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2018年5月27日日曜日

「「ラクして速い」が一番すごい 」 松本利明 2018 ★★

松本利明 

「生産性と効率化だけを求めると、人はいつか燃え尽きます。」

この本の中でも言われるように、いかに効率を上げて仕事をこなそうとしても、現代のような情報社会の中で、生身の身体で向かっていけば、おのずとそこには限界があり、行き着く先は身体を壊すか、精神をやられるかのどちらかになるのは間違いない。

それが頭で分かっていても、一日に処理しなけばいけない事象は加速度的に増えていき、行わなければいけない判断と、それに伴う指示というコミュニケーションも数年前とは比べ物にならないほどに多くなってきている。

「限界」が訪れるのはそう遠くない未来だなと思うからこそ、根本的に仕事への取り組み方を考え直さなければと考え始めてこの数年。その一環としてふと手にした一冊。

まずは、物事の整理整頓をしっかりし、必要ないものを抱え込まず、残ったものに優先順位をつけて、どうにかなるさと小さな失敗に捉われることなく前に向かうこと、それを繰り返すのみということのようである。
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目次
1章 一発で決める
2章 スパッと割り切る
3章 抱え込まない
4章 組織の「壁」を利用する
5章 自分で「できる」ようになる
おわりに
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2014年3月19日水曜日

「コミュニケーション力」 齋藤孝 2004 ★★★★

建築という極めて「コミュニケーション」が多くの地位を占める職業についていると、日常の中で様々な人と接することになる。その中には、自分の思っていることだけを、バァーーッと話して、あたかもそれが理論的で的を得ていて自分は偉いんだと満足げな表情をしているような人を見かける。そんな時にこの本を手にすると、「なるほど」と何度も頷くことになる。

言葉を介するということは、言語を介するのとはレベルが違う。相手の文化的バックグラウンドや、過ごしている日常で接している人々の教養レベル、ボキャブラリー、文脈力、構成力、全体を捉える能力、どれくらい本を読んでいるか、どれくらい勉強しているか、どれくらい世間に対してアンテナを張っているか、そんなことを判断しながら、その相手との会話に適した内容で、語彙を選び、散らし方を調整しながら会話を進めること。

ある分野の職業的能力が高いからといっても、それはコミュニケーション能力が高いとは一概に言えず、自分の分野に関しては、長い年月をかけてここまで理解できるようになったということをしっかりと認識し、門外漢の人にレベルを落とすことなくわかりやすい言葉で伝えることができつつ、自分の分野以外のことにもある程度の基礎知識を入手する努力はしながらも、それ以上の専門性の高い部分に関しては、想像力と自分の分野で培ったきた経験を駆使して、相手のレベルがその分野でどれくらいのものかを探りつつ、徐々に把握していく。

門外漢の人にあたかも専門性が高いというように装うことは簡単であるが、本当のプロフェッショナルであれば、掘っても掘っても底が見えないくらいの知識の海を感じさせるべきであり、同時に「これだけ勉強している人ならまちがいない」と相手を安心させるべきであろう。

専門分野において、自分の立ち位置と目指すべき高みへの距離感。それをズレることなくしっかりと把握することは、同時に新たに接する人がどんなに違う分野に属していようとも、その人がその分野でどのような立ち位置にいるのか、そしてどのような高みを目指しているのかを図るうえで、大きなズレをもたらさないようにしてくれる。

だからこそ、文化レベルの高い人と話す時には相当な緊張感を感じることになる。自分の無知を知られ、うまく会話を紡げないのではという恐怖。しかし本当に教養レベルの高い人と話すと、うまくダンスをリードしてくれるかのように、会話に適切なフレームを与え、「今、何が会話の焦点か」を明確にして進めてくれる。そして自分でも曖昧にぼんやりと描いていたイメージに対して、うまく言葉を当てはめてイメージを明確化してくれる。そんな会話は非常に心地が良いものである。

会話力のある人、ただ頭がいいだけでなく、相手との会話の中で本人すら思ってもいなかったような新しい意味を与えてくれるような喜びを伴った会話に参加させてくれるような人。誰もがそんな人との会話の時間はとても楽しいものだと理解している。

そういう人は年齢を重ねれば到達できる訳でもなく、やはり人生の中で常に意識を持って会話を重ねていくことでしか辿りつけない。

多くの人と接していればいるほど、そのような会話力のある人というのが如何に貴重な存在かも理解している。そういう人と日常の中で同等の関係を保つためには、自分も相当な努力を積み重ねなければならず、大概はその不一致の為に、学校で先生に授業という立場で授業料を支払い会話を共有させてもらうか、それとも夜の街の様に高いお金を払って会話の時間を買うことになる。

大切なのは、自らの専門性を深めつつ、それ以外の分野の基礎構造を理解する横へのい広がりをもって総合知を獲得しながらも、多種多様の人と会話をしながら楽しみつつも技を磨いていくしかないかと思われる。その為にはなんといっても、人への興味を常に持つことが大切であろう。
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第一章 コミュニケーション力とは
―文脈力という基本―  
コミュニケーションとは意味や感情をやり取りする行為
やりとりする相互性があるからこそコミュニケーションと言える
人間は感情で動くものだ
同時に感情面での信頼関係を培う事のできる人は、仕事がスムーズにいき、ミスもカバーしやすい

/「感情」と「意味」の座標軸
恋人同士という関係においては、意味を常に生産していくような関係が求められているのではなく、感情を確認しあい強固にしていくことが重要なのである。

/ディベート乱用の危険性
本当に求められている能力は、相手の言いたいことを的確に掴む能力である、要約力
クリエイティブな対話 相手を言い負かすだけの議論は、一見はなばなしいようでも生産的ではない
何かの価値を押し通そうとしているというのが実情

/クリエイティブな関係性
新しい意味がお互いの間に生まれる
大切なのは、今ここでこのメンバーで対話をしているからこそ生まれた意味がある。
意味に日付と場所を書き添えることさえできる
目的は、一つでもいいから、具体的なアイデアを出すこと
自分一人では思いつくことのできなかったことを思いつく
触発

/自分と対話し言葉を探す
文章を書くという作業は、自分自身と対話する作業である
言葉にすることによって、感情に形が与えられるのだ
現在流れている会話の流れをひたすらつないでいるだけの会話もある
相手と話している文脈は維持しながらも、自分自身の経験値の深みに降りていく。この二つの作業を同時に行う能力が、対話力である。
相手の経験世界にまで思いを馳せることだ。

/「ていうか」症候群
話題を全く変えてしまうのだ
それまで相手の話していたことと全く関係のないことを話し始める
お互いに言いたいことだけを言う
自分の話したいことを話すほうを皆が選択している
誰でも自分の話をしたいからだ
この癖がついたままで、友達以外の人と話をする状況になると問題が起こる
相手と自分との間にできるはずの文脈を軽視、ないしは無視する。
深まりのなさ、自己中心、話せる相手の範囲の狭さ
自分の身の回りの情報を伝え合うだけでは、コミュニケーション力は向上しない

/文脈力とは何か
文脈を的確に捕まえる力
思考をつなげて織物のように織りなしていく力
文脈力があるかないかが、文章を書く上で最も重要な分かれ目である

/会話で迷子になる
会話における文脈は二つある
一貫性があるかないか
お互いの発言がきちんと絡み合っているかどうか
話の分岐点には、必ず目印がある。それは当然、言葉だ。
戻るべき主流などはなかったという会話を、おしゃべり
「散らす」と「戻る」

/文脈力のレベル
レベルにははっきりとした差がある
素人でもキャッチボールはできる
プロ野球選手同士

/メモをとりながら会話する
会話の最中にメモをする
文字こそは、文明を加速させた一番の要因である

/人間ジュークボックスにならないために
お互いの会話を絡ませることができているかどうか
独りで話している間はまとまな話をすることのできる人の中にも、相手の発言と自分の発言とを絡めて話すことのできない人は意外に多い
すぐに自分の話をし始める
人の話を途中で遮る
人が使った言葉をうまく使いこなすことがない
相手が変わっても同じエピソードを繰り返し話す人がいる
相手の話したいことと絡んでいない

/誰とでも会話の糸口を見つけられるか
話す相手が幅広い
老若男女と接する機会が多い
誰とでもすぐに世間話ができる。これは重要なコミュニケーション力である

/コミュニケーションするからこそ家族
家族においては、生産性よりも、感情が交流することのほうが重要なのである。
コミュニケーションしたいという欲求


第二章 コミュニケーションの基盤
―響く身体、温かい身体―
コミュニケーション、響きあいである
使わなければ、力は落ちていく

/基本原則その4 相槌を打つ
/『浮世風呂』の身体コミュニケーション
それを反復し、技にする。 これが学習の王道である
世阿弥のいう、「離見の見」は、観客側から見える自分の姿を役者が意識するということ
自分を客観視する力
「演劇的身体」
エネルギーは出せば出すほど湧いてくる

/雰囲気の感知力と積極的受動性
空気を感じ取るだけでは不十分だ。感じ取りつつ、方向性を修正していくことが求められる

/沈黙を感じ分ける
不毛な沈黙 充実した沈黙
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番第1楽章
マックス・ピカート つねに第三社が居合わせている 沈黙である。
「沈黙の世界」


