2016年2月3日水曜日

「新国立競技場、何が問題か: オリンピックの17日間と神宮の杜の100年」 槇文彦 大野秀敏 2014 ★★

2015年、日本を揺るがした二つのオリンピック問題。一つは決定したデザインが盗用の疑いがあるとしてコンペのやり直しされたロゴ問題。

もう一つはコンペに勝ったザハ・ハディドのデザインに対する概算が予算を遥かに超えるものになっているものと、周囲のコンテクストにあった規模とデザインではないという日本人建築家を中心とした市民団体からの反対意見によって、最終的にはデザインの変更と新たなるコンペによって隈研吾の設計案になるというスタジアム問題。

そのスタジアム問題に対して、反対の声を上げた建築家による様々な意見をまとめたものがこの一冊というところである。

建築の世界に身をおいていると、やはり様々なところから多くの情報が耳に入ってくる。恐らく建築の知識を持たず外らか見ていると、非常に複雑に見え、誰かを悪者として晒しあげることで、責任問題を避けながら、一定の誰かに対して有利にことが運ぶようにソフトランディングさせているように映っていたであろう当時の状況。建築業界に身をおいているものであっても、その規模や関係性の複雑性のために、なんでこういうことになっているのか、その本質をつかむのは非常に難しいはずである。

予算を想定し設計を行っていても、やはり建築家というのは実際に現場にて資材を調達し、様々な職種に分かれる職人を手配し、工事を動かす職能ではない訳で、その為に長い年月を見通しての現実に即した概算を把握しながら設計を進めるのはやはり難しい。

今までの経験や、過去の数字を元に、およその数字を頭に想定しながら、「これはできる。これはできない。」と設計内容を調整しつつ、実際に工事を行う工務店や施工会社とやりとりを行いながら設計内容と予算とのバランスをとっていく。

しかし、そのような作業は日々行えるわけではないので、やはりある程度設計内容が固まった段階で、何社かの工務店に図面を渡し、それを元に概算を出してもらい比較検討する「相見積」の必要性が非常に高い。

東北の復興バブル、そして東京オリンピックブームによって、全国に散らばる職人がその単価の高さのために出稼ぎとしてある一定地域に移ってしまい、それぞれの場所で職人を確保するのが難しく、同時に工事価格の上昇、または忙しすぎて工事を請けることができない、見積もりすらも出すことをしないという施工側の優位性が一気に高まった2014年以降。その状況の中で作り手の都合で価格が決定されていくこともあちこちで起こり始め、その中で相見積など参加する甘みもなく手間と時間をかけないという工務店も多く見られたのが実際である。

そんな全国的な状況の中、国家プロジェクトであるオリンピックスタジアム建設。その見積もりは複雑に絡み合い、下請け、二次下請け、三次下請けと階層化していく業者関係の中で、ステップを踏むごとに上乗せされるそれぞれの価格が積み重なり、最終的にはかなりの膨らみを見せるのは当然のことである。

そんな中で報道された、予算とかけ離れた概算の問題。それと時を同じくするようにして起こってきた反対の声。

そんな状況を見つめつつ、徐々に世の中に満ち溢れていく違和感。何故これほどまで問題が大きくなったのか誰も明確にできないままに、誰も全体を制御しきれなくなっていった状況が見え始め、と同時に、その状況があえて放置されたかのように一気に報道されていく様子。

通常の建築であるならば、どうにか別の施工会社、なんらしがらみのないところに最新の設計図を渡し、見積もりを出してもらい、現行の見積もりにどれだけの根拠があるのか、またどの部分に異常にコストがかかってしまっており設計を変更しなければいけないのか、もしくはどの部分が常識的なコストより高く見積もられており、それがどんな理由によるものなのか、そういうことを個別に明確化することのほうが、税金としてのしかかる一般市民に対しては責任を果たすことにつながるし、非常に透明性の低い建築事業のコストに関する認識により明瞭性をもたらすのにと思いながら、どのメディアもそんなことを報じることをしないという状況。

兎にも角にも建築業界に身をおくものとして、この問題の議論がそれぞれの陣営において何を焦点として争われたのか、そしてその奥に見えるものがいったい何なのか。せめて建築畑でない友人に意見を聞かれたときに、事実と意見を明確に伝えられる準備のために読んでおく必要のある一冊であろう。

----------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------
1 プロローグ―10・11 神宮の杜で 元倉眞琴

2 新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える 槇文彦

3 ひとつの建築を通して、何が問われているのか―シンポジウム 新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える
/問題の根本はプログラムにある 槇文彦
/明治神宮と外苑はいかにつくられたか 陣内秀信
/環境倫理学から街づくりへ 宮台真司
/歴史との対話から都市を計画する 大野秀敏
/いい街づくりには何が必要か パネルディスカッション
/今後の展開とメディアの役割 質疑応答

4 “市民の目”が景観をつくる―アムステルダムから 吉良森子

5 何が問題か、どうすべきか
/新国立競技場は、神宮外苑とオリンピックの歴史を踏まえるべき 越澤明
/今、私たちの見識と想像力が試されている 松隈洋
/東京のランドスケープ・ダイバーシティをめざせ 進士五十八 
/市民の立場から国立競技場を考える―国立競技場のユーザークライアントとして 森まゆみ
/ロンドンオリンピック施設計画・設計の事例に触れて―問題を機に日本の建築まちづくりの仕組みを変える 長島孝一

これからの100年のためにーあとがきに代えて  大野秀敏
----------------------------------------------------------

0 件のコメント: