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2016年2月6日土曜日

展覧会 「村上隆の五百羅漢図展」 森美術館 2016 ★ 

「村上隆の五百羅漢図展」 

アーティストでありながら、芸大で博士号まで取得し、自らの作品制作だけでなく、若手へのチャンスを提供するために、「GEISA」なるイベントを企画し、「スーパーフラット」という造語を創りだし新しい世界文化のあり方を再定義し、サブカルチャーやフィギュアなどを世界的なアートの文脈に押し上げ、日本よりも先に世界で評価を得たアーティスト。それが村上隆。

いわゆる日本人のイメージする、コツコツ作品を自らの手で作り続けるという像からはまったくかけ離れ、その制作に対する態度も本展覧会の一部「制作プロセスとモチーフ」で展示されるように、自らのスケッチや指示書をもとに、多くのスタッフをプロジェクトごとに抱えて何日も徹夜を続けて作品を作り上げるそのシステム。行き着くところは自らがその場にいなくても作品が生み出されるシステムを目指しているようであるが、その体制があるからこその、会場を埋め尽くす大量の作品。そしてそれぞれの作品が日本人アーティストとは思えないほどの巨大さ。

それは非常に分かるし伝わるのだけど、個々の作品が、そしてその全体にたいして、何か興味深い印象を受けたかとか、何か感じるものがあったかといえば、明らかに「No」であり、それは横の妻も同じ様な印象だったようである。一体美術館が何を期待してこの展覧会を今ここで企画したのか非常に疑問が残りながらエレベーターで高層ビルを下りていく。



展覧会 「フォスター+パートナーズ展:都市と建築のイノベーション」 森美術館 2016 ★★

森美術館で行われている 「村上隆の五百羅漢図展」 を見に行こうとしたら、同時にイギリスの超有名建築家であるノーマン・フォスターの展覧会も同時にやっているようなので、「一体どうやって展示室を分けているのだろうか?」と不思議に思い六本木に到着する。


そうしたら何のことはなく、通常の森美術館の展示室のある階の一つ下の階で、展望台となっている東京シティビュー内の内側を「スカイギャラリー」と呼んで、少しでも空間の有効活用として展覧会を開催している様子である。

しかしかつては展望台だけの機能であった東京シティビューはゆったりとした空間で眼下に広がる東京のパノラマを見ることができたのだが、そこにある種強引に展覧会を押し込んでいるので、動線が混み合ってしまって、展望台に来た人も、展覧会に来た人もかなり窮屈な思いをしながら先を進むことになる。恐らく「インバウンド」の外国人旅行者が増え、それに対応するために少しでも多くのコンテンツを用意し、その都度料金が発生するようにと利用可能なものは少しでもコンパクトにしつつコンテンツを重ねていくという商業主義の臭いがプンプンしてくる気がしないわけでもない・・・

それにしても、世界の多くの都市でこのようなノーマン・フォスターの展覧会を行っているような気がするが、これは一体どのような意図が隠れているのだろうかと想像を膨らませながら、展示される大小様々な模型を見ながら先を進む。

ザハ・ハディド事務所に勤めていたときにも思ったが、やはり世界の一線で活躍する建築事務所というのは、展覧会が常の世界のどこかで開催されており、建築の展覧会ということでどうしても模型がかなりのインパクトを持つことになる。その為に古いプロジェクトでも必ず作成した模型はしっかりと倉庫を契約してよい保存状態に保っておく。そしてこの様な世界各国での展覧会に専門業者の手によって運ばれていく。同じこと東京でやろうとしたら、そのスペースだけでオフィスの経営業態をかなり圧迫することになるのは想像に難くない。などと、かなり下世話なことに想像を馳せながら先を進む。

場所によっては写真を撮ってはいけない模型があったり、かと思えば大丈夫なものがあったりと、恐らくプロジェクトの性質上、クライアントとの契約でそうなっているのであろうが、展覧会に来ている身としては非常に分かりにくく、まるで監視するようにあちこちに立っている美術館関係者の顔色を伺いながら撮影となる。

上記したように、円形をしたフロアの外周にそって進む展覧会で、その外には展望台としての機能を求めてきた人たちもいる訳で、その余白のスペースに大小様々な模型が所狭しと置かれているために、どうしても動線は時にかなり厳しくなる。

「やはり、ここで展覧会をするのはかなり無理なのでは・・・」と思って調べてみるが、今後も「美少女戦士 セーラームーン展」や「ジブリの大博覧会」が計画されているようで、これは2016年からの試みなのかと少々腑に落ちない。

しかし、この様な外国の規模の大きな設計事務所での仕事ぶり、そしてそこで働く雰囲気を動画などで実際に見ることができるというのは、これがきっかけになって「海外で外国人と一緒になって働くなんてかっこいい」、「自分も同じように世界に出て、彼らと同等に働いてみたい」と思うような若者もきっといるのだろうと想像する。

昨年久々に訪れたイギリスの母校のAAスクールでも、長く教鞭をとっている日本人教員が「長らく日本人の生徒を見なくなった。今の若い人はもう外の世界に出てやってやろうと思うことがなくなったんだろうね」となんとも寂しい表情で語っていたのを思いだす。