第三章 ミュニケーションの技法
―沿いつつずらす―
沿いつつずらす
要約力が武器
自分がそれを再生しなければいけないと思って聞いてはいない
実際にできねば無意味
自分が再生するのだという前提
ほとんどの知識が伝授可能になると考えている
知識の伝授が大きな割合を占めている
人の話を聞いたという証は、その話を再生できるということである

/言い換え力
言い換え力
理解したというレベルと、言い換えることができるレベルは、別である
奥田英朗「空中ブランコ」
精神科医が患者に話を聞きましょうよと言われるのは、読んでいて笑える

/人間理解力
人間理解力のある人は、いろいろなものが見えている。なぜこの人はこういうことを言うのか、なぜこんな言い方をするのか、といったことが分かってくるのだ。

/コミュニケーションは誰とでも可能である
たくさん読まなきゃ、ちゃんとした話はできないんだ
柱は読書によって培われる
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■目次  
第一章 コミュニケーション力とは
―文脈力という基本―  
コミュニケーションとは
/「感情」と「意味」の座標軸
/ディベート乱用の危険性
/クリエイティブな関係性
/インスパイアとインスピレーション
/自分と対話し言葉を探す
/「ていうか」症候群
/文脈力とは何か
/会話で迷子になる
/三色ボールペンのメモ術
/マッピング・コミュニケーション
/人間ジュークボックスにならないために
/誰とでも会話の糸口を見つけられるか
/いきなり本題から入る
/コミュニケーションするからこそ家族
/親子間、きょうだい間での手紙
/和歌のやりとり
/連歌ー座というスタイル
/回しが気で作文をする
/弁証法的な対話
/セックス・コミュニケーション


第二章 コミュニケーションの基盤
―響く身体、温かい身体―
響く身体、響かない身体
/基本原則その1 目を見る
/基本原則その2 微笑む/基本原則その3 頷く
/基本原則その4 相槌を打つ
/『浮世風呂』の身体コミュニケーション
/連座ー自我の溶かし込み
/外国語学習と身体
/ウォーキングの効用
/ハイタッチとスタンディングオベーション
/[fantastic!]と拍手
/体温が伝わる方言
/癖と癖がコミュニケーションする
/練習問題
/演劇的身体でモードチェンジ
/雰囲気の感知力と積極的受動性
/沈黙を感じ分ける


第三章 ミュニケーションの技法
―沿いつつずらす―
沿いつつずらす
/偏愛マップ・コミュニケーション
/要約力と再生方式/言い換え力
/「たとえば」と「つまり」
/会議を運営するコツ
/ブレイン・ストーミングのコツ
/ディスカッションのコツ
/メタ・ディスカッション
/プレゼンテーションのコツ
/コメント力
/質問力
/「ゲーテとの対話」
/相談を持ちかける技
/ズレやギャップをあえて楽しむ
/会話は一対一ではなく多対多
/癖を見切る
/人間理解力
/過去・未来を見通す
/コミュニケーションは誰とでも可能である


あとがき
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2013年10月9日水曜日

「いまどきの「常識」」 香山リカ 2005 ★


2005年に書かれているということは、こんな事をもう既に10年近く日本は繰り返しているのだろうとゾッとする。目次を見ただけでも、誰もが「あるある」とうなずきながら、何人もの顔を思い浮かべる事ができそうな内容。

その行動原理は社会を良くするためなどの大きな物語を背景にしているようことは期待できず、せめて自らの生きがいや、職能の向上に繋がるようなものであればまだ納得はできそうだが、読み進めていくうちに見えてくるのは限りない個のエゴ。自らのプライドのみを満足させる刹那的な行動原理。読むだけでも鬱々と心に滓が溜まる気分に陥る。

著者の書物を何冊か読み終え、再度今回手にしてふと思う。

それにしても全ての事象に、「こういっている人がいるが、ちょっと待てよ。それはおかしいんじゃないか?あまりにも盲目的になっているが、そういってしまうのはこういうことを考慮にいれてないのではん?」というパターンで書かれていく各章を見ていると、それが精神科医のものの見方なのかも知れないが、やや揚げ足を取るだけに聞こえてしまう。

それならば自分なりに議論に枠組みを一度与え、その中で自らの論点を明確にし、何かしらの前向きな提案をしていけばいいと思うのだが、決して構築的な結論は与えられず、それならば書物という形で世に問う必要があるのかどうかと思わずにいられない。それならブログでいいのでは?とも思ってしまうが、やはり書物という紙媒体にすることが重要なのだろう。

それにしてもこうして自らの専門分野を大きく超えて、知識人という立場で時事問題を横断的に意見を述べていくという、テレビの分かりやすいコメンテーター的な振る舞いはまだ分かるが、どうも同じようなテイストの本を数冊繰り返すと、今度こそ最後の一冊にしようと思わずにいられない。

