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2016年1月10日日曜日

「四月は君の嘘」 新川直司 2011-2015 ★★★★★


この数年、いろいろなところでその噂を目にすることの多いこの漫画。とにかく評価が高いのと、既に完結していると言うことも手伝って入手して読んでみることに。

なるほど確かに凄い漫画だと納得。今までの漫画のフォーマットを飛び越えて、音楽を使ってすばらしい時間やリズムの感覚をコマ割の間に挿入してくるその方法は、多くの高評価を得ているのも十分にうなづける。

漫画で描かれるすべての要素が濃縮されたそんな物語。ピアノコンクールという多くの人に馴染みの無い世界での熱狂を、リズム、スピード、そしてゾワゾワする感じを駆使して描きながら、その舞台に立っている主人公たちも、普段の生活では普通の中学生であり、その年代の子供たちが感じるどうしようもない恋の気持ちに振り回されながら、一日を棒に振り、誰かと一緒にいても、本当に好きな誰かがはっきりしてしまっている、そんな気持ちにうまく向き合えないままに日々を過ごす。

そんないくつもの物語が非常に良いバランスで複層されており、ショパンからラフマニノフへ、そしてチャイコフスキーへと曲とともにテンポを変化させながらページをめくっていく体験を強いられる。

なんとも独特な音楽を、時間の感覚を伴った漫画体験。人気に推されてズルズルと引きずらず、11巻でスパッと終えたのも、曲の長さには適切な時間があるのだと言わんばかりの心地よさを感じることになる。

2015年12月3日木曜日

コンサート 「Complete Works of Rachmaninoff I: Mariinsky Theatre Orchestra & Valery Gergiev」 NCPA 2015 ★★★★★


ヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev)
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Programme  

Symphony No. 1 in D Minor, Op. 13  / Rachmaninoff 
Piano Concerto No. 1 in F-sharp Minor, Op. 1  / Rachmaninoff 
Soloist: Daniel Kharitonov  
——Intermission—— 
Piano Concerto No. 2 in C Minor, Op. 18  / Rachmaninoff 
Soloist: George Li  
Symphonic Dances, Op. 45  / Rachmaninoff  
——Intermission—— 
Rhapsody on a Theme of Paganini, Op. 43  / Rachmaninoff 
Soloist: Daniel Kharitonov  
——Intermission—— 
Soloist: George Li
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2015年最後となるコンサート。選んだのはやはりヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev)。しかも今回は自ら率いるマリインスキー劇場管弦楽団(Mariinsky Theatre Orchestra)を従えての登場。

プログラムに選んだのはセルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov)。1873年生まれのロシア人作曲家でありピアニスト。高度な技術を必要とする彼の作曲は数あるピアノ協奏曲の中で最難関の一つとも言われているという。

そんなラフマニノフに挑戦するゲスト・ピアニストとしてゲルギエフから声がかかったのは

ダニール・ハリトーノフ(Daniel Kharitonov) 
ジョージ・リー(George Li,黎卓宇,Lí ZhuóYǔ) 

の二人。

ハリトーノフはロシア出身の非常に若いピアニスト。数々のコンクールでの入賞を果たし、ロシア国外でも活躍する有望なピアニストだけあって、1幕と3幕に登場した彼のピアノ裁きは圧巻もの。

そして二人目のジョージ・リー。こちらは中華系アメリカ人で、今もアメリカと拠点として活躍する非常に若いピアニスト。第15回(2015年)のチャイコフスキー国際コンクールでは、二位に入選するなどこちらも今後の活躍が期待されるピアニスト。

今夜に関してはハリトーノフも凄かったが、なんといってもジョージ・リーの演奏が際立っていた印象は否めない。2幕に登場した彼は、小さな身体からは想像もつかないパワフルな演奏で、ラフマニノフに立ち向かい、そのスピードを凌駕していく。なんとも表現しがたいエネルギーが彼の周囲から立ち上り、コンサートホールを満たしていく。そんな錯覚を覚えるほどの演奏。

3幕が終わった後に、一人で舞台に再度現れた彼は、帰ろうとしていた観客の足を止めるのに十分な存在感で演奏を始めると、さらにその場を支配し始める。観客がいるのすら忘れてしまっているのではと思うほどの没頭。そして素晴らしい演奏。

凄い天才が現れたと思わせるのに十分なパフォーマンス。調べてみると、やはり世界中からコンサートの出演以来が殺到しおり、目標としてコンクールも泣く泣く辞退しているようである。久々にCDを探してみたいと思ったピアニストであるが、まだ若いだけにCDが出ていないのが残念。

彼の作品が発売されるまでに、少しでもラフマニノフに慣れしたんでおこうとAmazonでラフマニノフのCDを購入することにする。ショパンにラフマニノフと、素晴らしいピアノ演奏で一年の最後を締めくくることができなんともいいがたい幸福感に包まれて会場を後にする。
ヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev)
セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov)
ダニール・ハリトーノフ(Daniel Kharitonov)
ダニール・ハリトーノフ(Daniel Kharitonov)
George Li(ジョージ・リー,黎卓宇,Lí ZhuóYǔ)
George Li(ジョージ・リー,黎卓宇,Lí ZhuóYǔ)

2015年12月2日水曜日

コンサート 「Chen Sa Piano Recital」 NCPA 2015 ★★

チェン・サ(陈萨,陳薩,Chén Sà)
横の席に座った女性が、何かをしきりに確認しながら演奏に聞き入っているので気になって覗き見をしたら、手元の楽譜を確認しながら、演奏を追っているようである。その一方ステージの上のピアニストは楽譜を見るどころか、楽譜すら持ち込まずに演奏に没頭している。一体どれだけ人生の中で弾いたのだろうと想像をしてしまう。

そのピアニストは中国人のチェン・サ(陈萨,陳薩,Chén Sà)。1979年生まれなのでほぼ同年代のピアニストである。2000年には今日のプログラムでもあるショパン・コンクールにおいてなんと4位入賞を果たし、その後ずっと国際舞台で活躍するピアニストという訳である。

その彼女が今夜のプログラムとして選んだのはショパンのマズルカ(Mazurkas)。1810年生まれのポーランド出身の作曲家であるフレデリック・ショパン(Frédéric Chopin)。その作曲の多くがピアノ独奏曲で占められ、ピアノと言えばショパンという印象の強い作曲家である。

なかでも、ノクターンやワルツなどは日本でも多くのテレビCMに使用され、無意識のうちにそのメロディに慣れ親しんでいるものが多く含まれる。

そしてそのショパンの名を冠したピアノコンクールがショパン国際ピアノコンクール。クラシックの素人の自分でも聞いたことのあるこのコンクールは世界で最も権威のあるピアノコンクールの一つとされ、 5年に一度ポーランドの首都であるワルシャワで開催される。

ベルギーのブリュッセルで開催されるピアニスト、ヴァイオリニスト、声楽家のための国際コンクールであるエリザベート王妃国際音楽コンクール

ロシアの作曲家ピョートル・チャイコフスキーに因んで名付けられ、4年に一度ロシアのモスクワにて開催され、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの各部門を審査するチャイコフスキー国際コンクール

