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2016年2月5日金曜日

広峯神社(廣峯神社、ひろみねじんじゃ) 734 ★★


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所在地 兵庫県姫路市広嶺山52
主祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)、五十猛命(いそたける)
社格  県社・別表神社
本殿の様式 入母屋造り 桧皮葺
創建  (伝)734
機能  寺社
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円教寺の鎮座する書写山のすぐ東に位置するのが広嶺山。その山頂に位置するのがこの広峯神社(廣峯神社、ひろみねじんじゃ)。円教寺に負けず劣らず歴史の古い神社であり、伝説によれば、734年の創建といわれているという。

山の上に鎮座する。
駐車場から歩いて境内に向かわなければならない。

この二つの条件を満たすと、駐車場から一体どのくらいの時間を徒歩で歩くことになるのか?どれくらい勾配の道で、どれくらい体力を消耗するのか?などなど、その後の行程に影響がでる恐れもあるので、どうしても早足で歩くことになるのだが、こういう山奥の寺社は時に素晴らしい雰囲気の神域を体験させてくれるから、期待を感じながら歩き出すと、意外にあっさりと境内に到着。

なんだか寺院っぽい雰囲気の拝殿に手を合わせ、説明を読むのだがいまいち良く分からない。なんでも、現在の主祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)であるが、明治の神仏分離令以前の祭神は牛頭天王(ごずてんのう)であり、その牛頭天王というのは釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされ、日本における神仏習合の神であるという。京都の祇園社(現八坂神社)の主祭神も現在は素戔嗚尊であるが、かつては同様に牛頭天王であったという。つまり明治の神仏分離令以前の江戸時代には徳川将軍家の菩提寺である寛永寺の支配下にあったという名残が、境内全体に漂う仏教寺院っぽい雰囲気に繋がっているということらしい。

そんな訳で拝殿の裏に回ると、この寺社の特徴でもあり、かつての主祭神である牛頭天王が非常に重視されるという陰陽道との関連を示すように、小さな境内社がいくつも立ち並び、それらが向き合うのは本殿の裏の面に設けられた9つの穴。これらは生年月日に応じた運命星によって定められているようで、その穴にお賽銭を入れて、また向き合う境内社にも手を合わせることにする。






















2014年2月2日日曜日

斐伊神社(ひいじんじゃ) 不詳 ★★


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所在地 島根県雲南市木次町里方字宮崎
主祭神 素盞嗚尊
様式  大社造
社格  式内小社、旧郷社
創建  不詳
機能  寺社
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須我神社の山登りで噴出した汗が引かず、到着した斐伊神社(ひいじんじゃ)前の人気の無い空き地で風邪を引かないように着替えをする。この時点でまだ8時半なのでここまでは予定通りにこなしていることになる。気持ちを落ち着かせ一車線でまっすぐ伸びる木次線のすぐ脇に鎮座する斐伊神社(ひいじんじゃ)を参拝する。

この斐伊神社(ひいじんじゃ)、宮崎大明神とも呼ばれているそうであるが、一の鳥居をくぐるといきなり相当な急勾配の石階段。その右手には二股に分かれたとてつもない大木が目に飛び込んでくる。

勾配に立っているのでその圧迫感は更に強烈になるが、幹の表情などとにかく普通ではなく、御伽噺にでてくるような霊気を漂わせるような神木である。その上の境内はそれほど広くなく、社殿もこれといったインパクトは無い。

ただしこの斐伊神社の凄いところは、境内をでて、すぐの線路を渡ってまっすぐ100メートルほど路地を行くと右手に見えてくるこんもりとした小さな森。なんでも素戔嗚尊(スサノオ)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治しその8本の角を埋めた場所に杉が生え、「八本杉」をして祀られている場所であるという。

ちなみに、この八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は「日本書紀」での表記で、「古事記」では八俣遠呂智となっているという。

更にだが、同じく「日本書紀」では素戔嗚尊(スサノオ)といい、「古事記」では須佐之男命(スサノオノミコト)と表記されており、八岐大蛇の尾から出てきた例の剣も、「日本書紀」では草薙劒(くさなぎのつるぎ)で、「古事記」では草那芸之大刀(くさなぎのたち)らしい。なんとも複雑な・・・

住宅街の中に森の一部が切り取られたような背の高い8本の杉。その杉をしたから見上げていると、なんだか自分も古代の時間にタイムスリップしたような気分に陥る。行き交う人の姿も見えないなんとものんびりとし、ひなびた感じの田舎の風景。なんだか映画に出てきそうな田園だなと思いながら、なかなか来ない電車がどんな姿かを想像しながら、再度線路をまたぐことにする。
















2013年7月24日水曜日

八坂神社(やさかじんじゃ) 656 ★★


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所在地 京都府京都市東山区祇園町北
主祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと),櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと),八柱御子神(やはしらのみこがみ)
通称  祇園さん
社格  二十二社(下八社),旧官幣大社
創建  656
機能  寺社
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詰めすぎた行程と思いのほかの京都のスケール感の為に、予定にないタクシー乗車を繰り返してしまったためもあり、経費削減の為に南禅寺から折角だから八坂神社まで歩いてみようと提案すると、意外や意外、妻は「いいよ」とのこと。

「実は結構距離があるんだけど・・・」

という情報は隠しながら、「途中に結構有名な見所もあるし楽しいかもよ」と妻のモチベーション維持に努める。

「あわよくば、南禅寺のように夜になっても自由に境内に入れるタイプの寺院かも・・・」と大らかさを期待していた浄土宗総本山の知念院。残念ながら大きな三門は硬く閉じられている。その塔頭である青蓮院門跡前の立派な樹木をせめてカメラにおさめ、「こんなに遠いとは聞いてなかった・・・」と言わんばかりに、徐々に口数の少なくなってきた妻からの無言のプレッシャーを感じつつ歩を進める。

知念院の脇を抜けてたどり着くのは円山公園の北入口。この円山公園、寺社でないにも関わらず、JRの「そうだ 京都、行こう」キャンペーンにも登場する京都の名所の一つ。日本の都市公園100選にも選ばれている。

その円山公園を抜けていくと見えてくるのが朱色の鳥居。京都に来るたびに何だかんだで足を運ぶ事になる神社だが、やはりいつ来ても多くの人で賑わいを見せている。なんといっても7月は京都の夏の風物詩である祇園祭の真っ只中。そのメイン会場と言えるのがこの八坂神社。ただしこの時期は神様が神輿にのってお出かけ中なので、お参りしてもご加護は無いよと何人かの京都人に言われる。

この八坂神社(やさかじんじゃ)。二十二社(下八社)の一社に数えられる由緒正しき寺社。全国にある約2,300社とも言われる八坂神社やその関連神社の総本社であり、「祇園さん」として愛されている。

街中にある神社ではあるが、やはり神社と言う事で夜間も境内が出入り禁止になることは無く、南の表参道だけではなく、祇園の町からやってくる西出口や、先ほどの円山公園からの東口など、四方から出入りが可能になっており、常に多くの人が境内を行き来し参拝をしている、とても開けた境内になっている。

当初は南都の興福寺の支配下に置かれていたが、10世紀末に延暦寺がその末寺とし、その後足利義満によって比叡山から独立させられたという、なかなか波乱万丈な生涯を送っている神社。

折角の祇園際なので、夜にその雰囲気を堪能しにくることにして、文句言わずに歩きとおした妻のリクエストに応えることにして、祇園どおりの「よーじやカフェ」でコーヒーを飲んで一息入れて、その後は歩いて水辺の身体スケールの街並みを体感しながらホテルまで歩いて帰ることにする。