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2016年10月30日日曜日

「コンビニ人間」 村田沙耶香 2016 ★★★


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第155回(2016年) 芥川賞
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毎年「芥川賞」と「直木賞」の発表があると、「ああ、今年ももう半分終わったんだな」などと6ヶ月という時間の流れを感じることになる。しかし、それも毎日留まることなく押し寄せるニュースの波の中に埋もれ、あっという間に「そういえば、今年の受賞作はあれだったな・・・」と、話題になる受賞作関連のニュースに触れては思い出すことになる。


今年はどちらかといえば、「コンビニ人間」の方がややスポットライトを浴びている印象があり、そのタイトルは耳に残りながら、「そのうち文庫化されてからブックオフで見つければ・・・」と思っていたくらいであっという間にコートが必要なほどの深い秋に差し掛かってしまっていた。

父親が定期購読をしている文藝春秋を帰国のたびに貰ってきては読み込んで、会うたびに読み終わった号をくれる親友が、「コンビに人間も載ってるよ」と渡してくれた最新号。こうして誰かの手を巡ってきた物理的重さを持った「本」というメディアのありがたさを再認識しながら、「ポン」と久々に時間ができた週末に、先日の産経新聞で書かれていたように、「いざ、読書。」と覚悟を持って手にしてみると、思いのほかするすると引き込まれてあっという間に読み終えてしまった一冊。

今年の受賞作なので、少しネットで検索すれば、それほど星の数ほど感想や批評が書かれているのであろうが、現代社会の中でほぼインフラとしてなくてはならなくなったその都市機能の中で、利用者からは当たり前の風景として視界に入ってこないそこで働く人々の日常を、小さなころから当たり前の人間としての感覚を持つことができなかった欠陥品として自分を捉える主人公の視線から描き出すことで、現代日本の持つ同調圧力と、無意識の中で人々がそれに併せて振る舞い、それぞれの役割をこなしていくこと。どんな場所でも、どんな立場でも人は自分を肯定しなければ生きていけず、どんな形でも自尊心を保つことが必要で、そのために時に周りの人を下に見ることによって、安易な自己肯定感を得ていく人々。「あなたのためを思っているのよ」とか「社会で生きていくためには」などと、価値観の強制が振りかざされ、「世間で言う全うな人」ではない人々がドンドンと切り落とされていく姿が徐々に鮮明に描き出されていく。

「マウンティング」や「「格差」。「底辺」といった様々なキーワードが、見え隠れしながら物語の背骨を支え、それでいながら、しっかりと生身の人間としての温もりを感じさせながら物語が展開していく。非常に限られたセッティングの中の、限られた人間関係の中で展開し完結する物語であるだけに、小説というメディアの素晴らしさを改めて感じさせてくれる一冊である。

2016年1月1日金曜日

「つくし世代 「新しい若者」の価値観を読む」 藤本耕平 2015 ★★



数年に一度、如何にも現在社会を短いキーワードで言い表していますよという言葉が出現するようになって随分久しい。

ゆとり世代 さとり世代 つくし世代 負け犬 婚活 マウンティング スクールカースト・・・

結局どんな世界でも短いキーワードでキャッチーなコピーを持つことはマーケット的にも非常に有効なのだろうし、キーワードが定着してそれがじわじわと世間で当たり前なこととして認識を広めていくのだろう。

それにしても結局こうして、新しい言葉をある種強引に生み出すことによって、社会の中に、若者文化のマーケットの中で、何かしら新しいことが起きており、その最前線に自分はいますと世間に対してのアピールであり、その問題の第一人者としてコメンテーターとしてテレビに、講演として企業に、そして何より著書が世間に売れるようにと、仕事につなげようとするなんとも胡散臭い意図を感じずにいられないが、それでも毎日何時間もかけて現在の若者がどういう生態を持っているのか向き合っていることは事実だろうし、自分が同じように時間をかけられる訳もないので、現代の若者の動向を理解し、その彼らが主役となる社会の形をするうえでもやはり目は通しておかなければいけない一冊となろう。

「ゆとり」の次に「さとり」が来て、その後だと著者が定義する「つくし」とは、「自分たちのフィーリングで、コスパを徹底しながら、つくし、つくされ、みんなでハッピーになろうとする」だとする。

「努力が自分のためになるとは限らないし、まじめに頑張れば頑張るほど馬鹿を見ることもあるため、ほどほどに頑張って、ほどほどの生活ができればいい」という空気に覆われた世代だという。

なので「さとり世代」との定義の差異化をどう図ろうとしているかというと、コスパにとことんこだわりながら、欲望を収縮させながらも自分らしさを求めつつ、何よりも常に身近な誰かへの意識が幸福度や行動原理に組み込まれている若者たちということらしい。

その思考経路を決定付けているのは、物心ついたときから当たり前に身近にあったネット環境であり、常に誰かとつながっているという意識ありきの行動を行っているためだということか。

電通、博報堂に告ぐ大手広告代理店であるADKのマーケティングを行う著者だけに、自らの企業が行った「1本満足バー」のCMを画期的なものだと自らの著書で紹介する場合はせめてそれを手がけたのが自社だと宣言しておくほうがいいのではと思わせるところがあったり、様々な意図が隠されているのはしょうがないと思いながら、ビッグデータを活用できる巨大企業だからこそ見える様々な若者の現在進行形を知るために一読しておいて損はない一冊かと思われる。
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■目次
【序章】さとっているだけじゃない 今時の若者は何を考えている?
/広告で若者を動かすことが難しい時代
/流行や文化の作られ方が変わっている
/「チョベリバ」と「激おこぷんぷん丸」
/若者研究のスタンス
/若者たちと一緒に行う若者研究
/1992年というターニングポイント
/若者たちの「波及力」をどう活かすか?
/「ゆとり」「さとり¥だけではない、若者たちの特徴
/本書の構成

【第1章】チョイスする価値観
/若者関連事象からの分析
/なぜきゃりーぱみゅぱみゅなのか?
/「下着コーデ」「メギンス」-常識にとらわれず生み出す新しい流行
/ユニクロ+ユザワヤ
/「自分ものさし」で世の中をはかる
/お酒の飲み方も常識にとらわれない
/「個性尊重教育の第一号世代」
/クリスマスより二人の記念日
/自分らしさを「強調」よりも「協調」したい
/「世界に一つだけの花」と「ありのままで」
/ブランド感の押し付けを嫌う若者たち
/「スキマづくり」の成功事例
/一人一人に「ブランド・ベネフィット」を表現してもらう広告

【第2章】つながり願望ー支え合いが当たり前じゃないからつながりたい
/若者にとっての「宅飲み」
/スーパー銭湯とバーベキューの復権ー手軽な非日常感
/「カラーラン」「エレクトリックラン」-フォトジェニックという要素
/恋愛よりも義理よりも「つながり感」
/「街コン」と「狩りコン」の盛況
/「つながり」に関する意識の変化
/「リア充」と「ぼっち」の二極化
/「一人カラオケ」と「ぼっち席」-つながりからの開放と孤独感の解消
/つながりをサポートする「いじられ役」
/シェアしたくなる動画「バイラルムービー」という手法
/「SNSにアップしたくなる商品」という発想

