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2015年12月30日水曜日

ラマ島(Lamma Island,南丫島) ★★



普段から仲良くしている香港人の旦那さんと韓国人の奥さんが経営している韓国料理のレストラン。そこに勤めるアメリカ人の若い女の子が先日香港に行った際に、中心部を観光したがあまりピンと来ないとそのオーナーにメールを送ったところ、「それなら足を伸ばしていってみたほうが良い」とアドバイスしたのがこのラマ島(Lamma Island,南丫島) 。

群島である香港の、最大の島がいわゆる香港島。地図を見ても分かるように、その周辺にはいくつもの島が存在し、セントラルからフェリーで30分などでいけてしまい、香港に住む人も休みにビーチで憩いの時間をすごしたりする場所だという。

「中心部より断然良かった」というそのスタッフの女の子の声に推され、せっかくだからと自然の残る香港の風景も見ておこうと足を伸ばすことにする。朝早く出発し、セントラル駅周辺の有名なお粥屋さんでいかにも広東というおいしいお粥で腹を満たし、セントラルからフェリーに揺られ、ウツラウツラとしているうちに到着したのは島の北西部の溶樹湾(ヨンシーワン)と呼ばれるフェリー乗り場。

このラマ島には二つのフェリー乗り場があり、この溶樹湾と島の南東部に位置する索罟湾(ソッグワン)。それぞれの乗り場から歩いて40分くらいで南西に位置するビーチに辿り着き、そこからまた30分ほど歩くとそれぞれのフェリー乗り場に到着し、その周辺には港町が開けており、海鮮料理が食べられるレストランや土産屋が軒を並べるという訳である。

このハイキング道、なんと言っても特徴的なのは島の西側に位置する巨大な火力発電所に立つ3本の巨大な煙突。それが大体どの場所からも良く見えて、さすがに「場所によっては2本に見える」なんてことはないが、徐々に遠くなるその姿は香港の夜景を支えるエネルギー供給地としての姿はなんともシュールである。

それほど高低差はないといっても、さすがにところどころでは汗が噴出すような坂道があり、その代わりではないが、中心部と打って変わってほとんどすれ違う人もいなく、自然と海の眺めをゆっくり楽しめる。

途中で名物だという豆腐花で糖分を補給し、ゆっくりと約1時間半、長い間変わらず昔のままの風景を残しているこの島の景色を楽しむことにする。
















2014年8月21日木曜日

「サウスバウンド 上・下」 奥田英朗 2005 ★★★★

丁度いい本というのがある。出張や旅行に出かける時に、かならず持っていくのは、ハードカバーの建築の専門書数冊。そしてブックオフなどで買い求めた数冊の新書。それに少々難しいめの文庫数冊。そこにプラスで持っていくのが、読むのに頭を使わなくてすむ娯楽文庫。読んでいてただただ楽しいこれらの本。ほうっておけばどんどん読み進めてしまうので、自分で「今日はここまで」と決めなければいけないタイプの本である。

そんな本の一つとして最近やたらと気にいっているのがこの奥田英朗。「最悪」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「オリンピックの身代金」と最近立て続けに読んでいるが、テンポの良さと時代背景を巧く繁栄したストーリー展開、それにテーマごとに良く取材をしてあるのか、破綻をきたさない人物と物語の設定で、「あるある」と共感をしながらサクサクとページを進めてしまうので、仕事で疲れた脳の疲労回復にももってこいと重宝している。

そんな訳で通りがかった恵比寿の古本屋が閉店セールをしている為に立ち寄って手に取ったのがこの一冊。あまりタイトルを気にして読み始めなかったが、読み終えて始めて「サウスバウンド」が「South Bound」であり、つまりは「南行き」を意味していることが良く理解できる。

恐らく休暇で訪れた沖縄、しかも離島で時間を過ごす中で、驚くような忙しなさで一分一秒が進んでいく都会とはまったくかけ離れた時間が流れているこの場所の在り方、空気を物語りにしたいと思い始めたのが最初だったのではと勝手に空想してしまう。

その対極におかれるのが、東京の中でも下町でも山の手でもない場所として描かれる「中野」。ブロードウェイやサンプラザといった名所が日常の中に溶け込んで、そこで幼少時代を過ごす子供の視点で物語りは描かれる。ビルの屋上から銭湯を覗き、自転車で汗をかきながら到着する山手線の内側。そんな決して都会っ子ではないが田舎育ちでもない普通な東京の子供達の姿が描かれる。