この三つのコンクールをまとめて世界三大コンクールと称し、そこでの入賞者はその後輝かしい演奏家としてのキャリアを積み上げていくことになる。

そんなショパン国際ピアノコンクール。第14回 (2000年) 大会においては中国のユンディ・リ(李雲迪,Yundi Li)が一位を獲得し一気に世界的スターに駆け上がったのも記憶に新しく、最新の第17回 (2015年)大会においては隣国韓国のチョ・ソンジン(Cho Seong-Jin)が一位を獲得するなど、アジア勢の活躍も多く見られるコンクールである。

そしてその舞台を経験してきた今夜のピアニスト・チェン・サが、恐らく血の滲むような練習を繰り返して向き合ってきたであろうショパン。数多ある彼のピアノ曲から選んだのは、マズルカ(Mazurkas )と呼ばれる、ポーランドの各地方の民族舞踊に基づき作曲られた作品群。

一曲一曲は非常にテンポ良くサクサクと演奏が続くのだが、とにかく曲数が多い・・・。恐らく中国人ピアニストとしてこのNCPAで演奏をすることに対しての凱旋的な気持ちもあるだろうし、恐らく多くの親戚や関係者も詰め掛けているために、気合の入り方も凄いものだろうと想像する。

が、二度の休憩を挟んで、それでも続くマズルカ・・・。コンサート終了後妻に電話をし、あまりに終わりが見えなかったマズルカの演奏を、「長すぎのマズルカ」とお笑いのハライチの漫才の様なリズムで伝えて家路につくことにする。
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プログラム
Mazurkas Chopin
  Op.6 No.2
  Op.30 No.4
  Op.63 No.3
  Op.59 No.2
  Op.24 No.3
  Op.56 No.1
  Op.56 No.2
  Op.56 No.3
  Op.59 No.1
  Op.6 No.5
  Op.24 No.2
  Op.7 No.3
  Op.7 No.2
  Op.24 No.1
  Op.6 No.3
  Op.30 No.2
    Op.33 No.4  
 ——Intermission——  

  Op.41 No.1
  Op.41 No.2
  Op.63 No.1
  Op.41 No.3
  Op.41 No.4
  Op.6 No.1
  Op.50 No.1
  Op.50 No.2
  Op.50 No.3
  Op.6 No.4
  Op.33 No.1
  Op.33 No.2
  Op.30 No.1
  Op.63 No.2
  Op.24 No.4
  Op.7 No.1
  Op.33 No.3  
 ——Intermission——  

  Op.17 No.1
  Op.17 No.2
  Op.67 No.4
  Op.17 No.4
  Op.17 No.3
  Op.7 No.4
  Op.30 No.3
  Op.59 No.3
  Op.68 No.4
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フレデリック・ショパン(Frédéric Chopin)

2015年11月12日木曜日

コンサート 「Myung-whun Chung and Staatskapelle Dresden」 NCPA 2015 ★★★

チョン・ミョンフン (Chung Myung-Whun)
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Programme

Piano Concerto No.23 in A major , K. 488
    Soloist: Myung-Whun Chung, Klavier

Mozart 

- Intermission - 

Symphony No.4 in G Major
    Ⅰ. Bedachtig. Nicht eilen—Recht gemachlich
    Ⅱ. In gemachlicher Bewegung; ohne Hast
    Ⅲ. Ruhevoll, poco Adagio 
    Ⅳ. Sehr behaglich 
    (Soprano: Hanna-Elisabeth Muller) 

Mahler 
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昨年に続きチョン・ミョンフン(Chung Myung-Whun 鄭明勳)の指揮するコンサートということで、これは見逃せないとかなりの高額であったが、思い切って購入したチケット。

ピアニストであり優れた指揮者でもあるチョン・ミョンフンであるが、昨年のコンサートは指揮者としての姿だけを見るに留まったが、今回はピアニストとしても演奏も行うということで非常に楽しみにしていたコンサートである。

チョン音楽一家のファンだと知っている韓国人のスタッフから贈られたCDをいつも移動の際に聴きながら深い眠りに落ちているので、その生の演奏が聴けるのに興奮してコンサートホールへと向かう。

前半は一部のオーケストラを従えてモーツァルトのピアノ。非常にリラックスした様子で登場したミョンフンは、何気ない様子でピアノ椅子に腰をかけ、オーケストラに向かって無造作に手を振り上げる。何とも楽しげに、まるでリビングルームでくつろいでいるかの様子。

そしてふと身体を反転させ、鍵盤に指をそえて開始された演奏は、まさに彼の名声を納得させる流石と思わせるに十分なもの。流れるようにモーツァルトの音色がピアノから飛び出し、ふわりとコンサートホールを漂って様々な座席に届く様子が糸の様に見えるかのような体験。素晴らしい。本当に素晴らしい。

素晴らしいだけに普段の習性も助け、抗う意志にも関わらず、アルファ波に完全に呑み込まれ、これは楽しまなければ・・・という遠い声を感じながらも深い眠りの中に落ちていく・・・そんなまどろみの中で過ごした前半のお陰で後半は意識もスッキリし演奏に集中する。

後半はソプラノにハンナ=エリザベス・ミューラー(Hanna-Elisabeth Müller)を迎えてグスタフ・マーラー(Gustav Mahler)の交響曲。フル・オーケストラとなり、タクトを振るのを楽しんでいるような指揮者としてのミョンフン。その横でじっと前を見据えてピクリとも動かずまるでアスリートの様な雰囲気を醸し出すソプラノ。

カーテンコールで鳴り止まない拍手を浴びてお辞儀をするミョンフンを姿を見ながら、こちらもかなりの満足度に包まれつつ、それでもやはり前半の彼のピアノの演奏が何といっても素晴らしかったなと、今度は自分で久々にCDを購入してみようと思いながら会場を後にする。
ハンナ=エリザベス・ミューラー(Hanna-Elisabeth Müller)
アマデウス・モーツァルト( Amadeus Mozart)
グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)

2014年12月7日日曜日

コンサート 「Ivo Pogorelich Piano Recital」 NCPA 2014 ★

イーヴォ・ポゴレリチ  Ivo Pogorelich 

このまま行けば、今年最後のコンサートとなる今夜のピアノ・リサイタル。いつもの様にメンターに薦められるままに購入した今夜のチケット。当日になってやっと予習を始め、どんなピアニストかとプログラムに目を通して夜に備えることにする。

今夜の主役のピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチ(Ivo Pogorelich)は、メンター曰く、現在活躍するピアニストの中でもかなり重要な一人であるという。1958年、クロアチアの首都であるベオグラード生まれの56歳。ロシアに渡り、ピアノの師である年上のアリザ・ケゼラーゼと結婚し、更に才能を開花させ、世界的なピアニストとして活躍するという。

なんら予備知識を持たずに臨んだ演奏だが、前半を終えてメンター夫妻をホールで合流し、感想を言うあう時に、「あまりに強弱の差が激しく、鍵盤を強く打ち付けるので、落ち着いて楽しめる演奏というよりも、緊張してビクビクしながら聴く感じだね」と言い合っていたが、なんと後半のストラヴィンスキーの演奏の途中で、ピアノ線が切れてしまったということで、急遽最後のブラームスの前に予備のピアノが舞台下からせり上がってきて設置されるというアクシデントもあり、観客席の空気もどこか「あまりに強く叩くからだよ・・・」という声がどこかから聞こえてきそうな・・・

