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2016年11月7日月曜日

サント・シャペル(Sainte-Chapelle) 1244 ★★★



ホテルをシテ島付近にした理由の一つが、今回こそどうしてもこのサント・シャペル(Sainte-Chapelle)を訪れてみたかったのと、夜に行われているこの教会内部でのコンサートを体験してみたかったからである。

霙が混じる冷たい雨の中、シテ島に渡り入り口に向かっていくとすでにかなりの観光客が並んでいる。9時の開門に合わせてきているのかと思えば、どうやら隣のパレ・ド・ジュスティス(Palais de Justice, House of Justic)、つまり司法関係の建物が入る歴史建物への見学に訪れた人々のようであり、こちらのサント·シャペルには逆に誰も並んでおらず、さっさと中に入ることが出来る。

入り口の安全検査のみ別になっており、中に入ると敷地は一つになっているので、「ひょっとして先ほど逆側に並んでいたのは観光客ではなくて、それこそ裁判に訪れていた人なのかも・・・」などと思いを巡らしながら、教会入り口へ。まだチケット販売の窓口が開いていないために、同じようにこのご時勢に大きなカメラを手にいろいろな角度から写真を撮っている外国人男性と、ポジションを争うようにして外観を取っているとやっと窓口のおばさんがやってきたので、チケットを購入して中に。

観光のオフシーズンの寒い早朝ということで、内部は先ほどの男性と二人占め。ルイ9世が収集した聖遺物を納めるために建設を銘じたのが1239年というから、ゆうに800年の歳月が過ぎており、後期ゴシックの最高傑作といわれている二階部分の教会堂へと狭い階段をあがっていく。

曇空の早朝ということで、降り注ぐ日の光の下の荘厳な空間という訳ではないが、細く伸びた柱がエレガントに曲線を描きながら空に消えるようにして天井を支え、その間を色とりどりのステンドグラスが表現のスケールを変えて、更に細かい表情と色で覆われた空間に圧倒される。

西洋の建築空間を見に行く前には簡単に見直し予習をする3冊のうち一冊である「西洋建築空間史 西洋の壁面構成」 によれば、初期ゴシック教会堂の6分ヴォールトから盛期ゴシック教会堂の4分ヴォールトへの変換点に位置する建物であり、組積造の壁から柱への経過を継承し、現代建築におけるピロティへの発展へとつなげていく構造表現の変化、つまり壁から分化し、垂直加重を受ける縦方向の表現要素として独立していく柱というエレメントが、空間表現として昇華した見事な実例であるという。柱以外全て開口部。だからこそ感じられる「軽さ」は、現代まで繋がる建築の大きなテーゼの一つともなっている訳である。

時間に余裕があるために、30分ほどじっくりと内部を隅々まで観察し、各ステンドグラスの意味の解説などに目を通し、次なる目的地に足を向けるために敷地の外に出ると、すぐ近くに見える初期ゴシック教会堂として、当時のままの姿をよく残しているといわれるノートルダム大聖堂の双塔を視界に捉えながらセーヌ川沿いを西へと向かうことにする。ちなみにこのサント・シャペル。所属はギリギリ1区である。


パリ1区



















2015年3月8日日曜日

ル・ランシーのノートルダム教会(Notre Dame du Raincy) オーギュスト・ペレ 1923 ★★★★


朝早くチェックアウトして、美術館視察の旅の最後の目的地であるランス(Lens)に向かわなければいけない。しかしせっかくパリに来たのだから、まだ訪れたことのないあるオーギュスト・ペレ設計によるル・ランシーのノートルダム教会(Notre Dame du Raincy) にどうしても行きたいと思いいろいろとシュミレーションをしてみる。

パリの中心部からだと地下鉄に乗って東に向かう鉄道駅まで向かい、鉄道でおよそ20分。最寄り駅からは歩いて15分の様であるので、頑張ればいけないことはないとまだ夜も明けぬ朝の6時に起床して準備をする。

念の為にホテルの受付で教会へと電話をしてもらうと確かに教会の人が電話に出てくれた。まだ夜のざわざわした雰囲気が残り、新しい1日が始まっていない静かな路地を早足で駆け抜け最寄の駅から電車に乗り、駅の改札もまともに機能していないパリの郊外の駅へ到着する。

ほんの少し外に出るだけで、そこには華やかなパリの風景とは違ったフランスの長閑な郊外の風景が広がる。爽やかな朝の空気に包まれながら、ゆるい坂道を登りながら徐々に見えてくる教会の姿を視界に捉える。

近代建築の始祖であるル・コルビュジェ。彼の爆発的な活躍があったのは彼に先立つ先人たちが新たなる次回の新たなる技術の可能性を熱心に探求し、その機が熟したのとコルビュジェの先見性が見事に一致したためであるのは間違いない。

その先人の代表格なのがコルビュジェの師でもあったオーギュスト・ペレ(Auguste Perret)。ローマ時代から使われていたコンクリートという素材を新しい時代の構造体の主役へと押し上げるための研究を重ね、いくつも新しい時代を示唆する建物を残した建築家である。

サント・シャペルに見られるように、ゴシックが成した歴史的な功績は、組積造であれば構造体として立ち上がり外部と内部と遮断してしまっていた壁に対して、柱に構造の役割を持たせてそれ以外は自由に開口部とすることで、内部に光の降り注ぐ明るい空間を加納としたことである。

古来より用いられたコンクリートという圧縮に強い素材に、鉄筋という引っ張りに強い素材を組み合わせることにより、細い寸法で柱・梁として空間を立ち上げるフレームを作り出すことが可能になるのではと鉄筋コンクリートを用いて様々な実験的建築を生み出してきた。

その到達点がこのル・ランシーのノートルダム教会であるのは間違いない。外部からはコンクリート造の思い表情だと見て取れるが、一度内部に入ると両面の壁は構造を担当する円柱以外は全てステンドグラスがはめ込まれ太陽の光が様々な色に変換されて内部に満ちている。

現代社会において世界のどこだろうと当たり前の工法として採用されるようになって鉄筋コンクリート構造。そのコンクリート打ち放し建築として最古の建築と考えられるこの教会。鉄筋コンクリートが新しい時代の新しい表現の代表者としてなるために、余計な装飾を取り除いて、この素材と工法がもたらすダイレクトな表現を採用しようと考えた建築家の意思を感じる佇まい。

わざわざここまで足を伸ばしたことに満足し、恐らく同じ様に多くの建築を志す者が立ち寄ったと思われる隣の果物やでいくつかフルーツを買い込み、チェックアウトに間に合うようにと駆け足で駅への坂道を下ることにする。


















2014年6月4日水曜日

サン・マルコ広場(Piazza San Marco) ★★★★★



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所在地  ヴェネツィア(Venezia)
機能   広場
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走り出して約1時間。やっと到着したのがベニスの中心であるサン・マルコ広場(Piazza San Marco) 。世界で最も美しい広場の一つに数えられ、一年を通して多くの観光客の姿で賑わうまさに広場である。

イタリア語で広場を現すと、先ほどまで通ってきた幾つかの広場同様カンポ(campo)と呼ばれるものが普通であるが、こちらはピアッツァ(piazza)と呼ばれ、イタリアでも極めて規模の大きな重要な都市広場のみに使われる呼び名だという。

このサン・マルコ広場。その広場の名前である、サン・マルコであるが、もちろんそれは正面に鎮座するサン・マルコ寺院から来ており、それはつまりヴェネツィアの守護聖人である福音記者マルコに由来するものである。

海洋国家であったかつてのヴェネツィア共和国の中心としてだけではなく、海に面した玄関口としても都市の中で機能を果たしていた。ちょっといびつな形をしたL字の広場は小さい方の広場が海に接する形なり、その玄関口を示すかのように、そこには2本の高い柱が建てられている。

この2本の柱の兆部にはそれぞれサン・マルコのライオンの彫像と、聖テオドーロの彫像が設置されている。かつてはこの2本の柱の間で死刑執行が行われたといい、今でもベニス育ちのイタリア人はこの柱の間を通らないと言われているという。

何度そこに足を踏み入れても、活気が溢れ、朝から晩までまったく違う表情を見せてくれながら、なんとも美しい都市空間の在り方を見せてくれる場所である。広場の多くは回廊で囲われ、夏でも建物の下に深い影の空間を作り出し、人々が快適に広場周辺を回遊することができる。

この広場にはベニスの重要な建物がほとんど面しており、正面に象徴となるサン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)、その海側に美しいヴェネツィアン・ゴシックの傑作であるドゥカーレ宮殿(Plazzo Ducale)。その前には高さ約100mで街で一番高い建物である、サン・マルコ広場の鐘楼(Campanile di San Marco)。サン・マルコ寺院と向かい合わせで建つのが、スカルパが改修を手がけたコッレール美術館(Museo Civico Correr)。

これだけの建物を見学して回るだけでも一日はかかるような見事な建築博物館の様相。個別の建物はまた別に記すとして、今回は街のどこからでもこの広場がどこにあるのかを分からせてくれるその鐘楼(Campanile di San Marco)について。

街を歩いていると、定期的にこの鐘楼に備えられた5つの鐘が時間を知らせる音を体験することになる。都市の中に都市の音がある風景。もともとは海に面しての見張り台として計画されたというが、今ではすっかり運河の街・ベニスのアイコンとなり、世界中でその模倣品を見かけることができる。

他のヨーロッパの都市の鐘楼の様に、えっちらおっちらと階段であがっていかなければいけないものとは違い、地上からはエレベーターであっさりと登ることができる。ただし昼間はかなりの行列となっているため、時間をずらしての見学が必要となる。上からは赤で統一された屋根の連なる景色の先に開けたアドリア海を眺めることができるが、前回の訪問で上っているので今回はパスすることにする。

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次の日の夕方に再度広場を訪れて、今度はサン・マルコ寺院の裏に回っていき、8年間に自分達でスペースを借りてビエンナーレ期間に展覧会を行った会場を見に行く。もちろんなのだが、あの時と変わらぬ形でそこにある会場を見つけ、過ぎた時間に思いを馳せる。



二日目の朝









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三日目の夜