ラベル ザハ・ハディド の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ザハ・ハディド の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年6月20日火曜日

AA School External Examination 2017


母校のイギリス・ロンドンのAAスクールという建築系の大学でエクスターナル・イグザミナー(External Examination)を引き受けて今年で三年目。

External Examinerというのは、イギリスの大学のシステムの一貫で、一年の終了時に国が定める(この場合はイギリス建築協会)の大学教育としての基準に、「学校が達しているかどうか?」と外部の専門家によって判定してもらうというシステム。なので一般的なレビューと言われる学生の作品を見て批評するものではなく、むしろ先生とその教え方に対してのチェックをする。

二日間にかけて、Intermidiateと呼ばれる1年から3年までのユニットを初日に、4,5年生を対象としたDiplomaのユニットを二日目に見ることになる。それぞれの人もExaminerは二人一組となり午前・午後それぞれ一つのユニットを審査していく訳である。

審査の内容としては各ユニットを率いるユニット・マスターが最初にその年のアジェンダや学生についての概要をExaminerに伝え、その後そのユニットの最終学年に属する学生が、およそ10分程で一年通して学んで行ってきたプロジェクトをパネル、模型、スクリーンなどを駆使しながら説明する。全員が終わった後に、学生を外に出して、ユニット・マスターに対して二人のExaminerがそれぞれにコメントをし、それを元に如何にユニットを良くしていけるかなどを議論し、最後の学生を再度部屋に呼び入れ、総括をあげるという流れ。

それぞれのExaminerが持ち寄った結果をそれぞれの日の最後に全てのExaminerと学長が一緒になって振り返り、学校としてそれぞれの学年として、また個別具体的にそれぞれのユニットとしてどんな問題があるかどうか、それをどう向上させられるかどうかなど、喧々諤々に議論をし、それを持って全てのユニット・マスターが待つ部屋に移動し、Examinerが一人づつ総括を伝えていくというもの。

External Examinerはイギリスやアメリカの大学でながく教鞭をとっているアカデミック畑の人と、建築家として実務についている人の間でおよそ半々のバランスで選ばれており、男女比もおよそ半々になるように考慮されているということ。

AA出身の人もいれば、学校のレクチャーやクリティックで縁ができて呼ばれた人もいるようであるが、現在の学長であるブレット・スティール(Brett Steele)は自分が大学院で学んだときの直接の先生であり、現在はザハ・ハディド事務所を率いるパトリック・シューマッハ(Patrik Schumacher)とともに、AAスクールの大学院におけるデザインコースであるAADRLを創り上げ、現在のアルゴリズム設計を牽引するまでに育て上げてた功労者であり、同時に卒業後もパトリック同様に何かとお世話になっている縁もあり、3年前にExternal Examinerとして声をかけてもらったら、それはやはり首を縦に振るしか無い訳である。

そのメンバーはというと、4年間勤めることもあったり、どうしても仕事の関係で日程が合わなかったりと、毎年数人違ったメンバーが入ることになるのだが、ほとんどのメンバーは数年来顔を合わせて、濃密な二日間をともに過ごしているので、すっかり顔なじみとなる訳である。

そして今年のメンバーは以下の通り。

Roz Barr:Roz Barr Architects
Patrick Bellew:Atelier Ten
Mary Bowman:Gustafson Porter + Bowman
Alison Brooks:Alison Brooks Architects
Pippo Ciorra:Fondazione MAXXI
Hernan Diaz:Alonso SCIARC
Tom Emerso:6a Architects
Homa Farjad:Farjadi Architects
Kathryn Firth:FPDesign
Yosuke Hayano:MAD Architects
Mariana Ibanez:Harvard University Graduate School of Design
Amanda Levete:Amanda Levete Architects
Vittorio Lampugnani:ETH Zurich
Alex Lifschutz:Lifschutz Davidson Sandilands
Fred Manson:Heatherwick Studio
Farshid Moussavi:Farshid Moussavi Architecture FMA
Florencia Pita:PITA & BLOOM
Keith Priest:Fletcher Priest Architects
Wolf Prix:Coop Himmelb(l)au
Elisa Valero:Ramos elisavalero arquitectura
Elia Zenghelis:Yale School of Architecture

