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2015年12月16日水曜日

「長い散歩」 奥田瑛二 2006 ★★★★

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スタッフ
監督 奥田瑛二
原案 奥田瑛二
脚本 山室有紀子
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安田松太郎:緒形拳
横山真由美:高岡早紀
横山幸(サチ):杉浦花菜
ワタル:松田翔太
安田節子:木内みどり
安田亜希子:原田貴和子
水口浩司:大橋智和
アパートの管理人:山田昌
医師:津川雅彦
刑事:奥田瑛二
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最近はその娘二人の活躍が非常に目立っている監督で俳優の奥田瑛二。決して派手な物語ではないが、主演の緒形拳の演技同様、ゆったりとしているが、じっくり染み込むような味のある時間を描く名作である。

東海地方を舞台とし主に岐阜県の多治見市、郡上市、美濃市、中津川市などでロケが行われたと言う作品は、全編に渡ってとても美しい自然が常に画面の中にあるつくりになっている。

名古屋の高校で校長として勤め上げ、定年退職した主人公の松太郎(緒形拳)は、亡くなった妻の葬式を済ませ、関係性のうまくいっていない娘と喧嘩別れするかのように家をでて、一人小さなアパートでささやかに新しい生活を開始する。

そのアパートで隣の部屋に住むシングルマザーの真由美(高岡早紀)に虐待を受けつづける小さな女の子幸(杉浦花菜)と出会う。居た堪れなくなり、彼女を守るために連れ出し、結果小さな女の子と二人、かつて見た風景を探す旅に出かけることになる。

小さな女の子を誘拐犯として警察から追われながら、今まで省みることの無かった妻や娘と言った家族に対しての懺悔の意味を持った旅であり、どうしても途中で終えることはできない松太郎。そしてその途中、ふらふらと放浪する大学生のワタル(松田翔太)と出会い、海外で生まれ育ち、生と死の考え方がどうも今の日本の社会ではしっくりこず、うまく歩調を合わせて生きられない悩みをもつワタルも加わり、三人は山の奥へと旅を続ける。

虐待によって感情や表現を失っていた幸が、徐々に松太郎に見せる歳相応の振る舞い。最後は笑顔で拳銃の引き金を引くワタル。旅を終え、警察に出頭する際に幸を抱きながら泣き崩れる松太郎の心の中の風景。

とても映画らしい時間の流れる映画であり、キャスティングもロケ地選びも非常に素晴らしい。タイトルの通り、全編に渡って非常に多く「歩く」シーンが描かれる。なんでも「効率」と「スピード」の求められる忙しない現代。その中に目的を持って、方向を失わず、自分のペースを理解して、決してそれを乱さず、一歩一歩進むことは、目的地に少しずつ近づくことであるのだと、改めて認識することになる名作であろう。
奥田瑛二







2013年7月16日火曜日

宗祇水(そうぎすい) ★★★★



街の真ん中に位置し、美しい水の街・郡上八幡を象徴するような名勝。
環境省の選定する水の郷百選の第一号に選ばれたというのも納得の名水スポット。


飛騨山脈で長い年月をかけて濾過され、栄養分をふんだんに溜め込んだ湧き水が川となり流れ込む合流地に位置する郡上八幡。長い歴史の中でその水を使って独特の都市空間を作り出してきた。

江戸時代に起きたという大火事の教訓を生かし、街中に防火用水として、また灌漑用水として張り巡らされたという用水路は、「水のある風景」として特徴的な街並みを作っている。

これらの用水路は特殊な方式によって各家庭にも引き込まれ、使用後は用水に戻され水田などで使われ浄化したのちに、再度川に戻る循環システムとなっているという。

その恵まれた水を利用するために生み出された「水舟」(みずふね)というシステムは、湧水を街中に引き込み、各コミュニティごとで管理をし、3段の段丘上になった水場を作り、上段から飲み水、中段は野菜や果物を洗ったり冷やしたりし、最下段は洗い物に使用するという。更にその先に川魚を泳がせた池を設け残飯などを食べさせ、水を綺麗にし川に戻しているという。しかもこのシステムは400年以上前に生まれ、場所によっては今も使われているという。


美しい水だけではダメで、それとどう生きるか?その場の地形を生かし、どうやって水のある風景を作り、自然の一部と成りうるか?その素晴らしい成功例を見せてくれている。

ちなみに宗祇水とは白雲水(はくうんすい)とも言われ、その名の由来は、連歌の宗匠として知られた飯尾宗祇がかつてこの泉のほとりに草庵を結んで、この清水を愛用したところから名付けられたという。