【第3章】ケチ美学ー「消費しない」ことで高まる満足感
/お金をかけたいものがないから貯金になる
/「レンタル高級品」ー買わずに借りる
/「カーシェアリング」「相乗り」「シェアハウス」-見栄のための消費を嫌う
/「ハイボール」「ストロング缶」「センベロ酒場」-同じ酔うなら安く酔いたい
/「イエナカ消費」「弁当男子」「水筒男子」-外でお金をかけたくない
/消費意欲が芽生える中学時代からデフレ
/納得してお金を払う「イイワケ」が要る

【第4章】ノット・ハングリーー失われた三つの飢餓感
/物質的にもっとも満たされた時代に生まれた世代
/出会いがありすぎて「一期一会」にならない
/「ときメモ」と「ラブプラス」の違い
/「ウィル派」「三平女子」「女子会男子」-ドキドキよりも安心がほしい
/なぜ不良が減ったのか?
/「何でもあった世代」でも見たことがない新しさ
/情報過多の時代に存在感を示す工夫

【第5章】せつな主義ー不確かな将来よりも今の充実
/社会の恩恵を享受したことがない世代
/「若者ボランティア」の流行が意味するもの
/尋常ではない「若者の献血離れ」
/「即レス願望」をマーケティングに活かす手法

【第6章】新世代の「友達」感覚ーリムる、ファボる、クラスター分ける
/日本における「デジタルネイティブ世代」
/大学の入学式前から学生同士が知り合っている
/友達をクラスター分けする意識
/「リムる」「ファボる」-つながりの最小化
/「リツイート」か「リプライ」か
/なぜツイッターを連絡ツールとして使うのか?
/「つらたん」「やばたん」-タイムライン上を汚さない配慮
/つながりから解放されるための切り替え術

【第7章】なぜシェアするのかー「はずさないコーデ」と「サプライズ」
/「複数の自分のチャンネル」を持っている
/「はずさないコーデ」-自分らしさを消す方法
/「コミュ障」「自己満」「リア充撮り」-空気を読みあう意識
/テレビ番組の話題は「それ見てない」で終わってしまう
/「サプライズ」ーつながり感を高められる最高のネタ
/「チュープリクラ」「双子コーデ」「○○会」-つながりの確認作業
/若者たちが「シェアしたくなる」仕掛けを作る
/「推し面メーカー」はなぜ若者たちに受けたのか?
/「制服ディズニー」「コスプレディズニー」-非日常体験をする口実づくり

【第8章】誰もが「ぬるオタ」ー妄想するリア充たち
/8割近くが「オタク要素を持っている」と自覚
/サブアカ、趣味アカが生み出した新しいオタク像
/熱気が生じやすい「趣味コミュ」
/「初音ミク」「カゲプロ」とのコラボで成功した事例
/クリエイター心を刺激した「1本満足バー」のCM
/商品を「擬人化」させるキャンペーン
/バーチャルで妄想させる仕掛け
/「みんなはどう思っているんだろう?」を視覚化し、共有する

【第9章】コスパ至上主義ー若者たちを動かす「誰トク」精神
/使えるお金の減少=満足感の減少ではない
/「い・ろ・は・す」が若者に受けている理由
/ネットワークを活かして情報を駆使する
/「お得な情報」をシェアして感謝されたい
/「2ちゃんまとめ」「Naverまとめ」-情報収集も効率重視
/iPhoneが若者たちに普及したきっかけ
/なぜ、「読モ」の彼氏・彼女まで紹介するのか
/グルメガイドの変遷ー「顔が見えるユーザーの情報」が求められている
/「雪マジ!19」のヒット要因ー明確な「誰トク」を提示する
/年齢でセグメントする広告が効果的なもう一つの理由
/サンプリングも若者ほどシェアされやすい
/若者たちを動かす「友トク」精神

【第10章】つくし世代ー自分ひとりではなく「誰かのために」
/「自分以外の誰か」が意識されている
/「自分ごと」の範囲が広がっている
/「つくし世代」とは何か?
/冷たく合理的な時代だから「GIVE」が感動を生む

【終 章】若者たちはなぜ松岡修造が好きなのか
/「ボスとリーダー」の違い
/若者たちに共感を伝える「それな」マインド
/若者にもっとアウトプットの機会を!

あとがき
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2015年12月29日火曜日

「大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち」 池上正樹 2014 ★★★


現在の日本であれば、恐らくどこの地方都市にいっても当たり前の様に見られるようになった光景。家の周りを見渡しても、親と同居する中高年のひきこもりを抱える家庭があちこちに散らばり、親の仕事を手伝ったり、親の年金で生活をしたりと、なんとか生活を繋ぎとめている状態。

迫り来る親世代の死というタイムリミットを誰もが理解しながらも、外に出て社会の中で仕事を得て、糧を得るということがなかなか難しくなるのは、ひきこもりの時間が長引けば長引くほど。

誰もが分かっているけれど、誰もが解決策を見つけられず、放置することで問題を先延ばしにしつつ、更に状況を深刻化する。「家庭の恥」と隠すことによって問題は外から見えず楽なり、濃密な関係の家族間のみでも互いの軋轢はより激しくなるばかり。

そんな閉じられた関係性の中で互いを傷つけあい、時にどうしようもなく、親が子を、子が親を殺してしまう事件が起こる。そういうニュースを元に、世間に隠されていた実態が知れ渡る。

その当事者である「子」が、10代や20代でなく、40代や50代の立派な「大人」と言われる年齢であることに当初は驚きをもって受け止めていたのもすでに昔のこととなり、今では当たり前のニュースとして頻繁に繰り返される。

「家庭」というものが、社会や世間からのストレスを和らげ、個人のプライドを守り生きていく為のシェルターとして機能するのは当然であるが、同時に一人の社会人としてどうしても社会と向き合いながら様々な思いや重圧を折衷しながら関係性を構築し、自らの居場所を確保していく、そういう厳しさや辛さを人は誰でも受け入れなければ行けないのもまた事実。

家庭の形が変わり、社会との関わり方が多様化した中で、どうすればいいのかは決してひとつではなくなった時代に、家族のメンバーがそれぞれに社会との関係性を健康的に構築できる、それはとても難しくなった時代。

社会のあちこちで、ポツポツと沸点に達した水のようにチラホラと見えてきたこの問題であるが、それでも臨界点に達するのは、親世代が動けなくなったり、介護が必要になったり、亡くなっていくであろう数年から10年後。

少なくとも状況をこれ以上難しくしないためには、家族以外との縁をできるだけ切らないようにすること。地域との縁。友人との縁。社会との縁。声を上げられない家族に代わって、周りから「大丈夫か。こうしたらどうだろうか?」と声と手を差し伸べられるように、縁を切らないためにも、同窓会などが果たせる役割もきっと多いのだろうと想像する。

