ラベル 金華山 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 金華山 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年2月16日火曜日

みんなの森 ぎふメディアコスモス 伊東豊雄 2015


--------------------------------------------------------
所在地  岐阜県岐阜市司町
設計   伊東豊雄 
構造   arup
家具   藤江和子
竣工   2015
機能   図書館・公益複合施設
規模   地下1階、地上2階
建築面積 7,363m²
延床面積 15,295m²
構造   RC造・S造・木造
--------------------------------------------------------
今日の岐阜行きの最終目的地は昨年オープンしたばかりのこのみんなの森 ぎふメディアコスモス。伊東豊雄が「環境に力を入れていく」と設計に当たった地域図書館である。「つかさのまち夢プロジェクト」という岐阜市中心部の再開発プロジェクトの一環で、かつてここにあった岐阜大学医学部とその附属病院の跡地を利用して地域の拠点となる施設をというプロジェクトである。

敷地のすぐ北には長良川が東西に流れ、それに沿って少し東に移動すると、頂上に岐阜城をいただく金華山。その南には伊奈波神社。そして南には岐阜駅と、まさに市の中心地。この中心地を現在の社会にあったコンパクトで市民に開かれた街にしていくための再開発が「つかさのまち夢プロジェクト」。

その第一期が岐阜大学医学部跡地に市の中央図書館の立替と、市民の交流センターや展示ギャラリーなどの文化施設が入る複合施設であるメディアコスモス。それで中心部へ人の流れを作り出し、第2期ではメディアコスモスの南に取られている駐車場に岐阜市役所新庁舎を建設し、それで空き地となる現在の庁舎跡地に第3期として市民文化ホールを建設し、全体として岐阜駅から長良川河川敷までを緑の回廊でつなぐという壮大な計画である。

ポロポーザルとして行われた設計コンペでは、70人が応募し最終候補として伊東豊雄、槇文彦、藤本壮介というそうそうたる面々が選ばれ、その中で伊東豊雄案が圧倒的に支持されて選らばという。


他の二人の提出案が見れないのが残念であるが、最優秀案である伊東豊雄案を詳しく見てみると、環境に配慮した多面的な自然エネルギー利用を積極的に設計に反映されており、全体としては年間の消費エネルギーを「1990 年の同規模建物」と比べて1/2 まで軽減しているという。

具体的にその方式を見ていくと、安定した温度を保ち豊富な地下水源を熱源とし、床面から輻射させる冷暖房システムを採用。日照時間が長い特性を活かし、照明をできるだけ使わず自然採光を最大限取り入れ消費電力を低減。「グローブ」と呼ばれる小さな囲いの頂部に自動で開閉する開口部を設け、夏季と冬季の異なる熱環境においても効率的な自然喚起を内部にもたらす。内部およびうねる屋根に全面的に採用された木材は、地元岐阜産の「東濃ひのき」を利用。

などなど、環境系の教科書に書いてあるようなポイントが見事に網羅されている。問題はそれらが実際に一つの建物、そして心地よい空間としてどう設計の中に融合されているか。と思って足を運んだのであるが、確かに外部は非常にシンプルな矩形の箱であり、なんら面白みを語りかけるそぶりも無いが、中に入ると非常に開放的で、かつ明るい。そして上記のことを情報を知ってしまっているからかもしれないが、確かに温度や湿気もうまくコントロールされていて心地よい気がしてくる。

残念ながら2階部で、この建物の肝であるグローブに覆われている図書館が、本棚の移動ということで臨時休業・・・。「そりゃないだろう・・・」と思いながら、吹き抜け部分からなんとか二階とその上を覆ううねる屋根をチラチラと覗く。

1階の床には視線をさえぎることなく、どこになにがあるのかが非常に分かりやすくデザインされたサインが埋め込まれており、至る所に家具の設計を担当したという藤江和子の椅子に座る多くの市民が寛いでいるのが見渡せる。その一角には、こうした公共施設に当たり前のように入っていると思っているが、公共図書館としては全国でも3番目の出展となるというスタバがあり、こちらも多くの若者が利用しているようである。

「大きな家と小さな家を組み合わせることで、にぎわいのある「まち」のような建築をつくります」

というように、大きな箱の中に、都市における様々な活動があり、そのために様々な年齢層の人々が共存し、新しい賑わいを作り出すことに成功しているのであろう。まるで地方都市におけるイオンのように、郊外の巨大なショッピングセンターに来たかのように、隣接する広大な駐車場から、なんの空間的操作もなく内部に入っていくアプローチのあり方に対し、非常に疑問を持っていたが、家に戻って調べて、「つかさのまち夢プロジェクト」の全体計画を理解すると、また別の見え方ができるようになり、それよりもこうして驚異的な速度で来場者数が増えており、間違いなく新しい市の中心の風景となりつつあるということは、これこそ現代の地方都市が必要としている建築の在り方であるのだろうと理解しつつ、この建物を理解する為に再度訪れないといけないと心に決めて岐阜を後にする。