帰宅後あらためて調べてみると、やはり「弱音指定の箇所を強打するなど型破りなことでも知られる」と書かれており、「なるほど」となぜか納得してしまう。それでも前半のリストとシューマンでは、俗世からクラシックの世界へ身体を馴染ませる為にどうしても必要な移行期間としてアルファ波に包まれてすっかり眠りの中へ。周囲を見てみても、やはり同じように抵抗することも出来ずにいびきをかきながらウツラウツラとしている男性客の姿も。

まずは1886年、ハンガリー生まれの作曲家でありピアニストであるフランツ・リスト(Franz Liszt)の「ダンテを読んで(After a Reading of Dante Fantasia quasi sonata in d minor)」。

続いてドイツ人作曲家のロベルト・シューマン(Robert Schumann)の「幻想曲 ハ長調 Op. 17(Fantasie for Piano in C major, Op. 17)」。この二曲の前半だけで1時間近く演奏しており、途中からアルファ波の呪縛も解け、曲に集中することができる。コンサートの前半で眠りに落ちると、いつも悩まされている偏頭痛もなんだか楽になったような気がし、少しだけ身体が軽くなって後半を迎えることが出来る。


そんな風に向かえた休憩時間。階下のカフェ前でいつもどおりメンター夫妻に合流し、前半の感想をあーだこーだと話し合う。そんなこんなしているうちに「ゴーン」と後半の始まりを知らせる合図が。

後半の一曲目は昨年末に良く聞いたロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)の「ペトルーシュカ(Petrushka for Piano, three movements)」 。ちなみにペトルーシュカ(ピョートルの愛称)とは、ロシア版のピノキオのことだという。

そしてピアノ線が切れ、観客席がざわつく中断の後に演奏されたのが最後の曲は1833年生まれのドイツ人作曲家、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms)の「パガニーニの主題による変奏曲(Variations on a Theme of Niccolò Paganini in A minor, Op. 35)」。こちらはどこかの広告か何かで聞いたことのあると思える曲で、周囲を見渡してもやっと心地良くリズムに合わせて身体を揺らしている人の姿を視界に捉えることができるほど、有名な曲である。

演奏を終えると、数度のカーテンコールと繰り返すが、今日はピアノ線の切断というアクシデントもあり時間が長引いてしまったせいもあるのかアンコールの演奏は無しのよう。会場をでて時計を見ると既に夜の22時を回っている。

帰り道なので、車で家まで送っていくメンター夫妻と落ち合って、「コンサートというよりはコンテストで必要以上の強弱をつけた脅迫的な演奏が少々痛々しかった」などと勝手な感想を述べながら、来年はどんな演奏に出会い、どれだけ心地良いアルファ波に包まれることができるだろうかと想像を膨らませながら、夜の街へと車を走らせることにする。

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Programme  
 After a Reading of Dante Fantasia quasi sonata in d minor Liszt
 Years of Pilgrimage, No. 7 II G 161 2nd Year: Italy 1858 Liszt
 Fantasie for Piano in C major, Op. 17 Schumann
   
 ——Intermission——  
 Petrushka for Piano, three movements Stravinsky
 Variations on a Theme of Niccolò Paganini in A minor, Op. 35 Brahms
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フランツ・リスト Franz Liszt
ロベルト・シューマン Robert Schumann
イーゴリ・ストラヴィンスキー Igor Stravinsky
ヨハネス・ブラームス  Johannes Brahms


2014年10月29日水曜日

韓国からのCD


韓国人のスタッフが「韓国に戻ったときに見つけたから」とCDをプレゼントしてくれた。

「以前に、バイオリニストのチョン・キョンファ(Kyung Wha Chung 鄭京和) のコンサートが良かったって言ってたから」とその弟に当たるチョン・ミョンフン (Chung Myung-Whun 鄭明勳) のピアノのCDを買ってきてくれたようである。

今年の初夏に指揮者でもあるチョン・ミョンフンのコンサートに行ったこともあり、「ピアニストだという彼の演奏がどんなものか気になっていたんだ」と喜びを伝える。

こうして身近にいる人が、自分が何を好むのかを知っていてくれて、さらにその世界に広がりを持たせようとしてくれることは、なんとも表現しがたい喜びだと痛感する。

国籍も会社での立場も関係なく、一個人としてどんなものを好み、それを共有することができること。SNSで「いいね」と押し合う関係よりも、決して多くは無くとも、こうして深いところで感性を共有してくれる人間とどれだけ付き合っていけるのかが、人生の豊かさに繋がるのだと信じながら、朝の出勤時に車の中で静かなピアノの音に耳を傾けることにする。

2014年3月1日土曜日

コンサート 「Daniel Harding & Yuja Wang and London Symphony Orchestra Concert」 NCPA 2013 ★★★★

今夜のコンサートはいつもと少し違う。というのはいつもの様にメンターのお勧めでチケットを購入したわけでなく、オフィスのスタッフであるイタリア人の勧めで調べたコンサート。

自分がちょくちょくオペラハウスに足を運び、音楽を聴きに行っているのを知っている彼が突然デスクにやってきて、「今度くる中国人のピアニストは、今まで自分が聞いたラフマニノフの演奏で一番良かった」と教えてくれる。「かなりチケットは高いけどもし都合が合えばぜひ見に行ってみては?」と勧めてくれる。

父親が大学教授で、妹が音楽をやっているという相当に文化レベルの高そうな家庭で育ったイタリア北部出身の彼。そんな風に勧められると、この気持ちを無駄にすることはなかなかできない。そして調べるとなるほど680元のチケットしか残っていない。日本円で1万円を超えてくる・・・。妻にも聞くと興味があるというのでそうなると二人で2万円超えかと暫く悩むが、この機会を逃したら一生効くことなく終わるだろうと、「これも出会いだ」と決心しチケット購入。

そんなきっかけで行くことになったコンサート。こんな風に自分が何を好きか知っている人が周りにいて、しかもそれを共有でき、なおかつ自分の素晴らしいと思うものを進めてくれる。極めて個人的体験である音楽を薦めて貰える、そんな贅沢なことは無いかと思う。そして非常にありがたい。いつか自分も「あのピアニストは素晴らしいからぜひ足を運んだほうがいい」と言える様なレベルまで早く達したいものである。

そんな訳で今回のコンサートは「女王陛下のオーケストラ」と呼ばれ、エリザベス2世が名誉総裁(パトロン)に就いているというロンドン交響楽団( London Symphony Orchestra)。かつて住んでいたロンドンを拠点にするオーケストラだが、当時には音楽を聴きに出かける習慣が無かったことが悔やまれる。今ではあの、「バービカンセンター」を拠点にしているという。

そんなオーケストラを率いる指揮者は、若いイケメンのイギリス人、ダニエル・ハーディング(Daniel Harding)。1975年生まれと言うことだから、40歳手前という若さ。ネットで調べると、2012年4月から、軽井沢大賀ホール初代芸術監督の就任となっている。これは軽井沢に足を運ぶ良い言い訳が一つ増えたことになる。

そして今回のゲストは北京出身のこれまた若手ピアニスト、ユジャ・ワン(Yuja Wang、王羽佳)。イタリア人のスタッフが言っていたのは、この女性ピアニストの演奏が素晴らしいということ。相当なエリート音楽家庭で育ち、若い頃からカナダに渡り、今はNYを拠点に世界中で活躍しているようであるが、そんな彼女の凱旋公演となる訳である。