以下本文より。
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電車に乗ると、腹や頭などが痛くなって、家に引き返してしまう

「ひきこもり」該当者のうち、半数近くの約45%は40歳以上の中高年

こういう問題は家の恥として表にでてこない

/7割が男性、10年以上が3割
ほとんどが家族と同居 不登校 失業

/「自分の将来を見るようで怖い」
2011年2月3日 クローズアップ現代 「働くのがこわい、新たなひきこもり」
実は自分の身にも起こりうる

/他人に頼るべきではないという風潮
「ひきこもり」の人たちが社会復帰を望んでも、ひきこもっていた期間により生まれる履歴書の空白や社会経験の不足が、自立への道をそばむ
気力がなくても、実家にいれば何もしなくても生きていける

/行過ぎた成果主義が社員のつながりを寸断
東北地方の支店から本社に転勤
成果主義の流れがこれまでの個々のつながりを寸断し、同僚や部下を気遣うサポート体制も崩れてしまった
労働の流動化時代が到来

3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」
/出口のないトンネルを抜け出せない
どうして働いている若者のほうが、働いていない高齢者の方よりも収入が少ないのか?
どうして真面目に働いてきた自営業者のほうが、生活保護受給者の方より収入が少ないのか?

2 「迷惑をかけたくない」という美徳
/「迷惑をかけるな」という風潮
力のある人に都合がいい、弱い人には厳しい社会

3 「家の恥」という意識
/貧困・引きこもり・孤独死
ひきこもる当事者を抱える家族は「家の恥だから」と、本人の存在を長年にわたりかくして続けていることが多い

/「いちばんの家並みはお金がないこと」
Uさん一家の収入は現在、母親の年金のみで、月に8万円ほど
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■目次  
第1章 ひきこもりにまつわる誤解と偏見を解く
1 データが物語る「高齢化」
/「ひきこもり」と「ニート」は違う
/情報が無いからキッカケもないし何も変わらない
/新たなひきこもり層が明らかに
/支援するほうも「どうすればいいか、わからない」
/「40歳以上」が半数
/7割が男性、10年以上が3割
/認知されていない厚労省の支援事業
/暴力や変化を恐れる親たち

2 ひきこもりの「潜在化」
/「自分の将来を見るようで怖い」
/他人に頼るべきではないという風潮
/ずっと孤独だった
/どこに助けを求めればいいかわからない
/会社を辞めれば追跡されることもない
/行過ぎた成果主義が社員のつながりを寸断
/”追い出し部屋”がきっかけ
/こうしたひきこもりは大量生産され続ける

3 ひきこもる女性たち「それぞれの理由」
/息子の就活失敗を機に母が「買い物にも行けない」
/出口のないトンネルを抜け出せない
/長男とひきこもる元エリート母
/セクハラがエスカレートして
/「老後破産」激増の危機

第2章 ひきこもりの背景を探る
1 「立ち直り」を阻害するもの
/ハローワークの「怪しい求人」と「神様スペック」
/足元を見られる中高年応募者
/仕事を選ばなくても雇ってもらえるとは限らない
/代表戸締役社長
/300戦全敗
/資格はまるで役立たず
/玉石混交の人材紹介会社
/辞めさせないブラック企業

2 「迷惑をかけたくない」という美徳
/まさか30代の娘が同居していたとは
/「迷惑をかけるな」という風潮
/傷つけられ、封じ込められて消えてゆく
/働けず生活保護も受けられず
/侮辱的屈辱的な答えが戻ってくるだけ
/「常に世の中からはじまれてきた」という疎外感
/精神的なさせとなるものが少ない

3 「家の恥」という意識
/貧困・引きこもり・孤独氏
/都会の会社を辞めて実家に帰ったものの
/「いちばんの家並みはお金がないこと」
/家族ごと地域の中に埋没していく
/70歳の父親が息子の将来を悲観して殺害
/「消えた高齢者」とひきこもりの共通点

4 医学的見地からの原因分析
/トラウマとひきこもり
/内海の水位が上がっている次代
/生命力を取り戻すカギ
/ADHDとひきこもり
/診断基準
/強迫症状と依存症
/一緒にできることを考える
/自閉症とひきこもり
/特効薬が誕生する可能性
/薬物治療の意義
/慢性疲労症候群とひきこもり
/かかりやすいタイプ
/緘黙症とひきこもり
/「大人になれば治る」はずが
/年齢によって緘黙の質は変わる
/自分自身を変える大きなチャンス

第3章 ひきこもる人々は「外に出る理由」を探している
1 訪問治療と「藤里方式」という新たな模索
/共感を呼んだ活動
/拒絶されるのは当たり前
/一人暮らしをサポート
/18ー55歳の10人に一人がひきこもる町で
/ひきこもりの自覚が無い人もいる
/いろんな人が出入りするための工夫
/試行錯誤を行うほどに希望が湧いてくる

2 親子の相互不信を解消させたフューチャーセッション
/縦割り組織を乗り越えるための取り組み
/親には自分を信じてほしい
/自己満足な支援になっていないか?
/家族会にFSを取り入れてみると
/対決ムードが一変
/親子が一致した瞬間
/対話の大切さ

3 ひきこもり大学の開校
/化学反応が次々と
/「ひきこもり2.0」の始動
/美人すぎるひきこもりを売り出す
/ひきこもり大学解説の経緯
/「空白の履歴」が価値を生み出す
/地方でも開催
/ひきこもり当事者ならではのアイデアとニーズ
/ひきこもる人たちが駆け込める場所
/きっかけがあれば外に出ていける

4 外に出るための第一歩――経済問題
/支援制度
/面接は必須
/第二のセーフティネット
/住宅支援給付の要件
/「お知らせしていないわけではないが」
/押し付けではないメニューを
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2015年11月29日日曜日

「蜩ノ記 」 小泉堯史 2014 ★

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スタッフ
監督 小泉堯史
原作 葉室麟『蜩ノ記』
脚本 小泉堯史・古田求
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戸田秋谷:役所広司
檀野庄三郎:岡田准一
戸田薫:堀北真希
水上信吾:青木崇高
松吟尼(お由の方):寺島しのぶ
三浦兼通:三船史郎
慶仙:井川比佐志
中根兵右衛門:串田和美
戸田織江:原田美枝子
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日本アカデミー賞で岡田准一の最優秀助演男優賞など数々の賞を受賞したと様々なメディアで報じていたのをよく覚えている。直木賞受賞作品の「蜩ノ記(ひぐらしのき)」の映画化ということもあり、間違いない作品だろうと見てみることに。

描かれたのは江戸時代。城内にて問題を起こした役所広司演じる戸田秋谷は、10年の歳月後に切腹を言い渡され、その間に藩の歴史である「家譜」を完成させることを命じられる。その目付け役として岡田准一演じる檀野庄三郎が住み込みで見張りをしながら生活を共にするという物語。

