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2013年5月14日火曜日

「早春の化石」 柴田哲孝 2010 ★★★


男なら一度は憧れる職業というものがある。

その一つが私立探偵。東京のような狭苦しい場所に留まらなければいけないのは、そこにしか仕事が無く、そこでしか人に出会えず、そこでしか楽しいと思える刺激がないからだとしたら、生きるに困らないだけの仕事の依頼が入ってきて、興味深くかつ若くて美人なクライアントがわざわざ訪ねてきてくれて、時に友人達とBBQをし、時に鳥のさえずりを聞きながら物思いに耽ることが出来る自然の中のテラスがあり、適度な距離を保ちながら彩りを与える友人達がいる。そんなおおらかな生活を可能にする広さ。それを所有する事が可能でかつ東京にも繋がれる場所として福島が舞台。

都会の雑踏の中でしか生きる喜びを見つけられないというような青臭い時代を終え、ある年代で経験すべき事をしっかりとこなして大人になった男が、自分の時間の過ごし方を知り、ダッチオーブンやローマイヤのハムなどこだわりをもったモノ達に囲まれる生活。社会や世間というものから距離を取ること、その中で評価される事に囚われない身。漂う清々しさ。今の自分の姿と比べてみては、間に横たわる距離に歯ぎしりすることになる。

そんな訳で叔父の死により相続したこの家を拠点に活動する事になった神山健介シリーズ第2弾。前作の夏から季節は巡り今度は春。土の中から様々な生命が息吹出す季節にその土の中から死んだはずの姉の声が聞こえるという双子の妹からの依頼。有名なモデルでしかも相当な資産家の娘。なんとも羨ましいがありがちな展開にもれず、どうも男性に依存するタイプの女性な様子であっという間に身体を重ねる事になる。どうにも最近はワイルドなタイプはモテるという設定のようである。

何世代にも渡る歴史の中にミステリーの答えを持って行くのは他の作品でも見受けられるが、そのワイルドな風貌か想像出来るワイルドな私生活と交友関係からの真実味のありそうな歓楽街での人探し。そのやり取りはなかなかスリリングで物語に緊張感を与える。

通底するハードボイルドとしっかりと練られたミステリーの絡み合う糸。ストーリーが比較的明確なのであっさり読みきれてしまうが十分楽しめる娯楽作。次の季節の秋を楽しみに待つことにしながら、それまでに自分もローマイヤのハムで・・・というように、「○○の何とか」と身の回りのものに対してのこだわりレベルを少しでも向上しておくようにする。

2013年1月1日火曜日

「未踏峰」 笹本稜平 ★


かつては有能なシステムエンジニアとして活躍していたが、ふとした誘惑から万引きにはまって道を踏み外し、派遣労働者として明日への希望を失っていた橘裕也。

なんとかそのスパイラルから抜け出そうとして見つけた仕事は八ヶ岳の山小屋での住み込みバイト。

パウロさんという風変わりな経営者の下に集まったのは知的障害者ではあるが、力持ちでスケッチが抜群にうまい勝田慎二と、アスペルガー症候群で他の人の感情を察することはできないが、すべてを理論的に突き詰め、料理に関しては飛びぬけた才能を見せる戸村サヤカ。

生きることに希望を失いつつあった3人に、パウロさんが与えたのはヒマラヤ山脈6700メートルの未踏峰として残っている名も無き山への登山。それを成すことが生きることに夢を与え、それを成すことが新しい方向への転換点となること。

その準備期間で起こった不意の事故で亡くなったパウロさんの遺骨を胸に、一クセも二クセもあるメンバーでのこの世で最も厳しい環境への挑戦。

このプロットと、作者らしいゾクゾクするような冬山の表現で十分面白くなりそうなのだが、やはり国際的陰謀が奥に絡まないともう一つ物語りにハードボイルドとしての奥行きを与えきれないのが残念。

「可能性とは、あらかぎめ与えられているものではなく、与えられた条件の中で全力で行動することによって創造するものだ」

「人生における真の出会いには、おそらく時節というファクターが必要なのだ。」

派遣労働者として、一つの仕事が終われば、達成感を味わう暇も無く次の仕事に取り掛かる。仕事に喜びを見出せない。仕事以外の楽しみも見つけられない。そんな日々を送っていた裕也に生きることの喜びを与えてくれたパウロさん。

「考えて見ればここ何年も、裕也は人間というものに興味を抱いたことがなかった。」

興味深いと思える人間が少ないからなのか、それともそういう人間に出会わないからなのか、それとも出会った人の面白さすら感じとることができない人間なのか。

「無条件に自分が信頼されているという安心感。それは魂にとってもセーフティネットとでもいうべきものだろう。人を信頼することは、裏切られるリスクを甘んじて引き受けることでもある。」

「自分が落ち込んだ苦境を時代のせいにするのは簡単だ。しかしそれではなにも変わらない。時代を変えられないのなら、自分を変えるというやり方もある。自分が変われば世界の見え方も変わって来る。」

