解する
マスメディアの発達 瞬時にして世界の動きを知ることができる 人を軽く扱う風潮

仮想的有能感が高い人ほど、ニュース番組を見やすく、ドラマ番組を見ない
毎日のように流されるニュースーそれはネガティブな意味を持つ内容が圧倒的に多い

悲しみが多いほど人にはやさしくなれるというような悲しみは、昨今ではなかなか見つからない
中原中也「汚れつちまつた悲しみに、今日も小雪の降りかかる 汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる」

自分の日常はあっという間に退屈なものとなり、毎日の記憶も薄れていくのかもしれない
今の若者は、自分喪失の危機から脱出するために、泣きの反応を身に着けた
悲しみをある程度蓄積している人のほうが感情の統制ができるのではなかろうか

上野行長 ユーモアは3種類 攻撃的ユーモア 風刺、ブラック・ユーモア、皮肉、からかい、自虐
陽気なユーモア  遊戯的ユーモア 
支援的ユーモア 励ましたり、許したり

今後予想される社会は、個々ばらばらの社会
人間同士の温かみが伝わらない冷え切った社会

本当の意味でのしつけの回復
自尊感情を強化する
もっとも子供に一定の役割を与え、それを遂行させる経験が必要であろう。
彼らにとって自分が誰かに役立っている、何かの役割を果たしているという感覚こそ必要である
積極的に家の仕事を分担させることが望ましい。食事の後片付けであれ、風呂の掃除であれ、どんな小さなことでも、毎日繰り返して行うようなことで、役割を遂行する習慣をつけることが大切である
そこから自分の存在の意義が見出せるし、日常生活が、家族の人たちのいくつもの仕事によって支えられていることを認識できる
多くの人たちに直接触れ、実際に自由にコミュニケーションできる場を増やす
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■目次  
/日本人の感情
/やる気が変わった
/若者、負け組の「他者軽視」
/現代人への警告として

第1章 感情が変わった/
/子供の感情の変化
/頻繁に「怒り」を感じ、表出する子供達
/「悲しみ」にくく、「喜び」にくい子供達
/表出されない感情
/恐れ、驚き、面白さ
/感情日誌から見た若者の日常的感情
/中学生の喜び、怒り、悲しみ
/大学生の喜び、怒り、悲しみ
/感じない子供達
/「悲しみ」と「怒り」の性質
/感情の文化差
/悲しみ量の歴史的変化
/作文から見る
/流行歌から見る
/映画から見る
/個人的仮の増大
/貧しさから豊かさへ
/権威主義から民主主義へ
/宗教の衰退
/集団主義から個人主義へ

第2章 やる気が低下する若者たち/
/やる気の変化
/自信の無い日本の若者
/有能感の国際比較
/「大志」を嫌う現代っ子
/大人側の責任
/昔と今の大学生
/集団を避ける若者達
/大学生の内的エネルギーの減少
/僕の長所って何?
/子供に距離を置く教師
/子供や若者に蔓延する鬱

第3章 他者を軽視する人々/
/「自分以外はバカ」の時代
/親の問題行動
/平然とする若者達
/社会的迷惑行為が増える理由
/薄れる罪悪感
/大衆は劣等
/他人蔑視の昔と今
/ピーナッツに見るルーシーとチャーリーの性格
/謝らない子供、親

第4章 自己肯定感を求めて/
/「並み以上」の感覚
/自己愛的性格の浸透
/日本人のポジティブ、イリュージョン現象
/高校中退者の楽天主義
/可能自己
/自己肯定の不安定さと他者軽視

第5章 人々の心に潜む仮想的有能感/
/他者軽視と仮想的有能感のメカニズム
/仮想的有能間が働きやすいケース
/下方比較で安心する
/希薄化する人間関係の中で
/人間関係のストレス
/他者軽視傾向から推測する
/仮想的有能感を持つ人の特徴
/軽蔑や嫉妬を含む仮想的有能間
/自己愛との距離
/社会・文化的要因
/ITメディアの影
/ネットの中の有能感
/インターネット好きでドラマが嫌い
/誰にでもある仮想的有能感

第6章 自分に満足できない人・できる人/
/自尊感情が高いのか低いのか
/自尊感情・仮想的有能感・自己愛的有能感
/経験に基づかない仮想的有能感vs経験に基づく自尊感情
/仮想的有能感と自尊感情との関係
/仮想的有能感の4タイプ
/年齢と仮想的有能感
/年齢ごとの有能感タイプ
/「萎縮」する若者にも注目
/年配者の「全能型」にも注目

第7章 日本人の心はどうなるか
/感情ややる気を動かす仮想的有能感
/仮想的有能感と一般的怒り
/個人的出来事に怒り、社会的出来事に無反応
/高校生の感情反応調査から
/悲しみはどこへ
/泣いてみたいだけ
/悲しみをエネルギーに
/悲しみの文化の意味
/心から「喜ぶ」ことができますか
/集団での喜びを感じない人々
/「笑い」の変質
/「ユーモア」の源泉
/熱くなれない理由
/21世紀社会への警鐘としての仮想的有能感
/個人主義の文化差
/仮想的有能感からの脱出
/しつけの回復
/自尊感情を強化する
/感情を交流できる場を!

おわりに
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