江戸の風景を再現するためにロケ地として選ばれたのは、岩手県遠野市など多くの東北の地。ベテラン監督である小泉堯史だけあって、映像もやはりフィルム撮りで行われ、役者たちにも書や舞踊を学ばせ、江戸時代の人々の動きを習得させたと言うこだわり。

命の残り時間が決められているにも関わらず、毎日同じように生活を営む秋谷の姿。そしてそれを見守る家族たち。大地に触れながら、自然の中に溶け込むようにして生きていく人々の生活をゆったりとした時間の流れと共に描き出す。武士と農民、その階級格差を生める祭という共同のハレの場。その場で舞われた踊りなど、日本の中で育まれた様々な生活の知恵や文化が至る所に散りばめられている作品である。

そのゆったりとしたリズムは深い森の中に響く蜩の鳴き声に共鳴する。

そういう意味では放映時間という枠に捉われ、30分や1時間という時間から逆算されるテレビ番組や、そこ派生したテレビの手法を使った映画作品に比べたら、非常に映画というメディアの特性を感じさせてくれる一作であることは間違いない。










小泉堯史

2015年11月21日土曜日

「白ゆき姫殺人事件」 中村義洋 2014 ★★

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スタッフ
監督 中村義洋
原作 湊かなえ
脚本 林民夫
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城野美姫(容疑者) - 井上真央
赤星雄治(映像制作会社・映像ディレクター)  - 綾野剛
長谷川(映像制作会社・編集マン) - 染谷将太
狩野里沙子(典子のパートナー) - 蓮佛美沙子
三木典子(被害者) - 菜々緒
篠山聡史(係長) - 金子ノブアキ(RIZEのメンバー)
満島栄美(美姫のパートナー) - 小野恵令奈(元AKB48)
城野光三郎(美姫の父) - ダンカン
城野皐月(美姫の母) - 秋野暢子
前谷みのり(美姫の友人) - 谷村美月
水谷(情報番組司会者) - 生瀬勝久
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昨年、良くその宣伝や広告を見た覚えのある映画。「告白」、「北のカナリアたち」に続いての湊かなえ作品の映画化。2015年大河ドラマ「花燃ゆ」の主演の井上真央を主役に持ってきて、事件の真相を追う報道番組のディレクターに綾野剛、誰もが認めるいい女役の菜々緒が血みどろで殺される衝撃的な姿と、十分に興味を引く要素は十分。

それに完全にインフラの一部となったSNSを使い、顔の見えない一般の人が自分勝手に意見や推測をTwitterにてつぶやきあきながら物語が進んでいくあたりも、今を感じさせる湊かなえの見事な手腕。

人は自分が見たいように物事を見る

というテーゼがSNSによって集団的に加速され、誰も責任を持たず、誰もが好き勝手に事実を作っていってしまい、それに報道をする側も乗せられてしまい、自分の望む事実を作り上げていってしまう。

そのトリックよりも、SNSの出現によって変わりつつあるメディアの役割や、それによって流されていく人々の心理。そしてネットの向こう側で匿名を逆手にとって好き勝手に振舞ってしまう自分達の姿。その現代性に改めて驚かされると同時に、こういう少し嫌だけど、驚くほどの美人という役がすっかりはまり役になってきた菜々緒にも同じように驚きながら見終えることになる一作。










2015年11月20日金曜日

「WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜」 矢口史靖 2014 ★★

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スタッフ
監督 矢口史靖
原作 三浦しをん
脚本 矢口史靖
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平野勇気:染谷将太
石井直紀:長澤まさみ
飯田与喜(よき) :伊藤英明
飯田みき(与喜の妻): 優香
中村清一 :光石研
中村祐子(清一の妻) :西田尚美
田辺巌:マキタスポーツ
小山三郎:有福正志
林業組合専務:近藤芳正
山根利郎:柄本明
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なにやら後ろに大きな意図がやたらと見え隠れする映画である。それは

1 映画を使って地方の村おこし
2 映画を使って、廃れてきている産業の活性化

恐らくこれらは昔から行われていたのだろうが、この数年は地方の行政庁から助成金も期待できるので確実に黒字になると、幾つもの広告代理店が挙って企画をあげているのでは?と勘ぐりたくなってしまう。

それでも、今まで目に触れることのなかった地方の生活。そしてそこでの仕事や日常の姿を美しく、またコミカルに描くことで、出て行くばかりの人でなく、興味を持ってその地に足を運ぶひと、観光に訪れる人、移住を考える人などが増えればそれでもいいのかと知れないというのもまた当然のことで、そうなると「映画」というメディアの持つ意味もまた多様化してきているのだろうかと、なんともいえない感情を抱くことになる。

ロケが行われたのは三重県津市美杉町


トンでもない山奥の町で、林業を営む人々の姿を、都会からひょんなきっかけでやってきた若者の姿を通して描いていくという物語。主役に染谷将太でその脇を固めるのが伊藤英明、長澤まさみ、優香に西田尚美と若い世代相手でも十分に受け入れられそうな役者を揃え、テンポ良くコミカルに話は進んでいく。

身体の中まで清らかになる空気が満ちていそうな森や、こんな村なら住んでみたいと思えるほど美しい風景。そして毎日がしっかりと太陽の動きと連動してゆったりと流れる時間。

都会と地方の格差が叫ばれて久しい現代。この映画をきっかけに、都会の時間から離れてみようかと思う人がいるのかもしれないし、その足が向かう先がこの風景となることもあるかもしれない。それでいいのかも知れないが、やはりこれは映画なのか、それともテレビの延長なのか・・・と思ってみるとやはり製作の中にあるのはTBSテレビや博報堂の名前・・・

メディアミックスもいいが、時間が限られているのなら、やはり映画らしい映画を観たいものだと改めて思うことになる一作かもしれない。














2015年11月15日日曜日

「ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性」 荻上チキ ちくま新書 2007 ★★


ここ数年、数日に一度は目にするようになった言葉がこの「炎上」。燃え上がっているのは古い住宅がびっしりと建ち並ぶ木密地域ではなく、広大なネットの世界。誰かが何かを言えば叩かれ、鬼女達に追い詰められる。「いつまで続くのだろうか」と思いながら眺めていると、次の標的が現れたらあっという間にそちらに移っていく、まるでイナゴの様な現象。

確かにこれは誰でも、どこでも、即座に、タダで情報を得られ、と同時に、誰でも同じように発言者になれる土壌が整備されたネット時代特有の現象であるのは間違いなく、それを冷静に分析して、そのメカニズムを理解しておくのは、これからネット世界無しでは生きていけない現代人にとってはある種の基礎講座となっていくのだろうと思いながら手を伸ばした一冊。

「ウェブ」や「インターネット」を「怪物」と称する著者のセンスは、現代に生きる人がそこはかとなく共有しているなんとも掴みきれない思いを代弁しているのであろう。問題は、ネットが不可避の存在として生活に入り込んだことによって、我々現代に生きる人間は、無意識のうちに社会的振舞いを変化させられてしまっているのではないか。そうであれば、ネットによってトリガーされた人間の持つ新たなる側面とはいったい何なのか?とあくまで「人」を知ろうとするその態度には、非常に強い共感を感じることになる。

