2016年11月10日木曜日

「王様のためのホログラム」 トム・ティクヴァ 2016 ★★


パリからの帰りの飛行機の中で、気になって観てみた一本。リストラされたトム・ハンクスが、なんだか怪しい技術を売りにするIT会社に再就職し、社運を賭けた大事業として、その技術を中東の盟主・サウジアラビアの国王に売り込みに行くために現地へと赴くという物語。

娘の養育費を払うためになんとしてもこの商談をうまくまとめたいハンクスであるが、現地オフィスは砂漠の真ん中で、Wifiも何も通ってなく、仕事どころではない状態からの開始。赴任しているスタッフから文句を言われ、サウジサイドに仕事環境の整備を折衷しにいくが、受付の女性からは「担当者にいつ会えるか分かりません」と、少しも申し訳なさそうにあっさり言われてしまう。何とか担当者まで辿りつき、「どうにかする」と言質を取っても、いっこうに改善せず、「どうなってるんだ?」の繰り返し。

それとは好対照に宿泊するのは豪華なホテル。しかし、そこから商談相手がいる街までは、車で砂漠の中を1時間以上走らないといけないという交通の不便さ。しょうがないので、おしゃべりで適当な地元のタクシードライバーを雇い、毎日行き来するうちに、現地の習慣を少しずつ教わることになる。

いったいいつ王に会えるかも知らされず、その状態が続くことが何の問題でもないというサウジ側の態度も重なって、ストレスからイライラが募るハンクス。いつになったら帰国できるのかも分からず、本社からは早く結果を出せとプレッシャーを与えられ、ついに身体を壊してしまい訪れた病院で出会う、同じく中年の域に達した現地の美人女医。

シャープでプライドの高いその女医とのやり取りを通し、徐々にこの国の常識を理解するのと同時に、今までの自分の考え方がいかに一側面しか見ていないものだったかと気がつき始めるのと同時に、案の定生き方に迷った中年同士として、二人は惹かれあっていく。

というような流れであるが、それにしてもこのサウジアラビアという国。この映画で描かれる様であれば、なんとも適当で、独自の価値観が非常に強い国柄のようである。このような国で仕事をすることになれば、きっと大変なのだろうと思わずにいられない。

トム・ティクバ(Tom Tykwer)
トム・ハンクス(Tom Hanks)













ピカソ美術館(Musée Picasso) ロラン・シムネ 1985 ★



朝から歩き回り、ポンピドゥー・センターを見終えてそろそろ午後の打ち合わせの為にホテルに戻ろうかと思うが、せっかくだから少し足を伸ばして新しくなったというピカソ美術館(Musée Picasso)も観ていこうかと欲がでる。

相当脚に疲れがたまっているが、せっかくのパリだからと西に向かってマレ地区と呼ばれるお洒落な雰囲気漂う3区へと入っていく。ピカソ美術館といえば、バルセロナにもあるのが有名であるが、こちらパリのものは、1973年のピカソの死去後、その遺族が膨大な相続税の為に物納した作品を中心として、ピカソが長く滞在したこのパリにてぜひとも美術館をと計画されたものである。

建物としては新たに建設されたのではなく、元々は1659年に建築家ジャン・ド・ブイエによって設計された邸宅をパリ市が買い取り、それをピカソ美術館として改修することが決まり、コンペが行われ、その結果建築家のロラン・シムネが設計を担当することになり、1985年開館となる。

およそ25周年にあたる2009年に更なる改修が行われることになり、その期間を利用して膨大なコレクションは世界中を巡回展として巡り、世界中でピカソ展が開催されていたのも記憶に新しいはず。改修工事は結局2014年までかかり、その10月にやっとリニューアルオープンを迎えたというわけで、まだ2年ほどの歳月しかたっていないことになる。

展示は「ピカソとジャコメッティ」として同年代を生きた二人のアーティストの作品を様々な角度で比較しながら、相互作品への理解を深める内容となっている。

それにしてもこの美術館。元々邸宅ということもあり、かなりの制限があるのはしょうがないんのであるが、現代のようにこれだけ多くの人が訪れる場所として、狭い部屋を次々へと巡り、階段を何度ものぼり、最後はいったいいつ終わるのか分からないという不安にかられる狭い階段室を一気に何回分も降りなければならないという、動線という美術館においては楽しみに一つでもある重要な要素に非常に大きなしわ寄せが来てしまっている、そんな印象を受けつつも、やはりこれだけ大量に同年代のアーティストの作品を見比べると、ピカソの突出した感性に圧倒されずにいられないと思いながら、ホテルへと帰路に着くことにする。


パリ3区








ポンピドゥー・センター(Pompidou Centre, フランス国立近代美術館) レンゾ・ピアノ リチャード・ロジャース 1977 ★★★★



パリの南から中心地の4区に戻り、レ・アールの駅から地上に出ると目の前に見えてくるのは青い工場。フランスの3大美術館に数えられ、古典美術はルーヴル美術館、フォーヴィズム以降の20世紀美術はオルセー美術館、そしてそれ以後の現代美術はと言われるのがこのポンピドゥー・センター(Pompidou Centre, フランス国立近代美術館)。