実際に外に出るのは思ったほど難しくは無いが、その先いつか訪れる「いつまで外にいるのだろう。。。」、「いつか日本に戻らなければいけないし、その時にこの海外での時間はどういう意味を持つのだろう・・・」という終わりのない不安と葛藤は誰もが体験することであるが、それでもまずは日本だけが世界の全てだと捉えずに、少しだけでも、一歩だけでも、多くの若者が世界にでていくことのきっかけにこのような展覧会がなることを期待して、上の階へと足を向けることにする。



2014年1月31日金曜日

展覧会 「アンディ・ウォーホル展:永遠の15分」 森美術館 2014 ★★★

久々の帰国時に、こういう素敵なイベントが重なるのは友人達に合う機会をもたらしてくれるのでなんとも嬉しいものである。

毎回送って頂いている招待券を見てみると丁度東京にいる間にオープニング・レセプションが行われると言うことで、妻ともども仲良くしてもらっているアート関係の友人に連絡を取って、レセプションで落ち合ってその後久々の夕食にでもと約束を取り付ける。

急な熊本行きが入った為に、押し出されるように日付を変えられた妻の希望のディズニーシーの為に、一日歩きっぱなしで棒の様になった足を引きずりながら到着する六本木ヒルズ。せっかくだからと買い込んだお土産のディズニーのビニール袋をやや恥ずかしげにクロークに預け、「良くぞこれほど集めたな・・・」という数のウォーホル作品を駆け足で眺めていく。

思い起こせば建築を始めて一年ちょっとで行った学校の課題のテーマが、「好きなアーティストの為の美術館を設計せよ」ということで、アートのことも建築のこともまったくわかっていなかった二十歳そこそこの時代に、たっぷり悩んで選んだのがこのアンディ・ウォーホルだったのを思い出す。

バスキアを選んだ親友と、若いなりにやれやこれやと本を読んで、建築を通して様々な世界を知ることが出来る喜びを感じ始めていた青春時代を思い出しながら、その設計した美術館での展示作品とした選んだ作品達の視界に捉えながら早足でレセプション会場へと向かうことにする。

毎年新年会にご招待してくださるアート業界の友人と、ギャラリストの友人も駆けつけてくれ、「近場で・・・」ということで、六本木ヒルズの中に新しく入ったというイタリアンで乾杯し、たまたま電話をくれた高校時代の友人も合流してくれて、やっと久々の帰国で、リラックスして東京での楽しい夕食を楽しむことができた。

「会期中にぜひもう一度、今度はゆっくりと」と招待券をくれる友人だが、「あいにく自分は明日から山陰への巡礼の旅に出てしまうので・・・」ということで、その高校の友人にチケットを渡していかにも東京らしく、せまった終電に乗り込む為に地下鉄の階段を駆け下りることにする。

2014年1月12日日曜日

日本人の建築家

日本人として建築を学んでいるだけ、実はとてつもなく多くのものを学んでいるんだと、海外で仕事をするようになって初めて気がつく。

生活を営むすぐ近くに、建築の歴史の中でも大変意味を持つ傑作から、現代建築の最先端のディテールや素材の扱い方をする建物などを、直に体験し、見て、学ぶ事ができる。

日常の中に最高レベルの教科書がごろごろ転がっているようなものである。

六本木ヒルズなどは、世界中のディベロッパーが参考の為に視察に来る様な世界最高峰のショッピングセンターの在り方を提示するだけでなく、地形と動線を立体的に処理する高度な設計や、過度にならずに統一感を与えるショップ・フロントの設計など、実際に自分で設計をしてみると、「あれ?」と思う事が見事に処理されている例である。

そうかと思えば、モダニズムの開始から、前川、丹下、菊竹、と重厚な建築とそのディテールを実際に見ることができ、それに続き安藤、伊東などの世界的に評価された建築に入る事ができ、そしてSANNAや隈研吾など、伝統とモダンを融合させる繊細な建築ディテールと空間を学ぶ事ができる。

それが意識することなく、ただただ生きているだけで身体に染み付いていること。見ていること。その環境がどれだけ恵まれているか。そして望めば、何百年前の木造建築まで同様に体験でき、同様にディテールを実際に見ることが出来る。

人の想像力がどれだけ凄かろうとも、やはり知っているものをベースに広がっていく。つまりは建築家として身体の中にどれだけ建築体験が入っているか、蓄積されているかがその境界線となってしまう。

そう考えれば考えるほど、特に若い建築を志す人や学生は、できるだけ上質な日本の建築を実際に見て回ることをするべきだと思う。それを出来るだけ自分の身体に取り込むことが将来に大きく身になって返ってくるのだと、大学などでもっと伝えるべきだと思いながら、自分の身体にももっともっと良いものを吸収していかないとと思わずにいられない。