以下本文より抜粋。
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/「怪物」としてのインターネット
「ウェブ進化論」 ウェブはすべての情報を接続し、データベース化していきます

ウェブは、「みんなの意見」をデータベースに取り込み、履歴を積み重ねていくことで、より上質のサービスを個人に向けて提供してくれる
その動きは止まることなく、より正確に、より貪欲に、より膨大に、より高速に、より俊敏に、より多くの人を巻き込んでいきます。ウェブは、あたかも独自の生態を持った生物のようなものだ。

/「メディアはメッセージである」
メディアはそのあり方によって、欲望自体を欲望させるというようなことを生じさせます。
私たちの社会はインターネットという「怪物」によってこねくり回され、生成変化さえられています
「ウェブ以前」と「ウェブ以後」の社会では、どの様に異なるのか

/「可視化」と「つながり」
「可視化」と「つながり」という二つの概念を用いて考察する
インターネットは限りない数の情報を目に見えるように「可視化」情報と情報をどんどんつなげていきます「つながり」
総表現社会

/「ロングテール」という期待の地平
マジョリティ(主流派・多数派)ではない欲望でさえも技術の発展によって肯定され、その欲望が経済市場に貢献する

二章 サイバーカスケードを分析する
ウェブ 自分に入ってくる情報を予め自分用にカスタマイズできるメディアであり、と同時に誰もが情報の発信者になれるメディア

情報フィルタリング 
ウェブ上で人は、自分が知りたいと思う情報を収集します
個人の先入観に基づいて他者を観察し、もともと持っていた考え方や偏見にとって都合のいい情報だけを集め、それにより自分の先入観を補強することを確証バイアスと
印象深い記憶のみが強調されることをセレクティブメモリ

/エコーチェンバーがもたらす分極化
人はより自分に適した集団を求め合う
強調フィルタリング

/集団分極化とサイバーカスケード
人は誰しも自分の見たいものを見たがるし、自分の見たくないものは見たがらない。見たいものを見たら喜ぶし、見たくないものを見たら不快な気持ちになる。

理由の一つは、あらゆる面で多くのコストを払わずに済むから
メディアに触れることで、特定の欲望を喚起させられることがある 

/アーキテクチャという思想
アメリカの憲法学者 ローレンス・レッシグ [Code]人の行為を制約する力には4種類 法、規範、市場、アーキテクチャ
現代社会で働き続ける限り、ほとんどの人が、時間や場所、場合を問わずあなたを媒介しようとする「仕事コミュニケーション」へと接続しなければなりません。
そこから「降りる」ことはよほどの場合でないと難しいようです。

/可視化とつながりによる「誤配」の増大
「これまでつながっていなかったものがつなげられる」ということは、「ウェブ以前」であれば時間的、空間的条件などによって隔てられていたはずのコミュニケーションが遭遇すると言うことを意味します

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■目次  
はじめに(公開中)
一章 ウェブ炎上とは何か
日常化したインターネット
/注目をあつめる「web2.0」
/盛り上がるマーケティング言説
/「怪物」としてのインターネット
/「メディアはメッセージである」
/「可視化」と「つながり」
/「ロングテール」という期待の地平
/集合知は信用できるか
/サイバーカスケードという言葉
/ブログへのコメントスクラム
/個人情報をめぐる騒動
/企業と「祭り」
/商品をめぐる「祭り」
/盛り上がる「投票ゲーム」
/流行語をめぐる騒動
/「怪物」の二面性

二章 サイバーカスケードを分析する
デイリー・ミーとエコーチェンバー
/エコーチェンバーがもたらす分極化
/「デリート・ユー」の誘惑
/集団分極化とサイバーカスケード
/インターネットの起源
/のび太くんに見る道具と欲望の関係
/メディアの不透明性
/アーキテクチャという思想
/議論を左右するアーキテクチャ
/自走するコミュニケーション空間
/ブロガーとして、ニュースサイト管理人として
/複数のコミュニケーションへの常時接続
/可視化とつながりによる「誤配」の増大
/記号流通回路の変容

三章 ウェブ社会の新たな問題
イラク人質事件へのバッシング
/「自作自演説」というハイパーリアリティ
/流言飛語はなぜ生まれるのか
/デマの出現とリアリティの構築
/「分かりやすさ」へのカスケード
/立ち位置のカスケード、争点のカスケード
/「浅田彰の戯言」という流言飛語
/潜在的カスケードと顕在的カスケード
/「ジェンダーフリー」をめぐる騒動
/まとめサイトと抵抗カスケード
/アンチサイトの揺るがなさ
/「福島瑞穂の迷言」をめぐって
/リアリティと「ソース」をめぐる困難
/自走するハイパーリアリティ
/言説空間の不可避的困難とは?

四章 ウェブ社会はどこへ行く?
サイバーカスケードの功罪
/ネットがもたらす過剰性
/道徳の過剰
/ウェブにおける行動と予期の変化
/ウェブと政治の不幸な結婚?
/批判の語彙
/「2ちゃんねらー=右傾化した若者」という間違い
/シニシズムの回路と向き合うこと
/監視の過剰
/討議を豊かにするアーキテクチャへ
/ハブサイトの役目
/「鮫島事件」と自走への自覚
/合意によるリアリティ
/悲観論と楽観論を超えて

あとがき
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2015年10月12日月曜日

「ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか」 香山リカ 2014 ★

一時期の盛り上がりはなりを潜め、Facebookに定期的にアクセスしている人は仕事で使っている人か、それとも食べた物や子供の写真などをアップしリア充アピールに余念が無い人たちばかり。

SNSの枝分かれはまるで生物の進化の過程を見るかのように分化を早め、Twitter、Instagram,Facebook,Google+にLineとメジャーどころの面子がほぼ決まりつつあり、Twitterで呟いて、Facebookで「いいね」を押して、そしてInstagramに画像を上げる。なんてことをしている人はよっぽどのスーパーマンか暇人かというところであろう。

このタイトルが多くの人の目を惹きつけるのは、世にあふれるこれらのSNSは自分が望まなくてもどうしても自分の日常に他の人の様子が目に入ってきてしまう。目の前で実在として存在する人間として発せられるのではなく、パソコンのモニターを前に、他の人がどう思うか十分に考えを巡らせた末に自らのイメージのプロモーションとしてアップされる様々な言葉や画像たち。

「他者」の様に、自分は皆よりも賢いんだと覚めた考察を語ってみたり、毎日いろんなところへ出かけては様々な人に囲まれる幸せな日常を語ったりと、それが視界に入るこちらとしては、「身の回りで承認欲求が満たされるなら、わざわざそれをこうしたパブリックな場に向けて発しなくてもいいのに・・・」と誰もが思ってしまう。その気持ち悪さに完全に覆われた現代の社会。

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「つながり」のメディアが生まれれば生まれるほど、他者の気持ちをいっさい慮らず、「私がこういったり行動したりしたら、他の人たちはどう思うか」という想像ができない人たちが増えている