ルーブルが古い宮殿を、オルセーが古い駅舎を再利用して作られた美術館だったのに対して、このポンピドゥー・センターは現代美術の殿堂として相応しい建築にとコンペが開催され、世界中から多くの応募があるなか、イタリア人であるレンゾ・ピアノとイギリス人であるリチャード・ロジャースのチームによる案が一等を獲得し、1977年に開館した。

現代社会における展覧会とそのための空間の在り方を深く考察し、決まった大きさの部屋にある決められた壁にかける絵を変えるだけが展覧会のあり方ではなく、展示する作品の意味や大きさ、壁や訪れる人の動線のあり方なども、展示作品ごとにその作品の意図に一番あったものにしていく必要があるということで、構造の柱や壁、設備のダクトやシャフトなどで空間の可変度が比較的決まってしまう従来の建築の在り方に対して根本的にチャレンジし、内部の展示空間がそれらの構造や設備の制限から解放され、最大限の可変度、フレキシビリティを得られるように、建築に必要な構造や設備、動線などをできるだけ展示空間の外に出してしまおうという大胆な発想の転換。

その為に従来の建物であれば、壁や天井の裏、訪れる人からは目に見えない場所に隠されている構造や設備の要素が、すべて外に出され、その意図を明確にするためにそれの要素を隠すことなく剥き出しとして、今までの建築とはまったく違った表情を都市に見せている。文化施設などでは通常それらのあまり見て美しくない要素はできるだけ壁などで隠すなどの操作をされていたのに対して、工場などは不特定多数の人が訪れる場所ではなく、設備などの要素を隠し、できるだけ美しい空間にするというのが建物本来の求めるものでもないために、ほとんどがそれらの設備、構造の要素を剥き出しのままにされる。

それらの建築の機能によるある種の祖形を我々は育っていく中でなんとなく理解するために、このポンピドゥー・センターを見た際に、「青い工場」とか「カラフルな工場」と認識してしまい、「これが美術館なの?」というリアクションに繋がるわけである。

今から20年近く前、建築を学ぶ学生時代に建築史の歴史の授業では、一番最後の方に載っているのがこの建物であったのを良く思い出す。それは当時イギリスを中心としてムーブメントとなりつつあった、ハイテク建築の象徴的建物であり、その為に建築の歴史というアカデミックな括りにすでに囲われた建物であり、かつ今という時間からもっとも近い建築物でもあったわけである。実際に見てみたく、バイトをしてパリまでやってきた時の感動を今でも良く思い出すものである。

前面広場を大胆にスロープとしてエントランスを地下1階に設けることで、レ・アールの駅から建物に向かう人々の流れを正面で受けるとともに、人々が漂う都市広場としての空間の背景として自らを組み込むことになる。東側の道路から敷地北側に設けられた搬送口に対して、公共のエントランスは西側へという動線計画も明確。

エントランスを地下に設けたことで、入り口空間は背の高いゆったりしたものになり、人目でどこにチケットオフィスがあって、クロークがあって、トイレ、カフェ、常設展示と企画展示への入り口が一目で分かることができる明確な平面計画。

チケットを購入しコートを預け、常設展示入り口でチケットチェックを受けて、エスカレーターで地上階へと上がってから建物の外に出るようにして正面ファサードに取り付けられたチューブ状のエスカレーターを利用して一気に建物最上階の6階へとアクセスする。というのは、この建物は美術館だけではなく、図書館など様々な機能が同居しており、4、5階が常設展示、6階が企画展示とレストラン、そして3階は公共図書館などが入っており、美術館を訪れた人を下層部の公共空間から一気に最上部の6階へと持ち上げて、そこから徐々に降りてくるタイプの動線は非常に効率的である。

しかしそれを階段やエレベーターでやると、一度に利用できる人の数が限られたりということで、エレベーターというかなりアクロバティックな縦方向の動線を採用するにあたり、通常の建物内部で何度も折り返しでつかうものであれば成立しなかったであろうが、一方向、しかもほぼ外部に設置され、高さを上がることにより徐々に目の前にパリのパノラマが広がるという、背の高い建物があまりないパリという都市だからこそ、そして市の中心部に巨大なヴォイドとして取り残されていた駐車場跡地だったころこそできたこの動線空間。まさに現代のパリのパノラマ空間であり、最上部の廊下空間は展望室としての機能も兼ねており、南に張り出す場所ではエッフェル塔モンパルナスタワーが向き合う姿を見ることができる訳である。

企画展ではルネ・マグリットの展示が行われており、印象的なこうもり傘の絵などに多くの人が集まっている姿を見ながら、先ほどのエレベーターを利用して下階常設展示で、ヨーロッパ最大とも言われるその膨大なコレクションをお腹一杯になるまで堪能し、図書館を覗きながら今度はゆっくりとエレベーターを降りていくことにする。



パリ4区