そんな二つの風景を繋ぐのは、かつては過激派として名を馳せた父親。その父親と駆け落ちしてずっと寄り添う母親。過去のことはあまり多くを語らないが、いわゆる普通のサラリーマンのお父さんでは無い父は自分の思想に忠実に毎日を生きていく。その父が都会の中と、沖縄の地ではまったく違って子供の目に映るものまた「南行き」の成せる業であろう。

これといって物語の大きな流れが最初から提示されることも無いので、話についていくのがしんどいかと思えばそんなことはなく、ただただ面白い。「子供時代のことをよくこれだけ生き生きと書けるな」と関心してしまうほど、子供時代の気持ちの動きの描写が優れている。

ちょっとしたことが面白かった毎日。執拗に絡んでくる不良など、どうしようもなく不条理なことがあったこと。決して逃げられなず、自分が生きることのできる世界には範囲があったこと。そしてそれは成長と共に、徒歩から自転車、そしてバスや電車と徐々に広がっていったこと。その中でも大人の存在と言うのは圧倒的であったこと。

子供には大人からは決して見えない世界のルールがあり、その中で嫉妬や羨望が絡まりあり、様々な感情に振り回される。暴力という不条理に物を言わせ、無茶な要求を迫る不良。そこからはどうやっても逃げられない無力さ。年上に助けたもらったとしても、「チクッた」として更に執拗な不条理が襲ってくる。そんな終わりの無い世界。

主人公が住んでいるのは、東京の中にポツンと浮かぶ島。それがたまたま中野周辺にあっただけである。あるきっかけで母親の実家があるという四谷に足を運ぶが、そこは自分達とはまったく違ったお金持ちの生活が待っている。距離だけではない心理的な差も含め、そこはまた別の島が漂っている訳である。

そんな主観的な島が幾つも浮かんでいるので現在の東京であり、それを縦断的、横断的に理解し、使いこなし、楽しむのは、この都市に何十年も住みながら、常に色々なところへと足を運ばない限り無理であろうと思えるほどの規模まで成長したのが現代の東京である。

そんな東京に浮かぶ中野の島から、今度は物理的にも島だと実感できる沖縄の西表へと移住する主人公家族。結局子供は親の決断に巻き込まれる形で人生のスタートを切ることになるという、現代の「貧困の連鎖」を思わせるような展開であるが、そこに待っていたのは広大な自然と、助け合い、支えあうことで生活が成り立つ、資本主義が支配する都会の生活とはまったく違った風景。

そんな島に吹き抜ける風や、真っ白なビーチ、好きなことを好きなだけ喋ることができるゆったりとした生活のリズムが十分に伝わってくる文章を読んだ後には、妻に「来年には沖縄の島に行こう」と提案せずにいられなくなる。

それにしても、これだけふり幅のある人生を体験することは、子供の人生にとって大きな財産になるのだろうと想像する。知っているものからしか判断を下せない人間の宿命。ならば当たり前が少しの角度を変えたら当たり前にならないということをどれだけ体験として蓄積しているのか。それを多く持っている人間のほうが恐らく変化の激しいこれからの世の中で強く逞しく生きていくことが出来るのだろうと想像する。

来年に、そんな沖縄のゆったりとした時間と空間を経験していることを願って本を閉じることにする。

2013年12月31日火曜日

プーケット ★

「一年、しっかり働いたから、束の間でも身体を精神をゆっくり休めて英気を養う」

自分が納得できるくらいよく働いたと思えるような一年をなかなか過ごすことなくこの歳まできたが、流石に今年は身体も精神もへとへとになるくらい働き詰めだったと思うので、思い切って休みを取り足を伸ばしたプーケット。

普段はどうしても安易な方へと流れてしまう読書の傾向なので、一年を締めくくるにはやはり少々ハードめな専門書をと悩みに悩んで選んだ二冊の建築本。想像していたような「波の音だけしか聞こえない静かな夕闇の中、お茶を飲みながらゆっくり本のページをめくる」というような、如何にも村上作品に出てきそうな時間の過ごし方は叶わず、結局行きの飛行機の中で読み進めただけで、リュックのなかの重しとしてしか機能しなかった重いその二冊を罰ゲームの様に持ち帰ってくることになるのだが、緩んだ神経には緩い内容が丁度いいと言わんばかりに、一緒に持っていった小説はサクサク読み進めることができた。

ワクワク感を感じながら、職業的刺激を探しあてるように向かう巡礼のような旅ではないこのような旅は、その段取りを全て妻にお任せしていたので、ホテルや行き先などの重要項目以外はほとんど知らずに当日を迎える。

