市川宏雄
建築を学び始めて、数年経つころから、建築という単体を包括する「都市」というものに、誰もが興味を持ち、そのダイナミズムや賑わいがどのようにして作り出されるのか、また活力を失う都市や再興する都市の間に何の違いがあるのか、都市計画として計画する側の人間が、何を学ぶ将来につなげることができるのかなどなど、様々な文献やプロジェクトを通して、「いつかは自分も都市に関わるような仕事を」と願うものである。
それでも実務として関わるプロジェクトはどうしてもそれよりも遥かに小さなスケールで、とても視野を広げて都市を視界に捉えることはできず、単体の建築を設計する実務者としての自分と、ショッピングモールなどに足を運ぶ都市の一ユーザーとしての自分が乖離しながら、徐々に都市への関わりは思考上だけのものとなっていく。
そんな風に葛藤を感じながら時間を過ごす中でも、都市に対する書籍を読みながら、様々な都市に足を運び、身体を通して都市を感じ、そこで生活を営む人々との対話を通して都市の現在形を理解しながら、都市から完全に離れることを拒否し続けると、時に幸運に恵まれて都市の息吹を感じるようなプロジェクトに関わりを持つことになる。
それでも、経済、社会、格差、交通、インフラ、気候、政治などなど様々な要素が複雑に絡み合いながら、そして様々な人々のそれぞれの立場の思惑が作用しながら生み出される都市であるために、どんなにその本質を理解しようとしても、一分野からの視点ではどうしても解明しきれないことに気がつくことになる。そして改めて「都市」というものの実態の無さや、全体像の捉えにくさに打ちのめされて、再度様々な文献に手を伸ばすことになる。
そんなこんなで建築を通して、都市との付かず離れずの関係を保っていると、世界の様々な都市で関わりを持つ建築プロジェクトが、その奥に見え隠れする都市の変容の片鱗を見せていることに気がついてくる。オリンピック招致に失敗したパリ政府がその用地を再開発に利用することになったパリの北部のプロジェクトには、その奥にパリが広域での再開発を進める大きな青図があり、マンハッタンで進めるプロジェクトには、NYのあちこちで進むスキニーと呼ばれる細い超高層ビル群によって新たなるフェーズに入ろうとしているNYの戦略がある。
それらは世界中の中核都市において同時並行で進んでいる変革であり、同時にそれはグローバル化した世界において、世界地図が再編成されていることを意味し、その中で各都市が激しい都市間競争において一歩でも抜きに出るために、行政と民間の垣根なく必死に新しい都市の骨格を作り出そうとしている文明史の新たなる一ページを目撃していることでもある。
都市を見下ろす神の視点
都市の中を歩き回る人の視点
この二つの視点を交互に使い分けながら、実感を持って都市で時間を過ごすと、それぞれの都市の良さが、異なった面で見えてきて、たとえば公共交通の便が圧倒的に良いとか、文化施設が充実しており、かつそのコンテンツも素晴らしいとか、あるいは質の高いレストランが多くある、住んでいる人の民度が高い、家賃と住環境が乖離していないなど、ことなる評価点でことなった都市ランキングを感じながら生きていくことになる。
自分勝手にそれぞれの都市の良いところを合わせて自分の住まう場所とすることができたらどんなに良いかと思うが、そんなことは許されない。また一つの都市だけに住み続けるのならこの比較は生まれてこないだろうが、現代のように循環して生きなければいけない状況の中、自分の意思に反してもある都市にすまなければならない状況に追い込まれ、そうなるとなおさら、今まで住んだり訪れたりした都市への各項目の評価をつけつつ、都市生活としてのランキングが自らの中にできあがり、そのランキングの中で今自分が住んでいる都市がどの位置にあるかが更なる葛藤を生み出すことになる。
そういう視点で考えると、やはり東京はどのポイントにおいても非常に高いレベルを保つ都市だと思わずにいられない。交通の便利さ、治安の良さ、知的好奇心を満足させる様々なソフトの充実度、住まう人々の民度の高さ、得られるサービスの質の高さ、多様性を持った娯楽や文化施設、質の高い食の文化、等々。おそらく日本人として生まれ、日本の環境化で育った人にとっては、これ以上心地よい都市は無いのではないかと思う場所である。
ただし世界の状況がこれほど変化している時代において、心地よさだけでは太刀打ちできず、どうしても世界の都市間競争の中で競争力を高めて、その地位を高めていかなければいけない。その為に、良いところを評価し、他の都市を見比べて、さらに発展の余地があるところ、もしくは劣っているところを強化していく。これは国家的な戦略が必要となり、これを間違えると下手をすれば数十年に渡って国が傾く、そんなことにもなりかねない。
その為には、ある専門分野を超えて、神と人の視点を兼ね備え、具体性をもって3-5年後の近未来から、30-50年後の中期的、そして100年を超える長期的な異なる時間軸をもったビジョンを描くことのできる知識と想像力を兼ね備え、そして過去から正しい評価を選び出し、そして将来に向けて適切な人材と資金の投資を行うことのできる本当に優秀な人が必要である。おそらくそのような人は国を見渡しでもそれほどいる訳ではなく、ほんの数人でも存在していれば十分であり、重要なのはその人の力をしっかりと発掘し、そして思い切った改革を行う権力を与えて信じること。それが本当に豊かなこの国と都市の未来を作ることにつながるのだと思わずにいられない。