SNS上にはいつも無数の意見、批判、見解などが渦巻いているので、探そうと思えば必ず自分の考えに近いもの、あるいは自分から見て言語道断だと思うものが見つかる。
サイバーカスケード

人間には本質的に多重な感情や欲望があると主張する。地理的・身体的・社会的制約により抑制されていた多重化への欲望が、コンピュータやネットの出現でその分陰を解かれた。ネット上の多重人格者たちは、テクノロジーの力を借りてその欲望を実現した人たちと言うことだ。

「私のことが問題。他の人がどうなろうと、知ったことではない」というウルトラ個人主義

大学生の4割が一日の読書時間ゼロ、平均27分 本は全く読まずに、スマホを一日5,6時間いじっている

「感動した」「いいね!」が感染症の様に広がる社会。文章はどんどん圧縮されて短くなり、さらには言葉ではなく、スタンプや画像でやり取りをする。果たしてSNSでつながることで、コミュニケーションが深まっていると言えるのか?それとも私たちは何かをなくしつつあるのか?
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人は現在の自分を肯定しなければ生きていけない。自らを否定し絶望の中で生きることは相当に辛い作業である。その為にどうにかして、「自分は幸せである」と思い込ませる必要があり、その為には自分の中である基準を設けて幸せを感じる絶対的なものと、それとは別に周囲の人や他人と比べることによって相対的に自分が幸せだと判断すること。

後者にとっては楽しげな写真をアップし、周囲から「いつも充実してていいね」、「毎日楽しそうだね」と言われ、思われることが何よりも自らの幸せを実感させてくれる承認作業となる。

そして薬やお酒と同じように、一度得た承認欲求はより強いものへ、より多くのものへと増加するのみ。「もっと褒めてほしい」、「もっと認めてほしい」と。

人が誰でもその心のうちに秘めていた様々な欲望。それらがネットという世界の出現により、様々なうちに背中を押され、加速され、増殖されていった。100年後くらいには「ネットが出現し、社会インフラとなった30年で、それ以前には見られなかった犯罪や社会現象が何だったのか」ような分析が、しっかりと統計立ててされるのだろうと想像できるくらい、恐らく今までとは全く違った質の欲望が身体の外、社会の中に渦巻きだしているのだろうと思わずにいられない。

そんな時代に自分を見失わずに生きるには、欲望としっかり向き合い、退屈とうまく付き合って日常を生きるしかほかにない。

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■目次
序章 ソーシャルメディアへの違和感
・不思議な「新型うつ」
・「本音を隠さなくなった人たち」のうつ病?
・「つながり」がはらむカン違い
・不自由なツイッター
・東日本大震災とSNS

1章 「SNS疲れ」という新たなストレス
・「スケスケ下着」に「分娩台」なう」
・SNSでぜんそくの発作が! ?
・心のエネルギーの大量消費
・24時間自分をさらけ出し続ける、『トゥルーマン・ショー』の世界
・「出会い系」のサクラは男!
・会えないほど、純愛度数が高まる法則
・出会い系の驚愕のシステム
・増加する「ネタ消費」
・木嶋佳苗に見る「ウソ」と「盛る」の境目

2章 ネットで人はなぜ傷つけあうのか
(1)非抑制性と匿名性という“魔法"
・広島LINE殺人事件
・「社会的手がかり」の伝わりにくさ
・なぜ「ネット世論」は極端に走るのか
・サイバーカスケードでよく起こる二者択一
(2)自分で自分をだます人たち――ネット多重人格の出現とひとり歩き
・「女装の精神科医」の顛末
・大阪の「子ども放置」事件
・ネットのなかの「こうであってほしいもうひとつの現実」
・ブログに書いた内容に、自分でも心あたりがない
・ネットで「悪意」が解放される理由

3章 ネトウヨが生まれる理由
・「ネットde真実」の女性たち
・何をもって「真実」を判断するのか?
・『アンネの日記』破損事件についてのネトウヨの反応
・「陰謀論」の生成プロセス
・陰謀論に陥った家族を救う方法
・「大きな物語」が終わったがゆえの「自分さがし」
・グローバル化と「新型うつ」の関係
・東日本大震災が復活させた「大きな物語」
・安倍総理の頭のなか

4章 SNSとプチ正義感
・「ゆがんだ平等主義」と「いびつな正義感」
・わかりやすく、攻撃しやすいものに向けられる怒り
・正当な抗議とクレーマーの境目
・「過剰な道徳」をめぐるふたつの問題
・他人に対してだけ道徳的な人たち
・ネット空間を逃げ出した「リベラル知識人」たち
・浅田彰氏のSNS論
・ニューアカの旗手たちに「見捨てられる」不安
・ネトウヨ暴走の責任は誰にあるか

5章 ネット・スマホ依存という病
・「ネット依存」が引き起こす事件
・治療が必要な「ネット依存」の基準
・依存を狙う、「餌付け」ビジネスモデル
・依存症治療に効果がある「動機づけ面接」

6章 SNSは日本人をどう変えるか?
・「自分らしさ」の虚しい内実
・「実は自由ではないのに自由に見せる」ことほど疲れる
・JR九州・新幹線CMのどこが「日本的」なのか?
・「感動した」の広がり方は、まるで感染症
・「いいね! 」によって、何が失われていくのか
・文章だけでなく、思考もスカスカになっていく
・「文字なしの画像」の世界
・画像は文字のおかわりになるのか?
・バイトテロ問題――悪事5分拡散の法則
・ネタ作りのために“放火"する
・「画像で自分を伝える」ことの危うさ
・主流になりつつある「一か八か型コミュニケーション」

終章 SNSがつくる「1・2の関係」の世界
・「携帯電話がなかった時代」は文化人類学の研究対象! ?
・小此木氏が予見した「1・5」の関係
・電話してくるのは困った人
・限りなく自分だけの「1・2」の関係へ
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2014年6月16日月曜日

本当にすぐ忘れる

人間はすぐに忘れる生物である。忘れることによって、新しい毎日を生きていける。忘れることが出来なければ、悲しいこと、悔しいこと、辛いことをいつまでもいつまでも心に抱えて生きていかなければいけない。その心の防御として忘れるメカニズムが人間に与えられた。

しかし、人間が生きていく上で必要なレベルの情報を遥かに超えた情報に毎日晒される現代人。本来なら一つ一つの情報に対して、自分の中でじっくりと向き合い、そして消化し、時間をかけて徐々に忘れていく。それが忘れるメカニズムであったにも関わらず、現代においては過度な情報に日々晒されることによって、強制的に忘れることを行わされている。

常に新しい情報。
常に新鮮な刺激。
それは次なる消費に繋げ、
テレビ局の視聴率へと変換される。

ということで、少しでも世間の関心が薄れたと判断されたものは、すぐにメディアから姿を消し、新しいものや人にスポットライトが当てられる。自分で忘れようとして忘れているわけではなく、メディアから姿を消したニュースを記憶から失っていく。外からの記憶の操作。