現地での移動を楽にする為に、空港でレンタカーをしてホテルに向かう。という段取りだったようであるが、どうもホテルがあまりプロフェッショナルなやり取りをできず、情報が間違っていて、深夜に到着した空港のレンタカー・カウンターはしっかり閉まっているので、あれやこれやと手を尽くして結局タクシーでホテルに。

空港から1時間ほど、ビーチごとに町になっているプーケットの様子を見ながら、「これは初日にカーナビのない車を借りたところで、どうせ運転して到着するのは無理だったな・・・」と思いなおしながらホテル到着。

深夜にチェックインということで、余り英語が得意ではないスタッフに部屋に案内されながら、「この部屋の後ろの敷地で建築作業をしているので、ちょっと騒音がうるさいかもしれません」と飄々と言うので、「明日にでも他の空いている部屋を調べて変えて貰えるように頼んでおいてください」と伝えるが、どうもうまく伝わらない様子。その様子に一抹の不安を感じながら眠りにつく。

翌朝、早速ビーチに足を運ぶことにし、北京に行くからということで、水着を持ってきていなかった妻の為に水着を物色しに近くのマーケットへ。道から外れた奥にあるお店で陽気に話してくる女性の店員に話をすると、なんでも「ビルマ(ミャンマー)から来ている」と。今回の滞在中に何人ものミャンマー人に出会ったが、タイ南部にはかなりの亡命ミャンマー人がいるようである。

なんでも彼女が言うには、ビルマの情勢がやっと安定してきたから、2015年には国に戻るのだと言う。日本にもかなり多いミャンマー人。「いつかぜひ行って見たいんだ」なんて言いながら「今日最初のお客なんだから・・・」なんて中国式の値段交渉で水着とパレオを安く購入してビーチに向かう。

街中では多くの外国人がスクーターをレンタルして足としているようなので、ついでに道すがらのレンタルバイク屋を覗いてみると、上のフィットネスクラブに入って来い。という看板が。

入っていくと、筋肉が盛り上がったシベリアンハスキーのような獰猛な目をし、頭の上からびっしりと刺青の入った軍曹の様なロシア人が対応してくる。普通こういう人は見かけと裏腹に優しいものだと思うがいやはや。「スクーターに乗った事があるか?」と聞いてくるので、「電動スクーターだけど毎日乗っている」と答えると、「俺は、乗った事があるかとだけ聞いたんだ」と、「YesかNoだけで十分だ」と言わんばかりの圧迫感。「満タン返しを忘れるな」と言う言葉を聞きながら、逃げるように外にでる。

外にでて、「あれはどこかの傭兵だったに違いない。絶対に人を殺している目をしている。」なんて勝手に想像を膨らませ、近くのレストランで本場のトムヤンクンのスパイスに舌を痛めながらプーケット生活を開始する。

街中がロシア人とロシア語に覆われているのに驚きを感じツーリズムの恐ろしさを実感しながらも、滞在したカロンビーチからスクーターで南に足を伸ばして、プロンテープ岬やラワイビーチ、プーケットタウンなどを巡りながら妻の調べたレストランなどに向かう。

ガソリンスタンドのおじさんに「これで満タンだよ」と言われて夜に軍曹にスクーターを返却しに行くと、貸し出しの時には何の確認も無かったくせに、無言のままに隅々まで傷をチェックしだし、ガソリンタンクに指をつっこみ、「貸したときは第二関節だったが、今は第一関節だ。満タンといったのに満タンではないので追加料金だ」と何とも理不尽な事を言われるが、こんなところで殺され熱帯魚の餌にされるのも癪なので、さっさと払って後にする。

翌日はホテルで紹介しているツアーに参加し、ピピ島にも足を伸ばしたりしながら、それなりにツーリストらしい時間を過ごし、よくよく考えると野菜が非常に少なく、一辺倒なタイ料理にそろそろ胃腸と舌がやられはじめていく。

軍曹とは違って感じのいいタイ人のレンタル屋でスクーターを借りて、更にいろいろと足を伸ばしては、「今年は一体何日、夕日を見ることがあっただろうか」と思いながら沈む夕日を見ながらレモンジュースで喉を潤す。

何もしない事を目的にするならば、プーケットの様に開発の入ったところで、ビーチ・アクティビティーや色んなツアーのあるようなところではなく、本当に何もする事がないくらいの僻地に行かない限り無理だろうと思い知りながら、押し寄せるツーリズムの波の強烈さを身にしみて大晦日の北京に向かって帰ることにする。