「普通だとか変だとか、そういう価値観事態がおかしい 世の中にはいろんなタイプの人間がいる。それぞれが神様から大切な役割を授かってこの世に生まれてきた。その役割をどう果たすかが大事なことで、それが他の連中と多少違っていようと、それは小さな問題に過ぎないはずだ。」

「心にも無いお世辞を抵抗無く並べられるようになることが、正しい意味での社会での適応といえるのか。」

「ただ意味も無く生きていくだけなら、どんな風にでもやっていける。肝心なのは、パウロさんが与えてくれた、生きることの喜びだった。」

「実現したい夢を持つことが、これほどまでに心に張りを与えてくれる。」

「死は誰にでも平等にやってくる。この世での成功も失敗も、そのときすべてがリセットされる。結局得るものもなければ、失うものも無い。
だから人は夢を見る力を授かった。君達も私も夢を持つべきだ。そしてその夢は、できるだけ欲得から遠いものがいい。生きているという、ただそのことを喜びに変えられるような。」

「徹底的に無意味であるがゆえに、それは生きるに値する。」

「自分でダメだと思ったときが敗亡なんだって。心臓が動いて呼吸ができる限り、チャンスはあるんだって。」

「人生にはそのときを逃せば一生悔いるような局面があるらしい。自分を変えるチャンスがあるとしたら、恐らくいまがそれなのだ。」

「ビンティ・チュリとの出会いがなかったら、今も自分は未来に怯え、ただきのうと同じ今日が来ることを願う人生を歩んでいたはずだった。」

「どんな人間だって、ただ生きているだけで意味があるんだって」

「だからこそ人は山に登るべきなのだと。人間がどれほど小さくひ弱な存在であるかを知るために。
すべてに満ち足りた人生などありえない。もしあるとしたら、それは死んでいるのと同じではないか。自分にかけたものを埋めようとして、夢や希望に向かって生きることからしか人生の喜びは生まれない。
生きることは闘いなのだと、闘いから逃げることは魂における自殺なのだと、
人として生きる本当の理由を、頭で追い求めては駄目だと言っていた。その答えは、全身全霊を懸けて人生を生きることのなかにしかありえないのだと。
誰かの幸せの為に生きる。」

こんな言葉を目にすると、今年もできるだけ山に登れればと思わずにいられない。

2011年1月15日土曜日

「渇いた夏」 柴田哲孝 2008 ★★★★

1987年夏-。
男は、まだ少年といってもいい年頃だった。

と、子供時代の回想から始まる物語は、曖昧な少女への強姦の記憶へと続いていく。

私立探偵である神山健介は、無くなった伯父から届いた手紙を頼りに、生前に伯父が住んでいた家を相続し、その伯父の死の謎に迫っていくことになる。

作者の小説に必ず登場する「かっこいい男」は今回この伯父さん。家のあちこちに転がる品々は、どれもがこだわりの一品ばかり。消耗品として購入されたものではなく、嗜好品として一生使うものとして収集されたものばかり。男に生まれたい上、こういうモノたちを集めながら、時間を積み重ねて生きたいものだと改めて思わされることになる。

「書斎とは男の魂が宿る聖域」

そんな書斎をいつか持ってみたいものである。

「服、車、家電製品といった消耗品には全く金をかけない代わりに、道具や嗜好品には惜しげなく贅沢をする」

デフレの世の中に生きるにはとても耳の痛い言葉達。

「人間は、不思議だ。ちょっとした手の感触や、音、もしくは匂いで、数十年の時を超えて過去に戻ることができる。」

その為には、その感触を立ち上がらせてくれる手の感触が染み付いた良質なモノ達の存在が大前提ということか。

作者の趣味自慢もある域に達してきて、嫌味を感じることなくメインのストーリーとよきマッチングを醸し出す。主人公が色気のある大人の男に変わっていく過程と共に明らかにされる時間の真相と共に、十分にそのハードボイルドな世界観を楽しめる一冊。

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プロローグ
第1章 遺産
第2章 獣道
第3章 逆流
第4章 渇水
解説 新保寛久
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2009年7月29日水曜日

「TENGU」 柴田哲孝 2006 ★★



「大気が動き出した。 奴はやってくる。」

そんな書き出しから想像させるのは、十分なハードボイルドと如何にも怪しげなUMAの世界。

20年以上も前に起こった群馬の小さなマタギの村で起こった殺人事件。現在は中央通信記者を努める道平慶一がその事件の真相を追うという展開。

明らかに人間の力を超えた何者かの仕業であったその殺人事件。圧倒的な力と残虐性。そして伝説から想起される天狗の存在。

事件の陰で暗躍する米軍の動きと、事件の鍵を握る盲目の美人・彩恵子の存在。

そのオチにはぶっ飛ばされるが、UMA、謀略好きには堪らないハードボイルド作品。



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第9回(2007年) 大藪春彦賞受賞
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