2014年2月6日木曜日

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 村上春樹 文藝春秋 2013 ★★★

「36歳」というのは子供の時には十分に大人だと思っていたが、実際にその歳になってみると自分が思っていたのよりは遥かにまだまだ子供だということ。

ブレなかったり、感情に流されなかったり、仕事は専門知識を十分に蓄えて、さまざまなことができると想像していた大人の年齢だが、現実には相変わらずできない事に苦しみながら学ぶことの多さに八方塞になりつつも、学生時代とほとんど変わらない日々を送っている。

そんな36歳の年に、36歳の中年の男の物語を読む。

実家に戻った時に珍しく村上春樹のハードカバーが置いてあるのを目ざとく見つけ聞いてみると、父親が流行っているようなので買ったけどまだ読んでないから持って行っていいというので、その言葉に甘えて北京に持って帰ると、珍しく自分より先に読み終えた妻が、「なんだかあなたのバックグランドに似ているよ」と言ってくるので、色々と思考を巡らす一人旅には丁度言いかと山陰につれてきた一冊。「ハルキスト」なる気持ち悪い言葉が垂れ流された昨年の熱狂からやや時間を置き、静かな雪景色の中で読み進める。

物語は中心は名古屋の裕福な家庭で育った主人公。恐らく県立と思われる進学校で過ごした高校時代に仲の良かった男女4名の親友がいたが、一人だけ進学の為に上京することになり、大学2年のある日に突然地元に残っていたその親友から絶好を言い渡され、理由も分からずにその心の傷を抱えながら今まで生きてきている。

その主人公は駅舎を設計する建築士の仕事についており、今では東京の会社で自分の好きな事を仕事として何不自由なく暮らしているが、新しく出遭った恋人といえる年上の女性にその心の闇を指摘され、長い年月の末その傷に向き合うことを決めて、かつての親友を訪ねていくという話。

印象的なタイトルは名前の一部に色が入っている親友4名に対して、自分だけ色が無い名前を持っている為に、色彩を持たない主人公が自らのトラウマを解消する為に地元やフィンランドまで足を運ぶ巡礼にでるという内容。

この中で、「名古屋」とあげられているが、その中に含まれる「愛知を含めた名古屋圏」という意味で捉えると、未だに旧制中学が高い進学率を誇る教育大国でも愛知県出身者には、本の中で出てくる高校の雰囲気や、彼らのその後の生き様なども非常に共感がもてるだろう。

名古屋を中心とした愛知では、旧制中学のナンバーに沿い、旭丘高校、岡崎高校、津島高校、時習館高校、瑞陵高校、一宮高校、半田高校、刈谷高校、と県立学校でも高い進学率を誇る学校が残る。それらは旧制中学ということもあり、それぞれの地域にバランスよく散らばっている。人口比率から考えると名古屋市内には高い水準を求める生徒と親の希望に応えるだけの公立校が足りないので、必然的に全国的な進学率をもつ、東海高校や滝高校などの私立学校が存在する。

そんな背景がありながら、地元中学の優秀な学生がほとんど上記の県立高校に進学し、男女共学の中で文武両道をモットーに極めて健全な学生生活を送り、その中で家庭の状況にも依るが優秀な生徒は東京方面の国立大学や私立大学、もしくは西の京都大学や大阪大学などの国立や立命館などの私立に進学するか、地元に残り名古屋大学を頂点とした地元の大学へ進学するのが大多数である。

世界企業であるトヨタのお膝元ということもあり、教育水準も高く、そして進学や就職のチョイスも、西と東の狭間で多くあるということで、非常に恵まれた地理的環境に生まれ育った事を大人になって認識するのもまた名古屋周辺で生まれたものの共通項であろう。

連鎖する生活水準同様、上記の進路を取る人間は、概して高い収入を得る職業に就くことが多いか、不動産や医者などの親の家業を継ぐことが多く、必然的に地元に残るか戻って来て、子供も同じように出身校に通わせるという、ある種のループが綺麗に完結する。

そんな育ちの良い、家庭環境のしっかりした、中学では恐らく生徒会の役員もやっていたに違いない高校の同級生たち。都会の雑踏の中ですれたり、ぐれたりすることなく、極めて健全に高校時代を過ごし、誰かを好きになったり、友達と喧嘩したり、部活に没頭したりと極めて健全な時間を過ごして次のステップに羽ばたいていくまでの時間。

この様に見ていくと、恐らく自分と同じように、この物語に自分の高校時代、そしてその後の人生を重ね、バックグラウンドが似ているなと思っている人はかなりの数いるのではということ。それぐらい、そこそこの進学校でそれなりに楽しい高校時代を過ごし、男女問わず数人の仲の良い友人がいて、大学進学後の時間のすごし方は違えど、年に何度かは連絡を取り合い関係性を続けている。そんな名古屋周辺で生まれた70年代生まれ世代。

作者の類稀な想像力とその取材力により、かなりリアリティを持ってその地に生まれたものにしか分かりえない空気を捉え、そして実感を持った物語を編んでいく。恐らくそれが山陰でも、九州でも、それはまったく違った物語になるのだろうが、時代の空気を共有しながらも、それでいながら地域の差異をしっかり加味してつくられる物語。

戦国時代の天下に手をかけた3人の武将がこの地出身だったことが証明する様に、全国規模で活動するにはこれとない地理的優位性を誇るのが太平洋沿岸にそった流通の便を備え、京と江戸という二つの時代の価値の中心地へのアクセスを誇ってきた場所。

時代は変わり、主要交通網が変わっても、人が移動し、交易する中で価値が増加する社会生物としての人間の姿がある限り、地理的要素が現す地の利はどの世の中でも変わらないだろう。


の言葉に違わないように、ますますその凶暴性を増してきたグローバル経済。その中で勝ち残り、新しい時代に生き残っていく都市は、古来からの土地の力を上手く利用し、価値の流動性の流れの中に身を置いたもののみであろうと思いながら本を閉じることにする。

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