ネットでも色々紹介されているように、その若さが溢れんばかりにかなりのボディコンというか、ミニスカートで登場することでも知られているらしい。もちろん今回も真っ赤なタイトなドレスで登場してきた。そしてもう一つ特徴的なのが、演奏後の挨拶で胸に手を当て会場を見渡し足を交差させて、一気に頭を深く下げるお辞儀の仕方。頭が「ガクン」と音を立てるくらいの勢いである。横を見ると、やはり妻も「・・・」という表情でこちらを見ている。

そしてプログラムはゲストのユジャ・ワンを迎えた前半に、まずはロシアの作曲家であるセルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov)作の「ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30(Piano Concerto No. 3)(1909年)」。ピアニストであったラフマニノフ作ということもあり、相当に高度な演奏技術を要求されるピアノ協奏曲だという。技術的・音楽的要求に於いてピアノ協奏曲の中で最難関の一つとも言われており、若いピアニストが挑戦するにはもってこいの曲である。

そんな高度で高速な演奏を要求するだけあり、演奏の途中でユジャ・ワンの指がまるで何本にも増えたような錯覚を覚える場面が何度かあった。それくらいやはり凄い迫力の演奏である。

そして次は同じくロシア出身のイーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)作曲の
「ペトルーシュカ』 (Petrushka)」。ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽の一つの作品である。

内容はロシア版のピノキオで、正真正銘の人間ではないにもかかわらず真の情熱を感じ、そのために人間に憧れている感情を表現する。ペトルーシュカは時おり引き攣ったようにぎこちなく動き、人形の体の中に閉じ込められた苦しみの感情を伝える曲だという。これにはオリジナルの1911年版と改訂された1947年版があり、今回はその1947年版。

ゲストが退場し、幕間を挟んだ後半はまたまたロシア出身のセルゲイ・プロコフィエフ(Sergei Prokofiev)作曲による、「ピアノ協奏曲第2番(Piano Concerto No. 2)」。

そして最後はオーストリア出身でウィーンで活躍したグスタフ・マーラー(Gustav Mahler)作曲の「交響曲第1番(Symphony No. 1)」。マーラーの交響曲のなかでは、演奏時間が比較的短いこと、声楽を伴わないこと、曲想が若々しく親しみやすいことなどから、演奏機会や録音がもっとも多いという。

そして何より驚いたのが、アンコールに演奏されたのがまた「スターウォーズ」のテーマ曲。「先週と一緒じゃないか・・・」と思いながらもオーケストラの面々は、「それ、盛り上がるだろ?」とかなりのドヤ顔。

「先週のオーケストラもやってましたよ・・・って」誰かオペラハウスの関係者が教えてあげればいいのに、と思うが、そもそもこの様なアンコールに何を演奏するかは、オーケストラ側からハコ側には伝えないのだろうから、そりゃ分かりっこないかと納得する。しかしこれはかなり珍しいことなのか、それともクラシック業界でスターウォーズが流行ってるのか?

ロシアにスターウォーズ。コンサートの中に散りばめられたキーワードたち。これはなにやら意味深なことだと思いながら素晴らしいコンサートを後にする。

ダニエル・ハーディング(Daniel Harding)
ユジャ・ワン(Yuja Wang、王羽佳)
セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov)

イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)
セルゲイ・プロコフィエフ(Sergei Prokofiev)
グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)



2013年12月14日土曜日

コンサート 「Hüseyin Sermet Piano Recital Piano Virtuosos」 NCPA 2013 ★★★★

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Programme

Papillons, Op. 2 Schumann
Scottish Fantasy in F sharp minor Op. 28   Mendelssohn
   
 ——Intermission——  
Pictures at an Exhibition   Mussorgsky
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今年最後のNCPA。

そして何度も足を運んだ中で今年一番だったと思えるコンサートで最後を飾れたのはとても幸福だと思う。

今日はコンサート・ホールにてピアノ・ソロ。なので調べる情報も比較的シンプル。まずは何と言っても、主役であるピアニスト。フセイン・セルメット(Hüseyin Sermet、1955年-)というトルコ人のピアニスト。随分前にメンターが、「NCPAのカレンダーの名前表記が間違っていたから気がつかなかったが、彼は凄いピアニストだからぜひチケットを買ったほうがいい」と強く勧めてくれたピアニストである。

イスタンブール出身というセルメット。日本でも何度も演奏を行っているようで、人気も高いようであるが、とにかくトルコを代表するピアニストの一人だという。

前半一曲目は「Papillons, Op. 2 / Schumann」

シューマンと聞けば有名作曲家の一人だとは知っているがそれ以上は・・・となるとあまりにもあやふやな状態なので調べてみる。ロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810年 - 1856年)はドイツの作曲家で、ピアノ曲の作曲家として世に出たという。その作品番号の1から23番まではすべてピアノ曲。顔を見る限りかなりのイケメンだったようである。

そして今日演奏されるのは、そのシューマンの作曲した「蝶々(Papillons)」。「Op. 2」が何を意味するか良く分からないので放っておくことにする。「蝶々(Papillons)」はシューマンの作曲したピアノ曲で、全12曲からなるという。「曲の中にさらに12曲??」と思ってしまうが、「12曲が合わさって一つの全体を作っている」ということだろうと理解する。


前半二曲目は「Scottish Fantasy in F sharp minor Op. 28   Mendelssohn」

シューマン同様、メンデルスゾーン(Mendelssohn)についても詳しいことは知らない。調べてみるとフェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809年 - 1847年)、ほとんどシューマンと活動時期が被っている。しかも同じドイツに生まれたユダヤ人作曲家。恐らくライバル関係にあったか、良き親友だったに違いないと想像する。写真を見る限り、シューマンとは打って変わってなんとも優しい顔をしている。

そして演奏されるのは「Scottish Fantasy in F sharp minor Op. 28」とプログラムには書いてあるのだが、これがうまく見つからない。恐らく表記ミスではないかと思う。調べるとメンデルゾーンでは「Fantasy for piano in F sharp minor, Op. 28」というのはあるようだが、それがスコットランド幻想曲(Schottische Fantasie)として呼ばれているのか?それとも、スコットランド幻想曲(Schottische Fantasie)はマックス・ブルッフの作品で、表記の間違いであるだけなのか、こういうのがクラシックを聞くのを億劫にする要因であるのだな・・・と思いながらとにかく先に進む。


そして幕間を挟んでなんといっても今日のメインは後半。「Pictures at an Exhibition   Mussorgsky」

モデスト・ムソルグスキー( Modest Mussorgsky, 1839年 - 1881年)の名は恥ずかしながら今日の今日まで聞いたことが無く、上記の二人に比べてもマイナーなのでは?と思わずにいられないが調べてみるとそうでもないらしい。

ロシアの作曲家であるムソルグスキーはシューマンやメンデルゾーンに遅れること30年。1世代下の作曲家となる。「ロシア五人組」の一人というらしいが、それもまったく知らない。ロシアへの距離の遠さを改めて感じつつ、コンペもやっていることだし、この機会にロシア文化を少し調べないとと心に決める。

