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2015年2月28日土曜日

椿大神社(つばきおおかみやしろ) ★★


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所在地 三重県鈴鹿市山本町
主祭神 大山祇命(おやまつみのみこと)、積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)
別称  猿田彦大本宮
社格  伊勢国一宮、式内社、旧県社、
創建  不詳
機能  寺社
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桑名にイルミネーションを見る前にその先の鈴鹿まで足を伸ばして訪れた神社。F1日本グランプリなどで知られる鈴鹿サーキットがあるので知られるこの鈴鹿市だが、はじめてきてみるがなかなかのどかなところだと分かる。

市街地よりはなれ山に向かって川に沿いながら進んでいくと「椿大神社」の大きな看板が見えてくる。参道前の駐車場に車をいれると、お祓いや参拝に訪れた様々な人の姿が見れる。

なんでも、三重県では伊勢神宮、二見興玉神社に次いで3番目に参拝者数が多い神社と言われているらしく、ここで結婚式を挙げることを「椿婚」と呼んで、多くの神前挙式も執り行われるようで、その広告がいたるところで見られる。

併設する椿会館では食事を楽しんだりみやげ物を買えたりといろいろな楽しみ方があるようで、かなり商業的にも成功しているのが感じられる。どうやらここのとりめしは名物のようであるがすでに昼時を過ぎてしまっていたので次回の機会に楽しみをとっておくことにする。

そんな訳でまだ参道にも入っていないのにここがどれだけこの地域で愛されているかがその賑わいからすでに伝わってくる。森に向かって徐々に上がっていく感じの参道を鳥居をくぐりながら先に進んでいく。

猿田彦大神を主祭神とするが、「猿田彦大本宮」とも呼ばれ、全国多くある猿田彦大神を祀る約2千の神社の総本社とされているという。そのためパワースポットしても有名だという。その由来は猿田彦大神の墳墓の近くに「道別大神の社」としてこの社殿が造営されたのを創始とするからというらしい。

また猿田彦大神は「道案内、交通の神」とされていることから、自動車産業の人が参拝に訪れることが多いと言う。どうりで車のお祓いに訪れる人用の駐車スペースがかなりとられている訳である。

参道の突き当たりに、大きな岩をそのまま階段として利用している先に拝殿があり、その横には「願いを叶える」というご利益があるといわれる「かなえ滝」があったりと、何かとエンターテイメントに満ちた境内であるという印象。

背後にこんもりとした山をいただき、マイナスイオンの溢れてきそうな瑞々しい森の空気の中、微妙にスロープとなった地形を感じる参道。要素としては非常に良い筈なのだがなぜか神聖な気持ちになれないのは、やはり全体に漂う商業主義の雰囲気がそれを阻んでいるのだろうと少々がっかりしながら参道を下ることにする。


















2014年2月1日土曜日

八重垣神社(やえがきじんじゃ) 不詳 ★★


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所在地 島根県松江市佐草町
主祭神 素盞嗚尊(スサノオノミコト)、櫛稲田姫(クシナダヒメ)、大己貴命
様式  大社造
社格  式内小社、県社、意宇六社
創建  不詳
機能  寺社
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真名井神社があまりに観光地化されていないにも関わらず、とてもすばらしい聖域と境内空間を保っていたので、これは「意宇六社」は相当期待できるのでは?と思いながら向かったのはこの八重垣神社。

真名井神社から車で5分ほどの位置に鎮座し、比較的大きな駐車場も整備されており、車で近づいている段階で「これは相当に観光地として整備されている神社だな・・・」と感じることが出来る。

この八重垣神社も意宇六社の一つに数えられ、この地で長く崇拝を集めてきた神社である。旧称は佐久佐神社(さくさじんじゃ)といい、伝説によれば、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した後、稲田姫命(クシナダヒメ)と住居を構えたのが須賀(現在の雲南市大東町須賀)の地(須我神社)であり、後に現在の地に遷座したという。

その素盞嗚尊と櫛稲田姫の故事から縁結びの神社として信仰を集め、多くのカップルや女性参拝客の姿が境内のいたるところに見られた。いつの時代でも神社を支えるのは恋に悩む女性達であり、その女性の気持ちを掴むのはやはり縁結びの神々なのだと納得する。それは現在の日本全国何処でも見られる、明らかに女性参拝客が多い神社に共通することだろう。