「年代や男女比、実務とアカデミック、国籍などバランスを取るのが大変でしょう」と学校側の担当者に尋ねると、深くうなずくその姿に、このメンバーを調整するのがどれだけ大変が納得する。

今年は初日にKathryn Firthとペアを組みIntermidiateを、二日目にPatrick BellewとともにDiplomaを審査するのだが、Examinationの始まる前日の夕方17時に、来られる人が学校に集まり、学長のブレット・スティールと学校の担当者とともに明日から始まる二日間の審査についての流れの説明を受け、それぞれに必要な資料などが配布される打ち合わせがある。

今年は夏前に発表されたニュースで、ブレッドがこの夏をもって10年以上勤め上げたAAスクールの学長を辞め、母国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校の建築学部の学長へと就任することが発表された為、次の学長を一年以上の時間をかけ、透明性を保ちながら外部の識者の意見をとりいれながら決定していくために、場当たり的に決めるのではなく、一年間の臨時の学長に就任することが決まった、長くAAで教鞭をとってきたサマンサ(Samantha Hardingham)からも、今後の手続きについて詳しい説明がされる。



こういう話を聞くと、教育機関に対する透明性が、行政や民間企業の天下り先として利用されがちな日本の大学施設と比べ、どんどんと差がついてしまうのが何とも納得できてしまうものである。

仕事の関係で、協同を模索していた事務所の代表であるキース・プリースト(Keith Priest)もたまたま今年からこのExternal Examinerを請けることとなり、ちょうどいいタイミングだということで、挨拶をして彼の事務所に訪れたり、大学院で一つ下の学年に属していたマリアナ(Mariana Ibanez)は、その後大学院での自分のチームメートと結婚したという縁もあり、再会を懐かしみ、彼女も現在教えるハーバード大学からこの秋からMITへ移動するなど、それぞれの近況を報告しあいながら、この学校で過ごした時間とその後に流れた時間の長さを改めて感じる機会となる。

打ち合わせの後は、Examinerとブレットがそろって近くにあるザハも好きだった有名な中華レストランへと移動となるのだが、英語を母国語としない自分にとっては渡された資料をできるだけ読み込んで明日を迎えないと大変なことになるというので、「ちょっとお先に・・・」と抜け出して、学校が手配してくれた近くのホテルの部屋でアカデミックな英語で書かれた各ユニットのアジェンダに電子辞書片手に向き合うことになる。









2016年2月8日月曜日

洞察力とフィードバック

建築家という職業は、たとえば素晴らしいホテルや旅館に泊まること、そこで空間を体験すること、どのようなサービスや空間で人は快不快を感じるのかと理解することが、ただの楽しみではなく、日常の業務に直結する経験や知識として蓄積され、それが次の仕事へとフィードバックを与えることができる、非常に稀有な職業だとつくづく思う。

定年退職をして、時間と経済的に余裕があるからと高級ホテルに宿泊する高齢者の過ごし方ではなく、現役の時にこそ、そういう場所に訪れて豊かな空間体験と、高級なサービスや空間とは何かを身をもって理解する。そしてそれを次の糧にしていくのが大切なのだということ。

そんなにいくつも宿泊することはやはり経済的に難しいが、だからこそ前もっとリサーチをし、今年はぜひここに泊まってみたいと目的を持って訪れる。宿泊することは何よりもその宿を理解する上で一番であるが、それが叶わないのであれば、食事やドリンクだけでも、一人のゲストとしてその場所に訪れる、そういうことを比較しながら意識を持って積み重ねていく。

そういうことがいつか素晴らしいホテルを設計する強い土台になるのだろうと思うながら、これはホテルなどの宿泊施設だけでなく、レストランや映画館、図書館や病院、すべての場所が生きた教科書であり、いいところ、悪いところを身をもって体験し、観察し、そして吸収する。そういう態度こそが、職業人として求められるものなのだと、改めて感じる年齢になってきたのだと痛感する。

2016年1月1日金曜日

ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー(Jockey Club Innovation Tower) ザハ・ハディド(Zaha Hadid) 2014 ★



夜の便で香港を離れるまでに時間があるので、空港に直結したセントラル駅で市内チェックインを済ませ、身軽になってむかったのは香港理工大学(The Hong Kong Polytechnic University)のキャンパス。