そして演奏されるのは代表作であるピアノ組曲「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition)」

「タン・タン・タン・タララン・タララン・タ・タン・タン・タン」

何とも心地よいメロディ。どこかで聴いたことがあると思うその調べはやはりコカ・コーラの『紅茶花伝』やキャノンの『IXY600F』など、日本のCMでも多く使われて日本人なら一度は耳にしたことがあるのではないかと思う一曲。これほどメジャーな曲なのに、なぜ今まで作曲家の名前に出くわさなかったのだろうと頭を抱えて写真を見てみると、流石はロシア。凶暴な熊のような風貌で、そのどこにこんな繊細な音楽を生み出す感性があったのだろうと思わずにいられない。

この「展覧会の絵」。特徴的なそのタイトルの通り、ムソルグスキーが友達の画家であるハルトマンの展覧会に足を運び、10枚の絵を歩きながら見て回った時の印象を音楽にしたというピアノ組曲。オープニングで流れる、一番耳に残っている部分でもある「プロムナード(Promenade)」は絵の間を歩いている様子を描写しているらしく、10枚の絵の間を歩くように、曲中に何度も何度も表れて句読点の様に作用する。


以上が本日の基本知識。という訳で何ヶ月振りにオフィスに足を運ばない日曜を過ごし、少し早めの夕食を済ませて妻を後ろに乗せて電動スクーターで中心道路を走っていると、全ての交差点に赤い棒を持った警察が立っている。中心に近づけば近づくほどその数は増えて、ついに停められてしまう。なんでも「車道は走るな。歩道を走れ」と。恐らく超VIPの人物が訪中しており、中心部で会議などをしている為に警戒を高め、少しでもテロなどの恐れがありそうだと思うものは取り締まっているのだろうと想像する。

しょうがないので少し歩道を走って次の交差点に到着するとまた停められて、今度は「スクーターは二人乗りは禁止されているから、下りなさい」と・・・。「はぁ・・・」と思い、妻を降ろし、スクーターを引きながら少々歩く。恐らく重要施設が面する中心道路は、とにかく今日は規制を厳しくしていて、天安門前を通ることは叶わないだろうと判断し、かなり遠回りになるが、天安門を迂回して裏の下町を抜けていく事にする。

暗闇の中に潜む数々の警察官の姿。その行動原理が自分達の常識とは違っていると理解すると、街中に張り巡らされた緊張感が直接身体に伝わってくるようで、風景も違って見えてしまう。なんとか迂回し、無事にオペラハウスに到着したのは予定よりも20分ほど遅れた開演20分前。

いつもの様にメンターご夫妻と合流し、中に入ってみると偶然にも別々に購入したチケットにも関わらず、たまたま隣の席に。「こんな偶然あるんですね」なんていいあっていると徐々に照明が落とされ会場のザワツキが少しずつ小さくなっていく。

日常からコンサートの空間へ変わるこの瞬間。人々がまだお喋りや携帯などをいじっている普段の振る舞いから、コンサートを楽しむ静かな観客へと会場全体が空気を変えていくこの瞬間はなんとも言えない時間である。徐々に緊張感と期待感が会場を包んでいく。それに応えるかのように音楽家が登場する。「さて、今日はどんな音に出遭えるのか?」と。

前半。いつもの様にアルファ波に包まれて半分眠りの中でもなんとか意識の中で音を捉えていたらいつの間にか終わってしまいやってきた幕間。メンターの大好物のジェラートを食べながら後半に備えながら、「寝てたでしょ?」と妻に突っ込まれる。

そして眠気も吹っ飛び、集中して聴けたからではないだろうが、とにかく素晴らしかった後半。ピアニストの鍵盤の下に手を隠すような仕草や、激しく上まで糸を引くように手を持ち上げる様子。空間の中で徐々に小さくなるが、確実に「音」が漂っているのを観客に確認させるようなものすごい「間」。

その自ら創り出した緊張感を会場全体と共有させる。通常数百人の観客がいるのだから、誰かがどこかで咳き込んだり、ガサガサと動いたりとするのが当たり前のコンサート・ホール。そんな中で確実に数十秒間ほどの時間、会場から全てのノイズが消える瞬間が何度も訪れた。錯覚なのかもしれないし、自分が集中していてノイズを聴こえないように脳が働いていたのかも知れないが、全てのノイズが聴こえなくなる。もしくは会場の誰もが緊張感の為に身動きが取れないのか、いずれにせよ凄い瞬間を何度も体験する事ができた。

ビリビリとした会場の緊張感が感じられる、素晴らしい演奏。その度に違った風景が頭の中に見えてくる。「アバター」と「チャーリーとチョコレート工場」、「ビッグフィッシュ」を足したようなオドロオドロシイ風景。巨大な植物が色とりどりに咲き誇るようなジャングルの中を歩いていて、それでいて心地よいファンタジーの世界。

そんな世界を見せられて後にふと訪れる「プロムナード(Promenade)」。まるで現実に引き戻すかのような作用を感じながら次の曲。次の絵に意識を向ける。とにかく素晴らしい演奏。アンコールで披露したのは声が聞き取れなかったので何の曲か分からなかったが、「小さいころに良く演奏した曲」らしく、短いがとても印象的な曲であった。

とても幸せな気分になり、「タン・タン・タン・タララン・タララン・タ・タン・タン・タン」と口ずさんで会場を出ようとすると、横で妻がまたまた悪意のある笑顔で笑っている。「外れてた?」と聴くと、「別に別に」と・・・

厳しい取締りの為に余計な遠回りを強いられた為に、家まで残り3km程のところで残念ながら電池切れ。妻はタクシーに乗って先に帰り、自分はキックボードの様に地面を蹴りながら最後のともし火で動くスクーターを押しながら家に帰って早速インターネットで「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition)」を検索。

便利な世の中になったものだと思うが、権利の問題などもクリアしてフリーでダウンロードできるサイトが幾つかあるようで、さっそくパソコンに取り込んで「タン・タン・タン・タララン・タララン・タ・タン・タン・タン」と足湯をしながら口ずさむことにする。



シューマン

メンデルゾーン

ムソルグスキー



2013年12月7日土曜日

コンサート 「Stravinsky Festival: Valery Gergiev and Mariinsky Theatre Orchestra」 NCPA 2013 ★★

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Programme

 Fireworks, Op. 4  
 Card Game  
 Concerto for Two Pianos  
   
 ——Intermission——  
 Firebird  
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今年最後のオーケストラ。文化の秋に集中的に身体を舞台芸術の空間にどっぷりと浸らせようと意図し、何度も足を運んでオペラハウスだが、残すところ今日のオーケストラと来週のピアノ・コンサートのみ。

いつもどおりに妻とメンターご夫妻と一緒に行くのだが、今回は妻の分のチケットを購入するのが遅れて、離れ離れの席になる。一番お手頃なチケットが既に売り切れ済みで、一つ上のランクの席を購入すると二階席の右手、オーケストラを上から見下ろす形になるシートを購入する。

以前購入していたチケットはオーケストラを後ろから眺めるシートとなり、近くて識者なども良く見えるから素人には良いように思えるが、音響的には方向が逆になりあまり楽しめない場所だという。