2013年7月17日水曜日

岐阜城 1201 ★★★


--------------------------------------------------------
所在地  岐阜県岐阜市金華山天守閣
城郭構造   山城
別名  稲葉山城
築城   1201
機能   城郭
--------------------------------------------------------
日本100名城
Discover Japan「いま、見ておくべき城 100」
--------------------------------------------------------
生と死について想いを馳せた後、本日の最終目的地である犬山城が夜になっても見学可能か気になって、念のためにと電話をしてみる。

市の担当部署のおじさんが出たのだろうが、なんと4:30で閉まると言う。どうしたら地方都市を支える観光名所であるこの城を、観光客が多く来てもらわなければいけないこの夏に、なんと4時半に閉めるとは一体どういうことか。「ふざけるな」と声に出そうに成るところをぐっと堪え、頭の中でルートの再調整。

既に朝から数箇所回り、この炎天下も手伝い既にぐったりしてきている同行三人の姿を見ると、日が落ちるギリギリまで行けるとこまで一歩でも二歩でも近づくというモットーは明日からに取って置こうということで、今日は岐阜市周辺を見るので納得することにする。

しかし城跡というのは、どういう状態で残されていて、どういう状態で運営されているのか、別に天守に登らなくともその城がどういうセッティングで配置され、環境とどうのような関係性を持っていて、どのような面構えをしているかが見たいだけなので、入館時間に間に合わなくとも、上記のような見学が可能かどうかが知りたいのだが、そういう情報はどうもネットでは分かりにくく、電話をするが行政と言うのはどこも同じように板を割ったような回答ばかり。

金華山の上という記憶で、山の上にあるというのは分かっているのだが、それを登ったらどれくらいの時間がかかり、ロープウェーならどれくらいの時間がかかり、そのロープウェーはどれくらいのスパンで運行しているのか?

そこまで細かく事前調査はして来ない訳なので時間が押してくるとひょっとしてとんでもない距離を歩かされ、とんでもない時間がかかるのでは?と少々不安を抱えながら徐々に岐阜市内へと入っていき、遠くに見える金華山のその頂上に見える構築物らしきものを指差し、「ひょっとして、あれ?」と尋ねると助手席の父が、「確かそうだったきがするけどね」と。これはやばいな・・・と思いながら、車を駐車場に。ちなみにこの駐車場代は300円。

「ロープウェーがあるならば」ということでついて来るという妻を連れ立って早足でロープウェー乗り場に。往復およそ7分ほどで、往復で大人一人1050円。「それはなかなかのぼったくりじゃないか・・・」と思いながらも、ここから急な坂道を歩いて上がるのは無理だと諦めチケット購入。運行も15分後とにされているということで、頂上駅から城までは歩いて10分らしく、時間的にも問題なさそうである。

司馬遼太郎の「国盗り物語」において、斎藤道三が長年の夢を賭けて強固にしてきたのが木曽川の豊かな流れを眼下に納める金華山(きんかざん)山頂に位置する稲葉山城。

道三が居城としたその城は、『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほど難攻不落の代名詞であったが、紆余曲折を経て娘婿の織田信長によって攻略され、城主となった信長は中国の故事に沿って「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改められた。

「楽市楽座」が行われ、天下を狙う信長の庇護の下、大変な賑わいを見せたのはこの城下町である岐阜の町であった。しかし信長の死後、天下は家康の手に落ち、信長の孫・秀信が関ヶ原合戦の前哨戦の際に西軍に味方したために攻め入られ落城し、天守閣等は近くの加納城へと移された。

天守から眺める木曽川の雄大な流れ。
その先に広がるのは肥沃な濃尾平野の水平線。

美しい街並みと風景だと思う。この場所に 適した規模の街。そのスケール。フラットな地形に対して、ところどころで囲む山々。歴史の中でこの場所が選ばれ、そして発展し、近代という新しい価値観の中でも捨てられることのなかった街だというのが良く分かる。

そんな条件を満たしている都市はそう多くは無い。そういう意味では熊本に非常に似ているといえる。川と城と山と平地。良い街がどの時代でもやはり場の力によって生き残る条件のようなものだろうか。

そんなことを考えながら、ロープウェイから見下ろす岐阜市の風景に想いを馳せる。