九龍側の目抜き通りである彌敦道(ネイザンロード)から東に向かったところに広い敷地を持ち広がる香港有数の大学である。古い建物が立ち並ぶキャンパスは新年を間近にして学生の数もまばらであるが、大学独特の若者があちこちでグループでまとまり何か活動をしている姿がかもし出す賑やかしい雰囲気に包まれている。

未来に希望を持つ若者が集まる場所というのはどこの国でもいいものだと思いながら先を進むと、落ち着いたキャンパスの雰囲気とはかけ離れた未来的な建物がいきなり視界に飛び込んでくる。が、引きがない空間とその高さのために頂部までは視界に捕らえられず、かなりの圧迫感を持って迫ってくる感じである。

この建物はジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー(Jockey Club Innovation Tower) と呼ばれ、2007年に行われたコンペによってザハ事務所が一等を獲得した大学のデザイン学部の新しい施設である。限られた敷地に対して、様々に変化する社会情勢を踏まえて、大学としても要求される機能が増加し、その結果1万5千平米という延べ床面積を76mという高さの建物として収めることになったようである。

76mということで、70mとなっていた東京でのザハ事務所による新国立競技場の規模がいかに大きなものだったのかとこちらのタワーを見て理解する。また敷地も大学キャンパスの端に位置し、既存建物との間の空間も余裕を持って取ることができなかったのか、水平に配置されている古い建物郡からこの新しい縦に伸びる棟の間になんら横から縦へとつなぐ空間は設置されておらず、かなり唐突に、そして視線をブロックするようにいきなり建物へと出会うことになる。

内部に入り学生の作品の展示などを見ながらサッシ周りなどを見ていくが、先ほどのパシフィックプレイスに比べて、施工精度はかなり落ちるようである。これが斜めになった壁やガラスなどからくる難易度の高さからなのか、それとも設計を実物に落とし込むための図面のクオリティなのか、それともそれを単に施工会社やLDIの質の問題なのか、などと思い悩みながら再度外にでて見上げた外装材は、完成から2年もたっていないが、やはり相当に汚れが目立つ部分も多く、複雑形状をもった建物のモノとしての難しさと着地点をどこに目指すかの問題を改めて理解して大学を後にすることにする。


















2015年12月29日火曜日

ヴィクトリア・ピーク(Victoria Peak,太平山)★★★



2015年、日本で一躍時の人となった建築家のザハ・ハディド。彼女を建築界において有名にしたきっかけが、香港の夜景を眺めることができる高級住宅街でもあるヴィクトリア・ピーク(Victoria Peak,太平山) の山頂に計画された、住居付き高級クラブのコンペティション。そこで当時無名といってよかったザハの斬新な案を、審査員の一員であった磯崎新が大変評価し500を超える応募案の中から一等を与えた香港ピーク(Hong Kong Peak)と呼ばれる1983年に開催された建築コンペ。

結局その後クライアントの経済的な問題のために実現することはなく終わったが、「アンビルドの女王」と呼ばれるザハのキャリアの輝かしいスタート地点として、一気に彼女の存在を建築界の中心へと押しやった事件である。

そんな訳で、かつてザハ・ハディド事務所に在籍していたものとしてやはり思い入れのあるのがこの香港ピーク。標高は552メートル。香港の島側である「香港島」における最高峰の為に、古くイギリス租借時代より、港を見下ろす景勝地として親しまれ、元々は太平山と呼ばれていた山に対し、ヴィクトリア女王の名にちなんだ名前をつけたためにそう呼ばれている。

今回は旅の主導権を握っている妻が、どこから見る夜景がすばらしいかなど随分と細かくリサーチをしていたために、セントラルからとことこ歩いてやっと辿り着いた花園道駅で、山頂まで急斜面を駆け上がるトラムに並ぶために行列に並び、車内も斜面にあわせて段上になっている特注的な床面でかつて乗った時のことを思い出し、山頂駅ともなっている テリー・ファレル(Terry Farrell) 設計によるピーク・タワー(凌霄閣)へと到着する。