観光地化に成功しているだけあって、境内とその付近にはいわゆる「パワースポット」と呼ばれる場所が数々見られる。まずはなんと言っても社殿の後ろに回っていくとすぐに見えてくるのが「鏡の池」。その手前では何人もの女性がしゃがんで何やらお願い事をしている様子。

というのも、この「鏡の池」は、その奥に鎮座する「奥の院」の手前に設置されており、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治している間に、稲田姫命(クシナダヒメ)がこの奥の院で身を隠している間に、鏡の代わりとして自らの姿を映したとされる池である。

その伝説から、社務所で薄い半紙を購入し、その中央に小銭を乗せて池に浮かべ、遠くまで流れていけば、遠くの人との縁があり、早く沈めば、縁も早く訪れるという占いができると言われている。どこかでも同じようなことを見かけた気がするが、やはり目の前の女性達はまさに真剣に手を合わせながら自らの紙の行方を追っているようである。

「少しでも早く・・・」という重いからか、思い100円などのほうが重石としての効果を発揮するようで、池のそこには10円や100円玉が煌いている。

境内に戻るところには、この八重垣神社に3本あるという、二股に分かれた椿、夫婦椿のうちの一本を見ることが出来る。後の二本は境内に一本と、社殿の正面、道を渡った場所に一本生えている。

事前の調査で、この神社だけ参拝時間が9:00~17:00と表記されているので、なぜだろうといぶかしんでいたが、これだけ観光地として人気を集め、社務所で半紙を買わないと鏡の池での占いが行えないとなると、恐らく過去に「聞いてないぞ」というクレームでも入ったのだろうと勝手に想像する。

恐らくこの神社を目指して多くの観光客がこの地を訪れているのだろうと思えるなんとも心地の良い境内の空間。大社造の社殿の前にかかる太く立派な注連縄の姿も含めてやはり山陰地方を代表する神社であるのは間違いないだろう。














2013年7月20日土曜日

大斎原(おおゆのはら) 2000 ★★


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所在地 和歌山県田辺市本宮町本宮
主祭神 家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)
社格  官幣大社、別表神社
本殿の様式 入母屋造
創建   不明
機能   寺社
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世界遺産
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本宮を出てるとすぐに目に入るのが大斎原への道を示す大きな看板。

その指示に従って田圃道を少し南にいくと、道すがら熊野本宮大社の末社の産田社(うぶたしゃ)が見えてくる。総てを産みだした「産土(うぶすな)」の神と崇められている「伊邪那美尊(いざなみのみこと)」を主祭神としているというので、折角だから参拝していく。

その後左右をよく実った稲穂で覆われた厚みのある田圃で縁取られたまっすぐな道を歩いていくと、遠近感をぶっ飛ばしてくれるような巨大な鳥居が前方に待ち構える。

パワースポットとして近年注目を集め、テレビでも映されることが多かったこの大鳥居。しかし実際に立ってみないとこのスケール感は感じられないなと納得。もちろん古代からこのサイズの鳥居が建てられて訳も無いが、ここが聖地熊野の中でも重要な場所であるということが伝わってくる。

熊野本宮大社の旧社地で、明治22年に発生した熊野川の大洪水によって流されたかつての社殿を山の上に移築した為に、2000年にかつての社殿地であるこの地に、巨大な鳥居が建てられた。その規模は高さ34mという日本一の大きさという。

この地に立っていたイチイの大木に神が降臨したことが熊野本宮大社の始まりとされ、まさに自然信仰の場であることを示している。同じくその後熊野速玉神社はゴトビキ岩という巨岩を、熊野那智大社は那智の滝をそれそれ神体として祀ってきたのにも特徴的である。

鳥居の下から上を見上げても、それはもう高層ビルのスケール感。「鳥居をくぐっている」という感じはまったく受けられない。ならばなぜこんな巨大な鳥居を作る必要があったのだろうか?

この場所が日本最大級の聖なる場所であることは納得するが、この鳥居を計画したときにどんな理由でこの大きさに決定されたのか、この大きさがこの地に相応しいのか、そんなことを思いながら周囲を歩いてみると、恐らく動物が田圃を荒らさない様にとフェンスが張られているのが視界に入ってくる。

聖地もまたある人にとっては日常であり、そこには守るべき毎日の生活があるのだと言われているようでもある。そんなことも含めて、様々な思惑が重なりこの大きさになったのだろうと思いながら、再度鳥居をくぐって次の新宮市へと向かうことにする。