そんな訳でまず自分が2階席、妻が1階のオーケストラの後ろに陣取る事にする。普段は後ろの一番上の席の一番お手頃な席を取ることが多いので、どうしても正面のかなり遠い距離からオーケストラを見るのだが、こうして上から表情も分かるほどの距離で見ていると、今までとは違った楽しみ方ができるのだと理解する。

上から見ると良く分かるそれぞれの楽器がどれだけの人数がいて、二人で一つの楽譜を共有して、からなず一人がページをめくっていくだとか、結構自分が参加しない時間が多い奏者は楽器の手入れなど、いろいろと動いているのだというのを見て、やはりこの人たちも人間なんだとなんだか不思議な思いを持ちながら演奏を楽しむ。

本日のコンサートは、メンターが「これは素晴らしいから!」と力をこめて推薦してくれるように、かなりトピック盛りだくさんの様である。まずは何と言ってもストラヴィンスキー。

イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky,1882年 - 1971年)は、ロシアの作曲家で、20世紀を代表する作曲家の一人であるという。ストラヴィンスキーと名前は聞いたことがあるが、時に高価なヴァイオリンの名前とごっちゃになりそうだが、改めて海馬に植えつける事にする。

非常に長期に渡り活躍したというだけあって、ロシアで活動を始め、その後あまりに前衛的な作風の為に台頭してきたナチスに目をつけられたため、アメリカに亡命しハーバード大学などでも教鞭をとるなど、当時の世界的知識人の一人であったことが伺える。

生涯を通して原始主義、新古典主義、セリー主義と作風を変えつつも、一曲聞くだけで理解できるように相当な前衛的な作品を残したようである。中でも初期の3つの作品、『火の鳥』、『ペトルーシュカ』、『春の祭典』は有名で、その中でも『春の祭典』は20世紀最高傑作と呼ばれているようである。プログラムを調べると今日は『火の鳥』、明日は『春の祭典』ということで、少々残念に思いながら、まずは体験することからだと心を切り替える。

今回は世界最高峰の指揮者がロシアトップクラスのオーケストラを率いて、ロシアが生んだ世界的作曲者であるストラヴィンスキーの曲を3日間に渡って演奏するという壮大な
Stravinsky Festival。そのロシア尽くしが良く理解できるように、会場のあちこちでロシア人らしき人たちの姿を目にする事ができた。

さて続いては、指揮者のヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev, 1953年 - )。現代ロシアを代表する指揮者の一人らしく、とにかくメンターが「この指揮者は世界最高レベルの一人だ」と熱弁している姿から恐らく凄い人なんだろうと理解することができる。

彼に率いられているのはマリインスキー劇場管弦楽団(Mariinsky Theatre Orchestra)。ゲルギエフが若く35歳の時に芸術監督に就任したキーロフ劇場から発展した楽団で、サンクトペテルブルクにあるマリインスキー劇場付属のオーケストラであり、ロシアを代表するオーケストラの一つだという。ゲルギエフの指導の下、世界的な名声を得るまでに発展したそうである。

もう一人重要な登場人物である、ピアノのアレクサンドル・トラーゼ(Alexandr Toradze, 1952年 - )。旧ソビエト連邦のグルジア出身のピアニストらしく、その後はアメリカへと活躍の場を移動させるが、とにかくロシアを代表するピアニストらしい。

これらが本日の基本情報で、オーケストラに引き続いて入ってくる指揮者のゲルギエフは如何にもこの世界で何十年もトップをはって戦ってきた雰囲気を身体中から発散させながら中々の雰囲気のある容貌。演奏を始めようとするが「指揮棒を持たずに指揮するのかな?」と思ってよく見ると、爪楊枝のような何とも可愛らしい短い指揮棒を持っている。しかも両手が「何かの薬でもやっているのか?」と思ってしまうほど細かく震えながらタクトを振っていくとても個性的な指揮者。

曲の始まりから今まで体験してきたオーケストラのような、「あ、日本のCMで聞いたことがある・・・」という心地の良い甘ったるく、脳の中でアルファ波が溢れるような心地よさは無く、一発で「さぞや前衛的だったんだろうな・・・」と思えるような不協和音ともいえるような曲の進行。

それでも、「これがストラヴィンスキーか・・・」と有りがたく思いながら聞いていくが、二曲目に入ると時々びっくりさせるように激しく鳴らされるドラムの音などですっかり身体中が緊張してしまう。

その影響もあるのかしれないが、二階席から見下ろしながら演奏を聴いていくと、この「マインド・コントロールにも使えるのでは?」という調べに身体を浸していると、「フラフラ」と目の前の手すりを乗り越えて下に落下していく姿を想像してしまい、その想像を頭の中から搾り出す事ができずに余計に身体が緊張してしまう。

「これは幕間で妻と席を替わってもらわないと・・・」と思って階下の妻の姿を目で追うと、感動しているのか口元を手で覆いながら指揮者を凝視する妻の姿。確かにこの音楽は身体をダラリと弛緩させて聞き入るようなものではないなと思いながらも、「早く幕間が来てくれ」と願いながら演奏を聞き入る。

やっとのことで幕間になり身体の緊張を示すかのようにトイレに向かって出てくると、どうにも見たことのある顔が。オフィスがロシアはモスクワのとても大きなコンペにショートリストされ、この数週間力を入れて進めているコンペがあるのだが、ロシアから来ているインターンの女の子もそのチームに参加していて、その彼女が今日のコンサートにも足を運んでいたようである。

「あれ、ストラヴィンスキー?」と声をかけると、そうだという。「ストラヴィンスキーはロシア人に好かれているの?」と聞いてみると、丁度妻もトイレにやってきたので、インターンの女の子と分かれて妻と一緒にメンター夫妻に合いに行く事にする。

メンター夫妻に「これっていいんですか?相当からだと緊張させるような調べで何とも楽しめないんですけど・・・」と聞いてみると、奥さんも同じような感想を述べていた。まぁ後半に期待しようということで妻に聞いてみると、「口を押さえていたのは隣の席の男性が、あまりにガーリック臭く、体中から発せられるその臭いにとてもじゃないが耐え切れないんだ」という。こちらは高さに参ってしまい、あちらはガーリックに参っているとは、なんとも似たもの夫婦だと思いながら、荷物を置いてきてしまったので席を替わることができずになんとかお互いに後半を乗り切ろうという事で席に戻る事に。

前半の3曲目から登場したピアニスト・トラーゼも幕間と一緒に引っ込んで、通常のオーケストラとして後半は『火の鳥』一曲のみ。さすが名曲といわれるだけあって、前半とは変わって随分楽しめることができた。所々で各楽器がリズムを変える様にしながらも有る場所ではきっちり一つの線になって戻って来る。ストラヴィンスキーが追い求めたポリスタイリズム(多様式)的な感覚というのが少しだけ理解できる気がする。

そんな調べを楽しみながら、先ほどバッタリあったロシアから来ているインターンについて思いを馳せる。大学時代に、自らの意思で世界中の建築事務所から一つを選び、こんな大気汚染にまみれた北京の地までやって来て、毎日設計の現場で実務が何かを学んでいる。それだけでも自分の学生時代には考えもしなかったと思うのだが、時間を見つけて、自分で情報を見つけて、自分の国・ロシア音楽界のスター達がやってくるコンサート・チケットを手に入れ、週末の夜にオペラハウスへと足を運ぶ。