21世紀の7不思議とあれだけ騒いだ「マレーシア航空機失踪事件」。恐らく多くの人は既に忘れ去り、こうして言葉を聴いたとしても、「ああ、そういえばあったね、そんなこと」というレベルであろう。それは事件が解決したからでも、事実が解明されたからでも、それぞれの中で決着がついたからでも何でもなく、ただただメディアが報道をしなくなったからだけである。

そして何故メディアが報道をしなくなったのか。それはメディアの内部でこれ以上報道しても視聴者を惹きつけられない、視聴率に繋がらない。つまりお金にならないと判断されたからである。

ソウルで起こった、「セウォル号沈没事件」。世紀の事故だと騒がれ、オーナーのトップが姿を消しているなか、根本的な事故原因が解明されている訳でも無いにもかかわらず、それでも世間の関心は既に次に移ってしまっている。何百人という若者が命を落としたという事実にあれだけ嘆いていたにも関わらず。

それだけ日常を過ごすということは、その場に留まっていることを許さない強制力があり、関心を引くに十分な新しい事件や痛ましい事故が起こるのも事実である。そして世間の今の関心は既に南米のワールドカップへ移っている。

忘れることが必要であり、これが資本主義に支配されたメディア世界の成り立ちであるならば、それがスピードアップしていくのは避けがたいことではあるが、それにしてもすぐ忘れるのに程があると思わずにいられない。

これほど全ての人が一瞬で忘れることを経験しているのは、人類史上未だにないことであろう。メディアやニュースで取り上げられなくなったら忘れる。これは既にある種の病気ではないかと思わずにいられない。

自分の意思で覚えているのではなく、自分で選んで記憶しているのでもない。

そう思うとただただ恐怖を感じるだけである。

2014年6月2日月曜日

アメリカの強さ

日本の地方の衰退と、少数の大都市の拡大。そして全体的な国の縮小という複雑な現象を様々な本や番組で見ていると、改めてアメリカの国家としての強さを思わずにいられない。

日本の様に東京という一点のみが他の全ての人材や機会を吸い上げる図式とは違い、アメリカはNYを筆頭に、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、各地域に十分世界規模といえる都市圏が形成されている。

そして多くのアメリカ人と話してみても、誰もが盲目的に上を目指すのならNYに行かなければいけない。そうでなければ所詮二線級での勝負にしかならないとは思っていないことである。

日本では、上を目指すなら、勝負をするなら、機会を得るなら東京に行くしかないという洗脳ともいえるメディアによる刷り込みが憚る。域内総生産順リストという、都市圏における経済活動を示す値を元に、世界中の都市のトップ100を見ていくと、日本からは東京が1位とされているが、全体としては下記の4都市圏がランクインのみとなっている。

域内総生産順リスト

1 東京 
7 大阪-神戸 
18 名古屋 
51 福岡-北九州 

それに引き換えアメリカを見てみると下記の様になんと23都市もがランクインしていることになる。

2 ニューヨーク 
3 ロサンゼルス 
8 シカゴ 
14 ワシントンD.C. 
16 ヒューストン 
17 ダラス  
22 フィラデルフィア 
24 ボストン 
27 サンフランシスコ 
34 アトランタ 
39 マイアミ 
41 シアトル 
48 フェニックス 
49 ミネアポリス 
50 サンディエゴ 
52 デトロイト 
74 ボルチモア 
75 デンバー  
78 サンノゼ 
83 リバーサイド 
86 ポートランド 
89 セントルイス 
99 タンパ 

もちろん国土の広さ、そして人口の多さも関係するが、限られた数点の中心がその国の経済、人材、可能性、職業機会を全て吸い上げてしまう構図になっている日本に比べ、地域拠点都市が十分に世界レベルで通用しているという多中心な構図を持つアメリカは、国の中に多様性を包括し、環境の変化にもいくつかの都市が生き残りまた新たなる中心を構築していくのだろうと想像させる。

そうして見てみると中国もまた同じような様相を見せている。

10 上海 
13 北京 
19 香港 
25 広州 
26 天津 
28 深セン  
33 蘇州  
35 重慶 
53 杭州 
55 成都 
56 無錫  
57 武漢 
59 仏山 
60 青島 
64 大連 
68 瀋陽 
70 南京 
73 寧波 
77 長沙 
81 唐山 
94 鄭州 
95 煙台 
100 東莞 

アメリカ同様、上から下まで非常にバランスよく都市が分散している様子が見て取れる。つまり国の中に様々な場所で、その場所に合った規模の都市がしっかりと地域の拠点として役割を果たし、そこからダイレクトに世界の市場へと直結していることで、人材の流動性を確保しつつ、様々なイノベーションを起こす可能性を持ちえている。

東京と大阪という東西二つの巨大都市。その二つが世界規模であるだけに、日本ではこの二つの都市に入り込まなければ世界への道筋が見えてこないという閉塞感が漂う。日本が今後、国として都市の多様性を持ちつつ、すべてがリトル東京にならずに、地域の拠点として特色のある都市を育て、東京に行かなくてもその地域拠点都市から直に世界へと活躍の場を広げる機会を得ることができる。

世界と地方都市がダイレクトに結ばれることで様々な人材が流出入し、そこから新しい価値観、新しいイノベーションが生まれていく。その土壌作りができるかどうかが、これからの日本之100年を占うことにつながるのだろうと心から思わずにいられない。

2014年3月7日金曜日

人は忘れる

人は忘れる生き物である。

それは複雑な現象の中で生きていく現代人として自己防衛のための必要な手段でもある。しかし、一方では繰り返される映像を嵐のように浴びせてくるメディアによって、少し前のことを「すぐに忘れる」ように仕向けられているようにも思われる。

昨日まで、三重で起こった中学生殺害の容疑者として捕まった高校生のことについて熱を帯びていた報道が、今日には柏で起こった通り魔事件ばかりに重点を写し、昨日までの事件がまるでなかったかのように報道しない。

そして明日はまた違うものに重点をシフトしていくのだろう。

すぐに新しいものに、少しでも新しい刺激を視聴者に与えて、その見返りに視聴率を獲得する。メディアも競争社会である以上、生き残るためには、少しでも視聴者が求めるもの、つまりは新しい刺激を与え続けなければいけない宿命。

新聞やテレビといった鮮度を売りにするメディアでは、一度重点的に扱った事件であろうとも、それが何も解決していなくても鮮度が落ちたと判断したら、すでに扱う内容から外されていく。

ちょっと前に起こった大雪による断絶された地域の問題もそうである。本来は、その現象を報道するよりも、なぜそれが起こったしまったのか、何が問題なのか、どんな脆弱性を持ち、次にそれが起こらないためにはどのようなことを準備をすればいいのか、視聴者レベル、行政レベルで何を変えなければいけないのか。

そんなことを突き詰め、分析し、喚起し、提案していくのがメディアのある種の役割であることは間違いない。「一時あれほど騒いでいたのに、どうなったのだろう?」とふと思い出す事件はさまざまある。