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目次
まえがき


自分の周りはバカばかり――人間関係・コミュニケーション篇
/ 「あの人はバカ」と言う自分はバカじゃない
/世界の中心は自分
/悪いのは私ではない
/涙が切り札
/少年事件には厳罰を


お金は万能――仕事・経済篇
/結局、お金がものをいう
/現実には従うしかない
/自分らしい仕事をしよう
/ゆっくりした、ラクしたい


男女平等が国を滅ぼす――男女・家族篇
/男は男らしく、女は女らしく
/結婚しないと幸せになれない
/三世代家族が子どもを守る
/不倫は文化だ
/ゆとり教育は失敗だった


痛い目にあうのは「自己責任」――社会篇
/ すべては「自己責任」の結果
/「偉い人」には逆らうな
/競争には勝たなければいけない
/病気も障害も「負け組」
/インフォームド・コンセントは患者を救う


テレビで言っていたから正しい
/ノーテレビデーで子どもを守れ
/B型人間は自己中心的
/人は死んでも生き返る
/外国人は危険


国を愛さなければ国民にあらず――国家・政治篇
/「平和」や「反戦」にとらわれるのは頭が古い証拠
/ナショナリズムは普通で健全で自然
/何よりも「国益」優先
/過去にこだわるな
/軍隊を持ってこそ「普通の国」だ
/テロに屈するな
/平和のためなら死んでもいい

 あとがき
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2013年2月18日月曜日

初日

中華新年の長期休暇とはいっても戻る先の日本で動いているプロジェクトは、当然の様に打ち合わせや現場での確認があり、この一週間で行った打ち合わせやお会いした人へのメールを内容を整理し必要書類などを添付したりと、休み明けはものすごい量のコミュニケーションワークに追われることになる。

それと同時に徐々にではあるが止まっていた中国でのプロジェクトが始動する。ギシギシと音をたてながら、まだ通常のスピードになる前の下段のギアという感じで、ゆっくりとだが確実にオフィスが動き出す、そんな感じの初日。

完全にスピードに乗る前にやるべき手配をしてしまう。そうでないと、スピードが速まってからではとてもじゃないが手遅れとなる。それぞれのプロジェクトのスケジュール確認に現状把握。チームメンバーがどれくらい戻っていると新しくやってきたインターンの把握。

オペラハウスのプロジェクトはインテリア・デザインの入札が終わり、これで待った無しの状況になるというので、内部のキーとなるスペースをどうやって予算内で実現させるか担当者と頭を抱え、照明や音響などまだ解決しきれていない項目を書き出してスケジュールと照らし合わせる。

南京で進めているプロジェクトは初日よりクライアント、協力事務所、LDI(Local Design Institute)が集まって、年明け前に提出した政府への資料に対するフィードバックと、変更になったクライアントからの要望をヒアリングし、今週、来週と何を修正しないといけないかを確認し、チームメンバーに担当を振り分ける。

構造部分へのコストが膨れすぎ、全体のコストにおさまり切らないというので遅れに遅れたSDの提出を年明け前に行ったアモイで進行中のアパレル会社の新社屋。政府からのフィードバックを受けてDDに突入して行くのだが、構造コストの問題は解決し切れておらず、PMと一緒になって根本的に新しいアプローチを検討しながら、ペンディングしていたランドスケープ、照明、サイン計画、キッチン、ファサード等の各コンサルとの共同作業も再開する必要があり、その段取りに追われる。

帰国中に行った日本で進行中のプロジェクトは、すぐに概算を出せるような図面を用意する必要があるので、事前相談で指摘された数点の法的要素の確認と共に、構造設計者と一緒になって案の具体化へと進み、必要図面のリスト化を始める。

年明けから始まる二つのプロジェクトの100ページに渡るブリーフを読み込み、求められる条件を把握し、設計のイメージを膨らませるが、そのボリュームからじっくり目を通していると簡単に数時間食われる事になる。

そんな合間を見計らい、日本でお会いした方の名刺データの整理と各人への挨拶メールを終わらせて、これまた日本で行った確定申告前の会計士さんとの打ち合わせに伴い必要資料を作成してメールで送付。

そんなわけで、初日はギシギシとオフィスが本来のスピードに乗る前に、自分は普段の何倍ものスピードで物事を処理して行く事になり、気付いた時にはすっかり暗くなり、首もガチガチに凝ってしまっている。

そんな疲れをせめてほぐして貰おうと足を運ぶ馴染みのマッサージ屋。いつもの担当者に新年の挨拶をし、首の状態を見て貰うがやはり「疲れとストレス」だと。ガチガチに凝った首の側面をマッサージしてもらう。痛くて余計に力が入ってしまうが、次第に慣れてほぐれて来るにを実感しながらついには眠りに中に・・・

そんな新年初日。

今年もこのスピードに乗せられるのではなく、乗りこなすようにと心に誓う。