これは相当に文化レベルの高い育ち方、家庭の教育を受けてきたのだろうと勝手に想像する。自分が学生だった頃に、そういうことを少しでも考える想像力があったらだろうかと思うと何とも恥ずかしい想いばかりである。中年に差し掛かってやっと、舞台芸術が面白いと感じられるようになって今だからこそ、彼女達の育った環境が如何に素晴らしいかが理解できる。

また、こういうことをきっかけでオフィスの中でプロジェクト以外に会話の糸口ができること、それを通して自分がよりロシアという国を理解する事ができる事は非常に嬉しい事だと思わずにいられない。

コンサートを終えて、メンターの感想を聞くと、やはり後半は凄く良かったと言っていた。妻と一緒に寒い北京の夜の電動スクーターで走りながら、そろそろ毛嫌いしていたロシア文学を手にしないといけない年齢に入ってきたんだなと思いを馳せながら家の棚に眠っているトルストイなどに思いを巡らす。
















2013年11月15日金曜日

コンサート 「アンドレアス・ヘフリガー (Andreas Haefliger) ピアノ(piano) 」 NCPA 2013 ★★

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プログラム
Sonata, Op.14, No.2 Beethoven
Four pieces from Six Encores Luciano Berio
Fantasy in C major, Op.17 Schumann
Sonata, Op. 109 Beethoven
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金曜日の夜。「いけるかな・・・?」と期待していたが、やはり遅れてしまった。というのも、この秋は世界中でレクチャーに飛び回っているパートナーが久々に北京に戻ってきているということもあり、また来週は新しく始まるロシアでの大きなコンペのキックオフ・ミーティングの為に二人のパートナーが揃って出てしまうので、皆が揃う金曜日は暫く無いだろうということで、急遽開かれることになったハッピー・アワー。

ここ数週間の間にオフィスに入ってきた新しいフルタイムとインターンの紹介を行い、またオフィスを離れることになったスタッフからの挨拶などをして、その後ビールを飲みながら軽いつまみを食べて皆好き勝手に時間を過ごすという時間であるが、今週は新しいフルタイム二人と一人のインターンが新しいメンバーと言うことでそれぞれに挨拶をする。

その間にも時間が気になり、「ああ、既に演奏が始まってしまったな・・・」と思いながら隣でスタッフに向けて話をしているパートナーの言葉に耳を傾ける。それにしても、こうして世界からスタッフがやってきて、世界のコンペで戦える機会があるというのは、そのパートナーが言葉にしていたように、大きな変化がオフィスの中で起こっているのだと思わずにいられない。

その後三々五々となったのを見計らい、さっさと荷物と取ってオフィスを後にし、スクーターを飛ばして向かうオペラハウス。受付で手荷物検査をしている時に、「既に始まっているけど・・・」と言われながらも小走りで音楽ホールへ。

「外で待たされるだろうな・・・」と思っていたら、ホールから何人かの人が出てくるところ。既に第1幕は終わってしまったようである。やはり平日の夜19;30開幕のコンサートに余裕を持って会場に到着するというのは、毎日が不確定な時間を過ごす建築家には到底無理な要求だと改めて理解する。

「逆にこんなストレスを感じるくらいなら、もう二度と平日のチケットなんか買うものか・・・」とがっくり肩を落としながらも自分の席を探すと、そこには女性が座っている。「おや?」と思って聞いてみると、「今日は席が開いているので皆好き勝手に移動しているんだ」という。

「そうなのか」と思いながら、今日のコンサートがとても良いと進めてくれたメンター夫妻はどこにいるだろうとキョロキョロすると、随分下のほうでこちらに向かって手を振っているメンターの品の良いふさふさの白髪を発見する。

お医者さんをされている日本人の奥さんが探しに来てくれて、「今到着したところですか?」というので、「建築家ですので・・・」と暗い返事を返して前半の感想を聞くと、「なかなかいいですよ」と。

開いていた隣の席を取っておいてくれたようで、ピアノのすぐ近くの席に移動すると、さっそくメンターが「今日もまた数公演のチケットを買ったから一緒にどう?」と誘ってくる。

オペラ、バレエ、コンサート、ダンス。これら舞台芸術に関して思い切って造形を深め、自分で楽しめるレベルまでなりたいということで、この二年間は全てメンターの言うことをできるだけ聞くことに決めてしまったので、「ハイハイ、どのプログラムでしょうか?平日以外なら全部行きますよ」と完全に受身の体勢。

メンターは「バレエは一番知的要素が高いけど、コンサートは比較的楽しみやすいからいい」と前置きをしながら、年末までの行われる中からオーケストラとストリング・カルテット(String Quartet 弦楽四重奏)の公演のチケットを買ったという。

「ストリング・カルテット(String Quartet 弦楽四重奏)は凄く知的な音楽で、簡単ではないけど建築的だからぜひ試す価値があるよ」と熱く薦めて来るメンターの横で、「ストリング・カルテットは難しいからなぁ。私はあまり好きじゃないですけどねぇ。なんていうか全てが完璧すぎてね」と奥さん。

「なら彼女のチケットをもらって、一緒に行こうか」とメンターの駆けあいと聞きながら、「なんて二人とも知的レベルが高くていらっしゃるんだろう・・・」とこれから歩む長い道のりを思いながらも、見つけた新しい楽しみが、純粋な楽しみのまま付き合っていけるといいなと思いながら、断る理由も見つからないので、「明日ダンスを見に来るので、そのときに妻の分と合わせてかっておきます」と、強烈に薦めて来るメンターに伝えておく。

そんなことをしていると、拍手の中、本日の主役が休憩を終えて舞台へ。

アンドレアス・ヘフリガー(Andreas Haefliger)は、ドイツ生まれのスイスのピアニストであり、お父さんもエルンスト・ヘフリガーというなんでも有名な音楽家らしい。アメリカ、ニューヨークの有名な音楽学校であるジュリアード音楽院を卒業した有能なピアニストだという。

そして本日のプログラムはBeethoven、 Luciano Berio、Schumann。流石にベートーヴェンとシューマンは聞いたことがあるが、Luciano Berio?と思って調べてみると、ルチアーノ・ベリオ(Luciano Berio)は1925年生まれのイタリアの作曲家ということで、比較的近い時代の音楽家のようである。ヘフリガー同様にジュリアード学院教授も務めた人だという。

そんな訳で結構ワイルドな風貌のヘフリガーを近くに眺めながら後半の演奏のスタート。

やはり途中から来るコンサートは時間が十分でなく、身体が空間に馴染む前に終わってしまい、最初はざわざわしながらも、徐々に音楽家の作り出す空間と観客が一体化するのには、みっちり2時間は必要なのだと理解する。

そのためにアルファ波にすっかりやられてウツラウツラとしていると、3曲目が終わってしまったようですぐに最後の曲になってしまう。ここで神経が覚醒したようで集中して聞けたのだが、これはなかなか良かったと思う。

プログラムにはベートーヴェンだと書いてあるが、演奏後にメンターが言うには、「彼はプログラムをえらく変えちゃったね。最後の曲はベートーヴェンじゃなかったね」と何の曲だったか奥さんも分かったらしいが、こちらはズブの初心者なので自分が気に入ったかどうかが分かっただけでまずは良しとする。