餃子の王将
相模原の女児行方不明事件
広島少女遺棄事件
千葉・茂原「77日ぶり発見女子高生」
ゆうちゃん 遠隔操作
村人全員から虐められてた 山口県周南市集落放火殺人事件
京都府福知山市の花火大会
三鷹の女子高生殺害事件
尼崎の角田美代子 
尼崎の中学生男子監禁

「いったいどうしてそんなことが起こったしまったのか」と思いながらも、次から次へと押し寄せる鮮度の高い事件によって、記憶はどんどん棚の奥へとおしこめられ、次第に忘れ去られていく。本当に重要なのは、なぜそれが起こったかを知り、理解し、次に起こらないように気を付けること。

恐らく報道に携わる人間も、相当な葛藤を持って仕事に臨んでいるのだろうと想像する。本当に必要なのは、その真相をしっかりと最後まで視聴者に届けること。内容の薄い、新しいものだけを早く安く届けること、その繰り返しに対して恐らく思いを持ってこの世界に飛び込んだ人たちは相当な自己矛盾の時期を過ごしているのではないだろうか。

恐らく上司に、「いくら鮮度が落ちたといえども、社会的に考えたら重要な意味を持つ事件であるだけに、最後まで追い続け、世間に対して報道し続けるべきではないか?」などと押しかけても、「それでは会社の利益にならない。その取材を続ける経費は出せない」などと会社組織としての現実と、競争社会から抜け出すことができない現実を突き付けられ、次第にそのループに定着していくのではないだろうか。

いくら重要だと思っても、それに付きっ切りになることはできない。次から次へと起こる凶悪事件。世間の関心の高いほうへと人もエネルギーもシフトしていかねばならない。そうなるとどうしても「その後」を終えない。

「その後」

興味がある人が裁判などを追っていくしかなくなる。そうなるとほとんどの一般視聴者は事件があったことすら忘れられていく。本当に重要なのは、なぜその事件が起こってしまったのか、どうすれば防げたのかを理解すること。警察や行政だけでなく、一般の市民も次の犠牲者、次の加害者になるかもしれない現代。少しでも起こったことから教訓を学ぶこと。それが大切。

このような状況を考えると、ネットニュースのあり方としては、自分の興味を引くニュースがあれば、RSSとは違った形で、それを登録しておけば裁判の記録や、事件の背景を調べている記事などが定期的に更新されて調べられるようなメディアが表れていくのだろうと想像する。つまりは受動的にニュースを浴びるのではなく、あくまでも選択していくようなメディア時代。

人は忘れる。だからこそ、何を忘れるのかは自分で決めるべきであろう。

2014年1月24日金曜日

「新スケープ―都市の異風景」 中央アーキ 2007 ★

今夜は外部の人も招待してのオフィスでの年末パーティー。

200人近い数のゲストが来るだろうからと、仕事上大切なものが紛失したりと言う余計なトラブルを避けるためにも様々な準備をしなければいけない。皆朝からダンボールに個人の所有物をいれて、倉庫に運び込み、パソコンも電源を落として安全な場所に避難させる。

他のスタッフは飾りつけなどの準備に追われて忙しそうにしているが、こちらはそれに参加するわけにもいかないが、パソコンがないといくつかスケッチをしてみても何か手持ち無沙汰で、横をみてみると同じように手持ち無沙汰そうにソファで眠りに耽っているパートナーの姿。

こちらも椅子でウツラウツラしながらも、遅々として進まない時間を持て余し、せっかくだからと後ろの本棚に置きっぱなしになっていた本に手を伸ばす。そうしたら思いのほかあっという間に読みおえてしまい再度訪れる手持ち無沙汰。

なんで購入したのかすら覚えてないが、恐らく何かのタイミングで帰国した際にどこかで取り上げられており、パラパラとめくったら恐らく東京に長く住んでいないと見えてこない東京の姿を浮き彫りにしている内容なのだろうと勝手に判断して購入した一冊。

「中央アーキ」という名前も新しく出版された雑誌のタイトルだろうと思っていたが、勉強不足で、若手の建築事務所の名前のようである。

内容のほとんどは、やや上の世代の建築家や若手で活動的にメディアに露出している建築家達への「インタビュー」という形で綴られるが、使われているフォントの大きさにまず驚かされる。

最近このようなフリーペーパーからの延長的な出版物が多くなり、内容はざっくりとしたインタビューによって、インタビューの中から無意識の中に潜む何かを繋いで一本の線にしていこうとする意図のもの。なので、全体として何か強く訴えるものも無ければ、建築言論にハードコアな新しさを感じさせるわけでもない。

とにかくフォントを大きくしてあるので、その実文字数は相当に少ないと思われる。通常の建築本のフォーマットにしたら文章で5ページくらいに納まるのではと思われる。現在進行中のロシアでのコンペが都市計画ということもあり、この数ヶ月必死に都市の歴史や、都市とは何かについてあれこれ読んで考えているが、その一環として手にした一冊にも関わらず、この内容で出版するとは凄いなと現代の軽さに思いを馳せる。

恐らく東京の建築設計シーンの中で世話になり、繋がっているサークルの仲間で、互いに持ちつ持たれつしながらも徐々になんとなくに主要メンバーが絞られていき、年代が構成されていくのだろう。

メディアと付き合い、メディアに露出し、メディアを利用してブランディングしていくことで、徐々に建築事務所としてのステータスを高めていく必要のある現代においては、避けては通れないことなのだろうが、できることなら、職能人として自分を高めることの一番の最前線である、本質的な設計に必死に向き合って時間を過ごしたいものだと改めて思わされる。

必死に都市を考え、必死に建築に向き合い、その中で焦ることなく熟成されるように浮かび上がってくる、東京の風景の新たなる美しさを提示する文章を持ちたいものである。そしてそういう言葉達は、専門家にもそうで無い人にも、きっと強く響くのだろうと想像する。

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目次
・新スケープ
/東京タワー
/遠くのお隣さん
/音と風景
/東京の自然物
/平面的な凹凸面
/敷地境界
/タツミ・ダビタシオン
/みんなの墓
/ライフスタイルの差異
/窓のない球
/ちいさい街
/箱庭
/顕在化
/自然と人口の反転
/自然のようなビル
/表と裏
/広い路地
/うるさい川
/二つのエネルギー
/エレクトリックパレット
/奥行きのある壁
/建設的なかさぶた
/速度
/シャドウスケープ
/無人の風景
/街区クロニクル

・速度のような定規

・コラム
/当たり前の過剰
/東京タワー
/空の見え方

・Photo Column 01 Berlin ・花代
・Photo Column 02 London ・蓮井元彦

・お気に入りの風景
/藤村龍至
/小島一浩
/西沢大良
/宮本佳明
/藤本壮介
/石上純也
/遠藤正道
/宇津木えり
/伊藤キム
/ミヤケマイ
/ANATAKIKOU
/真鍋大渡X戸川憲一
/ジョニー・ウォーカー

・Too Much Scape
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