そうぎすい、そうぎすい・・・

川のせせらぎのような何とも心地いい響きだと、ブツブツ言いながら車に戻ることにする。 






安養寺 1256 ★

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所在地  岐阜県郡上市八幡町柳町
宗派   浄土真宗
創建   1256 (1881年現在の地へ移転)
機能   寺社
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郡上八幡城から見下ろす郡上八幡の街並み。

その中で明らかな異彩を放つ建築物がこの安養寺。この街の歴史において相当重要な位置を占めてきたというのが容易に想像できるその配置と巨大さを見逃す手は無いと郡上八幡城の帰りに立ち寄ることにする。

この地での浄土真宗の布教の展開により「郡上御坊」の呼び名で隆盛を誇ったというように、明らかにかつて相当な力をこの寺が持っていたのが分かるその巨大架構。日常の悩みや苦しみが如何に小さなものかと、人生における遠近法を乱すようなその大きさ。建築の巨大さと象徴性は人間心理への影響を容易に与えるのが良くわかるその本堂は、間口、奥行きともに16間といわれるまさに巨大建築物。

木造の建造物としては岐阜県下で最大のものといわれているというのも納得である。

郡上八幡のお膝元という好条件な敷地を見るだけでも、この街の歴代城主とも良好な関係を保っていたのが良く伝わってくるし、城へと上がる山道の最初の角に鎮座することで、街に生きる人々にとっても「ハレ」と「ケ」の場として愛されていたのが良く伝わる。

しかい、境内が全て駐車場として利用されてしまっていることと、本堂へのアプローチが斜めに切られていることで、巨大な本堂を正面から見ることができないことが非常に残念である。



郡上八幡城 1559 ★★★



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所在地  岐阜県郡上市八幡町柳町一の平
城郭構造   平山城
別名  積翠城(せきすいじょう)
築城主 遠藤盛数
築城   1559
機能   城郭
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小京都と称えられる街「郡上八幡」。

現在は統合をし、人口4万人の郡上市と名前を変えているが、この地が歴史の中でも要所を占め、なおかつ独自の文化を育くみ、そしてそのコミュニティは現代になってもしっかりと残り、リトル東京を目指すでもなく、過疎へと突き進むのでもなく、アイデンティティを残した美しい地方都市の在り方をしっかりと示してくれている街並み。

街は長良川と吉田川、小駄良川の合流地に位置し、街の中心を流れるヒューマン・スケールの小駄良川のせせらぎが常に街中に響くような美しい水郷の街。

夏の間続くという郡上おどりがもうすぐ開幕ということもあり、街の中は徐々に「ハレ」の非日常へと変わりゆく空気が街中を覆い始めているのが良く伝わってくる。

宗祇水に代表されるように、街のあちこちで目にすることが出来る美しい水のある風景。この街を歩いていると、いい水。これが全てだと痛感する。

美しい水が美しい街並みをつくり、
美しい街並が美しいコミュニティをつくり、
美しいコミュニティが美しい風景をつくる。
それが日本の原風景。

そんな街並みを見下ろすように位置するのがこの郡上八幡城。惜しくも日本100名城には選定されなかったが、十分にその資格はあると思える美しさと構えの良さ。

天守閣は再建80周年を迎える日本最古の木造再建城で、日本の至る所で見ることが出来る鉄筋コンクリート造の再建城とは一線を画すものになっている。山頂にそびえるその美しさは司馬遼太郎をして「日本で最も美しい山城」と言わしめたという。

天守からの見下ろす郡上八幡の街並みは、山から流れ出る水が川となり、谷を作り、そこに人があつまり村を作り、そして街に発展したというのが見て取れるような構成になっており、まさにこの地の歴史が織り成す風景を見せてくれる。

天守閣の展示で紹介されている内容に、かつての城主の青山忠成が徳川家康より宅地を与えられ、それで選んだのが現在の東京・青山であり、青山氏の菩提寺である東京・青山の梅窓院では今も郡上おどりが開催されるという意外な事実を知ることになる。

いくらネット上に情報が溢れていても、それに興味を抱かない限り、アクセスもしないし、その文字が情報として意味を成さない。しかしこうしてその地に訪れるからこそ興味が沸いて、関連情報が意味を成して身体の中に入ってくるんだと改めて実感しながら細い山道を降りていく。