拍手に誘われてアンコールを1曲披露して受け取った花束を最前列の女性に渡して返っていくヘフリガー。「アンコールで何度も出てきては何曲も弾く場合とそうじゃない場合あるんですね?」と隣の奥さんに聞くと、「うん、気分みたいです」と教えてくれる。

できるだけこの二人から学べることは学びたいと思いながら、食事がまだだという二人を残してひとりスクーターで夜の北京を駆け抜けて、明日のダンスへの期待値を上げながら家路に着くことにする。








2013年5月15日水曜日

「さよならドビュッシー」 中山七里 2010 ★★★★


このミステリーがすごい大賞受賞作の中では圧倒的な作品だと思わずにいられない、圧倒的な言葉と内容。そしてピアノという世界の疾走感とリズム感。読み終えた後に、久々にショパンとドビュッシーでも聞くような週末を過ごしたくなるような一作。

ミステリーとしての伏線のしき方。楽譜の上に置かれた音符が連なることで音楽を奏でるかのように、前半から散りばめられた伏線たちが一つ一つ絡み合いながら、徐々に一つのメロディをつむぎだす。時に強く、時に速く、時に優しくとリズムを変えながら。

「楽器を奏でるのはもっと楽しいはずなのに、何でこんなに苦痛なのだろう?音楽ってこんなに気まずい思いをしなきゃいけないモノだろうか?」

バレエでもピアノで、どの世界でも上を目指そうと決めたときから開始する痛みを伴うような苦痛の日々。ピアノという10代の時間の過ごし方がその後のキャリアに直結するような世界。

「夢を見る夢、お前が追っているのは起きて見る夢。そいつが現実の中でどれだけ足掻いておるか」

自我が芽生え始めた時代に、これだけストイックに自分を追い詰め、楽譜に向き合いながら、それでも努力した誰でもが評価される訳ではなく、そこには厳しい優劣が決められ、勝敗が決定される。そして勝ち残ったものだけが次のステージに上がっていける厳しい世界。

「ピアノ弾きとピアニストという言葉があって、この二つは似ているけど全く違うものなんだ。ピアノ弾きは譜面通りに鍵盤を叩くだけ。しかしピアニストは作曲家の精神を受け継ぎ、演奏に自らの生命を吹き込む。もちろん、そのためには血の滲むような努力が必要だ。」

好きで足を踏み入れた世界。気がつかないうちに目を送ることになった上の世界。限られた席を目指す数多のライバル。より高いところからの風景が見たければ、他の誰にも負けない実力を身につけるしかない。

「重要なのはその人物が何者かじゃなくて、何を成し遂げたか」

誰もが口には出さないが、一日でも早く「勝負」で優劣が決まる、勝敗が決まる日々から解放され、自分の立場、自分のポジション、安定した生活が保障されてほしいと願うものである。それは楽だから。常に自分を追い込み、ストイックに時間を過ごし、周りが楽しそうに過ごす姿を横目に見ながらも、それでもまた自分自身に向き合うことになる。

「称賛と興奮は一瞬で治まるが、嫉妬と冷笑はいつまでも持続する」

ネット社会に突入し、無制限の刺激に晒された人類は、その欲望の消費活動も加速させ、一つの刺激に飽きてはすぐに次の刺激をさ迷い歩く。

「我が身を不幸と信じる人間が嘆き悲しんだ後に思いつくことは、自分以上に不幸な人間を見つけ、その不幸度合いを確認することだ」

人生はいい時もあれば、悪いときもある。良い時は上を見て歩けるが、悪いときは必ず下を向くことになる。その時にどういう風に時間を過ごすかがその人の人格を決定させる。

「その職業を選択した時点でその道のプロになろうと努力するのは最低限に義務だと僕は思います」

生きる糧なのか、それともプロフェッショナルとして二本の足で立ち、社会に対して正々堂々と生きていくのか。

「皆と違う道を歩いているのは、皆と一緒に歩くことが怖いからじゃないか。表現者だとかクリエイターだとか、自分は一般大衆とは違うんだと気取っても、結局は闘うことから逃げている只の臆病者じゃないかと思ったんだ。他人と違う道を歩けば、確かに違う景色を見られる。しかし、その道は未舗装の曲がりくねった道だ。泥沼もあって足を取られる。どこに到達するのか道標もない。自分のことは棚にあげておいて卑怯なようだけど・・・自分だけが特別な存在だというのは傲慢で、そして臆病な者の虚勢に過ぎない。」

人が社会的存在であるならば、その存在意義もまた社会なくしては成り立たない。自分の本来の姿を見ることを恐れ、また見られることを恐れるあまり、「競争」や「勝負」から避けているうちに、社会からどんどん距離を置くことになる。

「大事なのはどんな道を歩くかではなく、どう歩くかである。」

「逃げるのは確かに楽だ。でも、それだけだ。楽をして得られるものは怠惰と死にゆくまでの時間しかない。」

「すべての闘いはつまるところ自分との闘いだ。そして逃げることを覚えると余計に闘うのが怖くなる。」

とことんストイックな言葉達。中高生の部活動の先生が読んだらよっぽど意味があるだろうと思わずにいられない。

「技術は必要だけど聴衆はそんなものを聴きたいわけでない。聴衆はどんな超絶技巧をみせられても、感心はしても感動はしてくれない。人が感動するのはいつだって人の想いだからね。その想いを形にしたものが芸術性だ。」

建築の世界でも陥りやすいこの穴。技術という積み重ねが聞く分野に足を踏み入れ、費やした時間の長さで評価を得ようとするのに対して、いつまでも潔く、自らの信念と感性によって負けるのも厭わずに勝負し続けること。その中でしか、見えてこない本当の自らの想い。それを見つめられるまで時間を費やせるかどうか。

「現代は不寛容の時代だ。誰もが自分以外の人間を許そうとしない。咎人には極刑を、穢れた者、五体満足でない者は陰に隠れよ。周囲に染まらぬ異分子は抹殺せよ。今の日本はきっとそういう国なんだろう。いつころからか社会も個人も希望を失って皆が不安がっている。不安が閉塞感を生み、その閉塞感が人を保身に走らせる。保身は卑屈さの元凶だ。卑屈さは人の内部を腐食させ、そのうち鬱屈した感情が自分と毛色の違う者や少数派に向けられる。彼らを攻撃し排斥しようとする。そうしているうちは自分の卑屈さを感じなくて済むからだ。立場の弱いものを虐めたり差別するのもたぶんにそういう理由だろう。不正を糾弾された人間に問答無用で罵声を浴びせる、頂上を極めて者の転落を悦ぶ・・・全部同じ構造だ。」

日本全国を覆う閉塞感。誰もが感じるその圧迫感。いつからこんな国になってしまったのか。その「空気」を代弁する作者。

「逃げることを覚えるな。闘いをやめたいと思う自分に負けるな」

なんともかんとも、ミステリーという形を借りた作者の人生論が散りばめられた言葉達。それらがどれもストイックで、そしてまっすぐ。啓蒙本のように借りてきた言葉ではなく、自分で見つけた言葉だからこそ物語の中で彩りを放つ。恐らくとてつもなく物事を考えながら、密度の濃い時間を過ごしているのに違いないと思わずにいられない。


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『このミステリーがすごい!』大賞第8回(2010年)大賞受賞作
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