ピーク・タワーの屋上にある展望台には上がらず、人通りの少ない少々寂しく思える脇の遊歩道を歩くこと15分で到着した視界が開けた場所からは眼下に広がる100万ドルの夜景が見事に眺めることができ、少々もやがかかっていたが妻も十分に満足した様子でご満悦。

下りもトラムという手もあるが、恐ろしいほどの人が並んでいるために、ピーク・ギャレリア裏にあるバスターミナルから、タクシーを待つかバスを待つかで迷いながらもコスパと待ち時間を秤にかけて路線バスで坂道を下ることにする。




2015年3月6日金曜日

Nordpark Cable Railway Zaha Hadid 2007 ★★★


恐らく二度とこの街を訪れることはないだろうから、ということで、折角だから見ておこうと、山の中腹にあるザハ・ハディド(Zaha Hadid)によるケーブルカーの駅舎(Nordpark Cable Railway)を見ていくことにする。

イン川を北に渡り、急な斜面の為に十分は道路幅を確保するのが難しかったと想像できる時に一車線のみになる非常に狭い峠道をおどおどしながらあがっていく。上にあがっていけば、どんどん周辺に残る雪の量も多くなり、ゆっくりと走りながら進むこと20分この先はスキーリゾートという感じの場所へと到着する。

その目の前には、スキー客用のリフトがあり、多くの地元民が平日だというのにスノボーやスキーを手にリフトへと吸い込まれていく。その先に見えるのが、麓に位置する街からこの中腹のリフトステーションまで運んでくれる急斜面を走るケーブルカー。

白く染まった山の背景に完全にスムースな曲面を持った軽やかなその構造体はまさに風景を異化させるのに十分なインパクトを持つ。近寄ってみると、曲面でぐしゃりと歪んだように反射する周囲の風景が写りこみ、その滑らかな建築はまるで宇宙から送り込まれ生物のような今まで見たことのない風景を作り出している。

コンピューター上で作り出された滑らかな曲面を人間が作り出す施工という条件のもとに落とし込むと、どうしても何枚かのパネルに分割しなければいけない。そしてパネルとすることによって、そこに生まれる分割線。Landhausplatzでもあったように、人間が立体を理解する時にその助けとなるのが表面上の分割線。この分割線をどのように「デザイン」するかが現代の曲面建築を手がける多くの設計事務所における大きなチャレンジとなっている。

捩れたサーフェイスは、その幅が常に一定ではなく、その為に分割する線分の幅もどうしても変化することになる。2本の線が一点に収束するとそれはパネルと三角形にすることになり、逆に収束せずにある線と交差する部分で線が消えれば不正形な台形となり、なにより全体を覆う線のダイナミズムがそこで止まってしまうことになる。

サーフェイスのコンセプトを踏襲しつつ、かつ施工的、制作条件に沿った適した分割線を見つけることができるか。その試行錯誤の後をこの表面にも感じる。

なんと言ってもこの作品は、大学院時代を共に過ごしたチームメイトと、ザハ事務所時代によく一緒にプロジェクトを手がけていた友人が中心になって完成させた作品でもあるので、よく話しに聞いていただけあって自身としてもなんとも思い入れのある建築である。

ネットで見ていたよりも、実際にこうして3次元に滑らかに曲げられたガラスパネルがこれだけスムーズに接合されて全体を構成している姿を見ると、ある種の感動を感じる。それが装飾としてではなく、しっかりと構造と一体となり、緩やかに内部と外部を隔てており、ケーブルカーの駅舎としての機能も満足しているようである。

頭痛の種であったであろう雪の処理もその形態からなんとか処理仕切れているようであるし、何より完成からすでに5年たってこのクオリティーを保っているのならそれは素晴らしいことだと思わずにいられない。

そして何より、その駅舎の向かいに設けられたビュー・ポイント。恐らくこれもこの駅舎のデザインに合わせて共に設計されたのであろうが、滑らかに外に張り出すようにして眼下に広がるインスブルックの街を見下ろしながら、その先に広がるアルプスの山々の風景は圧巻である。

その風景の中にもう一つこの駅舎と向き合うようにして建つザハ設計のジャンプ台を見つけるのもまたこの場所の楽しみになのかと思いながら、次の街へ向かうことにする。