ロゴやスタジアムのオリンピック問題でもめた2015年は、既得権益を保持し、利権に群がる旧態依然としたこの国の形を世界にさらすことになったのを見ていると、未来よりも現在の、そして公よりも私の利益が優先されているこの国には、どのような未来が待っているのかと暗くならずにいられない。
そんなことを思いながら手にした一冊。第4章の「海外ライバル都市の動向」に関しては、独立させて一冊の本とし、もう少し詳しく海外の都市が何を見て、どう変容しているのかを、その背景もともに多くの日本人に知ってもらい、変わらなければいけないという危機感を普及させてほしいものである。
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■目次
プロローグ 2025年の東京—海外出張するビジネスパーソンからみた東京の風景
・東京駅ー新橋
・浜松町ー品川
・品川ー羽田空港
第1章 東京をとりまく環境の変化
/成長戦略としての「国家戦略特区」
・東京都の「アジアヘッドクォーター特区」が目指す者
・「国家戦略特区」の試みとは
・国際競争力強化の鍵を握るのは当初の5地区
・国際競争力強靭化の実現可能性
/日本再興戦略としての「地方創生」
・「地方創生」とは何か
・「国土の均衡ある発展」の時代は終わった
・地方法人特別税の恒久化は東京の活力を削ぐか
・「東京への一極集中」は自然の流れ
・「地方創生」のキーワードは「コンパクト化」
・「限界集落」は「国土保全」の問題として考える
/日本の将来を展望する
・日本の危機は2030年からの15年間
・国の活力を「西日本国土軸」で考える
・リニア中央新幹線が創出する巨大都市圏
・大阪への延伸は実現するか
・国交省が目指す「スーパー・メガリージョン」とは
第2章 東京の都市力を分析する
/東京の都市総合力における強みと弱み
・「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」とは何か
・東京の「都市総合力」は世界4位
・六つの分野から東京の都市力を概観する
・東京の「強み」と「弱み」
/集積の進む東京都心
・世界8と市の「都心」の力を比較する
・都心の総合力比較
・経済と食で強みを見せる東京都心
・東京都心にもどめられる「国際ネットワーク」と「文化・観光施設」
・東京都心の集積は他都市を圧倒する
/世界に比類なき「東京都市圏」の力
・都市の力を「都市圏」で捉える
・「機能」と「ダイナミズム」で都市圏を評価
・高い人口集積を誇る東京都試験
・東京の都市運営ノウハウは世界最高レベル
・「機能」「ダイナミズム」ともに東京都試験は世界トップ
/国際競争力をもった東京の実現
・問題の認識
・東京の力を強靭化する必要性
・都市圏の縮小と都心回帰
・都心をいかに魅力的に更新していくか
第3章 大きく動き出す東京都心
/2020年東京五輪とその経済波及効果
・五輪開催都市は都市力をアップさせる
・2020年東京五輪の経済波及効果を試算する
・1964年東京五輪が生んだビジネスとは
・2020年東京五輪が生むビジネスチャンス
/東京五輪後に東京は失速するのか
・途上国の五輪直後に見られる経済の低迷
・長期的にみれば、五輪は経済にプラスに働く
・2012年五輪後に沈まなかったロンドン
・五輪後の東京が沈まないための二つのポイント
/東京の都市構造の組み換え
・東京都心の人口は住宅供給に左右される
・移動する東京都心
/世界と戦える都市へ
・生まれ変わる5つのエリア<大手町・丸の内・有楽町/日本橋・八重洲・京橋/虎ノ門・六本木/渋谷・品川>
・まだインフラ整備の余地はある
・環状2号線(新虎通り)が「オリンピック通りに」
・羽田空港を真の国際空港に
第4章 海外ライバル都市の動向
/世界を牽引する東京のライバル都市たち
①ロンドン
・ロンドン・プラン 次の25年のための空間開発戦略
・オリンピック・パーク 東ロンドンの成長を担うレガシー・パーク
・ロイヤル・ドックス ロンドン東部テムズ川沿いの大規模開発ゾーン
・キングス・クロス 歴史的コンテクストを活かした再開発
・ナイン・エルムズ ロンドン中心部の新たな国際業務・文化地区
・クロスレール ヨーロッパ最大規模の都市鉄道建設プロジェクト
②ニューヨーク
・総合計画 PlanNYCとOne New York
・ハドソン・ヤーズ 米国史上最大の民間不動産開発
・更に高く伸びるマンハッタン
・ハンターズ・ポイント・サウスとドミノ・プロジェクト
・ルーズベルト・アイランドにおけるコーネル大学大学院新キャンパス
・コロンビア大学のキャンパス拡張
・セカンド・アベニュー地下鉄
③パリ
・グラン・パリとは
・パリが抱える二つの課題
・グラン・パリ交通計画 パリ都市圏を結ぶ新たな環状鉄道
・地域開発契約(CDT) パリ郊外における特色ある開発特区
・パリ市周辺におけるプロジェクト
・パリ市内 市内総面積の1割で新たなプロジェクトが進行
・2030年のイル・ド・フランス
/東京を猛追するアジアのライバル都市たち
①シンガポール
・チャンギ国際空港
・シンガポール地下鉄(MRT)・ダウンタウン線
・マリーナ・ベイ・エリア
②ソウル
・三つの都心
・江南エリアの国際交流複合拠点
・金浦国際空港周辺の麻谷地区都市開発事業
③香港
・「アジアにおける世界都市」
・西九龍文化地区
・西九龍終着駅
・香港珠海澳門大橋
・啓徳における開発(KTD)
④上海
・虹橋国際空港周辺開発
・上海ディズニーランド
・上海浦東国際空港の拡張工事
おわりに
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