2013年11月8日金曜日

見下ろす東京

先日、六本木ヒルズの森美術館に展覧会を見に行った折に、高層ビルから見下ろす東京の街を見て思う。

一体この眼下に広がる街の中に、どれだけの土地が空いていて、どれだけの人がそこに新しい建物を建てようと思うだろうかと。

建築家という職業は、もちろん様々な形が存在する。行政の側に入り、都市計画や規制などを作っていく、言わば建つものの設計に携わらないものもいれば、ディベロッパーの側となり建築家に発注する側となるものもいる。

建物の設計を日常の業務とするものでも、ゼネコンなどで巨大企業が手に入れてくる大プロジェクトに対して、構造、設備、環境などの各分野ごとに設計に関わっていく人もいれば、ハウスメーカーや不動産会社の一員として、パッケージ商品として効率とコストを徹底的に苛め抜き、少しだけお洒落な雰囲気を演出する人もいるだろう。

そしていわゆる世間一般がイメージする建築家の様に、事務所を構え、個人住宅などを主に手がけて、いわゆる「先生」的な生活をするアトリエ事務所と、そこに勤める多くの所員建築家。その規模は数十人という大所帯もあれば、一人二人という小規模のものまで果てしない。

これらの建築家にとって、設計する対象があるというのがまずは存在の大前提となる。どんなに設計が優秀でも、それを発揮する機会がなければ仕事が続かない。どんなに賢い先生でも、事務所を回していく経済概念がなければ設計を続けられない。どこかで、どうにかして、仕事を取ってこないといけないし、その仕事でお施主さんを満足させ、世間に発表できる良い仕事を続けていかなければいけない。

そういう訳で、建築家が仕事も取ってこないといけないのが、このアトリエ事務所の大きな特徴。設計しか学んでこなかった人間が、そんな簡単に営業のスペシャリストになれるわけも無く、ハウスメーカーやゼネコンではもちろんその職責は切り離されている。設計畑は設計だけに時間を情熱を費やす事ができる環境を手に入れる。

建築家にとって、どこかの誰かが家を、建築を建てようと思った時に、その選択肢に自らが乗っていることが仕事への第一条件となる訳だが、その前提の前に、「誰かが建築を建てようと思う事」が必要となる。そして弱肉強食の自由経済の中では、組織の存続の為に大企業も大御所事務所も牙を剥き、獰猛さを剥き出しにしてその仕事を取りに来る。

一つの空き地に群がる建築家達。

市場経済では如何に他社と差異化をなすかが重要となるので、それぞれがどうにか付加価値をつけようとする。ある人は環境建築を謳い、ある人は税制の優遇への知識を旗とし、あるものはコネを使って信頼を得ようとし、あるものは雑誌などに取り上げられている華やかさをアピールし、ある物は長期的なビジネスプランまで作成し、解体から建替えまでをセットとして施主に迫り、既に設計だけの土俵というもの自体をひっくり返す。

そんな獰猛なる市場経済の中にぽつねんと放り出された無垢な建築家。スター建築家制度が蔓延する学校教育の中温室栽培の様に育てられ、いつか自分にもチャンスが巡ってきて、誰もが思いもしなかったアイデアと建築言語で一躍表舞台に踊りだし、自分も学生時代に舐めるように見ていた建築雑誌の紙面を賑わしこの国の風景を変えていく。そんな純粋で穢れの無い若き建築家が、この荒廃した東京の大地に放り出されているのを想像する。

土地の数だけ建物があり、建物の数だけオーナーがいる。

アベノミクスは、その既に「持てる者」を更に裕福にし、局所的な富の集中を生み出した。既に建ち切ってしまった東京の街。どこもかしこも建築で埋め尽くされてしまっている。建築家が設計という学問を始めた当初に喜びを感じた分野で日常を過ごせる時代はとうに終えたということだろう。

富に明るい「持てる者」は、更なる富を欲望し、彼らが求めるのは風景や街並み、良質な空間よりも、より確実で高い賃貸収入であり、不動産投機としての回収プランである。

視界のはるかかなたにのっぺりと広がる住宅街。そこにも空き地は見えないくらいに埋め尽くされて、数十年前よりもはるかに少ない新築住宅の着工数、そして建替えやリノベーションなどのプロジェクトを含めても、明らかに今までの様に建築家が社会の中で同じ数を保持していくのは難しいのは誰の目にも明らかであろう。

既にネットワークを構築し終えたエスタブリッシュされた「先生」のいる事務所はまだ血を流しながらも生きながらえる事ができようが、これからそのジャングルに飛び込んでいこうという若い建築家は、ジャングルの厳しいルールすら知らずに、地図もコンパスも持たず素手で森の中に迷い込むようなもの。

そんな彼を誰も護ってくれない。少なくなるパイを誰もが競い合って手を伸ばす世界では、誰もが「品」などかまってられず、ただただ自らと自らの組織のみが生き残ることを至上目的とする。

足元に広がる東京の風景。7年後のオリンピックということで笑ったのは間違いなく「持てる者」達。そしてこれから「持てる者」の仲間入りを果たそうとするものたち。

いつ命を落とすか分からない大海原かジャングルか。そんな東京の風景を見ながら、この街を拠点に建築設計活動を行っていく事の不可能性に再度思いを馳せる事になる。